にちかに美琴様だけは絶対に渡さん。   作:バナハロ

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人は無意識に通りたくない道を避ける。

 腱鞘炎の日々はまだ続く中、いよいよ最大の難敵が現れた。……そう、期末試験である。

 問題自体は難しくない。むしろ楽勝だ。どの科目も平均以上は余裕である。だがそれは、解答用紙に先生たちが読める文字を書ければの話だが。

 

「右手むずい……」

「頑張ってー」

 

 青葉の部屋で、にちかに勉強を教えながら利き手じゃない方の手で文字を書く練習も兼ねていた。

 しかし……まぁ書けない。というか、書きにくい。字とかヘビみたいに歪むし、ひらがなや数字じゃないと文字にもならない。

 

「……はぁ、マークシート式になんねーかなー」

「無理でしょ。学校の試験でマークシートって画期的過ぎるよ」

 

 ……それは思った。でもこういう時のために少しは検討してくれると嬉しい。

 

「思ったんだけどさ、学力測るのに文字書く必要なくね。なんで分かってるものを一々、書かせないと気が済まないわけ?」

「や、だからわかってるかどうかをテストするんでしょ?」

「分かってる人にとっては無駄な作業なんだよね」

「何その頭良い人アピール。うざっ」

「いや、俺が普通でにちかがバカなんじゃね?」

「勉強にしか頭の良さが活かされない人に言われたくないでーす」

「は? 俺の賢さは至る所で発揮されてるだろ」

「どの辺?」

「あの辺とか」

「だからどこ」

「やっぱその辺かも」

「自分でもわかってないんじゃん。しょぼー」

 

 なんて話しながらも、とりあえず勉強を進める。こういう時、日頃から割と宿題をこなす程度には勉強してて良かったと思う。これで内容も理解できていなかったら悲惨だ。

 

「……ていうか、どうしても左手で書けないの? テストの日だけなら使っても良いんじゃないの?」

「いやいや、高校に入って五科目が分身の術を使った上に、期末は保健体育もだよ? その上、英語とかスペルの書き損じだと思われたら終わりだし」

「ふーん……」

「治るまで待ってくれりゃ良いのに」

「あとどのくらいで完治?」

「医者には1〜2週間って言われてる」

 

 長い。何とか色々と工夫してフライパンを振るったりすることがないように料理をしてお隣さんに振る舞っている。

 お昼のお弁当までは流石に厳しくて、そこだけ妥協してもらっているのが申し訳なかった。

 ちなみに今日、青葉の部屋で勉強をしているのは、隣の美琴がいないからだったりする。

 

「ふーん……私も腱鞘炎には気をつけよーっと」

「にちかの勉強量じゃ一生ならないから安心しろ」

「いや、勉強じゃなくて」

「バイトのシフト的にもならねーよ」

「ムカつく……」

 

 そもそも、にちかが腱鞘炎になっても、他に家族がいるので家事的には問題ないだろう。

 そんな話をしながら勉強をする中、青葉の右手からペンが落ちた。

 

「あーもう、無理。休憩しよう」

「根性なさすぎじゃない?」

「おやつあるけど食うか?」

「私も休憩にする!」

「はい、根性なし二人目なお前」

「うん。それで良いからお菓子!」

 

 プライドが高いのか皆無なのか分からなかったが、まぁにちかはそういう奴である。

 立ち上がり、棚からポテチ、そして冷蔵庫からコーラを取り出して机の上に並べた。さて、疲れた時には何か摘むのが一番だ。

 それを見て、偉そうに腕を組んだにちかは、おちゃらけたような口調のまま答えた。

 

「良いラインナップ。80点をあげよう」

「残りの20点なんだよ」

「勉強で疲れてるのに、チョコレートがないのってどうなんですかねー?」

「いやコーラあるのにチョコ入れてもどっちかの甘さが消えるだけだろ」

「……」

 

 確かに、という表情になるにちか。採点した側が間違えるケース、中々ない。

 少し焦っているのを必死に隠すように強がった表情を浮かべながらも目を逸らして、ポテチに手を伸ばしながら頷いた。

 

