食事の後は、再びプール。そんなに広いプールではないが、狭いわけでもない。プールの種類は、ざっと見て四つ。流れるプール、競泳プール、ウォータースライダー、子供用プールの四種類だ。
子供用に用事はないし、競泳も嫌だ。流れるプールでさっきまで泳ぎの練習をしていたので、いよいよウォータースライダーである。
ジェットコースターは別に苦手ではないが、ウォータースライダーはその限りではない。何せ、下が水だから。
泳げなかった自分が、身体が不安定な状態のまま入水するのは割と普通に泳げるか不安で怖かったりする。
……のだが。
「ウォータースライダー……面白そう」
美琴が爛々としてウォータースライダーを見上げていた。困った……この人、青春時代を捧げてきただけあって、子供っぽさがこれでもかと言うほど火を吹いていた。
「あ、みっちゃん。あそこでかき氷売ってる」
「ウォータースライダー、面白そう」
「そういえば、今日の夕方は降水率20%だって」
「ウォータースライダーがとても面白そう」
「みっちゃん前髪切った?」
「ぶちたい」
え、ぶ、ぶつの? と狼狽える。その青葉の手を掴んだ美琴は、微笑みながら言った。
「行こうよ、一緒に」
「えっ……逃げられなくさせてから聞くことそれ……?」
「うん。お願い、断られたくないし」
「それは脅迫と言うのでは……」
とんでもないことを言うものだ、この女性も。本当に鬼か何かなのかと勘繰ってしまうほどだ。
「で、流れない? 一緒に」
「え……いや、だから流れた後水の中にいるのは怖いので……」
「大丈夫、私がいるから」
「……この男たらし」
「アイドルだからね」
……だめだ、そんな風に言われると、なんとかしてもらえるかも、なんて思ってしまう。
まぁ……仕方ない。彼女のわがままを聞くのも、男の務めだ。
「分かったよ……絶対、溺れないようにしてよ」
「分かってる。……安心して」
ちくしょう、安心しちゃう……と、悔しそうに涙目になった。
さて、そんなわけで、ウォータースライダーの階段へ。下から見るとそうでもないのに、実際に階段を登ると高く見えるのはウォータースライダーかバンジージャンプくらいのものだろう。
二人でコツコツと足音を立てて階段を上がる中でも、美琴は手を離してくれない。ギュッと握られてしまう。
「……あ、サングラスはどうするんですか?」
「今更、抵抗しなくて良いよ」
「いやほんとに」
「ほんとに早く行こう」
ダメだ、勝てない。というか、フィジカルで負けている時点で勝ち目がない。そのまま一番上まで来てしまった。
こうなれば、もはや覚悟を決める他ない。緊張したまま、一番上で待機した。大丈夫、美琴なら助けてくれる……と、暗示をかけていると、ウォータースライダーの注意書きを美琴が眺めていた。
「青葉、二人で滑るにはどっちかがどちらかの脚の間に入らないといけないみたいなんだけど……」
「あ、うん」
「私の間に入ったら?」
「あー……」
まぁ、あんまもう大差ないとはいえ、身長差的にはそうなっても……いや、待て。てことは……胸が、背中にあたるかもしれない、ということだろうか……?
