ユクモ村ハンター ジル・ローレンツの場合   作:繊細なゆりの花

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無慈悲なる者の足音

 ありえない事態だった。

ポポの小屋より南にも小さな群れは存在するが、過去の発見報告では2頭のドスバギィは確認されたことが無い。

通常ドスバギィの縄張りは、早春村の北U字谷に置く。

今回のモンスターの氾濫を考慮しても尚、南過ぎる。

 

なぜか?

この平原は、殆ど大型の草食動物はいない。

食料(人、動物)となる者はいない。

だからありえない事態だった。

 

 ノヴィスとクムはこう結論つけた。

「何かに追い立てられてるニャね」

「うん。それしか考えられない」

 ノヴィスの頭に、ジルとの会話がよぎった。

ジルの母親、サラの最後。

恐暴竜イビルジョー… …それに準ずるティガレックスか。

 

 

 しかし、そこでもう一つ疑問が生まれた。

U字谷からポポの小屋へ行くには、早春村を通らなければならない。

早春村の西は切り立った岩崖。

東はすぐ大河があり、その道を通れば監視塔の村人が気づくはず。

どうやってドスバギィは、ポポの小屋まで行くことが出来たのか?

 

 

 恐らくドスバギィの逃走経路は、村の西の岩崖を通ったに違いない。

自分たちより強い、捕食者の追撃から逃れる為に。

しかし、イビルジョーは、貪食王の異名を持つが如く、一度お目目をつけた獲物は逃がさない。

執拗に追い回す。

それが何日かかろうとも、今回のように遠回りになろうとも、強力な嗅覚で追い回す。

ティガレックスは翼がある為その気になれば岩崖を飛び越えることができる。

 

 

 ノヴィスたちが出発した30分後、村東の監視塔の横を緑色の大きい物体が通りすぎようとした。

 監視塔に配置されていた女は、バリスタのトリガーに指を掛け、今にも発射する気だったが、思いとどまった。

それは他の監視塔員も同じだ。

バリスタは、向かって来る相手に対してのみ発射される。

素通りする相手に撃って、こちらに振り向かせる必要は無い。

わざわざ喧嘩を売る必要は無いのだ。

自分たちは村の“防衛”。

“攻撃”はハンターに任せればいいのだ。

 

 血の匂いを嗅ぎとっているのか、イビルジョーは鼻をひくつかせながら通りすぎた。

 

 人の足で1時間ちょっと。

ポポが牽く荷ソリで三〇分。

ということは、事が起こってからノヴィスたちが到着するまで、約1時間40分以上経過する事になる。

ノヴィスは思った。

襲撃者を利用して、追跡者にぶつけようと。

 

 だが、もたもたしてドスバギィが、この地から他へ移動しては駄目だ。

確実にここで討たなければ被害は広がる。

ノヴィスは教官の教えを思い出した。

「状況を利用しろ」と。

 

 小屋の男は死に、中にいる4頭のポポも、もう駄目だろう。

 追跡者を待ち、それがもし来ないままドスバギィが移動するようなら討とう。

そう思った。

 

 小屋が見えた。

 

 ポポは小屋の先へ行かせた。

運がよければ戦闘後に回収できるだろう。

ソリを自分たちで牽き見つからないように、小屋から少し離れた位置に白い布を被せカムフラージュした。

 

 ポポが小屋の横を通る時、何頭かのバギィが気づいたが、興味が無いようだった。

小屋には既にポポ4頭の死骸がある。

捕食者は獲物をしとめたらそれ以上は欲しがらないからだ。

 

 ノヴィス達は付近に岩陰が無い為、その場に伏せた。

幸いここは風下だし、ウルクススとベリオロスの装備は周りの雪と同化し、ノヴィスたちの姿は隠れることが出来た。

 

どのくらい待てば来るのか分からない。

どのくらい待てば移動するのかわからない。

 

少なくとも、小屋の中からはバギィたちの鳴き声や、物音が聞こえている。

静寂が売りのこの場所で、ひどく大きな音だ。

「ご主人、寒いニャ」

「我慢しろ。そう長い時間ではないはず… …てゆーか僕の事ご主人?」

「雪の中こんな格好で伏せるのなんて初めてニャもの」

 

 クムは照れ隠しに、返事を曲げたが、確かにそうだった。

凍傷になるのが先か、追跡者が来るのが先か。

 

 

(来る。奴は必ず来る…)

 


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