とあるロケット団員の遺書   作:月生あひめ

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1.追放と裏切り

 拝啓。この遺書を見た誰かさんへ。 

 この遺書には、僕がポケモンに対し行った極悪非道の大罪の数々が書かれている。

 この遺書をどうか社会に晒してほしい。

 誰かが僕のような鬼畜に堕落し、苦しまないように。

 これ以上虐げられ殺される不幸なポケモンたちが現れないように。

 どうか、どうか⋯⋯。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「博士課程試験、不合格になったんだってな」

 

 父が書斎に僕を呼びつけ、博士課程試験不合格と書かれた紙を見せつけた。

 

 僕は今年の春、タマムシ大学院の携帯獣学博士課程に進むための試験を受けた。タマムシ大学及び大学院は全国の中でも最難関の学校で、簡単には入れない。大学卒業後、僕は父の希望で三年間浪人して毎日猛勉強に励んだが、残念ながら努力は報われず不合格になってしまった。

 

 父は腫れ物を見るような眼差しで僕を睨みながら、吐き捨てるように言った。

 

「三年間浪人したあげくに不合格。⋯⋯本当に情けない奴だ」

 

 父の冷ややかな瞳に射抜かれ、悔しさとやりきれなさで身が張り裂けそうになる。

 

「⋯⋯すみませんでした」

 

 背後の入口から小さな足音が迫ってきた。

 

「ピィカ⋯⋯?」

 

 僕の相棒のピカチュウが心配そうな声で鳴き、足元に擦り寄ってくる。僕が落ち込んでいるのを察しているらしい。

 

「出ていけ、タカオ。顔も見たくない。二度とこの家に戻ってくるな」

 

 自分の立っている床が崩れ落ちてゆくような感覚に襲われた。父は自分にとって重い荷物でしかなかった僕をとうとう捨てた。いつか必ず捨てられるだろうと覚悟はしていたが、こうして突き放されると目の前が真っ暗になるような絶望感に包まれた。

 

「ごめんなさい、父さん」

 

 僕はピカチュウを抱き上げ、書斎から出ていった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 かの有名なオーキド博士と同じくポケモン学者である父は、息子も自分と同じ学者の道を歩むことを期待していた。

 

 僕は幼い頃から父に毎日のように携帯獣学の勉強をさせられた。十歳になると、父は僕をポケモントレーナーとしてピカチュウと共に全国を旅させた。ポケモンと触れ合わせ、戦わせ、様々なポケモンの知識を身に付けさせた。

 

 常にポケモンのことを学び、ポケモンと共にいる日々を過ごした僕は、大のポケモン好きな少年に成長した。

 ポケモントレーナーとして食っていく道を志したが父に反対され、嫌々ポケモンスクールに通った。それから大学へ進学し、大学院に行けるほどの成績は出せたものの試験に三回も落ちてしまった。

 

 父に顔も見たくないと言われ、存在自体を自宅から遠ざけなければ申し訳ないと罪悪感に駆られた僕は、僅かな所持金が入った財布を手にして家を出た。季節は秋が終わり冬が到来する頃で、凍えるような風が吹き荒んでいた。

 

 胸に抱かれているピカチュウは、不安げな表情で僕の顔を見上げていた。

 

「ピカチュウ。これからどうしよう」

 

「ピーカ?」

 

 これからどうしようの意味がわからないピカチュウは、無邪気に小首を傾げる。

 

 僕は家のある住宅街から離れて、昼下がりのタマムシシティの繁華街を放浪した。

 

 職と住むところが無ければ生きていけない。だが三年も浪人した奴など一体誰が採用してくれるだろう。

 

 金が得られなければ今後ピカチュウを養うこともできない。ピカチュウは僕にとって唯一心を開ける相棒だ。餓死など絶対させられない。

 

 しかし、何もかもどん詰まりだ。

 

 混乱のあまり理性が崩壊寸前に達し、僕は気が狂いそうになった。

 

「あぁ、畜生⋯⋯っ!」

 

