にちかに美琴様だけは絶対に渡さん。   作:バナハロ

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大人数派か少数派か。

「ん〜……気持ち良かったぁ〜……!」

 

 そう伸びをしながら、浴衣姿で歩くのはにちか。買い物から戻った後、海に入ったこともあって念入りに頭と身体を洗い流した。

 さっぱりしたし疲れも取れたし、やはり温泉が売りのホテルの温泉は違うものだ。

 そのにちかの隣から、同じように浴衣姿の美琴が声をかけてくる。

 

「うん、気持ちよかったね。にちかちゃん」

「はい! ホント、チケットを譲ってくれたあさひちゃんには感謝しかありませんねー」

「そうだね。お土産も買って帰らないと」

 

 この後は食事の予定しかないし、そうなれば部屋で美琴といちゃいちゃである。

 ようやく二人きりになれる……と、元々二人できたかったにちかは、少しだけソワソワしていた。

 さて、そんな風に思いながら歩いていると、美琴がにちかに声を掛ける。

 

「にちかちゃん」

「なんですか?」

「にちかちゃんって、青葉のこと好きだったりする?」

「……は?」

「ああ、うん。その表情でよくわかった」

 

 いないと困るけど好きではない、というのが一番、しっくり来る表現だろうか? ここ最近、お互いに隠し事とか色々あってよくわかった。やはり、性格は合わない。趣味はあっても、どうしても相容れない部分があるのだ、あいつとは。

 まぁそんなことより、今問題に思っているのは、なぜ美琴がそんなことを聞いてきたか、だ。

 

「なんでですか?」

「ちょっとだけ、気になったから。青葉って、私にばかり構ってて他に好きな人とかいないのかなって」

「あいつにそんな情緒ありませんよー」

 

 茶化すように言いながらも、にちかは理解していた。青葉の好きな人? 目の前のべっぴんさんしかいねーよ、と。

 見ていれば分かる。あの男は今、完全に美琴に恋している。オタクの面倒臭い矜持によって何とかそれを隠そうとしているが、長年一緒にいる幼馴染の目は誤魔化せない。

 だからこそ……それを美琴に知られてはならない。もし美琴に気づかれ、OKしたら普通に困るし、OKされなくても二人の間に亀裂が入ると美琴の体調に不安が残る。

 つまり……ふたりには、しばらくこのままでいてもらわないと困るのだ。

 

「そもそも、青葉は基本的にただのオタクですよ? 好きなアイドルやアニメのイベントかバイトがないと外に出ないし、彼女作りなんてとっくに諦めてるんじゃないですかねー」

「……そうなんだ」

「……」

 

 なんでちょっと嬉しそう? と、小首をかしげる。なんだろう、その嬉しそうな顔。あ、嘘だよね、冗談だよね? と、にちかは冷や汗をかいた。

 

「じゃあ、もうしばらく面倒見てもらっても平気だね」

「……そっちか」

「そっち?」

「いえ、なんでもないです」

 

 残念だったな、青葉。君はどこまでも美琴にとってはただのお隣さんだ、とホッとした。

 そんな話をしながら廊下を歩いていると、廊下のベンチで真っ赤な顔の青葉が寝転がっているのが見えた。

 

 ×××

 

「湯当たりするまで頑張るなよ……」

「はぁ……す、すみません……お風呂は好きなんですけど、長風呂は苦手でして……」

「どこまでもおもしろい奴だな君は」

 

 そんな声が聞こえてきたのは、斑鳩ルカが仕事でこのホテルにチェックインした直後のことだった。

 覗き込むと、なーんかどこかで見たことあるような男が、こちらは確実に見覚えあるガキがベンチにいた。ガキの方は間違いない、あの美琴と一緒に写真に写っていた奴だ。……なんか顔を真っ赤にしてベンチに横になっているが、湯あたりでもしたのだろうか? ザマーミロ。

 

