『レン、この事情聴取は録音されている。質問にはちゃんと答えるように』
「…ユウカ先輩」
机と向かい合う椅子だけが置かれた、無機質な部屋の中に1人だけで座らされている少女。
レンと呼ばれたその少女は閉じていた瞼をゆっくりと開きながら、壁の向こうからの呼び掛けに答えた。
『名前と所属を言いなさい』
「清村レン、特異現象調査部1年」
『昨日、何をした?』
「セミナー最重要機密保管室に入りました」
『理由は?』
「…」
『…黙秘ってわけね』
どこか一点を見つめ続けるレン。
『そもそも、あの機密保管室は存在自体が機密。ヴェリタスも、C&Cも、セミナーの私だって正確な情報は知らない。位置も、何がそこにあるのかすらね。それをどうやって知ったの?』
「どうやって、ですか」
ふと、視線がカメラに向けられる。
「ユウカ先輩、魔法は、存在すると思いますか?」
『その質問は、何?』
意味の不明な質問に、戸惑いが声に混じる。
『この化学が発達したキヴォトスで、しかもミレニアムに所属している私が魔法を信じると思う?というか、なんで私が質問されてるのかしら』
「そうですか…そうですよね」
再び瞳を閉じるレン。
「私は、見たことがあります。この目で」
『…だから、何?』
「私はそれを証明したかっただけです。この手で、あの光景は、決して夢幻では無かった、と」
ミレニアムは開拓が他の地域より進んでおり、完全な都市化が完了している地域も多い。
しかし、ミレニアム北部には未だ手付かずの地区も一定存在し、その一つが「フェニキア森林」と呼ばれている。
そんな森の中を、上機嫌でスキップして進む少女が居た。
特徴的な中折帽とレザージャケット、そして一際目立つ黄金の腕輪を右腕につけ、手に持った宝石のようなものを空に掲げながら意気揚々と森の中を進む。
「いやー、良い冒険だったなぁ…!収穫もあったし、満足満足!ベルちゃんも一緒に来たらもっとよかったのに…おわあっ!」
木の根に足を引っ掛けて派手に転んでしまい、辺りに荷物が散乱する。
「うげ!荷物が…」
散らばったのはアーミーナイフや方位磁石など、いわゆる探検家の七つ道具と呼ばれるものである。とても7つで済んでるようには見えないほどの量が散らばっているが。
「これとこれと…あった、方位磁石!危ない、これをなくすわけにはいかないからね」
方位磁石の裏には名前が刻印されている。
Ana Jisekiと刻まれたそれを大事そうに胸ポケットにしまうと、次は手に持っていたはずの宝石を探しだす。
「宝石ちゃーん…おーい、宝石ちゃ〜ん?どこに…お、発見!」
アナが木の枝に乗っている宝石を見つける。
紅蓮に燃えるような色をしたその宝石は日光に当てられ、その輝きを増しているようにも見える。宝石の内部で何かが揺らいで燃えているようでもあり、宝石を通した紅い光がアナを照らしていた。
「おお…何回見ても綺麗…!フェニキア森林の奥地の遺跡にこんなのが保管されてたなんて、やっぱり未踏の地はドローンなんかじゃなくて自分の足で探すべきだよねぇ」
宝石を取ろうとそれに手を伸ばすアナ。
「んん…あと少し…ッ!?熱っっっつ!うぇ!?なにこれ!」
触れた宝石が余りにも熱く、取ろうとした手が弾かれたと錯覚するほどにアナは熱を感じていた。
「どうしよ…日光に当たったから…?とりあえず回収しなきゃ…!」
背負っていたリュックを覗き込み、中から伸縮式のマジックハンドを取り出す。
「よし!これで…はえ?」
上を向いて取ろうとした時、ふと先ほどよりも強烈な熱を感じ取る。
恐る恐るアナは視線を上にあげる。
「あ」
木が、高らかに煙を上げて燃えていた。
「エージェント、エイミ、レン、北部森林に到着。これより調査を開始する」
『了解。幸運を祈る』
2人が自分達を運んだヘリが飛び立って行くのを見送ると、目標である森林に目を向ける。
そこはもはや森林とは呼べず、代わりに焼き焦げた大地が広がっていた。
「よし、行こうか」
「エイミ、この前の作戦で無茶した傷が残ったままでしょ?大丈夫なの?」
「平気。それに今回は戦闘じゃなくて調査がメインだし。頼りにしてるよレン」