 頭を激しく掻きむしって僕は呻き、道路脇にへたり込む。ピカチュウの腹が鳴った。ピカァと哀れな鳴き声を発してピカチュウは耳を垂らす。

 

 とりあえずピカチュウの餌を買ってこないと。お腹を空かさせては可哀想だ。

 

 フレンドリショップからポケモンフードを買い、ピカチュウに食べさせてその夜は路上で寝た。ピカチュウが凍えないよう、僕はシャツ一枚になって上着を着せてやった。死ぬほど寒くて身震いが止まらなかったけれど、ピカチュウが凍死するよりは全然ましだった。

 

「君はタカオ君かね。なぜ下着一枚で寝ている?」

 

 タカオ、と突然自分の名前を呼ばれて僕は顔を上げた。白衣を纏った初老の男性が目の前にいた。見覚えのあるおじさんだった。

 

 タマムシポケモン研究所に所属するスズキド博士だった。彼は僕の大学時代のゼミの先生であり、父の知り合いでもある。たまに僕の家で研究の打ち上げ飲み会だのを開いていた。父と違い心優しいスズキド博士を僕は心から慕っている。

 寒さで返事が震えた。

 

「す⋯⋯す、スズキド博士、お、お久しぶり、です⋯⋯」

 

「何を馬鹿なことを。とりあえず私の車で温まりなさい!」

 

 近場に停めてあったスズキド博士の車の助手席に乗り、僕とピカチュウは暖房で温まった。

 

「なぜ路上で寝ていたんだね?」

 

「⋯⋯父に激怒されて、今、追い出されちゃって途方にくれてるところです⋯⋯」

 

 ついスズキド博士に助けを乞うような弱音を吐いてしまったことに僕は苦笑した。彼に救済を求めても迷惑なだけなのに。

 スズキド博士は一瞬驚いた顔をしたものの、僕の深刻な状況を察してか顔をしかめる。

 

「そうか、君を馬鹿だと言って悪かったよ。あいつは昔から頑固だったからなぁ。とりあえず、話を聞こう」

 

 スズキド博士の優しい言葉に目の奥が熱くなるのを感じた僕は、涙声で返事をした。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 僕は胸に溜め込んでいた悔しさを吐き出した。話しているうち、涙を堪えきれずに僕は泣いてしまった。ピカチュウが涙で濡れた頬を舐めてくれた。スズキド博士はずっと静かに僕の話を聞いてくれていた。

 

「二度と帰ってくるな、か。酷い言葉だが、本気で言ったわけではないんじゃないのか」

 

「本気だと思います。浪人中何度も『こんな馬鹿なら生まれて来なければよかった』と言われましたよ。きっと今回でどうでもよくなったはずです」

 

 バックミラーに写るスズキド博士の眉が困ったようにハの字になった。

 

「そうか。帰る場所はもうない、か」

 

「⋯⋯はい。すみません、こんな暗い話をしてしまって」

 

「いや、構わないさ。とりあえず今日泊まれる場所へ連れて行ってあげよう」

 

 博士は運転し始めた。車はタマムシシティを抜けてヤマブキシティとの連絡線である7番道路に入り、車道を逸れて薄暗い森の小道に入っていった。違和感を覚えた僕は博士に訊いた。

 

「あの、博士、どこにいくのですか?」

 

「⋯⋯」

 

 博士は無言だった。彼の沈黙が違和感を不信感に変えてゆく。

 

「博士⋯⋯?」

 

 やがて博士は道の途中でいきなり車を停車させた。薄闇に閉ざされた森の中に、木々の葉擦れの音がこだましている。暫しして、地面からガコンッという音とともに振動が走り、視界が下へ下がっていった。

 

 一体何が起きたのか状況を理解できない僕は混乱し喚いた。

 

「博士ぇっ!」

 

 ピカチュウもピカピカァ! と騒ぎ出す。

 

「大丈夫だよタカオ君。落ち着きなさい」

 

 やがて暗くなった視界が明るみ、眩しく輝く銀色の世界が現れる。艷やかな鉄壁に囲まれた広い空間だった。

 

「ここは⋯⋯?」

 

