にちかに美琴様だけは絶対に渡さん。   作:バナハロ

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16歳と24歳の思春期。

 はー? と、美琴は頭上に「?」が大量に浮かぶ。一体、何を言われたのか、理解できなかったという顔だ。

 だってわけわかんないし。なんだ、娘になるって。娘とは、要は自分の子供のこと。自分も、両親にはそれなりに溺愛されていたと思う。中学生で東京に行くことを許してくれたくらいだ。

 甘えさせてくれて、美味しいご飯を用意してくれて、耳掃除もしてもらって……あれ、てことはつまり……それを、青葉はしてくれるということだろうか? 

 青葉が甘えさせてくれて、美味しいご飯を作ってくれて……耳掃除! 

 

「じゃあ、なる。娘」

「いや、冗だ……えっ?」

「えっ?」

 

 こいつ今なんつった? と、片眉を上げてしまう。冗談? いや、言い切ってない。先に撤回させる。

 

「もう遅い。私のお母さんになるんでしょ?」

「なんでお母さん限定……お、お父さんって線は……」

「嫌。お母さんのが甘えやすい」

「なんでや……」

「じゃ、まずは……耳掃除して」

「その年で耳掃除頼むの⁉︎」

 

 歳とか関係ない。大事なのは、甘えられるか甘えられないかである。

 

「大体、耳かきないし……」

「はい」

「なんで携帯してるの……」

「女の子だから」

 

 それだけ言うと、美琴はそれを手渡し、帽子とサングラスを外し、観覧車の中で青葉の膝の上に頭を置いた。

 

「はい、よろしく」

 

 そう、年齢なんて関係ない。そんなこと言い出したら、自分は今の今まで八つも年が離れた少年にご飯作ってもらって掃除もしてもらって家計簿の付け方まで教わってしまっている。

 だから、いちいちそんなのもう気にするようなことではない。しばらく目を閉じて掃除してもらえるのを待機していると、ふにっと耳たぶに手が置かれる。

 

「っ……」

 

 耳掃除……それと膝枕。思ったより恥ずかしいかも……と、少し頬が赤く染まる。というか、割と無防備なこの格好……歳下の少年に見下ろされる自分の横顔……なんか、割と普通に恥ずかしく思えてきた。思えてきた、というか実際、恥ずかしい。

 ……でも、悪くないとか思っちゃっている。割と普通に気持ちが良い。彼の太もも、柔らかいし……なんて少しうっとりしている中、ふと違和感。……なんか、耳たぶをずっとモチモチと触られている。

 

「……」

 

 流石にそうまじまじと触られていると恥ずかしいんだけど……と、思い、声をかけた。

 

「あの……青葉、何してるの?」

「っ、あっ……ご、ごめんなさい! ……その、綺麗な耳してるなって……」

「っ……み、耳に綺麗とか、あるの……?」

「いや、分かりませんけど……でも、掃除するとこなんてないけど……」

「……じゃあ、しばらくこのままね」

「え……あ、あの……観覧車なのに外見ないの……?」

「見えるよ。空なら」

「あ、う、うん……」

 

 ……悪くない。いや、本当に悪くない。こうして誰かに甘えるのは本当に久しぶりだ。もう完全に心が溶かされてしまった気がする。

 さらに、ふわりと頭の上に手を置かれる。優しく柔らかく……包まれるように。

 それを堪能するように目を閉じ、全身の力を抜いている時だった。

 

「あの……みっちゃん」

「……ん?」

「……ごめんなさい。限界です」

「え?」

 

 反射的に目を開き、視線だけ上に向けた。

 顔が、真上から降りてきて、頬に柔らかい感触がふれた。

 

 ×××

 

 我慢の限界だった。俗な言い方だが、もうどうしようもない。

 好きで好きで仕方なくて、そんな人が全身全霊を以て自分に甘え、膝の上に頭を置き、子猫のように甘えている……そんなのを見て、理性を保っていられる理由がない。

 頬に、唇をつけて離す。キスされた美琴も、頬を赤くして自分を見上げているが、自分もおそらく頬を赤らめてしまっている。

 

「あお、ば……?」

「……ごめんなさい」

 

 分かってる。青葉は、やってはいけないことをしてしまった。それも、観覧車なんていう逃げ場の無い場所で。

 だから……もう終わりだ。そう完全に全てを諦めようとした直後だ。今度は、美琴が青葉の頬に唇をつけた。

 

