「え、温泉ですか?」
翌朝、青葉とマラソンを終えて朝食を作ってもらった時に声をかけた。
「うん。一緒に来ない?」
「俺も、ですか?」
「そう。近くに海あるし、楽しめると思うよ」
それを聞いて、青葉は少し腕を組んで考え込む。海、か……と、一瞬楽しみになる……が、それはつまり……目の前に下着同然の姿の美琴が現れると言うわけで。
「……俺、そんなことになったら死んじゃいますよ?」
「え、し、死ぬの……?」
「死にます。色々な感情が高まった挙句、爆発します」
「ば、爆発……?」
多分、爆発する。顔を真っ赤にして内臓から弾け飛ぶ。過去にそんなことがあったわけではないが……あと、普通に自分の裸を見られるのも恥ずかしい。運動をし始めたとはいえ、ヒョロガリだし。
それにー……もっと海水浴に行くなら嫌な理由はあるのだが……まぁそれは言えない。
……もっとも、青葉の弱点を知っている人間にとってそれは察しがつくというものだが。
「青葉もしかして泳げないの?」
「お、おおお泳げないわけがないでしょう!」
「ふふ……何処までも可愛い人だな君は」
その褒め言葉、嬉しいけど恥ずかしいからやめて欲しい。
真っ赤に染まった顔を俯いて隠しながら、青葉はポツリとつぶやく。
「そういうのやめて下さいよ……ちょっと、変に舞い上がっちゃいますから……」
「舞い上がって良いんだよ?」
「嫌ですよ! ただでさえ男なのに……か、可愛いで褒められて喜んじゃうとか……」
好きな人に褒められるなら、やはりカッコ良いとかが良い……いや、まぁ8つも歳離れてるし、自分みたいなちんちくりんのガキが何言ってんだ、と思われるかもしれないが……と、思ってると、美琴が微笑みながら言った。
「大丈夫、私は青葉に男の子的な格好良さ、とか求めてないから」
「……」
「……?」
あ、やばい。地味に効いた、今の一言。分かっていたこととはいえ、割とはっきり言われると死にたくなる……。
地味に肩を落とした青葉が気になったのか、すぐに美琴が声をかけて来た。
「青葉? どうかした?」
「あ……いえ、なんでもないです……」
……まぁ、どうせ叶わない恋なのだし、気にしても仕方ない。そう、気にしない。そもそも、自分が美琴の隣に並んだとしても、月とスッポン。考えても悩んでも無駄だ。
……しかし、かっこよさってなんだろうか?
「……」
「青葉?」
「っ、あ、す、すみません」
「何か悩んでる?」
「いえ、そんなことないです」
「なら良いけど……ご馳走様」
そこで、美琴は食事を終えた。なら、洗い物しないといけない。
「じゃあ、食器類洗っちゃいますね」
「うん。よろしく」
しかし……カッコよさか……と、今まで考えたことも無い議題に思案に暮れた。
とりあえず……知り合いの中で一番、それに詳しそうな人に後で聞いてみることにした。
×××
今日の美琴は一日お休み。なので、たまには趣味の作詞作曲でもしようと思っていた。
が、そこで洗濯物が溜まっているのを思い出し、洗濯を回し、今は待機中。
その間、少しだけさっきの青葉の表情が気に掛かった。なんだか、ちょっとだけ本気で傷ついたような表情になった気がしたが……あの時、何あったっけ? と思い返す。
可愛いと言ったこと? いや、嬉しそうにしていたし、そうではないと思う。何せ、喜んでたし。喜んでいる顔は本当に分かりやすくて可愛らしいものだった。
「となると……」
男の子的な格好良さを求めてないと言ったことだろうか? でも、青葉がそういうの気にするのは少し意外な気がしないでもないが……。
まぁ、それなら謝ったほうが? いや、でも別に謝ることでもない気がする。だって、実際カッコ良いより可愛いの方が強いし……いや、助けてくれた時は少しカッコ良くもあったが……手段自体はカッコよくなかったが。うん、やっぱりかわいい。
でも……青葉が少しショックを受けてるのなら……と、思っていると、洗濯完了の音が響いて来た。
「……あ、干さないと」
と、いうわけで、洗濯物を洗濯カゴに入れに行った。サクサクとそれを済ませ、ベランダに出ると……隣のベランダから声が聞こえて来た。
