にちかに美琴様だけは絶対に渡さん。   作:バナハロ

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知らぬが仏。

 少し前にとあるアイドルの熱愛発覚の記事を読んだ時、別に青葉は何も腹を立てることはなかった。そもそも青葉がアイドルを好きな理由は、単純にその追っているアイドルが綺麗だからであり、おそらく今後、美琴が婚約者を作っても「幻滅したのでファンやめます」とはならないだろう。

 だが、それは自分の場合。他のファンがどう思うかは分からない。そのため、青葉も万が一、自分がアイドルと知り合いになるような事があったとき、他のファンの人達からあらぬ誤解を受けない立ち振る舞いをするように考えていた。万が一、ファミレスで相席になった場合とか、電車で席を譲った時とか。

 ……しかし、この前のそれは、どんな立ち振る舞いをしたって関わり合ってしまう場合だ。

 それを差し置いても、やはり超嬉しかったので、翌日になっても青葉はテンションが高かった。

 

「……」

「……鬱陶しいんだけど。何? そのキラキラオーラ」

 

 一緒に登校していたにちかが心底鬱陶しそうに言う。そんないつもの憎まれ口にも、青葉はキラキラした笑みで返す。

 

「ふふ、人はな……正しいと思った行動を為せば、いつか必ず……報われるんだよ」

「……キモっ」

「好きなだけ暴言を吐くといい……今の俺には、その全てを聞き流す器量と覚悟がある」

「いやホントきもい。どうしたの?」」

「どうしたのだろうね……俺は、どうしてしまったのだろうね……」

「うざっ……」

 

 にちかから見れば「何かあったか聞いて?」と言われているような気分だった。

 

「別に、興味ないし聞かないから」

「むっ……」

 

 それが気に入らなかった青葉は、むすっと口をへの字にする。言うつもりなんて元より無いが、興味がないと言われると腹が立つ。

 

「良いのかなー。俺しか知らない美琴様の情報、握っちゃってるんだけどなー」

「はいはい嘘嘘。それより、昨日夜遅かったけど、数学の課題やったの?」

「当たり前じゃん」

「流石。じゃ、見せてね」

「じゃねーよ! 毎度思うんだけど、なんで俺がお前に宿題見せなきゃいけねんだよ⁉︎」

「仕方ないじゃん。私、青葉より多くバイトのシフト入ってるし」

「っ……し、仕方ねーな……」

 

 七草家の家庭の事情は、昔から付き合いがある青葉も知っている。言い方は悪いが、学生の一人暮らしが許されている一宮家と違って決して余裕ある家ではない。にちかの給料も、少しだけ家計に当てている。

 なので、それを言われると宿題を見せる事も断りづらい。

 

「でも間に合うのかよ。教室着いてから見せて」

「余裕でしょ。写すのは早いから」

「や、それは良いけど、先生に見つかるなよ」

「分かってるからー」

 

 そんな話をしながら、二人は校舎に入った。

 しかし、やはりどうにも昨日は良いことがあったものだ。誰にも言うつもりはないが、ぶっちゃ自慢したいという衝動はある。特に、にちかには。

 けど、それだけにその続きで言われる言葉は想像出来る。「ずるい!」「私も助けたい!」だ。

 割と「アイドルになりたい」と思う程度には、アイドルに強い憧れがあるにちかは、マジで深夜の徘徊してもおかしくない。

 なるべく自慢したい意欲を抑えるために、話を逸らした。

 

「そうだ。今日のバイト、ちゃんと結果教えろよ。昨日作った棚、どんくらい注目されっか」

「決まってんじゃん、売れるでしょ! 私達が作ったんだから」

「ちょっと楽しみになって来たわー。まぁ、九割俺のおかげだけど」

「は? 私の飾り付け案が九割だから」

「おいおい、冗談言うなよはっちゃんの愛き妹。百歩譲っても俺が八割だろ?」

「はぁ? 八割はこっちだから。あの色合いと左右対称に敢えてしない不均一なバランスの良さを生み出してのは私だから」

「でも棚の上にCDのジャケット写真を飾ろうって言ったの俺だから」

「いやそんな一部の功績を挙げられても全体的なトータルクリエイトした人の功績にはあやかれないから」

「……」

「……」

 

