さて、美琴の誕生日当日。青葉はいつものルーティンで早く目を覚ましてしまう。で、そのまま顔を洗って髪を梳かし、そして食事を作る。何を作ろうか? やっぱり、朝だし軽くベーコンを焼いたりとか……なんて思いながら、準備をしている時だった。
ふと……なんか、視線を感じる。かなり冷たいと言うか「何してんの?」みたいなジト目と言うか……。
ふと悪寒がした方を見ると、そこにいたのは美琴だった。
「……あ、おはよ。みっちゃん。朝ご飯今作るから……」
「作らなくて良い」
「え?」
「ていうか、何してんの? 人が休めって言ったのに」
「あ……ご、ごめんなさい……」
そうだった。家事は、右手が治るまでは美琴にやってもらうという話だった。正直……美琴に頼むのは不安でしかないのだが……まぁ、こうなると美琴は譲ってくれない。
「ご、ごめんごめん。もうクセになってて……」
「まぁ良いけど。とにかく大人しくしてて。朝ごはん、私が作る」
「あの……せめて見てるから。昨日みたいな真似されると怖いから……」
「……どうぞ」
なんで少し不服そうなの……と、思いつつも、二人でそのまま朝食を作り始めた。
ていうか……待機していると、やはり気になる。この人が刃物使うと、もう心配で心配で……。玉ねぎとキャベツを切っているだけでハラハラする。
そのままなんとか食材のカットを終えた美琴は、フライパンに油を敷く。
「あ、油使い過ぎ……」
「え、じゃあ戻す?」
「いや戻すと余計、大惨事に……」
「じゃあどうしよう?」
「だ、だいじょぶ! 油入れ過ぎたくらいなら平気だから!」
「そうなんだ……じゃあ、このまま……」
フライパンに食材を投入しようとする。キャベツをむんずっと鷲掴みにして。
「待って待って! キャベツは火の通りが早いから最後に入れないと! ベーコンや玉ねぎが焼き上がったときには黒焦げになってる!」
「あ、そ、そうなんだ。危なかった……」
「あと、敷いた油はフライパンを傾けて全面に広げよう!」
「わ、分かった」
素直に従ってくれてはいるのだが、やはり……こうしていると不安で仕方ない。心臓がドキドキと高鳴ってしまう。
そのまま、食材を順番にフライパンの中へぶち込む。炒めるだけ……なのだが、なんだろうか。この不安は。
「あ、みっちゃん。強火のまま焼くと焦げちゃうから……」
「う、うん……」
「あと、調味料。慣れてない人は早めに入れないと焦げてから入れることになる」
「わ、分かった」
「それ砂糖! 見分けつかないなら一回舐めて!」
「え、あ、ごめん……塩、塩……あ、ない……」
「弱火にして! 部屋から持ってくるから!」
「うん、よろしく……あ、ココアパウダーとか隠し味で入れてみる?」
「野菜炒めの隠し味にココアは新鮮だな!」
「じゃあやってみる?」
「皮肉だよ今のは!」
ダメだ、少しずつ疲れが増してきた。この子……いや大人だった。……いや子でいいや。この子、何でこんなんで上京するとか……てか、どうやってしていたのか……?
寮? 事務所の? いやない話ではないのだろうし、自分は事務所の寮に詳しくないから分からないが、基本飯は勝手に出るのではなく自炊するものなのではないだろうか?
自炊でこの子が生きていけるはずがないし……はっ、まさか……パパ活で、食い繋いできた……?