「待っててな。部屋から飲み物持ってきてあげるから」

「あ、りがとう……ござい、ます……」

「いいから」

 

 それだけ言うと、男の方は立ち去る。ちょうど良い機会だ。少し話でもしてやろうか……と、思い、少年の方に近寄った。確か、一宮青葉……だっただろうか? 学生証を見たときに覚えておいてよかった。

 

「オイ」

「はっ……はぁ、はぁ……はい……?」

「話があんだけど」

「……え、だれ……ですか……?」

 

 ……なんか、辛そうだ。少し心配になってしまった。いや、別にこの男がどうなろうと知ったことではないはずなのだが……。流石にこんな状態の男の子に詰め寄れるほど人でなしではない。

 

「……ちっ」

 

 仕方ない、少しでも話を聞けるように、鞄からスポドリを取り出した。飲み掛けだが、男子高校生ならそんなの気にするほどウブではないだろう。

 

「おら、こいつ飲め」

「え……す、すみません……」

「で、お前に聞きたい事が……」

 

 と、言いかけた時だった。他所から聞き馴染みのある声が聞こえてくる。

 

「じゃあ、もうしばらく面倒見てもらっても平気だね」

「……そっちか」

「そっち?」

「いえ、なんでもないです」

 

 美琴……! とすぐに理解し、慌てて逃げた。なんでこいつと美琴が同じホテルに? まさかこいつら……と、ルカは冷や汗をかき、移動する。

 とにかく姿を見られたら厄介だ。そのまま指定の部屋に向かっていると、飲み物を置いてきたことに気がついた。

 

「あ、しまっ……!」

 

 戻ろうと思って後ろを見ると、美琴と後その新しいユニットメンバーの七草にちか……そして、一宮青葉が並んでベンチに座っているのが見えた。

 

「ふーん……知らない人にもらったんだ」

「はい。わざわざ気にかけてくれたみたいで……ぶっきらぼうな口調の割に優しくしてくれてたので、多分ツンデレなんだろうなぁ」

 

 勝手にツンデレにするな! と、頭の中で床に拳を打ちつけた。ムカつくあのガキ! 

 

「具合悪くて顔は見えなかったんですけど……今度、お礼させて欲しいです」

「っ……」

 

 そんな純粋な笑顔で言いやがって……と、ルカは顔を背け、さっさと自室に向かう。そんなつもりでやった行動じゃない。美琴とどんな関係か聞き出そうとしただけだ。

 

「チッ……」

 

 とはいえ……憎みづらい奴だ。奥歯を噛み締めながら立ち去った。

 

 ×××

 

 さて、夕食の席に集まった。ビュッフェ形式で、好きなように好きなものが食べられるわけだ。

 

「俺、キッチンに立っちゃダメかな」

「良いんじゃない?」

「美琴。乗せるな」

 

 話しながら、とりあえず料理を取りに行く。プロデューサーが残ってくれたので、三人で取りに行った。

 さて、青葉は顎に手を当てて悩む。ホテルの飯……ビュッフェであっても美味いのだろうし、実際美味いのだろう。

 だからこそ、これはチャンスだ。美琴が気に入った料理の味を舌で味を盗み、家で再現する……! 

 そのためにも、ファーストフェイズではあまり料理は取らない方が良い。少なめで軽いものにして、みんなで食べるってなった時、美琴が何を気に入ったかを把握し、セカンドフェイズでそれを自分も食べる……! 

