林間学校とは、校外学習と同じようなものである。お泊まりで勉強をしに行き、たまに出掛けて現地を班ごとに見て回り、夜は肝試しなどの催しもやる……まぁ、早い話が夏休みの間も、友達と仲良くするための催しだ。
さて、そんな日の朝、青葉は荷物を持ったまま美琴に挨拶だけする。
「じゃあ確認です。カレーは?」
「温めて食べる」
「お昼は?」
「コンビニ弁当。ゼリーで済ませない。なるべく栄養を摂る」
「金魚は?」
「朝と夜に二度、ご飯をあげる」
「はい。よく出来ました」
「あの……私、大人……」
「じゃあ、よろしくお願いします」
「うん」
なんていうか、完全にその辺は舐めていた。何せ、青葉は美琴の代わりに家事をしているだけで、美琴に家事を教えているわけではない。
「じゃあ、行って来ます」
「うん、気を付けてね」
「はい!」
そのまま青葉はマンションを出た。今までが嫌だったというわけでないが、憧れのアイドルと離れ離れの生活が3日だけ始まるのだが、思いの外、嫌ではない。
これから、どうしても感じてしまっていた緊張感から解放される、と思っているのか、謎の安堵もあったりした。
何にしても、この三日間は羽を伸ばそう、と青葉は伸びをしながら出発した。
そのまま学校に到着する。にちかは寝坊したらしいので先に来た。
時間ギリギリになってにちかが滑り込んできて、で、しおりに書かれていることをつらつらと詠唱する発足式を終えて、バスの中に乗り込む。
そのバスが出発してすぐの事だった。
「うわ、スマホ忘れた……」
そう呟いたのは、バスの中の青葉。やってしまった。多分、顔洗う時に洗面台の前に置いたまま放置してしまったのだろう。
ソシャゲのログイン出来ねーと思いながらも、まぁ仕方ないか、と思い直すことにした。だってないものはないし。
ただ、自由行動の日はちょっと困るかもしれないが……迷子にならなければ平気だ。
そんなわけで、ぼんやりと青葉は窓の外を見上げる。残念ながら、青葉は一人席。バスが走り始めて秒で酔った隣の席の男の子が教員の隣に行ってしまい、一人で暇そうにしていた。
……漫画でも持ってくれば良かっただろうか? 何にしても、ちょっとなんかモチベーション下がって来た……と、思った時だ。いつの間にか、景色は山の中になっていた。
「おっ……」
土地勘について詳しいわけではないので、この辺の山々がなんて名前かは知らない。
けど……綺麗だということはわかった。美琴にもお裾分けしたいなーと思ってスマホをポケットから取り出そうとしたが、入ってなかった。
「……あ、そっか」
忘れたんだった。……やばい、スマホがないのって割と不便かもしれない。
そんな中、クラスメートが窓の外を指差す。
「ねぇ見て! あの川めっちゃ綺麗!」
「ホントだ! 妹に送ってやろ」
「なんだお前。シスコンか?」
「そうだよ!」
「そうかよ⁉︎」
なんて声音が聞こえてくる。……くそ、羨ましい。自分も送りたいが……残念ながら、送るための媒体がない。
そんな中、前の席からにちかの声が聞こえてくる。
「わぉ、ホントに綺麗だ。美琴さんにも送ろーっと」
「にっちー、美琴さんってユニットの?」
「そう!」
あの野郎……と、青葉は奥歯を噛み締める。中々、やってくれるものだ。こうなった以上は、自分も負けるわけにはいかない。
「よっしゃ……!」
鞄から取り出したのは、班員が回ったお寺や神社などを記録するためのデジカメ。班内の撮影係なのだ。
こいつで……自分も撮ってやる。もちろん、写真の速度では勝てないことはわかっている。だからこそ、自分は画質と多様性で勝負する。
色んな景色を撮って、にちかが撮りそうもないものも撮って、それで任務を終えてやる。
そう強く決めながら、青葉も窓から景色を撮り始めた。
×××
