にちかに美琴様だけは絶対に渡さん。   作:バナハロ

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口は隠し事の元。

 翌朝、頼むから夢であってくれ、と思いながら部屋の前を見たが、やはり美琴の部屋から出て来たゴミ袋はあった。

 正直、ガッカリしなかった、と言われれば嘘になる。完璧だと思っていた美琴が、家事が出来ない……或いはしない人種だったなんて。

 けど、逆に言えばどんな人だって得手不得手はあるものだし、やりたいことやりたくないことがあるのかもしれない。青葉にとって、やりたい事は美琴とイチャイチャする事で、やりたくない事はにちかとイチャイチャする事だ。

 それが、美琴にとってレッスンと家事、と思えば受け入れるしかない。それに、それが美琴の全てではない。

 そう前向きに捉えつつ、青葉はゴミ袋を持って家を出た。朝、学校に行く時間より少し早い時間だ。

 一応、心配になったので、インターホンを押した。数秒後、ジャージ姿の美琴が出て来る。これから走り込みのようだ。

 

「……あ、おはよう。一宮くん」

「おはようございます」

「どうしたの?」

「あ、はい。ゴミ捨て、忘れないように伝えておこうと思って」

「あ、わざわざありがとう」

「あと、美琴さん。昨日、作ったお味噌汁、火に通してくださいね。ダメになっちゃうので」

「えー……」

 

 なんでそんなに面倒臭そうな顔をするのか。どんだけ料理嫌なのだろうか? 火にかけるくらい、料理でさえないと思うのだが……。

 

「俺がやっても良いですけど、そしたらゴミ捨てお願いします。俺も学校なので」

「うーん……じゃあ、後で温めるよ」

「……温めずに腐ったらもっと大変なことになりますからね」

「う、うん……?」

 

 生返事は許さん、と言わんばかりの気迫で伝えた。どちらにせよ、飲まれなかったら今夜のうちに回収しておこうかなーなんて思いながら、今日の分のゴミを捨てに行った。

 

 ×××

 

 さて、色々あったが、朝から美琴に出会えたので、今日は良い日である。なんだかんだ、憧れのアイドルのお世話と考えれば、やはり悪いことでもないので、やはりこれから色々と楽しみではある。

 少し小躍りしたくなるのを必死に抑えていると、後ろから1番聞きたくない声を掛けられた。

 

「なんで朝からテンション高いの? 怖っ」

「っ」

 

 そうだ、忘れてた。自分と美琴の関係は誰にも知られてはならない。その筆頭がこの幼馴染だ。

 

「いや、別に……てか、なんでテンション高いって分かるんだよ」

「分かるから。何年の付き合いだと思ってんの?」

 

 いやそんなにしょっちゅう一緒だったわけでもない。別のクラスになったらアイドルの話題以外で全く話さなくなったこともあるし、小中ともに修学旅行は別々だった。林間学校は一緒だったが。

 ……うん、割とやっぱりずっと一緒だったかもしれない。それだけに、テンションの上がり下がりには気をつける必要がある。

 

「で、何か良いことあったの?」

「ねーよ。朝から良いことなんて起きるか」

「ふーん……美人のお隣さんに挨拶されたとか?」

「それはあった」

「あったんじゃん」

「そんなんで一喜一憂出来るか。にちかは? なんか疲れてるっぽいけど」

「別に何もないけどー? ……あ、ねぇそれよりさ、課題見せてよ。英語の」

「またかよ。お前土日何してたんだよ」

「踊ってた」

「せめてバイトしとけよ!」

 

 なんで趣味に全開のにちかのために、苦労して片づけた課題を見せないといけないのか。

 日曜日は自分と一緒でバイトではあったが、それでも午後からだったろうに。

 

「仕方ねーな……」

「あ、もちろんお姉ちゃんには内緒で」

「はいはい」

 

 一応、宿題の貸しはガンガン溜まっているが、それがいくら積もっても美琴の部屋に割と出入りしている、なんてバレたら虐殺は免れないだろう。

 ……聞いてみるだけ聞いてみようか。

 

「そういえばさ、にちか。この前ふと思ったんだけど」

「何?」

「美琴さんに、実は家事も何でもしてくれる家政婦的存在の男の人がいたらどうする?」

「……何その想定?」

 