「っ……え」

「ふふ……そっか。じゃあ、なる?」

「え、な、何が?」

「恋人」

「…………えっ」

 

 また顔が赤くなる。ビックリした。欲情してキスをしてしまった男に、そんな提案をしてくるなんて。

 

「だ……ダメですよ……アイドルとファンで、そんな関係……」

「でも、私のこと好いてくれてるんでしょ?」

「っ……いや、それはファンとしての好きで……」

「ファンとして好きなのに、キスしちゃうんだ」

「ーっ、あ、あんま言わないで下さいよ……!」

 

 自分でも恥ずかしいのだ。あんなキザな真似をしてしまうなんて。

 でも……あの状況で、あんな愛おしい美琴を前にキスするなという方が無謀な気もする。

 

「それに、ファンとアイドルってよく言うけどさ。私のお母さんも私のファンだけど、家に帰ったら美味しい手料理もらって膝枕とかしてくれてたよ。ファンならみんな平等じゃないよ、残念だけど」

 

 特別な関係のファンは少なからずいる、ということだろう。プロデューサーとかもその中の一人かもしれないし、それは分からなくはない。

 でも、それが周りに許される関係は限られているはずだ。親、兄弟、親戚、仕事上の人、それから……と、数えている間に、さらに美琴は続ける。

 

「だから、私が好きな人に対して他のファンの方達と違う扱いしても、全然変じゃないよ」

「…………ひょえ?」

 

 今なんて? と、片眉を上げてしまった。しれっと挟まれた一言が非常に気になってしまった。

 

「え……あ、あの、今なんて……」

「変じゃないよ。全然」

「えっ……いやそこではなく」

「? ……ああ、私が好きな人?」

「……あ、それ俺のことじゃなかったり?」

「いや?」

「え……じ、じゃあ……」

「好きだよ」

 

 好き、好きと言うのは……えーっと、あ、面倒見てくれるから、とか? と、思い、確認する。

 

「そ、そうだよね。流石に毎日飯作ってくれる都合の良い男、嫌いにはならないよねっ」

「いやそうじゃなくて。普通に好き」

「あ、あー……まぁ、俺もにちかとかはっちゃんも大別すると好きな部類だし、要はそういう……」

「今のを聞いてビンタしたくなるほど好き」

「いだだだだ! 太ももつねるのやめてや!」

 

 ビンタじゃないじゃんそれ! と悲鳴に近い声が上がる。

 半ばパニックになっている青葉に、美琴はジロリと鋭い視線を向け、そして膝枕されたまましれっと告げた。

 

「だから、アイラブユーってこと」

「ぷえっ……」

 

 変な言葉が口から漏れた。ホント、自分の漏らす悲鳴はどこの国の言語なんだろうとは思うが、今はそれどころではない。

 ……いや、まだ喜ぶのは早い。あの美琴の事だ。もしかしたら……。

 

「あの、英語分かんないんだし、意味をよく調べないで使わない方が良いよ」

「……」

 

 ヒヤッとした。真夏の個室なのに。背筋が伸びるほど。その後にはもう遅い。下から起き上がった美琴が、今度は唇を自分の唇に重ねた。

 

「んんっ……⁉︎」

 

 軽く触れて、少し押しつけられて……そして、離れた。もう何が起こったのかさえわからない。今、自分は憧れの人に何をされたのか。

 唇を中心に、顔がやたらと熱くなる。どう考えたって、何をされたのかなんて一つしかない。

 ……つまり、唾液の交換会である。

 

「っ……な、何して……!」

「えー、分かんない? 次、舌入れようか?」

「お、女の子……というか、女性がそんなこと言っちゃいけません!」

「なんで言い直したの?」

「い、いや女性を子供扱いはってなんか変な保身が……いや、そうじゃなくて……!」

「? ……あ、大丈夫。初めてだから」

「いやだからちょっ、すんません黙って!」

 

 ダメだ、喋らせたら。そうじゃなくて、しか言えなくなる。失礼ながらに口調を乱しながらも落ち着き、胸に手を当てる。やばい、マッハだ。全速力で走ったってこうはならないほど。

 なんとか嬉しさと羞恥から吐きそうになるのを押さえつけ、睨むように顔を見て尋ねた。

 

「……なんで、そんな……」

「だって、私の『好き』を分かってくれないから……」

「や、だからって……普通にLOVEとか言えば良かったでしょ!」

「言ったよ」

「……言ってましたね」

 

 ただ、自分が全力で気の所為だと思おうとしていただけだ。そんな片鱗、もう何度も見てきたのに。

 

