にちかに美琴様だけは絶対に渡さん。   作:バナハロ

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悪戦苦闘
姉に敵う弟などいないが、妹に敵う兄もいない。


 夏休みもいよいよ中盤。相変わらず、青葉は美琴のお世話をする日々が続くが、それには良くも悪くも慣れて来た頃、それ故に元々がダメダメだった事と、まだまだ10代の若さがあることもあり、青葉の体力は知らず知らずのうちに育って来た。

 それ故に、早朝の三人でのマラソンも少しずつペースアップして来て、今ではにちかにとってはそれなりにちょうど良いペースで走れるようになって来た。

 今日もマラソンを終えて美琴の朝食を作り終えて仕事に送り出し、一息ついていた。

 そんな中、青葉はマンションの自動ドア前のポストから郵便物を取り出す。部屋に戻ってからその郵便物を見ると、チラシやら何やらの中に一枚だけハガキが入っていた。

 

「……母さん達からだ」

 

 裏面を見ると、そこに載っていたのは父親と母親、そして姉の三人の写真と一言欄。

 まずは母親のメッセージから見た。

 

『そろそろアイドルオタクは卒業出来ましたか? あなたがその気なら、私達はいつでも転校させる準備はできています』

 

 すぐにシュレッダーにかけたくなる内容だったので、さっさと次のメッセージである父親へ。

 

『元気か? お前も美琴様も。俺も日本に残りたいって言ったら、母さんに筋肉ドライバーを喰らわせられた事を、今でも思い出します。生活に不自由があったら遠慮なく言うように』

 

 青葉のことを気にした内容を書いてくれていた。が、父親の仕事の都合で海外に行くのに、父親が日本に残りたいとか言ったら、そりゃ喧嘩になるわ、と今でも思うので無視。

 そして最後、姉の一文。

 

『元気か? にちかとは上手くやれてるか? 料理が面倒になって、まさか飯を冷凍レトルトで済ませたりしてないだろうな?』

 

 初めての、それも高校一年生からの一人暮らしなので心配なのは分かるが、そんな事していないから安心して欲しい。

 続きを読んだ。

 

『私は一度、戻ってお前の様子見に行くからな。このハガキが届くくらいの夜には日本に着くから、ちゃんと駅まで迎えに来いよ』

 

 え、と頭の中で冷や汗をかく。え、来るの? 姉が? ここに? と。

 マズい、何がマズいって……お隣さんとの関係だ。知られる、知られないの次元ではない。知られるしかない。

 ……というか、最悪……「お隣さんとのそんな特殊な関係をするために一人暮らしを許可したんじゃない!」と怒られるかも……。

 

「なんとかしないと……」

 

 呟きながら、青葉はとりあえず部屋の片付けを始めた。

 別に散らかっているわけではない。ただ、掃除している時が一番、考えがまとまるのだ。

 さて、どうするか。このハガキが届く頃……つまり今晩だろう。美琴が何時頃に帰って来るかは知らないが、姉が帰ってくる前に晩飯を作ってしまえば、とりあえず今日の飯は問題ない。……いや、明日の朝の分も作ってしまえば尚のことだろう。

 ……しかし、美琴も遅くまで練習しているため、そこは正直賭けだ。ならば、姉の帰国時間を少しでも遅くさせるしかない。

 

「……お使い頼もう」

 

 それも、大量に。洗剤と食材とボディソープと……と、買わせるものを考えながら、青葉は掃除を続けた。

 

 ×××

 

 その日の夜、美琴は駅に到着した。あとは、歩いてマンションに向かうだけ。

 しかし……青葉から不思議なチェインが届いていた。「今日は、早めに帰って来てください」らしい。

 勿論、自主練をした上で急いで帰って来たわけだが……青葉がこうして自分を急かすのは珍しい。

 ま、世話になっている身だし、早く帰るくらい良いか、と思うことにして、帰宅し始めた時だ。

 

「おーう……姉ちゃん……お一人ぃ〜?」

 

 なんか、酒臭い声が聞こえる……と、嫌な予感がする。ふと振り返ってしまったのは、迂闊だったかもしれない。顔を真っ赤にして足元をふらつかせた「いかにも酔っ払い」という男が立っていたから。

 

「……何か御用ですか?」

「おおう……おぇな……良い歳して、彼女に振られちまってなぁ……」

 

