にちかに美琴様だけは絶対に渡さん。   作:バナハロ

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蝸角之争
幼馴染は兄弟より似る。


 この真夏の半休日でも、基本的に美琴の生活ペースは変わらない。暑さにかまけて自主練やトレーニングを疎かにするほど甘えてはいないのだ。

 今日も、美琴はランニングを終えて帰宅し、すぐにプロテインを飲む。ゴリマッチョになったら困るが、若さが衰えてくる年齢でもあるので筋力のキープは今まで以上に敏感になる必要がある。

 

「んっ、ごくっ……プハッ」

 

 元々、味なんて気にしない性格だが、やはりプロテインは美味くない。ここ最近……というより一ヶ月半ほど前から作りに来てくれている男子高校生の手料理に比べれば、何もかもが中途半端な味だ。

 それでも飲むのは、多くの人を歌と踊りで魅了するためである。

 そのためには、清潔さも少なからず必要なので、すぐにシャワーを浴びることにした。

 洗面所に入ると、ジャージとその下に着ていたTシャツを脱いで、下着も外す。運動する分には邪魔だが、魅了する分には十分すぎる胸が露わになった。

 つい最近、これの形を保つためのものが不要な伝統的衣装に身を包んでお祭りに行ったら、男子高校生に怒られたのを思い出し、ちょっとだけ笑みを浮かべる。

 ノーブラとわかったときに自分の胸元に目を下ろしていたが、彼も男の子だということだろう。あと多分大きい方が好みだ。

 もう10年、この世界にいるからか、それくらい分かる。なんなら、もっといやらしい視線を向けてくる男は多くいたから、あれくらいは可愛いものだ。

 ……いや、まだ分からない。彼はまだ高校生。これから先、もっとえっちになる可能性はある。

 

「それは……困るな」

 

 呟きながら、バスルームに入った。

 今よりもう少しすけべになるくらいならまだしも、あんまりいやらしい視線を向けてくるような子になられても困る。はづきがいるから大丈夫とは思うが、まぁ普段、食生活を整えてもらっているし、自分も彼の事は気にかけておこう。

 そんな風に思いながら、頭につづいて体を洗う。

 

「……ふぅ」

 

 青葉と言えば、にちかも同じだ。あの子でさえ自分に対し、たまに頬を赤らめながらチラチラと見てくる。もしかして、今時の女子高生も巨乳好きなのだろうか? 

 まぁ、割と一緒にシャワー浴びた事もあったので、気にする事もないのかもしれないが。

 何にしても、とりあえずユニットメンバーとして仲良くしておきたい。あの子も人のモノマネは上手なので、今後もダンスとかどんどん上手くなるかもしれない。

 さて、シャワーを浴び終えた。そろそろ彼がお昼ご飯を作りに来てくれる時間帯だ。今日は試験結果の返却らしい。散々だった学生時代を思い出しながら、身体の水気を拭き取って、新しい下着を付ける。

 

「……あ」

 

 私服を持ってバスルームに入るの忘れてた。彼がたまに来るのだから、ここ最近は気をつけていたのに……でもまぁ、ちゃんと家に入る時もインターホンを押してくれるし、下着のまま廊下に出ても平気だろう。

 廊下に出て、寝室に入った。とりあえず、とにかく暑いので薄着でいることにした。

 タンクトップと、太ももの半分くらいまでの長さしかない短パン。クーラーはなるべくならつけたくないので、窓を全開にして薄着でいることにした。

 

「ふぅ〜……」

 

 青葉が来るまで少し休んでようかな、と思い、ソファーに座った。そこで目に入ったのは、お祭りの時の戦利品だった。そういえば、ずっと机の上に置きっぱなしにしていた。デビ太郎の置物と……金魚を。

 

「……そういえば、金魚って餌あげないとだよね……」

 

 後先考えずに遊んでいたから、飼育する環境がない。どうしようかなーなんて考えていると、良いタイミングでインターホンが鳴った。

 

「あ、きた」

 

 パタパタと出迎えに行く。学生服姿の青葉が立っていた。

 

「おかえり」

「すみません、お待たせしま……な、なんて格好してるんですか⁉︎」

「えっ、部屋着?」

 