 うん、導入が雑過ぎた。確かにどんな想定だろうか? なんとか自然な流れにするために言い訳を考えていると、すぐににちかがつぶやいた。

 

「あー……もしかしてあれ? いつもの『もし、美琴様が○○だったら』妄想シリーズ?」

「え? あ、あーそうそう」

 

 普段、オタクゲージが最大に溜まると、二人でこの手の妄想をする。ずっと昔から一緒の二人は、割ときつい妄想の出し合いもしていて、一番ドギツかったのは14歳の時に話していた「もし、美琴様がドMだったら」というものだ。

 そのため、にちかは顎に手を当てて真剣に考え始めた。

 

「……美琴様が、私生活は実は全然ダメ、って意味なら可愛いかも……」

 

 実際、実にダメなわけだが、そこに幻滅することはないと分かってホッとした。まぁその辺の価値観は青葉と同じなのかもしれない。

 

「でも、そんな男がいたら生かしちゃおけない」

「……」

 

 やはり、絶対に自分のことは言えない。なんなら隣に住んでいる事さえバラせそうになかった。

 

「青葉はどんな妄想した?」

「……え?」

 

 そうだった。他人の意見を聞いた以上、自分も言わなくては。……だが、妄想も何も実際にやっているのである。なんて言ったら良いのか分からず、とりあえず浮かんだことを言った。

 

「えー……まぁ、例えば……俺ならー……こっちが時間潰して家事してやってんのに、平然と何食わぬ顔でマラソンしにいかれて、帰って来た頃に『もう終わった?』って幼馴染感出して言われたい」

「……えっ」

「? 何?」

「解釈違いって……初めてじゃない? 美琴様なら、家事をしたら労ってくれると思うけど……」

「……」

 

 しまった。実物を見たが故の解釈を言ってしまった。実際、あの人は慣れてくると労ってくれるかは微妙である。お礼くらいは言ってくれそうだが、最初にギブアンドテイクを持ちかけて来た時点で、割と他人に借りを作りたくないタチなのかもしれない。

 そんな事よりも、今は誤魔化さなくては。

 

「……や、たまにはクールさを前面に押し出した冷たい美琴さんも良いかなって……」

「ていうかさ、青葉はいつ美琴様のこと『さん』付けで呼ぶようになったわけ?」

「っ……」

 

 再び「しまった」と冷や汗をかく。さん付けは美琴の方から言われた呼び方。当然の事ながら、新鮮な事だろう。

 

「い、いや……アレだよ。最近、ちょっと高校生という青春の代名詞の真っ最中に、女性を様付けで呼んでいる自分を客観視しちまってさ……心の中で様を付ければ崇拝してる事に十分なるんじゃねえかなって……」

「何それ? 中二の時、青葉から様付けするようになったのに?」

「お、俺も大人になったってことだよ」

「それはないから」

「どういう意味だコラ⁉︎」

「いつまでも子供って今に決まってるじゃんー」

「お前が言うな! いつまでも宿題にしてもなんにしても人に甘えて来やがって!」

「私は良いのー。妹だし?」

「はっちゃんのな⁉︎ 俺にとっちゃただの生意気な腐れ縁のバカだよ!」

 

 なんて、ワーキャーとはしゃぎながら、二人は学校に向かった。

 

 ×××

 

 緋田美琴は、レッスンルームにいた。早朝、せっかくなので言われた通りお味噌汁を火にかけて飲んだ。相変わらず美味しかったけど、5分ほど無駄になった。その時間、少しでも早朝のストレッチ出来たのに……。やはり、ファンと言っても所詮は子供。アイドルである自分の気を引きたいだけかもしれない。

 少し、ため息をつきながら、美琴は283事務所のレッスンルームを独占し、レッスンを続ける。学生が多いこの事務所なら、午前中は使いやすいのだ。

 

「ふぅ……」

 

 8時半過ぎにここに到着してからずっと身体を動かしていたので、流石に疲れたので休憩。

 一息つきながら、天井を見上げる。ここに移籍して来てから、早一週間ちょい。割と使い心地の良いレッスンルームは、移籍して良かったと思える。

 ……まぁ、今後組まされるユニットメンバーは自分含めて二人。その相方の子も、つい最近この事務所で試験を受けて合格した子らしい。

 なんにしても、それはつまりこれから芸能界という過酷な環境に身を置く子だ。可能な限り、親切にしてあげなければ、大丈夫、ここ最近で高校生くらいの子の接し方は理解した。

