にちかに美琴様だけは絶対に渡さん。   作:バナハロ

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最後に役に立つのは己の肉体。

 夏コミに非常に興味がある青葉だったが、行ったことはない。何故なら、熱中症で倒れる自信があるからだ。

 身体が弱いわけではない。インフルエンザの経験はないし、食べるもの食べてるから病気には強い。

 けど、本当に体力がない。環境の変化には弱かった。そんな青葉に新たな日課が増えようとしていた。

 

「……」

 

 現在、朝5時48分。正直、嫌な事がある日に限って目覚ましが鳴るより早く目が覚めてしまうのだ。

 だが、布団から出ようとしない。普段は起きたら朝の支度をほぼ自動的に始めるのだが、今日は動けなかった。

 ……何故なら、早朝ランニングに行くからだ。別に長時間行くわけでもない。

 今日は美琴は朝から事務所に行くので、早朝6時5分に部屋の前で集合。開始した後は、にちかの家の前に行って呼び出し、しばらく走った後はにちかの家の前に戻って来て、そこから二人のマンションに戻る。これを、6時40分までに終わらせ、帰って来て朝ご飯。その間に美琴は身支度をして、7時40分に家を出るそうだ。

 

「やだぁ……」

 

 ……そんな声が漏れる。正直、憂鬱だ。面倒臭いわけではないのだが、やはり苦手な事を好きな人に見られるのは気恥ずかしい。

 だが……そんな風に思えば思う程、時は早く進むものなのだ。ピンポーン……と、赤紙が家に届く。

 

「……」

 

 応答しないといけない。でも……勇気が出ない。これから、自分はボロカスになるまで走らされると思うと恐怖しかない。

 もう一度、インターホンが鳴った。耳を塞いで、布団の中に篭る。すると、布団の中に巻き込まれたスマホが光った。

 

 緋田美琴『起きて』

 緋田美琴『行くよ』

 

「……」

 

 そもそもまだ6時なので5分前なのだが、そんなのお構いなしと言わんばかりの様子だ。

 ……いや、でも自分のために時間作ってくれてるし……このままってわけにもいかない。

 仕方なく、返事をしてからもそもそと動き出した。朝飯を食う時間はないので、歯磨きと着替えを済ませた。

 口の中の感覚の気持ち悪さがまだ残っていたので、キシリトールのガムを噛んで部屋を出る。

 

「お待たせしました……」

「ううん、時間ぴったり……素敵な私服だね?」

「あ、ありがとうございます……?」

 

 急に褒められ、少し頬が赤くなる。美琴と出かける時は変な格好は出来ないので、常に身だしなみには気を配ってはいるのだが、何故今日に限ってお褒めの言葉をいただけたのだろうか? 

 今日は、紺のセミワイドパンツの上に白いTシャツ、そして黒のサマージャケットを着込んで来た。……身長が足りなくて、少し背伸びしてる子供みたいになってる気がして怖かったが、そんな事もなさそうだ。

 それが少し嬉しくてはにかんでいると、冷たい声が飛び込んできた。

 

「ごめんね、ぬか喜びさせて。今のは皮肉だよ」

「え?」

 

 ピシッと凍りつく。え、美琴に皮肉言われた? とショックを受けるが、美琴は構わず続けた。

 

「……これから走りに行くのにオシャレしてどうするの」

「ダメなんですか?」

「ダメになるよ。服が」

「えっ」

 

 それは困る。高いお金出して、欲しかったゲームソフトを我慢して、正直オシャレはよくわからないながらにも自分で調べて購入した服なのに。

 

「汗だくになるし、服も傷むし、汚れるし、何も良い事なんてないよ」

「え、そ、そうなんですか?」

「うん。だから、着替えておいで」

「……は、はい……」

 

 そ、そうなんだ、と青葉は理解する。でも、どんな格好が良いだろうか? いや、普通に考えて美琴と同じジャージだろう。

 そこで、ふと閃く。美琴もジャージで、青葉もジャージ……つまり、ペアルックなのでは? と……。

 そう思うと楽しくなってきた。すぐに青葉は着替えに戻る。もっとも問題は、家にジャージなんてあったっけ? って感じなのだが。

 

「学校指定のジャージなら……」

 

