にちかに美琴様だけは絶対に渡さん。   作:バナハロ

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真のファンなら、どちらが応援になるかを考えろ。

 教員にドチャクソ怒られた青葉なので、とりあえず謝り倒した。

 そんな話はさておき、今日はその翌日。いよいよ、鎌倉ともおさらばする日。昨日の自由行動でいくつか美琴にお土産写真も出来たし、帰るのが楽しみになってきた。

 で、今はお土産を買うターンである。

 

「青葉、青葉」

「んー?」

 

 にちかに横から声をかけられる。何? と聞くと、続きを言った。

 

「美琴さんのお土産……どっちが喜んでもらえるか勝負ね。勝った方が、最初に美琴さんにお土産話を聞かせる権利を得る」

「言ったな?」

「勿論」

 

 そんなわけで、お土産チョイスバトルが始まり、散った。

 さて、どんなものにしようか? おそらく……にちかの勝負する場所は、アイドルになってから少し余裕が出来た金銭と女性ならではの着眼点から攻めてくる。

 ならば、青葉はそこで勝負はしない。自分にあってにちかにないもの……つまり、知識で勝負する……! 

 なんて割と失礼なことを考えながら、青葉はお土産を見て回った。

 ……いや、もしかしたら、お土産だけじゃ足りないのかもしれない。それらを渡す演出も重要になるかも……なんて考えながら、青葉とちょうど同じ時に同じことを考えているにちかの思考は、少しずつ変な方向に曲がっていった。

 

 ×××

 

 その日の夜、美琴は一人で帰宅した。昨日は取り乱してしまったが、なんか女性におんぶされて連れて帰って来られたらしい。その事に、少し安堵した。

 普段、自分に「しっかりしろ」と抜かしていながらも、自分だって肝心なところ抜けてるじゃん、と言いたくなるザマだ。

 というか、言う。今日、帰って来たらプロデューサーのアドバイス通り、かまちょでもしてみることにしているので、少しワクワクして来ていた。

 

「ふぅ……」

 

 マンションに戻って来たので、まずは金魚の餌でもあげようかな……と、思い、青葉の部屋の鍵を開けた時だ。

 パンッ、パンッ! と、クラッカーの音が鳴り響く。

 

「「おかえりー!」」

 

 そう挨拶してくれたのは、自分の大事な若いユニットメンバーと、ほぼ家政婦のようになっている少年。少し驚いてしまった。いや、まぁ確かに帰って来たところだが……もしかして、二人も自分に会えなくてどこか寂しかったとか? 

 可愛いところしかないが、改めて可愛いところがある、と思い、クスッと微笑んでしまった。

 

「それ、私のセリフじゃない?」

「そうですね」

「では、改めて。ただいま戻りました!」

「お帰りなさい」

 

 そう言いながら、靴を脱いで中へ入る。

 

「青葉、だいじょぶだった? 迷子」

「え、なんで知ってるんですか?」

「私が言ったー。肝試しでビビって逃げてましたよーって」

「び、びびびビビってねーし! てめーだってわけわかんねー嘘こいてビビり散らしてただろ⁉︎」

「あんたの魔法陣に言われたくないんですけどー!」

「姉の下着をコックリさん使って調べてた嘘に言われたくねーわ!」

「はぁー⁉︎」

「はいはい、そこまでにして」

 

 そんな中、パンパンと手を叩いて間に入る美琴。久しぶりのやりとりが見られて嬉しい限りだが、とりあえず狡い。自分も言いたい事を言わせてもらいたい。

 

「なんにしても、携帯忘れて迷子になった青葉の方がカッコ悪いよ?」

「なんでみっちゃんまでそんなこと言うんですかー⁉︎」

「事実だから」

「ほら見ろー!」

「ぐぬぬっ……」

 

 悔しげに唸る。……てっきり「それこそ家事の一つもまともに出来ない24歳に言われたくないです」とか期待したのだが……まぁ、初手からうまく行くなんてことは無いだろう。

 

