さて、海である。夏のビーチというものは、本当に暑いがワクワクする場所だ。
理由は青葉にもわからない。泳げないし。けど、海に来て遊べる、だから青葉はウキウキだった。何より楽しみなのは、美琴の水着。ファンとしてこんな良い思いしてしまって良いのだろうか? と不安になる程だ。
さて、ホテルで着替えを終えたので、車の中で着替えるような真似はすることなく、四人でビーチに出る。
「おおー! 海めっちゃキレー!」
「ふふ、ほんとだね」
女子二人の感嘆の声を聞きながら、パーカーを着たままの青葉は同じくパーカーを着ているプロデューサーとビニールシートを敷いた。その上に荷物を置き、とりあえず青葉は腰を下ろそうとした……が、その青葉の腕を美琴が引く。
「ほら、青葉も見たら?」
「あっ……は、はい……!」
気に掛けてくれるのは嬉しいが、あまりはしゃがないで欲しい。撫でたくなっちゃう。
でもまぁ、確かに綺麗だ。透き通るような青が広がっていて、少し潜るだけで魚が見えそうなものだ。まぁ潜ったら溺れちゃうので潜らないが。
「美琴さん、泳ぎましょう!」
そう言ったのはにちか。上着とスカートを青葉の方へ脱ぎ捨てて、水着姿になった。
それをキャッチして、青葉は綺麗に畳んでにちかがいつの間にかシートの上に置いた荷物の上に重ねた。
「ふふ、そうだね。行こっか」
そう言うと、美琴は上に来ていたカーディガンのボタンを外した。青葉の目に入ったのは……薄い透けるような生地のパーカーの下から、うっすらと見えるビキニ。
何より、目前で解放されたことにより、青葉のキャパはオーバーヒートした。
「ふふ……どう、かな。青葉?」
薄らと赤らめる頬。自信があるように見えて、照れているのもすぐに理解できた。
言わないと、何か褒め言葉を。で、でも……写真と違って、目の前に実物があるインパクトは……もはや無限大。
「っ……!」
「青葉、鼻血でも吐血でも良いけど、まず言うことがあるんじゃないの?」
なんかすっごい薄情なセリフに聞こえるが、それは裏を返せばそこまでして自分に褒められたいということだろう。
言いたいことはたくさんある。呆れるほど。だが、そんな時間はないし……何より、美琴にはこの一言で伝わるだろう。
そう思い、薄れゆく意識と、鼻から溢れ出る血を無視して、言い放った。
「お似合いです……」
「ふふ、ありがとう。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい……」
失神した。
×××
目を覚ましたのは、それから僅か20分後くらい。身体を起こすと、隣にいるのはプロデューサー。
「起きた?」
「あ、はい……」
「えーっと……大丈夫?」
「大丈夫です……良いもの見れただけですので」
「う、うん……」
そう言いながら、青葉は身体を起こす。目の前には広く青い海が透き通るように広がっている。
泳げる人にとっては、なんかもう軽く深いところまで潜って息が続くまで潜水でもするのだろうが、残念ながら青葉にはそれも叶わない。
「ん……しょっ、と」
「……行かないの?」
「行きません。遠くから見てれば満足するので」
そう言いながら、海辺ではしゃぐにちかと美琴を眺める。にちかはまぁいつも通りだが、美琴が割と楽しそうにしているのがちょっと意外だったり。なんか、本当にはしゃいでいるように見える。
……まぁ、中学の時に地元から出てきて、それからずっとストイックに頑張って来たから、こんな風に遊んだことはあまりないのかもしれない。
「本当か? 気を遣ってないか?」
「大丈夫です」
というか、本音を言うと普通に恥ずかしいから。裸を見られるのが。
美琴と毎朝トレーニングしてるとはいえ、まだまだガリガリで貧弱な身体だから。……特に、美琴どころかにちかにも筋肉で劣ってるとかカッコ悪い。
まぁ、ぶっちゃけにちかと二人なら遊んじゃうけど。美琴にそのカッコ悪いとこを見せたくないから。
すると、その目を覚ました青葉に気が付いた美琴がこちらへ駆け寄ってきた。その、引き締まった抜群のスタイルの美琴が……水着のままこちらへ。
