6月。ニューホンコンに白い陽射しが照りつけて、アスファルトが焦がされる。
既にブラン・ブルタークからはニューホンコン行政府にアウドムラに対する補給の停止と即刻の退去要請が成されている。
そんな中、私は。
「あちゃー、どうしよう」
あれから慌てて港に行ってみたり街中をうろついたりしてみたけど、ハサウェイが落とした紙飛行機が飛んでくることもなく、カミーユが運転手をしていることもなく、見張り役によってスードリへと連れ戻されていた。
「ちょっと、ねぇ…どうなるの?これ」
眉を顰めて俯く美少女…といっても強化人間だから、これも情緒不安定の一つと見られてるみたいで、誰も私に近寄ってこない。
ナミカーにもこれで押し切ればいいから、私の見た目のご機嫌が回復することはない。
ないけど…
「やっばーい」
えーと、確か初日に紙飛行機が落ちてきてカミーユに運転手させて、夜にカミーユが会いに来る…えっと、これは小説版だっけ?
テレビ版だと最初にフォウがサイコガンダムで街中へ出撃して…
「フォウ・ムラサメ少尉」
「あっ、はい」
声をかけた男が拍子抜けするような、普通の少女の顔を向けたフォウに、ブラン・ブルタークは命令を告げた。
「腑抜けているのではないか?少尉、これから出撃となる」
「はい、了解しました」
立ち上がり敬礼する彼女に、続けて内容を伝える。
「先ほどニューホンコンの特務から連絡があり、カラバに加わったアムロ・レイと接触する女性がいたそうだ。どうも先の戦争でホワイトベース搭乗員だったミライ・ノアらしい…特務は、彼女らを人質としてアウドムラの引き渡しを画策している」
聞いていて、違和感を感じる。
(あれ?小説版だとミライさん、人質にはならなかったような)
「少尉にはサイコガンダムで出撃してもらう」
「あれは、街で使うのは危険と申し上げたはずですが」
ブラン・ブルタークは、眉を逆立てた少女に言い訳がましく聞こえないよう、強めに言った。
「今回はカラバとの交渉だ。あれで威圧感を与えた方がスムーズに事は進むだろう。」
(まあ、筋は通っているわね)
それに、威圧感を与えるためだと言質も取った。
あれだけ人が住んでいる街で、サイコガンダムを戦わせるなんてとんでもない。
「そういうことであれば、フォウ・ムラサメ少尉、サイコガンダムで出撃します」
敬礼一つすると、少女は私服のまま席を立った。
作戦開始は、間もなくである。
(やっぱり、この絵面は印象悪いわねー)
作戦開始後、カラバ側の回答が来るまで待機は続く…訳だが。
やることはなく、とは言え待つのもお仕事のうち。
(でも私、ティターンズからお給料もらってる訳じゃないからなー)
サイコガンダムのコックピットの中で膝を抱えてうだうだとモニターを見つめる私こと、フォウ。
今、サイコガンダムはフォートレス形態のまま港に着底させ…ると、しっかり浚渫されてる港で沈み込んでしまうので、意識してぷかぷか浮かぶようにしていた。
サイコミュも起動させている。
ただ、あまり強く認識するとサイコガンダムの破壊衝動に囚われてしまうから、戦闘系システムは意識して繋げていなかった。
少し動かす程度であれば、サイコミュに飲まれはしない。
そして、あまり色々と試すことはナミカーに余計なデータを与えることになりかねないから、積極的にサイコミュを使うことは避けようと思っていた。
視線をまた船上に戻す。
船の上には人質となったミライさんとハサウェイ、チェーミン。
そしてニューホンコン特務の連中とその指揮官を務めているベン・ウッダー。
アムロはまだ姿を見せない。
(女の人だけでなく、小さい子供たちまで人質にするなんて)
この後、アムロやカミーユたちに助けられるとはいえ、子供まで人質にするなんてひどいな……
苛つく感情をもてあそんでいるとサイコミュが反応し、ギシギシと機体が軋んだ。
「…っと、あぶない、あぶない」
怒りの感情を放棄し、また冒頭のノンビリお気楽モード(自称)に心をチェンジする。
作中ではフォウの感情のまま街を攻撃するサイコガンダムだけど、本当にこの子は危険…
あまりにも、私の感情に生に反応しすぎる。
まっすぐに歩くだけでも、そのときの私の感情を反映して
軽やかにスキップする
苛々と踏みにじる
全く違う歩き方を、操縦桿を通さずに私の脳波を通して実行してしまうのだ。
本当に、危険。
思考の表面に浮かび上がってこない私の感情を読むから、その気になればティターンズを反逆して、あの船を攻撃するだろう。