「そ、それより、みっちゃん。もう晩御飯出来てますから、食べましょう」

「あ、うん。その前に、にっちーとアオちゃんの餌……」

「あげました」

「え、まって。それ誰の名前です?」

「金魚」

「なんで私とこいつの名前なんですか⁉︎」

「にちか、言っても無駄だ。もうこの人、決めちゃったから」

 

 良い名前だと思ったのだが……まぁ、美琴も知り合いがペットに自分の名前をつけていたら嫌かもしれない。とはいえ、にっちーとアオちゃんをやめるつもりはないが。

 さて、ご飯は出来ていると言うことなので、とりあえず三人で席についた。食卓に並んでいるのは、天ぷらそばだった。エビや野菜のかき揚げなどは各お皿に並んでいて、どれも美味しそうだ。

 

「ふふ……久しぶり……の、この感じ……!」

「みっちゃん、涎」

「は? 美琴さんが涎垂らすわけないじゃん」

「……そうだな。ごめんね」

「え、なんで急に素直……」

 

 まだ少し美琴に夢を見ているにちかが青葉に食ってかかる間に、美琴は涎を拭く。しかし、仕方ないのだ。もう美琴の舌は、青葉の料理並み、或いはそれ以上に美味しいもの、もしくは10秒で食べ終えられるもの以外は受け付けなくなっている。決して食べられないわけではないが、ちょっと何か物足りないと感じてしまう。

 まぁ、何にしても、早く食べなければ。いただきます、と三人で手を合わせると、食事を始めた。

 

「……あむっ……んっ、美味し」

「ふふ……」

「? 青葉? 何急に笑ってんの? 気持ち悪っ」

「うるせえタコ助。……いや、美琴さんに美味しいって言ってもらえるの久しぶりで……ちょっと、嬉しかったり?」

「あんた本当女々しい……気持ち悪い」

「ふふ、じゃあもっと言ってあげるね。青葉のご飯、美味しいよ。一口噛むだけで、ジューシーな揚げ物の……えーっと、あれ……なんか、旨味? が溢れ出して」

「いやあの……無理しないで結構ですので」

 

 そう言いつつも、青葉は少し嬉しそうにはにかんでいる。本当に可愛い男の子だ。本当に女の子なんじゃないの? と気になるレベルで。

 その美琴に、少しむすっとしたにちかが声を掛けた。

 

「み、美琴さん! お蕎麦はどうですか? 私が茹でたんですよ」

「そうなんだ。じゃあ一口……」

 

 呟きながら、箸で三人分、山盛りに盛られた蕎麦をつまみ、汁につけて啜る。……うん、普通に美味しい。

 

「おいしいよ。茹で過ぎとかもないし」

「ほ、ほんとですか⁉︎ ……えへへ、良かった」

「まぁ、3秒多く茹でたお陰で、若干舌触りが柔いけどな」

「細かっ。うざっ。青葉だって、エビフライ少し焦がしてたじゃん」

「お前がトッピング用の長ネギで目をやった代わりに切ってたからだろ!」

 

 長ネギも人によっては切っていると目に来るらしい。まぁ、そもそも料理をしない美琴には関係のない話だが。

 それよりも、二人がわざわざ自分のために料理をしてくれたこと自体が嬉しかった。大人が高校生の子達にチヤホヤされているみたいで周りの人には見せられないが、家の中だけなら最高かもしれない。

 

「……ふふ、そうだ。二人とも。鎌倉はどうだった?」

 

 聞かれた直後、二人は目を輝かせた。え、何? と、少しヒヨりながらも蕎麦を啜っていると、二人は椅子の下においてあるカバンの中から、袋を取り出した。

 

「その質問に答える前に、一つお願いします」

「? 何?」

「「これ、お土産です!」」

 

 差し出された紙袋を受け取った。お土産……わざわざ、買ってきてくれたんだ、と少し嬉しくなってしまったが……何故、このタイミングなのだろう? 