「ま、まぁそれも一つの答えではあるかもね? こういうのは点数をつけるのがナンセンスっていうかね?」

「いや勝手に点数つけたのはお前だろ」

「問題は味だから。いただきまーす」

「市販品に点数をつけようとしちゃうお前の頭は赤点だけどな」

「うるさいんですけどー! 一々、ワンランク上の嫌味を言わないと気が済まないわけ⁉︎ 厨二臭い言い回しして、気持ちと性格が悪い!」

「お前が言うなっつーの! 人の家のおやつ食ってる分際で!」

 

 なんて話しながら、二人でポテチとコーラを摘む。隣に誰かいたら声が響いていてもおかしくなかった。

 そんな中、にちかは小さくため息をつく。……ここだけの話、青葉の部屋に来たのは、何も勉強のためだけではなかった。

 決心したのだ。この前、一緒に買い物した時に思った。やはり、どうせバレる。そして、バレる時に一番最悪なのは、美琴と一緒の所を現行犯で見つかることだ。

 そんなことになるくらいなら、先に話しておいた方が良い。

 

「すぅ……はぁ……」

「何の深呼吸?」

「うるさい」

 

 余計な所に気付く暇があるなら、黙っていて欲しい。珍しく真面目な話をしようとしているのだから。

 

「青葉、ちょっと話したい事が……」

「やっべ、腹痛ぇ。ちょっとトイレ……」

「……いってら」

 

 正直、それはそれで助かる。もう少し心の準備をしたいから。

 そのままトイレに行く青葉を眺めながら、にちかは天井を見上げる。大丈夫、幼馴染とはいえお互いの部屋に普通に入れる仲なのだ。きっと許してくれるはず……。

 そう思っているうちに、トイレを流す音が聞こえてくる。いよいよだ。

 

「ふぃ〜……今朝から出そうで出ないのが続いてやがったからな……」

「女の子の前なんですけどー。仮にもー」

「仮にも女の子が足開いて寝転がってんじゃねーよ」

 

 本当に気が抜けるようなことばかり言う男である。ちょっと決心が揺らぐ。

 だが、言わないと、と胸に手を置く。……や、まぁ今じゃなくて良いと言われれば良いのだが、早い方が良い気もするし。

 そんなにちかの気も知らず、青葉は続けて聞いた。

 

「そういやさぁ、にちか。なんか包丁使わない良い料理ない?」

「えっ……な、なんで?」

「や、そろそろ揚げ物とか蕎麦とかも飽きて来たし、何か良いのないかなって」

「あ、あー……」

 

 仕方ないので、話に乗る。とりあえず、話すのは後にしよう。

 

「お寿司は?」

「作れるか、そんなもん。包丁の次に握って、両手が忙しくなってんだろうが」

「そっか。そもそも手を使えないんだもんね。……え、てかどうやって揚げ物とかしてんの?」

「全部右手で」

「文字書けないのに?」

「や、揚げ物なんて卵割って溶いてその中に食材ぶち込んで出したら衣塗して揚げるだけじゃん」

「溶く時も片手で出来んの?」

「椅子に座ってボウル太腿に挟んでる」

「……きたなっ」

「え、どの辺が?」

 

 いや特に何処がとかはないが、とにかくなんか嫌だった。

 

「でも、意外とそんな簡単に出来るんだ。揚げ物」

「料理って別にそんな極めようとしなければそんな難しいもんじゃねーよ。お前だってやったことあんだろ」

「や、私は家で料理する時、炒め物とかしか作らないから。揚げ物とかめんどくさいしー」

「俺がはっちゃんの妹ならこうはならなかったろうな……」

「そりゃあ、私みたいにはなれないでしょー」

「バカの日本代表かよ」

「はあー⁉︎ 何処が!」

「全体的にだよ!」

「宗教的過ぎるでしょ!」

「抽象的な?」

「わ、わざとだから! 言い間違いだから!」

「それ相反する言葉だぞオイ」

 

 段々、ムカついてきた。というか、そっちが「案が欲しい」と言い出したのに、何故こっちがなじられないといけないのか。

 

「ホント、青葉ってムカつく……年上の女性の前だけ礼儀正しくするとことか本当気持ち悪いし」

「うるせぇ。そもそも勉強教わった上にお菓子まで出してもらってる立場で駄々こねるな」

「別に私からお菓子食べたいって言ったわけじゃないもーん」

 

 そう返しながら、再びポテチを摘んだ。

 いつの間にか、青葉に話すべき事は頭の中から抜け落ちていたが、二人はそのまま勉強を再開した。

 

