熱海と言えば、熱海温泉と言われてもおかしくない有名な観光スポット。それに伴い、温泉まんじゅうやら何やらと、日本の心とも言える和菓子がその近くで販売されている。
それだけでなく、近くには海もあり、なんかもうここにいるだけでなんでもできそうな気がする。まぁ、真夏に温泉というのは割と季節外れ感はあるわけだが……。
さて、そんな場所に、プロデューサーは何の因果かアイドルと一緒に行くことになってしまった。プライベートで。
「いや、まぁそれだけなら良いんだけど……」
なんでも、にちかの幼馴染且つ美琴のプライベートの世話役と噂の青葉さんと言う方に会えるらしい。
正直、気まずいが……まぁ、でも良い機会だ。別れ際……時間があったらアイドルにスカウトしてみたいものだ。
そんな風に思いながら車を集合場所まで転がした。
「よし、着いた……」
もう既に三人とも来ていた。緋田美琴と、七草にちか……そして、おそらくあのボーイッシュな服装にショートヘアで、中性的な顔立ちの女の子が青葉さんだろう。アイドルのプロデューサーをやってるだけあって、自分の目は誤魔化せない。あの服装は、男装に見えてボーイッシュな女の子用の服だ。
……こう言っては申し訳ないが、にちかより背が高いのに胸はなく、あまり色気もない。顔立ちは可愛くもあるのだが……西城樹里タイプだろうか?
あれで聞いた話だと面倒見が良く家庭的と言うのだから、人間は見た目じゃわからない生き物である。
「お待たせ」
とりあえず声をかけると、三人とも顔をこちらに向けた。
「おはよう、プロデューサー」
「おはようございまーす」
「おはようございます。初めまして、一宮青葉です。にちかと美琴さんがお世話になっております」
ものすごい保護者宣言を受けた気がした。この子、聞いてた通り変わっているかもしれない。
「ちょっとー、何その挨拶? あんたは私の何なの?」
「ご飯作ってあげて宿題写させてあげてたまに部屋の掃除も手伝ってあげる存在」
「り、立派な保護者だな……」
「ちーがーいーまーすー!」
声は女の子にしては低いが……まぁ、こういう子も見たことあるし、無い話ではないだろう。
「まぁ……二日間よろしく」
「はい」
「じゃあ……早速行こうか」
そんなわけで、車に乗り込んだ。まぁ、女性三人……しかも、一人は初対面とお出掛けは中々、ハードかもしれないが、温泉の間は男女別れるし、その時にゆっくりすれば良い。
今日は久しぶりに羽を伸ばす……と、伸びをしながら車を開ける。
乗り込もうとした直後だ。にちかが後ろから声をかけた。
「私、美琴さんの隣で良いですか?」
「はー⁉︎ テメェふざけんな! 俺だよ隣は!」
えっ、とプロデューサーは声を漏らしかけた。なんか……思ってたタイプと違う声音が聞こえた。というか、今「俺」って言った? と。
「ふざけんなー! そもそも、誰のお陰で温泉に行けると思ってんの⁉︎」
「お前じゃねえだろ! みっちゃんだろ!」
え? みっちゃん? と、小首をかしげる中、ケンカは続く。
「ここはお前普段の借りを返すとこだろうが! どんだけ宿題見せてやったと思ってんだ⁉︎」
「過去の話をいつまでも引きずんないでくれる⁉︎」
「そうやって過去の話を振り返ることをしねえからいつまで経っても成長しねえんだろタコ!」
「過去にこだわっていつまでもウジウジしてるから高一にもなってファーストキスもまだなんでしょバカ!」
「お前に言われたくねえわああああああ‼︎」
なんて喧嘩が始まった。なんか……俺っ娘だし、口は荒いし、割と子供っぽいし……樹里の妹、と言った方がまだ頷ける。
