にちかに美琴様だけは絶対に渡さん。   作:バナハロ

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頑張った先の報酬は、予想以上のものを。

 期末試験の日。腱鞘炎も治ってきて、普通に右手の練習なんて必要ないんじゃないか、と思った時には遅い。アルファベットくらいなら右手で書けるようになってきたこの頃。

 念には念を入れて重たいものは持たないようにしているが、包丁くらいなら握れるようになってきた。

 従って、久しぶりに手料理を振る舞う相手は決まっていた。

 

「はい、はっちゃん。特製、手巻き寿司弁当!」

「ふふ、ありがとー」

「良いなー、お姉ちゃん」

 

 手料理を食べた早さで言えば、お隣の美琴の方が早かったが、最初に作ったお弁当ははづきへのものだ。

 早起きし、巻き寿司のお弁当を作った。ちゃんと、保冷剤もつけてあるし、保冷バッグに入れたし、昼までなら保つだろう。

 わざわざ早めに家を出て、はづきが家を出る前に、七草家で待ち合わせしたのだ。

 

「病院にも何度か付き添ってくれたから、包丁使えるようになったら、まずはっちゃんに飯作んないとって思ってたんだ」

「そんな、気を使わなくて良いのにー」

「気遣いじゃない、礼儀だよ」

「何カッコつけてんの? キモー」

「うるせーよ」

 

 ちなみに、にちかと青葉は試験の日で午前で終わりなので、弁当無し。本当にはづきのために早起きしたのだ。

 

「じゃあ、アオちゃん。ありがとねー」

「それこっちのセリフ」

「またねー」

 

 はづきと別れ、にちかと二人で学校に向かう。

 さて、そこで青葉はここ最近、にちかの様子がおかしい事に気が付いていた。最近、なんかやたらと何か言いかけてはなんかタイミング悪くて話が逸れてしまう。

 

「あの、青葉……」

「にっちー!」

 

 そんな中、後ろから声がかけられる。にちかのお友達だった。

 

「おはよ」

「おはよう。相変わらず仲良いね、二人」

「は? 全然?」

「じゃ、俺先に行ってんぞ」

「あ、うん」

 

 友達同士の方が良いと思って、気を遣った。まぁ、何度も延期してる話だし、話したいことではあっても急いでいるわけではないのだろう。

 それより、今は今日の期末試験のことだ。教室に着いたら、復習しておきたい。

 

 ×××

 

「終わったー!」

「終わった……」

 

 試験が終わった二人のテンションには差があったが、それは直接、出来に反映しているのは誰の目にも明らかだった。

 

「え、なにお前。出来なかったの? あれだけ人に教わっておいて?」

「……違うし。出来てるか不安な科目が多いだけだし」

「それを出来なかったと言うのでは?」

「う、うるさいな……! そっちはどうなの?」

「出来たよ?」

「優等生アピールうざっ」

「そっちが聞いてきたんだろうが!」

 

 本当に身勝手な物言いである。冗談とは分かっているが、よくポンポンとそういう発言が出て来るものだ。

 

「今日はどうすんの? またどっかで勉強するか?」

「当たり前じゃん。明日も試験あるし」

「俺は別に勉強しなくても良いんだけどな。余裕だし」

「教えてよー」

「今から教わって明日に反映出来んのかよ」

「ヤマカン! 出そうなとこ教えて!」

「……」

 

 どこまでも不真面目な幼馴染である。小学生の頃は、むしろ青葉が不真面目でにちかが真面目な方だったのに。

 そもそも、出そうなとこなんて分からない。なるべく無駄な所に労力をかけたくない青葉は、試験範囲は全部網羅している。

 だが……まぁ、何やら最近、忙しそうなにちかの事だし、手伝うのは構わない。

 

「別に良いけどよ」

「やったー!」

「でも、その前に、だ。最近、なんで忙しそうにしてんのか教えろ」

「あ、あー……」

 

 なんだかんだで、宿題やら課題は結局、青葉のを写していたし、文字が書けなかった時は青葉が解いたものをにちかが2人分、写していた。

 まぁ良いっちゃあ良いのだが、いい加減理由くらい教えて欲しいものだ。

 