「……すみません……」

「別に気にしてない。……で、青葉もキスしてきたってことは好きなんでしょ?」

「なんでハッキリ言うの!」

「え、好きじゃないのにキスしたの?」

「い、いや……そんなことは……!」

「じゃあどうなの?」

「…………す、好きです……」

「ふふ、知ってる」

 

 ……死ぬほど恥ずかしい……崇拝しているアイドルに恋慕を抱いた上に、本人に知られるとか羞恥プレイにも程がある。

 

「……で、どうするの?」

「え……な、何が?」

「付き合う? 両想いだけど」

「あ……い、いや、あの……でも、良いのかな……」

「良いの」

「俺なんかと……みっちゃんみたいな、高嶺の花が……」

「私から見たら、青葉の方が高嶺の花だよ」

「っ……か、揶揄うなよ……」

「本音だよ。私には、そこまで他人につくすことができないから」

 

 ……いや、自分も別につくしてるつもりは……あるか。結構。

 でも、良いのか……いや、この際だ。もう疑問を全部ぶつけてしまおう。

 

「……で、でも……8歳差ですよ? 俺ら的に問題がなくても、周りから見たら……風評被害を受けるのはみっちゃんだよ」

「大丈夫、うちの事務所には二股容認してる人達いるし」

「えっ」

 

 な、何その爛れた関係……と、冷や汗をかく。それが許されてるなら、確かに歳の差くらい何でもなさそう……いや、それ以外にも問題はある。

 

「に、にちかにはなんて言うんですか⁉︎ 俺、殺されるよ?」

「大丈夫。言わないしバレなければ。はづきさんには言っておけば、さりげなく助けてくれそうだし」

「……」

 

 それはその通りかも……あいつ、バカだし鈍いし……と変に納得してしまう。

 

「もう質問終わり?」

「あっ……え、えっと……!」

 

 いや、付き合いたくないわけではないが、今後について考える必要はあるし、そう言うのは付き合う前に決めなければならない。

 他に問題……年齢差はクリアされ、にちかのことも平気で……あとは……そう、マンションのお隣同士だ。しかも料理を作り作られの関係……ほとんど同棲に近い。

 つまり……そうだ。

 

「お、俺まだ16歳なのでエッチなことは出来ませんが良いんですか⁉︎」

「えっ……」

「……あっ」

 

 すっごくしにたくなりました、まる。

 思わぬ自爆に青葉は真っ赤にしてその場で顔を覆った。

 

「……な、何でもないです……」

「……えっち」

「うごっ……!」

 

 仕方ない。男子高校生だし、誰だって人と付き合ったらそういうことを考えてしまう。思春期でその手の事に興味が出ないのは、ルフィくらいのものだろう。

 

「……す、すみません……」

 

 顔を真っ赤にして俯いている時だった。また膝から身体を起こした美琴が、耳元で囁くように言った。

 

「……そういうのは追々、ね……」

「ーっ!」

 

 おそらくこれが海外の漫画であれば「BOMB‼︎」と音が出そうなほどに真っ赤になった。

 な、なんだ今のは……ヤらしさと、色気と、清楚さと……なんか、黒と紫と白が入り混じりましたーみたいなよく分からない威力……美琴でも大人の女性という事だろうか? 

 それ故に、ちょっとだけ邪推してしまう。

 ……もしかして、経験が? 

 涙目になりながら顔を見上げると、美琴は少し頬を赤くして頬をポリポリと掻いた。

 

「なんて……今のは無しで。ちょっと……恥ずかしかった」

 

 いや、それはなさそうだ。……それと同時に、処女でもそういう色気が出せる辺り、大人の女性ってすごい……と、ちょっと驚く。

 そんな青葉に、美琴が微笑みながら聞いてきた。

 

「それで、どうするの?」

 

 ……ダメだ、もう断れない。ていうか、最後のダメ押しの威力が高過ぎた。もう思考がそもそも定まっていない。

 

「っ……よ、よろしくお願いします……」

「うん。よろしく」

 

 そんなわけで、付き合う事になった。

 

 ×××

 

 さて、遊園地から帰宅し、二人はいつものマンションに入った。普通に帰ってきただけなのに、恋人になったと思うだけで、なんだかやたらと緊張する。

 

「……お、お邪魔します……」

「そんなに緊張しないで」

「するよ……」

 

