にちかに美琴様だけは絶対に渡さん。   作:バナハロ

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どうせいつかバレることは隠すな。

 夏休み最終日になったわけだが、残念ながら青葉は少しその物思いに耽る余裕はなかった。……何故なら、斑鳩ルカに悪いことをしてしまった気がしてならないから。

 元ユニットメンバー、という存在がどういう存在なのか、アイドルになったことがない青葉には分からない……が、少なくともあそこまで怒るということは、ルカにとって美琴は大事な存在なのは間違いない。

 だから、なんとかしてもう一度、説明する機会を設けさせて欲しいのだが、連絡先さえ分からない状況だ。

 なんとかしないと……と、思っているにも関わらず、だ。その元ユニットメンバー本人の美琴はというと。

 

「青葉、青葉ー」

 

 ベランダで洗濯物を干している青葉に、隣の部屋のベランダから声をかけてくる。

 

「夏休み、今日で最後でしょ? 遊びに行かない?」

「……」

 

 ほんと、マイペースもここまで来れば長所だ。何一つ気にしていないのだろう。

 まぁ、美琴にそういう感慨とかいう感性がないのはなんとなく分かってきた。青葉が好かれたのも、きっかけを言えば美琴にとって使える存在だったからだ。

 

「……申し訳ないけど、今日はもう無理」

「どうして?」

「にちかの宿題手伝うから」

「……は?」

「仕方ねーでしょ。昨日の夜、泣いて頼まれちゃったんだから。あのままじゃ、うんって言うまで電話かかって来そうだったし」

「……ふーん。私もお邪魔しても良い?」

「え〜……邪魔しない?」

「しないよ」

 

 すごい……かけらも信用できない。にちかの「次はちゃんと宿題やる」と同じくらい信用できない。

 

「じゃあ、邪魔する度に一日に撫でる回数減らすから」

「えっ」

「どうする?」

「……遠慮するね……」

 

 邪魔する気満々かよ、と普通に困ってしまった。この人、かまってちゃんにも程がある。

 まぁでも、引いてくれるなら良い。とりあえず、今日はにちかと勉強……と、思っていると、隣からまた拗ねたような声が聞こえてくる。

 

「じゃあ良いよー。私ももう、二度と撫でさせてあげないから」

「はぁ?」

「……彼女が隣に住んでるのに、他の女の子との勉強優先する人に撫でさせる頭はないから」

「……」

 

 それは困る……けど、まぁ……何だろう。

 

「わかった、わかりましたよ……部屋に来ても良いけど、邪魔だけはホントやめてよ。早く終わらせたいから」

「……青葉がにちかちゃんとイチャイチャしないなら」

「え、いやした事ないよ」

「した事ない事ないから」

「えっ」

「私、まだ羨ましいと思ってるから。にちかちゃんとの口喧嘩」

 

 なんだろう、それ、と青葉は冷や汗をかく。口喧嘩が羨ましいって……もしかして。

 

「……え、俺と口喧嘩したいの?」

「そうじゃないけど……」

「おっぱいお化け」

「は?」

「あ、いや嘘です……ダメだ、やっぱ無理。みっちゃんに暴言は。なんか恐れ多くて」

「……」

 

 今、ちょっと言っただけでも、割と胸が痛い……いや、ある種ちょっと興奮したけど、それ以上に申し訳なさが強い。

 

「……そっか」

「まぁでも、みっちゃんがいてくれた方があいつにとっては良いかもしれんし、せっかくだから一緒にいよっか」

「うん」

 

 そんな話をしていた時だった。インターホンが鳴り響いた。にちかが来たらしい。

 

「ごめん、にちか来た」

「うちでやる?」

「いや、流石に俺の部屋でやるよ」

「分かった」

 

 とりあえず、にちかを出迎えに行った。自動ドアを開けてあげることしばらく、エレベーターが上がってきて、自分の家のインターホンが鳴り響く。

 玄関を開けに行くと、にちかと美琴が二人で並んでいた。

 