「っ……プロデューサーさん」
「何?」
「俺を殴って下さい」
「え」
「煩悩を打ち払う為に。早く!」
「いやいやいや、そんなこと出来ないでしょ!」
「分かりました、じゃあ蹴ってください!」
「もっと出来るか!」
なんてやってると、美琴はいよいよ青葉の目の前に来てしまった。その青葉の前で、膝に手を置いて屈んでくる。
「起きたんだ。青葉」
声をかけられても、頭の中に入らない。気になるのは割と近くにある美琴の綺麗なお顔と、その下の布地が少なく多い肌、そして……胸の谷間。
その美琴は「もう一回、気絶したし平気でしょ?」と言わんばかりに手を伸ばしてくる。
「じゃあ、遊ぼっか?」
「っ……〜〜〜っ!」
また鼻から出血しそうになる。……が、美琴はそんなの気にしない。青葉の腕を引き上げて、強引に立たせる。
「ほら、おいで」
「い、いいです! 俺ここで荷物見てます!」
「それは俺がやっとくよ」
「だって」
「テメェ余計なことほざいてんじゃねーよブッ殺すぞ⁉︎」
「え……い、一宮さん?」
早くしろ! 私を殺したいのか⁉︎ と叫ぶ二番隊隊長の気分だった。
「青葉、立って」
「は、はい……」
「もしかして、まだ照れてる?」
「もしかしなくてもわかるでしょ……目の前に理想の女性が水着でいるんですよ?」
今、頑張って鼻血が出ないように頭の中で過去に見たホラー映画の怖かった部分ハイライトで流して堪えている……と、言おうとした時だ。
何故か、美琴は頬を赤らめていた。ちょっと驚いたように目を丸くして青葉を眺めた後、困ったように目を逸らす。
「あ……ありがと……」
「みっちゃん? 顔赤いですよ?」
「っ、そ、そう……?」
もしかして……熱中症だろうか? と、青葉の世話焼きな面が顔を出し始めた。
「みっちゃん、大丈夫ですか? 頭とかクラクラしていませんか?」
「えっ……し、してないけど……」
「無理はしないでくださいね。この炎天下の中、遊び続けて熱中症でぶっ倒れた人も少なくないんですから。これ、スポドリです。保冷バッグに入れておきました」
「う、うん。ありがと……」
「あとこれ、はい。塩分チャージと……あと、みっちゃんが食べたいって言ってたレモンの蜂蜜漬けもありますよ。大丈夫です、ちゃんと3日前から漬け込んでおきましたので」
と、とにかく労う。けど、美琴は「とりあえず」と言うように青葉の肩に手を置く。
「大丈夫だから、落ち着いて。青葉」
「落ち着いてますよ?」
「うん。じゃあ、そんな心配しないで。ちょっと……ストレートに『理想』って言われたから、気恥ずかしかっただけだよ」
「そ、そうですか……え、みっちゃんが?」
「私をなんだと思ってるのかな?」
あ、地雷踏んだのかも、と思い、押し黙る。
そんなやり取りを眺めながら、プロデューサーはいつの間にか隣に座っていたにちかに声を掛けた。
「……えっ、ホントの姉妹か何か?」
「それを言うなら、下僕とお姫様です。不愉快な比喩はやめて下さい」
「お、おう……」
思った以上に冷たい反応が返ってきて少しヒヨるプロデューサーを無視して、美琴は青葉の手を取った。
「それより、泳ごうよ」
正直……誘ってもらえるのはありがたいし嬉しい。でも……ダメなのだ。泳げないのだから。浅瀬で水をパチャパチャやるしかない。
そういうので楽しめると思わないし、とりあえず断るしかないのだが……まぁ、泳げないとかダサい所は知られたくないし、別の理由を言った方が良い。
「え……いや、いいです。にちかと遊んだ方が楽しいと思いますし」
「そんな事ないよ。泳げても泳げなくても関係ないよ」
「ぶふぉっ! な、なんで……」
「にちかちゃんから聞いた」
「テメェええええ‼︎」
「いや高校生にもなって泳げない方が悪いから」
このやろっ……と、奥歯を噛み締める中、美琴が強引に青葉の腕を引いた。
「ほら、行こう?」
「いや……俺は」
「上着も脱いで」
「ちょっ、みっちゃん……!」
強引に美琴は青葉の上着を脱がせてくる。あ、やばい。好きな人に服脱がされるのって割と悪くな……いや、そんな場合じゃなくて!