「まぁ良いけど……どの道、私も言うつもりだったし」

「あそうなの?」

「うん。実は私……」

「あー待った。勉強すんなら飯も食うだろ。その時で良いか?」

「……良いけど、そんな長い話じゃないよ別に」

「いや、でも大事な話なんだろ?」

 

 このタイミングで言うつもりだった話……まあ十中八九、その話だと予測はしていた。

 

「うん」

「なら、のんびり話せる場所で話した方が良いっしょ」

「……まぁ」

 

 というか、普通に腹が減り過ぎていた。試験期間で半休なので、さっさと飯が食いたい。

 

「サイゼで良いか?」

「えー……もっとオシャレなとこにしてよー」

「いや、オシャレさと金額は比例して上がるから。味はそれに限らないのに」

 

 たまに「え、この味で900円?」ってラーメン屋もある。横浜ラーメンに多いから、割と青葉は新たなラーメン屋に入る時は開拓者の心地になっている。

 

「えー、少しくらい高くても良くない?」

「良くねーよ。……つか、お前は金あんの?」

「あ、あー……」

 

 急に口が止まるにちか。珍しい。こういう時、なんでも言い返してくるのに。

 すると、すぐににちかはにへらっと笑って言った。

 

「実は……この前部屋の中で、二年前に無くしたと思っていたお年玉を見つけまして……」

「え、そんなことあったのお前」

「今のにちかちゃんは、ちょっとだけリッチにちかなのです!」

「相変わらず頭悪い英語の使い方してんな」

「うざっ!」

 

 なんだろう、リッチにちかって。

 

「……ウハウハにちかの方が良いかな」

「知らねーよ。好きにするか自由にするか勝手にするかしとけよ」

「全部一緒じゃんそれ」

「じゃあ、スタバかなんかにするか?」

「や、サイゼでいいや」

「結局かよ!」

 

 なんて話しながら、駅前のサイゼに来た。

 席に案内してもらい、とりあえず勉強の前に飯にすることにした。

 

「俺ペペロンチーノでいいや」

「私、ミラノ!」

「じゃあ頼むぞ」

 

 ボタンを押す。すぐに店員さんがきてくれたので、青葉がメニューを指差しながら注文する。

 

「お待たせいたしました、お伺いいたします」

「ペペロンチーノとミラノで。あと、ドリンクバー……あ、にちかもいるか?」

「いる!」

「二つで」

「畏まりました」

 

 それを終えて、店員さんは店の奥に引っ込む。それを眺めながら、青葉はとりあえずドリンクバーを取りに行くことにする。

 

「青葉、私はアイスティーで!」

「はいはい」

 

 全く、ちゃっかりした奴だ……と、ため息をつきつつも、とりあえず取りに行ってあげることにした。少し前の自分なら「ふざけんな! 自分でいけ!」となっていたところだが……美琴の面倒を見るようになってからだろうか? なんか一々、小さい事では気にしなくなった。

 

「……」

 

 とはいえ、なんか使いっ走りみたいで腹は立つので、何か混ぜてやろうかと考えながら、二人分のコップを用意する。

 ふと辺りを見回すと、やはりというかなんというか、学生が多い。みんな勉強しているのだろう。まぁ自分らもそのつもりで来たのだが。

 ……そうだ。というか、さっきにちかは自分の試験結果に不安を抱いていたけど、青葉の問題用紙を見せれば自己採点出来る。

 

「まぁ、一応俺が見てた時は解けてたし……大丈夫だろ」

 

 中間程度には解けているはずだ。

 そんな風に思いながら、とりあえずにちかの飲み物は紅茶とコーラのミックスにして席に戻った。

 

「お待たせ」

「さんきゅー」

「さっき試験の結果、自信なさげだったけどさ、もしあれなら俺の問題用紙見せようか?」

「なんで?」

「や、自己採点すれば良いかなと思って」

「いや、なんで青葉の問題用紙が必要なわけ?」

「今日の科目超できたからほぼほぼ合ってると思うし」

「だからその優等生アピールうざい」

「優等生なんだから仕方ねーだろ」

「……うざっ」

 

 勉強が出来ればその辺、マウントが取れる。こればっかりはマウントを取られるほど勉強していない方が悪いので、気持ちよく取らせてもらいたいものだ。

 

