にちかに美琴様だけは絶対に渡さん。   作:バナハロ

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空前絶後
アホの子には伝わらない。


 少しずつ新学期が始まってから、気温は低くなっていった。秋という季節の過ごしやすさは歳をとるとよく理解できて、何をするにも適している。

 この時期に趣味を見つけられる人も多いのではないだろうか? なんて、少しらしくなく情緒的なことを思う美琴だが……そういえば、と青葉のことを思う。今年は青葉にとっても人間関係的に大きな変化があったわけだが、美琴がきっかけで新しい趣味とか見つけてくれたりするのだろうか? 

 何せ、少なくとも自分は掃除や家計簿をするようになったのだし、青葉にも何かあるかな……そう思い、声を掛けてみた。

 

「青葉ー、今暇?」

『……学校なんですけど。授業中に「便所っす!」って抜け出したの初体験なんですが?』

「じゃあ暇だね。秋になったけど、何か趣味とか出来た?」

『会話のキャッチボールって難しい……』

 

 よくわからないけど、話せるのなら聞きたいことだけ聞いてさっさと切れば良い。

 

『で、なんですか? 趣味?』

「そう。特に、私と関わる様になってから出来た奴」

『えらく直球だな……』

 

 あるのかな、と少しワクワクしていると、望み通りの返事が来た。

 

『出来ましたよ』

「おっ、何何?」

『飽きられない様に、季節モノの料理やテーマを決めた料理を作ること……かな』

「……ん?」

 

 え、結局料理? と言う意味の声を漏らしたのだが、青葉は気付かない。

 

『そうだ、今晩は秋の味覚にするんで期待しててね。みっちゃんのために作るから』

「ねぇ、青……」

 

 言い掛けたところで、後ろから声がかかる。

 

「緋田さん、お願いします」

「あ、はい。ごめん、休憩終わった」

『うん。じゃあ、またね』

「うん」

 

 とりあえず……少しちょっと気に入らなくはある。なんか……自分ってあんまり青葉にとって影響を与えた人物になれていない様な気がして来た。

 なんか……ちょっと寂しいかも……と、思いながら仕事をした。

 

 ×××

 

 学校が終わり、青葉は帰宅。成績が良いのも考えものかもしれない。基礎が出来ているから、すんなりと知識が入る。

 まぁ、ていうか……だからこそ初日をサボってもあんま怒られなかった。成績と生活態度は関係ないと言うが、あるということがハッキリ証明されたわけだ。勉強してる奴はしっかりしてるし「隣の家のお姉さんの風邪の面倒? 大変だったねー」とのことだ。

 しかしー……学校で少し困ったことと言えば、美琴の件だ、電話かかってこられた。学校が始まってから、二日に一回はかかって来る。

 別に嫌なわけではないけど……保健室とか便所とか、結構無理が出て来た。付き合う前だから当たり前だけど、夏休み前はそんな感じじゃなかったのに……。

 でも……美琴からの電話を無視するわけにはいかない。あの24歳児のしゅんとした顔を思い出すともうだめだ。なんとかしてあげないといけない、と使命感が湧いて出る。

 それに、もうすぐ美琴の誕生日だし、頑張らないと……なんて、少し悩みながら歩いていたからかもしれなかった。ボーッとしたまま歩いていた。

 

「……あ?」

「⁉︎」

 

 赤信号に……気が付かなかった。

 

 ×××

 

「と、いうわけで、全治一ヶ月です。……ま、一ヶ月で済んで良かったですね」

 

 あぶねえ! と、車に撥ねられる寸前で止まり、バランスを崩して後ろにひっくり返り、受け身を取ろうとして失敗し、ついた腕が変な方向に曲がり、利き腕である右手が天に召された。

 その説明を受けて、とりあえず病室へ。何が面白いって、撥ねられてないのに結局骨にヒビが入り、腕を包帯でぐるぐる巻きにされたことだ。

 いろいろと説明を受けて、入院の必要はないことになり、一先ず病院を出る。

 

「……あっ」

 