「はい、宿題」

「開口一番、押し付ける気満々で手渡してんじゃねーよ。ちゃんとはっちゃんに言ってあるんだろうな?」

「あるわけないじゃん。バレないうちに終わらせたいから、早くして」

「お前ホントどの立ち位置からどんなスタンスで語ってんの? どういう人種?」

「そんな事言ってー、美琴さんが一緒なのは宿題をやるって青葉から聞いてたから、そのためにお茶とか入れてくれるって言ってたからだよ。……つまり、私が宿題やってなかったおかげで美琴さんが青葉の部屋に入るのに……そんな態度で良いの?」

「何そのすげぇ言い分」

 

 にちかにも、美琴と付き合い始めたことは言っていない。隠さないといけないので、微笑みながら美琴に声をかけた。

 

「すみません、美琴さん。こんなアホタレのためにわざわざ……」

「……別にいい」

 

 あれ、と青葉は冷や汗をかいた。なんか……美琴は美琴で大変、ご機嫌斜めである。ついさっきまで普通に話してたのに……と、何があったのか気になるところだが、とにかく二人とも部屋に招き入れた。

 

 ×××

 

「だーかーらー! おまっ、なんで英語の課題丸々やってねーんだよ⁉︎」

「英語きらーい」

「好き嫌いの問題じゃねーだろ! 一日で終わる量かこれ⁉︎」

「それは青葉の態度次第でしょ」

「ぶっ殺すぞ!」

 

 ……気にいらない、と美琴はお茶を入れながら不機嫌そうにムスッとする。幼なじみが大事なのはわかる。その為に、時間を使ってあげるのもわかる。

 でも……やっぱり、自分には遠慮しているのに、にちかにはあそこまでズケズケとモノを言っているのが腹立たしい。

 付き合いの長さ、と言われても、納得いかない。せっかく付き合ったのに……仲良くなれた気がしない。

 

「ったくよー、ただでさえ英語は量あるんだから、あんま手間かけさすんじゃねーよ……」

「この単語何?」

「自分で調べろ! ただでさえこっちは教えるとかじゃなくて、まんま解き直してやってんだから!」

「けちー」

 

 ……羨ましい(直球)。

 そう思ったので、美琴は淹れた二種類のお茶を二人の前に置いた。

 

「はい、お茶が入ったよ」

「ありがとうございますー」

「ありがとうござ……」

 

 青葉の口が止まる。にちかのお茶は冷えた麦茶、そして青葉のお茶は温かいお茶パックを使った緑茶だったからだ。

 

「……な、なんでホット?」

「いらないなら、飲まなきゃ良いんじゃない?」

「そーだそーだ」

「……いや、いるけど……」

 

 ふんっ、と美琴はそっぽを向く。腹立たしい。本当に腹立たしいから、どうしても腹立たしくて腹立たしい。

 

「ま、まぁ……良いけど……」

「ありがとうは?」

「あ、ありがとうございます」

 

 ……なんで敬語なのだろうか? いや、関係を隠すためだからわかるけど……尚更、腹が立つ。にちかとは気安く接しているのに、自分との距離は離れたような気がして。

 隣に座った美琴は、問題集を横から覗き込んで

 

「青葉、この問題分からないの?」

「え? いや、分かりますよ」

「教えてあげようか?」

「大丈夫です」

 

 ……いつもなら叩きそうな憎まれ口が来ない。隠そうとするのは分かるけど……でも、やっぱりムカつく……意地でも、意地悪言わせてやる。

 そう思った美琴は、わざとニヤリとほくそ笑んで言った。

 

「でも、青葉より私の方が勉強できるし」

「……それ、チーターよりカタツムリの方が足速いって言ってるのと一緒ですよ」

 

 きた、本音……! でもその言い草は流石に看過できないから怒ろう、そう思った時だ。

 自分の前に、にちかの張り手が青葉の顔面を穿った。

 

「美琴さんに何言ってんのぶっ飛ばすよ⁉︎」

「ぐぇっ!」

 

 綺麗に首がグルンっと回って後ろにひっくり返る青葉。

 

