お祭りの会場では、さらに四人に増えて回った。……が、正直、青葉としては居心地が悪いと言えば悪い。女性三人に男一人……しかも、そのうちの二人は青葉が大好きな年上のお姉さん。
なので、正直楽しさと同じくらい、変な気まずさも入り混じって……。
「美琴さん美琴さん、青葉はお姉ちゃんのこと大好きなので、二人で回りましょうよ! あそこの金魚掬いやりません?」
「テメェにちかコラァッ! 何勝手なことほざいてんだ八つ裂きにされてェのか!」
「落ち着いて、アオちゃん。……ほら、わたあめ一口食べる?」
「いや、美琴さんも! アオちゃん呼びやめて下さい! ……あと、口の周り、ベタベタしてるのついてますよ」
「あー! 青葉! 美琴さんの口、拭こうとかどんだけハイレベルなセクハラ⁉︎」
「違ぇよ! お前は黙ってろ!」
「みっちゃん、でしょ?」
「すみませんけど、美琴さんも口閉じてて! 拭けない!」
うそ。気まずさを感じられない程度には忙しい。とりあえず「ふぅ……」と、一息ついてのんびり歩いていると、その青葉に後ろからはづきの声がかかる。
「お疲れ様ー、アオちゃん」
「いや、ほんとに……」
「大変だよねー、しっかり者はー」
それは、さりげなく美琴を「しっかり者ではない」と言っているようだ。まぁ実際その通りなのだが。
「どっちか片方ならもう少し楽なんだけどね……」
「ふふ、アオちゃん、面倒見は良いからー」
「いや、俺の場合は甘やかしてるだけでしょ。……はっちゃんにはもう言っちゃうけど、お隣さんの部屋の掃除と飯を代行して作る関係って何?」
「あ、あははー……」
まぁ、楽しいし嬉しいので嫌というわけではないが。
「美琴さん、美琴さん。金魚掬い!」
「うん。やってみよっか」
「あっ、テメェざけんなコラァッ⁉︎ 俺もやるからな!」
「ダメー! もう美琴さんと二人って決めましたー!」
「お前が決めただけだろがい!」
「じゃあ、三人でやったらー? 勝った人には、私がお祭りで何か一つ、ご馳走するよー」
「マジでか!」
「やる!」
「頑張らないとね」
はづきが援護して、三人で金魚掬いを始めた。実を言うと、青葉は金魚掬いはかなり得意だ。なので、この戦い……そもそも負けようがない。
しかし……それ故に全力なんて大人気ないことは出来ない。軽くやれば良い。
「おじさん、三人分!」
「はいよ」
青葉がお金を出した。会計も面倒だろうと思い、三人まとめてだ。そこで、ピンときた。これ、後でお金をもらわなければ、カッコよく美琴に奢ってあげたことになってしまうのでは?
「アオちゃん、いくら?」
「いえ、大丈夫です。ここは俺が出します」
「マジ? ラッキー」
「……」
そうだった。美琴の分だけ奢ってにちかの分は出さないという事は流石に出来ない。
「……まぁ良いか」
「やったねー!」
「私はちゃんと払うよ。アオちゃん」
「えっ」
そ、それは困る。というか、誰のためにお金を出すと言い出したと思っているのか。
「え、いや先程の焼きそばはご馳走になってしまいましたし、ここは俺に払わせて下……!」
言いかけた青葉の唇に、美琴は大人の笑みを浮かべて人差し指を当てる。力も何も使っていないのに、無理矢理口を塞がれた気分だ。
そのまま、片方の瞳だけ閉ざした美琴は、色っぽい唇を開き、静かに告げた。
「こういうときは、大人に格好つけさせて?」
「っ……は、はひっ……」
「……」
負けた。この人、可愛いくて美しいだけでなくカッコ良すぎた。言ってる事は「自分の分は自分で出す」と言っているだけなのに。顔を真っ赤にしてショートしかけていると、にちかがニヤリと笑みを浮かべて手を挙げた。
「あ、じゃあ私が出しますよ! 美琴さんの分!」