 ……いや、それどちらかと言うとにちかとペアルックになりそうだ。

 他にジャージあったかなーと思いながら探している時だ。目に入ったのは……謎なヒロインXのジャージ。ゲーセンで取れそうだったから取ってみただけで使っていない奴。

 

「……でも、普通に恥ずかしいな……」

 

 しかし、そもそも運動なんてする気がなかったので他にジャージはない。

 

「……しゃあない」

 

 大丈夫、美琴がFGOなんて知ってるわけないし、見た感じは普通のジャージなので何も言われないはずだ。

 なので、着替えを済ませて、下半身はジャージが無いので適当な半ズボンを選んだ。暑いし。

 

「よし、行けます」

「……」

「っ、な、なんですか……?」

「ほんとに足細いね……なんか」

「あんま見ないでくださいよ……恥ずかしい」

「あんまりすね毛も生えてないし……もしかして、成長期とか来てない?」

「あんま見ないでくださいよ!」

「ふふ、ごめんごめん」

 

 成長期が来ていない自覚はあるのだ。背が低いわけでもないが、毎年同じずつしか背が伸びない。

 

「でも、運動しないから伸びないんじゃない? 子供の成長には適度な運動も必要らしいし。……ま、私は小さいままでも気にしないけど」

「良いんです、俺は。もう女の子にモテたい、みたいな願望は消しましたし。むしろ背が低い方が、美琴さんと一緒にいる時に姉弟と思われて都合が良いです」

 

 恋人と思われても嬉しいと言えば嬉しいが、それはファンが抱いて良い感情ではないし、一番迷惑なのは美琴の方だろう。

 

「ふふ……そんなに気にしなくても良いのに」

「しますよ。……こうして一緒に表を走るだけで、どこで誰が狙っているか分からないんですから……!」

「大丈夫、まだマンションの敷地内だから」

「すぐに外出るでしょ……」

 

 話しながら、自動ドアを出て外に出る。美琴がアキレス腱を伸ばし始めた。そっか、準備体操か、と理解して青葉も真似して運動する。

 

「青葉、アキレス腱短い。怪我する」

「あ、は、はい……すみません」

「あと、勢いをつけて規則的にやらない。ぐぐぐっ……と、ゆっくり伸ばす」

「わ、分かりました……!」

 

 言われるがまま、青葉はゆっくりと足首と脹脛を伸ばしていく。

 続いて、屈伸を始めたので、それに合わせて屈伸をした。美琴のペースに合わせればなんとか出来そうだ。

 今度は伸脚。膝に両手を置いて左右に体重をかける。既にレッスンに……そしてアイドルとしての活動に関係する事だからか、美琴の表情は真剣そのものだった。

 続いて、さらに膝を曲げて深く伸脚。

 

「あと、伸脚を深くするときは踵を浮かせないで、伸ばしてる方のつま先は上に向ける」

「わ、分かりました……わっ、と……!」

「フラついても良いけど、ちゃんと足は伸ばすようにね」

「は、はい……!」

 

 踵をつけて爪先を上に向ける……これが中々、難しい。ついお尻が地面に着いてしまうのだ。

 

「……仕方ないな。まったく」

 

 すると、美琴が呟いて立ち上がり、青葉の背中に回った。

 そして、両肩に手を置き、支えてくれる。

 

「はい、伸ばして」

「あ、す、すみません……!」

「怪我すると大変だからね」

「……っ」

 

 やっぱり、ちょっと恥ずかしい。情けないところを見られているから。でも、その反面でやはりちょっと嬉しかったり。あの、憧れのアイドルが自分の肩に手を置いて……。

 たまに忘れそうになるが、こうしてふとした時に思い出す事で初心に戻れる。自分は今、恵まれているのだ。

 そして、この恵みは一方的なものではなく、美琴の生活を支えるギブアンドテイク。ならば、可能な限り彼女の望みは応える。

 

「じゃあ、次は前後に体倒して」

「は、はい……!」

 

 気合が入った。彼女が自分の為に運動に付き合わせてくれるのなら、こちらも応えるべきだ。全力で。

 

「じゃ、回旋」

「はい!」

 

 次は、二人で身体を回し始めた。脚を大きく開き、腰を軸に前に倒した後、右から上半身を振り上げ、真後ろへ……と、思った所で、ふと美琴を見てしまった。……身体を後ろに反らすことで、胸部を真上に突き上げる美琴を。