 

「ありがとう……?」

 

 お陰で、少しだけ戸惑ってしまう。何か意図がありそうだが……まぁ、なんにしても、開けてみよう。

 

「じゃあ……にちかちゃんのから開けようかな」

「はい来た! 勝った!」

「バカ、ちげーよ! テメーのがみっちゃんの利き手に握られてたからだっつーの!」

 

 何かまた競っているようだが、今は無視して開ける。にちかの紙袋を開くと、中に入っていたのは箱。それを開けると出て来たのは……さくら貝のピアスだった。

 それも貝そのものではなく、貝のかけらを使って三日月型に型取られ、金色の縁を付けることで少し高級感が出ているものた。

 下品なゴージャス感ではなく、美琴にとても似合いそうなものだ。

 

「わ……綺麗」

「ですよね? へっへーん、スマホで調べて『お土産買って良いのはここからここまで』の範囲を無視して買いに行った甲斐がありました!」

「ありがとう……早速、つけても良い?」

「は、はい!」

 

 せっかくなので、美琴はすぐに耳につけてみる。アイドルをやっているだけあって、いろんなピアスをつける機会があった事もあり、すぐに付けることができた。

 

「どう?」

「おっふ……」

「ぐっほ……」

 

 二人にクリティカルしたようで、大ダメージを受けたように机の上で額に手を当てて俯く。

 

「え……へ、変?」

「それは……人間と呼ぶにはあまりにも美し過ぎた……」

「自分で買って来たお土産ながら……自分の目を潰すに等しい行為だった……」

「……あ、ありがとう……?」

 

 なんかよく分からないが……とにかく、褒められているのだろう。ちょっと耳が重いけど……でもふと窓に映った自分を見る限り、確かに綺麗に見えるかもしれない。

 これは、プライベートで使いたいな、と心に決めつつ、にちかを手招きする。

 

「にちかちゃん、おいで」

「へ……?」

「写真、撮ろう?」

「い、良いんですか⁉︎」

「? 勿論?」

 

 むしろダメである理由がない。こちらから誘っているのに。

 

「青葉、撮ってくれる?」

「あ、はい」

 

 言われるがまま、青葉は美琴からスマホを受け取る。そして、こちらにスマホを向けた。

 それに伴い、美琴はにちかを隣に置いて、髪を耳にかけてピアスが見えるようにポーズをする。こんな仕草だけで少し照れてしまったのか、青葉は頬を赤らめる。

 それでも堪えて、慎重に声をかけた。

 

「じ、じゃあ……二人とも、撮りますよ」

「うん」

「へっ、よろしく」

「はい、チーズ」

 

 ピロン、とスマホ独特のシャッター音が聞こえた。

 

「撮れた?」

「はい、もうバッチリ!」

「あとで、青葉にも送ってあげるからねー?」

「ん、もらっとくわ」

 

 にちかの皮肉を無視する青葉からスマホを返してもらい、画面をにちかと一緒に見てみた。確かに綺麗に写っている。手先が器用なだけあって、どうやら写真を撮るのも得意らしい。……まぁ、半分で切れて美琴しか写っていないわけだが。

 

「青葉あああああああ!」

「美琴さん、送って下さい。その見返り美人のようにも見える美人さん」

 

 にちかからの猛攻を冷静に捌きながらおねだりされるが、そういうわけにはいかない。だって、美琴の欲しいものは来ていないわけだから。

 

「青葉。ちゃんと撮って。そしたら送ったげる」

「は、はーい……」

 

 そんなわけで撮り直してもらった。

 さて、次は青葉のプレゼント。にちかの女の子らしいプレゼントも良かったけど、青葉からのものも楽しみだ。

 紙袋を手に取る。……予想は出来たが、なんとなく食べ物っぽい。青葉は料理出来るし、当然ながら舌も繊細かつ敏感だから、当然と言えば当然だ。

 中を開けると、素敵なことに貝殻の形をしたパイ生地のお菓子が入っていた。

 

「おお……美味しそう」

「ですよね? ちゃーんと、色んなお店を回って吟味しましたから。全部の店を見て回って、鎌倉っぽさ、試食による味見、みっちゃんに見合うものか、それらをトータルで見て判断して買って来ました」