 

「美琴ー……あ、やっぱりここか」

 

 そんな中、レッスンルームに入って来たのはプロデューサー。

 

「あ、プロデューサー。どしたの?」

「いや、随分と長いことレッスンしてるから心配になったんだけど……今日は顔色良いんだな」

「え、そう?」

「そうだよ。……自分で気付いていなかったのか?」

「……ていうか、普段顔色悪い?」

「や、まぁ悪いってほどじゃなかったんだけど、良くもなかったから」

 

 そういえば、確かに頭が割とクリアに働いている気がする。

 

「朝、お味噌汁飲んだからかな……」

「え……普段は飲まないのか?」

「え? あー……うん」

 

 一応、隣に住んでいる子が作ってくれた、なんて事は黙っておいた方が良いだろう。昨日の夜も晩御飯は美味しいもの食べられたし、その辺が効果を発揮しているのかもしれない。

 

「ちゃんと、ご飯食べてるのか? 動く割に顔色悪いこともあるし、お昼の時間になってもなかなか降りて来ない事もあるし、食べたと思ったら10秒飯だし、割と心配してるんだが……」

「大丈夫。ちゃんとするから」

「する……って事は、してなかったって事か?」

「や、あれだよ。言葉の鞘って奴」

「綾、な。切れ味ある発言を控えてるのか?」

 

 しかし、困った。このままだとレッスンを止められかねない流れだ。

 

「今だってほら、ちゃんと休んでたし……一応、ベテランだからペース配分は考えてるから。……だから、平気」

「じゃあ、今日のお昼ご飯は?」

「……カロリーメイト」

「美琴、今日は俺と食べに行こうか。奢るから」

「ええ……レッスンの時間……」

「というか、来なさい! ちょっと話しておくことがある!」

 

 仕方なくため息をついた。このままだと、今後も休まされる時間が増えるかもしれない。

 でも、わざわざお弁当を持参するのも面倒臭い。どうしたものか考える中、やはりお隣の力を借りるしかない気がした。

 

 ×××

 

 帰り道、にちかは青葉と二人で駅まで向かっていた。

 にちかは、アイドルになっていた。まだ研修先だし、デビューはまだだが、オーディションには合格し、事務所でレッスンを受けている。

 で、青葉も今日はバイトなので、駅まで一緒に行くことになった。

 そのユニットなのだが……自分は、あの憧れの緋田美琴と組んでいる。もう最高だ。これからのレッスンも、美琴と一緒である。

 だが、それ故に……隣の男にそれはバラすわけにはいかなかった。美琴のファンであった日数なら自分より上。部屋に飾ってあるグッズも自作したものさえある、割と行くところまで行ってるオタクだ。

 そんな彼に、自分が美琴とユニットを組んでいると知られたらどうなるか? 

 

「ねぇ、青葉。仮になんだけどさ。美琴様と美琴様の大ファンがなんやかんやでユニットを組むことになったら?」

「え? 美琴さん次第だけど……フォークで穴あけて醤油、ニンニク、生姜と一緒に袋に放り込んで揉み込み、30分放置。その後に片栗粉を塗してカラッと揚げた後にアマゾンズの群れに放り込む」

「何言ってんの?」

 

 との事だ。早い話が殺すということだろう。美琴さん次第、と言っているが、彼に美琴の意思を確認する術はないし、自分の口から言った程度では信用されないだろう。

 これは、姉にも自分がアイドル始めたことは、青葉には絶対に言わないように口止めしておかなければ。

 

「てか、急にどうしたの?」

「や、なんとなく。美琴様も移籍したし、もしかしたらそういうこともあるかもって」

「あー……美琴さんの移籍先って、283だっけ? 新人アイドル多いし、あり得なくもないのか」

「うん」

「ま、その時は俺とお前で鉄槌を下そうぜ」

「う、うん! キッツイのをね!」

 