「て、てめぇ……それが人に物を手伝ってもらってるやつの態度か……!」

「それがお茶を淹れてもらった人の態度かー!」

 

 ちょっと引いた。よく今日まで幼馴染続けられたな、と思うほどに遠慮がなかった。

 ……が、でも青葉にも怒っているので何も言わないでおいたが。

 身体を起こした青葉は、首を左右に倒しながら立ち上がった。

 

「……ちょっと湿布貼ってくる……お前マジ覚えとけよ」

「べー」

「て、手伝おうか? 青葉」

「お願いします……」

「み、美琴さん! 大丈夫ですよ、元はと言えば美琴さんに失礼をかましたあいつが悪いんですから」

 

 ……少しでも一緒にいたいわけだが……まぁ、それを言うわけにはいかないことくらい分かる。

 そのため、それっぽく答えてみた。

 

「でも、晩御飯作ってもらえなかったら困るから」

「む、むぅ……」

 

 美琴の健康を維持しているのが青葉であることがうまく活きた。にちかもそれなら、黙らざるを得ない。

 そのまま二人でリビングを出た。場所は元両親の寝室。ここに救急セットがあるらしく、それを青葉は引っ張り出すと中から湿布を取り出した。

 その無防備な背中に、美琴は後ろから抱きつく。

 

「っ、み、みっちゃん……?」

「かまって」

「え?」

「かまって。私にも」

「いや……そう言われても……」

「にちかちゃんばかり、狡い」

 

 ギュッと、両手に力を込める。彼の肩の上に顎を乗せて、とにかくしがみついていると、その美琴の頭に青葉の手が載せられた。

 

「あとで、にちかが帰ったら時間作るから」

「やだ」

 

 元々、美琴が今日、お休みをもらったのは、夏休み最終日くらい青葉とのんびりする為だ。

 事前にいわなかった自分も良くないが、それでもまさかにちかが来ることになってるなんて夢にも思わず、正直、色々納得いっていない。

 

「ええ……じゃあ、どうしたら良いの」

 

 どうしたら……それは勿論、それ相応のご褒美が欲しい。今まで一ヶ月近くも一緒にいて、それでいてやってこなかった恋人らしいこと。

 そんなの数える程しかないが……まぁ、その中の一つくらいは良いだろう。

 

「……お風呂」

「え?」

「一緒にお風呂、入りたい」

「…………ヱ?」

 

 正直、口にするのは死ぬほど恥ずかしかった。だから、青葉に見せていない顔は真っ赤だ。

 でも……まぁ、エッチな真似はしないながらも、普通は恋人しかしないことをしたい。隣に住んでいて夏が終わろうとしてるのに、何もないのは少し嫌だ。

 

「……いや、そ、それは……」

「じゃないと、次はにちかちゃんの前でこうしちゃう」

「えっ」

 

 こうしちゃう……それは、ハグのこと。流石にハグまでしてしまえば、もうバレること間違い無いだろうが……でも、青葉の保身的な作戦は結局、いつになったらコソコソしなくて済むのか分からない。アイドル引退するまでなら、具体的な数字が見えて来ないし、青葉が成人するまでなら長すぎる。

 せめて、二人しかいない空間でくらい、好きにさせて欲しいものだ。

 やがて、青葉はしばらく黙り込んだ後、観念したように答えた。

 

「……水着着用。それなら良いよ」

「裸は?」

「まだちょっと……恥ずかしいです」

「……わかった」

 

 それだけ話した後、美琴は借りてきた猫のように大人しくなった。

 

 ×××

 

 当然のことながら、張り手は普通に効いたので、はづきに電話をしてにちかの宿題を手伝っていることはチクった。

 で、夜の19時半。一回、晩御飯を挟んだものの、ようやく終わった。

 

「終わったー!」

「ホントにやっと終わった……」

「お疲れ様、二人とも」

 

 労ってくれる美琴だが、青葉はその美琴の顔が見られなかった。見れば、この後を思い出してしまうから。

 