 ×××

 

 さて、その日の夕方。そろそろにちかも帰宅する時間になったので、軽く伸びをする。

 青葉の左手が使えないので、今日は夕食はご馳走してもらうのはやめておいた。それやったらはづきにバレて怒られる。今のうちに、甘えるのは回避しないといけない。何故なら、夏休みに宿題を半分は写させてもらう予定だから。

 

「じゃ、青葉。またよろしく!」

「たまには自分で勉強しろボケ」

「気が向いたらね!」

「気を向かせろや!」

 

 そんな声を最後に、にちかは玄関を後にした。

 そのまま階段を使って下に向かう。アイドルになって筋力もつけることにしたので、昇り降りは階段で行くことにしているのだ。

 

「……あっ」

 

 そこで、ふと気がつく。結局、アイドルやってる事も、それで美琴とユニットを組んでいることも言い損ねた。

 ……今から引き返そうか? いや、めんどくさい。別に今日しか機会がないわけでもないし、次で良いだろう。

 そう思いながら階段を降りていた時だ。1階と2階の踊り場で、人とぶつかりそうになってしまった。

 

「あ、すみませっ……」

「いえこちらこ……あれ、にちかちゃん?」

「えっ⁉︎」

 

 静かな大人びた綺麗な声音……間違いない。緋田美琴だ。顔を向けると、予想通りの人が笑みを浮かべている。

 

「み、みみっ……美琴しゃん⁉︎」

「ふふ、こんにちは。……もしかして、私に用事あった?」

「あ、いえ。ここに私の幼馴染が住んでて、試験勉強しに……え、ていうか……美琴さん、ここに住まわれてるんですか?」

「うん。……あ、そっか。そもそもまだ住所とか教えてなかったっけ」

 

 この天然感……やはり、この歳上可愛い、なんて思いつつも、衝撃的である。青葉と同じマンションに暮らしているなんて……青葉はこのことを知っている? いや、知っていたらもっと自分に鬱陶しい程のアピールをして来ているだろう。

 一度だけそんなことをされたこともあったが、あれ以来、特にないし「同じマンションにいることは知っていたとしても、一回も顔を合わせたことはない」というのが妥当か。

 言わなかったのは、オタクの矜持だろう。気持ちは分かるので、黙っておく。

 

「ていうか……にちかちゃんの幼馴染もここに住んでるんだ」

「は、はい! まぁ……幼馴染というか、腐れ縁ですけどね」

 

 自分で幼馴染と言ったことも忘れて、薄い胸を張りながらそんな事を返す。

 

「成績良い奴だから、今日も勉強を教わっ……」

 

 そこで、口が止まる。なんか、男に勉強教わるってカッコ悪い気がする。とはいえ、全く教えてる、というのも全く嘘なので……半分だけ嘘にした。

 

「ま、まぁ科目によって教わったり教えたりしていますね」

「へぇ〜……そうなんだ。すごいね」

「は、はい!」

 

 褒められちゃったー♪ と、ほぼ嘘エピで嬉しくなりながら、ふと美琴が手に持っているチラシが目に入る。おそらく、ポストから持ってきたものだろう。

 その中には市内の夏祭りのチラシも入っていた。

 

「わ……懐かしい」

「? 何が?」

「あっ……す、すみませんっ。チラシの中に夏祭りの案内が入っていたので……毎年、行ってるんですよ。私とお姉ちゃんと、その腐れ縁の奴で」

「へぇ〜……仲良しだったんだ」

「いえ、仲良しと言うよりライバルです」

「う、うん……?」

 

 別に良くはない。基本的に喧嘩が多いから。

 

「じゃあ、今年もその子と一緒に行くの?」

「あー……まだ約束はしていませんけど……」

 

 そこで、ハッとする。なんだかんだ楽しい思い出が多かった夏祭り……美琴と行けるなら、もっと楽しいのでは? 