しっかり制服を着込んだレンと、余りにも露出を広げているエイミ。並び立つ2人の姿はとても対照的に映る。
「それにしても…これは酷いね。森が半焼したって聞いた時は驚いたけど、想像以上の被害」
「大火災を1日で食い止めるエンジニア部も凄いけど…うわくさっ」
辺りには焦げ付いた臭いがまだ残っている。まだ燃えているのではないかと勘違いしてしまうほどの匂いに2人は顔を顰める。
「さて、行こうか。件の、『燃え続ける木』とやらに」
森の中を進めば進むほど、焼け落ちた木の残骸やその燃え尽きた灰が目に映る。
1歩足を踏み出すごとに灰が舞散って体に降り注ぎ、風が吹けば炭の結晶による暴力が体を襲う。
もし転ぼうものなら全身真っ黒になるだろう。
「けほっ、けほっ…うう、ずっとここにいると健康に悪そう…」
「そうならないためにも、早く調査終わらせなきゃ」
「まーたそんな薄着で…肌に炭がついちゃうよ?」
「洗えば済む話だから…あ、目標が見えたよ。あれ」
エイミが指を向けた先、開けた場所に1本の木が立っている。
それは赤熱した幹と、葉の代わりに生えた火を伴ってそびえ立ち、灼熱をもって2人を迎え入れた。
蒼天に紅の枝を伸ばし、その枝が纏った炎は黒い大地を煌々と照らしている。
その燃える木から辺りに発される、森林外縁部とは桁違いな熱波に受けたエイミは暑がりなこともあってかなり顔を顰めていた。
「うう…暑い…無理、脱ぐ…」
「これ以上脱いだらダメだって!」
「ジャケットとブラジャー脱ぐだけだから…ここにはレンしかいないし、いいでしょ?」
「下着はダメ!ああもう、ジャケット持ってあげるから、それでガマンして!」
「わかった…」
ジャケットを受け渡すと、下着と腰まで着崩れてほぼ脱げかけのシャツだけで木に近づいていくエイミに、レンも呆れた顔をしながら後に続いていく。
「はぁ〜…こんなの初めて見た。凄い綺麗」
「エンジニア部の報告書によると、『鎮火を行った際の大量放水の中、一つだけ燃え残った木があった。この木に直接放水を行ったものの鎮火できず、燃えて幹が脆くなっているはずなのに崩壊の兆しすら見せずに燃え続けていた。枝に纏っている炎の温度は推定1000℃』…らしい」
報告書を読み上げた後、再び燃え盛る木を見上げる。
燃える木から、まるで脈動する心臓のように一定間隔で熱波が放たれる。
「なんか、生きてるみたい…」
「そう…?うーん、わかんないや。早く調査して帰ろう、暑い…」
見つめ続けるレンを引っ張るエイミ。
余りの熱さに、顔を手で隠しながら2人は進んでいく。
「ううっ、1000度って確かマグマくらい?なんで木がそんな状態に…」
「それを調査しに来たのはいいけど…どうしようか」
報告書を読み直し、調査事項を確認しているレン。
「消化を第一にしてたから詳しくは調べてないみたい。まずは詳しい形から調べよう」
「OK、双眼鏡頂戴」
双眼鏡を取り出して木を見つめるエイミ、を見つめるレン。
(上半身下着だけの女の人が双眼鏡を使ってる光景…これだけ見たら絶対覗きの犯罪してるようにしか見えないよ…)
「ん、あれなんだろ、やけに光る物体があるように見える」
「えっ、なに、どれ?」
レンが双眼鏡を受け取って木を見ると、確かに枝の上に光る物があることを確認する。
「うーん、なんだろあれ…宝石、に見えるような…」
「宝石?1000℃の熱に耐えられる宝石があるわけ…って、そもそも木がそんな熱に耐えられるわけないか。確かめてこよう」
「あっ、ちょっとエイミ!」
木まで10m程の距離に近づくが、エイミはそこから脚を踏み出そうとしない。
「エイミ、どうしたの?先に…」
「待って、進んじゃダメ」
レンを制止すると、近くの石を拾って目の前の地面に転がす。
すると石が地面に沈んだかと思うと、その裂け目から熱を発する赤い液体が確認できる。
「木の周辺がマグマになってる。さすがにマグマの中には進めないね…あの宝石を至近距離で確かめたかったんだけど、もう1回双眼鏡で確認を…」
「あれ、あなた達誰?」
2人が調べている所に後ろから声がかかる。
(いつの間に…!?)