 そこで思い出す、隣の部屋の24歳児。あの人のご飯はどうしよう……と、らしくなく頭をひねる。また美琴に食事を作ってあげられない期間が生まれてしまった……と、ちょっと困った表情になりつつも、とりあえず連絡しようとスマホに手を伸ばした時だ。見る暇がなかったスマホに大量の通知がきていた。

 

『青葉、事故って本当?』

『何があったの?』

『返事出来ないほど?』

『返事してくれないと困るよ』

『お腹すいたな』

『お願いだから返事くらい欲しいな』

『安否の確認くらいしたいかな』

『もしかして……死んじゃった?』

『分かった、私も死ぬね……』

 

 なんかすごい病んでる! と、思って慌てて電話をしようとした時だ。目の前でキキー! っと甲高い音を漏らしてタクシーが止まる。

 

「青葉!」

「わぉっ⁉︎」

「……あ……ぶ、じ……?」

 

 扉を開けて飛び込んで来たのは、美琴。顔を真っ青にして慌てて現れた。

 

「いや……そんな心配される様なことにはなってないけど……」

「ーっ!」

「ほわっ……⁉︎」

 

 ぎゅうっ、と抱き締められる。お腹の辺りに顔を埋められ「逃がさない」と言わんばかりに腰に手を回して締め付けられた。

 

「ちょっ……み、みっちゃ……」

「……」

「…………ごめんて」

 

 無言のままとにかく抱きしめられ続けられ、思わず謝ってしまう。だが、力が緩むことはなかった。他では巻き込まれていないが……正直すこし痛い。

 でも、何より痛いのは胸かもしれない。こういうことされると、改めて余計な心配をかけさせてしまったことを実感する。

 

「……大丈夫? 痛いとこない?」

「うん……今は腕くらい」

「交通事故って……何があったの?」

 

 聞いてはくるが、お腹の前から離れる気はない様で、ずっとしがみついている。

 

「……ボーッと歩いてたら、車に撥ねられそうになって……避けようとして身体変に回して転んだ」

「……撥ねられてないのに、骨折したの?」

「う、うん……いやヒビ」

 

 超恥ずかしいが、事実なので仕方ない。すると、少しだけ気が抜けたのか、美琴は顔を上げた。

 

「……転んだだけ?」

「う、うん……?」

「それで……骨折?」

「や、だからヒビ。ていうか、恥ずかしいからあんま言わないでよ……」

「……」

 

 ……あれ、と青葉は冷や汗を流す。なんか少し、美琴の視線が……と、思ったのも束の間、伸びてきた両手が、青葉の頬をつねった。

 

「そんなアホなことで心配かけさせないで」

「ふぉ、ふぉへんふぁふぁい……!」

「もう……全然、事故じゃないじゃん……」

「ふ、ふひふぁへん……」

 

 謝ると、手を離した美琴は青葉の反対側の手を掴む。

 

「帰ろ?」

「え、いやあの……恥ずかしいんですけど……」

「また転ぶかもしれない人、手を繋がずに歩かせられませんー」

「うぐっ……!」

 

 まぁ……仕方ないか、と肩を落とした直後だ。……若干、繋いでいる美琴の手が震えているのを感知した。

 本当に心配かけさせてしまったな……と、少し反省する。不安にさせてしまったのなら、その責任を取るのも自分だ。

 

「ごめんね、みっちゃん。心配かけて」

「まったくだよ。ホント、死んじゃわなくてよかっ」

「でも、片手になっても料理は出来るから。だから毎日のご飯の心配はしないで」

「……」

 

 これで少しは安心してくれただろう。自分は美琴にとって生命線。ご飯ちゃんと食べて欲しい……と、思ったのだが、握られている手がなんかミシミシ言い出した……。

 

「青葉」

「な、何? あの、痛い……」

「青葉は、まだ私が青葉のこと料理の腕しか見てないと思ってるの?」

「え、いやあの……」

「ホント、青葉って人をイラつかせるよね。それとも……私って普段、そんなに冷たいかな」

「そ、そんなつもりは……ていうか、もう反対側の手も折れちゃうよ……」

「……」

 

 お、怒らせてしまったのかな……? と、恐る恐る隣を見る。もうプンスカ! と言う音がしそうなほど怒っていた。

 