 なんか急に怒りながら目を背けた。この子、たまによく分からないのだ。

 

「う、上着きてくださいよ! なんで俺が来るのわかっててそんな薄着でいるんですか⁉︎」

「え、ダメ? このくらいなら良いかなって……」

「せめて上からシャツ一枚くらい羽織って下さいよ!」

「うーん……まぁ良いけど」

 

 さっきまで「すけべにならないように」とか考えていてこの行動だった。二人の基準は大きくずれてしまっている。

 仕方なく、部屋に一度戻って、シャツを一枚羽織ってから出た。

 

「はい。これで良い?」

「……また太ももが気になるなぁ……まぁ、さっきよりは良いですけど」

「えっち」

「お、男はみんなそうなんです! むしろ隠れてコソコソ見る奴よりマシでしょう!」

「まぁ、そうだね」

 

 それはその通り。見ないようにしながら、青葉は部屋に入ってくる。

 

「ご飯、何が良いですか?」

「うーん……冷たいもの」

「最近、そればっかりですね……マグロの漬け丼でどうですか?」

「良いね。それで」

「はいはい」

「あ、その前に」

「?」

 

 金魚のことを相談しないといけない。

 

「この子、元気ないんだけど、どうしよう?」

「え……お祭りの日からずっとこのまま?」

「うん。忘れてた」

「俺が預かります! そういうのは言ってください! 生き物ですよ⁉︎」

「ご、ごめんなさい?」

 

 また怒られてしまった。……というか、そっか。生き物か、なんて当たり前な事を実感してしまった。

 

「えっと……どうしよう」

「俺の部屋に水槽出してるんで、とりあえずその中に入れます」

「なんか……ごめんね」

「俺じゃなくてこの子に謝って下さい!」

 

 せっかく部屋に入った所なのに、すぐに出て行ってしまった。何も出来ないのは分かっているとはいえ、ちょっと任せっぱなしは申し訳なかったので、美琴も後を追って青葉の部屋に入る。

 この前は気づかなかったが、本当に水槽が日に当たらない部屋の隅に置いてあって、その中で金魚が漂っていた。

 その中に、金魚が入った小さな袋の水ごと、新たな金魚が投入された。

 後に続いて、青葉は餌を蒔いた。死にかけていた金魚だが、餌が目の前にふよふよと落ちてきて、なんとか口にする。

 そのまま、元々いた方と一緒に餌を回収するように食べ始めた。その様子を見て、少しほっと胸を撫で下ろした。

 

「生き返った……」

「じゃなくて、美琴さん」

「みっちゃん……」

「大人が話をするときはまず聞きなさい」

 

 え、大人と子供の立場が逆転する事ある? と思ってしまったが、実際してるし、珍しく割とマジで怒っている様子に反論出来なかった。

 

「いや、正直俺も美琴さんが金魚持ってるの忘れてたし、美琴さんが水槽とか持ってるわけないって考え付かなかった俺にも落ち度はあると思いますが」

「は、はい……」

「ちゃんと持て余すものがあるときは言ってください。金魚一匹程度なら、うちでも引き取れますので。俺は美琴さんと違って後先考えて行動してるので、私生活で困ったことがあれば、まず俺に相談をして下さい」

 

 なんかもう言ってることが普通に保護者のようにさえ感じてきた。一人暮らし生活はむしろ自分の方が長いはずなのだが……いや、長いだけだ。正しく一人暮らしをしているのは、むしろ短いはずの青葉の方だろう。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 反論の余地もなく、私生活において大人が学生に謝るというシュールな絵ができてしまった。

 その姿を見て、逆に申し訳なくなってしまった青葉は、少しだけ恥ずかしくもなってきて、目を逸らして頬を赤らめながら呟いた。

 

「……まぁ、分かってくれれば結構ですが……なんか、こちらこそ偉そうにすみません……」

「ううん。……それより、一つだけ良いかな?」

「はい?」

「せっかくの思い出だから……その、水槽は一緒だけど、私も一緒に飼わせて欲しいな。餌代も半分出すし、水槽の掃除も必要な時は手伝うから」

 

