とある原石の虚数掌握《イレギュラー》   作:レイヴン

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傭兵

 『聖人原石』──虚郷(こけざと)数真(かずま)は、とある場所に立っていた。学園都市ではない。ましてや日本でもない。

 

 彼の足元には、一人の兵士が転がっている。手に持つ短剣はほぼ根元から折れ曲がり、折れた刃が自身の腹を貫いているのだ。

 

「……こんなものか」

 

 彼は周囲を見渡す。

 

(……まだ二人、隠れているようだな)

 

「出てこい。奇襲では私は倒せんぞ」

 

 言葉と同時。彼の周囲に、蒼白い力場が展開される。ばちばち、と帯電するように集まる謎の力場から、更に同色の球体が射出された。

 

 ボォッ!と放たれたそれは、高速で8時の方向へ射出された。それは正確に一人を貫いた。視界の端で赤が舞い、ドサリと音が鳴るのを確認すると、彼は素早くもう一人の方へ突撃する。

 

「ッ!!」

 

「そこだッ!」

 

 同じように、球体が彼の手のひらに構築される。短剣を持つ男は、その左手に提げる盾を突き出した。

 

「───無駄だ」

 

 虚郷も同じように右手を突き出す。蒼白い球体は盾を貫通し、正確に剣士の身体へ突きこまれた。

 

「ッ……」

 

 ビクン、と全身を強張らせ、一瞬で全身から力を失い、男は倒れた。

 

 中央に大穴が空いた盾から腕を抜き、彼は再び周囲を見渡す。

 

(これで終わり、か)

 

 誰も居ないことを確認すると、彼はポケットから端末を取り出し、一言二言、言葉を発する。

 

 

 彼が行っているのは、ある種の『何でも屋』である。『傭兵』と言い換えることもできるが、彼の名は、その業界においては知名度が低い。『聖人原石』という特異性を持つ彼だが、それを知りえる者も少ない。学園都市を離れて5ヵ月、未だ会得した魔術は無い。

 

(一口に『魔術』といえども……やはり常人が簡単に使える訳ではないようだな)

 

 彼は依頼主に成功の報告をすると、大地を蹴って加速した。

 

 彼の能力は『虚数掌握(イレギュラー)』。

 

 それはまさしく『虚数』を扱う力だ。『実数(この世界)』ではなく『虚数(存在しない世界)』。『原石』の力は基本的に学園都市の『人工的な石』に比べ未知数なものが多い。彼のそれも全く未知数なものだった。

 

 先程彼が加速したカラクリは簡単。単純に『聖人』としての身体能力に加え、虚数の力場を地面にぶつけることでさらなる反発力を得ていたからだ。

 

 彼は一歩で30m近い距離を進み、ひたすらに進み続ける。

 

 小さな家屋にたどりついたところで、その中に入って再び端末を出す。

 

「目的地に到達した」

 

『中に暖炉があるだろう。その横の小さな隙間に、データスティックが隠されているはずだ。それを持ってきてくれ』

 

「了解した。……しかし、本当に『魔術』についての情報を教えてくれるのだろうな?」

 

『問題は無いさ。……さぁ、回収したら手早く撤収を──』

 

「待て」

 

 相手の言葉は、虚郷によって遮られる。

 

 なぜならば。

 

 轟! という音が飛来した。

 

 虚郷は『虚数』の力場を球状に指定、外側へ放出するように展開し、蒼白いバリアを構築する。

 

 ほぼ同時に、二度目の轟音が鳴り響いた。小屋の外壁が崩れ、、家具の全てが吹き飛んだ。通信も途絶し、唯一彼が回収したデータスティックのみが、掌にあるだけだった。

 

 足音の方へ目を向けると、現れたのは屈強な男だった。

 

 

 

「虚郷数真……まさか、本当に『聖人原石』と刃を交えることになるとはな。しかし、力がみなぎるというものである」

 

 恐らくそんな事を言ったのだと思う。英語の知識が万全ではない彼は、理解できる単語を繋げ、おおよそ男が言いたいことを頭の中で再生した。

 

「何者だ?」

 

 そこで、彼は敢えて日本語で質問した。英語でもよかったが、そのままその語で会話を進められたものでは困る。異国の地で異国の言葉を異国人に使うのは非常識だが、そもそもこういう状況である。