翌日。目を覚ました美琴は、くぁっと欠伸をする。いつものルーティンで、もう目を覚ましたらまず顔を洗い、歯磨きをして、ジャージに着替えてしまう。まずは走り込みだ。今日も、青葉とにちかと一緒に……と、思いながら、お隣のインターホンを押そうとしてしまった。
「……あ、そっか」
今日はいないんだった。ここ最近は毎日走っていたので忘れていた。まぁ、よくよく考えたら昨日から出発したのだから、昨日も走りに行っていないわけだが。
まぁ、前までは一人だったのだし、問題はない。むしろ、ここ最近は青葉にペースを合わせていたので、汗のかき方が少ない気はしていた。たまにはガツガツ行きたい。
さて、そんなわけで、走り込みを開始した。いつものルートを、遅過ぎず速過ぎずのペースで走る。
「ふぅ……」
……なんだろう。いつも聞いていた騒がしい喧嘩の声がしないのが、なんか物足りない。
もしかしたら、あの騒がしさを自分はどこか楽しく感じていたのかもしれな……いや、普通に割と楽しいと思っていたし、今更思うことではない。
じゃあ……今のこの感じはなんだろうか? もしかして……少しだけ寂しいのかもしれない。
「……終わっちゃった」
いつもより速く走ってしまったからか、いつもより早く終わった。でもまぁ、今日は午前中から仕事だし、ちょうど良いのかもしれない。
そんなわけで、とりあえずシャワーだけ浴びることにした。……そういえば、ともう一つ悩みがあったことを思い出す。
昨日から、にちかからは多くチェインがきたが、青葉からは一通も届いていない。何回かチェインを送ったのだが、既読さえつかなかった。
にちかに「青葉は?」と聞いたが「いますよ?」とは言っていたが。
「……はぁ」
もしかして……割と自分は青葉にとって重荷だっただけなのかもしれない……と、少しだけ傷つく。
というか、彼は自分の何処を気に入ったのだろうか? 家事は出来ないわけではなくしないだけ、その上で隣で一人暮らししている男子高校生に頼っているような24歳だ。
……こんなの、好かれるはずがないのかもしれない……。なんて、少しナイーブになって来てしまった。
「……はぁ、仕事行かないと」
とりあえず、切り替えよう。我ながら、仕事する時の集中力は他のどれにも負けるつもりはない。仕事になれば、嫌なことは考えなくて済む。
「……よし」
気合いを無理矢理、ねじ込むように声を漏らすと、出発の準備をした。
×××
さて、一方。林間学校2日目となった青葉とにちかは、今日は自由行動の日。他の班員二人と一緒に、鎌倉の街並みを見学していた。
「おお〜……見てあれ。ワッフルだって!」
「あ、それこの前食べ○グで見た! 超美味いらしいよ」
「入る?」
「入るか!」
悲しいかな、四人が興味あるのは、鎌倉の歴史的な神社やお寺より、あくなき食欲を満たす食物だった。
本当に四人とも、美味しいワッフルがあるカフェに入る。
「ワッフルかぁ……サクサクしてるらしいよ」
「俺、ワッフルって袋に包装されてる奴しか食った事ねえわ」
「私もー。青葉が作った奴しか食べた事ない」
「え、お前作れんの?」
「一宮は逆に何なら作れないの?」
「食材が手に入らない奴は作れない、かな」
「「カッケー」」
「気持ち悪いでしょむしろ……」
にちかには駄々滑りだったが、青葉のキザな台詞は他の班員である半田くんと陰田さんはノリノリな返事をした。
そんな中、半田が三人に質問した。
「てか、お前ら夏休みの宿題やった?」
「俺はやった。読書感想文も終わったし、あとは自由研究だけ」
「早ぇーな……」
「ちょっと全身が痛くて身動き取れない日があったからな……」
「何それ。呪われたのか」
いろいろあったのだ。走り込みだとか、走り込みだとか……あと、走り込みだとか。