 言うと、青葉は少し驚いたように目を丸める。そして、ちょっとだけ照れたように頬を赤らめた。

 

「い、良いですよ……」

「ありがとう」

「せっかくなので、少し金魚のこと見ていってください。その間に飯、作りますから。たまには、うちで食べていってください」

「うん」

 

 言われるがまま、水槽に一番近い席に座った。青葉が料理をしている間、金魚だけでなく部屋の中を見回した。

 間取りは同じ……はずなのに、やはり別の部屋に見える。特に、テレビの棚。ゲーム機と、それに登場するキャラクターなのか、フィギュアが数体並んでいた。黒いモジャモジャ頭の、変なマスクをつけた赤い手袋に黒いコートを着た男、その隣のは知っている。スパイダーマン。もうさらに隣には、ガンダムっぽいロボットがいる。……あれは、プラモデルだろうか? その隣にはリザードンとヒトカゲが腕を組んで背中を向けてあって仁王立ちしている。

 ……意外にも、美少女フィギュアのようなものはなかった。

 ベランダの脇には観葉植物が置いてあって、壁にはカレンダーが下げられていて、本棚は漫画本が詰まっているが、所々にワンピースやドラゴンボールのキャラクターのフィギュアが設置されている。

 

「……」

 

 こうして見ると、彩りが自分の部屋とは全く別物に見えてしまって仕方なかった。

 こういう部屋で暮らすのも案外楽しそうかも……なんて一瞬だけ思ってしまったが、そもそも自分はあんまり部屋にいない。今日だって夕方からレッスンだ。

 だからやっぱり無縁かな……と、思いかけた時だ。でも、あのお祭りでとったデビ太郎はどこかに飾っておきたい。思い出だから。

 ……どこが良いだろうか? なるべく目につくところが良いのだが、自分の部屋はシンプル過ぎて置き場所が分からない。

 

「……ねぇ、青葉」

「なんですか?」

「この前、お祭りでとったデビ太郎あるでしょ?」

「はい」

「あれ、どこに飾ったら良いかな?」

「え……それは……い、インテリア的な意味で?」

「インテリアというか……なるべく目に付くところで、あっても不自然じゃなくて、何かあっても汚れない場所が良いんだけど」

「……」

 

 少し、青葉が黙った。何かあったのかと顔を向けると、なんかやたらと嬉しそうな表情をしている。

 

「? 青葉?」

「っ……い、いえ、なんでも……そうですね。寝室はいかがですか? 机の上とか」

「私の部屋に机ないよ。使わないし」

「じゃあ、ベッドの脇とか」

「私、布団だし、枕元に置いたら寝ぼけて踏んじゃいそう」

「タンスの上とかは?」

「開け閉めの振動で落ちちゃいそうで……デビ太郎、あんま安定感ないから」

 

 申し訳なく思いながらもことごとく断ってしまったが、青葉は真剣に顎に手を当てて考えてくれている。

 

「……家具が少ないと、中々難しいですね。そういうの考えるの。テレビも床に置いてましたよね」

 

 テレビ台とかあれば、その上に置けるのかもしれない。ちょうど、テレビを見る時に目に入るし、毎日視界に入る場所だ。

 

「じゃあ……今度、買いに行こうかな」

「え?」

「テレビを置く台」

「……」

 

 なんか、ホントに感激されてしまっていた。目をキラキラと輝かせて、自分をものすごく涙目で見ている。

 

「青葉?」

「い、いえ、なんでも……分かりました。俺夏休みだから基本、空いてるので、美琴さんが行ける時に」

「うん。……美琴さん?」

「……みっちゃんが行ける時」

「うん。楽しみにしてるね」

 

 約束して、そのままとりあえずご飯まで待機した。

 ……そういえば、自分のファンを名乗る割に美琴のグッズがないのは何故なのだろうか? と思ったが、とりあえず気にしないようにして。

 

 ×××

 

 その次の終業式の日。今日が終われば夏休みというが、午後は半休なので実質、今日から夏休みである。

 なので早速、その日にCD屋のバイトを入れていた青葉とにちかは、相変わらず喧嘩が勃発していた。

 