「はっ⁉︎ てめっ……!」
すぐに理解した。こいつも同じようにイケメン狙いか……! と。本当にワガママで傲慢な奴……と、奥歯を噛み締めながらなんとか止める手立てを考えていると、美琴がすぐにキョトンとした顔と口調で聞いた。
「え……なんで?」
「……イエ、ナンデモナイデス」
むしろ理解できない、という感じで聞かれ、すぐに無理を悟ったにちかだった。
「ぷふっ……」
思わず笑いを噛み殺すと、にちかが睨みつけてきたが、どこ吹く風である。自業自得だ。
さて、ポイを受け取り、ゲームを開始した。
「よーい……スタート!」
はづきの声で金魚掬いを開始した。
とりあえず、にちかに負けるのだけは嫌なので、先手必勝と言うように一匹目を掬いにかかった。
ヒュッと風を切る音と同時に、金魚をお椀に乗せる。
「おお……アオちゃん、上手だね」
「そりゃまぁ、結構祭り来てますからね!」
そう答えつつ、にちかを見る。「褒められたぜ。ザマミロ」なんて思っている時だった。今度はにちかが、風を切って金魚を掬い上げる。
「わ……にちかちゃんも上手……」
「ふっふっふー、実は得意なので!」
「なーにが得意だよ。俺から毎年教わってるだけじゃねーか」
「得意は得意だし!」
「俺の方がお前より得意だから!」
「師匠なら弟子に抜かれる事を喜べば⁉︎」
「だーれが師匠だ! ちょっとコツと技術と精神力を教えてやっただけだろうが!」
「立派なマスターアジア!」
なんてやってる時だった。「あっ」と声を漏らした美琴。二人揃って間にいる美琴に視線を落とすと、一匹も掬うことなくポイに穴をあけていた。
「……難しいね」
直後、バカ二人の目が光る。これは……教えてあげるチャンス!
「「私(俺)が、良かったら教えますよ! ……ああ⁉︎」」
また被り、思わず二人とも立ち上がった。
「お前、さっきから何なの? マジでなんでそんな無駄に競ってくるわけ?」
「は? こっちのセリフだから。美琴さんに色目使わないでくれる? 鬱陶しそうにされてるの分からない?」
「それお前の方だから。元々、今日は俺がお祭りに誘われてんだぞコラ」
「はー? そもそもお祭りに参加する企画は私と美琴さん発信だから」
「……」
「……」
二人とも、その場ですくっと立ち上がる。
「わかった。お前一回、立場分からせてやった方が良いやつみたいだな」
「それはこっちのセリフだし。ちょっとマジむかついてきた」
「はっちゃん、これ持ってて」
「私のも」
「はいはいー」
ぽいをはづきに預けると、二人は少し金魚掬いの台から離れた。
その様子を眺めながら、美琴ははづきに聞いた。
「あれ……平気なんですか?」
「平気ですよー。マジ喧嘩になっても、なんだかんだ二人とも怪我するような事はしませんからー」
「仲良いんですね」
「昔から一緒ですのでー。それより、私がコツとか教えましょうかー? ちょうど今、ぽいが二つ空きましたのでー」
「お願いします」
漁夫られていた。
×××
さて、三人で仲良く金魚を一匹ずつもらった後は、また仲良くお祭りを見て回る。
すると、次に美琴の目に止まったのは、射的屋の屋台だった。
「そういえば……これもお祭りでは定番だよね。やった事ないけど」
「やってみましょう! 面白いですよ」
「ほんと? じゃあ……」
やってみようかな、と美琴が言いかけた時だった。射的は得意じゃないにちかが横から口を挟んだ。
「騙されちゃだめですよ。美琴さん。あの景品の中で欲しいものありますか?」
「あ、そ、そうだな……確かに、微妙かも」
まぁ、確かに大した景品は見えない。どちらかというと、銃を撃つのが楽しくてやるものだから、当たり前と言えば当たり前だが。