 ケンカしながら登校した。

 この日の青葉は、浮かれていたので気付いていなかった。にちかの様子が、少しだけいつもと違う事に。

 

 ×××

 

 放課後、にちかは急ぎ足でバイト先に向かう。昨日、姉から聞いた話が頭の中で反復する。

 新たなプロデューサーが283プロに来て、アイドルのプロデュースを担当する事になる、と。

 283とにちかがバイトしているショップは取引先の関係でもあるため、挨拶回りでここに来るかもしれない。

 前々から、誰にも……それこそ姉妹や青葉にも相談出来なかった夢を叶えるチャンスかもしれない。

 それを、実行するチャンスだ。何の幸運か、今日のバイトではいつも絡んで来る青葉もいない。

 

「急がなきゃ……!」

 

 最悪に備えて、ガムテープやスマホの準備も終えているし、後はなるべく早く行って、今日シフトに入っているメンバーも把握しておきたい。

 そう心の中で決めながら、とにかく走ってバイト先に向かった。

 

 ×××

 

 今日のバイトはにちかのみ。その為、帰りも別々だった。教室を出る時に一応、声でも青葉が掛けようとしたが、にちかは居なくなってしまっていた。バイトに行く時だろうと普通に帰る時だろうと、割と友達と駄弁ってから帰宅するのに、今日に限ってさっさと出て行ってしまっていた。

 どうしたんだろ、と思わないでもなかったが、青葉は気にする事なく一人で帰宅。今日は野菜の詰め放題を近くのスーパーでやっているのだ。

 そのままスーパーに立ち寄ってそれを済ませて、ついでに半額の鯖を購入して帰宅した。

 暮らしているマンションの真下に到着すると、ふと目に入ったのは引っ越し屋のトラック。そういえば、二週間くらい前にお隣の人が引っ越して行った所だ。

 

「もう誰か来たんだ……」

 

 なんて呟きながら、青葉は階段を上がる。後で挨拶しないとなーなんて思いながらエレベーターで上がる。やはりというか何というか、お隣に住人が来ていた。

 挨拶しようか悩んだが、引っ越し中は控えた。さて、そんな事よりも、今は買って来た食材を冷蔵庫にしまう所からだ。

 せっせと食材をしまうと、部屋に戻って美琴グッズの手入れ。つい昨日、本人と出会ってしまったというのに、そのグッズを余裕で手入れしてしまう。まぁ、あんな機会は二度とこないだろうし、現実が見えていると言えば見えているのだが。

 ……そうだ。昨日、美琴の頭の中にはしっかりと自分の名前と顔が刻まれた……やはり、普通に嬉しい。

 

「うへ、うへへ……」

 

 にちかが見たら「うわぁ……」と、罵倒さえせずドン引きしかしないであろう笑みをこぼしながら、とりあえず手入れをする。埃一つでも付けるわけにはいかない。

 グッズの量が量なので、気が付けば日が沈む時間まで行っていた。

 そろそろ飯食うか……と、思って、台所に向かう。もう引っ越し屋はいなくなったようで、隣は静かなものだ。

 普通、引っ越して来たら挨拶に来るものだろうに、カケラの音沙汰もない。太い隣人である。

 夏休みや冬休みには、青葉の両親もマンションに帰ってくるので、ご近所同士ではなるべく仲良くしたいと考えている青葉は、とりあえず挨拶のお品代わりに食べ物を持って行くことにした。マナー的には引っ越して来た人が挨拶に来るべきなのかもしれないが、既に住んでいる人から挨拶に行っては行けない、なんてルールはないのだ。

 持って行って迷惑しない食事と言えばカレーだろう。本当は焼き鯖にしようと思っていたのだが、まだ豚肉の残りがあったのを思い出し、カレーに変更した。

 自分の両親のために最初に覚えた料理がカレー。冷めてもうまいどころか、寝かせればさらに上手くなるという、経過ターンに応じてバフがつく優れもの。三色バランス良く栄養も摂れるため、料理を覚えようと親に子供が修行を申込み、まず教わるのがこれだろう。ちなみに甘口である。辛いの食べられないから。

 

「……ふぅ、よし」

 