まあそれはいいんだけど(いいのかな)、このサイコガンダムの火器管制システムはサイコミュに依存している。
今の私にサイコガンダムを操縦しながら狙い撃つなんて不可能。
つまり劇中の通り、周囲を破壊して回ることしかできない暴れん坊くんなのだ。
「ムラサメ研究所、NT研究に特化しすぎてたのかな?」
劇中でムラサメ研究所はフォウという強化人間とサイコガンダムという兵器を作り出しただけ。
オーガスタ研究所がロザミア・バダム、ゲーツ・キャパを作りだし、モビルスーツだってギャプランだけでなくガンダムMK-Vを作っている。
そもそも1年戦争のときにアレックスを作ったのもここだっけ。
エコール…?だったか、研究というか教育というか、そういう施設もやってたはず。
そもそもギャプラン、常人離れしてるとはいえ強化人間でないヤザンだって乗っていた。
それだけの完成度があった。
それに比べムラサメ研究所、モビルスーツ開発はかなり足踏みをしている。
ニュータイプ未満の被験者を何人も消費しながら、このサイコガンダムしか開発できなかった。
消 費
ぎゅっ、と握る手に力が入る。
劇中のフォウが死ぬほど求めていた記憶の源、幸せだったという記憶を与えてくれた、彼の命を使い捨てたサイコガンダム。
機械を責めても仕方ない。責めるべきは、彼や、私の前のナンバーを付されてきた…兄さんと呼んでもよい強化人間たちを使い捨てたムラサメ研究所。
昨日一日かけ、私は調べた…制限されたアクセス権限の下、分かる範囲で、ある人たちの情報を。
(っ、いけない!)
感情のままの思考は、サイコガンダムに飲まれるところだった。
深呼吸一つすると。
When I was little girl I asked my mother♪ What will be~♪
大きく、伸びやかに歌い出す。
Will I be pretty, Will I be rich, Here‘s what she said to me♪
胸の息を全て吐き出すように、胸のつかえごと吐き出すように。
Que sera sera~♪ Whatever will be will be~
お願い、私の声が明るく響いて。誰が聞いてくれるか、わからないけれども。
The future‘s not ours to see♪ Que sera sera~
気持ちを明るく、周囲を意識から押しやって、コックピットで歌う。
Whatever will be will be~♪
明るいメロディを楽しむように歌っていると。
通信がぽちんと入り、呆気に取られたベン・ウッダーの顔が見れた。
これもラッキーと考えよう、うん。
「…フォウ・ムラサメ少尉、アウドムラはまだ来ないが、いまアムロ・レイを名乗る人物が自分とミライ夫人たちの身柄を交換するよう要求してきた」
「あら、アムロ・レイ大尉なら有名な人物ですし、カラバのパイロットなら戦力も奪えるし、交換に応じた方がお得ですね」
何が起こるか分からないし、子供たちに怖い思いをしてほしくないし、交換に応じても損はないんじゃないかなー、と願いを込めて言う。
「アムロ・レイの身柄は拘束する。だが、あくまで連邦軍から脱走した逃亡兵として、だ」
悪い笑顔をしてるな、ベン・ウッダー。
「ミライ夫人たちには、引き続きゲストとして待機してもらうつもりだ」
あー、やっぱり劇中と同じか…海中から来るかな、カミーユ。
戦闘が始まった。
降伏を装い接近するアウドムラを待ち構えるティターンズ部隊。
対するエゥーゴはガンダムMk-Ⅱで背後の海から襲撃する。
水中から爆発音が衝撃波となって押し寄せると、波間に大きなあぶくとなって破裂した。
水中に展開するマリン・ハイザック隊がMk-Ⅱと戦闘に入ったらしい。
幸いなことに、こちらには戦闘に加入するようにとの指示は出ていない…おそらく、目の前に接近してくるアウドムラへの牽制のつもりなのだろう。
私は、サイコガンダムを波間に浮かぶクラゲをイメージして現状を維持した。
ぷかぷか、私はクラゲ。サイコガンダムもクラゲ。
たまに響く水中爆発がサイコガンダムを適当に揺らしてくる。
(私は、戦闘には参加しませんよ)
初めて身近に迫る戦闘に緊張しながら、私はそう心に念じてサイコミュを操った。
水中で揺らされながら、目前のアウドムラが接近を中止するのも見る。
(あ、止まった。ということは、アムロが船から脱出したのかな?)