「私も終わったよー。ていうか、さっさと終わらせないと後がめんどーじゃん?」
そう言ったのは陰田。青葉以上の成績を誇る彼女は、特にFate……ではなく歴史が好きで日本史と世界史、地理などの社会系の成績は学年トップである。
「ちっ……優等生どもめ……今度、写させろや」
「やだ」
「拒否」
「ケチ……七草、お前は?」
「えっ、わ、私はー……」
「俺の写してたら、それを姉にバレて怒られて、教科書の問題を解くタイプの宿題だけやり直しくらってたよ」
「「うーわ……」」
「う、うるさいなー! 見せてくれた青葉だって、同罪って言われて怒られてた癖にー!」
「やってないよりマシだから」
それはその通りなので、にちかは何も言い返さずに押し黙る。すると、その四人の元にワッフルが運ばれて来た。ケーキのように、大きめの丸く薄いワッフルが一枚。これを四人で割り勘する。
「おお〜、美味そう」
「それな。香ばしい香り……」
「ふおお……写メ、写メ」
「ツイスタにあげるのはやめてね。先生に見られたらアウトだから」
なんて話を聞きながら、青葉は顎に手を当てる。美味しそう……確かにそれはそう。もし、これを舌で盗み、美琴さんの前に出してあげられたら……喜んでもらえるのでは?
そう思うと、やる気がもりもり湧いて来た。とりあえず、鼻腔に神経を集中させる。
……バターの香り。それと、添えられているハチミツも仄かに香り、完璧なブランド。
「……写メ写メ!」
「そこ、うるさい。集中させて」
「な、何に……?」
「香り」
「ガチ勢かよ! てかなんでそんな本気なんだよ⁉︎」
そんなツッコミを無視して、写真を撮り終えたらしいので、青葉もデジカメで写真を撮った後、青葉はフォークとナイフに手を伸ばした。
「じゃあ、俺が切り分けるよ」
「よろしく、シェフ」
なんて話しながら、青葉はフォークとナイフを使い、ワッフルの触感を確認する。外側はさくさく、内側はふわふわしてそうだ。
「華麗な手つきね……」
「青葉、女子力高いから。気持ち悪いほど」
「気持ち悪いとか言う必要ある?」
そう返しながら、青葉は四等分、きれいに切り分けた。それを、各々のお皿に乗せる。
「よし、食うか!」
と、半田のセリフで、全員で食べ始めた。
×××
「あっ、しまった」
美琴は思わず声を漏らした。鞄の中にお弁当が入っていない。今更になって、そういえば青葉から今日はお弁当をもらっていないことを思い出す。そりゃそうだ、いないんだから、
朝も、一応彼から言われていたので自分で卵かけご飯を作ったんだった。途中で混ぜるのが面倒になって、半端な状態で食べたら美味しくなくなってしまったが。
「どうした? 美琴」
午前中の仕事が終わり、事務所に戻って来た美琴にプロデューサーが聞いた。
「お弁当、忘れちゃって」
「なんだ、珍しいな。お隣の子からもらえなかったのか?」
「うん。林間学校にいっちゃったから」
「あーそっか。にちかと同じ学校だもんな」
さて、どうしよう……まぁ、たまにはコンビニで良いのかもしれない。青葉も、自分が料理をしないことを見越してか、普通に「せめて栄養食以外でお願いします」と言っていたし、それで行くしかない。
「コンビニで買ってこようかな」
「たまには食べに行くか? ご馳走するぞ」
「ほんとに?」
「本当だよ。近くのファミレスで良いか?」
「うん」
二人で事務所を出た。まぁ、たまには良いだろう。青葉もファミレスなら許してくれると思うし。
そのまま近所のファミレスに入る。……まだ、青葉から連絡はない。というか、既読も付かない。……もしかして、事故でもあったのだろうか? なんか心配になって来た。
そうこうしているうちに、ファミレスに到着した。
「何食べる?」
「え? あ、あー……どうしようかな」