すると、その二人の間に美琴が入った。
「じゃあ……私が助手席に行くね。それなら良いでしょ?」
「「……」」
「じゃ、行こっか」
とのことで、美琴が助手席に乗り、出発した。
×××
高速道路に乗り込み、青葉はにちかと大人しく後部座席で待機する。なんか一ヶ月半くらい前に腰を痛めたらしいプロデューサーだが、普通に運転してくれていた。お礼をしなければならない。
さて、運転を始めてからプロデューサーが曲を流してイントロクイズが始まったわけだが……。
「二人とも最初の1秒で当てるのやめろよ……」
「「美琴さんの曲を流す方が悪い」」
283事務所に来る前の曲が流れるが、二人とも秒殺だった。ちなみに来た後の曲を流されても瞬殺である。
「ふふ……二人とも、流石だね」
「にちかのアホには負けられませんから」
「は? こっちのセリフだから」
「ちょっとクイズにするのは無理あったな……普通にうちの事務所の子達の曲流そうか。聞きたいユニットとかいる?」
「SHHis」
「え、いややめてよ。普通に恥ずかしいから……」
「にちかの恥とか知らんわ。SHHisで」
「やめて下さいよ、プロデューサーさん」
「じ、じゃあ……とりあえず、イルミネから流すか」
「ええっ⁉︎」
「よしっ……!」
SHHisの曲が聞きたかったが……まぁ、まだデビュー間もないしそんなに曲も多いわけではないので、仕方ないと言えば仕方ない。
そのまま歌が始まる。それをのんびり聞きながら、青葉は窓の外を眺めた。
「向こうに着く頃にはお昼過ぎるんだけど……何か食べたいものはあるか?」
「あ、それなら俺、お昼作って来ましたよ。お弁当」
「え……わ、わざわざ?」
「? はい。もしかしたら現地で食べることもあるかもって思って、少なめにしときましたけど」
「ふふ……流石」
美琴が嬉しそうに微笑んでくれる。余計なお世話かな〜……と、少し不安だったが、正解のようだ。
「何作ってくれたんだ?」
プロデューサーに聞かれた。
「回鍋肉弁当です」
「え、それ割と量……」
「使い捨ての容器に入れて来たんで、小さいですよ。その場で捨てられますし、弁当箱もかさばりません。勿論、箸も割り箸です。食べるところにゴミ箱がなかった時のために袋も持ってきたので、その時は俺に渡して下さい」
「……なるほど、これがギャップ萌えか」
このオッサン、今酷いこと言わなかった? と、青葉は軽く眉間に皺を寄せる。
けどまぁ、美琴のプロデューサーだし、噛みついたりはしないが。
「回鍋肉かぁ……私も食べたことないかな」
「青葉の回鍋肉、美味しいですよ。青葉が作った料理で美味しくなかったのは……砂糖と塩を間違えたチョコくらいですし」
「お前がすり替えたんだろうが! 自分より美味いチョコを作られるの腹立つからって!」
「なんの話ー?」
「よしわかった! ぶっ飛ばす!」
「コラ、二人とも暴れない」
美琴に止められ、大人しくなる。しかし、本当ににちかにはムカつくものだった。
「つーかお前、夏休みの宿題やったのかよ」
「……自由研究なんだけど……共同にしない?」
「大学の卒業研究じゃねーからこれ。無理だわ」
「じゃあ写させて!」
「とかほざいてますよ、プロデューサーさん」
「……今度、事務所の学生で補習でもするか……」
「青葉! 余計なこと……!」
「私は学生じゃないから関係ないよね?」
「じゃあ俺と出掛けましょう!」
「良いね」
「ダメ!」
なんて騒がしくなりながら、車は目的地に向かっていった。
×××
パーキングエリアに停まった。本来なら止まる予定ではなかったが、まぁそういう場合にここは止まる理由なんて多くない。
