続きは明日、明後日に投稿する予定です。
宇宙世紀87年。1年戦争の惨禍から幾つもの歳月と幾つもの争いを経て、矛盾と不満、強権と不条理、腐敗と恩讐を煮立てた魔女の鍋が蓋を開いた。
エゥーゴによるガンダムMk-Ⅱの強奪は、それを契機として急速に拡大し、それに個人の野望、集団の理想が上書きされ避けようのない悲劇へと進行する。
グリプス2での衝突を切っ掛けに舞台は月、そして地球軌道上へと移り、ついに地球降下作戦…ジャブロー侵攻作戦という形をとって、衆目に戦役の開始を明らかにした。
その中で、ジャブロー侵攻作戦に参加したエゥーゴの部隊は、地球上でエゥーゴを支援する組織であるカラバと行動を共にする。
そして、この日、彼らを追撃する部隊が、補充部隊と合流しようとしていた。
太平洋上、ニホン近海。
洋上かつ高空の飛行中の機体周辺を渦巻く気流は大きく、全幅500メートルもの機体ですら、ぐらりと揺れ動かされる。
まして、サイコガンダムは当初の横に倒された…少しは空力を考慮された細い姿勢ではなく、直立した箱のような姿勢のまま、飛行しているのだ。
スードリと同調するようワイヤーで固定された2機の間では気流が渦巻き、ゴンドラは大きく揺さぶられた。
「ひいっ」
ゴンドラ内ではスーツ姿の女性が手すりにしがみついて足を震わせ、それでいて突風に体を持ち上げられてへばりつくことも出来ず、身を震わせている。
ゴンドラは上下左右に揺すられるのだから、一研究員にはそれも当然だろう。
そして、そんな彼女を見かねたのか、隣に立つ細身のパイロットが、小さく溜息めいた様子を見せると手を出して女の腰を支えた。
「ナミカー、落ちたら困る。私の手に捕まるといい」
「えっ、あぁ…」
ナミカーと呼ばれた女が戸惑いながらその手を取って間もなく、ゴンドラはスードリの格納庫へと引き上げられた。
2人を格納庫で迎えた軍人を見たとき、ヘルメットを脱いだパイロット…少女だった…は、驚いたような表情を浮かべた。
しかし、彼女をここに連れてきた組織の女が先に挨拶を始めていたので、その男には気づかれずに済んだ。
「ナミカー・コーネルです…高いところは、苦手です…」
男はあっさりと挨拶を返して、彼が気にする兵器を見る。
少女は何事もなかったように敬礼をした。
「フォウ・ムラサメ少尉であります、スードリへの着艦を許可願います」
「許可する」
そして、続けて話し始める。
「少佐、指揮下に入る前にお願いがあります」
「…なんだ」
(こいつも面倒くさいことを言ってくるのか…、強化人間とは、これだから)
そう言いたげに、男は顔を歪ませる。
「フォウ、あなた、いったい」
「ムラサメ研が持ち込んだ、このサイコガンダムについてです」
ムラサメ研の女を無視して、強化人間は話を続けた。
「サイコガンダムはガンダムと名付けられていますが、実態はMSではなく、MAです」
「うん?」
「兵装を全身に組み込み、Iフィールドジェネレーターを搭載していますが、小回りが効きません。街中で戦おうものなら、死角から接近され、不利な戦いを強いられます。そのような特性を理解頂きたいのです」
「ふむ」
「また、火器管制システムも十分とは言えません。サイコミュに依存しているせいで、操縦に集中すると狙いをつけるのもままならないのです。対艦戦、もしくは開けた場所での対MS戦に使っていただきたく」
「言わんとするところは、分かった」
「正直…」
彼女はスードリの格納庫に目をやると、アッシマーやハイザックといったMSと一緒に並べられている、連邦軍カラーに塗られたMSに目をやった。
「私は、自分がサイコガンダムに搭乗するより、あそこにある員数外のネモにでも乗せてもらった方が、よほど戦力になると思います」
「フォウ!」
たまらずナミカーが叫ぶ。
「あなた、サイコガンダムを…」
「あの機体は操縦するだけで一苦労だ。今のスードリの戦力を考えると、サイコガンダムよりよほど使い勝手がいいだろう」
あっさりと言ってのけるフォウという強化人間に、ナミカーは黙り込んだ。
「少尉の進言は止め置くことにしよう」
「それと、可能であればスードリの現状と、アウドムラの戦力の情報などを確認させていただけませんか」
腕を組んだ男は、さらに続けるよう促す。