「え……青葉そんな貧乏くさい事してたの?」

「バカ野郎、冷やかしと一緒にすんな。俺はちゃんと味を見て回ってるんだ。実際、ネットで調べただけじゃ分からない事も多かったんだぞ? なんかビターな味わいとか言う割に甘過ぎたり、しらすせんべいって書いてあるのにエビの風味の方が強かったり」

 

 どれだけガチで選んだのか……と、少し心配になる中、にちかが横から口を開いた。

 

「ていうか、あそこ美味しかったじゃん、ワッフル」

「あーまぁね。でもあれお土産買って良い商店街の範囲外だし」

「真面目か」

「お前が不真面目なんだよ」

「あ、でもあそこも美味しかったよね。途中で食べたさーたーあんだぎー」

「分かるわ。鎌倉なのになんか美味かったよな。……あ、俺はあれ、途中で食べた肉まんも美味かった。鎌倉なのに」

「……二人とも食べてばかりだね?」

 

 言われて、二人ともハッとする。というか、それもお土産話の一つなのではないだろうか……とか、色々と思う所はあったが、一番気になったのは……。

 

「ねぇ、青葉」

「なんですか?」

「たくさん食べたね?」

「そ、そうですね?」

「普段、運動しない癖に」

「……」

 

 頭が良い青葉は、何を言いたいのかすぐに理解した。

 

「ふ、太ってませんよ⁉︎」

「見た目はね?」

「な、中身も!」

「太らない体質って奴?」

「そ、そうそれです! なので、俺が太るなんてことは……!」

「良いこと教えてあげるね、青葉」

「な、なんですか……?」

「そんなものは存在しないんだよ」

 

 嫌な予感がした時には、もう遅いものだ。普段、動いているにちかは素早く美琴の意図を読み取る。青葉の背後を取って、身体をホールドした。

 

「テメッ、にちかっ……!」

「青葉じゃ力比べ勝てないでしょ。私相手でも」

「良いのかなー! 林間学校で陰田から宿題借りてたの、ついうっかりはっちゃんに滑らせちゃいそうだなー!」

「は? その程度で私の美琴さんへの忠誠が消えるとでも?」

「にちかちゃん」

「はい!」

「宿題はちゃんとやらないとダメ。余計な課題増やされて、もっとレッスンの時間取れなくなるよ」

「……」

 

 ちなみに、経験談である。

 まぁ、そんな話はさておき、美琴は青葉の席に向かう。両腕は封じられているし、そもそも身体をホールドされているため、青葉は動けない。

 足を振り上げれば抵抗はできるが、青葉は自分に暴力を振るうような子ではないのは、美琴もよく知っていた。

 ……つまり、詰みである。

 

「や、やめて下さい美琴さん……!」

「みっちゃん」

「俺がガリガリのヒョロヒョロなのは知ってるでしょ! だから、お肉なんてつかない……!」

「青葉」

「っ、は、はい……!」

「動いちゃダメ」

「…………は、はひ……」

 

 はい、封じた。そのままゆっくりと手を伸ばし、制服のシャツを捲りあげ、露出したお腹にずむっ、と指を当てた。確かに見てくれは痩せている。……が、痩せている割には柔らか過ぎた。

 

「…………」

 

 真っ赤な顔を両手で覆いたがっているが覆えないため、抵抗も諦めてにちかの前でうなだれる青葉。ちょっと、弱ってる青葉には唆られるものがある、なんて思っても言わない。

 なんにしても、結論は出たようなものだ。にっこりと微笑んだ美琴は、死刑宣告のように静かに告げた。

 

「明日からダイエット、頑張ろうね?」

「…………はい……」

 

 明日はちょうど休みだ。しごく時間はいくらでもある。

 

 ×××

 

 にちかを家まで送った青葉は、結局お土産勝負のことなど忘れてしまっていた。

 なんだかんだ、旅後は疲れる。これは今日は早めに寝ようかなーなんて考えながらエレベーターに乗って五階まで上がると、玄関の前で美琴が待っているのが見えた。

 

「おかえり」

「あ、ただいまです?」

 

 何か用だろうか? わざわざ待っててくれるなんて。

 

「どうかしたんですか?」

「ん、うん。にちかちゃんとは、離れてても割とチェインでやりとりしてたんだけどさ。何処かの誰かとはスマホ忘れたから、本当に久しぶりに話す気がするんだ」

「え? 2日ぶりでは?」

「うるさい。大人が話してる時に茶々を入れない」

「はい」

 

 なんか怒られた。……というか、少しだけ頬が赤い気がするのは気の所為だろうか? 

