ユクモ村ハンター ジル・ローレンツの場合 作:繊細なゆりの花
行きより、帰りの道のりのほうが短い。
そう感じる人は多いはずだ。
一度見た景色、同じ道。
先を楽しむわくわく感が無くなり、ただただ家路を急ぐ。
だから、脳の信号が薄くなり、あっという間に、いつの間にか家に着いている錯覚に陥る。
しかし、ジル達は違った。
どんどん背中を押されるように、不運が重なり、それが積もっていった。
ポポの小屋方面、波止場までの所要時間は、ポポが荷ソリを牽けばすぐに着く。
荷物の重さを苦としないポポは、ぐいぐいとソリを牽いていく。
行きがそれだった。
村とポポの小屋へは、勿論交互にポポを行き来できるから。
しかし、村のポポの個体数は、ジル達が到着した時より減り、残ったポポ達もハンター達が使う。
そしてポポの小屋は、修復が後回しになっている為、現在は無人だ。
「貸し出せない。すまん」
アレクサンドルは、そうすまなそうに謝った。
全然すまなそうに聞こえないのは、気のせい。
アレクサンドルの態度を見て、全員が思った。
飛行船も、行きと同じ理由で使えない。
だからポポ無しで、徒歩で、雪深い雪原を移動しなければならない。
村を出たとき、ノヴィスとクムは戦えない状態だった。
歩行は出来るが、ソリは牽けない。
ソリはジルを中心に、ジンベイとラックがサポートしながら牽いた。
人の足で歩けば1時間で着く道のりを、ジル達は途中休みながら、そして時折襲ってくるバギィやファンゴたちをちぎっては投げ、ちぎっては投げ… …
8時間。
ようやく波止場に着いたとき、船はゆっくり動きだしていた。
… … … …
帆船グリーン号の船長は、待てど暮らせど来ないハンター達に、苛立ちを隠せなかった。
船員達にもそれが移り、物に八つ当たりする者まで出てきた。
自分達はハンターを、村の漁港まで届けた後、その足で南へ荷を降ろさなければならない仕事がある。
時間の遅れは信用に関わる。
少しなら取り戻せるが、8時間は我慢できねえ。
聞いていた話と違う、と。
誤解のないように注訳を入れるが、通常より船の遅れは当たり前で、故障などにより数日以上遅れる事を明記する。
「強燃石炭を入れろ。30分後出港する。もう待てん」
船長の号令で乗組員達は安堵した。
ここにいつまでも停泊していたら、何が起こるかわからない土地だからだ。
8時間何も無かったのは、奇跡といえる。
もっとも、この船に乗っている船員達は船長も含めて、全員が行きと違うメンバーだ。
彼らを非難するわけではないが、この船長は少しレベルが低かった。
たとえば、行きにジル達と行動を共にした船長、グエン・ヴァンラインならこうするだろう。
船は沖合いに停泊させ、双眼鏡で発着場を監視し、待機する。
時間の遅れも、ギルドから村長を通して、正式に書状を書いてもらい、相手側の役人に渡す。
等々… …
彼は、自分の船の中で、ジル達が模擬戦を行うことを許可した、懐の深い男でもある。
とにかく、この船は動き出した。
全員があせった。
ここで船が出て行ってしまっては、次は何日後になるかわからない。
ジルが、ジンベイが、船首に向かって走った。
ジルが操舵室に向かって照明弾を発射。
しかし、甲板の船員はともかく、船長は完全に無視。
だんまりを決め込んだ。
ジンベイが小樽爆弾(手榴弾)を投壕する
それは船首の広い甲版に吸い込まれるように投げ入れられ、付近の物を爆散させた。
衝撃が思った以上に凄く、びびった船長は船を停め… …ず、そのまま沖に出た。
船は他の乗り物と違い、急には止まらない。
ボイラーを消し、帆を下げ、錨を下ろして止めても数キロは進む。
だから船長は、逃げたのではなく、回頭し、元の場所に停泊させようというのだ。
ジルは最初、出て行った船を見たとき、とても乙女とは思えない、ここには到底書けない汚い言葉を、去り行く船に浴びせまくった。
置き去りにされるかと思ったからだ。
しかし、船が停泊し、クラブフィッチ結びの舫(もやい)を船員がビットにくくりつけ、タラップを降りてきた彼らも怒り心頭だった。
船長の長い説教が始まった。
そんなに時間が大事なら、今すぐに船を出せばいいのにと、メンバーの誰もが思った。
船長の説教は、右から左へ。
だってしょうがないじゃん。
悪くないし!
こいつは何言ってんだ?
全員がそんな顔をしていた。
怒鳴るだけ怒鳴り散らした、短気な船長は、彼らのその態度を察すると、きびすを返し船に戻った。
怒りが収まったわけじゃない。
ジル達を乗せ、錨を上げると、船は出港した。
強燃石炭をじゃんじゃか燃やし、船体の帆をすべて広げ、帆船グリーン号は大海原へと出た。
こう文字にすると聞こえはいいが、船の速度はかなり出ていた。
かなり無茶な操舵で、ユクモ村南の漁村へと急いだ。
高波が来ようが、お構いなし。
さすがに天候が悪いときや、強風が吹いたときは、完全転覆の恐れがある為、無茶はしなかったが… …
しかし、その揺れはジルは当たり前として、ノヴィス、ジンベイ、クムまでも酷い船酔いになった。
コンラートから貰った酔い止めは、すぐに無くなった。
実は船酔いというものは、死を招く危険がある。
嘔吐を繰り返す事により、体内の水分が欠乏、そして死に至る。
ガーグァへの換装は、体調が無事なラックが行った。
行きより1日ちょっと早く、漁港に着いたが、地獄の6日間だった。
ノヴィスも、ジンベイも足がふらふらだったが、それぞれジルとクムを背負い、なんとか下船した。
船長を含め、乗組員らは、そんな彼らを一瞥することなく、声もかけず、再出港の準備を始めている。
ジル達も、気力は無く、早く村に帰りたかった。
だから同じく一瞥することなく、声もかけず、村に帰還した。
早春村での活動報告を受けたユクモ村村長シーラ・ステルヴィアは、ジル達の持ってきた報告書にサインをすると、ふうとため息をついた。
「お疲れ様でした。ありがとうございます。とても良い報告書でしたわ。誰一人かけることなく… …本当に良かった」
そしてシーラは違和感に気づいた。
いや、シーラでなくとも、この変な空気は誰でもわかる。
「なにかありましたの?」
「シェラ… …実は… …」
口を開いたのはジルだった。
彼女は本当に死ぬ一歩手前だった。
言わなかったらこの事件は闇に葬られる。
だから話した。
感情を交えず淡々と。
「そうでしたの… …酷いですわね。分かりました。手を打ちます」
「手を打つって… …村長どうやって… …」
ノヴィスはシーラが何を言っているか分からなかった。
この人にそんな権限はないだろうに。
「あら?浮かない顔をしていますわね。船長の1人や2人、どうとでもなるものなのですよ」
そう言って、シーラは微笑をノヴィスに向けた。
ぞっとした。
ノヴィスはその顔を、一生忘れることが出来なかった。
くだんの船長と乗組員はその後、ギルドで顔を見たものはいないという。