「…………酔った……」
「雑魚」
「黙り散らせ……」
にちかにそう言いつつも、その口調に覇気はない。思わず美琴は心配になってしまった。
「だ……大丈夫?」
「大丈夫ですよ、美琴さん。こいつ、三回に一回は車酔いしますから、いつもの事です」
「この前の林間学校は平気だったの?」
「は、はい……なんか、奇跡的に」
「三分の二を引き当てただけだから、奇跡でもなんでもないでしょ」
にちかが余計な口を挟むが、反論の気力もなかった。ヘロヘロの様子で車から降りると、美琴が青葉の身体を横から支えた。
「平気?」
「うっ……す、すみません……」
「美琴さん、そいつほっといても平気ですよ。しょっちゅう酔ってるから、ほっとけば治るので」
「そんなわけにいかないよ」
……正直、甘えておきたいが、それは少しカッコ悪い。だから、格好つけておきたい。
「い、いえ……みっちゃんもお手洗いとか、すませてください。俺は少し休めば平気ですから……」
「でも……」
「まぁ、そんなに心配してくださるのなら……」
と、すぐに手のひらを返そうとしたときだ。
「じゃあ、俺がついてるから、美琴とにちかは休んで来な。10分後に……あそこのベンチに集合。それで良いか?」
「……」
「……」
プロデューサーのセリフに、青葉は黙り込んでしまう。確かにそれなら全部丸く収まるが……いや、全然残念じゃない。今更「やっぱりみっちゃんが良いです」なんて言えないし、仕方ない。
「お、俺はそれで良いですよ……」
「……ふーん」
「え?」
「私もそれで良いけど」
「そうか。じゃあ、にちか。美琴と一緒に見てきな」
「は、はい……!」
そのままにちかは美琴の手を引いて、まずはトイレに向かってしまう。少し、美琴が心配そうな表情で自分を見ていた気がしたが……気の所為だろうか?
青葉はプロデューサーがサービスエリアの脇にあるベンチに連れて行き、休ませてくれる。
「ふぅ……大丈夫?」
「は、はい……」
いや、ホント別に全然、残念なんかじゃない。プロデューサーがいるし、こうなるのは必然である。
「もし、良かったらなんだけど……」
「はい?」
そのまましばらく、青葉はプロデューサーと二人で待機し続けた。
少し……むずむずしたまま。
×××
お手洗いを終えて、ハンカチで手を拭きながら美琴は一息つく。青葉……なんか、弱々しい子だな、と思わないでもないが……せっかくなら、自分が面倒を見たかった。何せ、普段は自分が甘えることが多いのだから。
そんな風に思いながら、サービスエリアから外を眺める。山の中にあるからか、立体的な緑が広がっている。
「……」
綺麗だな、なんて思ってみたり。今まで仕事で、こういうサービスエリアに来ることもあったが、トイレだけ借りて車の中で自分のダンスやユニットメンバーの動画を見ているだけだったので気が付かなかった。
……チケットをくれたあさひには感謝しないといけないが……そもそも、以前までの自分ではこういうのに参加することはなかっただろう。旅行なんて、している暇があったらレッスンに費やしていた。
そう言う意味では、割とのんびりした空気の283事務所の子達とプロデューサーや、たまに面白いことや鋭いことを言ってくれるにちか、そして色々な楽しみを教えてくれた青葉には感謝した方が良いかもしれない。
「……」
だからこそ……青葉の助けになりたい、と言うのはあったが……と、思いながらベンチの方を見ると、青葉の隣でプロデューサーが何か話していた。
あれ……よく考えると、この二日間、撫でてもらうタイミングなんてないのでは……?