 料理を終えて一息つくと、それをタッパーに入れてサンダルを履く。家を出て、お隣のインターホンを鳴らした。

 

「……」

 

 しかし、返事がない。というか、人の気配がない。誰か越して来たよな……? と、眉間にシワを寄せる。もう寝ているのか、もしくは出掛けているのか……いや、にしても普通は引っ越しの日は家にいるだろう。

 何にしても、返事がないなら渡せない。部屋に引き返し、自分のカレーを食べる事にした。

 

「ふぅ……」

 

 美琴のライブDVDを見ながら、食事を終える。……このままカレー渡さなかったら、やっぱ焼き鯖にしとけば良かった、と少し後悔しつつ、青葉はライブを眺めた。

 ……アイス食べたくなってきた。そんなわけで、DVDを止めて玄関を出たときだ。

 

「あっ」

「えっ?」

 

 ジャージ姿で汗だくの緋田美琴が、隣の部屋に入ろうとしていた。

 

「ふぁっ⁉︎」

「あれ、君……」

 

 思わず玄関に引っ込んでしまった。

 心臓がバクバクと膨らんだら縮む。他の臓器に当たっているんじゃないか、と思う程の伸縮だ。

 なんで、なんで、なんで? 訳が分からない。握手会以外で二度と会うことなんてない、そう思っていたのに、どうして。いや、分かるにはわかる。けど信じられない。

 だって……まさか引っ越して来たのが緋田美琴だ、なんて思えるはずがない。

 

「っ⁉︎ っ……⁉︎ ーっ⁉︎」

 

 とにかく心を落ち着けようと深呼吸するが、むしろ過呼吸に陥りそうになる。なんだこれ、何があったらこうなるの? 俺ここ最近で良いことしたっけ? なんて頭の中で色々と考え込む中、それをこじ開けるようにノックの音が聞こえる。

 

「ガンッ……タンクッ⁉︎」

「えーっと……一宮くん、だったかな……って、なんか悲鳴聞こえたけど……大丈夫?」

「っ、だ、大丈夫です! いえ大丈夫ではありませんが……え、な、なんで⁉︎」

「私も驚いてるけど……とりあえず、開けてくれる?」

「っ、は、はい! すみません……!」

 

 人と話す時に扉越しとはなんて失礼な……と、猛省しながら扉を開ける。おそるおそる、ゆっくりと開けると、隙間に見えたのは、やはり緋田美琴。それも、ライブ中にしか見れない「汗だくver」である。

 

「ジィィィムシュナイパアアアア⁉︎」

「うん、落ち着いて」

「お、おちちゅきまひゅ……!」

「深呼吸」

「っ……すぅ、はぁ……」

「うん、OK」

 

 ……いや、まだ全然、落ち着いていなかったが、それでも何とか強引に落ち着かせる。

 

「ここ……君のマンションだったんだね」

「は、はひ……スミマセン……」

「ごめんね、挨拶遅れて」

「……」

 

 そういえばさっき、自分は挨拶がなかったくらいで「太い隣人である」って……。

 

「死にます」

「うん。それはちょっと勘弁して。私の周りで人死にとか、悪い噂たつ」

「み、美琴しゃまの周り……うへへっ……じゃなくて! わ、分かりました……延期します」

「いや中止にして」

 

 止められてしまった。しかし、困った。こんなの、ファンとして許されないだろう。自分は本当になんて罪深い運の良さを発揮してしまうのか。

 引っ越したい……が、そんなことを言えば「こっちに来なさい」と怒られるかもしれない。

 一方の美琴は何も考えていないのか、いつもの爽やかな笑みを浮かべて言う。

 

「じゃあ……これからもよろしくね」

「っ……は、はひ……」

 

 情けない……と、顔に手を当てる。疲れて帰って来ている美琴はスマートに挨拶できるのに、結局自分はこのザマか、と。

 ……ん? 疲れて? と、そこで小首を傾げた。そういえば汗だくだけど、もしかして休日にトレーニングか何かだろうか? 

 だとしたら……甘口カレーが火を吹く! 