「は、恥ずかしいから……!」
「大丈夫、ちょっとヒョロヒョロでお腹が柔らかいだけでしょ?」
「それが恥ずかしい……ってか、わざと言ったでしょ今!」
「うん」
「っ……」
この人……なんか珍しく今日は意地が悪い……と、思っていながらも、上半身が露わになる。普通に気恥ずかしい……とか思ってるときだった。
「え……男?」
「は?」
プロデューサーから声が聞こえる。なんだろう、今のリアクション。まるで、女と思っていた人が男だったーみたいな……。
「え……いや、なんでもない」
「あ、もしかしてプロデューサー、青葉のこと女の子だと思ってた奴ですかー?」
「……」
「え……嘘」
「は?」
にちかが茶化すように言った直後、プロデューサーが黙り込み、青葉が眉間にシワを寄せる。
「……もしかして、部屋追い出したりとかしたのって……」
「……違うよ? 全然、旅行が終わったらスカウトしようとか思ってなかったよ?」
「分かった。殺すわ。真夏の熱海温泉殺人事件だわ」
「いやだって! 二人から名前と性格しか言わなかったから! 料理上手で世話焼きで家庭的って聞いたら女の子にしか聞こえないだろ!」
「……確かに! なんで性別言わなかったんだよにちかァッ⁉︎」
「いや、勘違いしてるなんて……ぷふっ、思わなかったし……!」
「よーし殺す!」
なんなんだこの事務所は! 服装見れば男だってわかるだろ! と憤慨しながらにちかに襲い掛かろうとしたが、後ろから腕を掴まれる。
「ほら、良いから。行こ?」
「で、でもみっちゃん! こいつら……!」
「時間、勿体無いから。青葉、ただでさえ寝てたし」
「っ……わ、分かりましたよ……」
後で覚えとけ、的な視線を向けて、にちかとプロデューサーの前から立ち去った。
「……美琴さん、俺そんなに男に見えないですか」
「明日は明日の風が吹く」
「全然意味違います。難しい言葉使おうとしないで良いですよ」
「……ごめん」
「いえ、俺の方こそ……」
思わず毒を漏らしてしまうと、美琴に謝られてしまったので、青葉も謝った。いけないいけない、こんな風に八つ当たりをしてしまっては。
せっかく、美琴が楽しませようとしてくれているのだ。こっちも切り替えなくては。
さて、そんなわけで海に浸かる。波が足元までざざぁっ……と打ち上げられ、サンダル越しに指先に触れる。
冷たい……そして、やはり綺麗だ。足の爪がしっかりと見えている。
「青葉、せっかくだし……泳ぎの練習とかしてみる?」
「え、いや……」
「泳げた方が、もしもの時良いでしょ? 来年もし、一緒に海に行くようなことがあったら、もっと楽しめるかもよ?」
「っ……じ、じゃあ……」
まぁ、目上の方に「教えてあげるよ?」なんて言われてしまえば、お言葉に甘えるしかない。
……とはいえ、やはり青葉も少し緊張はしてしまうが。美琴と至近距離もそうだが、溺れたらどうしようと言う意識が強く働いてしまう。
それを見透かしてか、クスッと笑みをこぼした美琴が青葉の両肩に手を置いた。
「大丈夫、私がついてるから」
「料理もしない人に言われましても……」
「分かった。見捨てるね」
「う、うそです!」
そのまま二人で手を繋いで少しだけ深い所に行く。
「じゃあ、まずは潜ってみよっか」
「ええ……しょっぱいから……」
「飲め、なんて言ってないでしょ。潜ってみないとだよ。泳ぐには顔水につけるしかないんだから」
「……はぁ、わかりました」
「大丈夫。私も一緒に潜るから」