 

「……」

「青葉?」

「っ、い、いえ……」

「準備運動は集中しようね。怪我したら大変だから」

「は、はい……」

 

 控えめに頷いて、準備運動を続けた。

 

 ×××

 

 さて、走り始めた。まずは最短ルートでにちかの家に向かう。場所はお祭りの時のルートを覚えているので、そこを走る。

 美琴は、いつもより真剣だった。本当に怪我などに気を配っているから。運動不足の子供が急に運動し始めたら、大きな怪我をするかもしれないからだ。

 それに、青葉は前に腱鞘炎になっている。また自分がついていながら病院のお世話になるようなことになるのは嫌だ。

 

「ふぅ……青葉、平気?」

 

 走り始めてから5分ほどが経過し、声をかけながら隣を見ると、青葉の姿はなかった。

 え? と思って後ろを見ると、既に青葉が走るペースは徒歩と変わらないレベルでヨタヨタとふらついていた。

 

「え、嘘でしょ?」

「ひぃっ……ふぅ……」

 

 慌てて引き返し、隣に立つ。割と本気で心配になってしまった。

 

「だ、大丈夫?」

「だ、大丈夫です……! ここまではアップが終わった程度なので」

「うん。今そのアップ代わりのランニング中なんだ。まだ終わってないんだよ」

「と、とにかく、大丈夫です!」

 

 急に根性出してきたな、と思わないでもないが……それでも、彼が頑張ろうとしているのなら、美琴は少しは付き合わないといけない。

 ……たまには、こちらが頼られる立場になって、年上らしくしたい。そう思い、ペースを合わせて走った。

 

「あの、美琴さ……んっ」

「何?」

「先に、行ってくだ、さい……! 俺は後から、ゆっくり行くので……!」

「……」

 

 まぁ、確かにこのままでは自分の早朝ランニングの意味はあまりないが……でも、こちらが付き合わせた手前、そんなわけにはいかない。

 

「青葉、私の事は気にしなくて良いから。頑張ることに集中して」

「は、はひ……!」

 

 予定よりは遅くなってしまいそうだが、無理に速度を上げれば彼は間違いなく死ぬ。とりあえず、にちかに連絡だけはしておいた。

 

 ×××

 

 ランニングを終えて、朝ご飯まで作ってもらった美琴は、そのまま事務所に向かった。その後は、プロデューサーのコネで取って来てもらった雑誌の撮影。にちかと一緒にそれをこなし、夕方からレッスンだ。

 お昼を終えて、車に乗せてもらって移動している途中、美琴がスマホで調べ物をしているのに、運転中のプロデューサーが気がついた。

 

「美琴、何調べてるんだ? 次の振り付けのコツとかか?」

「あ、まぁ似たような感じかな」

「プロデューサーさん、レディのプライベートに踏み込むのはセクハラですよー。ねぇ、美琴さん?」

「え? いや別にどっちでも良いけど」

 

 相変わらず、にちかと美琴はあまりにも共感し合えない関係である。よくもまぁそこまで空振りし合えるものだと、逆に感心してしまうものだ。

 

「じゃあ、何を調べてるんだ?」

「1日で筋肉痛を完治させるマッサージのやり方」

「そんな便利な技があるわけがないだろ……というか、筋肉痛なのか? 意外だな。夏葉あたりに頼んだらどうだ?」

「いや、私じゃなくて」

「? え、じゃあ誰なの?」

「それは……」

「み、美琴さん……!」

 

 答えようとした美琴を、横からにちかが止める。

 

「美琴さん……青葉の事はなるべくなら、言わない方が良いのでは?」

「なんで?」

「いや、割と異端な関係ですよ、美琴さんと青葉は。……そもそも、成人女性と未成年の高校生ですから」

「うーん……確かに。でも、こういうのは隠してた方が大変じゃない?」

 

 何かボソボソ話しているが、何の話だろうか? 