何気なく、予定通りに起こる事態にのんびりした気持ちで船を見た私は、瞬間、息を飲んだ。
アムロが、撃たれて、船から投げ出されていた。
「…っ!」
カミーユの襲撃にティターンズの連中の意識がそれ、そのチャンスに俺が海に飛び込もうとしたとき、爆発で船が揺れた。
その衝撃に俺が蹈鞴を踏んだとき、制止しようとしたティターンズの士官が銃を向け。
一歩、行動が遅れた俺は撃ち抜かれると共に、海中へ投げ出された。
(まずい!)
海中に転落した衝撃、撃たれた腕の痛みが不意を打ち、肺の中の空気が全て吐き出された。
目の前が暗くなるが、必死に体を動かして波間に顔を出そうと努力する…しかし、痛みが生きようと努力する俺の意思を裏切る。
痛みが体を止め、拘束された腕が沈み込むように体を縛った。
(このままでは…)
まだ酸素がある脳で必死に足掻くが、その一掻きすら、上に向けたものか海中に向けたものか分からない。
………急に、この長い間、その存在を感じなかった、心が再会することを拒否したあの人の声が聞こえたような気がした。
(ララァのところへ、帰るのか…)
あのときのようには彼女は答えてくれなかったが、アムロは長い眠りから覚め、今また安らかな眠りにつくのだと、密かに安堵した。
「っ!?」
その光景を見た私はコックピットを開放すると、そのまま海へ飛び込んだ。
手を抜き脚を扇ぎ、私の感じる先へ泳いでいく。
波間に投げ出されたアムロ・レイ、彼を死なせてはいけない。
などということは、これっぽっちも頭になかった。
ただ、撃たれて海に投げ出された人を助けなくては、そう思っただけ。
昏い海の中、時折生じる爆発の波に煽られながら、息をすることも忘れて進んだ。
泳ぐという意思はなく、自分の中の感覚が、あの人のところに身体を進める。
(これがニュータイプなのかしら)
ちらりと頭の片隅でそんなことを思う。
手、脚の一振りが感じる先へ身体を送って、そして【わかる】。
近づく体に…触れた手が服のどこかを掴んだのを感じると、私は勢いよく、海上へ向けて脚を羽ばたかせた。
「アムロ!?」
意識のないアムロを仰向けに浮かせ、胸を枕にして気道を確保すると、すぐ近くから呼びかける声が聞こえる。
そちらを見ると、こちらはちゃんと劇中同様、ミライ夫人と2人の子供たちが船に乗ったままだった。
アムロを抱えたまま、ゆっくりと泳ぎ寄ると、アムロをミライさんに引き上げてもらってから、ボートへと上がって応急措置にかかる。
「腕を撃たれたのを見ました、早めの治療をお願いします」
「ええ、分かったわ」
さすがに戦場を経験した人の度胸は違うなー、と思いながら、自分が着っぱなしだったストールで肩口を縛った。
そして、私は敵側の陣営だから…よろしくね、の気持ちを込めてミライさんに頷くと、ボートから離れる。
(来なさい…サイコガンダム…!)
強く意識すると遠からぬ位置をいたサイコガンダムがゆっくりと動き出し、こちらに寄ってくる。
船を転覆させないよう、注意してサイコガンダムを近づけると、海水を滴らせながら乗り込み、急いでミライさんたちの乗ったボートから離れた。
と、コンソールが敵の接近を警報する。
…って、ガンダムMk-Ⅱじゃない?!こっち来る!銃口向いてる!
