にちかに美琴様だけは絶対に渡さん。   作:バナハロ

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永遠に続く関係などなく、変化する。

 夏休み中は基本的に、青葉はバイトを多く入れている。もう少しで林間学校というのもあるが、何より少しでも親から送られてくるお金を使わないためだ。親は不自由しないお金を送ってくれるが、青葉は親になるべくなら頼らないようにしたい。もしかしたら、これはこれで反抗期なのかもしれない。

 さて、そんな青葉は、今日はにちか無しの一人でバイトをしていた。ここ最近は毎日のように朝から走っているので、全身の痛みに耐えながらのお仕事だ。

 

「……はぁ、死ぬー」

「そう言いながら、いつも熱心に仕事してくれるよね」

 

 そう言うのは店長だった。青葉の後ろで、肩に手を置いて言う。

 

「大丈夫か?」

「はい……これも、健康になるためです」

 

 店長には「少しは体力つけようと思って走り込みを始めた」と言ってある。嘘ではないし、美琴の事も伏せられるので良い言い訳だった。

 

「ま、そりゃ良い事だけどな……」

「とりあえず、お腹をナイフで刺されてもナイフの方が折れる肉体を目指します」

「目指すのは自由だから。頑張って」

「はい!」

 

 冗談のつもりだった、とは言えないが。

 

「でも、それなら明日からがちょっと不安だなー」

「俺、林間学校ですからねー」

「よく働いてくれる子がいなくなると、その後が怖いのよ。何の因果か、大体バランス良く働いてくれる子と全然、働かない子が集まるからな、店は」

「お土産、買ってきますよ」

「マジか」

「ハ○サブレとか」

「そんな日本のどこでも買えるものいらねーよ……」

 

 なんて話しながら、とりあえず仕事をしている時だった。

 お店に新たなお客様。現れたのは、スーツの男性と……緋田美琴だった。

 ズキッ、と胸の奥が痛む。あの大人な男の人は……美琴の彼氏とかだろうか? 

 

「ごめんな、美琴。ちょっと待ってて」

「うん。よろしくね」

 

 美琴は、サングラスをして顔は隠している。そこでハッとして、慌てて青葉は目を伏せた。

 マズイ、まさかバイト先に来るなんて……。とにかく、お互いに知り合いであることは隠さないといけないし、なんなら自分は店の奥に引っ込んでた方が良いかも……。

 そう思い、青葉は奥に引っ込もうとした……が、隣にいた店長が声をかけて来た。

 

「一宮、レジ頼むわ」

「あ、はい」

 

 え、なんで? と思ったのも束の間、店長はレジ裏から出て、スーツの男の方に向かった。

 

「お久しぶりです、283さん」

「お久しぶりです。今度発売されるCDの件で……」

「あ、はい。伺っております。どうぞ奥へ」

 

 あ、事務所の人か……というか、彼氏だとしたらデート中なのにスーツで出掛けるわけないか、と思い直す。

 とりあえず、何にしても美琴に正体はバレない方が良い。CDだけでなくDVDも売っているこのお店は、DVDに関しては空箱を棚に置いて、商品自体はレジの奥に置いてあるので、それを整理するフリをして逃げた。何か買う時には、レジの前に呼び出し用のベルがあるし、すぐに駆けつけられる。

 

「……」

 

 ちょっとだけ、美琴の方を見た。おそらくだが、あの283の人がここに来たのは営業だろう。今度、CDを出すという話があるから、それについてだろうか? 

 だが、こう言っちゃなんだが、普通そういう営業にアイドルを連れ回すものなのだろうか? いや、時と場合によるのだろうが、既に決まった話にまで連れ回すものではない気がする。それも、こんな小さなCDショップに。

 つまり、本来なら別の時間に来る予定だった所だが、どうしても時間が取れなくて今日きたのだろう。

 つまり、あのレッスン大好き美琴にとって、今の時間はロス以外の何物でもない。……にも関わらず。

 

『うん。よろしくね』

 

 と笑顔で答えていた。

 

「……どういう関係なんだ〜……」

 

 ……あの、基本的に他人に興味がない美琴が、心を揺らしているように見えた。気になる、気になる……! 

