ユクモ村ハンター ジル・ローレンツの場合 作:繊細なゆりの花
早速、ポポの選別が行われた。
食用のポポは全部で8頭。
なるべく年老いた個体を選びたいが、ここには一番年齢が上の個体でも23歳。
その下が19歳、16歳の3頭だ。
野生のポポは、平均寿命が40歳。
飼育すると約90歳まで生きる為、この損失は大きい。
村人達が怒る道理が解る。
もっとも、アレクサンドルがそれを理解していなかったわけではない。
考慮した上で、苦肉の選択だった。
ハンター待機小屋では、ジルがノヴィスの怪我の具合を、再確認していた。
「これじゃあ弓を引くのは無理じゃん。なんで反対したの」
「いや、問題ないよ。呼吸を落ち着かせて射れば、そんなに痛みは無い」
嘘だった。
寝ていても激痛はくるし、座っても、立っていても痛い。
殆ど睡眠もとれていない。
ノヴィスの嘘は、ジルにはお見通しだった。
だって彼女は医者の娘だから。
「うそつき… …クムも戦える状態じゃないし、今回は、私とジンベイが出る」
「やってないから確定ではないけど、弦を最大まで数回引けるよ… …僕にも何か出来る事があるはずだ」
「わかった、でも約束して欲しい」
ノヴィスはジルの目を見た。
透き通った綺麗な目だった。
「私を盾にして戦うと。絶対無茶はしないって約束して」
「そんなことできな… …んむ」
ジルはノヴィスの言葉を口で塞いだ。
歯があたり、ガチンと鳴った音が、ぱちぱちと暖炉の炎が、薪を割る音を掻き消すくらい、大きく聞こえた。
互いの目が互いを離さない。
「まーた始まったニャ。ジル坊は手が早いニャ。血筋ニャね」
「ノヴィスはノヴィスに降格ニャ。戦いの前に何やってるニャ。交尾はするニャよ?」
「ちょ… …ばっ… …こっ交尾って… …」
「ふざけたこと言わないの!!!」
「ふざけてるのはそっちニャ。戦闘前に浮ついた気持ちでいたら死ぬニャ」
『わかっている(ジルを盾にして戦うくらいなら、死んだほうがましだ)』
十分な準備をして大雪原に向かった。
メンバーはジル、ノヴィス、ジンベイ、ラック、村人2人。
ラックと村人は荷ソリの牽引をするポポの御者だ。
アレクサンドル曰く、帰りの荷ソリを牽くポポまでは数を割けないとのこと。
村人は全員、鋭利な短刀を腰に差していた。
護身用のためではない。
ジルがポポを殺せない、アレクサンドルの配慮だ。
村からさほど離れていない場所にビバーク(地面を掘り、白い布を被せカムフラージュ)をノヴィス以外の全員で作る。
村人が地面に杭を打ち込み、ポポが鎖で繋がれている間、ジルは顔色が悪かった。
そりゃそうだ。
自分達の手で、ポポが死ぬ。
ジルは目を背けてはいけないと思った。
でなければ、この作戦に参加した意味が無い。
村人が、1頭のポポの首、その動脈に短刀を当てた。
すっと刃がひかれ、そこから大量の血液が流れ落ちる。
出血量を調整する為、切り口を小さく調整した。
それを見ていた、他のポポたちが騒ぎだした。
更に、村人はその血を器に入れ、大気中に撒いた。
濃密な血の臭いが、周辺を支配する。
ジルは拳から、ぽたぽたと血が流れ落ちていた。
悔しくて、悲しくて… …
ギュっと手を強くにぎっていた。
ジル以上に悔しい思いをしているのは村人達だ。
手塩にかけたポポたちを、こんな形で失うのは、手足をもぎ取られているのと一緒だった。
だけどアレクサンドルは言った。
無駄ではないと。
だから我慢した。
だから全員でビバークの中で待ち伏せした。
それから10分。
ポポはまだ生きていた。
死んだら血液が凝固する為、生きてもらわないと困る。
ポポは体が大きい。
絶命するまでに、時間がかかる。
ポポたちの叫び声が一段と大きくなり、パニックを起こし始めた。
… …来た。
ジルたちに緊張が走る、
「あなた達は絶対ここから出ないでね」
「はい」
Yellowish brownのカラーが遠くに見えたかと思うと、それが凄まじい速度でポポたちに向かってきた。
距離が200メートル以上離れていたのに、僅か5秒で目標に喰らいついた。
轟竜ティガレックス
この地上で最も早いスピードで走り、イビルジョーに次ぐ食欲を持つ。
その突進は岩をも砕き、いかなる生物も止める事はできない。
空を飛べるが、地上を走ったほうが速い。
村では、イビルジョーよりも危険視されている。
U字谷からモンスターが溢れ、村付近の大型草食動物、特に野生のポポの数が激減した。
よほど腹が減っていたのか、一心不乱にポポをむさぼり食べている。
ジルとジンベイが奇襲をかけようと飛び出そうとした時、黒い影が頭上を通り過ぎた。
「まだ出ないで!」
ジルがジンベイを制止する。
その白い塊は、急降下すると、ティガレックスに体当たりした。
ドンッと鈍い音がして、ティガレックスが吹っ飛ばされる。
氷牙竜ベリオロス
真っ白な体に長い牙が特徴で、ティガレックスと同様に尾があり、ティガレックスと同様に前足と翼がくっついている翼竜。
それがティガレックスを睨みつけた。
まるでこの獲物は自分のモノだと主張するように。
ベリオロスは隙が無かった。
口から高密度の極冷息の塊をティガレックスにぶつけた。
地面の積もった雪が舞い、2匹の姿が見えなくなった。
その雪煙が切り裂かれるようにして、ティガレックスの顔がベリオロスの目前まで迫る。
ブレスの直撃を受けても、ものともせず突進してきた。
世界最強の頭突きを受けたベリオロスは、頭蓋骨の一部を砕かれ、後方に吹っ飛ばされた。
まるでお返しと言わんばかりに、ティガレックスの大咆哮が大雪原に轟く。
あまりの凄まじい咆哮に、その衝撃波がさらにベリオロスを後退させる。
尋常じゃないティガレックスの肺活量。
轟竜と云われるゆえんだ。
地上では勝てぬと悟ったベリオロスは、後ろ足に力を入れ、ジャンプするとそのまま上空へ飛び立った。
そのままホバリング、ブレスを連発した。
獲物をみすみす渡せない。
次はいつ肉を喰らえるかわからない。
頭の痛みは既に忘れていた。
ベリオロスの頭の中は、食欲とアドレナリンが支配していた。
大きい着弾音とともに、地面にクレーターがいくつもできた。
至近弾のいくつかが、ビバークを襲う。
付近は再び雪煙に覆われ、何も見えない。
ティガレックスはどうなったか?