 下方を見下ろすと、鉄壁の床に整列する黒い服装の人間が数人整列していた。彼らの姿がはっきり見えた時、戦慄で腹の底に冷たいものがぞわっと広がった。

 

 彼らの黒い服の胸には『R』という赤い文字があった。それは、誰もが知るあの反社会勢力組織を表す文字だった。

 

「ロ、ロ⋯⋯」

 

 声が震える。

 

「ロケット、団⋯⋯」

 

「そのとおりだ」

 

 隣りにいるスズキド博士が、至って冷静な口調で僕の呟きを肯定する。

 

 全身に悪寒が走り、毛穴が開いて冷たい汗が滲み出た。

 

 車が床に着地すると、並んでいたロケット団員が全員スズキド博士に向かって敬礼した。博士は車から降り、彼らと話す。

 

 一人の若い女が車に近寄ってきて、窓越しから僕を見て苦笑交じりに言った。

 

「こいつが新入り? 地味でひ弱そうね」

 

「タマムシ大学生なら即戦力になれると思ってな。連れてきた」

 

 即戦力になるから連れてきた、新入りという言葉が繋がった時、実感は湧かないものの現状を理解できた。

 

 要は、僕はスズキド博士に騙されてロケット団員の一員にさせられようとしているのだ。

 

 驚愕と恐怖のあまり喉がからからに乾いていく。

 

 スズキド博士が不気味な笑みをうかべながら僕に言った。

 

「父さんに追い出されて帰る場所がないなら、ここで働きなさい。ここでは君の知識を活かして仕事ができる。君を必要としてくれる人もいる。よかったじゃないか」

 

 ロケット団は野生または人のポケモンを捕まえ、虐待に近い実験をする反社会的組織だ。シルフカンパニー占拠事件など度々事件を起こしては、世間を恐怖させている。

 

 僕はポケモンが大好きだ。冷たい家庭で育った僕にとって、ポケモンは人生で一番愛するべき存在だ。虐待とか、実験とか、そんな鬼畜の所業は絶対にしたくはない。僕は混乱しつつも腹の底から声を張り上げ、抵抗する。

 

「い、嫌です。ロケット団なんか、嫌です! 僕に⋯⋯僕に犯罪者になれっていうんですかっ! そんなのごめんだっ!」

 

 スズキド博士は溜め息を付いてロケット団員たちのほうを向き、「連れて行け」と指示した。

 

 それから僕はロケット団員たちに車から無理矢理降ろされ、ピカチュウはどこかへ連れて行かれてしまった。

 

「新入り、服を着ろ」

 

 と言われて渡されたのは、Rの文字が印刷された黒服と黒帽だった。言われるがまま着替え終わると、廊下を歩かされて一室に連行された。

 

 そこは四方をコンソロールパネルに囲まれた薄暗い部屋だった。数人のロケット団員たちがパネルをいじくっている。部屋の中心にはガラス張りの円柱があり、その中に⋯⋯。

 

「ピカピカァー!」

 

 全身に回線を繋がれた僕のピカチュウがいた。

 

 電撃が全身を射抜いたような衝撃が走り、僕は絶叫する。

 

「ピカチュウーッ!」

 

 僕は円柱に駆け寄り、ガラスを無我夢中で叩きつける。背後からスズキド博士の嘲笑う声が響いた。

 

「君のピカチュウには今から実験体になってもらう」

 

 後ろを振り返ると、今まで見たことのない悪魔のような形相で笑うスズキド博士がそこにいた。

 スズキド博士、ロケット団員だったのか。ポケモン研究所に務める傍ら、密かにロケット団と手を組んでいたのか。

 

「博士⋯⋯何で⋯⋯こんなことを⋯⋯」

 

 スズキド博士は円柱に備え付けられたコンソールパネルを指差して言った。

 

「新人タカオ君。今から君に初仕事をしてもらおう。ピカチュウに十億ボルトの電撃を浴びせたまえ」

 

「十億ボルト⋯⋯」

 

 そんなことをしたら、間違いなくピカチュウは大爆発して死んでしまう。

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