「みっちゃん、今までみっちゃんが身体を許したおじさんを教えて! 全員煮込む!」
「青葉、過去一番でキレそう」
「ひょえっ!?」
流石に「あ、違うんだな」とすぐに理解した。
「……何を思ったか知らないけど、青葉以外にそんなことあり得ないから」
「う、うん……?」
「だから、二度と言わないで」
「は、はい……」
怒られてしまった。こっぴどく。肩を落としていると……ふと焦げ臭さが鼻腔を刺激。
「……って、みっちゃん焦げてる焦げてる! 弱火でも焦げることある!」
「え、あっ……ど、どうしよう。強くする?」
「加速させてどうすんの!? もう火、止めて!」
「わ、分かった……!」
と、慌ててガスを止めた。火が止まり、お皿を用意してその上に野菜炒めを乗せる。……真っ黒な火山のようになった炒め物を。
それを見るなり、美琴は肩を落として申し訳なさそうにつぶやく。
「……ごめんね。コンビニで朝ご飯、買って行って?」
「いただきます」
「え?」
箸を出して、一口。うん、美味くはない。でも……全部食べる。それが、作ってくれた人に対する礼儀だ。
……まぁ、炭のような味なので割とキツいとこはあるけども。ちょっと食べ終えるのにはこれ単品じゃ無理だ。
「白米も欲しいな」
「あの、無理して食べなくても良いよ? 体壊すかもだし……」
「世界で一番、みっちゃんには言われたくないセリフ」
「は?」
「あ、嘘嘘。でも……俺も、料理が上手くなるまでに、母さんとかにちかにたくさん食べてもらってたから……だから、今度は俺の番」
「……」
我ながら、カッコつけ過ぎだっただろうか? わざわざ口にする辺り、自分に酔ってると思われるかもしれないけど……でも、事実だし、察しの悪い美琴には言わないとわからない気がしたから、言ってみた。
少し不安になっていると……目の前の美琴は、両手を広げてハグとキスをかまして来た。
「んぅっ……⁉︎」
「んっ……」
「っ、み、みっちゃん……何を……⁉︎」
「ん、好きになっちゃったから。また」
「っ……な、何いきなり恥ずかしいこと……」
思わず吐血しそうなほど照れてしまった。いきなり過ぎて困る。
「ふふ、青葉……私より大人っぽいのに、お子様だよね」
「……え、みっちゃんよりは大人だけど……」
「私の方が大人だから。20歳超えてるし」
「20歳はハタチって言うんだよ?」
「……この口?」
「いひゃいいひゃい!」
とうとうつねられてしまった。酷い……と思いつつも、とりあえず言った。
「……とりあえず、食べちゃうね」
「うん、ありがとう」
「それは俺のセリフ」
作ってもらった側が礼を言うべきなのだ。でも白米は欲しい。なので、炊飯ジャーから白米をよそって、それと野菜炒めを改めて机の上に持って行った。
「そういえば、みっちゃんの分は?」
「私はいらない。不味そうだし」
それを自分の前で言える勇気は讃えることにしつつも、注意しておいた。
「不味くても自分で食べてみないと、料理できるようにならないよ」
「別に良いよ。青葉と一生いるし」
「ッ、ゲホッ、ゲホッ……!」
「? え、どうしたの?」
一生って……と、頭を抱えるが……それは結婚という意味……なのだろうか? ……いや、流石にそこまで考えるのは早過ぎる。多分、どちらかというと家事的に便利だから依存されているのだろう。
……にしても、だ。この野郎、そういうプロポーズ的なことを平気で……と、眉間に皺がよってしまう。
「……と、とにかく……一緒に食べよう。俺とご飯なんて食べたくないって言うなら……まぁそれでも良いけど」
「……その言い方はずるいよ」
正直、その自覚はあるけど……でも、それほど美琴と食事をしたかったのだ。自分が楽するためとかではなく、普通に料理を覚えてほしい。……万が一、美琴が自分より好きな男の人を見つけた時のためにも。
「じゃあ、私もご飯よそってくる」
「うん」
そのまま二人で食事にした。不思議なものだわ拙い味付け、拙い焼き加減、拙い盛り付けにも関わらず……とても美味しく感じるのだから。
……そうだ、朝から世話を焼かされていたから忘れていたけど、言うべきことがあった。
「みっちゃん」
「ん?」
「誕生日おめでとう」
「ふふ……ありがとう」
もっとも、プレゼントを先にもらったのは自分であったが。
×××
「……ふぅ」
如何にアホでマヌケでひ弱な彼氏が怪我していようと、流石はオンオフがしっかりした百戦錬磨のアイドルである。美琴は今日のレッスンも集中力を乱すことはなかった。
でもね、オンオフがハッキリしているってことは、当然オフの時は集中力を途切れさせているわけであって。
「………………」
ソワソワソワソワ、と落ち着かない様子で休憩中にグルグルと半径1メートルほどを歩き回っていた。
青葉は「俺は腕こんなんだから、プレゼントだけ買っておくね。だから、事務所の人が祝ってくれるならちゃんとゆっくりしてくるように」と言ってくれたが……本当にそんな悠長にしていて良いのだろうか?
