鈴が奏でる恋の歌   作:甘夏みかん 

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壱ノ鈴

 旅の道中、立ち寄った村で、一行は妖怪退治を依頼された。その際、長けた人心掌握術で、言葉巧みに話を進めて、寝床と食事を確保した弥勒。

 それにより、約一名を除いて協力的になり、依頼を引き受けることになった。かごめより慣れているとはいえ、珊瑚だって野宿よりは布団で寝たい。

 

 不満そうに口を尖らせていたものの、根が優しい犬夜叉も反対はしなかった。だが、嬉々として説明する依頼主の話で、全員で動くほどの妖怪でもないと判断。

 結果、弥勒と珊瑚、雲母が、妖怪担当になった。犬夜叉とかごめ、七宝は、かけらと奈落の手がかりを探して、近隣を走り回っている。夜には合流する予定だ。

 

 着替える為、脱いだ小袖を納屋の床に落とすと、珊瑚の耳に涼やかな音が届いた。用意を中断した珊瑚は、キョトンとして着物を漁る。中から出てきた小さな二つの鈴に、カァーッと頰に鮮血な紅を走らせた。

 この鈴を持った二人は、必ず結ばれると謳われている。心に巣食う不安を鈴の音に捉われ、昨日気が付けば二つ買っていた珊瑚。しかし、照れ臭くて弥勒に渡すことができず、諦めて小袖にしまっていたのだ。

 

「——よしっ」

 

 一晩経っても羞恥心に邪魔をされて渡せそうになく、珊瑚は結紐に弥勒用の鈴を括り付けた。手早く戦闘の準備をして、鈴が付いた紐で髪を結ぶ。自分の分は肩の物入れにしまった。一つに束ねた髪の結び目で、鈴が小さく歌う。

 

「法師さまなら、気付いてくれるよね?」

 

 弥勒が鈴の存在に気付いて話題を振ってくれれば、自分から告げるより渡しやすいはずだ。そう考えて小さく呟いた珊瑚の緊張で、胸の鼓動が早鐘を打ち始める。まだ気付かれてもいないし、渡す時でもないのに頰が熱い。

 このまま弥勒の前に出るわけにはいかず、深呼吸をして心を落ち着かせる。少し時間をかけすぎたか、戸の向こうから弥勒の声が聞こえた。本当に着替えているのかと怪しむ依頼人の誤解を、優しい口調で解いてくれている。

 

「ごめん、お待たせ」

 

「いえ、大丈夫ですよ。では、参りましょうか」

 

「う、うん」

 

 急いで荷物を風呂敷に突っ込み納屋を出ると、温和な笑みを浮かべた弥勒に迎えられた。紺瑠璃の瞳に捉われただけで、珊瑚は緊張感に支配されて、顔に一重梅を咲かせてしまう。落ち着かせた胸が騒がしい。

 不思議そうに見つめてくる弥勒から目を逸らし、燃えるような恥ずかしさに耐える。今すぐ納屋の中に戻り、鈴を外したい。チラリと法師を窺うと、弥勒と彼の肩に乗った雲母は、顔を見合わせて首を傾げていた。

 

 静寂と肌に突き刺さる無数の視線に、心臓は静まるどころか更に暴れ始める。緊張と集まる熱でおかしくなりそうで、珊瑚は逃げるように目的地に向かった。

 

「えっ?」

 

 否、向かおうとした。だが、鈴の音を響かせ一歩踏み出した身体は、何故か目の前の墨衣を控えめに掴む。袖を摘む己の手を困惑気味に見つめた珊瑚は、自分の意思で離せないことに気付いた。

 離そうと四苦八苦していると、弥勒がそっと珊瑚の手を取る。不安を宿した縋るような眼差しで見上げた珊瑚に、ニコリと穏やかな笑みを浮かべた。そして、助けを期待する珊瑚の手に指を絡める。

 

「ちょ、ちょっと! こんなところで何してるのさ……ッ」

 