エイミが向き直り、話しかける。
「私たちはミレニアムのエージェント。ここの調査に来てる。あなたは?というか、あなたこそなんでこんなところにいるの?この辺りは火事が起きて何も無いけど」
「私はアナだよ!それで私、あれを取りに来たんだけど」
「それ?」
「うん!あの宝石」
アナが宝石を指さす。
「あっ、あなた、あれが何か知ってるの!?」
「知ってるよ?というかあれ私のだし」
「待って」
木に近づこうとするアナを制止し、エイミがアナに詰め寄る。
「じゃあこの木のことも、何か知ってる?」
「うん、というか私が燃やしたようなものなんだけど」
「はぁ!?」
悪びれもせずに私が燃やした宣言をしだすアナに驚愕するレン。
「なに?私早く取って帰りたいの!そこどーいーて!」
「ごめん、そういうわけには行かなくなった。今からミレニアムに来てもらう」
「なにそれ!あなた上半身下着の変態なのに変に強引なのね!いや、変態だから…?」
「む、変態じゃない。これは任務にしっかりと適した下着で…」
説明を続けようとするエイミの額に拳銃の銃口が突き付けられ、撃鉄が上げられる。
「どうでもいいけど…頭に弾丸ぶち込まれてマグマに落とされたくなかったら、早くそこをどいて」
「…それは、できない相談だね」
(こいつ、いつの間に抜いた…?エイミが反応できないなんて、只者じゃない…!)
辺りの空気が一気に張り詰める。辺りの熱も相まって、レンは呼吸を忘れるほどに緊張していた。
「ふゥーん…じゃあ…撃つ」
「エイミッ!」
「クッ!」
引き金が引かれるより一瞬早く、エイミの腕がアンの手を跳ね上げる。すんの所で銃弾を避け、アナが相手の懐に打撃を入れようとするがひらりとかわし、ショットガンを構えつつ距離を取る。
「へえー!やるじゃん!」
「これくらいなんてことない。さて、どうする?二対一なんだから、おとなしく捕まってくれるかな」
「んん-、楽に倒せたら良かったのに、こうなるとめんどくさいなー」
レンも拳銃をアナに向けている。アナは困ったように辺りを見回すと、ふと木のほうを見てにやりと微笑みだした。
次の瞬間「ダガン」と特徴的な銃声と共に銃弾が放たれるが…
「どこを狙ってる!」
エイミを大きく外し向こうへ飛んでいく。が、しかし。
キィン
アナが放った弾丸は燃え盛る木に引っかかっていた宝石を正確に撃ち抜いて宝石を奥に大きく飛ばす。
それを確認したアナが、音に気を取られたエイミを即座に抜き去りマグマの沼を大きく飛び越えて行く。
「しまった、レン!」
「わかってる!」
既に着地を終えたレンに向かって拳銃を何発か撃つが、見向きもせずにかわしていく。
宝石が落ちてくる地点をしっかりと見据えつつ──
「キャーーッチゃあっっちゃああああああああっ!」
アナの手に収まるかのように見えた宝石だが、余りの熱さに再び弾き飛ばしてしまう。
「やばっ!…あ」
「おい!何を知っているのか全部吐いてもら…っ!?」
追いついて肩を掴んだレンだが、次の瞬間、頭を抱えて崩れ落ちてしまう。
「ぐっううっ、こ、これ、はっ?」
「レンッ!!レンに何を…!」
「え?私何もしてないんだけど…ま、いっか!今がチャンス!」
熱さ対策の手袋をして宝石を掴むと、即座に発煙弾を放り投げる。
煙と、それによる風で灰が空中に飛び散ってエイミの視界が奪われる。気付けば、アナはどこにも居なくなっていた。
「けほっ…くう、逃げられた…レン、大丈夫?」
呼びかけるが、どこにも返事は無い。
「?レン…?」
アナだけでなく、レンも姿を消していた。
「ふいー、なんとか回収できた!」
取り返した宝石を大事に箱にしまい込む。
仮の拠点に帰りついたアナは荷物を机に置くと、そのまま敷かれた布団に寝転がる。
探検の疲れもあり、そのまま眠ってしまおうか…そう考えたその時、外から足音が聞こえてくる。
「ベルちゃん……?いや、違うな…誰だろ、まさか追ってきた?」
先ほど交戦した生徒を考えるが……
「いやいやまさかね?まさかさっきの子な訳が…」
壁が轟音を立て爆発する。
飛び起きて即座に身構え、拳銃を取り出す。
「おわーッッッ!!!なにぃ!?」
「み、見つけた…」
「うえ、なんでここ分かったの!?全部隠してあったじゃん!」
「…あなた、何を知ってるんですか」
「はえ?なにが?」
会話が成り立たず、困惑するアナ。
「あなたはどこの誰でっ!一体何者でっ!」
「急に来てなんなのもう!っていうか、わざわざ1人で来たの?」