「……よしっ」

「ごめんなさ……え?」

「決めた。今日から治るまでの間、私が家事やる」

「え、いややめて」

「やめない。ていうか、なんでやめてって言うの?」

「いや……なんか怖くて……」

 

 掃除はまだ良い。洗濯も……まぁ平気だろう。中表に干すとか、洗濯ネットに入れるものもあるとか、その辺は教えれば良い。

 ……だが、料理はちょっとどうなるかわからない。アレンジャーだと困るのだ。

 

「ダメ、私が作る」

「ど……どうしても?」

「どうしても」

 

 ……だめだ、意志が固い。もうこうなったら自分にはどうすることも出来ない。

 

「……分かったよ」

「あと、私が青葉の部屋に泊まるから」

「えっ……どうして」

「いいから」

「……」

 

 有無を言わさない迫力が、そこにはあった。仕方なく、青葉は飲み込むしかなかった。

 あらためて歩きながら、美琴は手を繋いでくれる。……なんか気恥ずかしい。いや、改めて客観的に今の自分を見ると、恋人と言うより……やはり姉と手を繋いでいる弟に見える気がして……。

 

「青葉?」

「っ……は、はい……」

「恥ずかしがらないで。……大丈夫、今後は私がおねえさんだから」

「ええ……なんかそれはそれで……」

 

 正直、もうお姉さんな感じはないから、なんかお姉さんと呼ぶのは気恥ずかしい気もする。……てか、恥ずかしいと思ってるのバレてるし。

 

「……恥ずかしいのは男子高校生にお世話されてる24歳もだと思うけ、ど⁉︎」

「何?」

「なんでもねっす!」

 

 また強く握られた。

 

 ×××

 

 さて、家に到着した。付き合う前に隣に住み始めたとは言え、マンションの隣同士に恋人が住むと言うのは、センシティブ判定をもらってもおかしくない状況……なんてこともちろん、美琴は知らないしわかってもいない。

 とにかく、今日は歳上として美琴は面倒を見てあげないといけない。そして……今日こそ分からせる。料理の腕だけで青葉を見ているわけではないってことを……! 

 

「……青葉」

「は、はいっ」

「脱いで。服。洗濯する」

「え、いや明日休みだし」

「休みだから?」

「いや、別に夜、洗濯する事なくない?」

「……なるほど」

 

 そういうものか、と少し反省。ならば、今は洗濯はやめておく。

 

「じゃあ……お腹空いた? ご飯にしよっか」

「い、いやそれするには心の準備が欲しいかな……」

「……え、なんで?」

「……みっちゃんは、どんな料理作れるの?」

「なんでも作れるよ。作ったことないけど」

「……」

 

 そう、レシピ通り作れれば問題ないはずだ。そして、そのレシピはスマホで調べれば良い。

 ……さて、そのためにも、まずは青葉におとなしくしててもらわないといけない。

 

「青葉、ソファーでゆっくりしてて」

「え、いやあの……大丈夫? 本当に……」

「大丈夫」

 

 大丈夫ったら大丈夫だ。さて、とりあえず……唐揚げとかどうだろうか? 青葉が作った奴美味しいし、いつものお返し。

 まずは鶏肉を切らないといけないわけだが、一応スマホで調べてみる。

 

「……」

 

 まずは肉を漬け込むタレを作るのだが……そこに加えるにんにくをすりおろすらしい……。

 

「……スリオロス……?」

 

 すって……おろす? どこに下ろすのだろう? それも、すって……? と、眉間に皺を寄せる。

 

「あ、あの……みっちゃん?」

「何?」

「なんか全然動いてないけど……大丈夫?」

「大丈夫だから。じっとしてて」

「あ、はい」

 

 青葉の手を借りるわけにはいかない。すりおろす、とはよく分からないが……あまり時間をかけるわけにはいかない。とりあえず、別の食材を見ることにした。

 次は……醤油、大匙一杯。

 

「…………オオサジ?」

 