「じゃあ、にちか。そろそろ帰れ」

「えー、少し休ませてよー」

「俺を休ませてくれ。明日から学校だぞコノヤロー」

「ぶー」

 

 そして、はづきにたっぷり怒られてくれ、と念を送る。この野郎がちゃんと宿題やってりゃ、そもそもこんな事にならなかったのだ。

 

「晩飯、妹達にも食わすんだろ? タッパーに入れてやるから」

「どーもー」

 

 そう言いながら、多めに作った晩御飯をタッパーに入れ始める。そのタッパーを紙袋に詰めた。

 

「ほれ。タッパーは返さなくても良いから」

「ありがとう。久しぶりだな、青葉のカレー」

「そんな久しぶりだからってはしゃがれるレベルだからありがたく食えよ」

「もっと謙虚になれー」

 

 喧しい、と青葉は内心で呟く。こうしてなんか変なテンションになっていないと、後にあるイベントの事を考えてしまう。考えると、顔に出てしまう。

 

「じゃあ、にちかちゃん。また事務所でね」

「あ、は、はい!」

 

 それだけ話すと、とりあえずにちかを玄関まで送った。

 二人で帰宅するにちかを見送った後、ふと静かになる。何とか気づかれずにやりきった……と、ホッとする青葉。……そして、青葉に甘えたい欲が表に出始めた美琴。

 そのまま、美琴は青葉の胸の中に顔を埋めるようにかがみ、腰に手を回してハグをした。

 

「っ、みっちゃん?」

「撫でてー」

「……まだ早いよ。にちかが忘れ物取りに来たらどうするの?」

「大丈夫……来ないよ」

「い、いやあいつ意外と予測不能なところがあるから……」

 

 ウダウダと言い訳臭いことを男らしくなく言っているのが癪に障ったのだろう。ぐいっ、と引っ張られ、頬に唇をつけられた。

 

「っ……み、みっちゃ……!」

「撫でて?」

「……い、良い子良い子……」

「ふふ、よく出来ました」

 

 どっちが子供だか割とマジで分からない……と、上から目線で撫でられる美琴と、めっちゃ照れながらも「良い子」と子供に接するようなセリフを漏らす青葉。

 そんな時だった。

 

「青葉ー、忘れ物し……」

「「あっ」」

「…………は?」

 

 16歳の少年にキスし終えたばかりの距離間に顔を置いて頭を撫でられながらハグしている24歳の女性と、24歳の女性にキスされたばかりの距離に頭を置いて頭を撫でてあげながらもハグされている16歳の少年が目に入っている事だろう。

 お陰で、にちかはドサッと紙袋を落とす。

 

「え……み、美琴さん……? 何、してるんですか……?」

「あー……甘え……むぐっ」

「じ、実は美琴さんが、ホームシックだって言うから、たまにこうして甘えさせてあげてるんだよ! 事務所じゃ他の子の目もあって大っぴらに甘えられないって言うしー!」

 

 口を塞ぎながら秒で誤魔化した。マズイ、刺される……いや、そうで無くても、こいつの口の軽さは異常なのでどうなるか分かったものではない。

 ……だが、そもそもにちかは現実を見ない能力にも秀でているわけで。

 

「そ、そうだよねー! ビックリしたわー、つい二人が付き合ってるのかと思っちゃったよー」

「そ、そうそう。忘れ物ってどれだ? 取ってきてやる」

「ノート」

「おいおい〜、そんなもん忘れちゃダメだろ〜。このうっかりさんめ☆」

「てへっ」

 

 なんて、少し変なテンションになっていた時だった。隣の美琴が、しれっと口を挟んだ。

 

「ちなみに、もし付き合ってるとしたら?」

 

 何を聞いてんだこの人! と、青葉は唖然とする。すると、にちかは顎に手を当てたまま答えた。

 

「ちょっと……分からないです」

「? 分からない?」

「青葉の安否がちょっと」

 

 ヤバい、と青葉だけでなく美琴も冷や汗をかく。殺しかねない、というか殺されちゃう多分。

 

