ユクモ村ハンター ジル・ローレンツの場合 作:繊細なゆりの花
ユクモ村で一番年代の経過している大きな屋敷。
ジルとノヴィスは大きな門をくぐり、大きな玄関の戸を叩く。
どん、どん、どん… …
「おはようございまーす。ステルヴィア村長、ノヴィスとジルです」
… …
返事が無い。
「村長?」
ジルも小首をかしげて、はてなの表情を作った。
引き戸を開けてみる。
つかえ棒は外れていた。
無用心過ぎるが、この村には悪人はいないし、なによりこの村長の家に、盗み入ろうとする輩なぞいるはずが無い。
誰だって命は惜しいから。
屋敷に一歩入ると、匂いだけでお腹が空きそうな香りが2人を襲った。
導かれるままに足が奥へと進む。
「あら、お2人ともいらっしゃい。丁度支度が整いましたのよ」
「シェラ… …」
「はい?」
「私達に1日1食の方がいいって教えたのはシェラでしょ?野山で狩りをするなら空腹に慣れろって」
「ええ。でも今日くらいいいじゃないの。お食事は皆と一緒の方が楽しいわ。冷めないうちにどうぞ。」
「いつも、ブレないなあ」
ジルは呆れ顔でそう呟いた。
白米に、採れたての山芋を摩り下ろしたとろろ、丸鳥のもも焼き、山菜、味噌汁。
シーラ自身の食事は、毎日決して豪勢な食事ではない。
むしろ村民達に比べて、かなり質素な食事であるといえる。
今回のもてなしは、シーラの、日頃のジル達に対しての感謝だ。
「それで話って?」
「ええ… …」
―――――
「―――というわけです」
「なるほど… …今後の行動は、2年後の厄災に向けて南方の水没林地方へのパイプを通す。
そして嵐龍討伐の援護、大まかに分けるとこうですね?」
シーラとノヴィスのやり取りを、ジルは半分も理解できていなかった。
嵐龍の存在は、小さい頃から村の大人達や、コンラートから教え聞かされ、知っていた。
知ってはいるけど、実際見て、戦ってみない事には何ともいえないし、キテロ王国とそれがどう繋がっているのかも、ちんぷんかんぷんだった。
ただ、シーラがわざわざ自分達を呼び出して、真剣な表情で依頼ではなく、個人の思いとして頼みごとをしてきた事。
ノヴィスの表情から見える、若干の緊張感。
とんでもなく、ヤバイことだってのは分かった。
それが分かればそれだけでいい。
だから、
「もう一度説明しましょうか?」
シーラが、ジルの顔を覗き込むように聞いた、この問いかけに対してジルは、ぶんぶんと首を横に振る。
「私はノヴィスについて行く」
「ついて行く… …ね。あなた達の関係は存じています。でもこれから先この国で、特にここ東部地方は何が起こるか、想像がつき難いのです。未来は、私達の手で作り上げなければならないと思います。それを決めるのはあなた達です。どのようにお考えですか?」
彼女は今回ばかりは、国やギルドの依頼で、意思を押し付けたくはなかった。
シーラの抽象的な問いに対して、2人は迷い無く答えた。
「全てが終わって、村に平和が訪れたら… …その時こそ未来を歩んで生きたいと思います」
ジルはノヴィスを信頼し、ノヴィスはジルを支えていく。
そんな覚悟が見えた。
「わたくしは、あなた達にこの村の未来を託します。そして命を懸けます。共に… …」
――――――
そして1ヵ月後、王都より正式な依頼書が、村の集会浴場受付に届いた。
親愛なるユクモ村ハンター諸君… …
「ハンター諸君って、2人しかいないじゃん。この人、私達の名前も知らないんだ」
「茶化さない。この村の人たちが、僕らのこと分かってくれればいいよ」
「そうだね。ごめん」
『親愛なるユクモ村ハンター諸君。
日々の任務ご苦労。
君達の活躍はこの王都にも届いている。
さて、本題に入ろう。