 そう作戦を立てて、すぐに動き出した。まずは……少なめに料理を摂ること……と、思い、ポテトを二本だけ乗せて席に戻ろうとした時だった。

 

「青葉、何食べるの?」

「え? あ……」

 

 美琴に捕まってしまい、お皿を見られてしまった。お皿の上に乗っているのを見られ、美琴は声を漏らす。

 

「え、それだけ?」

「あ、いやこれは……」

「もしかして、湯あたりでまだ具合悪い?」

「そ、そんなことはなくて……」

「部屋で休む?」

「イ、イヤです! みっちゃんとご飯食べたいです!」

「っ……」

 

 あ、また恥ずかしいこと口走った。おかげで美琴は目を丸くして頬を赤らめる。

 ドン引きされたのかも……と、少し狼狽えたのも束の間、すぐに笑みを浮かべた美琴は言った。

 

「ふふ、そっか。私もだよ」

「っ……」

 

 今度は青葉が顔を赤くする番だった。そういう、男を翻弄するようなことを、よりにもよって美琴が言うのはやめて欲しかった。心臓に悪いから。

 が、美琴はすぐに近くの料理のトングを持ち上げて続けた。

 

「でも、そのためにはもっとたくさん取らないとね」

「え、いやこれは……」

「だいたい、いつも栄養はきちんと摂れって言っているのは、青葉の方だよ?」

「あ、ありがとうございます……」

 

 そう言いながら、お皿に山盛りで盛られてしまった。まさか、ファーストフェイズから躓くことになるとは……。

 こうなったら、もう仕方ない。覚悟を決めて食べることにした。

 すると、隣の美琴が青葉のお皿をとり、代わりに自分の皿を差し出してきた。

 

「じゃあ、今度は青葉が私の料理選んで?」

「お、俺ですか?」

「うん。交換こ」

 

 なにその24とは思えない遊び心可愛い、とギャップ萌え爆裂波が青葉の中で巻き起こる。マジでJKか、とツッコミを入れたくなる。

 

「じ、じゃあ……僭越ながら……」

「ふふ、よろしく」

 

 言われるがまま、とりあえずざっと見た感じで三色バランスよく栄養を取れるように、料理を盛り付けた。

 最後に飲み物だけ用意して席に戻るとプロデューサーが料理を取りに行き、戻ってきた。料理だけでなく、お酒を持って。

 

「え、飲むんですか?」

「ああ。今日は一応、プライベートだからな」

「それ……焼酎ですか?」

「詳しいな。……飲んだことあるのか?」

「ありませんよ。……あ、嘘」

「……え、あるの?」

「酒を使う料理もありますから。母親がどんな風に変化するか捉えるためにも、味を覚えろって一舐め」

「な、なるほど……」

 

 割とガチで叩き込まれていたからこそだ。

 すると、にちかが口を挟んでくる。

 

「そんなことより、食べましょうよー」

「お、そうだな。じゃ、いただきます」

 

 プロデューサーの挨拶で、全員で挨拶して食べ始めた。

 さて、確かに冷静に考えてみれば、これは美琴チョイス。そう思うと、食べるのが普通に楽しみになってきた。

 

「あー……んっ、美味し」

「うん。私のも美味しいよ。青葉がえらんでくれたから」

「ええー⁉︎ ず、ずるいです、美琴さん! なんで青葉とそんなアホカップルみたいなこと……!」

「青葉がお皿にポテト二本しか乗せてなかったから」

 

 すると、にちかはキッと自分を睨みつける。テメェ上手くやりやがったな、と言わんばかりの目つきだ。

 

「俺別に何もしてねーよ」

「どーだか。結構、計算高いし、バカのくせに」

「お前よりはバカじゃねーし、そんなつもりじゃねーし。まずは胃袋から掴もうと思っただけだし」

「あたりじゃん」

「いやそうじゃなくて……」

 

 ……いや、口にすると邪魔されそうだ。青葉が選んだ料理を盛り付けているとはいえ、気に入られればそれを食べて味を盗めるし、今は気にせずに食べた方が良い。

 口に料理を運んでいると、美琴がじっとこちらを見ていた。

 

「美味しいですよ?」

「ふふ、良かった」

 

 ……気恥ずかしいんだけど、と青葉は目を逸らして食べ続ける。すると、プロデューサーさんが声を掛けてきた。

 