「青葉の奴、自分が得意なものを見せて『美琴さんにすごいと言われる』『美琴さんにティーチングして悦に浸る』の一石二鳥を狙っているだけですから」
「テメェ……自分は射的出来ないからって……!」
つまり、そういう事でもなくはないわけで。でも一番はやっぱり、美琴にお祭りを楽しんでもらうためだ。
……が、まぁそう言われてしまっては仕方ない。嘘ではないし。
諦めようとしたところで、美琴が口を挟んだ。
「アオちゃんのすごい所、か……いつも見てるけど、外ではあんまり見た事ないかも」
「えっ?」
「うん。やってみよっかな」
「美琴さん⁉︎」
「やった! やりましょう! おうそこの、指を咥えて見てやがれハッハッハーッ(裏声)」
思わず煽った直後だ。悔しげに握り拳を作っていたにちかが、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「……る」
「え?」
「私もやる!」
「おーおー、勝手にしろ。お前には教えてやらんけどなーGAHAHAHA☆」
「ぐぬぬっ……」
悔しげに唸るにちかに、さっき喧嘩したばかりだからかいつもの五割り増しくらいのウザさで煽る。
その青葉に、隣から美琴が肩をトントンと叩いた。
「アオちゃん」
「はい?」
「意地悪はダメ」
「……はい」
「「ぷふっ……!」」
にちかだけでなく、はづきも吹き出していた。
「じゃあ、やろうか」
と、お金を出して、はづきも交えて四人で射的を開始した。撃ち方と狙い方を教えてから、お手本と言うように、青葉が一つ落とす。なんか、よく分からない……ドラゴンボールの置物? をとった。帰ったら飾るだけ飾ってみよう。
「こんな感じ? アオちゃん」
「そうですけど……あの、ほんとその呼び方……」
「あ、ホントだ。当たった。……ありがとう、アオちゃん」
「……いえいえ」
特攻ダメージによって、すぐに黙らされてしまう。
それを見てむすっとしたにちかが、反対側から美琴に耳打ちした。
「あんな偉そうにしてますけど青葉の奴、中一の時にスマホほしくて、射的屋さんの屋台のおじさんのスマホ撃ち抜いて怒られてましたよ」
「ある意味すごいね……」
「でしょ? 俺の精度」
「褒められてないよ、アオちゃん」
はづきが横から口を挟む。
美琴が当てた景品だが、少し動いた程度でまだピンピンしていた。
「でも……落ちないな」
「クレーンゲームと一緒ですよ。一回で取るんじゃなくて、当ててずらして落とすんです」
「なるほど……」
そんな話をしながら、ゲームを続けた。少しずつ美琴の狙撃で、デビ太郎のよく分からないフィギュアのようなものを狙い、ずらして行く。
……そして、ようやく台座の奥にデビ太郎がはみ出た。
「おっ、いよいよじゃないですか?」
「でも……あと一発しかないよ」
「ダメそうなら……俺の弾も使って下さい。まだ二発残ってますから……あっ」
言ってから後悔した。二発残っているタマって、金的を連想してしまうのではないか……と。
案の定、それを連想したバカがゴミを見る目でこちらを見ていた。
「うわ、最低」
「そういう意味じゃねーよにちかコラァッ!」
「アオちゃん、女性に対しては言い方を気をつけようねー?」
「そ、それはごめんなさいでした、はっちゃん!」
と、いいようにいじられる中、美琴はキョトンとした顔で瞬きを繰り返す。
「えっと……どういう意味?」
「「「えっ?」」」
「弾でしょ? なんで女の人の前で言っちゃダメなの?」
「「「……」」」
まさか、この人……男の股にぶら下がる二発の球をご存じない? いや、ご存知でも連想してない? 純粋が過ぎるのではないだろうか?