 

 一瞬怪訝そうに目を細めた男は、数秒静止し、一つ咳ばらいをして、

 

「……。日本語は、これで合っているであるか」

 

 律儀にも、しかしありがたい事に日本語を使ってくれた。無言で首肯する。今しがた襲われた手前妙な状況だが、彼は構わずに続けた。

 

「私はここ一帯の暴動の鎮圧、という仕事を受けここに来た。その元凶が貴様であるようなら、一石二鳥であるな」

 

 どうやらこのおっさんはやる気らしい。

 

(ならッ)

 

 彼は防壁として展開していた力場を解放し、一つの球体に圧縮して射出する。

 

「──ッ」

 

 男は息を吐くと同時に、地面から巨大な鈍器を引きづり出した。

 

(魔術か)

 

 そのメイスが横に振るわれた。

 

 それだけで、虚数の塊である蒼白い弾が、謎の衝撃波によって霧散された。

 

(……、攻撃が効かないだと?)

 

「なるほど、それが貴様の力であるか」

 

「……私のことを、どこまで知っている」

 

「ふん、戦場の会話ではないな。その答えは、ただ相手を有利にさせるボロを出すだけである」

 

「チッ!」

 

 脚を振り下ろし、虚数の力場をぶつける。反発力と聖人の脚力を利用し、屈強な男に突撃する。

 

「───むんッ!」

 

 縦薙ぎされたそれを、彼は右手に生み出した虚数力場圧縮した盾で正面から受け止める。5メートルに渡す巨大な金属棍棒は、折れることは無いが、押し負けることとなった。

 

「ッ!?」

 

 流石に男も驚いているようだった。当然だ。自分の身長の3倍ほどある棍棒を、右手(厳密には力場)だけで受け止め、押し返したのだから。

 

「攻撃だけではなく、防御にも──」

 

ごちゃごちゃうるせェェ(・・・・・・・・・・・)!!」

 

 気がつけば、彼は『研究所時代』の口調に戻っていた。相手は自分を知っている。そんな相手に、あの数真(・・)仮面(ペルソナ)は必要なかった。

 

 左手を男の胸の前に突き出す。しかしそれは『殴る』ためではない。

 

 彼はその手のひらを開き、能力を発動する。

 

 蒼白い閃光が四方に煌めき、細いレーザーのようなものが男に向けて放たれた。

 

 バゴン!! と異音が鳴り、衝撃を受けた屈強な男が20m以上も吹き飛ぶ。

 

 盛り上がった大き目の岩にぶつかり、その岩を破壊して数メートル進んでからようやく停止する。

 

「はん、こんなもんか」

 

 

「──なるほど」

 

「ッッ!」

 

 何事もなかったかのように立ち上がる、屈強な男。

 

(嘘だろ……今の攻撃に耐えるなんて、それこそ聖人クラスの──)

 

「私は『聖人』だ」

 

「ッッ……」

 

「『能力』に特化した特異な聖人と、『魔術』に特化した聖人。その力を効率的に扱えるのは、当然ながら後者である」

 

 同時に、男は駆けた。

 

 巨大なメイスを携え、力任せの一振りを、一瞬のうちに叩きこむ。

 

「!!」

 

 前方に『虚数力場』を形成、防御態勢──

 

 衝撃とともに、クロスした両手が折れるような痛みに苛まれる。

 

 それを振り払い、前方に5発の球体を構築して射出する。

 

 それを難なく避け、10mほどの距離を取って、彼は着地した。

 

その涙の理由を変える者(Flere210)

 

「……」

 

「仕事に於いて魔法名を名乗るのは、久方ぶりであるが」

 

「クソッ!」

 

 左手でハンドボール状の球体を構築。しかし投げるためのものではない。

 

 彼は再び、男に向かって加速を開始する。

 

命の源たる水よ(TCMW)!」

 

 男が叫ぶ。間髪置かずに膨大な量の『水』が集合し、彼の正面に『氷の盾』のように構築される。

 

「ぶっとべッ……!」

 

 左手をそれに向かって叩きつけた。ガラスのように割れた。

 

 虚数の塊が消えさる。その隙に。

 

 大男は空中で器用に身体を動かし、脇腹を狙った蹴りを放つ。

 

「ごッ、かはッッ……!」

 