「うん、そう。……だから、お願い。今日、急で悪いんだけど……空いてる?」
青葉の声だ。友達と遊ぶのだろうか? まぁ、あの人も高校生だし、それくらい普通なのだろうが……。
「ユイシスの協力がないと無理だってー。ほら、サブカル的な感じで良いからさ。午前中だけで良いから」
ユイシス? あだ名だろうか? 結構、砕けた様子で話しているが、仲良さそうな感じに聞こえる。
「うん、そう……だから、お願い。俺みたいな顔でも、ファッション誌の巻末カラーを飾れるくらいのイケメンファッションにしてほしくて……いや、行けるって。だってイケメンじゃなくてもその辺に気を遣えばイケメンに見えたりするじゃん。……え、す、好きな人がいるわけじゃないって! ……ただ、まぁ……ちょーっと、気になる人がいないわけでもない感じ的な?」
それを聞いて、少し美琴は目を丸くする。気になる人……とは、やはり好きな人の事だろう。学生時代、恋バナ好きなクラスメートがよく話していた。
青葉にもそんな人が……と、思いつつも、少しだけショックを受けてしまったり。何故だろう。別にあのくらいの年頃なら恋愛の一つや二つ、不自然でもなんでもないのに……と、初恋もまだな24歳は思ってしまった。
「ほ、ほんと? 良いの? サンキューマジで。大好き、超愛してる」
さらに巨大な衝撃が美琴の中で走った。あ、愛って……まさか、好きな人ってそのユイシスさん? ていうか……もう、付き合ってる?
……そっか、青葉にはもう、恋人がいたんだ……と、何故か変にショックを受けてしまった。
「え? あ……そっか。ごめん、アイドルだもんね。その手の冗談はもうダメな奴か」
メキッ、と洗濯物を干すのにハンガーを軋ませてしまった。冗談かよ、と。……いや、それなら尚更気になる。電話の相手アイドルなの? ていうか、そんな冗談を気軽に言える関係って何だろう。
「うん、うん……わかった。じゃあ、10:30に渋谷で……え、嘘。わざわざそこまでしなくても……いや、ありがたいよ。じゃあ、お礼用意しないとね。うん。はい、はーい」
そこで電話を切ったらしい。しかし……相手は女の人らしい。しかも、アイドルの。なんか……納得がいかない。自分とはアイドルとファンだからって一線引いてる癖に、他のアイドルの人とはそんな風に話すのか、と。いや、にちかみたいな例もあったりはしたが、アレは幼い頃からの仲なので別案件。
何にしても……うん。納得がいかない。
「……確か、10:30に渋谷だっけ……」
とりあえず、さっさと洗濯物を干し終えて、着替えをする必要がある。
×××
部屋を出た青葉は、渋谷の待ち合わせ場所で待機。スマホゲーをぽちぽちしていると、遠くから「アオっちー」と独特の呼び声が聞こえる。
顔を向けると、そこには三峰結華と……なんか自分どころか美琴より長身のイケメン女性が立っていた。
「あ、おーっす、ユイシス……と」
「お待たせー。女の子を待たせないあたり、高得点を差し上げよう」
「ふふ、初めまして。可愛い王子様……結華に聞いていた通り、面倒見が良さそうな男の子だね」
「は、初めまして……」
急に褒め言葉から始まったぞこの人……と、思う反面、あんまりちょっと嬉しくない。美琴ならまだしも、他の女の人に可愛いとか言われても……面倒見の良さも、身につけようと思ってつけたわけではないし、なんならその自覚もない。
「白瀬咲耶です」
「あ、はい。一宮青葉です」
「それで……好きな人との外出用の洋服が欲しい、と?」
「そう……まぁそうですね。いや別に好きな人というわけではなく、単純にちょっとだけ気になる人がいるようなというか……」
「え、全然それ単純じゃないけど」
「ふふ……青葉は照れ屋なんだね?」
「い、いえ……そういうわけでは……」
ただ、叶わぬ恋なのに「好きな人がいる」と言ってもし応援でもされてしまったら申し訳なくなるだけだ。今回、服を選んでもらっているのだって、仮にも美琴と遠出する男として、恥ずかしくない格好をするためだし。
「それより、早く行きましょう。あんまり人前でしたい話でもないので」