……いや、しかし、だ。ある意味ではむしろアイドルの理想系とも取れる。下ネタなんて元々、言う人ではないだろうが、全く連想しないという汚れのなさは、まさに偶像と呼べるだろう。
それを理解した直後、青葉は美琴に向き直った。
「俺、あなたを一生、推します」
「ありがとう?」
そんな話をしながらも、青葉はちょっとだけ危機感を抱いていた。玉二つ、からタマキンを連想しないのは、少し汚れがなさすぎるのではないだろうか? 24歳で。
このままでは、万が一にも身の程を知らない性欲モンキーに誘われた際、意味も分からずのこのこついて行ってしまうかも、と心配になってしまう。
「あ、落ちた」
「おめでとう、お姉ちゃん。これ、景品」
「ありがとうございます。……アオちゃん、取れたよ!」
「万が一の時は俺に言ってくださいね。そいつの一族を壊滅させるから!」
「な、何の話……?」
「気にしないで下さい、美琴さん。青葉はたまに見えない何かと会話を始める病気なんです」
「そ、そうなんだ……?」
「にちか、殺すぞ」
「実際、そういう節あるよーアオちゃんはー」
はづきにまで言われては、頷かざるを得なかった。
×××
さて、さらにそのまま青葉とにちかは、美琴を取り合うようにしながらも四人でお祭りを回った。
何をするにしても競い合いを始め、ヨーヨー掬い、あんず飴のピンボール、型抜き、くじなどとどっちが上で戦利品美琴とイチャイチャする権利を得られるか、競争していた。
だが、流石は大人の美琴。基本的に他人にも自分にも無関心なとこがあるとはいえ、競い合いの景品にされても不快感を表に出す事なく、微笑ましそうに二人を眺めていた。
「大丈夫ですかー? 美琴さん」
「はい。大丈夫ですよ、全然。楽しいですし」
「そうですかー」
気にかけてくれたのか、はづきが聞いて来るが心配無用だ。実際、楽しいのだから。こんな風にお祭りを見て回るのなんて本当に久しぶりだし、なんならプライベートで他人と一緒にいることさえなかなかある事ではない。
「……」
ちょっとだけ、青葉が家計簿をつける理由も分かってしまったり。
思ったより、財布の中身は減っていた。楽しくて夢中になってしまうと、財布に入れておいたお金がいつの間にか減っている。
「はづきさん」
「なんですかー?」
「家計簿って、つけた方が良いと思いますか?」
「え、つけてないんですかー……?」
「やっぱり……つけた方が良いんですね……」
「は、はい……一人暮らしならば、管理はしっかりした方が良いと思いますけどー」
「……」
また今度、青葉やにちかと出かける機会があった時のために、少しは管理してみようか……なんて思ってしまった。特に、浴衣なんて予想外の出費だ。今月が残り6日くらいだから良かったが、月初めだったら厳しかったかもしれない。
そんな事を真剣に考えていると、隣のはづきが聞いてきた。
「美琴さんは、アオちゃんといつ頃からの付き合いなんですかー?」
「一ヶ月ちょいくらい前からです。……お恥ずかしい話ですが、酔っぱらいに絡まれているところを助けてもらってしまって。それが、偶然にも私のファンの子だったので、正直とても嬉しかったです」
「そうなんですかー。そこから、ちょいちょい会うようになったんですかー?」
「いえ、まぁそれが知り合うきっかけではありましたが、その後、なんの因果か彼の隣の部屋に私が引っ越してしまって……それで、まぁ色々と話すようになりました」
今にして思えば、割と迷惑をかけた。異臭の件とか特に。ああいうの、自分では気付かないのだから困る。
「ふふ、アオちゃん……良い子でしょうー?」
「はい。たまに生意気が漏れますが……でも、今日のにちかちゃんとのやりとりを見て思いました。あれが素なんですね」
「そんな事ないですよー?」
「え?」
ちょっと意外な返事が来た。てっきり、自分には猫をかぶっているものだと。
「あの子、にちかにだけは口が荒れますけどー、基本的には礼儀は弁えてる子ですよー? たまに漏れる生意気も素ですけど、礼儀正しくて世話焼きな面も素ですー」
「……そうなんですか」
「はいー。たまにうちに持ってきてくれるおかずとかも、善意からだと思いますー。……だから、うちもちょっと申し訳ないな、と思わないでもないわけですがー……」
その気持ちは少し分かる。前は無理させて腱鞘炎にさせてしまったわけだから。……今にして思えば、腱鞘炎になったにちかの友達って青葉のことだったんだなぁ、と少し申し訳なさが加速する。それと同時に、I○EAでは本当に危なかったんだな、という事も。
でも、昔から付き合っているからかもしれないが、はづきからここまでの評価をされている青葉を、美琴は少し見つめてしまった。……まだ、アイドルとして大人気、と言われるほどでもない自分のどこが良いのか、ちょっとだけ気になってしまったりも。