 防御に意識がいっていなかった。『聖人』として身体能力が高くなっていようとも、互いに同じ上昇ならそれはイコールだ。

 

 目が大きく見開かれ、体内の酸素が一気に吐き出される。二発目が来る前に、彼は力場で空気を爆発させた。

 

 二人がその地点から吹き飛ばされ、虚郷は綺麗に着地、相手が着地するのを待たず、全身に虚数力場を展開して突撃する。

 

 鋼鉄の鎧が高速でぶつかれば、それは砲弾と同じだ。彼は彼自身を虚数の砲として出力し、全体重をかけて男にぶつかる。

 

「「オオオオオオオオオオ!!」」

 

 二人の咆哮が重なった。

 

 男が不安定ながらもメイスを振るう。

 

 虚郷が最大展開した力場を右手に圧縮し突き出す。

 

 互いの攻撃が、互いを食った。

 

 攻撃力はイコールとも言えないし、どちらが勝っているとも言えない。もともと同じ舞台の戦いではない。例えるならば、『1』と『あ』の戦いだ。そこに明確な勝敗条件は無く、ただ存在する『力』が現象のみを実行する。

 

 男が吹き飛び、

 

 虚郷も吹き飛んだ。

 

 しかしそれは既存の物理法則の通りに、ではない。男は放物線を描き、虚郷は真下へ吹き飛ばされたのだ。

 

 大地に穴を空けて突き刺さる虚郷の身体。

 

 

 彼が目覚めるのは、数日後のこととなる。

 

 

  /////

 

 

 あるテントの中で目を覚ました彼は、外の雨音を認識する。

 

(ここは……?)

 

 虚郷は記憶を辿った。

 

 依頼を受けて、指示を受け、大男に襲われ──

 

「目覚めたであるか」

 

「ッ!!」

 

 思わず飛び上がった。

 

「落ちつけ。私にはもう交戦する意思は無いのである」

 

「……、」

 

「ウィリアム=オルウェル」

 

 あぐらをかいて座る大男──ウィリアム=オルウェルはその名を名乗った。

 

「それで、虚郷──」

 

 問いかけようと虚郷の名を発したウィリアムを、彼は声で制した。

 

「ヴォイドだよ」

 

 彼は敢えて、異国にて通用しそうな名前を出した。それは、彼がまだ『施設(イレギュラー)』に居た頃の、自分勝手な、子供が大好きなドクターが名付けた名だ。

 

「……では、ヴォイド。先に謝らせてほしい。今回の依頼は、半分は私の不手際のせいであった」

 

「何を……」

 

 上体を起こしつつ、彼は声を漏らす。

 

 ウィリアムはバツの悪そうな顔で続けた。

 

「陰謀、とでも言うべきであるか。私に依頼した『上』の連中が、貴様の出身地と繋がっていた」

 

「ッ!」

 

 『出身』という言葉を聞いてとある研究施設を思い浮かべる虚郷だが、頭を振ってその考えをふりほどく。彼の言う『出身』とは、恐らく『学園都市』のことだろう。

 

「……それで?」

 

「どうやら、『上』の狙いは貴様の力のテストだったらしい」

 

「……ふん、その調子だと、俺の依頼主とも繋がっていそうだな」

 

 胸糞が悪い。

 

「さて、もう痛みは無いであるか」

 

「?」

 

 ウィリアムは真剣な顔つきで問いかけた。

 

「無いなら行くぞ。私の時間を潰した罰、そして騙した罰だ。『信頼』が重要なこの傭兵の世界において、依頼主からの裏切りを、黙って見過ごす私では無いのである」

 

 貴様は、どうか

 

 大男の目はまっすぐに虚郷を見ていた。

 

 中学生の年齢とはいえ、そこそこ大きな身体の彼は、一度握り拳を作り、しっかりと首肯した。

 

 

  行間

 

 

 またあんたか。飽きないもんだねえ?

 

 あん?あなたこそ暇でしょ、って?