そう思うと、撫でて欲しい欲が一気に流れ出るのだから困ったものだ。
いや待て、まだにちかは出て来ていない。今がチャンスだ。
「プロデューサー」
「? あ、美琴。もう良いのか?」
「うん。私が青葉についてるから、トイレ行ってきたら?」
「あー……じゃあ、頼む」
「了解」
よし、うまくいった。プロデューサーがトイレに行ったのを見て、美琴は青葉の隣に座る。
「青葉、大丈夫?」
「は、はい……最悪よりはマシになってきました……」
「じゃあ、頭撫でて」
「……」
青葉の視線が少しだけ呆れたものになる。が、美琴は見逃していない。その割に、ちょっとだけ嬉しそうに頬を赤らめているのも。
「……しゃあないですね」
「……」
なんだろう、その言種。なんやかんや自分だって撫でても悪くなさそうなくせに。なんで美琴だけが撫でて欲しくて仕方ない甘えん坊、みたいな扱いを受けないといけないのか。
「……別に、撫でたくないなら撫でなくても良いけど?」
「うっ……そ、そういうこと……」
「ふふ、どうする?」
かわいい。唸ってる……というか、迷ってる。とはいえ、これで変に拗れたら撫でてもらえなくなるし、それでは本末転倒だ。
「ちなみに、私は撫でてほしいな……」
「っ……」
「青葉は?」
聞くと、青葉はまた頬を赤らめる。言うか言うまいか悩んでいるのだろう。……が、やがて青葉は諦めたように顔を真っ赤にしたままため息をついた。
「はぁ……俺も、撫でたいです……」
「うん。じゃ、よろしく」
そう言って美琴は青葉が撫でやすいように頭を下げた。その美琴の頭に、青葉が手を伸ばしかけた直後だ。
「あ、いた! 美琴さん!」
後ろから声を投げかけられ、二人ともビクッと背筋を伸ばして離れた。にちかがこちらへ駆け寄ってきていた。
二人の姿が目に入るなり、烈火の如くブチギレる。
「青葉ああああ! なに、美琴さん占領してんの⁉︎ パンチするよ!」
「っ、や、やってみろやコラ! こちとら病人だぞ⁉︎」
「酔った程度で病人扱いとか恥ずかしくないわけ? 大体、もう顔色良くなってきてるじゃん!」
顔色が赤く戻っているのは全く別の要因なわけだが、実際元気にはなっているので言い訳は立たない。
「ほら、中見に行きましょう美琴さん! 車酔いの人は置いて!」
「え、で、でも……」
「あれだけ元気になってたら放っておいても大丈夫ですから!」
そのまま流されるまま、美琴は連れて行かれてしまった。美琴の頭と青葉の手には、撫でられ損ねた……あるいは撫で損ねたと言う感覚なき感触だけが残った。
×××
さて、再び車に乗った。青葉がぼやぼやしている間に、にちかが美琴の残り香を堪能するとか言って助手席に座った。
従って、後ろの席には青葉と美琴が座っている。もどかしかった、手を伸ばせば撫でられる距離なのに、お互いに何も言えない感じが。
そんな二人はさておき、そのままサクサク進んでお昼時になった。ビニールシートを敷いて飯にする。
「どうぞ。お弁当です」
「おお……え、どこで買ってきたの?」
「いや自作ですけど……」
「プロデューサーさん、これくらい青葉は当たり前ですよ」
「うん。手が込んでる」
そう、まぁ当たり前と言えば当たり前なのだが……作らない連中が何を抜かすか、と。
とりあえずスルーして、公園を眺めた。
「しかし、良い景色の場所ですねー」
「うん。そうだね」
「こんなところで回鍋肉弁当……贅沢だな……」
「私は冷たいものがよかったけどねー。暑いし」
「よし、お前だけ氷でも食ってろ」
「あーうそうそ!」
なんて話しながら、食事をする。
「おお、おいしい」
「当たり前ですよ。俺が作ったものですし」
「じ、自信満々なんだね……」
「俺、実力がある癖に謙虚なフリとか無自覚とか嫌いなんですよね」