「あの……美琴さん、何かあったんですか?」
あまりに落ち着きがなかったからか、にちかに声を掛けられてしまった。
「うん……昨日、青葉がね……」
「ああ、骨折したんでしたっけ? 転んで骨折るとか私笑っちゃいましたよー」
「私も、笑ってあげられた方が良かったのかな……」
「あ、あははー……じ、冗談です……心配ですね……」
本当に心配だ。あの子、とても弱々しいから。歩いてる時、足首を捻って脱臼しないだろうか? 階段を降りる時、踏み外して頭蓋骨陥没しないだろうか? エレベーターに乗る時、ドアに挟まってカリオストロ伯爵にならないだろうか? 考えれば考えるほど嫌な想像が脳内を敷き詰めていく。
そんなネガティブになっても何も変わらないのはわかっているのだが、どうしても考えてしまっていた。
……と、いうわけで、それをしないで済む方法は一つだけだ。
「にちかちゃん」
「はい?」
「やろう、レッスン」
「え、あの……まだ休憩入って2分……」
「大丈夫」
「そうですね! 大丈夫です!」
集中力のギアを強引に一段階上げて、レッスンを再開した。
×××
さて、今日は美琴の誕生日パーティーをしなければならない。そのために買い物に来た。何を買うかは決めている。本当は折り紙で飾りを作りたいところだが、この手では無理だ。
その為、買って済ますしかない。用意するのはくす玉、クラッカー、蝋燭、ケーキ、プレゼント、風船……などなど。
早速、買い物をするために鞄と財布とスマホを持って家を出た。エレベーターに乗って降りていく。
「まずは……そうだな。パーティグッズからかな」
そうと決まれば、ドンキだ。最近、FGOにも出た奴。見た目も小さくて三頭身くらいで似ている。
ここなら、くす玉もクラッカーも風船もあるだろう。蝋燭はケーキにつくだろうし、ケーキは先に買うとダメになるかもしれないから後回し。
まずはここでパーティグッズを得た後で、次はプレゼント。最後にケーキだ。
「ふーむ……」
飾り付けのイメージは出来ている。美術の先生と感性が合えば5評価は硬いのだ。それを活かせば良い。後は、欲しい色があるかどうか、というところか。
そんなわけで、まずはくす玉から選ぶことにした。と言っても、これはあまりバリエーションはない。
つまり、選ぶのは条件に合うもの。部屋の天井の高さは下調べしておいたので、あとはケーキを食べている最中に使えるものを揃えるのがベストだろう。
「……これだな」
文字は家で書こう。小学生の時に書道で使っていたものがあったはずだ。
引き続き、クラッカーやら風船やら……と、カゴに入れてレジに持って行った。
基本的にどれも大きさはそうでもないので、持参した鞄の中に収まる。計画通りだ。次はプレゼント……と、思って店を出た時だ。
「わぉっ」
足元の段差に気付かずすっ転びそうになった。やばい、今転んだら手はつけない。片手は折れてるし、片手は肩から下げている鞄を支えないといけないから。
ここは潔く顔面を犠牲にして転ぶしかないか……と、目を瞑ったときだ。後ろから両肩を引かれて転倒を回避できた。
「あっぶなー、大丈夫?」
「っ、あ……ゆ、ユイシス……!」
「おーっす。どしたん、片手?」