 知らない知らない、と思っても、離してくれそうにない。真っ赤なままの顔で、自分の方へ歩み寄って来る。

 面倒なことになっちゃったな……と、少し困っていると、その男は自分に手を伸ばして来た。

 

「なんだぁ、その面倒なことになった、みてえなツラはぁ〜!」

「っ……!」

 

 やばっ、なんかこいつ手が早い……と、身構えた時だ。その自分達にかけられる声。

 

「お、お姉ちゃーん、こんなところにいたんだー」

 

 なんか、前にもこんなことがあった気がする。そんな声音だった。だが、自分が知っている声にしては少し高い。

 そちらに顔を向けると、茶髪の長い髪を靡かせた、サングラスの女性がスーツケースを横に置いて立っている。自分より背が高い女性は、アイドル以外で久しぶりに見たかもしれない。

 誰? と思ったのも束の間、その女性は自分の腕を引く。

 

「あの〜……この人、私の彼女なので、すみませぇん」

「……えっ」

 

 それは無理ありでしょ、と心底思う。なんだろう、このデジャヴ感。前にもこんなことがあった気がする。

 案の定というかなんというか、男はすぐに食いかかる。

 

「女同士で何言ってんだぁ! てか、さっきお姉ちゃんって言ってたろうが貧乳がぁ!」

 

 そう怒鳴りながら男は自分ではなく、その女性に掴み掛かる。

 が、その手を女性はガッと掴んだ。

 

「えっ」

「……彼女でも姉妹でも良いから、そこで手を打っとけよおっさん」

「えっ」

 

 口の崩れ方に、美琴も狼狽えてしまった。というか、オーラがやばい。

 

「な、なんだお前……殺すぞコラァっ!」

「……」

 

 言いながら、男は掴まれていない方の拳を振るって来る。それに対し、女性は普通に避けると、ニヤリとほくそ笑んだ。

 

「速度は重さ……」

「あ?」

「光の速さで蹴られたことはあるかぁ〜い?」

 

 直後、女性の廻し蹴りが、男の腕を巻き込んで直撃した。

 

「げへっ……!」

「……」

「遅いねぇ〜」

 

 急におどけた口調になった。絶対にキャラを作っている。……ていうか、この人はなんなのか気になる所だ。

 ポカンとしていると、その女性は自分の方に振り返る。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「いえいえ、私もあなたにお願いがあって助けましたから」

「?」

 

 頭上に「?」を浮かべていると、女性はスマホを自分に見せた。マンションの名前……というか、自分のマンションだ、

 

「? それが?」

「私のマンション……探してくれませんか……?」

「……はい?」

「四ヶ月ぶりに帰って来て、どこだか忘れちゃいましたー……」

「……」

 

 度胸があって実際、強く完璧に見えるのにこのポンコツさ加減、なんかどこかで見た気がする。

 

「ちょうど私のマンションも同じなので、よかったら一緒に来ます?」

「お願いします! ……日本人も捨てたもんじゃねーな」

 

 なんか最後に地味な毒が漏れた気がしたが、そのまま二人でマンションに向かった。

 

 ×××

 

 青葉は部屋で料理の仕込みをしていた。この際、食材は自分の家のものを使い、美琴には食べてもらう。とにかく、今後とも料理当番を任せていただくためだ。

 ……にしても、思ったより来るの遅い。このままでは、姉が帰って来てしまうかも……と、思っているときだ。

 インターホンが鳴り響いた。

 

「あ、きた!」

 

 すぐに飛んでいった。ちょうど仕込みも終わったし、あとは食材を持って行って、隣でカレーを作るだけだ。

 とりあえず、床に食材が入った鍋を置いてから、慎重に外の美琴に声をかける。

 

「みっちゃん?」

「青葉……」

「念のため確認です。付近に茶髪ロングでイキったサングラスをかけた強面のノッポ女はいますか?」

「え……あ、やっぱり本当にお姉さんなの?」

「え?」

 

 何その予想外の返事? なんて思った頃には遅い。ガチャっと、扉に鍵が差し込まれる音がする。

 そして、回される。慌てて玄関を力づくで閉めようとしたがもう遅かった。パワーゴリラにより、勢いよく扉が強引に開かれた。

 