 たくさんって事……だろうか? いや、一杯ならむしろ少なめ? ……分からない。

 もっと分かりやすいとこ……あ、そうだ。鶏肉を切れば良いんだ。これは絶対必要だから。

 そう決めて、冷凍庫から鶏肉を取り出した。カチンコチンである。

 

「これ……切れるのかな……」

 

 まぁ、包丁を信じるしかない。袋から取り出し、鶏肉を切る……と思ってまず上から包丁をあてがう。

 大きさは……一口サイズらしい。

 

「一口……?」

 

 これは試行錯誤を繰り返すしかない。ここから小さくするには、上下左右に切るしかないだろうから。

 そんなわけで、まずは真上から半分にしてみることにする。

 

「よっ……あれっ」

 

 切れない。硬い。流石に包丁を小まめにキコキコと動かして切ることは知っているが、それでも全然、きれなかった。

 

「んっ……!」

 

 体重を乗せるが、それでも少し刃先が減り込むだけ。中々、切れない。

 

「ふんっ、ぐぐっ……!」

 

 もはや足を浮かせ、両手をまな板の上の鶏肉に減り込ませた包丁に乗せている時だった。

 

「ちょっ、な、何やってんの⁉︎」

「切ってる。いいから座ってて」

「座ってられないから! 切り方くらい教えさせて、怪我する!」

「……じゃあ、それだけ教えて」

 

 怪我は困る。レッスンに影響するから。

 

「まずこの鶏肉、凍ってんじゃん。解凍しないと」

「それどうやるの?」

「レンチン。でも、若干凍ったままの方が切りやすいから、うちのレンジだと二分弱くらいで良いと思う」

「分かった。もう大丈夫、ありがとう」

「いや最後まで聞いてよ!」

「ダメ」

 

 残念ながら、そうはいかない。どうせ青葉のことだ。このまま自分が主体で料理をすることにさせそうだし。

 

「あ、あとちゃんと指切らないようにね! 肉とか切るのに夢中になると割とあるから!」

「分かってるから、休んでて」

 

 とにかく、自分でやる。やらないとダメだ。言われた通り、レンジでチンしてから切り始める。

 

「おお……ほんとだ」

 

 スイスイと切れる。ちゃんと言われた通り、指に気をつけて切る。これで怪我したら、本当に怒られるかもしれないし。

 時間は掛かりながらもなんとか肉を切り終える。さて……一口サイズ、とのことだ。

 一口サイズとはどれくらいなのか? それはもちろん、一口で食べられるサイズの事だ。しかし……もう何度かキスもした仲とはいえ、青葉がどれくらいのサイズの肉を一口で食べられるかわからない。

 

「しかも今、手を怪我してるし……」

 

 それは関係なくない? と、他人が聞いたら思うことを呟きながら、測ってみることにした。自分の口で。

 

「あむっ」

「何してんの!?」

「もぐもぐ……ふぇ?」

「ちょっ、吐き出しなさい! 鶏肉生で食えないから!」

「……え?」

 

 今、嫌なこと聞いた、と冷や汗を流す。

 

「鶏肉生どころかレアでも食えないから! 最悪、食中毒じゃ済まなくなるって!」

「ちょっ……え……」

 

 でも……ということは、青葉の前で吐き出さないといけない? と、また冷や汗をかく。それは女の子的にちょっと無理……なんて思っている時だ。

 

「あーもうっ、口開けて!」

「え? ……むごっ!」

 

 強引に口の中に手を突っ込まれ、肉を取られた。恥ずかしいとかじゃない、もう酔っ払いが介抱されているのと同じ感覚だろう。

 鶏肉をまな板の上に置いた青葉は、そのまま真剣な表情で自分に言う。

 

「みっちゃん、口ゆすいで。俺も詳しいわけじゃないからなんともだけど、食中毒菌が残ってるかもだから」

「え……う、嘘」

「イ○ジン用意するから、とにかく水で口内洗浄して待ってて!」

「わ、分かりました……」

 

 仕方なく待機することになった。

 

 ×××

 

 一応、口をゆすいでモ○ダミンやらイ○ジンやらと片っ端からぶち込んで口内を洗浄し、一応は事なきを得た。

 なんか……余計に疲れさせてしまった気もするな、と少し反省。その結果、青葉の監視のもと、料理をすることになってしまった。

 