「そ、そっか……」

 

 聞かなきゃよかった、と言った表情になる美琴。これは、本当に青葉の言う通り隠していた方が良い奴だ。

 

「じゃ、ノートだけ取ってくるね」

「いや、俺が見てくるから。待ってて」

「わ、分かったー」

 

 それだけ話して、とりあえず青葉はリビングに戻った。……にちかが、ジト目でその背中を追っていることにも気が付かず。

 

 ×××

 

 とりあえず確証は掴まれなかった、と青葉はホッと胸を撫で下ろしながら、リビングの椅子に座り込む。美琴は部屋に戻ったし、とりあえず青葉は軽く伸びをした。

 しかし……と、青葉は肩を軽く叩く。ここ最近で、美琴の周りの人間にバレそうになる……或いはバレるピンチが二つ……何かの凶兆な気がしないでもない。

 何が怖いって……なんか、身の危険が……いや、あまり気にしても仕方ないかもしれないが。

 

「いや……憶測で焦っても仕方ないか」

 

 そうだ、落ち着こう。色々あったが、明日からは学校だし、普通に考えればむしろ自分と美琴の関係がバレる可能性のが低いはずだ。一緒にいる時間も減るし、デート出来る時間も限られる。ただでさえ、美琴はアイドルなのだから。

 だから、せっかくだし一緒にいられる時間を大切にすることに集中した方が得な気がする。

 そう決めて、青葉がとりあえずシャワーでも浴びようとした時だ。玄関が開く音。やばい、鍵閉め忘れてたか、なんて思いはしたが、焦りはしない。部屋に入ってきた人物が分かるからだ。

 

「青葉ー」

 

 入ってきたのは美琴。寝巻き姿で立っている。

 

「みっちゃん。どうかしたの?」

「? お風呂、一緒に入るんでしょ?」

「……あっ」

 

 忘れてた。一気に頭の中からピンチが吹っ飛んで、新たなピンチを認識した。

 

「い、いやあの……今度に……」

「にちかちゃんに電話するね」

「あー嘘嘘! や、で、でもお風呂、俺沸かしてない……!」

「夏だし、水風呂で良いよ?」

「み、水着は⁉︎ どう見ても私服じゃんそれ!」

 

 そう言った直後、バサっと美琴はパジャマのボタンを外し、ズボンを下ろす。……その下から出てきたのは、水着だった。

 

「き、着てきてる……」

「青葉は、約束守ってくれないの?」

「……はぁ、わ、分かりましたよ……」

 

 仕方ない。まぁ、裸ではないし、水風呂なのだからプールのようなモノだ。……うん、そう思った方が良い。

 

「分かりましたよ……水着履き替えてきます……」

「裸でも良いよ」

「怒るよえっち」

「お、女の子に対してエッチは酷いよね……?」

「喧しい、えっち」

 

 この人、本当は意地悪い性格してるのかもしれない。

 そのまま自室に戻り、水着を引っ張り出した。そのまま履き替え終え、部屋を出る。

 

「じ、じゃあ……一緒に入ろうか」

「ん」

 

 脱いだパジャマを抱えて、水着姿のまま立っていた美琴と脱衣所に入る。

 

「そういえば、青葉の部屋のお風呂初めてだね」

「う、うん……」

 

 何処の部屋も同じマンションなら洗面所は大差ねえだろ、といつもなら思うことも思えないくらい緊張していた。

 

「先に入って水溜めておくね」

 

 既に裸の美琴が、先にバスルームに入る。その様子を眺めながら、青葉は頬を赤らめた様子で上のTシャツを脱ぐ。

 ……やっぱり、恥ずかしい。これ、入らないとダメ……いや、ダメだ。なんか、変態的なことをしているわけでないのに、エッチなことをしている気分で申し訳なくなってしまう……。

 

「青葉?」

「っ、は、はい?」

 

 お風呂場から、美琴が顔を出した。

 

「どうして、一緒に入らないの?」

「っ、あ……い、いや……」

「……そんなに、嫌?」

 