「はーあ⁉︎ だからなんであんたはそうセンスがカケラもないわけ⁉︎ そこは、もっと不均一さを出して見栄えを逆に良くするパターンでしょ! 眼帯がなんで厨二に受けてるか分かってんの⁉︎」

「お前こそデュオユニットだからこその均等さを多少なりとも保とうとは思わねえのか! これじゃあ8:2だぞコラ! 蕎麦かよ!」

「蕎麦良いじゃん! 美味しいし、春夏秋冬あらゆる季節で食べられるし! あんたの、6:4とかコントローラどこ握るか悩むだけだし!」

「バッカ野郎、あれがなきゃスマブラも出てねーだろうがよ⁉︎ ……いや、スマブラだけじゃねえ。3Dマリオとゼルダ、どう森、他にも色々、全ての原点だぞ!」

 

 と、徐々に話が逸れるのもいつも通りだ。

 青葉は昼から入っていたが、にちかはレッスンがあったので夕方から参戦し、閉店時間になって会議が始まった。

 ちなみに、SHHisのCDの販売開始は一ヶ月後である。まだ電話でそういう話が来ているだけで、店長が誰かと詳細を話したわけでもない。

 

「お前ら何の話してんの?」

 

 話に割って入ったのは店長。大きな声でなんか騒いでいるから肩を挟んできたのだろう。

 

「決まってるでしょう。SHHisの新CD売り場の会議です」

「またやってんのかよ」

「「やりますよ! 美琴さんの心機一転デビューですよ⁉︎」」

「お、おう? そっちの緑の子はその片割れじゃなかったか?」

 

 それはその通りだが、青葉にとっては「ちょっとあれだけ喧嘩してた相手を目の前で応援するのは恥ずかしい」であり、にちか的には「ちょっと自分を店員として推すのは恥ずかしい」である。

 

「「とにかく、美琴さんです!」」

「うん。まぁ分かった。とにかく、程々にな?」

「そうだ、店長はどっちが良いと思いますか⁉︎」

「え、また俺に聞くの?」

「こういうのは第三者じゃないと選べないので」

「いや待って待ってもうホント勘弁して」

「美琴さんとにちかの身長差をそのまま反映させ、ほぼ均一に見えて実は6:4にするか!」

「おい、一宮! 勝手にプレゼン始めんな⁉︎」

「実際のアイドルとしての経験差と性能差を活かして8:2にするか!」

「性能差とか自分で言うな! 俺はお前ならもっと上を目指せると思ってる!」

「「どっち⁉︎」」

「どっちも人の話を聞け!」

 

 最初は良かったのだ、店長にとっては。アルバイトとはいつでも決まって人が入るわけではない。一番少ない時期でバイトが三人しかいない時は地獄だったりもする。

 なので、高一から二人も新しい若い子が来るのは嬉しかったし、二人ともやる気があったし今でもあるので、店にとってはこれ以上にないほど、助かっている。

 しかし、ちょっとあり過ぎるのが問題だ。夜、日付が変わるまで平気で残るし、人を巻き込んで新卒から1年くらい経った社会人に見習って欲しい程の白熱した会議が繰り広げられている。

 特に、青葉は手先が器用で小道具とか作る事も出来るし、にちかも負けじと頑張って爆発的な伸びを見せてきた。

 ガロウと金属バットかこいつら、と思わないでもないが、とにかくその熱意は困るが……でも、若い子がやりたい事をしているのなら、止める事もないのかもしれない。

 

「はぁ……もう、分かったから。俺なら、一宮くんと同じかな」

「ほら見ろ見たかオラザマーミロハッハッハー(裏声)」

「どんだけ見れば良いのそれ⁉︎ なんでですか店長!」

「だって……七草さんだって、同じデビューだろ? 実力差もキャリアも関係ない。一緒に表に立つんだから、一緒に隣に立っとけよ」

「……て、店長……」

「そーそー。大体、美琴さんだけ贔屓するようなことしたら、怒るのはお前以上にお前の周りの奴に決まってんだろ」

「うぐっ……」

 