「揚げ物するにはエプロンして。俺の貸すから。あと水は油の中に入れないように。ヤケドするよ。最悪顔を」

「え、怖い」

「だから気をつけて」

 

 だけど、割とアドバイスをもらって良かったかも……と、思うことが多かった為、何も言えない。というか、揚げ物は自分には早かったかもしれない。

 とはいえ、やると決めたからには作る。言われるがまま唐揚げの調理を続けた。

 

「……そう、フォークで一刺しずつして……それで中まで味を染み込ませる。うん。上手」

「そう? 上手?」

「うん」

「っ……そ、そっか」

「次は、ボウルの中でタレの中に肉入れて揉み込む。ビニール袋でやる人もいるけど、俺は素手でやった方が良いと思うから、そうしてみよっか?」

「分かった」

 

 とのことで、美琴は言われた通りに素手で揉み込む。触った感じ、ぬちゃぬちゃしていて決して触り心地が良いとは言えないが、青葉はいつもこれをしてくれていると思えば苦ではない。

 さて、そのまましばらく言われた通りに手を動かす。油の中にお肉を投入する。

 

「少しだけ強火で揚げてから、弱火にして。その方がカラっといくから」

「分かった」

「揚げ物をしてる最中は目を離さないように」

「うん」

 

 言われたことは守る、と言うのが料理をする上での約束だから、美琴は黙って言うことを聞いた。

 途中で弱火に変更。火を通さないと食中毒案件らしいので、ここで少しずつ揚げていく……ということらしい。

 と、そこで質問。

 

「青葉」

「んー?」

「どうやって中に火が通ってるか分かるの?」

「あー……難しいとこだけど、菜箸で摘んで少し上げてみると、なんかこう……じゅくじゅくした感覚が来ると思うから、その時。今日は俺が見てるから、頃合いになったら言うよ」

「わ、分かった……」

 

 さて、そのまましばらく待機。菜箸で唐揚げを突っついたりして揚げ物を続ける。

 数分してから、また青葉が様子を見にきた。

 

「……うん。そろそろかな」

「完成?」

「の前に、少し菜箸で摘んで持ち上げてみ」

 

 言われて美琴は一つ、箸で摘んで油の中から取り出す。じゅくじゅく……と言っていたが、どんな感覚なのだろうか? 体験した事ないから、感じ取れるのか不安だったが……と、半信半疑気味に、指に神経を集中させると……確かに「じゅくじゅく」と表現したくなるような振動のようなものが伝わって来る。

 

「おお……ホントだ」

「分かる? 俺最初の頃全くわからなかったんだけど」

「分かるよ。確かにじゅくじゅく言ってる気がする……」

「なら、火が通ってるって事」

「もう上げちゃって良いの?」

「いや、最後にもっかい強火にして。強火→弱火→強火がカラっと揚げるやり方だから」

「分かった」

 

 なるほどね、と美琴は少し理解しつつ、火を強める。……なんか、弱火だったものを強火にすると、少し驚いてしまう。大丈夫なのだろうか? 

 

「あの……青葉?」

「すぐ終わるから集中して」

「あ。うん」

「少し目を離すと焦げて固くなるから」

「えっ、ラジャー」

 

 とのことで、改めて集中する。その唐揚げはちょっと食べたくない。

 しばらく鍋の中を眺めたあと、すぐに青葉が言った。

 

「よし、火を止めて」

「うん」

「あとは余熱で十分……はい」

「?」

 

 手渡されたのは雑誌。何に使うのだろうか? と片眉を上げる。

 

「何これ?」

「盛り付けるときは、油を切るためにこう言う雑誌の上に乗せんの」

「いや、そうじゃなくて」

「何?」

「この雑誌の表紙、水着の女の人が映ってるんだけど……まさか青葉の趣味じゃないよね?」

「は? ……あ、いや違うって! 親父がだいぶ前に買ってたヤングマガジンだから!」

「ほんと?」

「ほんと!」

 

