「しまっ……ッ!?」
「法師さま!」
完全に油断していた弥勒が、小指に結ばれた呪具に瞠目する。自分の意志と関係なく動き出す弥勒に、元に戻った珊瑚が焦燥に駆られた表情で彼の手を掴んだ。
どこかに向かおうとする足に力を込めて踏ん張るも、弥勒は支配権を取り戻せない。向かう先に野次馬を楽しむ村娘が居り、このままでは巻き込んでしまう。
弥勒は動かぬ手で無理やり刀印を作り、涼感のある音を奏でる鈴に法力を込めた。その途端、外から違う力を流された鈴が、法師の操作を中断する。
弥勒は手を閉じたり開いたりしてから、流れるような動作で珊瑚の美尻を撫でた。不安そうに揺れていた珊瑚の双眸が、ジトッとしたものに変わる。
「ちょっと……」
「ふむ。何とか抑え込めたようですな」
「どんな確かめ方してんのさ」
真剣な顔で尻を撫で続ける手をペシリと叩き、珊瑚は右手で腰の刀を抜いた。防毒面を外して、出しっ放しの隠し武器と共にしまい、弥勒に左手を差し出す。
「ほら、早く指出して。今のうちに鈴を壊すよ」
「お願いします」
法力で抑え込めたとはいえ、いつ操られるか分からない。鈴の恐ろしさと厄介さを身を持って思い知った弥勒が、素直に珊瑚へと手を預ける。珊瑚は差し出された彼の手を持ち、細剣で突こうとした。
しかし、散々、抵抗した鈴の同類が、そう簡単に壊されるはずもなく。弥勒は蝶のようにひらりと剣を避けた。身体をクルリと一回転させて、珊瑚の方に向き直り、人差し指の腹を彼女の唇に当てる。
「おめぇら、さっきから何してんだ?」
お願いしたのに揶揄うように避けた弥勒と、追いかける珊瑚に怪訝な表情で訊ねる犬夜叉。かごめと七宝も困惑気味に首を傾げている。珊瑚は弥勒に手を伸ばしながら、簡単に鈴の説明をした。
「あれは人の心を食う呪いの鈴で、付けられると身体を操られるんだ」
「ちなみに、この鈴の好物は『怒り』みたいです。皆さん、くれぐれも怒らぬようお気をつけ下さい」
「おらたちも食われるのか!?」
「はい。どうやら、私の視界に入っておる者は、皆、餌となる感じですな」
補足説明をした弥勒が、かごめの肩から身を乗り出した七宝に頷く。珊瑚を煽るみたく頭に手を突いて、彼女を飛び越え背後に逃げながら。踏み台にされた珊瑚の髪に、軽く接吻を落として更に揶揄う。
弥勒の犬夜叉や雲母に張り合える身体能力が仇となっていた。彼を救う為に頑張っているのに、完全に良いように遊ばれていて、珊瑚に焦りと苛立ちが募る。先程までの弥勒の気持ちが分かった気がした。
「けっ、んなもんにビビる必要はねぇよ。俺がすぐにぶっ壊してやらぁ」
怯える七宝を乗せたかごめを背に庇い、犬夜叉が指の骨を鳴らす。金の瞳を好戦的に光らせて、獲物を狙うみたいに、弥勒の鈴へと狙いを定めた。珊瑚も心を落ち着かせ、冷静な面持ちで構え直す。
犬夜叉が素早く突進して弥勒と距離を詰めた。面食らう法師の右手を掴み、鈴に鋭く伸びた爪を立てる。だが、弥勒に破魔の札を投げられ、大きく後方に飛び退かされた。鈴が涼感な声で嘲笑する。
その後も、珊瑚と犬夜叉で挟み撃ちにしても、二人がかりで追いかけても、ぬらりくらりと逃げる弥勒。的が小さく誤って指を傷つけない配慮や、二人が弥勒を攻撃しないことを利用して、鈴が法師の身体を盾にし動揺を誘うのだ。
「弥勒てめぇ! ちょこまかと動き回るんじゃねぇ!」
助けようとしているのに揶揄うように逃げられ、遂に犬夜叉が怒りの矛先を法師に向ける。待ってましたと鈴が半妖の心を食らい始めた。それを察したかごめが、吠える犬夜叉にお説教する。