 だって、カップルで夜におうちに入るって……もうえっちじゃん、と少し思う。いや、もちろんそんなことをする気はないのだが……こう、やはり変な想像がどうしても漏れてしまうのだ。

 

「さ、ご飯お願い。私、シャワー浴びて着替えてくるから」

「その前に手洗いうがいして」

「あ、うん。わかった」

「あの、本当に外食じゃなくて良かったの?」

「良いの。青葉のご飯が一番美味しいから」

「ひょっ……」

 

 ダメだ、勝てない。いや勝ち負けの問題でもないが。

 二人で洗面所で手洗いうがいをすると、そのまま美琴が部屋の中に戻り、青葉は料理の準備。

 ……ん? 着替え? と、一瞬思ったが、まぁ真夏の遊園地にいた格好のまま晩御飯を食べたくない、と言う気持ちはわかる。汗だくだし。

 しばらく野菜の皮むきをして肉を切り終え、焼く前の仕込みをしていると、美琴が戻ってきた。

 

「青葉、あとどれくらいで出来る?」

「記念日だから凝ったもの食べたいって言うから、少し時間はかか……って!」

 

 顔を上げながら話すと、そこにいた美琴が思いっきり部屋着でギョッとする。Tシャツなんてだるんだるんで、胸の谷間が見えていた。

 

「み、みっちゃん! 服装!」

「? 服が何?」

「いや、は、肌出てるから! 胸の辺りとか! 隠して!」

「いや、家にいるのにブラなんてしてられないし、もう恋人になったんだから良いでしょ」

「うぐっ……!」

 

 い、いやまぁ正直、クッソ眼福なわけだが。確かに今はファンとアイドルである以前に恋人同士なのだし、少しいやらしい目で見ることくらいは許されるだろうし、美琴も今まで使っていた気を使わなくなるのもわかる。

 

「青葉ももう少し、いやらしい目で見ても良いんだよ?」

「み、見ないよ!」

「……でも、私は見てくれた方が嬉しいかな。歳、離れてるし、こんなおばさん、本当は女として見られてないのかもって思っちゃうから」

「っ、そ、そんなこと……!」

 

 ない、と言おうとしたが、それを決めるのは自分ではなく美琴だ。つまり……少しは正直に相手をどう思うか、何処が好きなのか、性的な意味合いでどの辺りに興奮するか、失礼にならない程度……いや、少しくらい失礼でも伝えるのも大事かもしれない。

 恋愛って難しいかも、なんて今更なことを思いながら、青葉はコホンと咳払い。

 そして、手を洗ってから美琴の方に歩み寄った。

 

「そ、そんな格好してると、こんな事もしちゃうぞ!」

 

 勇気を振り絞りそう叫ぶと、ダボダボのTシャツの裾を翻した。まぁ胸やパンツはちょっとあれだが、水着姿を見ていることもあってお腹くらいは平気でしょ、と思ったからだ。

 ……だが、下から顔を出したのは黒のレースだった。

 

「へっ……?」

「……そ、それは流石に恥ずかしいかな……」

「ず、ズボンは……?」

「これから履くとこ」

 

 目の前にある、うっすらと割れた腹筋と、その真下のボディラインを綺麗に表した太もも、および黒のレース。

 それは、青葉の罪悪感と興奮の二刀流を呼び覚まし、そして……。

 

「ぐほっ」

「あ、青葉っ?」

 

 鼻血を出してぶっ倒れた。

 

 ×××

 

 食事を終えて、二人は少しのんびり過ごす。いや、もう本当の意味でのんびりしていた。何故なら……。

 

「青葉の膝、柔らかい……」

「変なこと言わないでや……」

 

 まるで縁側で膝の上に子猫を乗せたまま日向ぼっこをしている老人のようになっていたからだ。

 

「あの……みっちゃん。ぶっちゃけ聞きたいんだけど……」

「ん?」

「俺なんかの何処が好きなの?」

「ん……」

 

 まぁ本当に猫だったら懐かれてもおかしくないことをしてきたが、それでも恋愛的に好きと思われることをした覚えはない。背も美琴より低いし、顔だって幼い。運動は出来ないし、趣味は女っぽい。

 ……正直、青葉の気持ちに前々から気づいていて、普段から世話になってるから付き合ってやろうかな、って可能性もゼロじゃない気がする。

 すると、美琴は撫でられながら答えた。

 

「自分の気持ちに気づいたのは、ついさっきだよ」

「え?」

「キスされた時」

「…………ゑ?」

 

 キスされた時って……ついさっきじゃん、と思ってしまう。逆にそれまでの、手を繋いだりとか耳掃除してとか、そういう時は違ったのだろうか? 