 なんだ、と店長は意外そうに目を丸くした。案外、青葉もそういうこと考えてたのか、と。

 流石、幼馴染。仲悪く見えるけど、ちゃんと相手のことも考えてあげてる……と、ホッとし始めたのだが。幼馴染ならではの越えちゃいけない一戦もあるわけで。

 

「ていうかお前、アイドルになったくせに自分の店で自分が大きく取り上げられるのが恥ずかしいだけだろ」

「‼︎‼︎ ッ……〜〜〜ッ、あ、あ〜〜お〜〜ばぁぁああああ‼︎」

「図星かよ! ていうか待て、トンカチは置け! それは流石にヤバいから!」

「……じゃあ、ちゃんと戸締まりしてから帰れよ」

 

 逃げるように店長はお店を出た。

 ……さて、残された青葉とにちかは追いかけっこを始める。

 

「にちか、悪かったから! 俺が悪かったから、ハンマーを置け!」

「それ禁句、私ハンマー大好きなんだから……」

「それは殴られる側のセリフだろうが!」

「じゃあ言って」

「言うかあ!」

 

 なんて話しながら騒いでいる時だった。青葉のスマホが鳴り響く。画面を見ると、緋田美琴の文字があった。

 

「待った! 美琴さんから電話!」

「尚更、出させるかああああ‼︎」

「良いのか? ここで俺を殺したら、美琴さんはここに来る。そしてここに来れば店長の証言もあって犯人はお前だと示されるだけだぞ!」

「! ……け、刑事ドラマの被害者もそうやって命乞いすれば良いのに、と思われるレベルの物言い……!」

 

 そう呟きながらも、にちかは足を止めてトンカチを置いた。さらにありがたく思いながら、青葉は応答するために足を止めてスマホを手にする。

 その直後だった。

 

「もしもし……」

「なんてなああああああ‼︎」

「ぐぉああああああああ⁉︎」

 

 綺麗な飛び膝蹴りが青葉の腰に入り、前方に転がり、壁に突っ込まされた。

 

「これでチャラにしてあげる」

「……すごく痛いんですけど……」

「あ、もしもし美琴さんですか?」

「勝手に出るな!」

 

 手から落ちたスマホを拾ったにちかは、無視して会話し始めた。

 

『あれ……にちかちゃん?』

「はい。にちかです!」

『こんな時間に青葉と一緒?』

「今日はバイトも入ってまして……はい。CDショップで。それより、バカに何か御用ですか?」

『うん。晩御飯、まだかなって思って部屋のインターホン押したんだけど、反応なかったから。……青葉は?』

「あの……その前に、一点だけ良いですか?」

『何?』

「……いつから、青葉を呼び捨てするようになったんですか?」

「おい、そこはいいだろ」

 

 青葉が身体を起こして言うが、んなわけがない。

 

「いいわけないでしょ、羨ましい! 私だって美琴さんと親密になりたいー!」

「なってんだろ、プライベートでお祭りにまで行くユニットメンバー! 俺だって美琴さんと一緒に歌とダンス踊りたいー!」

「あんた下手じゃん、両方。やめといたら?」

「……そうだな」

『私は気にしないよ?』

「して下さい! セミと鈴虫くらい聞きなじみに差があります!」

 

 美琴の言葉ににちかは反論した。実際、青葉の歌は酷い。中学の時、合唱コンクール三年連続でサボったくらいだ。ダンスも一度だけ、アイドルのモノマネとかしてみたが、なんかもう動物の求愛ダンスの方がまだ華麗に見えるほどだ。

 

「とにかく、私のことも呼び捨てでお願いします! ……あ、なんならにっちーとかでも……」

『うーん……でも、にちかちゃんは「にちかちゃん」って呼んだ方が、私の中で可愛いイメージがあるかな?』

「……!」

 

 何それ嬉しい。要するに、自分に合った呼び方……それも美琴の感性でしてくれているというわけで。

 

「し、仕方ないですねー。とっても嬉しいので、にちかちゃんでお願いします」

『うん。……それで、そろそろ青葉に代わってもらえるかな?』

「はーい」

 

 機嫌が良くなったにちかは、青葉にスマホを手渡した。

 

「青葉、美琴さんから」

「分かってるわ」

「電話越しに告白とかしたら殺すから」

「しねえよ! どんな身の程知らずだ俺は!」

 