 

「だから……今晩は、一緒に色々お話ししたいな?」

「え……」

「嫌?」

「……嫌じゃないですけど……」

 

 なんだろう、それどういう意味だろうか? なんか……「会えない間、寂しかった」って言われてる気分なんだが……オタクのキモい妄想だろうか? 

 うん、きっとそうだ。だって、美琴にとって自分はただの便利枠のはずなのだから。オタクがアイドルのストーカーとか刺殺とか事件も増えているし、その辺は気をつけないと。

 だから、変に意識はするな。

 

「分かりました! 今夜は眠れないかもしれませんよ?」

「ふふ、それでキツいのは青葉だよ?」

「あ……明日、ダイエットでしたね……じゃあ、程々で」

「それは、私次第かな」

「美琴さん次第なんですか⁉︎」

 

 なんて話しながら、美琴の部屋に入った。この部屋に入るのも久しぶり……という程でもない日数なのに、確かに美琴が久しぶりと言ってた理由が分かるほど、懐かしく感じた。

 緊張感まで戻らなかったのは幸いだったかもしれない。

 

「コーヒー飲む?」

「あ、はい。俺やりますよ。砂糖と塩間違えられたら堪らないので」

「ふふ、間違えて欲しいの? それとも素でなめてる?」

「え……いや本気で心配して……」

「分かった。明日の走り込み倍ね?」

「ええっ⁉︎ し、死んじゃいますよ!」

「大丈夫、若いんだから」

「若さは不死身ではありませんが……!」

「とりあえず、コーヒーミルクで良いのかな?」

「は、はい……」

 

 そんなに失礼なことを言ったのだろうか……と、青葉は肩を落とす。

 

「青葉だって、忘れ物とか迷子とかのおっちょこちょいはやらかす癖に」

「うっ……そ、その話はもういいですよ……」

「ていうか、どうやって宿に戻ったの? 普通に先生と合流したとか?」

「あ、はい。……一瞬だったので覚えてないんですが……」

「え、何が一瞬?」

「意識を保ってたの」

「……え?」

 

 言えない、良い年してお化けが苦手なんて。そこはもう勢いで誤魔化すとして、続けていった。

 

「斑鳩ルカさんに助けてもらったんです。……まぁ、あの人が不審者に見えてドロップキックをかまして失敗したわけですが」

「え……」

 

 不審者ではなくお化けに見えたわけだが、その辺は脚色。お化けが苦手なんて知られないためにも。

 

「ルカとあったの……?」

「え、はい」

「……だ、大丈夫だった?」

「え、何かする人なんですか? 財布は取られてませんでしたよ?」

「そうじゃないんだけど……」

 

 なんだろう、あまり良い関係ではなかったのだろうか? 美琴とにちかは仲良さそうだったし、前のユニットメンバーとも仲良いものだと思っていたが……。

 

「……まぁ、大丈夫かな。多分」

「え、な、なんですか。そんなヤバい人なんですか?」

「助けてもらえたんなら平気だよ。多分」

「え、なんか怖いんですけど……」

「大丈夫」

 

 そういえば自分はその時、ジャージ姿だった。学校名と名字が載ったジャージを。

 

「あの……美琴さん。俺はどうしたら……」

「でも、にちかちゃんから電話があったときは心配したんだよ? 迷子になったって聞いて」

「そういえば、なんで俺がスマホ忘れたの知ってたんですか?」

 

 にちかに揶揄われないように黙ってたのに。

 