「転んで折れました」
「転ん……え、それで?」
「は、はい……」
まぁそういう反応されるわな、と思いつつも、とりあえずお礼しなければ。
「すみません、ありがとうございます」
「ううん。それより、その腕で買い物? 安静にしてたら?」
「いえ、今日知り合いが誕生日なので、そうは行きません」
「あー、なるほど。じゃあ、三峰も手伝ってしんぜよう」
「え?」
手伝うも何も……と、思っている間に、結華は青葉の肩から鞄を取ってしまう。
「ちょうど暇してたんだよねー。欲しい漫画の発売日間違えちゃっててさー」
「あーそれ稀によくあります」
「だよねー……ん? な、何その矛盾に満ちたセリフは? いや、まぁそういうわけだから、手伝うよ」
「え……でも」
美琴がいるのに他の女性と二人きりは……と、遠慮してしまいたくなる。とりあえず断らないと、と思い、理由をつけて遠慮することにした。
「スミマセン。その知り合いって、彼女の誕生日でして……だから、その……ユイシスに手伝ってもらっちゃうと……」
「あ、あー……そういうね……てか、彼女いたんだ」
「っ、ま、まぁね……」
大丈夫、美琴であることさえバレなければ。高校生で彼女がいるくらい不自然なことではないことだ。
「ちなみに、何あげるか決めたの?」
「はい!」
「何?」
「『誰でも出来る、簡単調理本』!」
「ごめん聞き間違えたかも、もう一回言ってくれる?」
「『誰でも出来る、簡単調理本』!」
「うん、ついて行かせて」
「なして⁉︎」
「その遠回しに『女子力皆無だから勉強しろ』って言うようなプレゼントは絶対ダメ」
それはそうだけど自分の相手はその自覚があるし、その上で勉強しようとしているのだ。何も問題はない。
「それに、そういう意図がないにしても……ちょっとロマンが足りないでしょ」
「え、そ、そう? 実用的だと思ったんだけど……」
「実用性より思い出でしょ、そういうのは」
「思い出って……写真とか?」
「それはロマンチック過ぎる」
「???」
だめだ、分からん。どういうことなのだろうか? 思い出っていうと……あ、分かった。
「デ○ズニーのペアチケットとか? 俺そんなお金ありませんよ」
「違う。思い出を作る方向じゃなくて……マフラーとか手袋とかネックレスとか、そういうの」
「え……それ思い出ですか?」
物じゃん、と思ったのも束の間、すぐに結華は「ちっちっちっ」と人差し指を軽く振りながら答えた。
「甘いなぁ……ただの物じゃないんだよ、そういうのは」
「はい?」
「誕生日会、楽しい思い出……それを締め括る身につけるプレゼント。それを今後、身につけるとしたら……嫌なことがあるたびに、そのプレゼントを見ればアオっちのことを思い出して『頑張ろう』って気になるかもよ?」
「えー……」
……要するに精神論……と、一瞬呆れたが、でもまぁ確かにこういうのは気持ちかもしれない。
「大丈夫、現役JDの三峰がいるから、良い物ちゃんと選んであげる」
「……」
いや……それ結局、一緒に来ることに……と、思ったのだが。逆に考えれば、手が増えたことになる。ケーキは買って済ませる予定だったが、手伝ってもらうことも可能なのではないだろうか?