せっかくなら、普段青葉が作ってくれるものを選んで、食べ比べしてみても良いかもしれない。
「この……マグロの漬け丼で」
「渋いの選んだな……って、思ったけど、美琴は俺と同い年くらいだもんな。若い子の方が接する機会が多いから、つい忘れちゃうよ」
「ふふ、分かるな、少し」
「あ、そっか。美琴も若い子の方が多く接してるのか」
にちかと青葉の事だ。特に、青葉には接するというより介護してもらっているレベルだ。
……まぁ、もしかしたら、その介護も嫌がられているのかもしれないが。少しだけ思い出して気落ちしている間に、プロデューサーが注文をしてくれた。
「で、美琴。何か悩んでるのか?」
「え?」
「仕事中は流石の集中力だったけど、ちょいちょい休憩とか時間空いた時に、悩ましそうな顔してたから」
「……わかっちゃうんだ」
「一応、プロデューサーだからな」
そういう所、察してくれるのは嬉しい。本当は青葉の生態について詳しいはづきにでも相談しようと思っていた事だが、青葉と同性のプロデューサーでも十分、乗ってくれるかもしれない。
「……じゃあ、良いかな?」
「ああ、なんでも言ってくれ」
「実は……ここ最近、青葉から連絡がないんだ……昨日から」
「なん……あっ、そっか。林間学校か。もしかしたら、スマホの使用は禁止されてるんじゃないか?」
「……でも、にちかちゃんからはたくさん写真来てて……ていうか、それに青葉映ってるし」
またチェインが届いた。ワッフルと一緒に写っている四人の写真が。……楽しそうなものだ。こんな顔、自分と一緒の時はお祭り以外で見た事がない。
「……考えてみれば、青葉って私と一緒の時だと、やたらと緊張して……なんか、私がいることで気を使わせちゃってる気がするんだ……。普段は私のこと好きだとか、ファンだとか言ってくれてるけど、結局本音は……なんか、面倒臭いことさせてくる女、みたいに思われてる気がするんだ」
「……そんなこと、ないと思うぞ」
「……どうして?」
「その子、ファンなんだろ? それなら、美琴に対して面倒臭いなんて思う事ないと思うぞ」
「でも……」
でも、それは青葉と接した事がないから言える事な気がする。
「……仮に、美琴の言う通りだとしても……その子にとって美琴は自分が応援するアイドルだからね。緊張しても仕方ないと思う」
「そういうもの、なのかな……」
「どうしても、その子ともっと仲良くなりたいなら……そうだな。ちょっかいとか出してみたらどうだ? もちろん、常識と大人の範囲内で」
プロデューサー的には、そもそもファンの人とそこまで距離を近くしないで欲しいというのはあったが、それはなんかもう今更感ある関係っぽいしスルー。
アドバイスをもらった美琴は、顎に手を当てる。
「でも……チェインの返事がないのは、やっぱりちょっと寂しいな……」
「家に忘れたとかじゃないのか?」
「……それはないと思うけど……彼、しっかり者だし」
「そっか……」
「……」
そういえば、考えていなかった。スマホを忘れていた可能性。ないと思う、とは言ったものの、言い切れない。結構、うっかりするタイプだし、考えてることを口からぽろりと出す事も少なくないから。
……そういえば、合鍵を預かっていた。帰ったら、金魚の餌をあげるついでに電話してみようか。
そんな風に思っていると、料理が出て来た。
「お待たせいたしました。マグロの漬け丼と、カルボナーラでございます」
美味しそうだ。見た目は青葉が作るものとほとんど一緒に見える。
「……美味しそうだな、漬け丼も」
「? 一口食べる?」
「い、いやいや……いいよ、別に。さ、食べよう」
「うん」