 とりあえず乗っておきながら、脳裏では大量の冷や汗をかいてしまった。この男、やる時はやる。小5の時の林間学校で、自分の八雲なみのストラップをクラスの男子に華厳の滝に投げ捨てられた時、この男も滝の中に飛び込んで取りに行ってくれたのだ。

 今にして思えば無事だった理由が分からないが、とにかく行動力の化身なのだ、このバカタレは。

 それ故に、殺されてもおかしくない。そのためには、しばらくの間は誤魔化すしかなかった。

 

「あ、そ、そうだ。青葉」

「んー?」

「今日の、物理の課題なんだけど……」

「……また写しか?」

「う、うん……ダメ?」

「や、お前今日バイト休みじゃん。なんで?」

「えっ? あ、あー……姉妹の世話があって……」

 

 ここの所、レッスンがある日は彼に頼ってしまっている。アイドルのレッスンが思っていた以上に厳しくて、家に帰るとすぐに安眠してしまうのだ。

 しかし……似たような言い訳をするにも、流石に青葉でもバレるかも……と、思っていると、青葉は割とマジで心配しているような表情で聞いて来た。

 

「もしかして、お前……」

「っ、な、何……?」

「エンコーでもしてんのか? 家計の為に」

「……」

「やめな?」

 

 この男……と、眉間に皺が寄り、気がつけば手が出ていた。

 

「最ッッッ低!」

「じ、冗談……」

「でもダメだから!」

 

 全く、この男はデリカシーが本当にない。普通、いくら何年もの付き合いと言ってもそういう事は言わない。

 ちょうど駅の近くまで来たので、そのままツカツカとレッスンに向かった。まぁ良い、そういう事を自分に言えるのも今のうちだ。そのうち、自分はビッグになってセクハラ発言なんてさせないようになってやる。

 明日の仕事は、その第一歩目だ。

 

 ×××

 

 その日の夜、バイトを終えた青葉は軽く伸びをしながら部屋に戻った。朝、干した洗濯物をしまい、畳んでタンスにしまいにいく。

 晩飯は〜……今日は、炒飯にする事にした。……美琴はまだ帰っていないのだろうか? というか、美琴はちゃんと食材は買っているのだろうか? 流石に憧れのアイドルのためとはいえ、何もかもお金を払ってあげる、なんてバカな真似はしない。

 何にしても、今のうちに自分のやる事を済ませておくことにした。夕食、宿題を済ませ、あとは風呂……と、思ったところで、インターホンが鳴った。

 

「? はーい」

 

 応答すると、相変わらず心臓に悪いクールビューティーフェイス……緋田美琴だ。

 

「っ、み、美琴さん……どうしました?」

「晩御飯、作ってもらいに来た」

「……食材、買いました?」

「あっ」

「……」

「い、今から買ってくるね」

「スーパーあと10分くらいで閉店ですよ」

「えっ……そ、そんなに早いの? まだ23時だよ?」

「24時間やってるのはコンビニくらいです」

「……」

 

 なんか色々と予想通り過ぎた。自分から「ちゃんと飯を食え」と言い出したのだが、まぁ今回は仕方ないだろう。

 

「明日はちゃんと買ってくるように」

「あ、あー……待って」

「なんですか?」

「その……今から買ってくるから、もう少し待って」

「え、いやだからスーパー閉まりますってもう」

「コンビニにも食材売ってるし。伊達に長くコンビニに通ってないよ、私」

 

 自慢できることじゃない、と切に思いながらも飲み込んだ。代わりに必要なことを一言。

 

「高いですよ。コンビニのピーマン一袋が、スーパーのピーマン二袋分だったりしますし」

「良いよ、別に」

「……」

 

 良くはないのだろうが……まぁ、理由は分からないけど、自分の料理に魅了された……という事だろうか? なら嬉しい。

 ……自分も付き合うべきだろうか? いや、アイドルと買い物なんて許されない。食材の選び方とか教えてあげたい所だが、それは今度にする他ない。

 

「じゃあ、待ってますね」

「うん。ごめんね、夜なのに」

「い、いえいえ……」

 

 謝られると、申し訳なくなる。憧れの人が相手だからだろうか? なんにしても、もう少しリラックスして会話できるようにならなくては。

 そのまましばらく待機する事、約25分。その間にお風呂を済ませると、インターホンを再び鳴らされたので応対した。

 