 少なくとも、それなりの信頼関係があるのは間違いない。……いや、あの男がマネージャーだろうとプロデューサーだろうと、いなければ何も始まらない人であることは分かっているのだが。

 ステージの上で輝き続ける(アイドル)と、その輝きを得るために陰ながら奮闘する(スタッフ)。二人の関係は徐々に信頼を越え、親密になり、やがて生物的反応により真愛を求め……やがて新婚へ……。

 

「そうなったら、俺は死んじゃう……」

 

 ゴヌッと壁に頭突きを放つ。というか、なんかおかしい。考えてる事が。いや、少し前までは「仮に美琴が結婚しても、また素晴らしいライブが見られるなら祝福したい」と思っていた。だって、アイドルだって人間なのだから、三大欲求は当然ある。

 ならば、恋愛くらい認めたって良い事だろうに……と、思うのだが、今はどうだ? なんか納得いかないし狡いし羨ましい! 

 

「グヌヌヌっ……!」

 

 唸り声を上げながら、再び美琴の方へ視線を移す。DVD売り場にある、ライブDVDを流しているテレビを眺めながら、顎に手を当ててブツブツと呟いていた。

 真剣な美琴も美人である事この上ないのだが、今はそれに見惚れるより悩みがむくむくと広がるばかりだ。あの、綺麗な横顔が、誰かに取られると思うと……。

 

「すみませーん」

「っ、は、はい……!」

 

 すると、呼び出しの声が聞こえた。レジの向こう側にいる美琴を見ていたはずなのに、レジの前にいるお客様に気がつかなかった。

 

「お、お待たせ致しました」

「マ○ベル作品見たいんですけど……おすすめとか順番ってありますか?」

「え? あ、あー……はい。では、売り場までご案内致します」

 

 ダメだダメだ、仕事に集中しなくては。頭を横に振るいながら、青葉はレジの後ろから「御用の方はこちらのベルを鳴らしてください」の立て札を置いて、その女性客と棚に向かった。

 

 ×××

 

 このお店に美琴が来たのは、普通にプロデューサーの用事のついでだった。CDの初回購入特典でブロマイドをつけるという話。

 そのために、少しでも多くの人にSHHisの曲を広めたいが為に、プロデューサーの知り合いの方々、一人一人に意見を聞いて回っているのだ。

 本当に自分達のために尽くしてくれる、最高の人だなーと思う。献身的な感じ……自分の隣に住んでいるファンの子に匹敵するものを感じる。いや、フットワークの軽さはそれ以上か。仕事として尽くしてくれる以上、ファンという枷がある彼よりも助けられている気がする。

 それだけでも、こちらの事務所に移籍して良かった、と思える程だ。私生活も仕事も支えてくれる人がいて、美琴としては助かるばかりだ。……周りから見たら、いつか刺されるよあんた、と思わないでもないわけだが。

 今はしばらく店内で時間潰し……と、思っている時だった。

 

「こちらにマ○ベル作品は並んでおります」

「こんなに沢山あるんですねー」

「伊達に10年以上、続いてませんから」

 

 ふと、隣の列から聞き覚えのある声。顔を向けると、青葉が接客していた。

 え、なんでいるの? もしかしてバイトとか? と、少しだけ狼狽える。でもまぁ、別にバレたって構わないだろう。自分だって今は客のようなものだ。

 でも仕事の邪魔は出来ない為、美琴はとりあえず……仕事中の青葉を観察することにした。この割とバカな少年はちゃんと仕事しているのだろうか? 

 もしかしたら、普段はあまり見られない姿が見られるかも、という意味でも一度は見てみたい。

 

「それで……どれを見たら良いんでしょうか? 私、ちょっと流行に乗り遅れてしまって」

「そうですね……どれも面白いんですが……少々お待ち下さい」

 

 そう言うと、青葉はスマホを取り出していじる。その後、すぐに画面を見せた。アベンジャーズの集合だ。

 

「この中で、見た目だけで良いので気になるヒーローはいますか?」

「え? えーっと……じゃあ、この黒い豹のヒーロー?」

「ブラックパンサーですか……カッコ良いですよね。自分も好きです」

「は、はい……! なんか、ヒーローなのに猫耳生やしてるのが可愛くて……!」

「分かります。性能は全然、可愛くないですが」

「えっ」

「では、これを見ましょう」

 

 それを聞いて、美琴も「えっ」と声を漏らしそうになる。自分も決してアベンジャーズシリーズに詳しいわけではないが、見る順番が複雑というのは聞いた事がある。

 なのに、そんなんで決めて良いのだろうか? 