 そう問う美琴の瞳は、少し涙が浮かんでいるように見えて。ダメだ、やはり泣かすくらいなら少しくらい恥ずかしいのも耐えないとダメだ。

 

「い、いやいや、ちょっと緊張してただけ。……みっちゃん、その……綺麗だから」

「……ふふっ、ありがと」

 

 あ、少し照れた……というか、もしかしたら、美琴もそれなりに気恥ずかしくはあるのかもしれない。

 ……だから、青葉も気合を入れた。一緒にバスルームに入った。湯船には水が溜められている。……さて、まずは洗わないと。

 

「先にみっちゃんが洗って。水着の下も洗うでしょ」

「もう洗って来たから」

「……シャワー浴びるの二度目なの?」

「だから、私が青葉の背中流すね」

「ほえ?」

「だから、背中」

 

 つまり……洗ってくれる、ということだろうか? なんだろうそれ、死んじゃう。

 

「い、いやあの……恥ずかしいからいいです……」

「えー、せっかく一緒に入ってるのに?」

「っ……」

 

 こ、こいつ……涙目になるのずるい、と少し奥歯を噛む。

 

「じ、じゃあ……お願いします……」

 

 そう言いながら、シャワーの前に椅子を置いて座った。その背後に、美琴も椅子を置き、壁に掛かっているブラシを手に取って座った。

 

「いや、先にシャンプーか」

「そうだね。じゃ、やったげる」

「え、いや頭は届くよ」

「いいから」

 

 そう言って、シャンプーを手に垂らした美琴は、泡立てて青葉の髪に乗せる。わしゃわしゃと髪を洗ってもらえる。……気持ちが良い。美容院以外の他人に髪を洗ってもらえるのなんて、本当に幼稚園ぶりくらいだろう。

 

「あ〜……気持ち良い」

「ふふ、痒いところはございますか?」

「あ、美容院っぽ……おえっ、口にシャンプー入った」

「じゃあ、口閉じてて」

 

 でも……本当に気持ち良い。それに……なんだろう、ちょっと……甘えるのも悪くないなって思えてきた。人に身を委ねて、自分がやるべきことをやってもらう……それが、何だか楽しい。

 

「流すよー」

「あ、うん……」

 

 頭からシャワーを流してもらった。

 

「リンスかトリートメントもつけるね」

「あ、うん」

 

 そのままさらに髪を流してもらった。なんか……思ったよりヤラしい感じはしない。水着を着ているし、自分は美琴の身体に触れないし、触られるのも背中や髪なら変な感じはない。

 

「みっちゃん」

「ん?」

「気持ち良いよ」

「……」

 

 そのまま、美琴に身を委ねた。

 

 ×××

 

「みっちゃん」

「ん?」

「気持ち良いよ」

「……」

 

 この子は、誘っているのだろうか? と、美琴は思ってしまった。こちとら、無防備で華奢な背中を前に、割と我慢して頭を流してあげていたというのに。

 美琴も予想外なのだ。まさか、ここまで青葉とその手の行為をしたい、と思ったのは。

 だから、水着で一緒にお風呂は割と恋人しかしない妥協案になると思っていた。

 でも……まさかそんな恍惚とした表情で「気持ち良い」なんて言われるとは思わなかったし……そんなこと、言われたら……少し、疼いてしまう。

 

「……青葉は、本当にえっちだね」

「ん〜……ん? 何が?」

「なんでもない」

 

 でも大丈夫、まだそんな慌てるような段階じゃない。……それに、好きな人の背中を流すって、なんか奥さんっぽくて良い気がする……。

 

「いやいや……奥さんって……」

「え? オクトパス?」

「……ここ、すごい汚れてる。洗ってあげる」

「あ、ほんと? 背中汚れるようなことしたたたたた! 擦り過ぎ擦り過ぎ! 皮剥けるって⁉︎」

「皮ごと落としてあげる」

「怖っ⁉︎ ……あ、嘘ごめんなさい!」

 