「ちょうど、金魚にご飯あげに鍵開けた時に電話が来たんだ。にちかちゃんが、青葉を心配して」

「あの野郎……」

「そんな言い方しちゃダメだよ。ほんとに心配してたみたいだったから」

「うっ……常日頃、いろんな人に食生活を心配されてそうな癖に……」

「今、私の話じゃないでしょ」

「はい……」

 

 それはその通りだが、なんでたまに正論を吐くのか。

 

「まぁでも、何にしても助けてもらってしまったわけですし、お礼くらいしないとですよね」

「え」

「え?」

「いや……いいんじゃない? そこまでしなくても」

「ダメですよ。斑鳩ルカさんがいなかったら、俺今頃はまだ湖沿で彷徨ってたかもしれないんですから」

「それはないよ」

「? 何故ですか?」

「そしたら、私が探しに行ってたから」

「え、鎌倉まで?」

「距離の問題じゃないよ。青葉が無事かどうかの問題」

 

 言われて、少し青葉は頬が赤く染まる。なんか……本当にこう……この人の最近の発言は、勘違いだとわかっていてもギョッとしてしまう。

 

「……あまり、心配かけさせないでね?」

「あ、はい。すみません……あ、心配かけさせたお詫びではありませんが、みっちゃんのために鎌倉のスイーツの味を盗んできたので、いくつか作りますよ」

「ふふ、ありがとう。太らない範囲でお願いしようかな」

 

 料理が得意で本当に良かった……と、強く思ってしまう。ホント、人生何がプラスに作用するかわからないものだ。

 ……そうだ。そういえば一つ、確認しないといけないことがあった。

 

「そういえば、みっちゃんはちゃんとご飯食べました?」

「え? あー……うん。食べたよ」

「本当に?」

「うん。カレーも1日で食べちゃったからね。プロデューサーとファミレスに行ったりとか」

「……そうですか」

 

 まぁ、一人で食べるわけがないとは思っていたが……男といったのか、と少しショックを受ける。……いや、だから別にそれくらい構わないだろうに。

 

「プロデューサー、ご馳走してくれたんだ。それも自腹で。……この前、新しい掃除機買ってお金ないって言ってたのに。少し、申し訳なかったな」

「……そうですか」

 

 プライベートなことまで知っているなんて、随分と仲が良いらしいが、自分には全然関係のない話だ。美琴にだってプライベートはあるし、そもそも仕事の関係であるプロデューサーとの仲が良好であることは良いことだ。

 

「そういえば、プロデューサー私がマグロの漬け丼食べるか聞いたのにいらないって言ってたな……もしかして、マグロとか苦手だったりするのかな?」

「…………そうですか」

「聞いてる?」

「……」

 

 ……聞いてはいる。でも……聞きたくない、なんて思ってしまったりしていた。

 なんだろう、この不愉快さ。自分はそんな面倒臭いタイプのファンだったのだろうか? 自分への情けなさと気持ち悪さが融合し合い、自己嫌悪に陥る。

 でも……その自己嫌悪と美琴は関係ないのだ。ならば、何か言わなければならない。

 

「……仲良いんですね、プロデューサーさんと」

「え? まぁ……そうだね。誰にでも向き合って接してくれるし、歳も近いから話しやすいし」

「…………俺も、あとせめて5〜6年くらい早く産まれてれば……」

 

 そのくらいなら……なんだろうか? 自分と美琴の関係はファンとアイドルだし、年齢なんて関係ないだろうに。

 ……なんだ、なんだこの感じ。自分のこの勘違いしちゃってる感はなんだろう。まさか、ファンでありながら精神疾患に等しい感情を生み出しているのではあるまいな。

 

「……みっちゃん」

「何?」

「死ねカスって言って下さい」

「え、やだ……」

「お願いします! それで目が覚めます」

「嫌だよ。死んで欲しくないから」

「いや本気で死ねって言われたら俺立ち直れませんけど……そうじゃなくて、冗談くらいの感覚で良いので……」

「それでも嫌」

「なんで⁉︎ 言っておきますが、俺程度の料理の腕なら、そこら中にたくさん……」

「私、青葉の料理だけじゃなくて、青葉が好きだから」

「……はへ?」

 