そのまま二人で食事を始める。一口、口に入れる。そこで、ふと異変に気がつく。美味しい、美味しいけど……なんか、こんなもん? みたいな。なんというか……普段、ふりかけご飯を食べてる人が食べたい白米、みたいな……なんだろう、この満足しない感じ。
「どうした? 美琴」
「ん……ううん、なんでもない。……ちょっと、満足しないだけ」
「足りないのか?」
「いやそういうんじゃなくて、こう……青葉の作った奴と比べると、そうでもない気がして……」
「まぁ、ファミレスは誰にでも受け入れられるように尖った味わいじゃなくオーソドックスな感じにしてるからな。……そんなにその子が作る料理は美味いのか?」
「うん」
「……じゃあ、もしかしたら、その味をいつも食べてたから、普通の味じゃ満足できなくなってるのかもな」
「え……私、贅沢病?」
「ど、どうだろうな……?」
そういうつもりで言ったんじゃなかった、と言うようにプロデューサーは呟くが、少しだけ美琴は「そうかも……」と思ってしまっていた。ウ○ダーやカ○リーメイト→青葉の作った手料理と、大人の階段をエレベーターで飛ばして経験して来たのだから、割と味覚がバグっても仕方ないのかもしれない。
……もう、もしかしたら身体が青葉を手放せなくなっている気がして仕方ない。
だとしたら……やはり、仮に実は嫌われていたとしても、そのまま距離を置きたくない。とりあえず、帰ったら彼の部屋で携帯を鳴らしてみよう。で、プロデューサーが言うように、かまちょ作戦をやってみよう。
そんな風に思いながら、しばらく食事を続けた。
×××
その日の夜、鎌倉では肝試し大会が始まっていた。なんの因果か、青葉とにちかがペアで回ることになる。
二人の番になるまで、二人は待機場所で体育座りをする。
さて、ここで問題が一つ……これだけは、お互いにバレないようにこれまで細心の注意を払って来た。詳しくは中三の時、別々のクラスになったわけだが、お陰でその年は中学の金銭のやり取りが発生しない文化祭は一緒に回らなかった。その年まで、毎年のようにお化け屋敷でビビり勝負をしていたわけだが。
……つまり、去年のうちにお化けが苦手であることを克服したことにしてしまえば、今年は勝てる……!
「いやー、始まったなー肝試し。ま、俺は全然怖くないけどー」
先制攻撃を放ったのは青葉。あくまで顔には出さないようにしながらそう言うと、にちかはすぐに答えた。
「あーそう。まぁそうだよねー。ここのスポット、別に心霊スポットとかじゃないし」
「それなー。ていうか、心霊スポットってあれだよね。その名前が安いよね。なんだよ、心霊スポットって。心霊にスポットライト当てんのかよ。倒せちゃうよそれだけで」
「そもそも、心霊スポットって言い方が安いよね。なんかそういうパワースポット的なもので人集めようとしてる村おこし的な意志をひしひし感じるよね。本当はそんなのいないのに」
「うんうん。心霊スポットにいくら人集めても意味ねーのになぁ。だってパワースポットと違って金取れねーし」
「そ、そうそう」
「うんうん」
「……」
「……」
あれ? と、二人とも小首を傾げる。こいつ……まさかビビってない? いや、そんなはずない。何せ、中二のお化け屋敷では学生が作ったレベルのお化けにすらビビり散らしていた奴だ。
つまり……虚勢を張っている。ならば、こちらも張って向こうを萎縮させる……!
「そうかそうか、お前もう二年前とは違うんだな。実は俺もそうでさぁ、今じゃ毎日、深夜三時に鏡の前に魔法陣を書いて蝋燭ともして、霊とマイムマイムしてるよ」
直後、にちかは頭の中で唖然とした。こいつ、いつの間にそんなステージに登ったの? と、愕然とする。
このままでは、毎日23時には寝て、もしうっかり心霊番組を見てしまったら、はづきの布団に潜り込んでいる自分は押される。
……ならば、こちらはそれ以上の虚勢で押し返す……!