ここにいる誰もがわからなかった。
バサバサと、翼の羽ばたく音が聞こえる。
ベリオロスのものではない。
それはベリオロスの更に頭上まで上がると、全体重を乗せて地面に落とした。
ドォォォォンと激しい落下音。
視界が晴れたとき、ベリオロスの首はへし折られていた。
ティガレックスが、勝利の雄叫びをあげる。
ジル、ジンベイ、ノヴィスが飛び出す。
ノヴィスは自身の限界まで弓を引き、放った。
激しい痛みがノヴィスの顔を歪ませる。
しかし、この隙を逃してはならない。
すぐさま2射目を射る。
2矢ともティガレックスの頭部を貫いた。
直撃のはずなのに絶命をしていない。
頭蓋骨の大きさに比べて、脳が小さいせいだ。
ドスバギィ戦の時と同じ現象が起きた。
ティガレックスは、食事の邪魔をするこの小さき生物に対して、怒髪天を衝く。
そして、次に来るのは突進。
皆、分かっていた。
全員プロだ。
何度も同じ技を見て、対処できないハンターではない。
ジルが、ノヴィスの前に出た。
ティガレックスが突っ込んでくる。
避け… …きれない!
見ているのと、体験するのとでは全然違っていた。
計算違いだ。
威圧感と生存本能のプレッシャーが、それに入っていなかった。
ジルは、ノヴィスに体当たりをする事で、2人はぎりぎり避けることができた。
そして叫んだ。
「穴から出て!!」
戦闘を見ていた村人とラックは勿論、事態を分かっていたが、あまりにスピードが速かった為、穴から出たのとティガレックスが穴にはまるのとほぼ同時だった。
人間が5人、アイルー2匹が入っていた穴。
その穴に、ティガレックスの前足はすっぽりはまり、身動きが取れなくなっていた。
ギャーギャーと叫び、首を何度も左右に振り、パニックに陥っている。
ジル、ジンベイは正面に回り、村人は左右の翼、ノヴィスも頭に狙いを絞った。
皆でたこ殴り。
偶然出来た落とし穴。
2度と這い出てこないように、動かなくなるまで… …
息絶えたティガレックスを確認している皆を尻目に、ジルは2頭のポポに駆け寄ったが、既に息絶えていた。
1頭は人間の手で。
もう1頭は戦闘に巻き込まれて。
(ごめんね。ごめんね… …私達勝手だよね… …)
この2頭は食べる為に犠牲になったのではなく、「おとり」として殺されたポポたちだ。
生き残ったポポは怯えていた。
ジルが村で可愛がっていた人懐っこいポポだったが、ジルを見てあきらかに怯えていた。
「うぅう… …ごめんね ごめんね」
泣きながらジルは謝った。
許してくれるなんて思っていない。
でも、謝るしかジルには出来なかった。
ポポはジルから逃げようとした。
否、人間全てを拒んでいた。
ジルは暗い気持ちで、しかし涙を拭くと、振り返り、
「帰ろっか」
と、笑顔で皆に言った。
自分が何故ここまでポポが好きなのか分からない。
人懐っこく、つぶらな瞳のポポの目が、幼い頃母親に甘えていた自分自身と重ねて見えているのか… …
村に戻り、その後数日間待機して、到着のハンターと交代手続きの後、一行は「凍土で一番早く春が来る村」を後にした。
ジル達のおかげでアレクサンドルは村から離れ、U字谷のウカムルバスの撤去指示とその護衛が出来るようになった。
そのU字谷先の、古龍観測所待機中のシモンスキー・コンスキーから、
「主のいなくなった極圏で凍伐竜の大群が巣を作っている」
との報告がアレクサンドルに入ったが、それはもうジル達には関係無い事である。