深呼吸をしてから、青葉は顔を海面に向ける。目を開けるのはまだ怖いので、目を閉じたまま……と、思っていたが、目に入ったのは前に立っている美琴の足。透き通るほど綺麗な水なだけあって、ばっちりと御御足が見えてしまう。
目が離せない。とても、自分が寝ている間もにちかと遊んでいたとは思えないくらい綺麗な脚。
目を逸らさなくなったまま腰を下ろして、顔を近づけていく。そのまま水面に顔を付けることができたが、青葉はただただ水の中で美琴の脚を見ていた。
水も滴る良い男、と言うが、それは違う。水も滴る良い美琴、である。や、水に触れずとも美琴は綺麗だが。
とにかく、砕け散っても良いほど綺麗……なんて思ってる時だ。ドボンっ、とその足が膝を軸に曲がって、美琴の綺麗な顔が目の前に現れた。
綺麗……なんて言ってる場合じゃない。その視線はとってもジト目だったからだ。完全に足を見ていたことがバレている。
「……」
「……」
ヤバい、と目を逸らしながら、青葉は顔を水面から出す。だが、ほぼ動きをシンクロさせて美琴も顔を出した。
「……えっち」
「うぐっ……」
「そう言う所は男の人っぽいんだ」
「す……スミマセン……」
考えてみれば、美琴は自分と同い年くらいの時には、既に芸能界にいたのだ。その手の視線に敏感で当然である。
肩を落としてしまっていると、美琴がポツリと呟くように言った。
「まぁ……青葉になら、見られても良いケド……」
「え……?」
なんで? と思って視線を戻すと、美琴は頬を赤らめて目を逸らしてしまっている。
この人、もしかして……自分に性的な目で見られても良いと思ってるほど、自分を男として見ていない、ということだろうか?
「……はぁ」
「え……な、なんでため息つくの?」
「いえ、別に……」
なんか……叶わない恋と知っていても結構、キツい。少し死にたくなっていると、美琴が青葉に頭をかがめた。
「ま、まぁまぁ……私の頭でも撫でて、落ち着いたら?」
「……それは撫でられたいだけでしょ……」
「嫌?」
「……少し目を閉じてください」
まぁとりあえず……なるべく人目につかないようにさりげなく手早く撫でよう……と、思った時だ。
「はい、そろそろダメでーす」
「ぐふぉっ……!」
にちかが混ざってきて、その後は三人で暴れた。
×××
さて、途中で荷物番を青葉とチェンジし、プロデューサーも一緒にエンジョイした。
夕方になって来たので、とりあえず順番でシャワーと着替え。シャワーは当たり前だが、男女別。先に女子がシャワーを終えて車で着替えた後、今度は荷物を見ていた男子が終わらせる。
「この後、どうする?」
「ここに来るまでに結構、面白そうなお店とかあったし、車戻してから食べ歩きとかしませんか?」
「良いね」
にちかの案で、一度ホテルに戻る……のだが、割とやるべきことが多かった。荷物を部屋に戻して、水着を干したりと色々。
つまり、部屋で少しまったりする時間が増えてしまったわけだが、そうなると当然、体力がない奴は……。
「……俺、部屋で待ってます。疲れたんで……」
「ええー……」
プロデューサーが困ったような声を漏らす。体力の限界が来たようだ。
「ほら、行かないと。美琴もにちかも待ってるぞ?」
「にちかはどうでも良いし……疲れちゃったので……」
「はぁ……」
とにかく無理。流石に疲れた。もう寝たいくらいだ。久しぶりにはしゃいだ気がするから。
そんなわけで、青葉は少し部屋の中でいつまでもだらけている時だった。コンコンとノックの音がする。
「あーい」
プロデューサーが返事をすると、にちかが開口一番で文句を言った。隣には美琴も控えている。