「青葉ああああ! 誰が『茶髪ロングでイキったサングラスをかけた強面のノッポ女』だああああああ‼︎」

「ごめんなさいいいいいいい⁉︎」

「あ、本当にお姉さんだったんだ……」

 

 思いっきり部屋に入るなり襲い掛かられる。逃げようとしたが、襟首をガッと掴まれ、引き込まれ、首に腕を回されてこめかみに中指や関節をグリグリと押しつけられる。

 

「ごめんなさいはどうしたコラ!」

「言ったじゃん!」

「何回言っても良いだろうがクソガキャアアアアアアア‼︎」

「いだだだだだ! めり込む、こめかみめり込んで目ェ飛び出るって!」

 

 何が痛いって、別に急所に直撃していることじゃない。単純に力で押してくるから、普通に痛いパターンだ。

 というか、姉が美琴に姉弟ではあることを話したのは分かったが、美琴から姉にはどこまで話したのだろうか? 

 そんな風に浮かんだ疑問に、まるで答えるように姉は続けた。

 

「テメェ、憧れのアイドル様のお宅に何度もお邪魔して飯食わせて掃除までして合鍵まで渡したらしいな⁉︎ そんな不純異性交遊をさせるために一人暮らしを許可したわけじゃねーんだぞコラァッ⁉︎」

「なんで全部言っちゃうんですかああああああ⁉︎」

「ごめんね、お姉さんだから平気だと思って」

 

 全然、平気じゃない。昔からだ、この姉がこんなにガサツなのは。その反動で自分はなるべく手は簡単に出さないようにしているまである。

 そんな時だった。自分と姉の間に、食材が入った鍋が横に置いてあることに気がついた美琴がやんわりと口を挟んだ。

 

「あの……その辺で許してあげてくれませんか? 青葉、今日も晩御飯作ろうとしてくれていたみたいなので」

「いえ、今日は許すわけにはいきません。……この野郎、要するに親からの仕送りの金を使って他人のご飯作ってたわけですよね?」

「いえ、私の家の食材で作っていただいているので、そんな事ありませんよ」

「え……そうなんですか?」

「はい。お陰で、私の食材選びのスキルも上がりました」

 

 それはその通りだ。ここ最近はちゃんと安いものを買うようにしてくれている。まぁ高いものを買って青葉が困るわけでもないが、教え甲斐は確かにあった。

 

「で、でも、家事とかも下着とか見てしまったんじゃないですか⁉︎」

「いえ、流石に洗濯くらいは自分でしてますし、その辺は気をつけてますよ。……というか、最近は掃除も自分でしています」

 

 それもその通り。家具が少ない部屋だから、掃除も楽なのだ。青葉は今のところ、一回も美琴の下着が置きっぱなしになっている所を見たことがない。……まぁ、見たらそもそも鼻血出して死んでてもおかしくないので、なるべく余計なところは見ないようにしているというのもあるが。

 

「とにかく、姉ちゃんが心配してるようなことにはなってねーよ! 俺は姉ちゃんの800倍は頭良いんだから!」

「おっしゃ、今脳細胞死滅させてやらァッ‼︎」

「わ、わー! 嘘嘘ごめんなさい!」

「あの、ですからその辺にしてください」

 

 ふと、いつの間にか美琴が姉の腕に手を置いていた。少し力が入っているのか、震えている。

 

「……むぅ、しゃーねーな」

 

 もしかして……青葉のために怒ってくれたのだろうか? 確かに姉の暴力は割と困るのだが、美琴が口を挟むのが意外だった。

 あ、もしかして……と、すぐに青葉は合点がいった。

 

「そうだよ、姉ちゃん。みっちゃんお腹空いてるみたいだから、早く離して」

「やっぱりもう5分ほどやっちゃってどうぞ」

「みっちゃん⁉︎」

「よっしゃあ! 殺したるわ! そもそもその呼び方なんだコラァッ⁉︎」

「やーめーれー!」

 

 本当に5分間グリグリされて、ようやく解放された。頭痛は未だに脳内に響いており、少しズキズキする。

 

「ああもう……酷い目にあった……」

「自業自得だろ」

「それより青葉、ご飯。早く」

「みっちゃんには一体何が……」

 

 まぁ、でももうバレた以上はとりあえずご飯にして良いだろう。自分の部屋の食材を使ったものを用意してしまってるのでまずいとは思ったが、すぐに誤魔化す道はある。

 