「うん。私も青葉のご飯がないと生きていけない程度には好きだから、自信持って良いよ」
「え、いやいやそんなそんなみっちゃんを完全に満足させるにはまだまだ精進が足りないと言うか、俺みたいな半人前が……」
「青葉、キモい」
「んだとにちかコラァッ!」
「いや今のブーメランは怖すぎるだろ……」
プロデューサーもドン引きしてしまった。言ってから自分でもおかしいとは思ったが……まぁ、仕方ない。
そのまま食事を続け、食べ終えた。ゴミ箱はなかったので、青葉がそれらのゴミを袋に入れて回収する。その袋を、プロデューサーが預かった。
「それもらうよ」
「え、いやいいっすよ」
「いいから、年下の子にゴミ持たせるほど、男として落ちぶれてないよ」
「? は、はあ……」
や、自分が女ならともかく、男でそんな扱いを受けても困るのだが……まぁ、良いか、と頷いておく。
「ありがとうございます?」
「この後はどうするか?」
「少し、身体を動かさない? 青葉の運動、今朝はしてないし」
「えっ……お、俺お腹の具合が」
「いや青葉が作った弁当でそれは無理あるでしょ……」
「にちか、お前こういう時に限って褒め言葉使うのやめてくれる?」
やばい、と青葉は狼狽える。やだ、走りたくない。普段の、早朝という比較的涼しい時間のトレーニングならともかく、真夏のバッキバキの日が昇っている真っ昼間は地獄だ。
「熱中症が怖いので嫌です!」
「青葉」
その青葉に、美琴が声を掛ける。そして、にこりと微笑んだ。
「みんなで遊ぼう?」
「……はい」
「はい、決まり」
そのまま、青葉は巻き込まれるように、運動に付き合わされた。
×××
さて、ようやく公園を出て、目的地に到着した。先に、まずはホテルから。借りたのは二部屋。
「では、401号室と、402号室ですね。お出かけの際は、鍵をフロントにお戻し下さい。……では、ごゆっくりお過ごしください」
と、お馴染みの台詞を聞いて、四人は荷物を持って部屋に向かう。エレベーターを待っている間、青葉は少し冷や汗をかいていた。
正直……部屋が一番、気まずい感じはある。何せ、普通に考えて男女別れて二部屋だから。つまり、知らないおじさんといきなり一泊になるわけだ。
でも、まぁ初対面の人と関わるのは初めてじゃないし、たまには落ち着いた空気で美琴やにちかについて語り合うのも悪くない。
そんなことを考えながら、4階に到着した。
「三人とも、海は何時から行こうか?」
「早めに行かないと、もう日が沈んじゃいますよ?」
現在、13時45分。メインは温泉とはいえ、夕方から行っても意味がない。
「じゃあ、部屋に入ったらすぐ?」
「そうですね」
との事で、男女別れることにした。青葉はプロデューサーと一緒に部屋に入る。ここ最近、男性と一緒にいるのはバイト以外では久しぶりだ。
「ふぅ〜……どうしようかな。下半身、もう水着着ていっちゃおうか……」
「あ、良いすねそれ。楽だし」
「そうしちゃおうか……って、い、一宮さん⁉︎ なんでこっちきてんの⁉︎」
「え……なんでって……」
確かに隣に住んでてもしょっちゅう出入りしているとはいえ、同じ部屋で寝るわけには行かない。
「ダメだって! 年端も行かない子が成人男性と一緒の部屋なんて!」
「え……」
な、なんで? と、小首を傾げる。別にそんなこと気にしなくても良いだろうに……。
「え、別に良くないですか?」
「良くないよ! アイドルだからって遠慮してる? 気にすることないから、二人の部屋入っておいで」
「え、いやアイドルとか関係なくて……」
「とにかく、ダメだから! ……まったく、ボーイッシュにも程があるよ」
背中を押され、追い出されてしまった。え、何がダメだったんだろうか……? もしかして、あの人も人見知りとか?