無理無理無理。テンパって着水の中に泳げなくなる。
「い、いやいや、俺が後ろになるよ」
「良いけど……どうして?」
「いや、その……お、男だから、後ろのが良いでしょ、そういうのは!」
「まぁ、青葉がそれが良いならそれでも良いけど」
よっしゃ、と小さくガッツポーズ。何なら、後ろから頭撫でてあげようかな、なんて思っていると、流れる順番になった。
まずは美琴が座り、その後ろに青葉が座る。
「弟さん、お姉さんをしっかりと抱えてくださいねー」
「え?」
抱えるって……抱き抱える的な意味……? と、狼狽える。ていうか、弟でも姉でもない……なんてヒヨっていたからだろうか? 後ろから背中を押され、強引にくっつかされる。
「っ……せ、背中綺麗……!」
「ありがとう?」
しまった、口から出てしまった。と言うか、プールの後なのに良い匂いで、柔らかいのに柔らかすぎないで、目の前に美し過ぎる抜群のスタイルが自分の目の前にあって、そしてその綺麗な声音が自分に声を掛けている……味覚を除いた全てで、緋田美琴を感じてしまった。
「ーっ……」
「あの、青葉?」
「っ、な、なんですか?」
「お尻に何か硬いの当たってるんだけど……何これ?」
「ひゅえっ⁉︎」
ぎゅっと握られた。美琴のお尻に当たってしまっていたソレを。しまった、興奮が強過ぎたか……! と、思っている場合ではない。男の急所を興奮状態で握られるとかどんなプレイなのか……!
涙目になりながら、その見方の手首を掴んで対抗する青葉。
「ちょっ、手、離して……!」
「え、これ青葉の一部なの? あれ……もしかして……」
「いってらっしゃーい」
直後、背中を係員に押され、流された。思ったより流れが早いが、それどころじゃない。
「わっ、すごっ……!」
「み、みっちゃん、手放して……!」
「ご、ごめっ……うわっ!」
タイミング悪くカーブ。そのお陰で、さらに強く握られてしまう。
「っ……! み、みっちゃん……!」
「もしかして、怖いの?」
「ちがっ……手、手……!」
「あ、ごめん。痛かった? ていうか……男の人のって本当に硬くなるんだね」
「っ……!」
この人、何も分かってない。多分、精々手を握られるのと同じと思っているのだろう。今まで男の人と関わって来なかったのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
……だからこそ、ちょっとそういうのは仮にも彼氏側として勘弁してほしい。
「は、離してくれないと二度と撫でてあげないから!」
「え……」
そう叫んだ直後、ようやく足と足の間から手が離れ、それと同時に水の中にドボンと着水した。
何とか溺れることはなく、そのまま泳いでプールサイドから上がった。……さて、ついカッとなって、美琴にはキツイことを言ってしまった……。
いや、まぁ実際、あの質問は割とマジで恥ずかしかったわけだが。でも……美琴もわざとではない……知識不足なんだから悪意はなかった……と、自分の中で言い聞かせた。
とりあえず、年上に対しあんな言い方をしてしまったことを謝らないと、と思って後ろを見ると、美琴は目から上だけ水面から出して、ブクブクと息を漏らしていた。
「みっちゃん?」
「……」
「上がらないと、次の人困っちゃうよ」
「……」
こういうところでの事故は多く、それが起こらないためにウォータースライダーの監視員は、階段の上と下のプールの二箇所にいる。
すると、美琴は渋々と水中から若干、顔を出し、恐る恐ると言うように聞いてきた。
「……怒ってない?」
「……」
その、怒られている時の子供のような仕草を24歳の憧れのアイドルがしていることに、なんだかとてもキューンと来てしまって。
正直、プールから上がった後も少し文句言おうと思っていたのに、全部吹っ飛んでしまった。
「……怒ってないから、早く上がって」
「……撫でてくれる?」
「撫でてあげる」
「……」