 美琴のファンではあるが、ユニットメンバーでもある自分なら別に行っても問題ないだろう。

 むしろ、青葉もはづきとデート出来て良い気分になっているはずだ。

 

「あ、あああのっ、美琴さん!」

「何?」

「よ、よよっ……良かったら、私と一緒に……行きませんかっ⁉︎」

「え、良いの?」

「は、はい! むしろ、今年はあんなバカより美琴さんと一緒に行きたいです!」

「私は良いけど……その子はにちかちゃんと一緒に行くつもりなんじゃない?」

「だーいじょぶですよっ。お祭りは三日間やりますし、別の日に構ってやればそれで平気ですから!」

 

 というか、なんなら別に行かなくったって良い。毎回、結局どの屋台で遊ぶにしても競い合いになるし、楽しいより疲れるのが上だ。

 

「むしろ、自慢してやりたいんですよねー。私、美琴さんとお祭りデートしちゃったーみたいな? あいつも美琴さんの大ファンなので、絶対に羨ましがると思うんですよね!」

「そうなんだ」

 

 そう呟いた美琴は、顎に手を当ててちょっとだけ考え込む。やがて、何か思いついたのか、人差し指を立てた。

 

「なら、その子も呼んであげたら?」

「えっ⁉︎」

「私も実はお世話になってる人がいるから、その子も誘ってあげたくて。……でも、その子もアイドル二人と一緒だと緊張しちゃうと思うから、もう一人誰か誘ってあげたくて……ダメかな?」

「そ、そういうことなら……」

 

 ……まぁ、自分がついていれば、あのバカタレも美琴の前で舞い上がったりはしないだろう。

 

「分かりました! 楽しそうですね」

「うん。じゃあ、スケジュール確認したら、また連絡するね」

「お願いします!」

 

 それだけ話して、その場はお別れした。

 さて、そのイベントをこなすには、一つだけ必ずクリアしなければならない課題が出来た。

 ……つまり、青葉に自分がアイドルであることと、美琴のユニットメンバーであることを話す必要がある。

 明日、全ては明日。そう気合をこめながら、とりあえず帰宅した。

 

 ×××

 

 にちかが家に帰り、ポテチとペットボトルを片付けた青葉は、軽く部屋を掃除する。潔癖症とかではなく、単純にポテチの食べかすが落ちているかもしれないからだ。

 さて、それらを終えてから、今日の晩飯はどうするか少しだけ考える。にちかの案で「もう、たまには焼肉で良いんじゃないの?」と言われた。

 確かに、焼き肉なら片手で十分ではある。……まぁ、野菜を切る手間があるわけだが。

 だが、その野菜も腱鞘炎になってから、焼肉用にカットしてある野菜セットを買っておいてもらってあるから問題ない。

 

「よし、決めた」

 

 そう決めた時だ。ピンポーン、とインターホンが鳴り響く。応答すると、美琴が立っていた。

 

「あ、こんばんは。早いですね、今日は」

「うん」

「晩御飯、ちょっと待ってて下さいね。今、買い物行ってきますから」

「あれ、どうして?」

「たまには焼肉なんてどうですか? 俺が全部焼きますから」

「あー、うん。良いよ。じゃあ、一緒に食べない?」

「っ、い、いえ! アイドルとファンですので、俺は焼くのに徹します!」

「え……いや、ちょっとそれは申し訳なさすぎるからいいよ」

「し、しかし……ファンとして」

「ていうか、目の前で焼肉食べられて耐えられる?」

「……」

 

 無言の返事が「無理」を示していた。もはや新手の拷問である。

 それを把握した美琴は、にこりと微笑みながらトドメを刺すように告げた。

 

「たまには、一緒に食べよう?」

「はい……」

 

 しょぼんとした返事の割に、嬉しさが隠しきれていなかった。

 さて、ホットプレートを出し、焼肉用のトングを出し、自宅用焼き肉セットを用意すると、美琴の部屋に入った。おまけで、焼きそばも冷蔵庫から取り出しておいた。

 部屋の中に入ると、美琴はお肉を冷凍庫から出していた。意外と協力的で少し驚いてしまう。もしかしたら、焼肉好きなのかもしれない。

 

「じゃ、焼こうか」

「あ、はい」

 

 さて、先に朝の残りの白米だけ二人分、用意してから食事開始。二人揃って菜箸で肉を摘み、温めたプレートの上に乗せた。

 ジュワ〜っと、空腹が増す香りが室内に充満する。

 

「ん〜……美味そう」

「焼肉なんて久しぶりだな……」

「そうなんですか?」

「うん。ずっと、10秒飯とかそんなのばかり食べてたから」

「ダメですよ? ちゃんと、栄養とらないと」

「分かってる。だから、一宮くんには感謝してるんだ。本当に」

「な、なんですか急に……」

 