自分のレシピで調理してもらえるなら願ったりだ。
「あ、あのっ……ユイシス」
「何?」
「今日、空いてますか?」
「うん?」
「でしたら、ケーキ作りも手伝ってもらえませんか?」
「え……良いの? 部屋入って?」
「あ、あー……そっか」
やはり、ケーキは諦める他ないのだろうか……なんて、ため息をつきつつも、でもまぁとりあえず買い物には付き合ってもらうことにした。
×××
「みっ……美琴さっ、ちょっ……待っ……!」
「はい、休憩終わり」
「いやっ……まだ、10秒しか……ォェッ」
嫌なことは考えたくない美琴は、休憩時間を返上してレッスンしていた。にちかを巻き込んで。
「大丈夫、若いんだから。ほら、立って」
「ひっ、膝がっ、ハードゲイ……!」
「そうだね、ハードかもしれないけど頑張ろう」
美琴の容赦ない圧に対し、にちかは。
「は、はい……!」
根性を見せていた。美琴の言うことは絶対である、という感じだ。だがまぁ、根性で体が動くのは最後の最後だけであって。
「……あ、無理……」
「? どうしたの?」
目の前でにちかは倒れてしまった。だが、美琴も辞めるわけにはいかない。じゃないと……あー、来た。ほらほら、頭の中で青葉が今、坂道で転んで転がり落ちてバイクに撥ねられてゴミ収集車の中に頭から突っ込まされた。
「っ……ダメだ、やっぱりレッスンしよう」
「……あの、さっきから何がトリガーになってるんですか……?」
なんて話している時だった。コンコン、とノックの音。入って来たのはプロデューサーだった。
「お邪魔す……うおっ⁉︎ に、にちか大丈夫か⁉︎」
「……(無言)」
「にちかが無言⁉︎ マジでやばい奴だろこれ! 美琴、何があった⁉︎」
「何も……レッスンしてただけだよ?」
「レッスンしかしてなかったのか!」
察しの良いプロデューサーだった。都合よくなのか、それともプロデューサーたる所以なのか、ちょうどうちわを持っていて、それでにちかを仰ぎながら壁際に置いてある飲み物に手を伸ばす。
「ほら、にちか飲め! そんな無理すんなよ⁉︎ ライブ近いわけでもないのに……!」
「だい、じょぶ、です……!」
「Die job death? 死ぬことがにちかの仕事じゃないぞ!」
「は? なんですか、それ……親父ギャグの、つもりですか……!」
「よし、生き返ったな」
中々、にちかの扱いを心得ている……のだろうか? ……いや、そんな場合じゃない。身体を動かしていないと……また、青葉が飛行機に乗ってよそ見運転していたら隕石に衝突して死んだ。
「よし、レッスンしよう」
「唐突だな⁉︎ 美琴、少しは休めって前々から言ってるよな⁉︎」
「大丈夫、休んだ。47秒」
「正確!」
「ていうか、私がレッスンしないと青葉が死んじゃう」
「……え、なんで? 人質?」
頭の中でっていう意味なのにツッコミを入れられてしまった。……もっとも、頭の中で死なれても嫌だから美琴はゴネているわけだが。
「なんかよく分かんないけど……美琴、青葉くんが心配なら電話してみたら?」
「あ、そっか」
休憩時間がようやく確保された。
×××
「ふぅ、良いものが買えてよかったです……」
「ホント? なら、三峰も手伝った甲斐があったというものですよー」
プレゼントを買い終えた二人は、のんびりとショッピングモール内の階段を降りていた。
「ユイシスが手伝ってくれたおかげです。何かご馳走しますね」
「いや年下に奢って貰うのはちょっと……特に、まだ高校生でしょ?」
「あ……じゃあ、何か作りますよ俺」
「や、だから部屋に行かないってば。てかその腕で料理出来るの?」
「じゃあどうしたら良いんですか?」
「いいよ、そんな気を使わなくて」
「あ、じゃあうちにある一番くじでダブったヤマトのフィギュアいります?」
「欲しい! え、良いの?」
「はい。お礼ですので」
「よっしゃー!」
どうせ売る予定だったのだ。保管用とかそういうの考えないから。
借りが返せるのなら良かったなーと思いながら階段を降りている時だった。ポケットのスマホが震え始める。引っ張り出そうとすると、変なとこが引っかかって落としそうになってしまった。
「うわっ……あれ?」
「ちょっ、危なっ……!」
スマホを取ろうとしたが、取り損ねた挙句に前のめりに倒れそうになってしまう。つまり、階段落ちである。