「ていうか、どっちにしろ無理だし。私、問題用紙に落書き以外何も書いてないし」

「……お前本当に学生?」

「うるさいでーす。もう終わったことは気にしませーん」

「あっそー」

 

 まぁ、確かに自己採点した所で結果が変わるわけではない。

 にちかは呑気に取ってきてもらった飲み物を口に含む。直後、ブフォーッと飲んだものを噴き出され、顔面に掛かった。

 

「ちょっ、きったねーな! 何してんだお前⁉︎」

「げほっ、えほっ……こっちのセリフだから! なんか混ぜたでしょこれ!」

「混ぜてねーよ。コーラティー作ってみただけ」

「混ぜてるじゃん! ……おぇっ、口の中にっ……コーラのぬめりと紅茶のベタベタ感が……」

 

 咳き込みながら、にちかは青葉の飲み物を取り上げ、ズズッと飲む。

 

「あっ、それ俺の!」

「責任とって!」

「お前が紅茶飲みたいって言ったから取ってきたんだろうが!」

「コーラティーなんていうオリジナルブレンドは望んでなかったし!」

「はっ、バカめ! 俺に任せたらそういうことになるに決まってんだろうが!」

「じゃあ次は私が青葉の飲み物取りに行く!」

「誰がこの流れでそんなもんをテメェに頼むか!」

 

 なんで少しずつ騒がしくなっていったが、周りの視線に気づいたにちかが、青葉から奪った飲み物を飲みながら背もたれに寄り掛かる。

 それに伴い、青葉も確かにゲロまずいコーラティーを口に含みながらそっぽを向いた。

 

「おっえ……」

「自分で取ってきたんだから、自分で処理しなよ」

「うるせぇよ……」

 

 まぁ、全く予想できない展開ではなかったので、何も言わずに飲み続けた。というか、これもう一気に流し込んだ方が良い気もする。

 

「にちか。俺がもし吐き出したら、後のことは頼む」

「一気に飲むのは勝手だけど、片付けは絶対にしないから」

「あの……これ、そもそもにちかが俺にとってこさせた……」

「あー、スプライト美味〜」

「……」

 

 やっぱりやめておいた。チビチビ少しずつ減らし、なんかもう話があるとかそんなの気にしている場合ではなくなった。

 

 ×××

 

 さて、食事を終えて、そのまま勉強に入った。本当に青葉はヤマカンっぽそうなポイントを教えさせられ、とにかく面倒を見た。

 で、そろそろ帰宅の時間。帰らないと、お隣さんが帰って来るかもしれない。

 

「そろそろ帰るかぁ」

「ん〜」

 

 伸びをしながらそう言うと、伝票を手に取った。なんだかんだ、長居してしまった。昼から夕方まで。途中でピザを頼んだりしていなかったら追い出されていたかもしれない。

 

「ねぇ、青葉」

「ん?」

「話、あるんだけど」

「……あー。そういやそんなの言ってたっけ」

 

 忘れてた。

 

「何?」

「……なんか話しづらいんですけど」

「いやもういいから早く話してや。帰って寝たい」

「え、勉強するんじゃないの?」

「こんだけすりゃ十分でしょ。あとは家でゲームすれば……まぁ、60点は硬いかな」

 

 残念ながら、80点だの90点だの目指すつもりはない。面倒臭いし。それに、得意な科目なら必要以上にやらなくてもケアレスミスさえしなければ点は取れる。

 

「で? 話って?」

「あ、うん……まぁ、言うの少し恥ずかしいんだけど……」

「馬鹿野郎。保育園のお泊まり会で、揃っておねしょしてクラスから超からかわれただろ。もう恥ずかしがることなんかねーよ」

「いやそんな生まれたての時と比べられても困るんだけど」

「え、生まれたてなのか? 保育園児って……」

「知らないけど」

「や、てかそんなんいいから言えよ」

 

 言われて、にちかは本当に少し気恥ずかしそうに頬を赤らめて、目を逸らす。なんだろう、このにちからしくない女の子っぽい顔。

 ……が、やがてにちかは吐き出すように言った。

 

「実は、私……一ヶ月くらい前から、アイドルになった」

「……は?」

「それで……その、忙しくて……レッスンとかしてて、青葉に宿題とか、うつさせてもらってた」

「あ、あー……そうなんだ。良かったじゃん」

「え?」

 