「一宮くんは……美琴の日常を支えてくれてるんだっけ?」

「あ、はい。いや、支えてるってほどじゃないですよ。食事を作ってる程度ですし」

 

 謙遜しておく、余計なことは言わないようにして。実際、食事だけだ。

 

「食費もみっちゃんが買った食材使ってますし」

「そうなのか。……でも、みっちゃんって呼んでるんだな?」

「そ、それはー……美琴さんが男子高校生をたぶらかしてる、みたいな噂を流されないために、呼び方にカモフラージュを……」

「あ、結構一緒に出掛けることもあるのか?」

「ま、まぁ……必要なものを買いに行ったりすることもありますし……食材をコンビニで買ってたりとかしてましたからこの人」

 

 やばい、割と喋るだけでボロが出てた。なんとか事実を言って誤魔化してみたが……大丈夫だろうか? 

 頭撫でてる、とかその辺は言わずにいなしていると、にちかが横からしれっと口を挟んだ。

 

「ちなみに当然、普段美琴さんが持ってきてたお弁当も青葉のお手製ですよ。美琴さんのために朝早く起きて作ってるそうです」

「あ、そうなるのか……え、そ、そんなことまでしてるのか?」

「えっ、ま、まぁファンなので」

「……ファンというか……うん、まぁそうか……むしろ、ファンならではか……」

 

 プロデューサーが納得してくれたので、ホッとしてからジロリと青葉はにちかを睨む。余計なこと言ってんじゃねーよ、と言わんばかりだ。

 そんな中、美琴が口を挟んだ。

 

「青葉はホントに良い子だよ。お祭りに行った時も着付けとか手伝ってくれたし、ノーパンノーブラで行ったことも叱ってくれたし」

「「は?」」

「はいみっちゃんちょっと黙って」

「えっ、どうして?」

「分からなくて良いからちょっと黙って下さい」

 

 らしくなく辛辣なことを言ってしまったが、それよりもこのピンチを乗り切ることが大事だ。

 

「えっと……どういうこと?」

「遺言は?」

「待て待て、落ち着け。着付けって言われても帯の結び方教えただけですし、ノーブラノーパンは家に帰ってから知った事ですから、決してやましいことは何もありません!」

「うん。青葉に、特にやらしい気持ちがあるわけじゃないから」

「そうですか、美琴さん。で、青葉。まずなんでノーパンノーブラに気づいたの?」

「……」

 

 言えない、肘でおっぱい突っついちゃったなんて言えない。当たっちゃっただけ、と言えばプロデューサーはわかってくれるかもしれないが、にちかはダメだ。

 どうしよう……と美琴に助けを求めようとしたが、そもそも黙ってろ、と言ったのは自分だ。なんとかしないと。

 と、思っているときだった。

 

「それは、青葉の肘が胸に当たったからだよ」

「「は?」」

「みっちゃん! さっきから口が羽のようですが⁉︎」

 

 何なのほんとに! と顔を向けると……心なしか、顔が赤い。え、照れてる? と思ったのも束の間、片手に握りしめているコップは……プロデューサーのものだ。

 

「って、おい。美琴それ俺の焼酎……!」

 

 プロデューサーも気が付いて手を伸ばしかけるが、飲んでいるものを今、止めても仕方ない。

 そこで、青葉はふと思い返した。この人……そういえば成人女性なのに、今まで「飲んで帰るから晩御飯いらない」と言ったことは一度もなかった。

 それが飲めないのか飲まないのか分からないが、確実に言えることは一つだ。

 ……飲み慣れていない人が、焼酎なんか飲んだら確実に酔っ払う。

 

「あと……青葉はなんだかんだトレーニングも付き合ってくれるし、普段の家事の手際も良いし、本当に良い人だよ」

 