「遅いですよ! こう言う時は男の人が待たされて『お待たせ』って言われて『今きたとこ』って答えるとこですよ!」
「す、すまん……一宮くんの体力が切れたみたいでな……」
「……あー、まぁあいつはいつもこうですから。置いて行っても良いでしょ」
前に旅行に行った時も、基本的にメインを終えたら部屋から出なくなり、仕方なく姉に運んでもらってたほどだ。
すると、今度は遅れて美琴が顔を出した。
「どうしたの?」
「青葉が充電切れだそうです」
「あー……そっか。体力ないんだもんね」
「俺のことは置いていって下さい……」
そう言うと、美琴は顎に手を当てたまま黙る。やがて、すぐ提案するように聞いてきた。
「じゃあ……おんぶしよっか?」
「はぁー⁉︎」
「マジですかお願いしますいや結構です駄目です!」
「ふふ、無理しなくて良いよ?」
「「ダメだから!」」
デュエットで止めたのはにちかとプロデューサー。当然の反応である。
「青葉だけ良い思いするなんて許しません!」
「一応、アイドルだからな美琴⁉︎」
前者はともかく、後者はその通りだろう。だから青葉も本能と理性のデッドヒートを繰り広げていたし。
「それなら、俺がおんぶするか? 一宮くん」
「えっ」
「そうだよ、青葉。そうしたら?」
男のおんぶとか絶対に嫌だ。死んでも。
「わかった、わかりました。俺も行きますから……!」
「うん、良い子」
まぁ、美琴が誘ってくれている時点で断るのは論外なわけだが。
そんなわけで、ホテルを出る事にした。そのまま四人でのんびりとホテルがある道を降りて、商店街のようになっている場所に到着した。
近くに海があるからか、海産物で作ったお菓子や温泉に合わせた和菓子などが売っているお店が数多くある。
さて、まぁ来たからには舌で味を盗むことにしないと勿体無い。
「とりあえず……みんなで回るか?」
「そうですね。ゴチです、プロデューサーさん!」
「おいおい……いや、まぁ良いけどな。ただし、一人一つずつだぞ?」
「私も良いの?」
「もちろんだ、美琴」
「ありがと」
大人の自分まで奢ってもらえると思っていなかったのだろう。
さて、青葉はどうしたものか……正直、人を女だと思う人に借りは作りたくないが……この流れで断ってしまうと、他のメンバーも遠慮してしまうかもしれない。
まぁ、せっかくなので機会があればもらってみることにした。
さて、そんなわけで全員で街を見て回った。
適当に入ってみたお店で、にちかが声を上げる。
「おお……見てください、美琴さん! イワシせんべいだそうです!」
「え、それ美味しいの?」
「さ、さぁ……でも、大人の人ってこういうの好きじゃないですか?」
「どうだろ……」
「試食ありますよ」
「じゃあ、食べてみよっか。青葉もどう?」
「じゃあ……いただきます。ホモ……プロデューサーさんもどうぞ」
「あの、性別間違えてたことは謝るので勘弁してもらえませんか……?」
喧しい、と青葉は頭の中で言いながら、煎餅を手に取る。……そんなに、自分は女の子らしいのだろうか……と、思いながらにちかを横目で見る。目に入ったのはミニスカート。
……いやいやいや、いやいやいやいや……と、首を振りながら、青葉は三人とほぼ同時にせんべいを口にした。
「……苦ぁ」
「結構、イワシ感強いな……」
「大人向けなのかもね」
「イワシの風味を薄いせんべいにして上手く閉じ込めてあるし、香りも生臭くない干物みたいで不愉快じゃない……うん、イワシのせんべいって感じ。美味しい」