「私がムラサメ研究所を出発するとき、スードリは指揮官戦死によりベン・ウッダー大尉が指揮されていると聞いていました。ムラサメ研究所の情報は正確ではないようですので、私にも情報へのアクセス権を与えて頂きたいのであります」
ブラン・ブルターク少佐。
と、細い目筋に柳眉を立てた少女は敬礼をした。
「あー、疲れた…」
私は、案内された自室に入るとマットレスに顔を埋めてそう呟いた。
監視カメラの存在を考えるとうかつに愚痴も言えない…
だからベッドから起き上がったら、今度は頭の中だけで考える。
(でも、やっと出れた…ムラサメ研究所から)
自分の髪をかき上げながら、指の間の翠色の髪を見て、改めて思い知らされる。
「フォウ・ムラサメ…」
今の私の名前。
今の私は、フォウだ。
あのフォウ。
Zガンダムに出てくるヒロインの1人で、悲劇的な最後を迎える少女。
そんな私が、わたしとしてフォウであるわたしなのにフォウであると理解したのは、昨日。
サイコガンダム出撃のため、サイコミュを起動させたとき。
その感覚は内臓に直接、氷塊を押し当てられたような冷たい感じ。
重い囁きが胃の腑を掴み、纏わりつく祈りが乳房を握り、突き刺す呪詛が顔を引き裂き、極彩色の悲鳴で脳を塗りたくられ、全身の穴という穴から悲鳴と水分を吐き出しながら、私はフォウであることを認識した。
…私の不調が、サイコミュ起動のショックとして見過ごされたのは、幸いだった。
あのとき心理テストにでもかけられていたら、ムラサメ研究所の研究員たちを誤魔化しきれたとは思えない。
それから翌日の出撃まで、私は与えられる薬をこっそりトイレに流し、シャワーの際に体にメスを入れた形跡がないことに安堵し。
そしてようやく、ようやくムラサメ研究所を出たことに溜息をつく。
…これは、私の計画の第一歩。
この宇宙世紀でなんとか生き延びていくため。
そのために、私はベッドから立ち上がると卓上の端末に向かった。
ニューホンコンから指呼の間といってよいマカオで、スードリは補給を受けていた。
アウドムラがニューホンコン内で補給を受けている(これは確実だとブラン・ブルターク以下、追撃部隊の指揮官連は判断している)のと同様である。
「あの強化人間は、どうしたのか?」
ブラン・ブルタークがニューホンコンの特務が手配したモビルスーツ隊とやり取りをしているベン・ウッダーに声をかけると、彼はそちらをちらりと見て言った。
「与えた端末で何やら調べていたようですが、先ほど戦場視察とかなんとか言って出て行きましたよ」
「それでいいのか」
「ムラサメですからね」
言外に、自分の管轄ではない…ということを言った。
「見張りに後をつけさせてますから、問題は起こさないでしょう。それにムラサメ研の女も、あの強化人間は逃げ出さないって言ってましたよ」
「逃げ出さない?」
「なんでもムラサメ研では、あの強化人間に記憶を戻してやるとかいう条件付けをしているそうです。で、それを交換条件にしているから、あれは逃げ出さないのだそうで」
ベン・ウッダーはオーガスタ出向組だ。ここでムラサメ研に手柄を立てられても困る。
それを理解するブラン・ブルタークは、彼の肩を叩き、了解の意を示した。
「とうちゃーく」
ニューホンコンに近いといって、小さなモーターボートで外洋に出るとそれなりに時間はかかった。
船をつけた桟橋に軽く飛び乗り、大きく伸びをして…うん、と一息入れて街を見る。
ニューホンコン。
早速街中に向けて歩いてみると、劇中でも結構繁栄した都市だったけど…実際に目にする街は清潔で街路樹も等間隔、街路も広けていて通りがかる人にも活気が見える。
「ううん、活気があるのは確かだけど…」
ざわつきがある。
ニューホンコンは連邦政府の経済特区で繁栄しているはずだけど、俄に押し寄せた避難民から見えてきた戦争の影に…現実に不安なのね。
「テレビで見ているだけじゃ感じ取れないよね、戦争とか、町の人たちの感覚なんてさ」
調べ物が長くなった結果、出発は遅れて日差しも斜めに街路に落ちている。
見知らぬ街に少し心細さを感じて、渡された発信器を身分証明ごと肩から羽織ったストールにくくりつけると、通りを意味もなく歩いてみた。
街の中心部に行けば多くの企業や商会が立ち並ぶビジネス街、港をもう少し散策すれば大きな船などを見れたのかもしれないが、まずは繁華街をぶらつく。
「ふーん。これおいしそうね」
「おっ、お嬢ちゃん、よく見てるね!」