やばっ、これは腕二本目逝ったか……と、覚悟を決めた直後だ。正面から走り込んだイケメンが、ふわっと自分を抱き抱えた。
転がりそうになった体が急停止する。鞄の中から購入したパーティグッズが落下し、階段の下に転がっていったが、それを気にする余裕がなかった。
「っ……な、何……?」
「ふふ、大丈夫かい? お転婆な傷だらけのお姫様」
「ひゅっ……」
自分を受け止めたのは、見覚えのある顔。美琴と同じ283プロのユニット「アンティーカ」の高身長イケメンモデル出身アイドル……白瀬咲耶だった。
「し、白瀬さん……?」
「ふふ、久しぶりだね青葉」
「あれ? さくやん?」
「や、結華」
「咲耶さん、急にどうし……あれ、結華ちゃん?」
「きりりんも」
さらに追加されたアイドルは、幽谷霧子。何故か腕に包帯や湿布を貼っている若白髪アイドルである。
二人とも、流石現役JKアイドルなだけあってとても綺麗で可愛い。
「す、すみません……ありがとうございます……」
「ふふ、気にしなくて良いさ。ただし、これからはちゃんと気をつけるように」
「は、はい……」
とりあえず、お礼を言いながら下ろしてもらう。その二人に、結華が聞いた。
「二人とも何してるの?」
「少しショッピングしていただけさ」
「あの……結華ちゃんは、その子と何を?」
「あ、初めまして。一宮青葉です。三峰さんとはドルオタ仲間でした」
「あ、はい。私は……幽谷霧子です……」
何であの人、自分を女扱いするんだろう、と思いつつも、まぁプロデューサーも最初は女だと思っていたみたいだしスルーする。流石に女だとは思われていないと思うけど……まぁ良いか、と思うことにした。女扱いも、美琴に可愛い可愛い言われ過ぎて慣れた。
「その腕……何かあったのかい?」
「まぁちょっと……」
「ギプスさん……ズレちゃってるよ……? 治してあげる……」
「あ、すみません」
腕を吊るしている布を元に戻してくれた。というか、ズレる前よりも綺麗に直してくれた。
「ど、どうも……」
「きりりんは病院でボランティアもしてるんだよー?」
「へぇ……す、すごいですね……」
もしかしたら、怪我人の処置とか慣れているのかもしれない。
「それで、結華は何を?」
「あーうん。アオっちが彼女の誕プレで悩んでたからアドバイスあげた。そのお礼にフィギュアもらいに行くとこ」
「ふふ、そっか」
「すみません……あ、じゃあ白瀬さん達にも何かお礼を……」
「大丈夫さ、そんなに気を使わなくても」
なんて話していると、結華が「あっ」と何かに気がついたように声を漏らす。
「てか、何か落としたよね」
「あ……ほんとだ」
「あ、いや自分で拾うから……」
いいですよ、と言う前に、結華と霧子が階段を降りて拾ってくれた。落としたのはくす玉とか風船とかクラッカーとか。
慌てて自分も拾おうとするが、咲耶に止められてしまう。
「おっと、階段で慌てると危ないよ。特に、そそっかしい子には注意が必要になるからね」
「っ、す、すみません……」
仕方ないので引き下がる。その落ちているものを結局、二人に全部拾われて手渡されてしまった。
「す、すみません……」
「ううん」
「それより……この荷物って、パーティでもするの……?」
「あ、はい。知り合いの誕生日パーティーをするんで、飾り付けの道具をと……」
すると、三人とも顔を見合わせる。そのあとで、なんかやたらと心配そうな顔を揃って向けられたと思ったら「まさか」とでも言わんばかりに聞いてきた。
「まさか……君、その腕で飾り付けを……?」
「そうですけど……え、なんで?」
「「「……」」」
割とマジで何が悪いのか理解していない青葉であったが、咲耶と霧子の前で一回、結華に至っては二回、転びそうになっているところを見られている。基本的に良い子三人にとっては心配の的である。
「手伝わせてくれないかな?」
「う、うん……ちょっと、心配……」
「三峰も……いや、お礼とかちょっとはしゃいでる場合じゃなかったりするし……」
「え……いや……」
断った方が良いのはわかっていたが……ダメだ。そこで押しが強くなれないのが内弁慶の悪い所であって。
それに、これで手作りケーキの可能性も出た、と思うとメリットがあるお話にもなってしまって。
「わっ……分かりました……」
「よし、行こうか」
そのまま連行された。
「あ、そう言えば電話……」
スマホの画面を見たが、もう電話は切れていた。