 

「あ、み、美琴様!」

「様はやめて欲しいな。隣人だし。どうしたの?」

「あ、あの……実は先程、引っ越して来た方に渡そうと思っていたものがあって……」

「……引っ越しの挨拶を、先に住んでた人がしてくれるの?」

「? へ、変ですか?」

「……少し、変かな?」

「え、でも……」

 

 挨拶無しだからって、こっちが挨拶しないのはおかしい、と、言いたかったが、それは逆に「お前が挨拶しねーから俺がしたんだよ」と言っているような気がした。

 そんな恐れ多いこと、美琴には絶対に言えない。

 

「ひゅっ……すみみゃせん……引っ越してくる人なんてぇ……て、自分より年上だと思って、こちらから挨拶にいってゃ方が良いかなって……」

 

 噛みまくりだが、なんとか言い訳を並べた。しかも割と無理がある言い訳を。キョトンとしている美琴に、とりあえず押し切るように告げた。

 

「あ、あのっ……とにかきゅっ、待っててくぢゃしゃい!」

「うん?」

 

 タッパーに入れてある奴、鍋の中に戻さないで正解だった。3秒で持って来て、差し出す。

 

「これ、カレーです! もう冷めちゃってますけど……あっためれば美味しいと思うので!」

「……手作り?」

「は、はい……あっ、そ、そっか……」

 

 ファンの人の手作りはダメか、と理解する。何せ、何を入れられているか分からないから。渡した相手が隣人ともなれば尚更だろう。

 

「すみません……なんでもないです……」

 

 すごすごと玄関に入ろうとしたときだ。くすっと笑みを浮かべた美琴が、声をかけて来た。

 

「いただこうかな。ちょうどお腹空いてたし」

「え……い、良いんですか?」

「うん。それに、ちゃんとした栄養は貴重だからね」

「?」

 

 忙しくてご飯食べる時間がない、ということだろうか? それは大変だ。ファンとしてはまず体を大事にしてほしい所だが、口を挟める立場にない。まぁ、たまに美琴から頼まれたときなら、こうしてお裾分けするのも良いだろう。

 

「じゃあ、今後ともよろしくね」

「は、はい……! よろしくお願いします!」

 

 隣人が美琴になった……そんなラッキーにも程がある現実を前に、各々の部屋に別れた後も、青葉はうきゃっほいと転げ回……る事なく、むしろドッと冷や汗をかき始めた。

 やばいやばいやばい普通にやばい普通に考えて。こんなの……他のファンにバレたら、袋叩きに遭うのはまず美琴だろう。周りから見たら「一人のファンを贔屓するな」と言ったところか。偶然なんて信じられるはずがない。

 何より、にちかもだ。これをもしにちかに言えば……割とマジで「あんたがうちの子になって。私がそっちの娘になるから」とか言いながら、二人でトラックに撥ねられに行きかねない。

 

「……」

 

 良いことと言えば良いこと……なのだが、それ相応のリスクはきっちり含まれている。

 これは……しばらく安心出来ない。そう思いながら、ひとまずアイスを買いに行くのはやめた。

 

 ×××

 

 翌朝。洗濯物を終えてベランダに干した。つい気になり、隣の竿を見たが、まだ何も干されていない。まぁ引っ越し直後だし、洗濯物が溜まるということもないのだろう。

 隣に、あの美琴様が……そう思うだけで、少し興奮してしまうが、この状況を少しでも長くする為には理性的にならないといけない。気を鎮めた。

 なるべく見ないようにしながら、あとは出していくゴミだけ持って部屋を出た。

 ゴミ捨て場にゴミを放り、ネットをかぶせる。……この中に、美琴様のゴミはあるのだろうか? 

 

「って、俺の馬鹿!」

 

 そういうのは考えるな! と、頭を自分で殴る。昨日は美琴に手料理を食べてもらえた。今後もそんな日々が続くかもしれない。ならば、それを少しでも長く持続させるためには、信頼が大事だ。男の欲望は引っ込んでいろ! 