 

 そんなことはない。おれはこれでも商売をしてる身だからな。『完全記憶能力』を利用した人工図書館。ああ、英国には『禁書目録』なんてのがいるらしいが、おれのはそんな、おおそれたもんじゃあない。

 

 それで、今度は何が知りたいんだ、あんたは。

 

 なるほど、あの、イギリスで起きた騒動か。ええとあれは、何年前だったかな。

 

 ……はは、ばれちまったか。こうやって『語り部』をしてると、少しは引きのばしてみたくもなる。

 

 おれがこんなことをしているのは、何も金儲けだけじゃあない。知識を求む者の、表情だよ。あんたは、まるで父親に大好きな話をしてもらうのが楽しみでたまらない──そんな顔をしているよ。

 

 はは、図星だったのかな?まぁ、こんな年寄りのつまらん推察は置いておいて、あの騒動か……。

 

 早く早く、ってなぁ。あの事件に関しちゃ、俺も蚊帳の外じゃあなかったんだ。感慨深くもなるもんだ。

 

 ……はいはい、ええと、どこから話そうか。きっかけはそうだな、この学園都市出身の少年だったかな。

 

 ん?知ってるのか? ……まぁいい。あの少年は未だ、謎に包まれてることばっかりだな。どうしてか英国で活動してたらしいが。

 

 何の活動かって? あー、あれだ。ほれ、『傭兵』だとか言って、頼みごとをうけて仕事をするアレだ。当然汚れ仕事とかも、あるにはあるんだろうな。

 

 それで……ええと、そいつがまぁ、とある依頼を受けて、フリーの傭兵と戦闘になったんだよ。なんでって……それは互いの依頼の結果だろう。

 

 そいで、その依頼の詳しい内容は知らんが、所謂『裏』があったらしくてな。学園都市と、そのフリーの傭兵の依頼主が手ぇ組んで、なにかをやらかそうと二人をぶつけるよう演出したらしい。

 

 その戦闘は、それはもう酷いもんだったな。二人の動きが、まるで見えねぇんだ。あぁ、おれはその頃英国に用があって、1か月ほどそっちに居たんだがな、そこで出くわしちまったんだ。

 

 まるで化け物だった。蒼白い何かが煌めいて、4,5メートルはある得物が振り回されてる世界だ。ありゃ人間じゃない。あれはまるで……そうだな、天使だの神だの、人ならざる者が喧嘩をしてるのかとでも思ったさ。あんときのおれはビビっちまって、走って逃げたがな。

 

 こっから先は全部おれが聞いた話になる。そいつら二人はその『上』の策略に気付いて、なんと手ぇ組んじまったんだよ。考えただけでも恐ろしいな。もしおれに『能力』があっても、あんなやつらとは戦いたくねぇなぁ。

 

 あん?学園都市の少年? 行方は知らんなぁ。おれはその戦いと、そいつらが反抗して『上』と戦ったことしかしらねぇ。

 

 ……思ったのと違うって、そりゃオーダーの問題だろう。生憎と、そいつの行方は知らん。別の情報屋に聞いてくれとしか言えんなぁ。

 

 っうお! どっから出したそのハンマー! まて、本当だ!おれは何も───

 

 

  /////

 

 

「良かったのであるか」

 

 一目見ただけで『襲撃された』と解る、町はずれの建物。周囲には炎や凹み、無数の大穴が開いた地面や壁だったであろう素材などが転がっており、血の匂いもある。

 

「……何が」

 

 珍しく疲れた様子の虚郷は、気ダルく答えた。相手は様々な傭兵に『依頼』をする立場。いろいろな場所から一味も二味もある傭兵を呼び寄せ、二人に対抗してきた。

 

 その中のほとんどは『魔術』を使う者であり、虚郷は有効な対策ができず、ほとんどはウィリアム一人で壊滅させたようなものだ。

 

「『学園都市』は貴様の故郷なのだろう?そこに牙をむく結果になっても」

 

「俺は関係ねェ」

 

「…………」

 

 虚郷は意を決し、会って少ししか経たない彼に、ずっと言いたかった一言を放った。

 

「俺に、『魔術』を教えてほしい」

 

 彼の一言は、少なくともウィリアムを驚かせた。彼は確かに魔術に精通している者だが、何者かから『教えてくれ』と言われたことは無いからだ。そういう『人に魔術を教える』のは、『魔術師』ではなく『魔導師』がすることである。

 

 まっすぐに向けられ、芯の籠った瞳を見たウィリアムは、密かな笑みを含みつつ答えた。

 

 

 

 

 

「いいだろう」

 

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