「みっちゃん、今日はうちで食べて行ってください。姉の事も紹介しておかないといけませんし」

「わかった」

「おいおい、久々の姉ちゃんとの再会なのに、水入らずじゃねーのか?」

「久々の再会でヘッドロックした奴に言われてもな……てか、時差ぼけとかねーの? さっさと寝たら?」

「お前が寝るか?」

「う、嘘です……」

「てか、まだ飯食ってねーし。腹減ったー」

「はいはい……」

 

 なんか……ワガママな妹とおとなしい妹が二人いる気分だった。

 

 ×××

 

 さて、青葉が夕食を作っている中、待っている美琴に姉が挨拶した。

 

「ご挨拶遅れました。私は一宮夏子です。大学一年生……といっても、アメリカのですが。弟が普段、お世話になっております」

「あ、はい。私は緋田美琴です」

「私の方が年下なので、敬語なんて使わないで結構ですよ」

「……そう?」

「はい」

 

 などとやりながら、お互いに自己紹介を終える。よくよく見れば、青葉とよく似ているような気がする姉だ。特に、目元。口調や性格の割に、サングラスを外すと目はパッチリしているが、そこが青葉とそっくりである。

 ……とはいえ、趣味嗜好は全然、違う気もするが。

 

「緋田さんは……うちの弟とはいつからの付き合いで?」

 

 ……下手に嘘はつかない方が良いかもしれない。

 

「6月頃だよ」

「そんな前からか……」

「ごめんね。青葉、家族にそういう話してないと思わなくて、正直な子だから」

「正直だけど、言わない方が良いと思ったことは言わないタイプですから」

 

 それを聞いて、少し複雑そうな表情を浮かべる。なんか……周りの人の方が青葉のことをよく分かっているみたいで、ちょっとだけ複雑だ。

 まぁ、実際の所、自分よりは長く付き合っているわけだし、仕方ないとは思うのだが……。

 ……でもなんか、複雑だ。

 

「あ、ちなみにあいつ、たまに毒が漏れるでしょう? そういう時は、私がさっきやったみたいにぐりぐりとかが良いですよ。すぐに言うこと聞きます」

 

 ……ていうか、この人は割と青葉にそういう暴力を振るっていたのだろうか? なんか、青葉が海外について行かなかった理由も分かる気がする。

 

「いや、私はそういう野蛮なこと彼にはしないので、大丈夫だよ」

「……ふぅん」

 

 露骨に含みのある言い方をしてしまい、キュッと夏子の視線が鋭くなる。

 

「ま、それだとあいつ言うこと聞かねーけどな。何回言っても墓前に備えた饅頭は食うし、人の部屋でポロポロお菓子こぼしながら食うし、にちかと連携して人が楽しみに取っておいたミルクプリン食うし」

 

 そんなこと言われても、美琴にはピンと来ない。そういうことする子には見えないし、百歩譲って本当だとしてもそれくらい美琴は気にしないから。

 

「そっか。でも私の知ってる青葉はそんなことしたことないし、むしろよくご飯も作ってくれるから、あんまり関係ないかな。子供っぽいとこは確かにあるけど、親切だし、丁寧だし、たまに良い匂いするし、なんにしても手を上げることはないかな」

 

 すると、今度はむすっとし始める夏子。そして、何を思ったのか薄い胸を張って語り始めた。

 

「ま、私も青葉に昔はよく懐かれてたけどな! 一緒にゲームしてやったりな! たまにゃ、徹ゲーも付き合ってやったしよ!」

「……だから青葉、背が伸びなかったんじゃない?」

「……え」

 

 確か背を伸ばすには睡眠も大事、とか聞いたことある。まぁ普通に運動不足とか他の要因もあったと思うが、それも原因になっている可能性もあるだろう。

 ……まぁ、ゲームを一緒にしたというのは羨ましくないわけでもないが。

 

「あ、あいつは元々インドア派で運動しねーからだろ! 姉なら、あいつの嫌がることはさせたくないしな!」

「いやさっきヘッドロックしてたくせに……え、ていうか、普通にお祭りとかいったよ、私。青葉も楽しそうにしてくれてたし」

「……うぎぎっ……!」

 

 少しずつ悔しそうな唸り声を漏らし始める夏子。そんな時だった。青葉が自分達に声を掛ける。

 