 依頼人の視界に晒されたまま手を握られ、面輪を紅潮させて慌てる珊瑚。手を繋ぎたくて引き留めたと勘違いされたらしい。急いで誤解を解こうと口を開くも、珊瑚の手が弥勒の手に指を絡め返す。

 また勝手に動いた驚きで、珊瑚は瞠目した。好き勝手に動く身体は、法師の手の甲を自身の頰に当てる。そして、指を絡めた状態で、甘えるように擦り寄り始めた。手を繋げて嬉しいと訴えているみたいで、珊瑚の満面にますます火が灯る。

 

「そんなに、手を繋ぎたかったんですか?」

 

「違っ、身体が勝手に——ッ、わっ!?」

 

 揶揄を孕む弥勒の瞳が愛おしそうに眇められ、吹きこぼれんばかりの強烈な熱に包まれる珊瑚。満更でもない顔を朱色に染め、頬擦りしたまま否定した。その途中で、言うことを聞かない身体が、手を解いて弥勒を抱き締める。

 困惑気味に声を漏らした珊瑚の眼前に、見慣れた濃色の袈裟が広がった。抹香の匂いがふわりと鼻腔を擽る。何をされたのか、理解が追いついていない珊瑚は、唖然とした顔を上げた。

 

 随分と積極的で面食らう弥勒と目が合い、ようやく現状を理解する。じわじわと込み上げる含羞により、みるみるうちに満面が夕陽色に染まった。

 手触りのいい袈裟を離そうと試みるも、珊瑚の腕は石になったみたく動かせない。足も根を張った植物のように地面にくっつき、ピクリとも動かなかった。

 

「なるほど。手を繋ぎたかったのではなく、私にくっつきたかったと……」

 

「違うって言ってるだろ! 身体が——って、な、あっ……ッ!?」

 

 頓珍漢な勘違いと共に、弥勒が相好を崩し珊瑚を抱き寄せる。その拍子に鈴が涼感な音を奏でた。それにより、紅潮した顔で叫ぶ珊瑚の希望通り、実は違和感に気づいている弥勒が鈴を認知する。

 しかし、珊瑚はそれどころではなかった。喜ぶ前に再び勝手に動いた右手が、弥勒の頰に手を添えて唇をなぞったのだ。親指に感じる柔らかな感触に、口をパクパクとさせて顔に紅葉を散らす珊瑚。

 

 まるで自ら誘っているみたいで、羞恥心から目尻に涙が浮かぶ。何度も皮膚の薄い部分を撫でられて、くすぐったそうにしていた弥勒が、そんな珊瑚の腕を掴んだ。そして、錫杖を地面に置き、空いた手で髪紐の鈴に手を伸ばす。

 

 すると、咄嗟に伸びてきた手に指を絡め、珊瑚は触れるのを阻止させられた。繋がれた手に目を向けた弥勒の足を払い、押し倒したみたく覆い被さる。咄嗟に地面に降りた雲母が、心配そうに弥勒と珊瑚を交互に見ていた。

 村の人達が何事かと集まり始める。傍から見れば、日中に珊瑚が弥勒を押し倒した状態。その事実に沸騰するんじゃないかと思うほど、身体の熱が上昇する。弥勒は照れた様子もなく、珊瑚と繋いでいない方の手を懐に入れた。

 

 法衣の中から素早く破魔の札を取り出し、珊瑚の額にペタリと貼る。屋敷から追い出される妖みたく、恥じらいを吹っ飛ばされて戸惑う珊瑚に、もう一度、手甲に覆われた手が伸びてきた。

 

「思った通り、珊瑚に悪さをしているのは、この呪いの神楽鈴のようですね」

 

 チリンチリンと一人でに暴れる鈴に触れ、弥勒が確信めいた夜色の瞳を妖しく眇める。どうやら、破魔の札を貼られて操れないらしい。法師に見破られた鈴が、耳を劈く勢いで喚き散らした。

 結紐から外そうとしている弥勒を、どうにかしたいと強く訴えている。けれど、逃れようと暴れる鈴は、何度歌っても珊瑚の身体を支配できていなかった。

 

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