「……あの、変な事を聞いても良いですか?」
「なんですかー?」
「一宮くんは、いつから私のファンなんですか?」
「え? ……どうだったかなー。確か、一回だけたまたまネットの動画で見て、それからずっと追いかけてたと思いますけどー……少なくとも、中学に上がる前から?」
「……そうなんですか」
となると、遅くとも4年前から。……そんなに、追いかけてもらえてるんだ、と嬉しさが込み上げてくると同時に、不思議さもあった。
青葉も、その隣のにちかも、今でも自分を応援してくれている。それを思うと、頑張ろうという気概が込み上げてきた。
×××
さて、そうこうしている間に、お祭りも終わりの時間が近づいて来た。花火は最終日だけなので、残念ながら見られない。
四人とも帰り道を歩いていた。
「ふぅ……楽しかったー! ……青葉さえいなければー」
「は? それこっちのセリフだから」
「コラ、二人ともー? 美琴さんがいるときくらい、最後だけでも仲良くしなさいー」
「はーい」
「やだー」
「……にちかー?」
「あー、嘘嘘」
「ふふ、二人とも、仲良いんだね」
状況を分かっているんだか分かっていないんだか分からない美琴がそんな事を言う。
少しだけむすっとしながらも、美琴の前ならば、と二人は押し黙った。
そんな中、美琴が二人に笑みをこぼした。
「でも、本当に今日は楽しかったよ。私、誰かとこんな風にお祭りに行ったの、多分中学か小学生以来だから。……こんなに、楽しいものだったんだね」
「美琴さんは、お友達いなかったんですかー?」
「いえ、いたにはいましたが……遊んでる暇があったらレッスンをしたい性分でしたから」
ストイックなんだな、というのは青葉にも分かっていた事だ。じゃなきゃ、あんな食生活にはならない。
「……だから、今の私が『友達』って言える人、にちかちゃんとアオちゃん……あとは事務所の人達くらいなんだ。……その全員と集まって遊べたんだから、とても楽しかったよ」
「み、美琴さん……」
にちかが声を漏らしたのと同様に、青葉とはづきも感動してしまう。
「……また、このメンバーで遊びに行けると嬉しいんだけど……二人はどうかな?」
はづきはOKする前提で、敢えて青葉とにちかに聞いた。すると、二人は改めて顔を見合わせる。
そして、今更ながら少し照れくさくなり、お互いに目を逸らした。
「……まぁ、俺は別に……」
「私も……美琴さんが言うなら……」
「じゃあ、決まりだね」
にこっと微笑んだ美琴は、二人の手と手を取った。
「じゃあ、約束」
「「は、はい……!」」
新手の宗教を見ている気分だったはづきだった。
さて、そうこうしている間に、にちかとはづきの家の近くに到着した。
「じゃあ、私達はここでー」
「……美琴さん、そこのバカに変なことされたら、すぐ私に言ってください。大丈夫です、私……やると言ったらやる女なので」
「しねーよクソボケ」
「ふふ、またね」
それだけ話して別れ始めた時だった。軽く手を振って、二手に別れ始めた時だった。
「あっ、待って!」
にちかが急に声を発し、二人を待たせた。なんだ、まだ何か文句あんのか、と青葉が足を止めながら、不機嫌そうに顔を向ける。
「……何?」
「いやあんたじゃなくて。……あの、美琴さん」
「何?」
美琴を見ていたにちかが、なんかやたらと恐る恐る質問した。
「あの……これは一応なんですけど……そういえば、何度か美琴さんのお弁当を摘ませていただいたことがあると思うのですが……」
「うん?」
「それ作ったの……実は青葉だったりします?」
「……」
「……」
「……」
「……」
これ、ヤバいのでは? と、その場にいた三人は即座に理解した。にちかは緊張気味に且つ真っ直ぐと美琴を睨んだ。
こんな目を見たら……これから、ユニットメンバーとしてやって行く仲になるのに、嘘は言えない。
「……ごめん。誰かに、男子高校生にご飯作ってもらってる、なんて言えなくて」
「……」
「……ほんと、ごめんね……?」
項垂れたまま、にちかは何も言わない。代わりに睨みつけた先にいるのは、青葉だった。
「……青葉ァ……!」
「え、お、俺……⁉︎」
「…………ないから……!」
「あ?」
「あんたには、絶対に美琴さんは渡さないから……!」
腹の底から滲み出すような声に、青葉は気圧される。だが……青葉も同じだ。自分が食生活とかを見ないと、絶対に美琴は健康に活動出来ない。
「こっちのセリフだバーカ! お前にだけは、美琴さんは絶対に渡さんわ!」
「べー!」
「ふ、二人とも……」
「行きましょう! 美琴さん!」
「私も送る!」
「にちかー?」
「うぐっ……お、お姉ちゃん離して……!」
「いい加減にしなさーい?」
そのまま二人は別れた。この日から、青葉とにちかの仁義なき戦いは幕を開けたのだった。
×××
「なんか……ごめんね。一宮くん」