「もぉー、イライラしないの。弥勒さまだって、好きで操られてるわけじゃないんだから」
「そうじゃぞ、犬夜叉。それに、怒ったら、心を食われてしまうぞ?」
「けっ、俺があんな鈴に心を食われるかよ」
改めて鈴の目的を告げる七宝に、犬夜叉が罰が悪そうに顔を背ける。ご立腹な犬夜叉を慰めつつ、かごめは申し訳なさそうに小首を傾けた。
「弥勒さま。勝手に動かされるの、法力で何とか押さえられないの?」
「今、丁度、捩じ伏せました。犬夜叉と珊瑚に迫られて余裕を無くしたようですな」
それに刀印を作って答えた弥勒が、眉を垂らして柔らかく微笑む。ホッと胸を撫で下ろして側に来た珊瑚に、待てと手で制した。懐に手を入れて、一つ数珠を取り出す。
「誰かが近付くと支配が大きくなるようなので、この数珠を使って対抗しましょう」
「何それ?」
「この呪われた神楽鈴に込められた力を凌駕することができ、尚且つ、珊瑚に好き放題されることもできる道具を使います」
「珊瑚ちゃんに好き放題される!?」
訝しむ珊瑚にニコリと笑みを浮かべると、かごめが輝いた表情で食いついた。弥勒は年相応に好奇心旺盛な少女に首肯し、引き締まった表情で願望を口にする。
「はい。どうせ好き放題されるなら、珊瑚の言いなりが良いので」
「あたしは法師さまを好き放題する気なんてないんだけど」
呆れているが、ほんのり嬉しそうな珊瑚に、弥勒が悪戯っぽく目を眇めた。
「——……本当に?」
「……ッ、当たり前だろ!」
心を見透かされて少したじろいだ珊瑚が、慌てて否定する。また頰に火を灯しており、意のままにしてみたい欲はあると、顔にありありと書かれていた。かごめが興奮気味に犬夜叉の腕をバシバシ叩く。
弥勒は揶揄い甲斐のある珊瑚の頭を撫で、喜色満面な笑みを咲かせて数珠に視線を下ろした。紺瑠璃の瞳に釣られた皆の視界に、白の勾玉を揺らした紫の仏具が映る。
「これは言霊の念珠と似た効果がある数珠です。対象の手首にかけることで行動を制限できます。謂わば、劣化版ですね」
「弥勒も地面に沈むということか?」
「いえ、これはそんな物騒な鎮め方ではありません。数珠をかけた者に名を呼ばれると、引き寄せられて抱き締めてしまうだけです」
「何でえ。劣化版の方が良いじゃねぇか」
七宝に小さく首を横に振り、呆気からんと効力を話す弥勒。珊瑚がこれから起こる展開を想像し、ブワッと顔を朱色に染めて胸の鼓動を早める。その横で、犬夜叉が不満げに眉を顰めた。
「——お前、そんなにかごめ様を何度も抱きしめたいのか?」
「そんなこと言ってねぇだろ!」
「でも、そういうことになるよね」
「違うっつってんだろーが!」
不思議そうな顔付きで誤解する弥勒と珊瑚に、紅潮した頰で怒鳴る犬夜叉。地面に沈むより良いと思っただけで、そんな意図などまるでなかったのに、想像してしまい熱が高まる。
飛び火して頬に一重梅を咲かせたかごめに、犬夜叉が違うからな! と言い訳する中。珊瑚はドキドキと騒がしさを増す胸を静め、小さく生唾を呑む。意を決して弥勒に掌を向けた。
「法師さま、それ貸して? 操られるなら、あたしがいいんだろ?」
「その前に、珊瑚に一つお願いがあります」
「お願い?」
受け入れた珊瑚の手へと嬉々として乗せた弥勒は、きょとんとする彼女に優しく顔を綻ばせて首肯する。
「愛していると言ってくれませんか?」
「へっ!?」
突然の爆弾に珊瑚がボンッと満面から火を出した。狼狽と羞恥で口を開くほど自爆する半妖と、段々と照れてきて赤面しているかごめが、言い合いを止めて瞠目する。皆の視線を浴びながら、弥勒はニコリと笑みを浮かべていた。