「何、あんたその程度? 私は、毎日こっくりさん呼んでお姉ちゃんの今日の下着の色、教えてもらってるし」
今度は青葉が頭の中で愕然とした。まさか、そんな危なく洒落にならない真似をしているとは。自分はそんな真似はできない。恐ろし過ぎる。二重の意味で恐ろし過ぎる。
そんな時だった。二人の間に半田が割り込んだ。
「よう、お前ら。何震えてんだ?」
「「震えてないからマジぶっ殺すぞ!」」
「お、おう……?」
口を揃えて言った二人だが、すぐに半田が話の内容を言った。
「なら良いわな。さっき旅館の人が話してるのを小耳に挟んだんだけどよ、ここ……ヤバいらしいよ」
「「……」」
な、何が? と、二人して冷や汗を流す。その二人に、さらに追い打ちをかけた。
「出るんだって。女のお化けが」
「「え……」」
言われて、にちかと青葉は固まった。
「なんか、つい最近らしいんだけどな。そいつが現れるようになったの。夜な夜な『……コトミ、コトミ……』って呟きながら、この辺を徘徊すんだってよ」
「い、いやいやいやいや! そんな話、信じられるわけがねーだろ! れ
「そ、そうだよ! てか、誰なのコトミって⁉︎」
「百歩譲って本当だとしても、恨まれてんのはそのコトミって人だもんな!」
「そうそう、私達には無関係だから!」
なんて語った直後、二人の手は半田の肩に置かれる。
「「でも、お前は殺す」」
「ええっ⁉︎」
拳が脳天に直撃させた。
……だが、ビビらされた怨みを晴らしたところで何にもならない。というか、もうなんか普通にやばい。なんだろう、コトミと呟く女って……もしかして「この世に存在する東京の上に住んでいる埼玉県人を皆殺しにする」の略?
それとも、自分達の前世の名前が「コトミ」とか?
何にしても、嫌な予感ばかり膨らんでは消えていく。
「次、一宮七草コンビ!」
「「は、はい!」」
呼ばれて、二人は反射的に立ち上がった。……人を殺すのにちょうど良い石を持ち上げて。
「お化け殺す気かお前ら⁉︎ それは置いていけ!」
との事で、二人は出発した。
×××
帰宅の途中で晩御飯を購入した。なんか青葉のご飯が食べられないなら高いお金払う事ないな、なんて思ってしまい、結局ウ○ダーとカ○リーメイトを購入する。大丈夫、ゴミさえ捨ててしまえばバレない。
さて、五階まで上がった美琴は、少し深呼吸して青葉の部屋に入った。なんか……家主がいない家に入るのは、気がひける。……というか、緊張する。
そのまま美琴は中に入りながらスマホを取り出す。どうせ金魚に餌をあげないといけないし、これはそのついで……と、思いつつ、青葉のスマホを鳴らす。
すると、ヴーッヴーッと震える音。それに少しホッとした。本当にスマホを忘れたらしい。……その反面「他所の土地に行くのに連絡手段忘れるとかアホなの?」と思わないでもないが。
なんにしても、とりあえず美琴は電話を切って、金魚の餌をあげにいった。
「ふふっ……にっちー、アオちゃん。ご飯」
少し笑みを浮かべながら、餌をこぼす。……こういうところを見ると、やはり生きてるんだな、と思う。にっちーだかアオちゃんだか分からないが、悪いことをした。
そんな風に思いながら水槽を眺めている時だ。ヴーッ、ヴーッとスマホが震えた。自分のではなく、青葉の。
「……」
ちょっとだけ気になり、スマホを見にいくと、にちかの名前が入っていた。にちかが相手なら出て良いかな……というか、スマホを忘れたことを知らないのだろうか?