「そうだね。じゃあ……さくやん。おすすめのお店を」
「私の、で良いのかい?」
「うん」
確かにー……女性だけど、カッコ良い洋服とか知ってそう。流石、アイドルの人脈である。
そのまま三人でお店に向かった。
「……」
一人、後ろからつけてる人がいるのにも気が付かずに。
×××
「……あれ、お……おかしいな……」
服を見回り始めてから、早一時間。中々、服が決まらない。咲耶の見立ては正確で、かなり似合っているのだが……どれもピンと来ない。
何故だろうか? なんというか……何度見ても、やはりなんかこう……しっくり来ない。
「……俺、カッコ良いですか⁉︎」
「うん、まぁ……カッコよくあるよ?」
結華が青葉を見てそう言う……が、なんとなく気を遣われている気がする。変……なのだろうか?
「いや、ほんとに変ではないし似合ってるんだけど……なんか、あおっち感がない」
「何それ」
「いや……なんていうか……着飾ってるみたい」
「酷い⁉︎」
直球にも程がある物言いだった。大体、服なんてどれも着飾るためのものだろうに……。
「……そうだ。ちょっと待っててくれるかな」
そう言うと、咲耶は服を選びに戻った。その間、結華は青葉の服装をじっくりと眺める。
「……何が悪いんだろう。似合ってるんだけどな……」
「あの、似合う似合わないはこの際、置いといて、カッコよく見えればそれで良いんですけど……」
「えー、だってアオっち全然カッコ良くないし……」
「えっ」
地味に効いた。なんてこと言うのか、この人は。
「青葉はどちらかと言うと……やっぱり、なんていうか……艦これで言う雷ちゃんとか浦風ちゃん的な感じだから……」
「あの……全然、嬉しくないし困るんですけど……」
「でも、背伸びしてもむしろ変に浮いちゃうだけだと思うよ?」
「うぐっ……」
そんなに自分は子供っぽいのだろうか……いや、まぁ童顔であるのは認めるが。にちかと良い勝負である。
「……俺ってそんなに男っぽくないですか……」
「別に気にすることじゃないと思うけど? さくやんだって、女の子らしく見えないでしょ?」
「まぁ……」
「好きな人のために男らしくありたい、っていうのはわからなくはないんだけどね……そうだな。青葉なら、爽やかな服装のが良いんじゃないの?」
「爽やかって……」
……まぁ、確かにちょっとダメージジーンズとかを履きたかったとかは似合わないかも……なんて思っていると、咲耶が戻って来た。
「お待たせしてしまったね。これ、着てみてくれないかい?」
「あ、ありがとうございます」
「お、新しい奴?」
「そうさ。彼に似合うかもしれないと思ってね」
言われるがまま、受け取って着てみることにした。試着室の中に入り、青葉はその私服を広げてみる……少し、色が明るいが……結華が言っていた通り、爽やかに見えてシンプルなものを選んでくれていた。
さて、それをすごすごと着始める。黒のTシャツと、青のワイルドパンツ……シンプルだけど、ダボダボのズボンがなんだか男らしくてカッコ良い。
「……ど、どうですか?」
「おお……似合う! しっくりもくるけどこれ……」
「本当ですか⁉︎」
「え? あ、うん。でもこれ……」
「いや、実は俺もこれすごく気に入ってまして。なんかこう……ワイルドな感じ? 流石、元モデルの方ですね」
「いや、だから……」
「これ、買います!」
「……」
すると、二人は急に青葉に背中を向けて、何かひそひそと話し始めた。
「ど、どうすんのさくやん……あれ、レディースのボーイッシュ服でしょ」
「う、うん……もしやと思って持って来たんだが……まさかあんなに気に入られてしまうとは……」
「……言ったほうが良いよ? 頼ってくれた人が何も知らないであれ着て恥かかせるのはちょっと……」
「でも……私が今まで勧めた誰よりも似合っていると思うんだが……」
「それは三峰もおもうけど……でも、相手がどんな人か知らないけど、気付かれて指摘されたら恥かくのは……」
「……そっか。うん、分かった」
何を話しているのか知らないが、青葉はもう決めたのだ。これを買うと。今から美琴に褒められると思うと、少しワクワクしてしまうが、それは当日まで取っておく。