「わたしの質問にッ!」
「うるさいなあ」
明らかに取り乱しているレンの頭に弾丸が撃ち込まれる。
「があっ!ぐっ、うっ…」
「弱っちいなあ…もしかして非戦闘員?それなのに1人でここ来たの?これで頭冷めた?」
呻き声を上げながら、なんとか立ち上がる。
「おー綺麗なたんこぶ。それで、何しに来たわけ?」
「信じられないでしょうが…あなたに触った時、様々な物が"視え"ました」
「…それで?何が見えた?」
「奇々怪々な現象、現代科学では証明できない光景…」
「ふーん…」
「あなたは、それをどこで、どのように見たのですか」
「…なるほど。順番に、答えてあげる」
拳銃をくるくると回しつつ、足を組んで椅子に座るアナ。
「わたしの名前は慈石アナ。ゲヘナの2年生で、トレジャーハンター!それで…多分だけどあなた、『サイコメトリー』ってやつが出来るんでしょ。触れた物体の記憶、残留思念?ってやつを視ることが出来る」
「…その、通りです」
「あなたが何を見たかは知らないけど、それは多分私の冒険の記憶。今まで、私がお宝を手に入れるためにキヴォトス中を駆け巡った壮大な…!っと、それはおいといて…」
こほん、と咳払いをして、レンに向き直すアナ。
「ねえ、キヴォトスに魔法ってあると思う?」
「…それは、わかりません」
「んふふ…ミレニアムの生徒なら大体は『そんなものは無い』って答えそうだけど、そうじゃないのは…あなた自身が魔法のようだから、かな?」
「…」
「『究極に発達した科学は魔法と見分けがつかない』なんて言葉があるけど…私は見たことがある。化学で説明なんて、そんなことは不可能な、まさに『魔法』を。この目で…」
「…知りたいんです。この能力は一体なんなのか。どこから発生し、なんのためにあるのか。そして、なぜ、『私』なのか…」
「それは…」
『レンッッ!』
ドガアアアアアン!
先程部屋が爆発した位置とは逆の方向からふたたび爆発的が起きる。
「い、今の声はエイミ…」
「うえ、1人で来たんじゃないの…?それとも追ってきたのをさらに追ってきた…?」
煙幕の向こうから、エイミが現れる。
しっかりと戦闘用の装備を着込み、アナを睨んでいる。
「わお…さっきとは段違いの戦意…ほんとに殺されちゃいそう」
「…今度は油断しない。確実に引っ捕らえる」
「ま、待ってエイミ、これは…!」
「しーっ、ちょっとまってて…」
レンの言葉を止めたと思うと、即座に抱き寄せてレンのこめかみに銃を突きつける。
「ふはははは!この娘は頂いた!」
「はい!?」
「いいから黙って従って!」
「この娘が惜しくば、黙って…ッ!」
一瞬レンと会話したその隙に、アナの懐に飛び込むエイミ。
しかし、それに反応して即座にバックステップを踏む。
「おおっとお!この娘が惜しくないのかあ!?」
「…キヴォトスの人間なんだから、弾の一発や二発、どうってことない」
「…確かに」
「ど、どうするんですか!本気を出したエイミは、エージェントの中でも別格の戦闘力で…!」
「それは、見れば…わかるよ。凄いもん、あれ」
レンを抱えたまま爆破された壁から抜け出し、外に出る。
外の茂みの中に隠された車の中にレンを放り込み、エンジンをかける。
「これでよし…あとは…」
「逃がさない!」
追いかけてきたエイミの銃弾を避けるものの、逃げようとはしないアナ。
ついに、エイミの正面に立つ。
(ど、どうするつもりなの…?)
「…ついに諦めた?大人しく投降して…」
「いやいやまさか…ねえ、レンちゃん!今から、私がキヴォトスの『魔法』の1つを見せてあげる!」
「?急になにを…」
「魔法を見せる」と宣言した後、アナは右腕にはめられた黄金の腕輪に手をかける。
それはよく見れば、腕輪の中央部分が回転するようになっていた。
「行くよッ!」
アナが叫んだと思うと、その中央部分を高速で回転させる。
回転部分から電が迸り、アナの体中を走り回る。
それがヘイローに集まって行ったかと思うと、急速に光を増す。
「眩しいっ…!?」
「こ、これは…」
光が収まり、電が急速に形を得ていく。アナのヘイローにまとわりつき、そのヘイローを変質させて行く。
そしてアナのヘイローは、元の形とは全く違う、稲妻を模した形へと変貌を遂げた。
「ヘ、ヘイローが…!書き変わった…」
「…何をしたのか知らないけど…油断はしないっ!」
両手腕から電を弾けさせつつ、銃をエイミに向けて構える。
「『迅雷』とはどういうことか、教えてあげる!」