一人だけガチすぎる感想を言っていた。こういう味もあるのか……と、思いながらも、青葉はチラリと美琴を見る。あまり美味しそうに食べているようには見えない。
自分は好きだが、美琴が好きじゃなかったら意味はない。
そのまま店内を見て回った後、お店を出て別の店へ……と、基本的に女性陣が先導してお店を選んでいた。
……というか、割と疲れが足にきてる。せめて自分を置いても良いから、何処かでのんびりさせて欲しいものだが……。
と、思っていると、足湯を見つけた。そういえば、今日はそもそも温泉がメインだ。
「あの、すみません。俺疲れちゃったんで、そこで休んで行っても良いですか? 後から合流するんで」
言うと、にちかが直ぐに答えた。
「勝手にどうぞ。行きましょう、美琴さん。プロデューサーさん」
プロデューサーに声をかけたのも、まだ奢ってもらってないからだろう。そういう意味でも、一人になれる時間はありがたかった。
「う、うん」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
一応、気にかけてくれたが、笑顔で見送った。あまり、気を使われるのは好きじゃないし、ホントそもそもいなかった人、として扱ってもらえれば幸いだ。
さて、そんなわけで、青葉は一人で足湯で待機した。
×××
だいぶ疲れが溜まってたんだな、と美琴は青葉のことを思い返して思う。まぁ、元々の体力のなさは折り紙つきだし、そもそもホテルの中でも眠たそうにしていた。
でも……その反面、ちょっとだけ寂しい。やはり、青葉と一緒に見て回りたい節はあったから。
そんなわけで、何か軽くお菓子でも買って隣に行ってあげることにした。
で、タイミングを見計らっていたわけだが……中々、にちかと離れる口実が思いつかない……というか、ない。
このまま行ったら、絶対ににちかとプロデューサーもついてきて二人きりにはなれない。二人きりじゃないと、撫でてもらえない。どうしたら……。
そんな風に思っている時だった。
「そういえば、にちか。はづきさんへのお土産とか買ったのか?」
「あ、まだ」
「俺も買いたいから、一緒に選んでくれないか? はづきさんなら、どんなのが喜ばれるのか知りたいし」
「仕方ないですねー。奢り、もう一品で」
「は、はは……まぁ、良いけどな」
そう話しながら、プロデューサーが自分の方に顔を向け、耳元で囁いた。
「一宮くんのこと、気になってるだろ?」
「っ……わかるの?」
「わかるよ。俺も心配だからな。高校生でしっかりものって言っても、まだ子供だし……一応、気にかけてやってくれないか?」
そういう「気になる」ではなかったのだが……ありがたい。そのまま離脱して、青葉の元に向かった。
自然と、足が早足になり、やがて走り出す。なんだかんだ、今日は早朝しか撫でてもらっていない。
やっと撫でてもらえる……いや、なんなら彼は撫でるために一人になった可能性さえ考えてしまう。
途中で温泉饅頭を購入し、足湯のところに戻ると……青葉は、項垂れるように座り込んだまま船を漕いでいた。
「っ……も、もう……隙だらけなんだから……」
あんな真似して、隣に置いてある鞄を持って行かれたらどうするつもりだったのか。
本当に、可愛げしかないというかなんというか……まぁ、なんでも良いが。とりあえず、青葉の隣に腰を下ろし、青葉の肩に手を添えて自分の方にもたれ掛からせる。
肩の上に青葉の頭が乗せられる。こうして見ると、プロデューサーが女の子と見間違えるのも良くわかるほど可愛らしい寝顔だ。……思わず、撫でられるどころか撫でたくなるほどに。