そんな青葉に、咲耶が頬をポリポリとかきながら言った。
「あー……なんだ。一宮くん。その前に一つだけ良いかな?」
「なんですか?」
「その服……実は、その……ボーイッシュ服……つまり、男の子っぽいレディース服なんだ」
「……え、どゆこと?」
「だから、その……メンズ服っぽいレディース服というか……」
言われても、今まで上っ面だけでオシャレをして来た青葉にはイマイチわからない。家にある服も、雑誌に乗ってるやつと似てる安いのを適当に買っただけだから。
言われたことを冷静に頭に入れて考えてみたが……要するに、答えは一つだった。
「つまり……男の子っぽい格好ってことですよね?」
「うん、まぁね……」
「じゃあこれで良いです!」
「えっ」
「これ、気に入りました!」
「……」
よく分かっていないが、とにかく男っぽいならこれで決定! という思考だった。
そうなってしまうなら、もはや二人に止める術はない。顔を見合わせた結華と咲耶は頷き合うと、黙認する事にした。
×××
「……なるほど」
その様子を、美琴は後方から眺めていた。後をつけたわけではなく、単純に渋谷に行くというのでなんとなく気になって自分も不思議と渋谷に行きたくなってしまった。
その一緒に待ち合わせした相手が、自分と同じ事務所のアイドルだったことに驚き、何故かちょっとむすっとしてしまったが、そのままついて行ったら試着会が始まった。
話や様子を見ている感じ、わざわざ自分と出かける洋服を買いに行ってくれたらしい。
その時点で嗚咽が出るほど可愛かったわけだが……そのまましばらく、三人の様子を眺めた。
「一宮くんは、どんな洋服を着たいとかあるかい?」
「ジ○ニーズにいてもおかしくないレベルのイケメンになれればなんでも良いです」
「整形したいのかい? 大丈夫、君の顔はコンプレックスを感じるような顔はしていないよ」
「いや違いますけど……いや、違くなくても白瀬さんに言われても気を遣われてるようにしか感じませんよ」
……なんか、移動中もとても仲良さそうにしているのが、やはり気に入らない。というか、二人とも普通に年上で美人でアイドルなのに、何故自分よりも遠慮なさそうに話しているのか。
面白くない、面白くないが飛び出すわけにもいかないので、そのまま適当なブティックに入る三人を眺める。
そのまましばらく、咲耶が持ってくる服を青葉は着ていた。
どの私服を着ても確かに青葉には似合っていたが、しっくり来ないで選び直しが続いた。
すぐに分かった。しっくり来ないのは似合っていないからだ。というか、青葉がジ○ニーズみたいな服を着たってカッコ良くなるわけがないだろうに……。
「……」
口を挟んでしまおうか? というか、青葉の私服選びなんて自分もした事がないのに、普通に羨ま狡い。
それでも、耐えて眺めていると、咲耶がまた洋服を持って来た。着替え始めたので黙ってしばらく待機していると、シャッとカーテンが開かれた。
「……ど、どうですか?」
その恥ずかしそうな聞き方は本当に何なの? と思う反面で、美琴も思わず言葉を失った……が、これ……レディースの服では? と思わないでもなかったり。
「おお……似合う! しっくりもくるけどこれ……」
「本当ですか⁉︎」
「え? あ、うん。でもこれ……」
「いや、実は俺もこれすごく気に入ってまして。なんかこう……ワイルドな感じ? 流石、元モデルの方ですね」
「いや、だから……」
「これ、買います!」
「……」
騙すつもりだったのか、それとも本当に似合うと思って持って来たのかは分からないが、青葉はノリノリだ。
……何にしても……うん、本当によく似合っている。あれなら、美琴としては良いと思う。女の子に見えるわけではないし、よく似合っているから。
「……なんで似合うのかは分からないけど……」
しかし、目の前の青葉ははしゃいでいる。咲耶に「それレディースの服だよ」と言われても、よくわかっていない様子で「これを買う」と言ってしまっていた。
もしかして……青葉は、本当は女装がしたいのかも……?