 すごく分かりづらい事に、美琴の口調はいつもと変わらない。少し早口になってるかな? ってレベル。

 だからこそ、青葉としてはなんか困ってしまった。分かりづらい。あとギャップが可愛い。酔ってる見た目で口調全く変わらないって……。

 それに萌えていたから、止めるのが一歩遅くなった。

 

「それに何より、青葉は毎日私の頭撫でてくれるから。アレのおかげでここ最近、めちゃくちゃ調子良いくらいだから」

「「えっ」」

「おぉう、もう……」

 

 もう「しまった!」というより「なんでそうなるの……」と顔を手で覆うしかなかった。

 二人の視線が青葉に向けられる。特に片方は殺気出てるし。ヤバい、この旅行で沈められるかも……と、大量に冷や汗をかく。

 

「い、いや……まぁ、それはぁ〜……」

「だから……もう青葉は私のものだから」

「うきょっ⁉︎」

「絶対、二人には渡さないから」

 

 斜めの席に座っているので、青葉は抱きしめられるような事は無かった。しかし……それはそれでちょっと胸が痛いというか疲れがヤバいというか……なんにしても、すごく居心地が悪い。

 いや、何にしてもここは一刻も早く美琴を休ませるべきだろう。

 

「みっちゃん……そろそろ部屋に戻ろうか……」

「え、どうして? まだ全部食べてないよ」

「美琴さん、他に青葉とどんな事したんですか?」

 

 しかし、その前ににちかが口を挟んでしまった。席が遠い青葉は止める術も無く、聞くしかない。食事中、用事もなく立つな、という母親の教えがこれでもかというほど出ていた。

 

「あと? あとはー……」

 

 公開処刑が続いた。

 

 ×××

 

 さて、そうこうしているうちに食事を終えた。途中で美琴が焼酎を飲み続けたこともあり、プロデューサーとにちかが部屋まで連れて行き、青葉は一人で食事を先に終えた。にちかに、なんか美琴に近づかせてもらえなかったから。

 どうしよう、と少し悩んでしまいながら食事を続けていると、青葉の元にプロデューサーが帰ってきた。

 

「あ、おかえりなさい」

「もう食べ終わっちゃったかな?」

「あ、はい」

「そっか」

「……」

 

 ……少し気まずい。何せ、お隣さん同士と呼ぶには親密過ぎる関係がバレたわけだから。

 二者面談より緊張した様子でドギマギしていると、すぐにプロデューサーから声をかけてきた。

 

「気にしなくて良いよ。さっきのことは」

「え?」

「君のお陰で美琴の調子が良いのは事実だろうし、撫でたりとかご飯作ったりとかはマンションでの話なんだろ?」

「まぁ、一応……」

「ランニングも早朝だし、にちかも一緒らしいし。……ただ、まぁあんまり表立って親密な様子を周囲に見せるのは、可能な限り控えてもらいたいかな」

「は、はい……」

 

 頷いて答えつつも、ほっと胸を撫で下ろした。良かった、関わるのを禁止とかされなくて。

 

「どうする? 先に部屋に戻るか?」

「あー……どうしましょう……にちかに殺されるかもしれないし……」

「大丈夫だろそれは……」

「いや、にちかってバカだからなぁ……なんか、すみません。隠し事してた所為でこんな空気にしちまって」

「まぁ、隠し事ってのはいつかバレるもんだからなぁ」

「結構、簡単な奴なんで、何か奢れば機嫌治ると思いますけど……」

「だと良いけどな……」

 

 そのためにも、まずはあまりにちかを刺激しない事だろう。じゃないと、殺されかねない。

 

「でも、すみません……俺、割と変な汗かいたんで風呂もっかい入ってきます……」

「え、大丈夫か? またのぼせたりしないか?」

「それまでには出るので大丈夫ですよ」

「そっか。なら良いけど」

「では、お先に失礼します」

 