よくよく考えたらあんまりプロデューサーのこと知らないし……まぁとりあえず、美琴やにちかの部屋に入って、あの人のことをよく聞いてからでも良いかもしれない。
そう決めて、隣の部屋の扉を開けた。
「すみませ……あっ」
「えっ」
「は?」
扉を開けると、美琴が着替え中だった。こちらに背中を向けたままズボンを脱いでいて、上着の裾のお陰で下着こそ見えなかったものの、それでも本来、布がある領域の太ももが見えていたので、普通にえっちだ。
「死ね覗き魔!」
「グハッ……!」
にちかのスーツケース投擲によって、部屋から追い出された。
バタン! と、勢いよく扉は閉められ、青葉は部屋の前で大の字に寝転がる。
……まぁ、今のはノックしなかった自分が悪い、と反省し、とりあえずチェインに「着替えが終わったら連絡ください」とだけ送って待機した。
一瞬だけ自決を考えたが、そういうのはやめろって前に美琴に言われたし、グッと堪える。
しかし……もう着替え始めてるあたり、プロデューサーと同じで水着に着替えていくつもりなのだろうか? もしかしたら、メチャクチャ海を楽しみにしてるのかも……と、思うとなんか激烈に可愛く思えてきてしまったが、今はそれよりも謝罪することを考えて、とりあえず待った。
さて、10分後ほど。チェインが来たのか、スマホが震えた。画面を見ると「良いよ」の文字。
今度はノックをした上で「どうぞ」の声を待ち、慎重に扉を開けると、にちかが腕を組んで待っていた。
「殺す前に聞いてあげる。何?」
「いや、まずはみっちゃんに謝らせてくれませんか……?」
「……ん」
言われるがまま部屋の中に入る。さっきまでの私服に着替え終えていた美琴が、ちょっとだけ頬を赤らめた様子で待っていた。
「あ……青葉……」
「す、すみませんでした……みっちゃん。まさか……あんなに早く着替えてると、思わなくて……」
「ううん、気にしないで」
「……」
……ちょっとしか顔を赤くしていないあたり、自分が男として見られていないことを実感し、少しだけ複雑だったり。
それでも気にしないようにして、青葉はちらりとにちかを見た。
何を問いかけているのかすぐに分かった様子で、にちかは不満げながらも答えてくれた。
「……ま、美琴さんがそう言うなら、許してあげる」
「……ごめん」
「で、どうしたの? ていうか、なんで荷物ごと持って来たの?」
美琴に言われ、青葉はポリポリと頬をかきながら答えた。
「あー……その、プロデューサーが『年端も行かない子が、俺と一緒の部屋はダメだ』って……」
「え……」
「は? ドユコト?」
「俺だってわかんねーよ」
にちかの疑問に、青葉は困った様子で答える。
「で、二人は何か知らないかなーと思ってきたんですけど……」
「いや、私も分からないよ。そもそも、事務所を移したの私だって最近なんだから」
「私も知らない。美琴さんより期間短いし」
そうか、そういえばそうだった、と納得してしまった。しかし……それなら困った。まさか同じ部屋で寝るわけにもいかない。自分ならともかく、美琴に悪い噂が立つのは嫌だから。
すると、美琴が立ち上がって言った。
「私、話してこようか?」
「……良いんですか?」
「青葉が入ったら追い出されちゃうでしょ? 一応、大人だし、私が話すよ」
「待ってください、美琴さん!」
「?」
急ににちかが止める。「何?」と、美琴だけでなく青葉も同じように振り返ると、にちかは「まさか……!」と言わんばかりの表情になったまま、恐る恐る口を開く。
「もしかして、プロデューサーさんって……ゲイなんじゃ……」
「「!」」
言われて、青葉と美琴は目を見開いた。確かに、ない話ではない。今まで同性愛者に会ったことがなかったから驚いてしまったが、あのプロデューサーはやたらと理性的だし、アイドル達の水着を見ても照れない。
「……そっか。じゃあ、二部屋じゃ足りなかったかも……」
「今から新しい部屋は取れないですよ?」
「そうだね……どうしようか」
三人とも腕を組んだり、顎に手を当てて真剣に悩む。そんな中、美琴がふとスマホを見下ろした。
「あ……時間ないかも」
「そうですね……青葉、とりあえず着替えちゃって、荷物もここに置いて先に遊びに行こっか」
「あ、ああ……分かった」
そうだ、今はとりあえず楽しまないと損だ。
「じゃあ……すみません。お手洗い借りますね」
「うん」
自分の粗末なものを見せるわけにも行かないので、個室で着替えた。