 

「……それはそうですけど」

「隠すくらいなら、言っちゃったほうが良いよ」

「だ、大丈夫でしょうか……」

「ダメなら、その時はその時だよ」

 

 話はまとまったようで、すぐに美琴が結論を出した。

 

「実は、お隣の子なんだ。高校生の」

「え、こ、高校生?」

「うん。……実を言うと、私がここ最近、お弁当持って来れてたのとか、体調がすこぶる良かったのは、全部その子がご飯とか作ってくれたからなんだ」

「そうだったのか……」

 

 良いお隣さんもいたもんだ……というか、ご両親がよく許してくれているものだ。

 

「けど、その子……極度の運動不足で、それで今朝一緒にランニングしたんだけど……ちょっと、疲れ方が異常だったから、マッサージしてあげたいんだ」

「そういう事だったのか……その子にお礼言わないとな……機会があれば」

「あると思いますよー。私と幼馴染で、お姉ちゃんとも知り合いですし、一回くらいは顔を合わせる事もあるかも」

「へぇ……じゃあ、その時には挨拶しないとな」

 

 にちかの言葉を聞きながら、プロデューサーは割とマジで菓子折りを考えていた。そんなまだ未成年の子の肩に、ユニットメンバーの未来がかかっていると知ったから。

 

「その子、名前は?」

「青葉だよ」

「綺麗な名前だな……」

「お姉ちゃんはアオちゃんって呼んでます」

「可愛い子だよ。名前も、中身も」

「いやいや、可愛くはないですよー」

 

 なるほど……と、聞きながら、プロデューサーは情報を整理する。その子は美琴の部屋の隣に住んでいて、名前は一宮青葉。料理……というよりお弁当にまで気が回せるあたり、家事全般得意なのだろう。その上、アイドルに言われる程可愛い子で運動は苦手だけど、おそらくにちかと同い年で若く伸び代もある、と……。

 ……そんな女の子、他の事務所に取られる前に、うちでスカウトしたい、と強く思ってしまった。なんだ、その属性の盛りかたは。家庭的な女の子、というだけで大受けしそうなものだ。もちろん、その子にその気があるのなら、だが。

 まさか、料理が出来て美琴の部屋に入れて、可愛いとまで言われる子が男って事はないだろう。

 

「今度、会わせてくれるか?」

「良いけど……どうして?」

「色々とお礼したいからな。あ、良い筋肉痛に効くマッサージなら知ってるから、後で教えてあげる」

「ありがとう。助かる。にちかちゃんにも、後でマッサージしようか?」

「お願いします! じゃあ、私も美琴さんにさせて下さい!」

「良いよ」

 

 なんて話しながら、事務所に到着した。

 

 ×××

 

 さて、その日の夜。青葉は死んでいた。脚の激痛で。バイトがないのは幸いだった。あったら、レジカウンターから動く事はなかっただろう。

 とにかく、今日は一日、部屋から出る事はなかった。お陰で宿題はほぼ片付いたのはラッキーと言えるだろう。

 とはいえ、部屋の掃除も布団干しも出来なかったので、トータルでは損している。

 それでも後悔はしていない。美琴のためならば、これくらいのダメージなんともないから。

 とりあえず、そろそろ帰ってくる頃だろう。動けるようになっておかなくては。

 そう思って、立ち上がろうとした時だった。良いタイミングでインターホンが鳴り響いた。

 

「はーい……いでで」

 

 鍵を開けて扉を開けると、にちかとセットで美琴が立っていた。

 

「こんばんは。脚は平気?」

「晩御飯!」

「平気ですよ。挨拶くらい小学生でも出来んぞにちか」

 

 そもそも、にちかは何しに来たのか。またご飯食べていくつもりなのかもしれない。

 

「にちか、家で飯とか作ってやらんで良いのか?」

「いや、すぐ帰るよ? けど、その前に宿題借りようと思って」

「お前ほんとスゲェな。せめて夏休み後半に来いよ」

「夏休み後半に焦って宿題やりたくないし」

「前半に複写を頼みに来る方が性格悪いけどな!」

「勿論、報酬はあるよ? ……なんと、美琴さんがマッサージをしに来てくれました!」

「好きなだけ宿題持って行け! ……いやダメだろ、アイドルにマッサージされるファンとか!」

「いや、青葉。今の聞いちゃったら、流石にその本音と建前は無駄」

 

 美琴が苦笑いを浮かべながら口を挟むが、青葉は首を横に振るう。

 