 それだけ話して、青葉は部屋に戻った。

 しかし……美琴は酒を飲まないと聞いていたが、あんなに弱いとは思わなんだ。焼酎コップ一杯程度であんなに酔うとは……ちなみに、青葉は家で日本酒とワインを何度か試飲していたが、全然酔わなかった。

 とりあえず、青葉は風呂の準備をして部屋を出た。

 

「はぁ……流石に死ぬかと思った……」

 

 肝を冷やしたどころの騒ぎではない。こうしていると、ちゃんと美琴のためだと割り切って仕事をしていた甲斐があった。……にちかには通じていないが。

 ま、にちかはアホだしどうせすぐに忘れる。ダメなら宿題でも見せれば良いだろう。

 そんな風に思いながら、のんびりと温泉に向かった。一日に二回も温泉に入れるなんて……中々、贅沢だ。

 少し鼻歌なんて歌いながら施設内を歩く。

 到着すると、さっさと全裸になって中に入った。大浴場内に人はいない。つまり、貸切状態。

 その事が少し嬉しくて、鼻歌は続行される。SHHisの曲だ。

 一応、マナーはマナーなので軽く身体を流してから、いきなり露天風呂に突入。湯船に浸かる。

 

「おお〜……!」

 

 おっさんみたいな声が漏れた。気持ち良いとはこのことか、なんて哲学的な感想が漏れる。二度目とはいえ、プロデューサーが一緒の時は少し気を遣ってしまっていたので、ここまで声を漏らすことはできなかった。

 ……しかし、と、青葉はほっと一息つきながら、海の方角を見下ろす。もう夜なので真っ暗な海が、点々とした灯りによって輝く街の先に見える。あれだけ綺麗だった景色が、少し怖く見えてしまった。

 それを眺めながら、青葉は思った。なんか……思ったよりこの旅行、テンションが上がらない。いや、上がるとこでは上がったり、上げてたりしてた訳だが……なんか、にちかやプロデューサーがいると思うと、少しだけ美琴と話しづらかったりする。いや、いない方が良かったというわけではないが。

 ただ、撫でれなかったり、いつもの様子で話せる事が話せなかったり、バレちゃいけないことに対しヒヤヒヤしながら言葉を選んだり、リラックスできているかを考えるとそこまでではない気がする。せっかくの旅行なのに。

 ……お隣さん、という都合の良い関係も、割と第三者が入ると楽じゃないのかもしれない……なんて、子供らしくなく思ってしまう。

 

「はぁ……みっちゃんと、二人きりになりたいなぁ……」

 

 外なのに裸で一人しかいない解放感から、そんな呟きが漏れた時だ。

 

「え……青葉?」

「…………はえ?」

 

 完全に油断していた。壁の向こうから、今一番聞きたかったけど今一番聞きたくない声が聞こえてきた。

 

「えっ……み、みっちゃん……?」

「う、うん……」

「き、聞こえました……?」

「…………うん」

 

 温泉に入っているとか関係なしに、青葉の顔は真っ赤になる。やばい、誤魔化さないとマセガキだと困らせてしまう、と思い、すぐに弁解する。

 

「あ、いや……い、今のは違います! 冗談ですからね⁉︎ 別に俺……たまに独り言で適当なことをほざく癖があって……だから、今のも違くて……!」

「っ……そ、そっか……違うんだ」

「え……」

 

 な、何その残念そうな感じ? と、少しだけヒヨってしまったり。が、すぐに分かった。撫でてもらいたいからだ。

 

「あ、あー嘘です嘘です! 二人きりになりたいのは本当です!」

「そ、そっかー……ふふっ」

 

 嬉しそうな声を……いや、そりゃそうだ。撫でて欲しいんだから。それなら、今のうちに上がってしまって、対面で話せた方が良いだろうか? 