「いえ……こちらこそすみません……変な事に、巻き込んでしまって……」
帰り道、青葉と美琴は微妙な空気になってしまっていた。
「ううん……余計な嘘ついたの、私だから」
「いえ、どうせすぐに言ってましたよ、俺も。『俺が作ったってバレたら困るから嘘ついて下さい』って」
今にして思えば、自分の大切な人に嘘をつかせるなんて最低だ。大きなため息を口から漏らしながら、青葉は顔を片手で覆った。
「……すみません」
「じゃあ……二人の、責任だね」
「……」
美琴に微笑まれたが、青葉は肩を落としたままだった。
すると、その美琴は青葉の手を取った。
「でも、私は……にちかちゃんも一宮くんも、仲良くなって欲しいな。……せっかく、私の別々の友達が知り合い同士だったんだから」
「……まぁ、努力はします」
「うん」
そんな話をしながら、のんびりと夜の街を歩く。月明かりが川沿いを照らし、サァッ……と、夏には嬉しい心地良い風が、二人を包み込む。
「ふふ……それにしても、にちかちゃんと一緒の時の一宮……アオちゃんは全然、口調も話す内容も違うんだね」
「いやあの、呼び直さなくても結構ですので……ていうか、そうですか?」
「そうだよ」
「……なんか、ちょっと恥ずかしいですね。あんまり、知られたくなかったかもしれません、それ……」
「ふふ、でも……ああいうアオちゃんも可愛いと思うよ?」
「いや、やめて下さいよそういうの……」
そう言いつつも、嫌じゃないのが困ってしまった。頬を赤らめて、控えめに俯く。
「じゃあ……青葉、でどう?」
「っ、し、下の名前、ですか……?」
「君だって、最初から私のこと、下の名前で呼んでたでしょ?」
「……ええ、まぁ……」
正直、最初から下の名前で呼んでたから、というのが大きい。好きなアイドルを苗字で呼ぶ奴はいないだろう。
まぁ……今日1日、散々「アオちゃん」と呼ばれたし今更、下の名前で呼ぶのを拒むのもよく分からない気はする。
「……わ、分かりましたよ……」
「うん。じゃあ……よろしくね、青葉」
「…………うへへ」
「笑顔、漏れてるよ?」
「っ、いっけね……!」
嬉しさが漏れてしまっていた。実際、嬉しいのだから仕方ないのだが。
「で、青葉は私のこと、みっちゃんって呼んでくれないの?」
「ぶふぉーっ!」
「今日、なんだかんだでずっと名前呼ぶの避けてたし」
バレバレだった。可能な限り避けて来たのだが、流石は長く芸能界にいるだけはある嗅覚と聴覚をしていた。
……だが、年上の方を「みっちゃん」は正直、恥ずかしい……というより、畏れ多い。
「っ……よ、呼ばなきゃ、ダメですか? その……8個も上の人を、ちゃん付けは……」
「はづきさんのことは呼んでるのに?」
「うぐっ……ま、まぁ……それは……」
「……」
「……」
「…………」
「……わ、分かりましたよ……」
「うん」
腹を括るしかないような沈黙が続き、青葉は渋々、頷いた。
「……み、みっちゃん……」
「うん、青葉」
「……俺は、好きなアイドルとなんて事を……」
「もうそれ今更じゃない?」
「そうですね……」
顔が真っ赤なままの青葉とは対照的に、美琴はニコニコと笑顔を浮かべて満足げに伸びをしていた。
その姿が月明かりに照らされ、青葉は少し頬を赤らめる。……やはり、えっちだ。今まで楽しんでいて忘れていたが、何故か青葉には浴衣姿の美琴がえっちに見えてしまう。布面積は夏にしては広いはずなのに。
っ、と……だからだめだ。そういう目で見たら。それこそ、にちかに反撃の隙を与えるようなものなのだから。それに、一応は悪いと思っている手前、美琴に対してやましい気持ちは抱いてはいけないし、やましいことがあってもいけない。
「よし、じゃあまずは、にちかちゃんと仲直りだね」
「は、はい……」
そのまま二人でのんびり歩いて、ようやくマンションに到着した。二人で自動ドアを開ける。
青葉の予想通り、普段から鍛える気満々の美琴は自然に階段に足が向いていた。
「あの、美琴さん。階段で行きます?」
「うん。今日は、トレーニング出来なかったし、歩ける所では歩いておきたいからね」
「……そ、そうですか……」
「青葉はエレベーターでも良いよ?」
「い、いえ……俺も階段で行きます」
せっかくなので、少しでも長く一緒にいたい。それに……浴衣で階段を上がるのは中々、ハードだ。
慌てて後を追い、青葉は美琴の横についた。
「あの……腕に掴まってください」
「ありがとう。……ふふ、本当に優しいね」
「いえ……」
片腕に手を添えて来る。胸の先端が、ふにっと肘に当たり、思わず青葉は背筋が伸びた。
こ、この柔らかさ……い、いや。確証はない。童貞だし、こういう経験があったわけでもないので、絶対はない。
……しかし、しかし、だ。ブラにワイヤーが入っていることくらい知っているが、それにしてはこの感じ……柔らか過ぎないだろうか?