 ……なんだ? その意外そうな顔、と青葉は眉間に皺を寄せる。

 

「お前、ずっとアイドル志望だったろ。言わなかったけど、ダンスとかスゲー真似してたし、カラオケもたまに行くとガチで歌うし」

「え……わ、分かってたの?」

「え、お前俺のことどんだけバカだと思ってんの?」

 

 ポカンとしているにちかを前にしながら、青葉は立ち上がり、伝票を取った。

 

「ま、それならここは俺が奢ってやる」

「え?」

「オーディションか何かに合格したってことだろ? なら、こいつはそのお祝いだ」

「……カッコつけなくて良いから」

「やっぱ自分で出すか?」

「あーうそうそ! いや絶対揶揄われると思ってたから、つい照れ隠しが……」

「俺をなんだと思ってんの」

 

 なんだかとってもホッとされてしまった。青葉が立ち上がったので、そのままレジの前に移動し、ベルを鳴らす。

 

「でも、美琴さんのファンだから、応援はしないよ」

「余計なこと言わなくて良いから! 分かってるから!」

「お前が美琴さんに並ぶレベルのアイドルになったら、話は別かもだけどな?」

「あ、そのことなんだけど……」

「お待たせいたしました。伝票、お預かり致します」

 

 店員さんが会話を遮って入ってきた。

 

「お会計、2300円でございます」

「2300……あーねえわ。3000円で」

「3000円、お預かり致します。700円のお返しです」

「どうも。ご馳走様でした」

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

 

 挨拶を終えて、お店を出た。伸びをしながら、青葉はくぁっと欠伸をする。

 

「うし、帰るかー」

「あ、待って青葉。その前にもう一……」

 

 と、言いかけたところで電話が青葉にかかって来る。スマホを見ると、緋田美琴の文字。この前のI○EAの一件以来、連絡先を交換しておいたのだ。

 まぁ、電話なら美琴と話してるなんてバレないだろうし、何より美琴からの電話をスルーはできない。応答することにした。

 

「ごめん。電話」

「あ、うん」

「もしもし? み……」

 

 危なかった。いきなり名前を呼ぶところだった。……いや、しかし名前を呼ばないわけにもいかない。

 何かこう……名前じゃなくて、苗字でもなくて……そうだ。はづきと同じような呼び方をすれば良いんだ。つまり、この場合は……。

 

「みっちゃん?」

『もしも……え、今なんて?』

「……な、何でもないです……」

 

 ……我ながら今のは無い。なんて馴れ馴れしい呼び方をしたのか。仮にもファンとアイドルだろうに。

 全力で後悔していると、電話の向こうの美人なお姉さんがとんでもないことを言った。

 

『私は良いよ? みっちゃんでも』

「な、何言ってんですか! 俺が無理です! 死にます!」

『そっか……残念だな。少し嬉しかったんだけど。私の事、あだ名で呼ぶ人は少ないから』

 

 そんな風に言われると、少し申し訳なくなる。なんだかプレゼントをあげ騙ししたみたいで。

 

「せ、せめてまたの機会でお願いします……」

『ふふ、約束ね?』

 

 なんかとんでもない約束をしてしまった気がする……と、少し後悔しながらも、青葉は話を進めた。

 

「それで、急に電話なんてしてどうしたんですか?」

『お腹すいた』

「はい?」

『何時から、帰ってくる?』

「……」

 

 これが、自分とにちかの憧れのアイドルである。お腹すいたからってお隣の年下の男子高校生にご飯の催促……やはり、にちかには言えない。

 とりあえず「頼ってもらえてるんだから良いじゃん!」と、ポジティブに捉えて、話を続けた。

 

「すぐに戻りますよ。今、駅前のサイゼの前なんで」

『分かった』

「何かリクエストとかあります?」

『うーん……暑いし、冷たいものとか?』

「冷やし中華」

『良いね。それで』

「食材あるんですか?」

『きゅうりとトマトと……あと、焼きそば用の麺なら』

「まぁ良いか。じゃあ、それ出しといてください。あと、海苔とハムと卵も帰ったらすぐ作るんで」

『分かった。じゃあ、よろしくね』

「うい」

 