 

「前々から、青葉とにちかちゃんの関係が羨ましく思えてたから、好きだったんだと思う。ていうか、今でも羨ましいし」

「えっ……お、俺と喧嘩したいって事……?」

「いや、だって青葉……今でも私には遠慮してるし」

「……」

 

 それはそうかもしれないが。やはり付き合いの長さと年齢の壁は大きい。そんな簡単にはいかない。

 

「でも、仲良いのが羨ましいのは、好きってことかなって。キスされた時、それが明確に分かっちゃったから」

「そ、そうですか……」

「だから、今すぐに口で言うのは……難しいかな。まぁ、パッと挙げると、面倒見が良くて一生懸命で人のことよく見てて愛おしい所?」

「あ、あの……もう結構です」

 

 痛烈に恥ずかしい思いをしてしまった。そんな誇れるようなところじゃないところを全肯定された気がする。

 少し照れていると、膝枕をされたままの美琴は「ん〜……」と唸りながら顎に手を当てる。

 

「ていうか……そうだな。私の事、あだ名で呼んでくれてるし、青葉にも何かあだ名が欲しいよね」

「えっ、き、急に何?」

「いや、私も青葉のこと変わった呼び方したい」

「あ、青葉でいいですよ。そもそも、憧れの人に名前を覚えてもらってるだけでも奇跡なんですから……」

「いや名前を覚えてるどころか彼女なんだけど」

「あ、そ、それはそうですけど……でも、みっちゃんに名前呼ばれるの好きだし……」

「……」

 

 言うと、美琴は少し黙り込む。

 

「……わかった。青葉がそう言うならそれで良いよ」

「うん。ありがとう」

 

 そのまましばらく、美琴の頭を撫で続ける。……幸せ、幸せだ。憧れの女性と二人きりで、膝枕をしてあげられるなんて。普通じゃ考えられない事だろう。

 ……でも、なんだろう。良い事がありすぎて、逆になんかこの先が不安になってきてしまうのだが……まぁ、根拠のない不安なんかにドギマギさせられても仕方ない。

 

「青葉?」

 

 すると、下から声を掛けられる。

 

「何?」

「大丈夫?」

「な、何が?」

「少し、不安そうだったから」

「い、いや……そんなことないけど」

 

 顔に出ていたらしい。ダメだ、その辺に不安を抱くことを知らない美琴に察されるわけにはいかない。ただでさえバカなのに、それ以上不安にさせてどうするのか。

 だが、美琴はまるで何もかもを見透かしているような笑みを浮かべて、青葉の顔を見上げ、口を開く。

 

「……もしかして、青葉……」

「っ、な、何……?」

「たまには甘える側が良いの?」

「……」

 

 本当に愛すべきお馬鹿さんである。バカワイイをここまで体現している人は中々いない。

 

「いや、何でもない。そろそろ部屋に戻るよ」

「え……せっかく付き合ったのに?」

「え……いや、どうせ隣ですよ?」

「泊まっていかないの?」

「……いや、だから隣ですよ?」

「……」

 

 え、何その不満そうな顔……と、少しドキッと胸が高鳴る。いや、泊まりとか流石にちょっと……その、付き合い始めてしまった今、自制心が保つかどうかが本当に……。

 いや、もしかしたら誘われているのだろうか? しかし、そんなつもりなんて無かったから、ゴムも購入していない。

 

「と、泊まりって……流石にちょっと……」

「嫌?」

「嫌じゃないですけど……で、でも、その……ま、まだ付き合って1日も経ってませんし……そういうのは早いというか……」

「え、でも青葉、結構もう私の部屋泊まってない?」

「気絶してでしょう。ハナっから泊まるつもりだったわけじゃなかったし……」

「嫌? 泊まるの」

「や、だから嫌じゃないけど……」

 

 すると、美琴は顎に手を当てたまましばらく考え込んだ後、身体を起こして青葉と腕を組んだ。胸が当たったことによる興奮が生んだ油断が致命的だった。

 

「? なんですか?」

「私の方が力強いし、このまま今日は離さないね」

「なんて言うフィジカルの暴力!」

 

 なんてゴリ押しをかますつもりなのか。本当に逃げられなくなりそうだ。

 