「家に、お下がりあったかな……」
そんなことを考えながら、本当に服をレジに持っていく青葉を眺めてる。
さて、そのまましばらく、三人の様子を眺めた。青葉は二着ほど洋服を購入して、午前中だけ、というお話だったのでそのまま解散することになる。
駅前で、青葉は咲耶と結華に頭を下げる。
「すみません、本日はお世話になりました」
「ううん、気にしないで。……私も、楽しかったよ」
「ね。アオっちも良いの見つかって良かったし……」
そう言う2人に、青葉は鞄の中から紙袋を取り出して手渡していた。
「これ……ホントは会った時に渡そうと思ってたんですけど、お礼です」
「お、何何?」
「すみません、買いに行く時間がなかったもので、俺の手作りなんですけど……」
「「え?」」
何が入ってる? と、美琴は目を凝らす。だが、距離は20メートルある上に、駅ということで人混み、それも紙袋越しだ。
見えるわけがないが、分かる。手作り、の時点で何が入っているのか。食べ物か……!
「…………私に、だけじゃないんだ……」
変な言葉が漏れる。七草家ならともかく、他の人にもご飯作ってあげるんだな、と。なんで、モヤっとするんだろうか。
と、思っていると、咲耶と結華が紙袋を開いて中を取り出した。そこにあったのは、綺麗にビニールにラッピングされている何か。双眼鏡を取り出して中を覗くと……クッキーだった。
「わっ……可愛い」
「すごいな……」
「……」
……お菓子なんて、自分も作ってもらったことない。なんだろう、このイライラとモヤモヤ……拾ってきた犬がすぐに懐いてくれて自分が特別だと思ってたら、割と誰にでもそうでした、みたいな……あの男……もしかして、誰に対してもおかんなのだろうか?
なんかもう色々とモヤモヤしたまま、美琴は帰宅した。
×××
青葉は、それはもうご機嫌で部屋に戻った。なんだかんだ、楽しかったーと伸びをする。何が良かったって、ちゃんと目当ての服が手に入ったことだ。ボーイッシュだかなんだか知らないけど、要するにカッコ良い服装ということだろう。
それなら、自分には何の問題もない。……なんなら、今着替えてしまおうか。それで、その姿を美琴に見てもらっても良いかも……。
と、思い、着替え始めた時だった。インターホンの音が鳴り響いた。
「?」
お昼の催促だろうか? そういえば、お昼の時間は少し過ぎてしまっている。今日はお昼作れないかもしれないです、とチェインで言っておいたのだが……まぁ、急な話だったので今からでも全然、問題ない。
応答すると、予想通り美琴が立っていた。
「お昼ですか?」
「うん」
「すぐ行きますね」
それだけ話して、青葉はサンダルを履いて隣の部屋へ移った。
「何かリクエストはあります?」
「クッキー」
「了解しまし……うん?」
今、小学生みたいなリクエストが聞こえた気がする。
「今、なんて?」
「だから、クッキー」
「何言ってるんですか?」
「クッキー、クッキー」
「いやそんな連呼されても……青いモンスターでもそこまで言いませんよ?」
「良いからクッキー」
「ダメです。美琴さんの食生活を整えるために俺は食事を作るんですから」
「……じゃあ、食後にクッキー」
「どんだけ食べたいんですか……」
本当に子供みたいに見えてきた。……というか、自分は美琴が大人っぽく見えるところを見たことがあっただろうか? タバコも酒も嗜まないし、そういうわかりやすい面は抜きにしても……いや、はづきとか年齢が近い人に対しては普通に大人の対応してたし、全くないっていうのは言い過ぎだったかもしれないが……。
や、それにしても……とりあえず言葉を飲み込んだ。なんか、ちょっとだけ不機嫌に見える。
部屋に上がって台所に上がると、美琴が自分に振り返って頭を下げた。
「青葉」
「……またですか?」
「うん」
まぁ、それくらい構わないが……と、思いながら頭を撫でてあげる。可愛いものだ、本当に。……子供っぽくて。
なんかこの人……自分と会ってから幼児退行してない? なんて思ってしまった。
「青葉」
「はい?」
「青葉が撫でて良いのは、私だけだから」
「え、いや逆ににちかの頭なんて撫でたら、手首切り落とされる気が……」
「いいから」
……もしかしたら……夢で、青葉が他のアイドルのファンになる夢でも見たのだろうか。で、隣に引っ越してきて頭を撫でてあげる的な?