 

「そ、そんな感じで決めてしまって良いんですか……? なんか、みんなはアイアンマンを見ろって言うんですけど……」

「それも間違いじゃないし、正しいとは思いますよ。でも、なんとなくアイアンマンに興味出ないから、当店にお越しいただいて、相談してくださったのでしょう?」

「は、はい……」

「けど、まぁ所詮は映画ですからね。なんとなく気になったヒーローを見て、さらに興味が出たらブラックパンサーが出るシヴィルウォーを見て下さい。それをまた別のキャラが気に入ったっていうのがあったら、そのキャラクターの単独作品を見てください。そんな感じで少しずつ輪を広げれば良いと思いますよ」

「でも……分からなくなったりしませんか? 話の続きとか……」

「でも順番通りに見てたら、ブラックパンサーの映画を見るのは、13〜14個目くらいになっちゃいますよ」

「えっ」

 

 それを思うと、美琴も少し理解してしまう。確かに、一番興味ある作品をそこまで待つのは苦痛かもしれない。

 

「気になる作品から、好きなように見た方が良いです。どの道、全部見れば話は繋がりますし、そこまでしなくても良いや、と途中でやめてもブラックパンサーは見られますから。自分もシヴィルウォーから見ましたけど、今ならトニースタークの失踪から、サノスのパッチンまで説明出来ますし」

 

 ……それを聞いて、美琴はちょっと驚いた。甘過ぎるくらいに世話焼きな青葉だけど、ちゃんとお客様の目線に立って接客出来るものなんだな、と。

 なんだか……意外な一面を見た気がする。

 

「……ご丁寧にありがとうございます」

「いえいえ。せっかく、お金をかけて時間を使って映画を楽しんでいただくのですから、これくらいは全然」

「いえ、正直……アイアンマンとかキャプテン・アメリカをオススメされると思っていましたから。そう言ってもらえて嬉しいです」

「自分なら、そうオススメされた方が良いなって思っただけですから。前に、バンシィが活躍するところが見たくてユニコーンをTSUT○YAで借りようとしたら、友達が『いやユニコーンだけ見ても話わかんないと思うから逆シャア見ろ。で、逆シャアだけ見てもチンプンだから、ZZ、Z、初代を見ろ』ってうるさくて……」

 

 確かにそれは鬱陶しいかも、と美琴は頷く。どんどん見るものを増やされると、途中で飽きてしまいそうだ。

 しかし、女性客の方は別の所を拾った。

 

「バンシィ、お好きなんですか?」

「え、ご存知なんですか?」

「勿論。私も大好きですから。あとリディも」

「分かります。綺麗でしたよね、途中までは!」

「ふゆはむしろ、ぐれた時の方が好きです」

「あーそれも分かるかも。『ガンダム、ガンダム、ガンダム……!』って唱えながら、バンシィに銃を撃ちまくってるとことか好きでした」

 

 ……なんか、少しずつ雑談に変わっていった。というか、なんか楽しそうだ。自分と接するときともにちかと話す時ともなんか違う。

 ……もしかして、趣味が合う相手と話しているからだろうか? あと相手の女の子、マスクと帽子をかぶってるけど、事務所で見たことあるような気がする。

 いや、そんなことよりも、だ。納得がいかない。あの男が、にちかと話す時に砕けるのはわかる。付き合いの長さや年齢もあるから。だから、いまだに自分と話す時はちょいちょい緊張するのも良い。

 しかし、何故初対面の客にもあんなフランクに話せるのはおかしい。それも、おそらく見た目からして年上の女性相手だろうに。少なくとも、自分と話している時よりは緊張していない。

 

「……」

 

 納得いかない。

 そんな風に思っていると、その女性客が時計を見た。

 

「あら、もうこんな時間。すみません、そろそろ行かないと」

「そうですか。じゃあ、レジへご案内致します」

「はーい」

 

 そのままレジに向かう二人。その背中をさりげなく追ってしまった。近くの適当な棚を見ながら、チラリと青葉を見る。慣れた手つきでバーコードを読み込ませ、袋に詰めながらお金をもらい、お会計を済ませた。なんか、料理中の手つきと同じ感じで終わらせていた。その女性客は出て行き、今は青葉一人である。

 ……声を、かけようか? いや、青葉は嫌がるかもしれない。プロデューサーに認知されるのも困るとか怒るかもしれないから。

 でも、知った事じゃない。何となく、納得がいかないので。

 

「あ……」

 

 と、声を漏らしかけた時だ。

 

「では、ありがとうございました。お邪魔しました」

「いえ、よろしくお願いします」

 

 プロデューサーと店長さんが頭を下げながら挨拶しつつ、レジの奥から顔を出す。

 青葉の横を通り過ぎる。

 