言うと、ようやく美琴は遅れてプールサイドから上がった。
「でも、そんなに強く握ってないのに……痛かったの?」
「そういう問題じゃないの。みっちゃんだって、胸とか触られたら嫌でしょ? 要はそういうこと」
「そうなんだ……でも、私は青葉になら、触られても良いよ」
「は?」
「……」
何その純粋で真っ直ぐな目……いや、実際の所、青葉もウォータースライダーの中で流されながら掴まれている間、最後の最後まで固くなったものが戻ることはなかった。
……いや、むしろ快楽に近い何かがあったり……自分で触るのと、こんなに違うものかと……。
「死ね!」
「えっ、何してんの?」
拳で自分の顔面を殴った。何を考えているのか、自分は。憧れのアイドルで穢れのない彼女に対し、R18展開になるようなことは考えちゃダメだ。
……でも、ここまで純粋な子が今後、芸能界でやっていくなら……むしろ、少しは男の穢れを教えてあげた方が良い気も……って、だからR18になるような事は考えるな、と強く頭を揺さぶる。
「青葉?」
「ごめん……みっちゃん。もう大丈夫」
「なら良いけど……あんまり自分を傷つけるようなことはやめて」
「うん」
よし、理性が勝った。今度こそ、落ち着いた。……さて、今のウォータースライダーはあまり楽しめなかった。あんなハプニングがあって溺れなかったし、もう恐る理由はない。
「みっちゃん、もう一回行く?」
「良いの?」
「うん」
「じゃあ……行こっか」
とのことで、またウォータースライダーの上に向かった。
×××
熱を帯びていた。手の中に。まるで、エリンギときゅうりを足して割ったようなものを丸々触ったような感触と形が、いまだに手の中に残り続けていた。
海パン越しに触れただけだと言うのに、ここまで鮮明に手の中に熱と形が残るなんて……と、隣にいる青葉には察されないよう顔には出さないが、耳は赤く染まっていた。
今まで学生の時に聞こえてきた同級生の会話や、共演した女優さんやアナウンサー同士の会話を小耳に挟んだ時は「彼氏と昨日、久々にシたわー」とかそんな話が聞こえてくるたびに何の自慢なのか分からなかったが、今では分かる。
自分の身体に自分の好きな人が性的興奮を催してくれる事は、彼女にとってとても嬉しいことだ。
「なんか、落ち着いて見ると景色良いな、このウォータースライダー。プール内を一望できる」
「ふふ、そうかもね」
……もうすぐ、彼の夏休みも終わってしまう。アイドルという仕事をしている以上、土日に確実に休みが取れるわけでは無いし、彼も平日にその手の行為に及ぶのは嫌だろう。
つまり……夏休みが終わるまでに、経験しておきたい。
「うん。今日にしよう」
「? 何が?」
「今日、うちに泊まってよ」
「良いけど、明日休みだっけ?」
「うん」
「じゃあ、晩御飯はみっちゃんの好きなもんにするね」
「ありがとう。あ、帰りにドラッグストア寄っても良い?」
「良いけど……どこか痛むの?」
「ううん。安いから、色々」
「みっちゃん……俺が教えた買い物のコツ、覚えてくれて……」
感動しているアホの子に適当な笑顔を返すと、ちょうど自分達の番になったので、またウォータースライダーを降りた。
×××
さて、プールでの遊びを終えて、いよいよ帰宅。着替えを終えた青葉は、髪を軽くドライヤーで乾かした後、荷物を持って更衣室を出た。
集合場所はプールの前。近くにアイスの自販機があるので、食べて待っている事にした。
ショリショリと咀嚼しながら待っていると、美琴の声が背後からかけられる。
「青葉。帰ろ」
「あ、うん」
「……何食べてるの?」
「アイス。食べる?」
「うん」
「何が良い?」
「これ」
「へ?」
直後、青葉が手に持っているアイスに口をつけ、齧られてしまった。わざわざ、青葉が口にしている部位を狙って、である。
「ん、おいし」
「み、みっちゃん……」
「青葉の唾の味」
「み、みっちゃん!」
「ほら、帰ろ」