 そう強く胸を叩いて決心し、とにかく学校に向かっ……。

 

「あれ、一宮くん?」

「ガンキャノン!」

 

 声を掛けられ、背筋が伸びきってしまった。ギッギッギッ……と、ロボットのような動きで振り返ると、そこにいたのは緋田美琴。早朝ランニングでもしていたのか、半袖短パンにサングラスにサンバイザーと薄着だ。……それ故に、威力は分厚いものとなっている。

 

「グフッ……フライ、ト……タイプ……!」

「おはよ……大丈夫?」

 

 後ろにぶっ倒れそうになるのをなんとか堪えた。そうだ、隣人として過ごすなら、他の人に自分が美琴のファンであることを知られないようにしなくてはならない。

 

「だい、じょうぶです……! おはようございます」

「うん。これから学校?」

「は、はい……」

 

 ……でも、ちょっと目のやり場に困る。薄着なだけあって、たわわに実ったパイの実二つが視界に映るたびに引き寄せられてしまう。

 

「み、美琴様は……」

「さん」

「え?」

「美琴さん、にしてくれる?」

 

 そういえば、前々から注意されていた。前々、というか、昨日からだが。

 しかし、そんな馴れ馴れしく呼んで良いものなのか……アイドルとファンという関係なのに……いや、ファンであることを欺くためには必要かもしれない。

 ゴクリ、と唾を飲み込んでから、勇気を振り絞るようにポツリと漏らす。

 

「……み、美琴しゃん……」

「うん。何?」

「っ……」

 

 微笑まないで。爆ぜちゃう。

 

「と、トレーニングですか?」

「うん。体力は必須だからね。……そっちは、今から学校?」

「は、はい」

「頑張ってね」

「あ、ありがとうございます! 頑張ります!」

「うん、声大きい」

「あっ……す、すみません……」

 

 これで今日、授業中は眠れなくなってしまった。昨日の夜は美琴が隣に寝ていると思うだけで眠れなかったというのに。

 

「あ、そうだ。昨日のカレー、美味しかったよ」

「っ! た、食べていただけましたか……⁉︎」

「うん。ちょっと甘かったけど」

「そ、それはー……すみません。俺甘口しか食べられないので……」

 

 しかし、今にして思えばお隣さんにあげる用ならば、むしろ辛さは無くとも甘味は控えめにしておくべきだったか。

 

「すみません……」

「ううん、本当に美味しかったから。私、甘口のカレーを美味しいと思ったの初めてだよ」

「っ……〜〜〜っ!」

 

 嬉しさのあまり、顔が赤くなるほど熱くなる。憧れの人に、自分の料理をほめられる……それが、これ程までとは。両親と七草家以外に披露するタイミングがなかったが、その中でも群を抜いて嬉しかった。

 

「あ……ありがとうございます! 今後も精進します!」

「うん。頑張ってね」

 

 まるで料理の師匠と弟子のような挨拶をして、美琴は部屋に戻った。

 朝から良いことがあった……! と、青葉はウキウキした様子で学校に向かった。

 その妙なハイテンションは、学校に着いても相変わらずだった。クルクルと回りながら教室の中に入り、スライディングしながら教室の椅子に着席。足の一本を軸に回転を続け、止まった頃には脚を組んだ状態で着地していた。

 

「……あれ」

 

 そこで気が付いた。にちかと今日、一緒に学校に来ていない。別に待ち合わせしているわけでもないのでそういう事も珍しくないが、ふと気になってしまった。

 まぁ、割と寝坊することも多い子だし、今はとりあえず気にしないでノートとシャーペンを取り出す。

 せっかくなので、またご飯を食べてもらえる機会があった時のために、レシピを考える事にした。

 大人向けのカレー……と言えば、やはり辛いカレーだろう。元料理人の母親に料理を教わっていたこともあって、それを作るのは難しくない。

 ただ、自分の作った料理を自分で食べられないのが問題だ。

 ……いや、待て。逆に考えろ。それはつまり……辛ささえ克服すれば問題ないのでは? 