 そう思って立ちあがろうとした時だ。

 

「じゃあ……今、二人きりだし……少し、お話ししない?」

「え……」

 

 あれ、この人分かっていないのだろうか? あり得る。あんまり賢いイメージない人だし。

 

「嬉しいですけど……頭、撫でられませんよ?」

「? 分かってるよ?」

「え……じゃあなんで?」

「? 青葉と二人でゆっくりしたいからだけど?」

「……」

 

 ……ダメだ、一旦温泉に肩まで浸かるのやめよう。のぼせる。

 そう思って、温泉の縁に腰を下ろし、足だけつけた。

 

「……青葉は、嫌?」

 

 そのセリフは……どんな顔をして言っているのだろう、なんて思ってしまったり。

 水面に映っている自分と同じ顔してたら嬉しいなぁ、なんて思ったりしたのだが、まぁ美琴の事だ。それはないだろう。

 

「嫌じゃないですよ」

「なら、話そうよ」

「は、はい……」

 

 少し、嬉しいけど緊張する。これも、裸の付き合いという奴なのだろうか? 壁の向こう側に裸の美琴がいる……と、思うと少し興奮するが、それ以上に温泉の向こう側にいる好きな女性と、二人きりでこうして話せるシチュエーションが、少しちょっと良いなって思ってしまったり。

 

「……ていうか、みっちゃん。酔いは平気なんですか?」

「あー……うん。酔い覚ましのために、にちかちゃんが『温泉行ったら?』って……」

 

 にちかがそんな風に言うなんて……一体、何があったのだろうか? いや、まぁ想像出来るが。酔った美琴が乱れてにちかが流石に照れてしまったのだろう。

 

「アルコールちょっと抜けて、落ち着いてたときに青葉がきたんだ。……すごいね、酔ったらあんな感じになるんだ……まだちょっと頭痛いし……」

「あ、それならあとでしじみのお味噌汁、ご馳走しますよ」

「え、ここで作れるの?」

「いえ。インスタントのお味噌汁さっき買ったので。二日酔いに効きますよ」

「ありがと」

 

 こんな時にも、主婦力は忘れない。正直、別にこの時を予測して買ったわけではないが、まぁ役に立ったのなら何よりだ。

 

「……ね、青葉」

「はい?」

「良い機会だから聞いておきたいんだけどさ」

「はい」

「私の、どこが好きなの?」

「バフォ!」

 

 思わず吹き出してしまった。なんてこと急に言い出すのか。というか、叶わぬと知っているとはいえ、何故割と本気で恋していることを知っているのか。ていうか、何その強引な告白のさせ方? と、様々な考えが頭を渦巻く中、とりあえず返事をする。

 

「っ、な、なんでそんな急に……!」

「え、急だった? ファンだって話は前から聞いてたと思うけど……」

「……」

 

 この野郎、いいように弄びやがって……と、羞恥心が込み上げてくる。

 

「で、どうして私のファンになってくれたの?」

「好きだからですけど?」

「いや、そういうんじゃなくて」

「?」

 

 それ以外に何があるのか。アイドルが好きになる理由なんてその一言で事足りるのだが……どうも、向こうはそれではお気に召さないご様子だ。

 

「私の、どこが好きになったのかなって。きっかけとか」

「きっかけ……ですか」

 

 そういえば、その辺の話していなかったっけ……と、思い出す。まぁ聞かれなかった、というのもあるし、わざわざ話すことでもなかったというのもあったが。

 

「でも、割とありきたりな理由ですよ? 歌って踊ってる姿がかっこよかったからですし」

 

 あんまり面白い理由ではない自覚はあった。大体、みんなそこか顔から入るだろうから。アイドルの場合は若干、顔の方が多いかもしれない。

 ……が、壁の向こうからちょっとだけ真剣な声が聞こえてくる。

 

「……もう少し詳しく」

「え?」

「詳しく」

「詳しくって言われても……俺、素人だからそんな総評とかできませんよ」

「そうじゃなくて。……青葉が私を好きになったきっかけを、もう少し」

「え……カッコいい以外に、ですか?」

「そう」

 