 そんなこと急に言われたら、嬉しさのあまり核反応を起こして死んでしまう。

 

「実はね、ついさっきこれから私とユニットを組む子とばったり出会したんだ。このマンションに、友達が住んでて一緒に勉強してたらしいんだけどね」

「へぇ……!」

 

 それは興味深い。それと同時に危なかった。自分とにちかがその子と鉢合わせしていたら、おそらく狂喜乱舞している。

 

「その子と毎年、お祭り行ってたらしいんだけど、今年は私と行きたいって誘ってくれて」

「そうなんですか」

「で、よかったら、一宮くんも一緒に来ない?」

「え……なんでそうなるんですか?」

 

 そんなのダメに決まっているだろうに。美琴の隣の部屋に住んでいるだけでも、気がついたら首と胴体が離れている、となってもおかしくないだろうに、その上ユニットの子と三人でお祭りなんて、殺されたって仕方ない。

 

「ダメですよ。俺みたいな行くところまでいってるアイドルオタクと、そのアイドルがみんなでお祭りなんて……」

「うーん……でも、そのユニットの子は毎年友達とお祭り行ってるらしいし、私の所為でそのイベントを無くしちゃうのはそのお友達がかわいそうな気がして……で、その子も私のファンらしいから、誰かもう一人いてくれた方が良いなって」

「……な、なるほど」

 

 分からなくもないが、本当にファンならその子は来ないという判断をするはずだ。

 それならば、ここは許可しておいて、催しがなくなったら「残念だったね」で済ませれば良い。その子が来なければ、この話はご破産なのだから。

 

「わ、分かりました。……あ、焼けましたよ」

「ありがとう」

 

 肉をトングで挟み、美琴のお皿の上に乗せた。

 

「いつですか?」

「二日目の予定だよ」

「了解です」

「はふっ……美味しい。やっぱり久しぶりだな、こういうの」

 

 仕事上の付き合いで焼肉とか行かなかったのだろうか? ……いや、あんまり行かなさそうではあるが。

 

「あ、こっちも焼けましたよ」

「ありがとう」

「あ、玉ねぎとピーマンもオッケーです。野菜もちゃんと食べてくださいね」

「うん」

「あ、そうだ。これうちから持ってきた焼きタレです。使って下さい」

「あ、ありがとう」

 

 机の上に置きっぱなしにしていたそれを差し出すと、また良い塩梅にプレートの上が煙を吹く。

 

「お、こっちも良いですよ」

「うん、待って。一宮くん」

「あ、食べ切れませんか? でしたら、焼きタレに浸した肉をご飯の上に置いて少し放置すると良いですよ。焼きタレが白米に染み込んで美味しくなるので」

「いや違くて。やってみるけど」

 

 ? じゃあなんだろう? と、不思議そうにしていると、すぐに美琴が口を開いた。

 

「一宮くんも食べなよ」

「え? あ、あー……そうですね」

「いつもそんな感じなの?」

「いえ、俺もあんま焼肉行ったことないのでつい……」

「そうなんだ?」

「はい。幼馴染とかとは言ったことありますが……そいつ、超わがままの甘えん坊なんで、俺が代わりに焼いてあげてたりしたんです」

「そっか……じゃあ、今日くらいは私が一宮くんを甘やかしてあげないとね」

「へ?」

 

 どういう意味? と小首を傾げた頃には遅かった。目の前に差し出されたお箸の間には、お肉が摘まれていた。

 

「はい、あーん……」

「……わえ?」

「食べない? お肉」

「っ、え……あ、あーん⁉︎」

「そう、あーん」

 

 遅れて顔が赤くなった。なんでいきなり食べさせ合いっこに⁉︎ と、オーバーヒートしそうになる。

 

「な、なんっ……えっ、い、いくらですか⁉︎」

「いやお金は取らないけど」

「そ、そんな気持ちは嬉しいんですけどやっぱりこんな所でそんな事をするのは普通に気恥ずかしいというか……!」

「こんな所って……私の部屋だけど。汚い?」

「い、いえ汚くなんかないです! 掃除してるの俺ですし、壁も床も天井も舐められるくらい綺麗です!」

「じゃあ、食べて。……それとも」

 