 へにゃっ、とアホ毛は力無く萎れ、美琴の瞳には若干の涙が浮かびつつも睨む。やばい、浮気されたと思うと怒るより悲しくなる。

 

「そ、そもそも俺がみっちゃんが載ってない雑誌買うわけないでしょ⁉︎」

「じゃあなんで取っといてたの?」

「揚げ物とか、あと窓拭く時に使えるから! 新聞紙や雑誌のインクが!」

「……なら良いけど」

 

 まぁ、青葉らしい理由だし嘘ではなさそうだ。ひとまず信頼して、料理を進める。と言っても、油の中から唐揚げを出すだけだが。

 箸で摘み、少し振って油を切ってから紙に乗せる……それを繰り返す。その時だった。

 

「……あっ」

「どしたの?」

「お米、炊いてない」

「ああ、それは俺やっといたから」

「え?」

「あと、キャベツも切っといた」

 

 そう言う通り、お皿の上にキャベツが盛り付けられていて、唐揚げを置くスペースもあけてあった。

 

「……どうやってキャベツ切ったの?」

「I○EAで買ったカット機。乗せてこれ下ろすだけでスパッと切れるけど人の手も切れるから気をつけて」

「っ……」

 

 ……手際が良い。流石、青葉……と、思う反面、複雑だった。なんでやっちゃうの、と……いや、やらないと唐揚げ食べた後にサラダを食べて、さらにその後に白米を食べることになっていたと思うから仕方ないのだが。

 ……でも、なんか複雑だった。

 

「……」

「あ、あれ? なんで怒ってるの?」

「私の仕事……」

「ま、まぁ最初は慣れてないから、仕方ないよ。メニューの要領良い作り方とかは、明日から教えるから」

「……今日教えてくれれば良かったのに……」

「全然、話聞かなかったぢゃん……」

 

 ……なんか、思ったより家事って大変そう……なんて、今更ながら改めて実感してしまった。早くも挫けそうになってきたが、その美琴の頭を青葉が優しく撫でる。

 

「大丈夫、すぐに怪我なんて治して、俺がまたやるから。そんなに心配しないで」

「っ……あ、青葉……」

 

 やはり、複雑だった。絶妙に分かっていない感じが。そして……それにやはり甘えたく思ってしまう自分が。

 でも、それじゃダメだ。今後も任せてもらえるように……せめて、青葉がこういう時くらいは任せてもらえるように。

 

「青葉」

「ん?」

「私……頑張るから」

「うん。ありがとう。……さ、冷めないうちに食べよっか?」

「……うん」

 

 この後、美味しくできたからか、めちゃくちゃに褒められた。

 

 ×××

 

 その日の夜、青葉と美琴は今日も一緒に寝ていたが、同じ布団には入っていなかった。美琴の寝相ダイナミック裏拳スマッシュが直撃すれば腕もタダでは済まないので、青葉はベッド、美琴は布団で寝ている。

 そんな中、青葉の頭の中では重大な危機に面していた。つまり……明日の美琴の誕生日、どうしよう……である。

 この腕では、手作りケーキは作れないどころか、飾り付けもままならない。美琴は夜まで自主練して来るのだろうが、それでも間に合わないものは間に合わないだろう。

 にちかとルカに協力してもらう? いや……無理だ。嫌われているし、おそらく各々で用意するだろう。……なんなら、自分だけ誕生日会省かれる可能性もあるが……。

 

「……いや」

 

 それだ、それを逆手に取ろう。明日の夕食はケーキは無し。どうせ食べてくるし、太らせてしまうだけだ。

 用意すべきは、会場とプレゼント……そして夕食だ。心配してくれている美琴には悪いけど、年に一度の生誕祭くらいは無理をしないわけには行かない。それがファン兼彼氏の役目と言えるだろう。

 

「……よし」

 

 そうと決めれば、今のうちに作戦を立てるため、こっそり起き上がっ……。

 

「どこ行くの?」

 

 ……ばれた。なるべく音立たないようにしてたのに。

 

「いや、あの……トイレに」

「なら私も行く。危ないから」

「そ、そうですか……」

 

 明日、休みだし美琴がいない間に考えることにした。

 

 

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