 話しながら、電話に出た。

 

「もしもし、みっちゃん?」

『うん。今夜……』

「待って」

「なんだよ」

 

 ガッと肩を掴んだ。

 

「何その呼び方……お祭りの時だけじゃなかったの……⁉︎」

「めんどくせーな! なんか流れでこうなったんだよ!」

「ずーるーいー! 私もその呼び方……恐れ多いかな」

「なら絡んで来るなや!」

「でもあんた結局、身の程知らずじゃん」

「それは……そうだね!」

 

 なんて話して、青葉は美琴との会話に戻った。

 

「もしもし……あ、晩御飯ですか? はい……あ、すみません。すぐ戻ります。はい……バイトで、はい。あ、何かリクエストとかあります? ……分かりました。了解です。はーい……」

 

 すぐに電話を切った青葉は、ポケットにスマホをしまう。

 

「にちか、今日は帰ろうぜ。美琴さんの晩御飯作んないとだし」

「ていうか、今更だけどなんであんたが代わりに晩御飯作ってんの?」

「普段の食事をカ○リーメイトがゼリー飲料で済まされるからだよ」

「……」

 

 あり得そうではある。それなら、まぁ……むしろ食事を作ってあげるのはむしろ良い判断な気もしてきた。……お弁当の一件は許していないが。

 さて、それとさっき電話した時にもう一つ確認しておくことがあった。

 

「もう一ついい?」

「帰り、歩きながらでも良いか?」

「すぐ済むから」

 

 そう言うと、自分のスマホを取り出して青葉に見せつけた。

 

「この美琴さんのトプ画はどういう事?」

「……」

 

 帰り道は、ほとんど尋問に近かった。

 

 ×××

 

 さて、マンションに帰ってきた。……にちかも一緒に。

 

「みっちゃん、すみません。遅くなりました!」

「大丈夫だよ。遅くまでお疲れ様」

「美琴さん、お邪魔します」

「にちかちゃんも食べて行くの?」

「はい! 羨ま……狡……ムカつ……妬まし……羨ましいので!」

「結局、原点に戻ってんぞ」

 

 なんて話しながら、青葉はすぐに部屋に上がって手洗いうがいを済ませて台所に引っ込む。

 その様子を眺めながら、にちかは美琴と食卓についた。

 

「そういえば……私、美琴さんのお部屋って初めてかも……」

「あんまり面白い部屋でもないよ。家具とか少ないし」

 

 言われた通り、シンプル極まりない部屋だ。目に入る限りだと、ソファーとテレビとトースターと椅子と机だけ。雑誌は部屋の角に山積みにされていた。

 そんな中、ふと視界に入ったのはトースターの横。お祭りの射的屋で取ったデビ太郎が飾ってあった。

 

「あ、でもあれは飾ってあるんですね」

「うん。思い出だからね。……でも、金魚は青葉に預かってもらってる」

「うちにしか水槽がありませんでしたからね」

「え……お隣同士でペット飼うって……家族絡みの付き合いでもやったことないんだけど……」

 

 ジロリと青葉を睨むが、青葉は目を逸らして調理に集中する。

 まぁ、ご飯はちゃんとしたもの作ってもらわないと困るし、にちかも食いかからずに話題を続けた。

 

「そうなんですかー。……でも、なんでトースターの前なんですか?」

「飾るとこなくて。これを機会に少しインテリアにもチャレンジしてみようかなって思って。今度、青葉と家具を見に行くんだ」

 

 直後、また青葉はビクッと肩を震わせる。あの野郎、何処までも何処までもセコイ。

 

「……へー。それは楽しそうですね。……ねぇ、抜け駆け青葉?」

「違うよ、にちかちゃん。私から誘ったの」

「……むぅ」

 

 何それ楽しそう、と思わないでもない。というか思う。超行きたい。行こう。青葉にだけ良い思いさせられない。

 というか、仮にそうだとしても誘ってくれない時点で抜け駆けなのだ。

 

「私も行きたいです!」

「ダメ!」

「青葉には聞いてない! ……良いですか? 美琴さん」

「うん。もちろん」

「やったね!」

 