「お邪魔しました」

「ありがとうございました」

 

 挨拶も欠かさない。……なんか、普段の喀血したり鼻血出したりにちかと喧嘩したりが嘘みたいな振る舞いだった。

 

「……」

「美琴行……どうした? なんか機嫌悪そうだけど」

「何でもないよ。行こう、プロデューサー」

 

 話しながら、さっさとバイト先から出ていくために、プロデューサーの肘を掴んで引っ張るように出ていった。

 

「み、美琴? 何か……」

「何でもない」

「そ、そうか……そういえば、前に美琴が言ってた『青葉さん』って子はいなかったのか? にちかと同じバイト先だったよな?」

「いたよ」

「え、ホントに⁉︎」

「でも、今はその人の話はやめて」

「う、うん……?」

 

 そのまま、二人はショップを出て行った。

 

 ×××

 

 その日、バイトが終わってから青葉は家に帰り、悶々としていた。何に悶々としているか、そんなの決まっている。バイト中に来た美琴が立ち去る寸前、プロデューサーと腕を組んでいた(ように見えた)ことだ。

 なんだろう、あれは。一体、どういう関係なんだろう。普通、仕事上の付き合いだけで腕組みなんてするだろうか? いやしない。女の子と付き合ったことなんてないし、恋愛にクソの興味もないがそれくらいは分かる。

 ……いや、今の自分の乏しい想像力でさえこれだ。もしかすると……もう、子供が出来ているのかもしれない……! 

 

「アガああああああああああ‼︎」

 

 頭を抱えて部屋の中央で悶える。なんでか、なんでか嫌だ! 美琴が幸せならOKだと思ってたのに! 自分はこんな卑しい人間だったのか、と死にたくなる。

 ……そうだ、これはきっと自分が勘違いしているからだ。美琴にとって自分はドラえもんみたいな便利道具なのに、いつからか少し距離感を勘違いしていたのかもしれない。

 その解消のためには、幼馴染に頼むのが一番だ。

 すぐに電話をした。2コール目で出て、

 

「もしもし、にちか⁉︎ 急で悪いんだけど、往復ビンタしてくれない?」

『え……何言ってるの?』

「あれ、にちか。声が随分と綺麗で大人っぽくなったな……声変わりした?」

『うん。私だよ、美琴』

「……え?」

 

 慌てて画面を見るが、間違いなく電話の相手は「ムキムキにちか」になっている。

 

『にちかちゃん、はづきさんのお手伝いしてるから、私が代わりに出ちゃったんだけど……』

「…………」

『えっと……なんで往復ビンタ?』

「……すっ、すみません……失礼します……」

 

 流石に羞恥心をくすぐられるどころか踏み躙られた。何も信じられなくなり、電話を切ろうとした時だった。

 

『あ、待って。青葉』

「…………ふぁい」

『私で良ければやろうか? 往復ビンタ』

「え……い、いやダメですよ! アイドルがそんな警察沙汰になるかもしれないことは!」

『え、いやにちかちゃんもアイドルだし、アイドルじゃなくてもダメだと思うけど……』

「と、とにかく、結構です!」

『そ、そっか……私には、頼んでもらえないんだね……』

「え……」

 

 ……な、なんだろうか? その反応は。もしかして……。

 

「え、俺のことそんなにビンタしたいですか……?」

『え? ……あー、いや違くて。……ただ、羨ましかったから』

「ビンタが?」

『うん。ビンタから頭離そう』

 

 じゃあ何が羨ましいのだろうか? 本当に分からないので、電話を挟んでポカンとしてしまっていると、すぐに美琴が言った。

 

『私以外の人と青葉の距離感が』

「え……隣に住んでるのに?」

『違うよ。そうじゃなくてね……』

 

 そう美琴が答えた直後だった。その奥から『あれ?』と声が聞こえる。

 

『美琴さん、私のスマホですよねそれ?』

『あ、うん。見たら青葉の名前で震えてたから、出たほうが良いかなって』

『あ、すみません……なら、もうしばらく電話してて下さい。唾飛ばしてくれても全然、良いので』

『うーん……じゃあ、少しだけ良い?』

 

 そう言うと、美琴は青葉に声をかけた。

 

『私はね、青葉にもっとこう……フランクに……』

『やっぱりダメー!』

『えっ』

 

 なんか急に止められた。正直「もっとこう……」の先は聞こえなかったが、にちかが焦っているのなら、これはチャンスだ。

 