 それだけ話して電話を切った。さて、そうと決まれば帰らないといけない。

 スマホをポケットにしまうと、にちかに声をかけた。

 

「ごめん、にちか。俺、今日はもう帰らないと」

「や、てか今の電話の相手誰? どういう関係?」

「は? ……あー」

 

 そうだった。なんか手料理を振る舞うみたいな話になってしまっているのが、第三者のにちかにも筒抜けだ。

 

「や、まぁそんな気にするほどのことじゃないよ。たまに飯作りに行くってだけ」

「……や、分かんないよ? 私、断片的にしか聞いてなかったし、ホームズじゃないから会話だけで完璧な推論も立てられないけど……なんかいつも作ってる、みたいなベテラン味を感じた」

「気のせい」

「ほんとに?」

「……」

 

 なんでホントこんなとこだけ鋭いのか。逆ギレに近い苛立ちが勝り、とにかくここにいるのはまずい気がした。

 

「とにかく、待ってるから行かないと」

「や、こんな心配されても困るかもだけど、大丈夫なわけ?」

「大丈夫だから。じゃあな」

「あ、ちょっと……!」

 

 逃げるようにその場を後にした。

 

 ×××

 

 さて、早足で帰宅し、青葉は美琴の部屋のインターホンを押す。

 

「すみません、お待たせしました」

「ううん、こっちこそごめんね。急がせちゃったみたいで」

「いえ。すぐ作りますから、美琴さんはトレーニングでもして……」

「みっちゃん」

「え?」

「みっちゃんって呼んで」

「い、嫌ですよ! 恥ずかしいから!」

 

 何を言い出すのかこの人は。

 

「えー、さっきは呼んできたのに?」

「あ、あれは知り合いの前だったから、美琴さんが電話かけて来られた時、知り合いが近くにいたからですよ!」

「あー……名前を伏せるためだったんだ……。でも、良い機会だと思うけどなー」

「何のですか」

「例えば、またこの前のI○EAの時みたいに、出掛ける時に私の名前呼ばない時、みたいな?」

「……いや、まぁそう言われるとそうかもしれませんが」

「じゃあ良くない?」

 

 どんだけあだ名に舞い上がってんだよ、と思っても口にしない。まぁ……タネを蒔いたのは自分だし、どこかで折れた方が良いのかもしれない。

 

「……じ、じゃあせめてファンとして、二人きりの時は美琴さんで良いですか?」

「良いよ」

 

 よっしゃ、かかった、と内心でガッツポーズ。どうせ、美琴といる時なんて二人きりなんだし、ほぼノーリスクである。

 

「ふふ、楽しみだね。明後日のお祭り」

「あ……い、今のなし!」

「ダメ」

 

 やっちまったああああ! と頭を抱えた。バカは自分である。

 

「ふふっ……お祭り、楽しみにしてるね。あと冷やし中華も」

「はいはい……今作りますよー」

 

 しょぼんと肩を落としながら、青葉は料理に移った。

 

 ×××

 

 さて、試験が終わった。お祭りの予定は三日間。前夜祭が平日金曜で、試験の日と被っている日。

 で、今日はその翌日……つまり、みんなで集まる日だ。夕方からお祭りで、青葉は約束の時間までのんびりと待機していた。

 残念ながら、甚平を着るつもりはない。分かっているからだ。男が夏の風物詩に寄り添った格好をしても需要がないことを。

 その為、今は部屋の掃除をしていた。やることが無いと、つい掃除かゲームをしてしまう。

 今は干してある布団をしまう前にパンパンと叩いている時だった。お隣から声を掛けられる。

 

「一宮くん、一宮くん」

「? ……あ、美琴さん」

 

 壁から顔を少しだけ乗り出していた。

 

「どうしました?」

「浴衣の着付けとか出来る?」

「え? ……あ、今日浴衣着てくれるんですか⁉︎」

「うん。今日、一緒のユニットの子と約束したから、午前中に買って来たんだ」

「み、美琴さんの浴衣……た、楽しみです! 絶対、お似合いだと思います!」

「ありがとう」

 

 そのユニットの子ナイス! 同じように推すわ! と強く決めた。こんな幸福なことが起こるなんて、いつか自分は死ぬんじゃないだろうか? いや、死んでたまるか。命を狙われても生き残ってやる、と強く決意し……。

 

「でも、お店の人に教わった浴衣の着方、忘れちゃったんだ。分かるなら、教えて欲しいなって……」

「……」

 

 そうだった、そういう人だった。いや、残念ながら今の自分は落胆することなんかない。何せ、着付けさえしてしまえば、浴衣姿を見れ……ん? 着付け? 