「お待たせ」

「いえいえ」

 

 適当な挨拶をして、自分もサンダルに履き替えて部屋を出る。案内されるがまま、改まって美琴の部屋に入った。

 今日、捨てられる日でなかったゴミ袋はあるものの、やはり改めて見ると憧れの女性の部屋なので、緊張気味に喉を鳴らしてしまう。

 一日で臭いの全てが取れるわけではないが、昨日よりは大分マシである。改めて見ると……物がない部屋だ。机と椅子くらいだろうか? 電子レンジや電気ポットだけはしっかりあるあたり、本当に料理する気がないのはよく分かってしまった。

 

「食材、台所に置いてあるから」

「あ、は、はい……」

 

 言われるがまま、エコバッグの中を覗いた。ピーマン、タケノコ、ニンジン、じゃがいも……他にも野菜数種類と、豚肉と鶏肉。割と量あるが、何日か分も買ってきたのだろうか? 

 だが、逆に足りないものもある。

 

「……調味料は?」

「超魅了?」

「されてますけど違くて。塩とか胡椒とかです」

「……あっ」

「……」

 

 お願いだから、これ以上、力の抜けるような姿を見せないで欲しい。ギャップ萌えですませる範囲にも限度がある。

 

「もう一回、行こうか?」

「いや、もういいですよ……今日の分はうちから出します」

「ごめんね」

「いえ、平気です」

 

 そう、謝られる事ではない。こっちだって、憧れの人に手料理を食べてもらう、なんてファンにあるまじきことを許されているのだ。

 そう思い直すことにして、自身の胸に手を当てて落ち着かせると、今夜使う調味料を部屋に取りに行った。

 もう、メニューは決めた。時期外れの食品が置いてあるのは、流石コンビニと言うべきか。タケノコがあるなら、あの料理がベストだ。

 取ってきたのは、酒と醤油、砂糖に塩胡椒、あと胡麻油にオイスターソース、片栗粉。

 肉を細切りにした後、醤油と酒と片栗粉で下味をつけると、タケノコを湯通ししておきながら、ピーマンと、あとにんじんと玉ねぎもオリジナルで加え、細切りにする。

 ごま油を敷いたフライパンの上で野菜を炒めながら味付けしていると、ふと視線に気が付いた。台所の向かい側で、机に座っている美琴がこちらを見ていた。

 

「……な、なんですか? トレーニングは?」

「ん? ううん。料理出来る男の子、カッコ良いなって」

「ハイ⁉︎ ッ……ゴッ、グ……!」

 

 そんな風に微笑まれ、思わず尻餅をついてしまう。手元から菜箸が離れてしまい、ヒュンヒュンと回転しながら宙を舞った菜箸は目に直撃した。

 

「オッゴ……め、目が……目がああああ!」

「……大丈夫?」

 

 一人で何をしているのか、と誰もが思う所だし自分でも思うが、なんとかヨロヨロと立ち上がり、料理を再開する。まずは、箸を洗う所からだ。

 

「み、美琴さん……お世辞は結構ですから……」

「お世辞じゃないよ。本当にそう思う」

「っ……や、やめてください……」

「……照れなくて良いのに」

「照れますよ! 本当に俺、美琴さんの事、大好きなんですから!」

「っ……あ、ありがと……」

「?」

 

 今度は、美琴が少しだけ頬を赤らめる。そちらこそ照れないで良いのに、と思わないでもない。こんな事、言われ慣れているだろうに。

 とにかく、簡単に褒められてしまうと、普通に気恥ずかしくなる。

 

「褒めていただけるのは嬉しいですけど……その、やっぱり恥ずかしいので……味だけ褒めてくれれば……」

「……うん。そうだね」

 

 それだけ話して、黙々と料理を続けた。

 さて、15分が経過した頃、ようやく完成した。いつもより自動的に味付けが丁寧になった。

 

「お待たせしました」

「青椒肉絲……相変わらず、良い香りする料理を作ってくれるね」

「慣れれば、誰だってこのくらい作れますよ」

「そっか」

「それより、白ご飯ないんですか?」

「え? ……ああ、大丈夫。さっきコンビニで白米買って来た」

「だからコンビニ飯はやめましょうよ!」

「だってコンビニにお米売ってなかったんだもん」

「あっ……あるわけないでしょ……」

 