 そんなこと言われても……と、顎に手を当てる。

 

「言われ慣れてるかもしれませんが、歌も上手でカッコ良くて綺麗で……それで、いつも完璧で」

 

 青葉が一番好きなのがそこだった。他のアイドルに比べて、格段にレベルが違う。それは、私生活でのストイックさを見て余計に好きになった点でもある。

 

「いつも、人一倍の練習をされてますよね。その結果だと思いますが、俺が今まで見てきたどのアイドルよりも、歌とダンス上手だし、ミスもないし……なんか、すごいなーって思って」

「……」

「それから段々、あと顔もスタイルも……知り合ってからは中身も好きになってきてしまって……あっ」

 

 ……やばっ、それほとんど告白じゃん、と口を塞ぐ。つい語り過ぎてしまった。オタクか、俺は。いやオタクだった。と、全力で焦り焦ってしまう。

 だが、ここで慌てて弁解してしまえば、あの割とピュアな24歳はまた傷ついてしまうかもしれない。

 どうしよう、と頭の中で言葉を探す中、ふと違和感。美琴から、未だ何一つコメントがない。こっちが色々と喋ったのに……なんかこう、それに対してあったりしないのだろうか? なんてちょっとだけ不満げに思ってみたり。

 だが、すぐにそれに応えるようなタイミングで美琴は言った。

 

「……青葉」

「はい?」

「先、上がるね」

「え?」

 

 ……もしかして……ドン引きされたのだろうか? ちょっと……というか、普通にショックで、少し泣きそうになってしまったまま、その場で温泉に浸かり続けた。

 

 ×××

 

 お風呂から上がった美琴は、バスタオルを身体に巻いて、そのまま鏡の近くにある椅子に腰を下ろした。ドライヤーをかけるためとか、そういう理由ではなく、頭がクラクラするからだ。

 そんなに長時間、浸かっていたわけではない。ただ単純に……爆テレによる体温の上昇のおかげだった。

 

「〜〜〜っ……!」

 

 多くの人を、完璧な歌とダンスで魅了したい……それが、まさかこんなところで……そして、こんな身近にそれで魅了されていた人がいたとは。

 自分にも少なからずファンはいたのだろうけど、いつも他のユニットメンバーの方が売れる事が多い美琴が、一番意識していた点を肯定してくれた事が馬鹿みたいに嬉しかった。

 それと同時に、少しだけ胸が高鳴った。彼に対する思いが、少しだけ強くなったような、そんな感覚を自覚した。

 

「……っ」

 

 もっと、もっと彼から話を聞きたい。今はつい逃げてしまったが、自分に対し、他に何を思っているのか、その辺を詳しく聞きたい。

 そのために……この旅行が終わったら、また出掛けたいかもしれない、こうして旅行に。いや、旅行じゃなくても良い。二人で出かけられるのなら、何処へでも。

 そう決めて、とりあえず落ち着いてきたので着替える事にした。身体と頭を拭き終え、頭を乾かし、化粧水をつけて……などとやって、ようやく着替えた時だ。

 財布が裾から転がり落ちた。拾い上げて中を見ると「あっ」と声を漏らす。あんまり入っていない。千円札が二枚ほどくらいしか。

 おろせば良いか、と思わないでもないが、ちょっと使いすぎな気がしないでもない。

 

「……」

 

 ……今まで、何も考えずにお金を使ってしまったが、このペースで使っていたら、青葉と二人で出掛ける時用のお金がなくなる。

 そういえば……前に、家計簿をつけることも勧められたっけ……なんて思い出してしまった。

 

「……」

 

 ……ちょっと、付け方を教わってみてもいいかもしれない……それなら、青葉と出掛ける口実にもなるかも……そんな風に思いながら、とりあえず着替えを終えてお風呂を出た。

 

 

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