「建前ではありません、マジでダメだと思ってるんです!」

「でも、マッサージはして欲しいんでしょ?」

「それはそうです!」

「じゃあ、話は早いね。ソファーあったよね? そこで横になって」

「うぐっ……し、しかし……今朝のランニングでもかなり遅くなって迷惑かけてしまいましたし……!」

「うーん……じゃあ、マッサージさせてくれないと許さない」

「えっ⁉︎」

 

 なんかもう面倒臭くなったようなことを言われたが、効果は覿面だった。従うしかなく、二人分のスリッパを用意した。

 

「宿題ならさっきほぼ終わったし、マジで好きなだけ持って行って良いよ」

「ありがと!」

「別にいい……っとと」

 

 疲れでヨロめく青葉の肩を、隣から美琴が支える。

 

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です……」

「無理しないで。他に人がいる時くらい」

「は、はい……!」

 

 ……やはり、幸福感が異常だった。もう嬉し過ぎて「やっぱり今くらい甘えちゃおう」と思ってしまい、そのまま部屋の奥に案内した。

 勉強していたのは食卓なので、その上にプリントやらノートが広がっている。それらを青葉が片づけ始め、科目ごとにファイルにしまった。

 

「はい、にちか。これ数学ⅠでこっちがOCⅠで、これ英Ⅰ……これ日本史と世界史。自由研究と読書感想文はまだ終わってないから。以上かな?」

「……え、この科目全部一日で終わらせたの?」

「動けなかったからな」

「すごいな……青葉、本当に勉強できるんだ」

「まぁ……そうですね。うへへ……」

 

 ぶっちゃけ、簡単な問題ばかりだった。休みが長いのだから忘れないようにやるためのもの。基礎問題しか出ていない。そのため、青葉にとっては楽勝が過ぎるので、普通にアニメ見ながら解いてた。

 それなのに褒められると嬉しくて、変な笑いが漏れてしまった。

 その横で、にちかが宿題を鞄に入れながらお礼を言う。

 

「いやー、ありがとねー青葉」

「じゃあ、青葉。ソファーで寝転がって」

「あ……は、はい」

 

 いよいよ、マッサージの時間だ。美琴のマッサージ、普通に楽しみだ。何せ、今朝は準備体操でかなり細かく指摘された。それはつまり、それなりに人の身体について精通しているという事だ。

 少し痛いかもしれないが、痛みより美琴に身体を触ってもらえるのがちょっと嬉しい……なんて考えながら、ソファーの上で横になった。

 

「青葉、背中に乗っかっても良い?」

「え、乗っかるって……?」

「跨った方がやりやすいなって。……重いかな?」

「いえ、美琴さんが重いなんて事は絶対にないので、どうぞ踏んで下さい」

「跨るだけだよ?」

 

 話しながら、美琴は青葉の腰の辺りにお尻を置く。青葉は興奮で変な声が漏れそうになった。実際、普通は漏れてもおかしくない所だろう。腰とはいえ、自分は今、憧れのアイドルのお尻に触れているのだから。

 しかし、そうはならなかったのは……憧れのアイドルのマッサージが、拷問のように痛かったからだ。

 

「ッッッ‼︎」

 

 いってえええええ太もも捥げる────ーッッとなるのを全力で噛み殺す。マジで意味わからんくらい痛い。いやマジでこれ取れちゃう。肉が。ただでさえ傷んでるのに、さらに痛みが激しく増した。

 そこで、ふと理解した。にちかが来た真の目的。色々とらしくない事していると思ったが、全ては自分を痛めつけるためか! 

 ふと、顔を上げると、にちかは「計画通り」と言わんばかりの笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 こいつ……と、思いながら下に目を逸らすと、にちかの脚が目に入る。なんか、所々赤くなってて、若干震えている。こいつも痛みをもらったようだ。

 

「どう、青葉? 気持ち良い?」

 

 それを聞かれて、ハッとする。いや、痛めつける事だけが目的じゃない……にちかとどちらがこの痛みに耐えられるか、それを勝負しているのだ。

 上等だ、と強く思った。にちか、お前にだけは絶対に負けられない、なんて強い意志を秘めて、マッサージに耐える。

 

「めっちゃ気持ち良いわ。マッサージとかあんましてもらった事なかったけど、こんなに良いものなんだなーうん」

「ほんと? 良かった……」

 