私の腹心と、外交官2人、会計局兼監査員6人が孤島より遥か南の島、キテロ王国へ出立する。
その護衛に軍が付くが、被害を極力減らしたい。
その為、王都から6名、村々から2名ずつ、計12名のハンターで、水没林のモンスターを出来るだけ掃除して欲しい。
討伐終了後、軍が水没林を縦断。
その地域の安全に応じて、報酬の増減が決まる。
モンスターのなすり付けを防ぐ為、各ペアはそれぞれ、A B C D E F(別紙)の範囲の配置とする。
経路防御日数は最大30日間。
BC、DE担当者は、それぞれ担当エリアの掃討が終わり次第、A、Bの支援に回ってもらう。
これは我々の退国時の安全を、より確かなものにする為である。
我々が帰路に着くその時、会計局の者が報酬を支払う。
報酬は1人65000z。
生きていればの話だが。
受け渡し場所はA 、Fのエリア地図を参照。
印のつけたポイントに作戦開始から30日後。
日の出から3時間経過しても現れなかった場合、報酬を支払う事は出来ない。
尚、エリアを指定する事は出来ない。
諸君の検討を祈る。
ガリム王国 国王カタ・リム2世 』
実に簡潔な依頼書だった。
国の命運をかけるにしては、清清しいくらいに。
2枚目には、キテロ王国全体の地図に、左上に大きくDと書かれた文字と、赤く括られたエリアが記してあった。
3枚目。
Fエリアの地図。
そのDエリアとFエリアの境界に、小さく×印がついていた。
恐らくそこが受け渡しの場所だろう。
「このDエリアって… …山の中じゃん… …」
Aエリア 海岸線
Bエリア 沼地
Cエリア 密林・平野
Dエリア 密林山間部
Eエリア 小島密集地
Fエリア 王国正面門
これは、ランダムに選ばれたわけではなく、各ハンター達の実力に沿った配置になっている。
受付嬢が退屈そうにあくびをしている。
依頼書にざっと目を通したノヴィスが質問を投げかける。
「出発の日時は?」
「教えられません。前日に、ギルドより通達致します。この村のハンター様なので、お部屋に投函させていただきます」
「派遣される村の範囲は?」
「王都から、ガザ森林公園内のコルト村までです。王都から6名、村々から6名、計12名です」
受付嬢は、じと~っとした目線をぶつけてくる。
思っていることが、全部顔に出ていた。
書いてあるだろ?よく読めよと。
ノヴィスはジルの為に、分かりにくい所を、一つずつ質問していこうと思ったが、相手はそんな事は知らない。
「他にご質問はございませんか?無ければ業務に当たらせていただきますので失礼します」
しっしっと、手を振るそぶりを見せたこの可愛い受付嬢は、ノヴィスを面倒くさそうにあしらった。
彼女が優れていたのは、顔だけだった。
ノヴィスは思い出した。
彼が準ハンター(下位ハンター)の時、間違ってこの上位ランク受付に来て、かなりの嫌味を言われた事を… …
ジルは思い出した。
初任務のとき、この受付嬢の暇つぶしに、青熊獣と戦わされた事を… …
ガタン!
ジルが受付嬢の胸ぐらを掴まんばかりに身を乗り出した。
「おい、お前!」
ジルが迫った時、「ひっ」と女性は悲鳴のような声を上げた。
「いいよ。ジル。この人は事務的に仕事をしているだけだ。僕らの事なんか分からないよ」
「わかった。いこ?」
生真面目なノヴィスは、地形を完全に頭に叩き込もうと、地図とにらめっこしている。
ジルがノヴィスの袖をくいくい引っ張る。
「おっ… …おい、まだ依頼書読んでるって」
「あっちでゆっくり読めばいいじゃん」
ジルが指を示した方向は、酒場だった。
「まだ、昼間だよ」
「いいじゃん。… …じゃあ家来る?どっちにしろ作戦立てなきゃいけないし」
いつのまにか買った、酒の入った竹筒数本を両脇に抱え、ジルは楽しそうに笑った。