「も、も〜……」
そういうとこ……ホントに狡い、と思いながらも、そのまま帰宅し始めた。そんなに遠いところではないが、近くもないのでそこそこ歩かないといけない。
プールでアホほどはしゃいで疲れた身体でクーラーボックスを持って歩くのは、少々キツい。
「ごめんね、青葉。今度、私も自転車買うね」
「いや、どうせあんま使う機会ないと思うし、いいよ」
「えー、でも青葉とサイクリングとかしたい」
「……にちかとやった事ありますけど、疲れるだけだよあれ。当時、金なくて寄り道とか出来なくて、目的地に行って少しはしゃいでから帰るの面倒になってうちの親に迎えにきてもらいましたし……」
「それ、お金がなかったからでしょ?」
それはその通りだが……でも、あの時の埼玉から小田原まで自転車で行って死んだ日の思い出はいまだに消えていない。
「お金が前よりはある今、またやったら、好きなものとか食べられて楽しいんじゃない?」
「……」
それはまぁ……そうかもしれないが。それに……美琴なら、途中で「疲れたー!」「もう嫌だー!」って駄々をこねることもないだろうし……。
「じゃあ、9月の連休、行ってみよっか」
「うん。お金、貯めとかないと」
なんて話していると、ドラッグストアに到着した。ここで美琴が買うものがあるらしいし、立ち寄らないといけない。
「何買うの?」
「んー、予防接種……みたいな?」
「難しい言葉使おうとしない方が良いよ?」
「生意気」
「いてっ」
デコピンされてしまったが、今の会話で予防接種という言葉が出てきている時点で大分キている。頭に。
「それより、青葉。今晩のジュース、選んできてよ」
「え?」
「うち、切らしてるから」
「は、はぁ……良いけど……」
「じゃ、よろしく」
それだけ話して、美琴はそそくさと買い物に向かう。
「……」
いけないこと……良くないこと、そんなことは分かっている。でも……あんなあからさまに不自然な態度を取られたら、何を買うつもりなのか気になる。普段、買い物の時に別行動なんてしたがらない癖に。
それに……もし、レッスンで居残りして痛めた足を、さらに無理して今日、プールに来て、その処置のためにプールに来ていたのだとしたら心配だ。と言うか、この可能性が一番濃厚である。
だから……ごめんなさい、とジュースだけ手に取ってあとをつけた。
美琴が歩いて行った先は、医療品コーナー。やはり、どこが悪いのだろうか……? とっても気になり、様子を見ていると……美琴が手に取ったのは、ゴムだった。輪ゴムとかヘアゴムじゃなくて、意味深な方の。
「っ……」
えっ、と声が漏れそうになるのを、必死に抑えた。発声すればバレる。
まさか……え、あの人……や、ヤる気(直球)? え、でも……まさか、いやまさかまさか。あの美琴がまさかそんな……そもそも、あの人がゴムの存在を知っているはずがない。頭の弱さで言えば、自分どころかにちかより数段下だろう。
多分……美琴は、そう。水風船。それと勘違いしている。なんで医療品コーナーに水風船があるんだろう……的な。
間違いない……と、思っていると、美琴は箱の裏面を見た。
「……コ○ドームって、サイズあるんだ……」
ダメだ、買いに来てた! と、唖然とする。マジかよ、まさか……自分、このあと喰われてしまうのだろうか……?
ど、どうしよう。や、嫌じゃないけど……でも、嫌じゃないのとやって良いのかは別だ。て言うか、やっぱりちょっと勇気はない。裸を見る勇気よりみられる勇気がない。
ま、まぁでも大丈夫。サイズわからないって言ってたし……青葉も初めて知ったが、冷静に考えればサイズはあって当たり前だ。何せ、もし破けたり、逆にぶかぶかだったりして赤ちゃんが出来てしまったら、ごめんなさいでは済まないのだから。
それなら……大丈夫かな、と思っていると、美琴は自分の手を半開きにする。
「……これくらいだったよね」