 

「え……てことは……今、その首の下……」

「あ、うん。裸」

「ぶふぉっ!」

 

 思わず吹き出してしまう……と、同時に変な勘繰りしてしまった自分を恥じた。裸と言うより下着姿なのだろうが、どちらにしても同じことだ。

 

「ち、ちょっと! なんて格好でベランダ出てるんですか!」

「大丈夫、周りから見えないように配慮してるし」

「そういう問題ですか⁉︎」

 

 お願いだからそこのとこはしっかりして欲しい。好きなアイドルが下着でベランダ出れるとかちょっと脳の処理が追いつかない。

 

「せ、せめて上だけでも何か着てください!」

「? なんで一宮くんがそこまで必死に言うの?」

「美琴さんが好きだからです!」

「え……あ、うん。ファンだもんね……ごめん。次から気をつける」

 

 今更顔を赤くされても萌えない。恥いるポイントがおかしい。

 

「ていうか……着付けって……俺、どうしたら良いんですか」

「あれ、一宮くんなら着付け出来ると思ったんだけど……」

「出来ますけど……」

「あ、やっぱりできるんだ」

 

 にちかやその姉妹の着付けを、はづきと一緒に何度もしたものだ。

 

「そこじゃなくて。着付けするってなったら、裸のまま美琴さんのこと見ることになるでしょ……」

「や、浴衣を身体に羽織る所は出来るから、そこから先、帯の結び方教えてくれれば良いよ」

「……」

 

 まぁ、それなら確かに問題ない。下着は見えないかもしれないから。

 

「……分かりました」

「じゃあ、玄関から入っておいで。それまでに羽織っておくから」

「は、はい……」

 

 そんなわけで、青葉は一度、部屋に戻り、サンダルを履いて隣の部屋に行く。

 一応、インターホンを押すと、部屋から「どうぞー」と声がしたので入った。

 

「お邪魔します」

 

 中はクーラーが効いている。自分の部屋は節電しているので、少し快適だった。

 そのままリビングに入ると、黒基調の金魚柄の浴衣を身に纏った美琴が立っていた。

 

「お願い、一宮くん」

「……」

「一宮くん?」

 

 ……気の所為だろうか? なんか……似合うより先にエロいという感想がきた。身体に吸い付くようにボディラインを強調してまとっている浴衣……それが、あまりにも立派に胸、腰を突き出し、お腹をへっこませている。特に胸。

 ……なんだろう。いや、似合ってるけど、それ以上になんかえっちすぎる……手で浴衣がはだけるのを押さえているからだろうか? 

 

「一宮くん!」

「っ、な、なんですか……?」

「どしたの? 顔赤いけど」

「っ、い、いえ……その、余りにも(エロくて)似合ってて……」

「ふふっ……ありがとう。本当に可愛げがあるな、一宮くんは」

 

 だめだだめだ。こんな純粋な人を……それも、憧れのアイドルをそんな目で見るな。煩悩を頭の中で焼き殺し、何とか目を逸らして対処した。

 

「帯、何処ですか?」

「あ、うん。あっち」

「じゃあ……言う通りに手を動かして下さい」

「分かった」

 

 そう言いながら、美琴は椅子に掛かっている帯を手に取るため、自分にお尻を向けた。

 直後、再び青葉はフリーズ。……何故なら、お尻もなんかえっちだったからだ。浴衣越しなのに、割れ目が見えてる気がする。

 

「……」

「これ、一応途中まで覚えてるんだけど、そこから先が……」

「…………」

「確か……ここをこうして、それでここを……こう」

「…………」

「で、一宮くん。この先なんだけど……一宮くん? 鼻血出てるよ?」

「…………我が一生に一片の悔い無し……」

「え……ちょっ、生きてるのその量? 床が殺人現場みたいに……」

 

 結局、美琴は自分で調べて着付けをした。

 

 

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