とりあえず、出てみることにした。
「もしも……」
『青葉⁉︎ どこで何してんの⁉︎ もうみんな宿戻るよ⁉︎』
「え……ごめん。私。美琴」
『はっ⁉︎ ……え、美琴さ……な、なんっ……間違っ』
「いや、あってるよ。青葉、スマホを家に忘れていっちゃって」
『あー……なるほど。道理で見てないと思いました……』
「何かあったの?」
なんか尋常じゃない感じがしたけど、問題だろうか?
『実は……今、肝試しが終わった所なんですけど……青葉、迷子になっちゃって』
「え、知らない土地で……夜中に、携帯無しで?」
『はい……』
「……」
なんでこう……バカなんだろうか? 自分より余程、危なっかしい男だと思う。
なんにしても、今ここで自分に出来ることはない。いる場所が違うのだから。埼玉と鎌倉……まさか青葉がここにいるわけがない。
だから、必然的とこう答えざるを得ない。
「今からそっちに行くから、待ってて」
『そこから鎌倉まで来るつもりですか⁉︎』
「すぐ行くから」
『落ち着いて下さい! こっちで何とかしますからホント!』
大騒ぎしていた。
×××
「にちかー……俺が悪かったー……出て来てくれー……」
涙目で青葉はフラフラと湖周辺を歩いていた。宿泊施設自体は大した所ではないが、湖近くにあるのは最高だと思っていた。窓から見える景色は綺麗だから。
でも、こうして夜に出歩かされると、やはり割としんどいものだ。何がって……怖い。お化けがいると聞いていたのだから、そんな所を一人でうろうろさせられていれば気が滅入る。
今にも泣きそうに歩く中、ふと耳に声音が届く。
「…………コト、ミ、コト、ミ…………」
「ッ⁉︎ ッ⁉︎ ッ⁉︎」
ゾワゾワっと背筋が伸びる。聞き間違いだ。聞き間違いじゃないはずがない……でも、鳥肌が止まらない……!
「……ト、ミコ、ト……ミ、コトミ……」
ていうか……なんか、声近づいて来てない? と、冷や汗が滝のように流れる。まさか……こっちに来てる? 嘘でしょ? と、青葉は冷や汗を流す。
やばい、死ぬ、パニックになるな、と言い聞かせても……ダメなものはダメ……いや、待て。こんな分かりやすくビビり散らしている姿を万が一にも美琴に見られたら、それこそ情けなさ過ぎる。
そうだ……自分の後ろで美琴がひよっていると思え……! そうすれば、勇気がもりもり湧いてくる!
「よっしゃああああああ‼︎ 幽霊だろうがお化けだろうがかかって来やがれえええええ‼︎」
叫びながら、先制攻撃をぶちかますために声の方へ走った。ガサガサッと揺れる草むらの中、動く影を発見。そこに向かって開幕ドロップキックを……!
と、思いながら身体を浮かせ、両足を揃えたときだ。
「美琴美琴……アン?」
「死ねええええええええええ‼︎」
「ぎゃああああああああああ⁉︎」
「ってあれ、斑鳩ルカさ……ぶべっ⁉︎」
避けようとしたら、木の枝に顔面が直撃し、空中でひっくり返る。そのまま地面に落下し、気絶した。
×××
「チッ……なんだってンだ……ん?」
蹴られるかと思ったら、勝手にひっくり返って失神したバカそうな男子高校生に目を落とす。ジャージ姿で、その高校の名前の刺繍が入っていた。
……というか、この男……どこかで見たことあるような……そうだ。
「こいつ……」
美琴と一緒にチェインのトプ画に映っていやがったガキ……! いずれ探し出そうとは思っていたが、まさかこんな所で……!
どうする? 起こして尋問? ……いや、そもそもこんな所にジャージ姿でいるところを見るに、おそらく学校のイベントだ。ならば、アイドルである自分がこんな夜中に外で会っていることを見られることはマズ過ぎる。
とりあえず……学校名とジャージに入った名前だけメモしておいて、近くの宿を探して届けることにした。
名前は……一宮。しかと覚えさせてもらった。