「みっちゃん、もっとお喋りしましょう! 俺、みっちゃんともっとお話ししたいです!」

『えっ……ほ、本当?』

「本当ですよ! むしろ、みっちゃんと会話するのが、俺の人生の楽しみなのです!」

『……そっか。ふふ、ありがとう』

 

 少し嬉しそうな声が聞こえたが、青葉に気にしている余裕はない。それよりも、にちかを言い負かして美琴とのお喋りタイムを得なければ。

 

「そうだ、みっちゃん! 今日の晩御飯は何が良いですか?」

『うーん……じゃあ、コロッケ』

「お任せ下さい! 極上のカニクリームコロッケをお口に入れて差し上げましょう」

『ふふ、楽しみにしてる』

『はい、そろそろ終わりー!』

『おーい、引っ込めにちかコラー!』

『あんたが引っ込めー!』

 

 なんて、そもそも青葉は自分が何を悩みにしていたのかも忘れて、にちかと徐々にまた口喧嘩が始まりそうになった時だ。その三人のもとに、また新たな声が加わる。

 

『おーい、そろそろ帰れよ二人ともー。もう、21時過ぎてるんだから。特に美琴、最近は常識の範囲内で居残り練習してるのに、帰るの遅くちゃ意味ないぞ』

 

 ……プロデューサーの声を聞いて、一気に思い出した。そうだ、あの腕組みはなんだったのか。そして、そもそもどういう関係なのか。

 

『じゃあ、今から帰るね。青葉』

『あ、ダメですよ美琴さん! また青葉のご飯を食べるなんて……せめて私も』

『にちかー? 今日の晩御飯当番、にちかでしょー?』

『あっ、待っ……』

 

 そのまま電話は切れた。

 ……いや、まぁ大丈夫だ。どうせ後から確認するタイミングは来る。今はー……とりあえず、明日の林間学校の準備を進めることにした。何かしていないと発狂する。

 

 ×××

 

「ただいまー」

 

 隣の部屋のインターホンを押して、第一声がそれだった。最近は、自分の食事のために遅くまで起きてくれている青葉のために、21時には居残りを止めるようにしている。何より、頑張った後のご飯は格別で楽しみだったりする。

 すると、控えめに隣の部屋の扉が開かれ、青葉が顔を出す。

 

「……お、おかえりなさい……」

「ごめんね、毎日。良いかな、ご飯」

「は、はい……あの、うちで食べて行きませんか?」

「良いの?」

「はい」

 

 話しながら、そのまま青葉の部屋に入る。……なんか、緊張がいつもの倍くらいになってる。この子、本当にどういう情緒なのか。

 

「……青葉?」

「な、なんですか?」

「何かあった?」

「い、いえ……く、クリームコロッケ、作っちゃいますねっ」

「うん?」

 

 最初から自分の部屋で食べるつもりだったようで、仕込みが終えられている。……けど、不思議なのはカレーの匂いも漂っている事だった。

 

「カレー?」

「あ、はい。ちょいちょい言ってたと思いますけど、明日から修学旅行なんで、美琴さんの明日のご飯だけでも作りおこうと思って」

「あー……そういえば、言ってたね」

 

 そう言う通り、部屋の中央には大きめの鞄も用意されている。既に準備は終わっているようだ。

 

「あと、金魚のご飯もお願いしますね。合鍵渡すので」

「あ、うん。任せて……え、合鍵?」

「はい。いや、勿論あとで回収しますよ。両親がスペアに置いといたものですから。……移すのも面倒でしょう?」

「じゃあ……」

「でも……寝室だけは見ないでくださいよ。本当に」

「分かってるよ」

 

 その辺は青葉も守ってくれている。一度も入りたいと言うどころか話題にも出さない。

 さて、そんな話をしながら、青葉は料理を開始する。美琴はその間、のんびり金魚を見学して待つことにした。自宅での食事を誘ってくれたということは、話す事があるという事だろう。

 なら、美琴は待つだけだ。

 フヨフヨと、金魚は水中を漂う。何を考えているのか分からないが、口をぱくぱくさせている。

 ちょっと可愛いかも……と、思う反面、これどっちが自分が掬った金魚だか分からない。

 

「……名前つけてあげたいな……」

 

 そのためには、何処かに差があるか探してみたが……あ、若干、模様が違う。黒っぽい模様があるのとないのがいたので、黒い方をアオちゃん、模様がない方をにっちーと名づけることにした。

 そんな事を考えながらのんびりと水槽の中身を見学する事しばらく、ようやく後ろからお母さんみたいな声がかかった。

 