 美琴からも嬉しそうな声が漏れる。それを聞けるなら、拷問に遭うくらい構わない。

 

「でも……おかしいな。プロデューサーは『少し痛いくらいじゃないと効いてない』って言ってたんだけど」

「え?」

「もう少し、強めにいくね」

「ゑっ?」

 

 メキッ♡ と、快音が骨伝いに聞こえた。

 

「オッゴ……!」

「どう?」

「ち、ちょうど……少し痛いくらい、です……!」

「分かった。じゃあ、このままいくね」

「は、はひ……!」

 

 そのまましばらく、脚をマッサージされる。激痛に耐える中、美琴が少し声を漏らした。

 

「それにしても……青葉の脚は、本当に細っこいね。あんまり強く揉むとそれだけで折れてしまいそうだな」

「やっちゃって良いですよ。美琴さん」

 

 何でいちいち、余計なことを言うのか。というか、いつまでいるのか。あんまり居座っても不自然だろうに。

 

「お前うるせーよ。つーか帰れよ」

「は? 帰るわけないじゃん。青葉がどれだけ耐えられるか見ものだし」

「耐えるって何? ホワッツ? その言葉が出る意味がわからない。気持ち良過ぎてこのまま安眠しちゃいそうだから。むしろなんでお前耐えるって言葉が出て来た?」

「いやあんた自分客観視出来てんの? その格好、見れば見るほど情けないから。逆エビゾリ決められる寸前みたいじゃん。耐えられるのかなーって。むしろ、さっき少し痛いくらいって言ってたのに、安眠すんの? めちゃくちゃじゃん」

「いや俺こう見えて痛みには強いから悪いけど。だから痛みを気持ち良さに変換出来るから。だからこれむしろご褒美だから」

「何そのマゾっぽいセリフ。気持ち悪っ」

「ねぇ、二人とも」

「「はい」」

 

 崇拝する女性が一回口を挟むだけで二人とも黙るあたり、本当にすごいものだ。

 

「……私にも、同じくらい言って良いんだよ?」

「「それは無理です」」

「どうして……」

 

 ちなみに翌日、青葉の脚は全快していたので、同じように走って同じように足を痛めて、同じようにマッサージしてもらう日々が続いた。

 

 ×××

 

 その日の夜、にちかは家でドラマを見ていた。一人、ダラダラとソファーの上で寝転がりながら。

 夏休みというのは、なかなか良いものだ。前から知っていた事だが。何が良いって、勉強という一つのストレスがない事だ。しかも、今日はその解答を手に入れ、既に半分を片付けた後だから、この日は本当に伸び伸びと清々しく夜を過ごしていた。

 

「にちかー、ダラダラしてるけど、今日はランニング行ったのー?」

 

 そんな中、にちかにそんな声が投げかけられる。しかし、その問いにも楽勝だ。

 

「行ったよー、朝。お姉ちゃんも見てたでしょ?」

「じゃあ勉強はー? 宿題、またアオちゃんの後半になって写さないとダメーみたいなのはやめてよー?」

「大丈夫ー。もう半分終わってるからー」

 

 その直後だ。リラックスし過ぎていて、思わず失言に気づくのが遅れた。ハッとして顔を向けた時には遅かった。はづきは、鬼の形相で腕を組んでいた。

 

「まさか……夏休み序盤から、アオちゃんの写したのー?」

「え……い、いや自力で……」

「じゃあ、今から部屋を物色しても良いのねー?」

「だ、ダメ……!」

「どうしてー? 見られて困るものでもあるのー?」

「へ、部屋散らかってて……!」

「いつものことでしょー?」

「と、とにかくダメだから! 妹を信じられないの⁉︎」

「……」

 

 ため息をついたはづきは、スマホを取り出した。そして、電話を掛ける。

 

「もしもし、アオちゃんー?」

『すみません、はっちゃんからです。……はい?』

「ごめんねー、夜遅くに。美琴さんと一緒だったー?」

『あ、いや気にしないで。今、美琴さんの部屋で洗い物してるだけだから』

「じゃあ、単刀直入に聞くけど……にちかに宿題貸したー?」

『……』

「うん。明日、お説教するからねー」

 

 メチャクチャ怒られた。

 

 

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