 ニヤリとほくそ笑むような笑顔を、青葉に向けた。料理中の青葉は、小さく舌打ちをする。

 

「ちっ……せっかく二人きりだったのに……」

「ふふ、青葉……前までは二人で出かけるなんてダメとか言ってたのにね?」

「うっ……そ、それは……まぁ」

 

 その気持ちはにちかにもわかる。そして、それが徐々に緩む気持ちも。少なくとも、一ヶ月は青葉は憧れのアイドルの日常に溶け込んでいるわけだから。

 ……だからこそ、写真を思い出させて蹴る作戦は割とうまく行くはず……! そう思い、意地悪を笑みを浮かべてやった。

 

「えー? じゃあもう、ユニットメンバーの私だけが付き添って、ただのファンの男子高校生は部屋でおとなしくしてた方が良くないー?」

「ほざくな評定平均2.9」

 

 まさかのカウンターパンチに、美琴が反応してしまった。

 

「え……にちかちゃん、3いかなかったの?」

「なんで美琴さんの前で言うの!」

「俺は4.3だったから」

「ホントにムカつく!」

「え……青葉、頭良いの?」

 

 聞かれた青葉は、頷いて答えた。

 

「いえいえー? 俺はただ当たり前のことを当たり前にやってただけですよ? むしろ、それが出来ない奴が4.0も超えられないわけでしてね? そこのナメックにちかのように」

「色だけで人に蔑称を付けるな!」

 

 本当に腹立つ男だ。人をからかう時ばかり饒舌になりやがって……いや、割と普段から饒舌ではあるが、それが煽りのパラメーターに傾くのだ。

 そんな時だった。少し悲しそうな笑みを浮かべた美琴が、寂しそうに呟いた。

 

「そっか……私も、最高成績で3.9だったけど……当たり前のことが出来てなかったのかな……」

 

 笑いが漏れた。頭の中で。口に出したら美琴を笑った、みたいになってしまうので必死に堪えた。もちろん、笑いの対象はキッチンに立っているアホである。

 案の定、しまった────! みたいな顔をしていた。

 

「い、いえいえいえ! 美琴さんの場合はアイドルやってましたし仕方ないですよ!」

「ちょっと成績良いからってああいう言い方して、最低ですよねあいつ」

「……」

「否定して下さいよー!」

 

 悲痛な声音をあげる青葉を眺めながら、ザマーミロと言わんばかりにほくそ笑むにちか。これは美琴からの好感度も下がったに違いない……と、思って美琴を見たのだが、いつもの不敵で素敵な笑顔を浮かべたままニコニコしている。

 この人……ほんとに青葉のこと気に入ってるんだな……いや、毎日お世話してもらっていて気に入らないわけがない、という見方も出来るが。

 すると、その美琴がにちかに声を掛けた。

 

「ねぇ、にちかちゃん」

「っ、な、なんですか?」

「青葉って……にちかちゃんには割とズバズバ言いたいこと言うよね」

「まぁ、付き合いは長いですからね」

「……私、ああいう友達いたことないからわからないんだけど……どんな感じなの?」

「むかつきますよー。……いや、最近はもう腹も立ちませんけど。デリカシー無いし、一々、突っかかってくるし、手を上げる事もありますし」

 

 でも、これだけ長く付き合いが続いているのは、やはりそれだけが理由じゃない事もちゃんと分かっていた。クラス替えしても、中学に上がった時も、結局疎遠になる事もなかったから。

 

「まぁでも……ストレス発散に近いものはありますね。もうお互い……それこそ本当にデリカシーがない……例えば『ヤらせろ』だとか『ブス』だとか言わない限り、何言われても特に何も感じませんから」

「ふーん……ちょっと、羨ましいな」

「え、何がですか?」

「私も……あんな風に男の子に言いたいこと言われてみたい」

「そんなことになったら、私は青葉を殺してしまいますよ……?」

「……うん、やめとく」

 

 やめとく、とは言っているが、美琴の視線は明らかに「どうやって言わせよう」と考えていた。

 とりあえず……美琴は三人で集まるときは、刃物を持ち歩かないよう注意することにした。

 

 

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