「ご飯ですよ」

「はーい」

 

 そんなわけで、美琴はお手伝いしようと台所に行こうとすると、もうすでに食卓に食事が並んでいた。

 コロッケとキャベツ、あと漬物、お味噌汁に白米。それが二人分。

 

「おお、美味しそう」

「召し上がって下さい」

「うん。いただきます」

 

 二人で手を合わせて挨拶をする。まずは一口、早速おかずから口にする。美味しい。サクサクした中から流れ込んでくる滑らかな舌触りのクリーム。ホクホクだ。

 

「はふっ……おいひい……!」

「ゴホッ、ガフっ……!」

「? 青葉?」

「あの……急にキャラに合わない可愛い言い方するのやめてもらえませんか……食事も喉を通らないので……」

「っ……ご、ごめんね?」

 

 なんかちょっと嬉しかった。金魚を穏やかに眺めて、テンションが上がってしまったのだろうか? 

 でも……そういうリアクションも、青葉と付き合いを続けていくには、アイドルとして気をつけないといけないのだろうか? 

 

「でも、本当に美味しいよ?」

「……ありがとうございます」

 

 とりあえず褒めてみると、青葉はちょっとだけどこか悩みが見え隠れしている。

 ……悩みも、相談してくれないのかな……と、少しだけ思っていると、青葉が口を開いた。

 

「あ、あの……みっちゃん」

「何?」

「こんなことを聞いては大変失礼かもしれませんが……」

 

 失礼を承知で聞いてくるなんて珍しい……と、思っていると、青葉は真剣な眼差しで聞いて来た。どうやら、悩みを打ち明けてくれるようだ。

 

「今日、CDショップに来られたスーツの方と、付き合ってたりするんですか……⁉︎」

「え……何その質問?」

「いえ、お店を出る時、腕を組んでいるように見えたので!」

「組んでないけど?」

「え?」

「え、組んでるように見えたの?」

「は、はい……!」

 

 ……酷い誤解だ。そもそも、美琴としては青葉が自分にだけ硬い接し方しかしてくれない事に苛立ってあのような行動に出てしまったわけだが……まぁ、でもそんな事もない気がしたりしなかったりするので、今はやめておくことにした。

 

「いや、あれはさっさとお店出たくてプロデューサーを引き摺り出しただけ。組んでたわけじゃないよ」

「……そうなんですか?」

「うん」

「……そ、そうでしたか……」

 

 すると、青葉は少しホッとした。まぁ、プロデューサーも自分のために尽くしてくれてるし、頼り甲斐があるなーと思うことも多いが、別に恋愛的な目で見たことはない。というか、初恋もまだだし、恋愛感情ってよく分からない。

 何にしても、とりあえず大人しくホッとさせることにした。美琴は箸を置いた後、青葉の両手を包み込むように握り込んだ。

 

「ごめんね、青葉。ファンの子を不安にするようなことをしちゃって」

 

 すると、青葉はボッと火が出るように顔を赤くする。そして、視線を逸らして呟く。

 

「い、いえ……俺は美琴さんが結婚報告をしても受け入れる覚悟があるので、気になさらないで下さい」

「え、じゃあなんでそんな事聞いたの?」

「……え、あ……いや……その……」

 

 思わず聞いてしまうと、さらに赤さが増した。りんごか何かかと思う程に赤くなってテンパってしまう。

 なんだろう、この感じ。なんか……過去最大級にこの子可愛いと思ってしまった。しかし……今のやり取りのどこにそこまで赤くなる要素があったのだろうか? 

 不思議に思っている間に、青葉はテンパったまま言った。

 

「やっぱり往復ビンタお願いします! このゲス野郎って罵りながら!」

「ええ……」

 

 なんでそこに戻ってくるのか分からないが……まぁ、もう仕方ない。ここは落ち着かせるために手を打ったほうが良いと判断した。

 そう決めると美琴は立ち上がり、青葉の前に立った。

 

「じゃあ、往復ね?」

「お願いします……!」

 

 そう呟くと、美琴は右手を振りかぶる。青葉がキュッと目を瞑ったのに合わせ、その頬に手を振り抜いた。直撃の直前、速度をゼロに落として。

 ふわっ、と柔らかい頬に手が当たった直後、青葉は目を開く。それに合わせて、逆の手でも頬に手を当てた。

 

「はい、往復」

「……けへ」

「明日から、気をつけて行っておいでね?」

「…………きゅう」

「え、あれ?」

 

 気絶してしまった。

 

 

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