 めっちゃ手を動かしてやった。こいつ、耳が悪すぎる。

 しばらく手を動かす。なるべく変な気分にならないよう、心頭滅却。青葉が嫌がるような事はしたくないし。

 

「せっかくだし……腕とか脇腹も洗うね」

「い、いやその辺は流石に自分でやるから!」

「遠慮しなくて良いのに」

「するよ! 良いから、先に湯船に入ってて!」

「うん。……水風呂の時も湯船って言うの?」

「知るか!」

 

 怒られちゃったので、美琴は浴槽に入る。水風呂に入るのは正直初めてだから驚いたが、割とプールと全然違くて普通に冷たい。これ……あとで少し温かいお湯でシャワー浴びないと風邪引くかも……と、思いつつ、しばらく待機。

 なるべく青葉の方は見ないように配慮し、待機。終わったかな? と思って顔を向けると、青葉が少し困った様子でこちらを見ていた。

 

「あの……俺はどこに座れば」

 

 何せ、青葉も身長伸びてきたし、成長期の男子と成長期を過ぎ去った女性が入るのは、相当密着しないと無……密着。

 

「おいで、青葉。どこでも座ったら?」

「え、どこって……なんで足伸ばしながら言うの」

「おいで」

「だからどこに……」

「おいで」

 

 言いながら、美琴は自分の太ももを叩いた。

 

「いや……いやいやいや! 流石に無理だって……!」

「にちかちゃ」

「す、座らせていただきます!」

 

 そんなわけで、青葉は指先を水面につける。ゆっくりとそのまま少しずつ足を水の中に沈めていく。

 そして……お尻をそのまま美琴の太ももの上に置いた。なんか……改まってその状況になってみると……なんか、それ以上の状況に感じてしまう。

 

「あの……青葉、別に良いけど……」

「ん?」

「何で体こっちに向けてるの?」

「え? ……あ、こ、こういうことかと……ごめん!」

「や、だからそのままで良いよ」

「あ、だから力技は狡いって……!」

「少し前出るね」

「え、ちょっ……!」

 

 無理に美琴の方を向いて座っていたこともあって、青葉はかなり強引に膝を立てて座っていた。

 なので、中心に寄ることで、青葉の膝は美琴の腰に絡むように折り曲げられる。

 

「青葉、重くなった」

「ふ、太った?」

「ううん、逞しくなった。……だから、ちょっとこうして向き合うの、恥ずかしいね」

「……どうせ少し前の俺は貧相でしたよ」

「中身はお母さんだけど」

「どうしよう、どちらにせよ彼氏扱いされてない……えうっ⁉︎」

 

 ぐちぐちうるさい男を、正面から抱きしめた。胸が潰されるような感覚……もう、直撃である。押し付けようとしているのではなく、ハグをしているだけだ。

 

「彼氏と思ってなかったら、こんなことしないよ?」

「……」

 

 ……ちょっと、恥ずかしいことを言ってしまったかも……でも、本音だ。自分だって、こういうことをする相手くらい選んでいる。

 と……思ったのだが、青葉から返事はない。

 

「青葉?」

「…………」

 

 あれ、ていうか……背中が熱い……水風呂なのに、なんか温かい液体が……あれ? なんか……水風呂内が、赤……。

 

「あ、青葉……あれ、なんか鼻血すごい」

 

 失神させてしまった。

 

 ×××

 

 さて、失神した青葉の処置はその後、すぐにこなした。身体を拭いてあげて、髪を乾かしてあげて、着替えも済ませてあげて(やらしい気持ちなんてなかった。いやホントに)、布団の中に入れてあげた。

 さて、そして今度は自分の着替えである。少し反省しつつ、美琴は水着を全て外す。これはー……まぁ、青葉に洗ってもらうとして、改めて体を拭き終え、そして下着を……。

 

「あっ」

 

 下着……待ってくるの忘れた。やばい、困った。ノーブラどころかノーパン……ま、いっか、青葉今寝てるし、と思いながら、美琴は青葉を寝かせている布団の中に入った。

 

 

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