思わず、青葉は屈んで自分より少しだけ背が低くなっている美琴に合わせるように屈み、目線を合わせた。
「大丈夫ですよ、みっちゃん。俺は、緋田美琴さんだけのファンです。浮気はしません。……なので、俺が頭を撫でるのも当然、みっちゃんしかいませんから」
「……青葉……」
少し頬を赤らめる美琴。流石に直球で言われれば顔を赤くするらしいが、青葉も言ってから恥ずかしくなり、頬が赤くなる。
「……青葉なのに真っ赤。自分で言って」
「あ、あはは……締まりませんね……」
「……可愛い」
「また言う……そろそろ、ご飯で良いですか?」
「うん。青葉も一緒に食べない?」
「じゃあ……いただきます」
と、いうわけで、料理を作ることにし……ようとした所で、また美琴が「あっ」と声を漏らした。
「待った、青葉」
「なんですか?」
振り向くと、美琴がリビングの方に手招きをする。そちらへ行くと、ソファーや机の上に衣服がきれいに折り畳まれて置いてあるのが見えた。
「なんですか?」
「私のお下がりでよければなんだけど……いる? 洋服」
「え……み、みっちゃんのですか……⁉︎」
「うん」
そんな……美琴の身体に密着されていた洋服を……もらえる? 何それ、興奮で死んじゃう。
いや、まぁ実際もらえるとしたら観賞用としてショーケースを買うまであるわけだが。
「な、なんで突然……?」
「え? あーいや……あれ。ボーイッシュな服、好きかなって」
つまり……着ろと? というか、ほんとなんで突然……もしかして、今日自分が私服を買いに行ったことを知っているのだろうか? あまりにタイムリーなタイミングではあるが、まぁそういうこともあるかと思う。
それよりも……着るのか、と少し困る。美琴の私服なんて、気恥ずかしくて着れる自信がない。
「まぁ、ちょっと用意したから、見てみてよ」
「え、いやあの……」
「何、私が選んだ洋服は着れないの?」
「っ……」
また少し不機嫌になられてしまった。
いや、そういうわけではない……と、言いたいところだが、まぁ見るだけ見ても良いかも……と、思いながら、青葉は適当な私服を手に取り、広げてみた。ロングスカートだった。
「……は?」
「大丈夫、夏でも履ける素材だから」
「……」
この人は……普段、可愛い可愛いと言うが……まさか、自分に女装させようとか思っていたのだろうか?
……なんか、初めて美琴に対して腹を立ててしまった。
「青葉なら似合うと思うよ?」
「……やっぱりクッキー無しです」
「えっ、ど、どうして……?」
「……」
「あれ……もしかして、怒ってる?」
「そんなに俺は男らしくないですか」
「あ、う、嘘嘘。冗談だから待って……謝るから許して」
「絶対に嫌です」
でも三分後、普通に許した。