思わず、チラリと反射的に胸元に目を向けてしまった時だ。浴衣と浴衣の隙間から、胸元が見えた。乳首が見えたわけではない。しかし「そこに布地が無かったら、もうニプレスかスリングショットしかありえない」という位置にも布地はなかった。
「え」
「どこ見てるの?」
「っ‼︎‼︎」
しまった、と慌てて正面に顔を向ける。大量に冷たい汗が流れた。真横から、ジトーっとした視線が向けられている気がするし、実際向けられていた。
ヤバいヤバい、と慌てて弁解する。
「い、いやっ……み、見てません! 見てませんが……ち、ちょっと気になって……!」
「見てるじゃん、それ」
全くである。もう弁解は諦め、素直に謝罪をすることにした。
「っ……ごっ……ごめん、なさい……肘に当たって……気になって……」
「……あ、ごめん。私の不注意か」
少し離れた美琴は胸に当たらない範囲で肘に掴まり直す。さっきのようなジトーっとした視線は無くなった。
「ごめんね。男の子だもんね」
「い、いえ……こちらこそ……スミマセン……」
「ううん、平気。それより、浴衣ってやっぱり慣れないね」
「え、ええ……歩きづらいですよね」
話題を逸らしてくれたので、ありがたく乗っておいた。このまま別の話になってくれれば……なんて考えている横で、美琴はキョトンとした顔で答えた。
「いや、そうじゃなくて」
「え?」
「浴衣の下って、下着をつけちゃいけないんでしょ? 夏には快適だけど……やっぱり、スースーするなって」
「…………えっ」
今なんて? と、青葉は思わず聞きそうになったのをグッと堪えた。言えば、さっきの話を元に戻す気配がしたからだ。
しかし、特に何も考えていない美琴は、そのまま何食わぬ顔で続けた。
「あれ、知らないの? 浴衣の下って何も身につけないんだって」
「え……そ、そうなんですか? ……いや、そんな事より……え、てことは……」
「あれ、胸に肘、当たったんでしょ? 分からなかった?」
「い……いや、待って下さい。それ以上は言っちゃ駄」
「今、下着つけてないよ私」
「なんで言うの⁉︎」
人の話聞けよ、と思ったが口には出来ない。何故なら、脳内に映し出されたのは、今日一日の思い出。
今日、一緒に帰宅してお互いの呼び名を改めた時も、射的をした時も、金魚掬いをした時も、公園で一緒に買ったご飯を食べた時も、にちかと出会い頭に喧嘩して困らせてしまった時も……先ほど、肘が胸に当たってしまった時も、全てノーブラノーパン。
そして何より……今日、ベランダで呼び出され、そして部屋に招かれて着付けをした時も、あの薄い布の下でさえノーパンノーブラ……。
考えれば考えるほど、脳内は真っ赤に染まっていった。
「え、にちかちゃんとかもそうだったんじゃ……あれ、青葉? 鼻血が……青葉⁉︎」
オーバーヒートし、その場で真っ赤になって鼻血を噴射しながら気絶してしまった。
言えない。にちかには絶対に言えない。やましい事をしないし考えないと思った時には、やましい事をしていた。
墓にまで持っていく秘密がフルオートで増える中、とりあえずこの成人女性は自分が守らないといけないと強く思った。