「お、お風呂はどうするんですか⁉︎」

「私はシャワー浴びたから。青葉は……明日の朝にして」

「炎天下の中で遊園地にいたのに、同じ布団に入るつもり⁉︎」

「ん、んー……」

 

 すると、何を思ったのか、美琴は小さく唸りながら青葉の方へ少し身を寄せ、そして首筋に顔を近寄せる。

 少しぞくっとしてしまったのに、自然と身体が逃げようと動くことはなかった。

 

「……うん。臭わないよ。大丈夫」

「っ、い、いやだからそう言う事じゃ……!」

 

 ていうか、この人は本当に何を考えているのか。……いや、何も考えていないんだろうな、とすぐに察する。

 その間に、美琴は身勝手に話を進めてしまう。

 

「勿論、一緒の部屋で寝よっか」

「わぉっ⁉︎」

 

 平然と無茶を言う人だ、本当に。というか、その強引さ……まさか、この人は既にゴムを用意してるんじゃないだろうな、と勘繰ってしまう。

 

「え、いやだからそういうのは早っ……!」

「布団、隣にもう一枚、敷いておかないと」

「や、そういう問だ……え、別?」

「え、布団別じゃないと狭くない?」

 

 ……何を舞い上がっていたのか。というか、美琴がそんなどすけべな女なわけがない……。

 

「あ……別っ、し、死ね俺……」

「? 青葉?」

「なんでもないです……」

 

 羞恥心が、青葉の胸を締め付けた。

 

 ×××

 

 斑鳩ルカは、当たり前のことを忘れていた。

 

「今は学生は夏休みに決まってンだろ……」

 

 だから、あの一宮青葉とかいうガキの学校を見つけても無駄である。来ないのだから。

 こうなったら、やはりもう夏休みに青葉を見つけるのは不可能だ。つまり、あいつを捕まえて美琴とどういう関係かを問いただすなど無理だ。

 こうなったら、9月になるまで待つしかないか……しかし、自分も暇ではない。平日ともなれば尚更だ。

 

「……いや、9月しかないなら、その日に行くしかねーだろ」

 

 とりあえず、平日に一日だけ休みをとり、その日にあの男を今度こそ捕まえる。

 ……もし、万が一にもあのバカと美琴がやましい関係を持っているのなら……。

 

「……」

 

 許されない。そう決めながら、青葉の顔を思い返し、小さく舌打ちした。

 

 ×××

 

 夜中。

 

「すぅ、すぅ……」

「…………」

 

 隣では、とっても綺麗で淡麗なお顔が、とっても静かで綺麗な寝息を立てている。

 

「……すぅ、すぅ……」

「………………」

 

 眠れるわけがねえええええええ、と、青葉は悶々とした。隣を見れば、何故かこちらに体を向けて眠っている。

 ……おかげで、さっきまでのノーブラ胸元が見える。どんなに頑張っても目がそっちにいってしまった。

 その上で、顔だ。本当に綺麗な容姿をしている。こんな美人さんが、まさか目の前で眠っているなんて……あ、ヤバい。ムラムラしてきた。

 

「……」

 

 ……いや、ばかやろう。おそらく、美琴だって誘っているわけではない。周りに避妊具もないのに。つまり、単純に信用してくれているのだ。それなのに、それに対して仇で返すつもりか、自分は。

 そう言い聞かせ、深呼吸。よく見ろ、美琴を。自分にこんな愛おしい人を穢せるのか。

 よし、落ち着いた。今度こそ、本当に眠る。……でも、せっかく付き合った日に一緒に眠っているのだ。彼女の為にも、一つ記念を用意してあげたい。

 そう決めた青葉は、一瞬体を起こし、そして……頬に軽く口づけをした。

 

「……おやすみなさい」

 

 そう言うと、自分の顎に右ストレートを決めて失神させた。

 その、僅か五秒後……避妊という知識がない美琴は、実はガッツリ誘う気でいたので、普通に目を開いた。

 結局、された事といえばえっちとは程遠い、唇どころか頬にされたキス……なのに、美琴の頬は真っ赤に染まっていた。

 

「……えっち」

 

 負け惜しみのようにそう言いながら美琴はモゾモゾと動き、青葉の隣に移動する。

 男子高校生って、こんな純粋な寝顔を浮かべてるんだ……と、微笑ましくなってしまう。……まぁ、自分の胸と顔を交互にガン見していたことにも気付いていたわけだが。

 でも、彼が我慢したのなら、自分も我慢するべきだろう。そう思い、同じように頬にキスをして目を閉ざした。

 

 

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