 この人、普通にただの世間知らずに見えて来た。薄々勘づいてはいたが、あまり周囲のことに興味がないタイプなのかもしれない。

 世間について自分だって知っているわけではないが、お米がコンビニに売っていると思っていた時点で中々である。

 もぐもぐと青椒肉絲に箸を伸ばし続ける美琴を眺めつつ、コホンと咳払いしてから提案してみた。

 

「美琴さん、お米って何キロで売ってると思います?」

「それくらい知ってる。10キロ」

「マラソンの途中でそれを買って走ったら、倍の体力がつくと思いません?」

「……」

 

 少し驚いたように目を丸める。目を丸めているのに、手と口は止まっていなかったの可愛い。

 

「……鋭いね」

「そ、そうですか?」

「ちなみに、買ったお米は炊いてくれる?」

「流石に自分でやってくださいよ!」

「手、冷たい……」

「無洗米にすりゃ良いでしょ!」

 

 思わず大声を出してしまった。やはり、憧れの人にでも、知りたくないところの一つや二つあるものだが、その面が自分が得意であり、培って来た部分と真逆であるのは中々、堪えるものがあった。

 ……いや、ポジティブになるのだ。まだまだこのくらい何のこれしき。逆に言えば、自分がお隣さんでなければ早死にしていたのかもしれないのだ。

 これから、たくさん栄養があって美味しいものを食べさせれば良い。社会不適合者を保護したと思えば良いのだ。

 

「……よし、頑張るぞ!」

「っ、ど、どしたの急に?」

 

 いつの間にかコンビニで買って来た白米の上に青椒肉絲を乗せて食べていた美琴が肩を震わせてしまい、すごすごと「なんでもないです……」と座り直した。

 その青葉を見て、美琴はクスッと微笑んだ。

 

「変なの……」

「っ……」

 

 その、控えめで小さな何気ない笑みが、やはりとても綺麗で。色々と知りたくないことは多かったが、それでも現状が幸せであることを改めて噛み締めた。

 

「あ、そうだ。一宮くん」

「っ、な、なんですか?」

 

 不意に声をかけられ、ちょっとだけ肩をビクつかせつつ、顔を上げた。

 

「明日、お弁当を作ってもらっても良いかな?」

「え……べ、弁当……ですか?」

「うん。プロデューサーに、ちゃんと食べろって怒られちゃって……。量はそんなにいらないから。お腹いっぱいになると動けなくなっちゃうし。おにぎり二つとかでも良いから、用意してくれると助かるかな」

 

 もしかして、割と仕事に支障が出ているのかもしれない。だとしたら、断るわけにもいかないが……。

 

「……お弁当箱持ってるんですか?」

「多分、探せば」

「食べ終わったら探して下さい。あと食材、いくつかいただいていきますからね」

「うん。よろしく」

 

 まぁ、お弁当くらい別に構わない。量があると動けなくなるそうだし、本当におにぎりだけで良いかも……いや、せっかくだしおかずと米を少量ずつにしよう。

 

「明日のお仕事もレッスンですか?」

「ううん。明日はトークイベント。地方の学校で」

「ええ……良いなぁ」

 

 平日のトークイベント……つまり、地方の学校とかだろうか? なんにしても、青葉は参加できない催しである。学校をサボっても、その学校には入れないのだから。

 

「うちの高校にも来ないんですか?」

「うーん……どうだろう。プロデューサーに聞いてみないことには……でも、来て欲しい?」

「勿論ですよ!」

「こんなに近くにいるのに?」

「それとこれとは話が別です! ステージの上の神々しい美琴様は、それはそれで好きなんです!」

「そ、そっか……」

「あ、でも美琴さんからうちの高校に来たいって言うのは無しで。この関係バレたくないので」

「ふふ……そこは冷静なんだね」

 

 そりゃそうだろう。命が賭かっているし、美琴の人生もかかっている。今の関係がエスカレートすれば、まず間違いなく周りにバレるのは明白だった。

 

「じゃあ、明日よろしく」

「はい」

 

 約束して、とりあえず食事を続けた。

 

 

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