 今なんて? と、青葉は変な声を漏らす。それに構わず、美琴は微笑みながら続けた。

 

「だから、青葉のこと好きだよ」

「ひぇっ……」

「にちかちゃんと同じくらい。……だから、死ねなんて言えない」

「……」

 

 にちかと同じくらい、つまり深い意味はないにしても、嬉しかった。無料のデリバリーメイドサービス程度、というわけではなかったのだから。

 思わず、その込み上げてくる嬉しさに、さっきまで抱いていた嫉妬が綺麗さっぱり無くなった。

 

「……すみません。落ち着きました」

「何かあったの?」

「あー……」

 

 どうしようかな……と、悩んだ青葉は、言うことにした。心配かけさせるな、と言われたばかりだし、くだらない事でも隠し事するのは良くないと思って。

 とはいえ、あまり直接的な言葉は使わないことにした。

 

「なんか……ちょっと、羨ましくて。プロデューサーさんが。……俺と違って年が違うなら話も合いそうですし……」

「嫉妬してたの?」

「なんではっきり言うんですか⁉︎」

「ホント、可愛いね」

「っ……〜〜〜!」

 

 ホント、イキイキした様子でいじられてしまっていた。その青葉の頭を、美琴は追い打ちをかけるように軽く撫でる。

 

「み、みっちゃん……!」

「ふふ、可愛い子」

「うるさいです!」

 

 こんなに意地悪する人だっただろうか? 思わず、青葉はふいっと頬を膨らめて目を逸らす。

 その時だ。ふと、気がついた。目を逸らした先に置いてあったゴミ袋の中。うっすら透けているそこに書かれていた文字は「10秒メシ」の煽り文句だった。

 

「……」

 

 一気に、自分の中で何かが冷めていくのがわかった。要するに「オカンスイッチ」が入れられた。

 無言のまま立ち上がった青葉は、その袋の方に歩く。

 

「? 青葉?」

「……」

 

 美琴の言葉にも反応することなくゴミ袋の前にしゃがみ込むと、それをハッキリと視界に入れた。ウ○ダーINゼリーと書かれている。

 

「……」

 

 チラリと美琴の方を見ると、美琴はそっぽを向いてしまっている。というより、視線を外して逃げている。

 

「…………美琴さん」

「みっちゃん……」

「美琴さん」

「……はい」

「こっち見て」

 

 言われて、美琴はギギギッとぎこちない動きで青葉を見る。

 

「これは?」

「……もらいもので」

「これは?」

「…………」

 

 大量に冷や汗を流した美琴は、誤魔化すように言った。

 

「そ、その……青葉の漬け丼とファミレスの漬け丼に差があり過ぎて……これなら、ファミレスで食べるくらいなら、ゼリーでも良いかなって……」

「…………」

「……す、スミマセン……」

「俺に謝られても困ります」

 

 正直、そのセリフは嬉しかったが、それとこれとは話が別である。

 

「言いましたよね、俺。ちゃんと食べてって」

「はい」

「ていうか、美琴さんに聞きましたよね。ちゃんと食べましたか? って」

「はい」

「で、美琴さんなんて答えましたか?」

「……食べた、と」

「お説教のお時間です!」

 

 嘘までつかれるとは心外だ。ただでさえ長い間、ろくな食べ物食べてなかったのだから、今後は「一日くらい良いでしょ」なんて事はないのだ。

 すると、美琴は苦笑いを浮かべながら青葉の前に立つと、青葉の手を取った。

 

「それより……青葉。私、もっと鎌倉の話を聞きたいな」

 

 その爽やかな笑みは、ファンであるなら誰しもイチコロにしてしまう程、素敵でクールな笑みだった。

 それ故に、青葉はその手を思わず取ってしまった。……ガッと手首を掴んで。

 

「……誤魔化されませんよ。ファンサービスより自己の身体にサービスをしてください」

「…………はい」

 

 このとき、美琴が少し嬉しそうな表情をしている事にも気付かず、お説教は夜まで続いた。

 

 

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