「カレー、出来たけど……え、なんでそんなギスってんの?」

「青葉、ちょうど良い所に来た!」

 

 カレーのお皿を持って来ていたので、美琴が手伝うためにお皿を取りに行く中、夏子が青葉に声をかける。

 

「何?」

「青葉、私とこの人、どっちが好きだ⁉︎」

「みっちゃん」

 

 速攻答えられた直後、夏子は指をゴキゴキと鳴らし始める。

 

「ひぇっ……いやそんな風に脅されても、今こうして手伝ってくれる人とくれない人がいる時点で差が出るのは明白というか……」

「……」

「ふふ、スプーンも用意するね」

 

 さらに追い打ちをかける美琴。すると、その後ろから夏子が立ち上がった。

 

「机、まだ拭いてねーから私がやってやんよ!」

「え、いやいいよ別に」

「なんでだよ⁉︎」

「や、だって疲れてるでしょ」

「お前言ってることメチャクチャじゃねーか!」

「いや態度の問題だから」

「む、ムカつく……!」

 

 そのまま三人分のカレーを運び終え、三人で改めて食卓を囲む。

 いただきます、と挨拶して食べ始めた。

 

「二人とも、自己紹介しました?」

「うん。したよ」

「なら良かったですけど……じゃあなんでそんなギスってたんですか?」

「お姉さんの暴力が目に余ったから、ちょっと大人気なく色々言っちゃっただけ」

「ですよねー、うちの姉ちゃん本当にガサツで……まぁ、そのガサツさで助けられる事もあったりするんで文句言えないんですけど」

「……そうなんだ」

 

 そう言えば、自分もさっきそれで助けられた。……ちょっと威力が高すぎた気がしないでもないのは置いといて。

 

「俺が中学生の時ですかね……クラスメートにみっちゃんの写真キーホルダーを公園の木の上に隠されたことあって、その時に通り掛かった姉ちゃんが、廻し蹴りで木を揺らして取ってくれたんですよ」

「へぇ〜……」

「そうだぞ、感謝しろ!」

「その後、姉ちゃん足痛めて俺が家でマッサージしたんですけどね」

「う、うるせーな! 木を蹴っ飛ばして無事で済む足があるかよ⁉︎」

「あと、昔はよく擦り傷作って帰って来てたから、消毒液かけるのも苦労したよね。わんぱく過ぎて」

「テメェこそ人のこと言えんのかよ⁉︎ ビビリの癖にいつも態度だけ大きくしやがって⁉︎」

「方向音痴の癖にアウトドア派な奴に言われたくねーわ! 小四の癖に小一の弟に学校まで案内させやがって!」

「お前こそ、中学生にもなって一々、姉に体育のサボりを注意させるんじゃねーよ!」

 

 ……と、少しずつ喧嘩がヒートアップしていく中、少しだけ美琴はむすっとしてしまう。なんか……蚊帳の外感がすごいというのもあるが、何より青葉が最初に世話を焼いていた歳上は自分ではなかったことが、何となく苛立った。……まぁ、確かに手慣れてはいるなと思ったが。

 なので、話に混ぜてもらおうと声をかける。

 

「……青葉、青葉」

「あ、すみません。みっちゃんの事を忘れるなんて……」

「つーか、さっきから思ってたんだけど、その呼び方なんだよ?」

「え、美琴さんがそう呼んでって」

「え……24にもなって、みっちゃん……?」

「……悪い?」

 

 鼻で笑われ、少しイラッとしてしまう。……いや、まぁ確かにそれも歳下に呼ばれてると思うと、思うところが無いわけでもないが? 

 

「そうだぞ、姉ちゃん。はづきのことも、俺いまだにはっちゃんって呼んでるし」

「そ、そりゃそうだけどよ……ぷふっ」

「そんなにおかしいなら、俺も姉ちゃんのことは婆ちゃんって呼ぼうか?」

「ああ⁉︎」

「ぷふっ……!」

「何がおかしいんだ美琴コラァッ!」

 

 いや、今の返しは面白かった。思わず素で笑ってしまう程度には。

 

「ふふ……お婆ちゃん……」

「よーし殺す! 覚悟しろ」

「は? みっちゃん殺そうとしたらその前にお前殺すよ」

「は? 殺されんのはお前だから。元を断ち切るに決まってんだろ」

「あ、はい。すみませんでした……」

 