「なにやってんだよ、あの人は!」
誰かが撃たれた、その感覚に繋がる人がいた…知っている人だ。
あの人という認識とアムロ・レイという感覚が一致し、カミーユは目の前の機体に向けて意識を向ける。
向けた砲口がバズーカから砲弾となってザクへ進み、海面から追われる魚のように躍り上がった機体に衝突して打ち砕いた。
そのままMk-Ⅱを感覚の先へ進めると、何か黒々とした怨念のような塊が海中から湧き上がってくる…!
咄嗟にバズーカを向けると、海から浮上したそれは一瞬、戸惑うように停止してから、ゆっくりと黒い巨大な機体へと変型する…
黒いガンダム。
しかし、その黒いガンダムは脇に停泊していたティターンズが乗った船を掴むと、ミライさんたちを乗せた船には手を出さずに飛び去っていった。
「ミライさん、無事ですか?」
外部スピーカーで船にのったままのミライ母子とアムロさんに注意を向けると、アムロさんは紺色のストールで縛られた腕を押さえながら、こちらに手を振っている。
「あの機体は、いったい…」
俺は、ミライさんたちに介抱されるアムロ大尉を見ながら、何か不思議な感覚を心に沈ませた。
「なぜあの場を離れたのだ!」
帰還し、ベン・ウッダーから頬を張られた。
「友軍部隊は既に撃破されていました。エゥーゴのモビルスーツが接近しておりましたし、大尉の安全の確保を考えた次第です。」
「あの状態でか!?エゥーゴのモビルスーツは1機だけだった!」
「以前申し上げたとおり、サイコガンダムは火器管制システムに問題があり、あの混戦した状況でエゥーゴのモビルスーツを攻撃すると、大尉も危険に晒した可能性があります」
だからサイコガンダムじゃなくてネモがいいって言ったのよ…。
「…まあ、少尉に明白な攻撃命令を出していなかったことは認める」
「少佐!」
戦闘ログを見ていたブラン・ブルタークがそう言って、私達2人の口論を止めた。
「だが、一つ確認したい。なぜ、お前は一度、機体を放棄した?」
「捕虜が脱走するのを見たためであります」
「それは戦闘の最中に行うべきことか?」
「捕虜となっていたアムロ・レイは、腕を縛られた状況で転落しておりました」
「敵前逃亡ととられてもおかしくない行為だ、少なくとも私はそう考えている」
ベン・ウッダーは私を命令違反、ブラン・ブルタークは敵前逃亡と見ているわけね。
この程度は想定範囲。
「サイコガンダムでしたから」
「?」
疑問を解消するよう、続きを促す沈黙に話を続けた。
「サイコガンダムはサイコミュで私の思うように動きます。すぐに私を回収するよう命じたので、命令はすぐ実行できると考えました。」
「では、せっかく確保したアムロ・レイを逃がしてしまったことについては、どう弁明するきだ」
ベン・ウッダーが苦々しく言ってくる。
「近場にあった船に引き上げれば、戦闘が終わった後で回収できると思いました。ただ、戦闘がエゥーゴ優勢になってしまったので回収の機会を逸しただけです。」
私以外の戦闘部隊が駄目だったからじゃない。
言外にそう告げると、ベンウッダーは黙り込んだ。
まあ、Mk-Ⅱ相手に旧式のマリンハイザックじゃ、きついよね。
そこまで答えたところで、ブラン・ブルタークが頷く。
「少尉の言いたいことはわかった。納得はしないが、言い分は受け入れよう」
「ありがとうございます」
敬礼をする私に、しかし、と少佐は告げる。
「だからこそ、次の戦闘では間違えようのない命令を出しておく。次は、エゥーゴとの決戦だ。私もアッシマーで出る、少尉もサイコガンダムでアウドムラ撃破に出撃することになる」
「はっ!」
「いいか、ガンダムを落とせとまでは言わん、だが我々がアウドムラを狙う間、エゥーゴのモビルスーツ部隊を引きつけておけ」
脇に立っていたナミカーが、どこか焦りを感じさせるように、せかせかと言う。
「いいこと、フォウ。次はしっかり成果を出しなさい…あなたには、記憶が必要。それを忘れないように」
脇から言い添えたナミカーは、続いてブラン・ブルタークに頭を下げる。
そんな私達を置いて、彼らは格納庫を上がっていった。
…いよいよ、アウドムラとの最終局面なのね。
張られてひりひりする頬の内側を舌で突っつきながら。
(いよいよだね、私の死亡フラグとの対決…)