やめろ! 人の掴んだナニの触感で大きさを確認するな! と、困ってしまった。
「どのくらいかな……定規とか売ってるかな、ここ」
本格的に計るんじゃない! と、思いつつも、青葉はとりあえず逃げる。自分の方に来るのかもしれない。
と言うか……だめだ。あの感じ、多分買われる。どうしよう、泊まりに来いってそういうことか、と理解してしまう。したくなかったけど。
どうしたものか……もう、受け入れるしか……いや、でもやっぱり普通に恥ずかしい……。
なんて思いながら、飲み物を先に購入してしまった。そのジュースをクーラーボックスに入れると、その後に続いて美琴がレジに並んでいた。
「……」
なんで自分にバレずに買いものしたくて、自分の真後ろに並ぶのか分からないが……見ないふりをしてあげた。
しかし……どうしよう、それは根本的な解決にならないし、正直もうどうしようもない気がする……。
なんて思っている間に買い物を終えた美琴が歩み寄ってくる。
「お待たせ。そっちは買い物終わった?」
「あ、うん……?」
「じゃ、帰ろっか」
「……あ、あの……俺、寄り道しないといけないんだ」
「何処に? 荷物多いし、ついていくよ」
「え、あ、あー……そういえば、最近にちかの家に飯とか作りに行ってないし、たまには顔出そうかなーって。だから……」
「行く。私も」
「えっ⁉︎ あ、あーでも、今日はやめておこうかなー……」
やばい、今ちょっと怒ってた、と冷や汗。まぁ、彼女の前で他の女の子の家に行くとかよくなかったかもしれないが……家族ぐるみの付き合いなのだから、ちょっとは顔を出しておかないと、というのも一ミリある……。
とにかく、次の言い訳を考えている間に、お店の自動ドアに向かっていると……先に扉が開いた。入ってきたのは、斑鳩ルカだった。
「ルカ」
「美琴と……テメェ……!」
「……あっ」
真顔の美琴、憎たらしい表情を見せるルカ……そして、青葉はパァッと嬉しそうな表情になった。
「い、斑鳩ルカさん……!」
「知ってるの? 青葉」
「は、はい! もう、二回も助けてもらってるんですよ!」
速攻で彼氏モードからお隣さんモードになりながらも、青葉の脳裏に浮かんでいるのは、その助けてもらった時。鎌倉で保護してもらったこと、そして温泉でのぼせた時に介抱してもらったこと。
「あ? そりゃ、別にオマエのためじゃ……」
「ありがとうございました。その時は。……あ、俺、一宮青葉って言います。よろしくお願いします!」
「オイ、人の話聞いてんのか」
「俺のためとかそんなん関係ないですよ。助けてもらった以上、お礼は言います」
「……い、いらねェよ。そんなモン、テメェの自己満足だろうが」
中々、お礼を受け取ってくれない。照れているのだろうか? 割とツンデレ感ありそうな人ではあるし……。
まぁ、何にしても元美琴の同僚だし、何か積もる話もあるかもしれない。
「あ……じゃあ、お礼にご飯食べていきませんか? 実はうち、美琴さんのお隣に住んでて、今日も晩御飯ご馳走する予定だったんですけど……せっかく、元同じユニットメンバーが揃ったんですから。……美琴さんも、良いですか?」
「「は?」」
「え?」
死ぬのにもってこいの夕方が、始まりを迎えた。
×××
大人数が一箇所に集まって楽しめる食事といえば……そう、たこ焼きである。たこ焼きはみんなで焼き、作りたてを食べられ、しかも美味しいと言うパーティー御用達の食事だ。
その上、普通に作れば「結局銀○この方が美味いじゃん」と、無粋なことを言う連中も現れるかもしれないが、タネを作るのは青葉。つまり、手作りを美味しく食べられる。
そんな楽しいひとときになるはず……だったのに。
「……」
「……」
「……や、焼けましたよ……?」
青葉が一人で焼いて、各々の皿に乗せて、黙々と全員で食べていた。空気の重さが異常に感じるまである。
それでも、誘った身として、とりあえず話題を振ってみた。
「お、お二人はいつぶりくらいなんですか?」
