テスト期間中に作品をつくるアホ、尚文章は壊滅的な模様
強烈な頭痛。後頭部が締め付けられているような痛みなのか、頭のどちらか片方が脈打つように痛いのかわからない。考えられない。
どうしようもない吐き気が共に襲ってくる、トイレはどこだろうか。流離の旅の中で「自分は俳人として生きていこう」と心に決めるわけでもない。分け入つても分け入つても青い山は続いている。
激しい嘔吐の後、そこが山の中であることに気がついた。頭痛の症状は既になく浮かんでくるのはいくつかの疑問であった。
『自分は誰なのだろうか?』
『年齢は幾つか?』
『住所は?』
『家族はいるのか?』
考えれば考えるほど頭は混乱する。再びあのどギツい痛みが襲ってくるのではないかと恐怖を感じ、身体が震えた。
暖かな空気と肌を刺すような空気が入り混じり、なんとも言えない生ぬるい空気が場に充満している。鳥の声一つとない静かな世界でふと、我にかえった。
これは記憶喪失ではないかと、自信はないが過去を振り返ることができなくなるのはわかりやすい喪失の例ではないだろうか。自分が記憶喪失になるなんてと、俄には信じ難い。過去のことなんて一切覚えてないのに'自分が'などという言い回しはおかしな話であるが。
しかしそれは紛れもない事実。有名な詩人であるハイドンが残したとされる言葉「事実は小説よりも奇なり」がピッタリである。
まず自身の手がかりを見つけようとまず目に入る周囲を見渡す。自分にはここが山であるという確信まではなかったが、傾斜と風の強さ、独特の気候、そして何より自身の五感がそれを示していた。
だが山とわかったところで手がかりにはならず、そばに落ちていた木の枝を拾い、学校帰りの子供の遊びの様に草木をかき回すも手がかりは見つかりはしなかった。
では次にと自身の身なりを確認。「はて?」と感じる違和感。自分にこんな豊満なものがついていたであろうか、何とは言わぬが例えるならば桃である。スカスカの脳内には記憶なんて便利なものはないが、心が存在を否定している気がしてならない。服装としてもであるが臙脂色のスカートは膝下に冷気が当たり非常に寒い。
身体は違和感だらけであった。頭頂部寄りから真上へと出ている耳から、臙脂と黄土色の二色が交互に並んだ模様をした少し太めのアライグマのような尻尾まで、自分は自分ではないように感じた。
儂は下山を開始した。下山と共にであるが一人称を'儂'とした。一人称が'自分'なんてなんだか自身の状態が不安定なことを表しているようで嫌であったし、統一しておかなければ面倒だからである。他の候補として'俺'や'私'などの一般的なものから'我'や'朕'なんて変則的なものをあったが、最もしっくりきたのがこの'儂'というものであった、独断で決定した。儂しかおらんから独断の意味をなしておらんがの。
山を降りる中考えるのは記憶を失った原因である。身体的な外傷はなく、所持品にも身元を証明できるものはなかった為手詰まりであるが、諦めがつかん。幸いにも一般常識は残っている、いや残っているはずだ。
先程自分は自分ではないように感じたのも恐らく自分が人間ではないからであろう。人間には少なくとも尻尾は生えていない。となると儂は元は人間であったことになる。ではこの身体は一体なんだ?
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稲風が吹き稲の海に白波が立つ風景が目に映る。季節は夏、山の中腹の冷気はなくただ蒸し暑い。儂は今、集落の近くにある雑木林についていた。
改めて感じるは儂が人間でないという間違いのない事実と、ここが見知らぬ地であるということ。
「儂は何者なんじゃろうか…」
はしゃぐ子供とそれを微笑んで見つめる嫗が自身がこの世の者ではないことを証明している気がして、存在してはならぬ者である気がして吐き気が再び盛り返す。
数回ほどの嘔吐ののちに身体があるのを確かめ、自分が存在することを知る。
「あんら〜こりゃ驚いだべ、生まれて初めてみただ、化け狸だ〜」
突然の訪問者に驚き、声の聞こえた方へ振り返るとそこには一人の翁。歳は六、七十程度であろうか、どことなく草臥れたシャツがそれを強調しているように感じる。おそらくではあるがこの雑木林の手入れをしにきたのであろう、握り締められた藪薙が太陽の光を反射し光る。
翁は儂を化け狸と言っておったから、儂は化け狸なのじゃろう。翁の言葉の一つ一つを噛み締めるため反復させる。ところで儂はこやつにどう対応すれば良いのだろうか?「こんにちは」とでも言うべきか、いやこんな状況で挨拶はなにかとおかしい気がする。儂は………
『これからどうすればいいのだろう』
わかっては入るさ、目の前に人がいながら考えに耽ることが非常識なことぐらい。儂は人間ではない。目前にいる人間とは種族が違う。今の儂は一人。この状況を語れる信頼できる者は誰一人としていない。ズンと肩に重りが乗っているかのように無気力感が儂の心を蝕む。
人間は他人と異なるということを嫌う傾向があると言う。いや、これは儂の個人的な考えやもしれんが。風土に慣習、伝統そしてその姿が異なる、それだけで同じ種族であるにも関わらず疎外する。「価値観の違い」というやつだ。
ついでに言うならば人間だけでなく生き物は未知に恐怖を示す。特に人間は顕著で、魔法というものが否定され、科学という文化に至ったことがそれを証明していると考えられる。
この考察に現状の儂を当てはめるのならば、見事全てにチェックマークが付く。自身の心は記憶にはない人間のまま。化け狸でありながら人間としての価値観を持つ。小学生でもわかる、儂は双方どちらともから嫌われる存在であろう。
自身の考察と現状の確認が終わったところでこの状況を如何に打破するか。友好的に接するのは確実、敵対して集団でリンチされたら溜まったものではない。だが………
そうだもう儂は人間ではなかったのだった。社会という歯車の一員となり、社会に永遠と縛り付けられる奴隷ではない。儂は自由なのだ。
記憶がないのにも関わらず次々と浮かぶ社会への嫌悪。儂が人間であった頃、社会で碌なことがなかったのであろう。
まぁ、関係ない。儂は化け狸なのだ。妖怪でもあり神でもある。化かしてみせようではないか人間を、自分を。ニィっと口元を歪め馬鹿にするように微笑し、儂は言った。
「ふぉっふぉっふぉ、人間、儂のことを化け狸と呼ぶでない。儂は満月の帝王大妖怪の二ッ岩マミゾウ。お主の名も聞かせてくれんかのう」
東方・憑依・現代入りものの自給自足