路傍に連ねる屋台を見ているうち、ふと目にとまった卵菓子の屋台を冷やかした。
黒い鉄板の上で黄色くあがる焼き菓子。
かりり、とはみ出した羽根も香ばしそうで、気がつくとくうとお腹が鳴り、ずっと食べていなかったことを思い出す。
「このニューホンコンが旧世紀の頃から、おやつといったらこれだよ」
「なら、一つくださいな」
紙に包まれたお菓子を早速口に放り込むと、ちょっと昔…?いつだっけ…?から、こういったお菓子の味を思いだした。
こういうの、子供の頃に食べたなぁ。
「お嬢ちゃん、お代」
「?」
「お代」
首をかしげて見つめ直しても、手を突き出してくる
やっぱだめか。
「お代なら、あそこにいる人が払うよ」
にこっとしながら、手にした菓子でちょっと先の路上でそれとなく立っている、男を指し示した。
「おーい、ぐんそー」
「ちょ、おまっ」
ニコニコしながらこいこいすると、男は慌ててこちらに駆けてくる。
「フォウ・ムラサメ、お前、街中で…この街はエゥーゴのシンパどもが」
話が長くなりそうだったので、私が男の胸元から財布を抜き取って、財布から抜き出したうちの1枚だけを屋台のおじさんに渡そうとすると、男は慌ててそのお金を取り返した。
「まったく油断のならない…」
「まあまあ、代わりに払っといてね」
財布を男の胸元に突き返すと、すっと身を離して雑踏の中へ歩を進める。
「…こういうことして生きてきたんだよね、フォウって」
背中に屋台のおじさんと見張りの軍曹との声を聞きながら、私は反対側の手で、財布から抜き取ったお金の束をひらひらさせた。
ホンコンの6月。日の入りを過ぎても気温は高く、湿気もうなぎ登り。
不快指数高し。
すり取ったお金はたいした額ではなく、宿泊できるほどではないので、点心やお粥を買うと、歩いて目的地へと向かった。
…ふ、と、ベンチに腰掛け、手にした紙袋を脇に置き、街路灯が入った街並みを、何処を、誰を、見るとなく、ぼんやりと見つめる。
寄る宵闇に、帰り路を急ぐ父親。
夕餉の食材を手に家路へと小走りする母親。
今、目の前を駆け足で家に向かう子供たちは、兄弟だろうか?
海から吹く潮の風に、家庭から漏れる夕食の匂いと家族の声が流れ、道行く人の足がいっそう早くなる感じ。
1人1人が帰るところへ、戻るべきところへと足を速めていた。
「…食べようかな」
日本風ではない、中華風のお粥は薄い塩の味付け、とろりとした熱い粥の甘みに鶏肉と干し貝柱の出汁がよく利いている。
点心は海老の入った餃子。小振りだがプリンとした食感の海老が、熱いまま、胃の腑へと落ちていった。
…そして、十数時間後。
私は、目的地に到着すると海縁に立ち、雲一つない夜空に感謝しながら夜明けを待つ。
コロニー落着の余波で、島は太平洋岸の別の場所同様に荒廃しており…復旧はホンコン市街が優先されたのであろう、島は放棄され、荒廃し、そのままに放置されていた。
それも作中通りの風景で、現状良し、私に良し。
私がわたしの記憶を得て、まずやると決めたこと。
…やがて波だけがさざめく薄暮の刻、押し寄せる波頭に白く滲む水平線の向こう、赤く日の出が始まる。
悲しげな音楽は鳴らないが、うら悲しい島の風景は、いやが上でも私の気持ちを盛り上げた。
…そしていよいよ、そのときは始まる…
ならば。
すうっと、息を吸い込む。
「流派 東方不敗はっっ」
「王者の風よ!」
「全身、系裂!」
「天破 狂乱っ!」
「見よ、東方は赤く燃えている…っ!!」
こみ上げる激情に耐えきれず膝をついた私は、腕にイマジナリー師匠を抱きかかえ、ランタオ島の朝焼けに絶叫した。
「師匠ーーっ!!」
今、私の視界には朝日に負けない、あの墨痕たくましい漢詩が見えている…!
師匠…っ、ししょーぉっ!!!
あふれる涙を拭わずに、私は叫び続けた…
私は今、確かにガンダム世界に生きているんだ…!!
「は?フォウに師匠??」
「ああ。見張りから、フォウが泣きながらそう叫んでいたと伝えてきたんだが…」
「彼女はニホンで保護されましたが、師匠がいたという話は聞いていませんけど」
「そうか…」
まあ、ロザミア少尉も情緒不安定だったしな。
強化人間って、そういう奇行をするもんなんだな。
ブラン・ブルタークは、考えるのを止めた。
「あ」
ニューホンコンへの帰り道、私は呟いた。
「カミーユと会うの、忘れてた」