「……一ヶ月くらい?」
「三ヶ月二週間一日ぶりだろうがよ」
「へぇ、すごいねルカ。よく覚えてたね」
「バカにしてんのか?」
「? 褒めてるじゃん」
「悪かったな! 細かく覚えてて!」
「悪いなんて一言も言ってない」
「……」
なんでそんな喧嘩腰なの……そして、なんで美琴もそんなに歓迎していないのか。二人のひと時を邪魔されたから? しかし、今後まだまだ二人で食事なんていくらでも機会はあるし、むしろ旧友との再会は大事にするべきな気がするが……。
「あ、た、たこ焼きどうですか? 今日のは自信作ですよ」
「マジぃ」
「えっ……」
「男の手料理なんて食えるかよ」
どすっ、と。胸に何かが突き刺さった気がした。というか、胸に穴が空くかと思った。小学生の時、料理始めたてでにちかに言われて以来のコメントに思わず喀血しそうになると、美琴が片手に持っている箸をメギッとへし折った。
「……は? 青葉の料理に、今なんて言ったの?」
「だから、不味いっつったんだよ。銀○このが美味ェわ」
「ルカ、とうとう舌もおかしくなっちゃったんだね」
「んだと……!」
「じゃあもう食べなくて良いから、もう帰っ」
「わ、わーわー! ちょっと落ち着いて! みっちゃん、俺は平気だから!」
なんでこんなに仲悪いの⁉︎ と、なんかもうこっちが泣きたくなってきた。何があったのか知らないし、もしかしたら喧嘩別れのようになってしまったのかもしれないが……でも子供じゃないんだからここまで表に出すのはやめてほしい。
と、とにかく、せっかく招いたのにこんなつまらないままでは良くない。美琴には後でたくさん構ってあげるとして……その助けられた話で盛り上がろう。
……いや、ただ話題を振るんじゃダメだろう。可能な限り、二人が不愉快に感じないようにしないと……。
「そ、そう。確か最初に会ったのは、鎌倉でしたよね。肝試しで迷子になった時、お化けと勘違いした斑鳩さんを見て気絶しちゃって……」
「……ダッセェ」
「そ、そうなんですよー。この前、知り合いとお化け屋敷に行った時もビビりまくってしまってて〜」
「青葉、怖がりだもんね」
美琴がそう相槌を打つ。ナイス、と青葉は内心で親指を立てる。多分、何も考えていないんだろうけど、二人で行ったことがバレたら最悪だ。
「だから、美琴さんみたいな頼りになるお隣さんがいて、とても助かってるんですよ」
「……ふふっ」
美琴が少し嬉しそうな声を漏らす。うん、可愛い。褒められて表に出すほど喜んじゃうの本当に。
が、そこにルカが口を挟んで来た。
「何処をだよ」
「え?」
「お前は美琴に何処を助けられてんだよ。たこ焼きのタネ作ったのもお前だろ。美琴の何処がお前の助けになってんだ?」
やはりそう来た。だが、青葉もバカではない。いや、肝心なところではバカなのだが、こういったピンチには慣れっこだ。
「そうですね……俺、両親が海外に勤めていて、俺は日本に残って一人暮らしをしているので、お隣の方と仲良くしてくれている……それだけで、とても助けられていますよ」
「……チッ」
「青葉……」
今度は感動し始める美琴。この人、本当何も分かってないんだな……と、呆れてしまった。
まぁ……実際は、仲良くどころか付き合ってさえいるのだが……まぁ、そこは言わぬが花である。
今ので、美琴と自分が仲良い理由も、何もかもが誤魔化せたことだろう。お隣さん……にしては少々、仲良すぎるかもしれないが、一人暮らし同士で年の差があるなら、多少はないこともないだろう。
これでどうだ……と、思っていると、美琴が援護射撃をかましてくれた。
「……私も、青葉がお隣になってくれて助かってるよ。ご飯とか作ってくれるから、前より健康になった気がするし、身体の調子も良いから」
ナイス、と青葉は内心でガッツポーズ。美琴にも役に立ってることが知られれば、これ以上怒られることもあるまい。……まぁ、そもそも何が原因で二人が仲悪いのかは知らないので、的外れの可能性も十分あるのだが。