「……みっ、ちゃん……」
寝言だろうか? 自分が夢に出ている? と、冷や汗をかく。なんか、どうせ怒られてそうな気がしないでもない……と、思った時だ。
「……好きです……付き合って下さい……」
「……ふぇい?」
思わず、変な声が漏れた。今、なんて言った? と言わんばかりだ。え、す、好きって……付き合うって……ど、どういう意味? と、分かっている疑問が頭の中に浮かぶ。
あ、ヤバい。なんか変に意識してしまいそう……と、思った時だ。
「な、なーんちゃってー! 嘘嘘ー! 全然、好きとかじゃないでーす! す、すすすすみません変なこと言っちゃってー!」
「……え、起きてる?」
「いや、好きと言えば好きなんだけど……で、でもやっぱアイドルとファンは付き合うべきじゃないですしそういうつもりだったんじゃなくてついぽろっと漏れちゃっただけで……」
……えっとー……要するにどういうことだろうか? というか、夢の中の自分はどう答えるのか……。
なぜか少しドキドキしながら待っていると、また青葉から声が聞こえた。
「……え、もう彼氏いる……ですか?」
は? と、美琴の眉間にシワが寄る。
「俺は……都合の良い家政婦? ただの家事ロボットとしか見てなかった……?」
「……」
おい、その夢の中のみっちゃんを連れて来い、と今度は苛立ちを表に出した。
「そ……そうですよね……俺なんてそんなもんですよね……すみません、16のガキが思い上がって……はぁ……ぐすっ」
「そんな事ないよ!」
「わひゃあっ⁉︎」
思わず大声を挟むと、青葉は目を覚まし、驚きながらも横に転がり、足湯の中に落下した。
「あっづぁっ⁉︎」
「えっ」
足だけに触れていたものが全身を包み込み、慌てて青葉は足湯から出て来た。
「し、死ぬ……! 死ぬかと思った……え、な、なに? 何事⁉︎」
「ごめん、大丈夫?」
「み、みっちゃん……? なんでここにいるんですか?」
基本的に、見た夢すら覚えていないことの方が多い。だから青葉も綺麗さっぱり抜け落ちていた。
しかし、そんなこと知る由もない美琴は、むしろ少し怒った様子で青葉に告げた。
「そんな事より、青葉。私、青葉のことそんな風に思ってないから」
「そんな風……? え、なんでここにいるのって?」
「違う。私むしろ青葉のこと好きだから」
「ひょえっ?」
急に顔を真っ赤にした理由は分からないが、とにかく言わないと。
「都合の良い家事ロボットみたいになんて思ってないから」
「今度は真逆の表現!」
「良いから聞いて。……とにかく、次そんな寝言言ったらホントに嫌いになるから」
「え……」
地味にショックを受けている様子の青葉を無視して、美琴は続けて畳み掛けた。
「とにかく、私が青葉を嫌いになる、なんてことはないから。それだけは忘れないで」
「は、はい……」
「ほら、隣座って」
とりあえず、体を拭いてあげないといけない。夏とはいえ、風邪をひく。隣に座らせると、頭にカバンから取り出したタオルをかけてあげた。
「わぷっ……」
「軽く、拭いたげる」
「あ、す、すみません……でも、自分で」
「ダメ」
笑みを浮かべながら、美琴は青葉の頭をわしゃわしゃと拭いてあげると、続いて服を捲って背中を拭く。
「あの……恥ずかしいんですけど」
「背中は届かないでしょ?」
「そ、そうですけど……」
「前も拭こうか?」
「イ、イヤです!」
そのまま二人で足湯に浸かったままのんびりして、頭を撫でられるのを忘れた。