 そこで、敢えて間を作るように黙る美琴。その後、少しだけ上目遣いになり、小首を傾げながら聞いてきた。

 

「私に食べさせてもらうのは、嫌?」

「っ……」

 

 ずるい、ほんとに。そんな事を言われたら、もうオーケーするしかない。うっかり恋に落ちてしまいそうな程に美しい上目遣いで言われたら、もはや反論する気力も湧かない。

 顔を真っ赤にしたまま俯きつつ、無言で控えめに口を開けた。

 

「あーん?」

「あ、あーん……」

 

 微笑まれながら言われ、それに合わせて口を開き、お肉を収めてもらう。美味しい気はするが、味なんて分からない。

 何も察していない美琴は、心なしかいつもよりニコニコした様子で聞いてきた。

 

「どう?」

「っ、お、おいひいです……」

「ふふ、良かった」

「っ……」

 

 この人……もしかしたら天然タラシなのでは? なんて女の子みたいなことを考えながら、青葉は無言で肉を咀嚼した。

 

 ×××

 

 さて、夕食が終わった日の夜。青葉は寝ようと思ってベッドの上で寝転がると、にちかからチェインが来てることに気がついた。

 

 ムキムキにちか『お祭り、今年も行く?』

 

 そうだ、去年まではにちかと行っていたんだ。今年もまぁ付き合うくらい構わない。

 

 ギャリック砲山﨑『良いよ。けど二日目は無理』

 ムキムキにちか『えっ、なんで?』

 

 あれ、何か不味かっただろうか? 

 

 ギャリック砲山﨑『約束しちゃった』

 ムキムキにちか『そっか。じゃあいいや』

 ギャリック砲山﨑『え、他の日なら空いてるけど』

 ムキムキにちか『行きたいの?』

 ギャリック砲山﨑『お前が誘ってきたんだろうが!』

 

 なんでこっちが誘った、みたいになっているのか。思わず「!」をつけてしまった。

 

 ムキムキにちか『ま、行ってあげても良いよ?』

 ギャリック砲山崎『だからなんで上からだよ』

 

 とはいえ……まぁ一緒に回って楽しかった事も多いし、特に断る理由はない。

 

 ギャリック砲山﨑『とりあえず行こうか』

 ムキムキにちか『うん。あ、妹とかも連れて行って良い?』

 ギャリック砲山崎『良いよ』

 ギャリック砲山崎『はっちゃんも来る?』

 ムキムキにちか『多分、無理。仕事』

 ビックバンアタック大澤『りょかい』

 ムキムキにちか『なんで名前変えたの?』

 

 マジかー、とおもったが、まぁ仕方ない。とりあえず、当日は自分がお父さんになったつもりで、にちかを含めた子供達の面倒を見よう、と覚悟を決めた。

 

 ×××

 

「あーあ、マジかー」

 

 そう呟いたのは、当たり前だが時同じくしてチェインをしていたにちか。青葉とのチェインを切って、すぐに美琴に名前を直して連絡をした。

 

 七草にちか『こんばんは。お疲れ様です。にちかです!』

 七草にちか『残念ながら、私の友達無理みたいです。』

 

 送ると、すぐに既読がつき、返事が来た。

 

 緋田美琴『そっか。こっちの子はOKもらったよ』

 

 それはそれで申し訳ない。やっぱりキャンセル、なんて美琴の口から合わせられない。

 

 七草にちか『じゃあ、私はお姉ちゃんを誘ってみますね』

 緋田美琴『なるほど。それは良いアイデアかもね』

 

 褒められた! と、直球で嬉しくて、ベッドの上で脚をパタパタと動かした。

 

 七草にちか『では、私と美琴さんとお姉ちゃんとお知り合いの方の四人ですね!』

 七草にちか『楽しみにしています!』

 緋田美琴『私も』

 緋田美琴『じゃあ、おやすみ』

 七草にちか『おやすみなさい!』

 

 そこでチェインのやりとりは終わった。

 しかし、知り合いの人って誰だろう? もしかして……過去のマネージャーとか? だとしたら、それはそれで楽しみだ。前の事務所の時から美琴のファンではあったので、美琴を支える立場の方にも当然、興味はある。

 今からウキウキしながら、とりあえず試験に備えることにした。

 

 

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