「……チッ、まぁ良い」
やがて、ルカはため息をついてそう吐き捨てた。そのルカのお皿に、美琴がさらにたこ焼きを置く。
「ちゃんと食べて、ルカ」
「あ?」
「青葉の料理、本当に美味しいから」
「……」
言われて、ルカは少し嫌そうな顔をしながらも、箸でたこ焼きを摘み、ふぅーふぅーと息を吹いてから、カリッと咀嚼する。ちょっと息を吹く姿、やっぱ可愛……美琴に睨まれたので思考を止めた。
数回、噛んでから、ようやく全部食べ終えてから、ルカは頬を赤くし、ポリポリと掻きながら目を逸らしつつ答えた。
「……まぁ、悪くはねェ」
「でしょ?」
「ありがとうございます」
「う、美味くもねえし、お前を認めるつもりもねえぞ!」
「はいはい」
「はいはい」
「お前らぶっ飛ばすぞコラ!」
なんてやりながら、そのままたこ焼きパーティーは何とか楽しいまま幕を閉じた。
一時はどうなることかと思ったが、とりあえず隠すべき所は隠せたし、美琴とルカもアレ以上、仲が悪化することもなかった為、ほっとしておく。
「……そろそろ帰るわ」
「うん。またね、ルカ」
「また何か食べたくなったらきてください」
「……ああ」
それだけ話しながら、青葉は一度、洗い物の手を止めて、美琴と一緒に玄関まで見送りにいく。
「……あ、その前に手だけ洗って良いか? 結構、汚れてる」
「ルカ、たこ焼きひっくり返すの下手くそだったもんね」
「うるせェ」
ソースとかがついてしまっていた手を洗いに、洗面所に入るルカ。何があって二人が解散したのか、それは多分あんまり良い理由では無いのだろうから、聞かない方が良い。
でも、今日だけでも楽しくやれたのは本当に良かった……と、青葉が少しホッとしている時だった。洗面所の扉が強く開かれた。
「っくりした……!」
「ルカ、近所迷惑」
「……オイ」
え、なんか怒ってる? と、冷や汗をかく。洗面所にキレる要素があるか? まさか、洗濯機の中に入れた美琴の水着を見た? 人の部屋の洗濯機を勝手に開けるな……とか思っていたら、ルカが突き出してきたのは、ゴムの箱だった。輪ゴムでもヘアゴムでもなく、意味深な方のゴムである、
「……なんだこれ、オイ……!」
「えっ、あ……なんっ……」
「あっ」
なんで洗面所に置いとくんだそんなもんー! と、青葉は唖然としながら隣を見た。
が、今は攻めている場合ではない。攻められる寸前だからだ。
「お前ら……まさか、付き合ってんのか……?」
「っ!」
当然の質問である。今まで嘘はつかずに凌いできたのに、こうなったら仕方あるまい。
「そ、そんなことないですよ! ……え、てかみっちゃん、彼氏いるの?」
「みっちゃん?」
「あしまっ……!」
ヤバい、つい呼んでしまった! ていうか、間違えるほどクセになってた!
「……っ、そうか、テメェらそういうことか……ククッ、クククッ……!」
なんか変な笑みを漏らしたルカは、ジロリと青葉を睨む。ひえっ、と声が漏れそうになった。
その青葉を、隣から美琴が抱き抱える。思わず年上のお姉さんの包容力に安心してホッとしてしまったが、目の前のルカの熱は上がる。
「お前……!」
「何? 私と青葉がどんな関係でも……ルカには関係ないでしょ」
「っ……!」
それはその通りだけど今一番言っちゃいけない奴────ー! と、青葉は唖然としてしまった。
言われたルカは何も言えなくなってしまい、そのままヨロヨロと後退りする。そして、手に持っていたゴムの箱を握り潰すと、その辺に放り投げた。
「……病んだ」
その言葉を最後に、二人の間を抜けて玄関から出て行ってしまった。
残された青葉と美琴は、しばらく佇むしか無い……が、やがて隣の美琴が青葉の手を掴んだ。
「……青葉、先に見られちゃったけど……その、シたいなって……」
「ごめん……今日は勘弁して下さい……」
「え?」
胃が痛くなったまま、青葉は部屋に戻ることにした。