 謝らせているのを眺めつつ、笑いをそろそろ堪えた。ここで笑ったら、また喧嘩になるから。

 ……にしても、婆ちゃん。口調も、なんか一昔前のレディースのヤンキーみたいだし……。

 

「……ぷふっ」

「てめええええええ‼︎」

「やーめーれー! みっちゃんも少しは堪えて!」

「ごめんごめん」

 

 結局、喧嘩にはなった。

 

 ×××

 

 さて、食事を終えた後、青葉はすぐに洗い物。その間、夏子は風呂に入り、美琴は何となく帰らずに残っていた。

 そんな中、洗い物をいつの間に終えたのか、そしていつの間に淹れたのか分からないが、青葉がコーヒーを目の前に置いてくれた。

 

「どうぞ。インスタントですけど」

「……ありがとう」

「すみません、美琴さん。無礼な姉で」

「気にしてないよ」

「あんなんだけど、悪い奴じゃないんです。ガサツなのも、根源は仮面ライダーに憧れて『悪い奴はとりあえず殴る』の精神から来てるだけですし……実際、俺よりも頼りになる姉ですよ。運動も、英語だけなら勉強も」

「……」

 

 あんな口喧嘩してても、ちゃんとフォローするところはしてあげるあたり、やはり良い子だ。……まぁ、その子から彼女の恥部もほとんど出ていたわけだが。

 とはいえ……だ。今にしても思えば、確かに彼の姉っぽいポイントはいくつもあった。何より、助け方。知り合いのフリをする辺り、本当に似た者姉弟と言うべきだろう。

 

「ありがとう。でも、それなら早めに私との関係がバレたのは良かったんじゃない?」

「え、なんでですか?」

「だって、お姉さんにバレないようにご飯作りに来るとか無理でしょ?」

「……まぁ、それは……」

 

 どうせ青葉のことだから、自分にも話さずに隠密行動に移るに決まっている。チェインの段階で何も言ってくれなかったのが良い証拠だ。

 

「普通にバレた上でご飯作りにこれるなら、それはそれで良いかなって」

「……そうですね……」

「うん。だから、明日のご飯もよろしくね」

「はいはい……」

 

 話しながら、美琴はコーヒーを飲む。そんな時だった。お風呂場から声が届く。

 

「あーおーばー! 私の鞄から洗顔取ってくれー!」

「なんでボディソープとシャンプー持っていって洗顔忘れんだよ!」

「しゃーねーだろ! はーやーくー!」

「わーったよ!」

 

 せっかく一緒にコーヒーを飲んでいたのに、青葉は一度、席を立ってしまった。姉の開きっぱなしになっているスーツケースを漁る。

 適当に服やら何やらを引っ張り出して探す姿を見て、一応声をかけた。

 

「洗顔とかなら、内側のポケットとかじゃないの?」

「うちの姉ですよ?」

「あー……なるほど」

 

 つまり、カバンを力技で締める人なのだろう。なんだか……苦労しているなぁ、としみじみ思ってしまったり。

 そのままガサガサと宝探しをする中、ふと気になるものが目に入る。下着類とかだ。

 

「あの……青葉?」

「なんですか?」

「下着とか普通に触ってるけど……大丈夫なの?」

「何がですか?」

「や、だって……私のノーブラを知った時とかすごく顔真っ赤にしてたのに……」

「姉の下着を見たって何も感じませんよ……」

「そ、そうなんだ……?」

 

 あ、じゃあなんで自分のノーパンノーブラにはそんなに反応したの? と、弟や兄がいない美琴には分からない疑問が芽生えてしまった。

 ……つまり、そんなこと気にするような仲じゃない、ということだろうか? だとしたら……羨ましい。というか、本当に青葉は自分以外にはなんでもぐいぐい行ける人だ。

 そこで、ふと気がついた。気が付いてしまった。

 

 ──自分ももっとポンコツになれば、もっと構ってもらえるんじゃね? 

 

 と。

 そういえば、プロデューサーの助言を思い出した。少しかまちょしてみれば良い、という。

 ……うん、そうだ。それだ。それしかない。

 

「青葉」

「あ、あった。なんですか?」

「私、頑張るから」

「え、何を?」

 

 頑張ることにした。

 

 

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