 

「よし……!」

 

 今日から毎日、ハバネロのスナック菓子を食べることを決心したときだ。教室の扉が開かれ、先生が入って来た。

 

「はい、全員席座れー。ホームルーム始めんぞー」

 

 いつものノリの声音でそう言う女性担任はとても美人で、ぶっちゃけ好みだったりするわけで。

 だが、今気になるのはそっちではなく、先生が来ても教室に姿を見せないにちかの方だ。

 

「あれ……おい、一宮。七草はどうした?」

「知りませんよ。なんで俺に聞くんですか」

「いつも喧嘩してるから」

「……」

 

 その「喧嘩するほど仲が良い」を前提とした物言いはイラっとするが、グッと堪える。何にしても、心配ではあった。一応、幼馴染だし。

 

「じゃ、俺探して来ますよ」

「バカなのか? これから授業だぞ」

「大丈夫です。俺、成績良いんで」

「そういう問題じゃないから」

「先生、外にアベンジャーズ」

「えっ⁉︎」

 

 騙されてるアホ教師を無視して、逃げるように教室から出て行った。

 そのまま昇降口を出て、校門に向かう。

 はづきから連絡がない、それはつまり、いつもと変わらない様子と言うこと。休みなら休みと自分には伝えてくれるのだ。あの面倒見が良いお姉さんは。

 さて、それはさておき、にちかが何処に行ったか、だ。まぁすぐに理解できる。学校サボってまで行きたい場所は、おそらくアイドル関係。だが、グッズの発売日は青葉も全部押さえているし、従って見逃しはない。

 ……つまり、密かに憧れを抱いていた、アイドルになりたいと思っている方の事。

 何がきっかけか知らないが、昨日さっさと教室を出たことから察するに、その手のチャンスが来たのかもしれ……! 

 

「おはよーございまーす」

「遅刻だぞー」

「すみませーん」

 

 ……校門から、門の前に立っている先生に挨拶しながら、普通に入って来た。自分の姿を見るなり「あっ」と声を漏らす。

 

「何してんの? サボり?」

「……お前、なんでいんの?」

「え? 今日、開校記念日か何か?」

「……」

 

 今、開校記念日は休みになんねーよ、という、ツッコミさえ出て来ない。さっきまでの自分のテンションが恥ずかしくなる程度には、頭の中が真っ赤だった。

 その真っ赤になった顔を見て、意地悪くほくそ笑んだにちかは、下から覗き込むように聞いてきた。

 

「……もしかして、来ないから心配してた?」

「! し、してねーよ!」

「心配してくれたんだー? わざわざ、学校までサボろうとして探そうとしてくれたんだ?」

「してねーっつーの! お前がどうなろうと知ったことかよ!」

「はいはい。分かった分かった。じゃ、早く教室行くよー」

「何偉そうにほざいてんだまな板コラァーッ!」

「は、はぁ⁉︎ 誰がまな板⁉︎ 82はあるから!」

「ないね! そんなんじゃお前良いとこ75くらいだろ!」

「そ、そんなに小さくないから! てか、言って良いことと悪いことあるでしょ⁉︎ そっちだって『トムホの筋肉カッコ良いな……俺も鍛えよ』って半年前に言って未だにもやし体系の癖に!」

「ま、まだ育ってねーだけだよ!」

 

 なんて、いつもの口喧嘩が始まったときだった。何かに気づいたような声を漏らす。

 

「あっ……」

「あ? アベンジャーズで騙される教員可愛すぎるの略? なんでお前そのこと知ってんだよ」

「……」

 

 なんていつもの口喧嘩が始まった時だった。

 いち早く気づいたにちかが黙り、青葉は片眉を上げる。その眉毛は、頭を後ろからガッと掴まれることで元に戻った。

 

「おい……何教員を騙して授業サボります宣言して幼馴染の女子と教員を騙した話を肴に盛り上がってんだコラ」

「……」

「おはようございます。寝坊して申し訳ありません、先生」

「おはよう、七草。教室早く行け」

「はい」

「じゃあ俺も……」

「お前は生徒指導だコラ」

 

 連行された。

 やはり、年上の美人さんと言っても、ここまで怖い人は少し苦手である。その点、美琴はやはり見た目も中身も良い人だった。たかだか学校に行くだけでも「頑張って」とエールを送ってくれる。

 実を言うと、他の仲良い近所の人達も言ってはくれるのだが、美人で芸能人で、助けられたとは言え高校生のガキにも優しく接してくれるなんて、それはもう相当である。

 

「……うん。やっぱり俺、美琴様一生推そう」

「何急に。怖っ」

 

 そんな話をしながら、生徒指導室で怒られた。

 しかし、この時はまだ知らなかった。緋田美琴という女性を。今後、抱える苦労は今の比にならなくなるのだが……今の彼には、知る由もなかった。

 

 

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