さてさて、飾り付けとケーキ作りを手伝ってもらうことになったわけで、二人から四人になった青葉一派は、そのままデパート内の移動を始めた。
……とはいえ、もう何回も転んでいるアホな男の子を一人で歩かせるのはなんか不安だと判断されて……。
「……たかだか一つ下の階に降りるのに、エレベーター使わなくても……」
「ダメだから。もう何回転んでると思ってんの?」
「怪我してる人は、なるべく楽な道を選んだ方が良いよ……?」
「無理してはいけないよ。それで悪化したら、君の周りの人たちも悲しむ」
と、まぁ三人のアイドルに言われてしまう。
しかし……ドルオタとしては、推しではないとはいえ、やはりこの状況が一番、休まらない。……というか、アイドルオタクでなくとも、これだけアイドルに囲まれて落ち着いていられる奴なんていないだろう。それは女性でも同じだと思う。
「俺の理性って、実はかなり強いのかもしれない……」
「何言ってんの?」
「あ、エレベーターさん来たよ……」
とのことで、とりあえず乗り込もうとした直後だ。半歩分、エレベーター内に入った所で、扉が閉まってきた。
「え、ちょっ……うごっふぉ!」
「あ〜〜〜! ボタン押し間違えてしもうた! 大丈夫と⁉︎」
「わぉ……しかも怪我人じゃん〜。恋鐘ひどー」
「わ、わざとやなかよ⁉︎」
いや、まぁ腰にしか当たっていないし、折れている手首は平気だと思うが……これ、悪化はしているのだろうか?
「ちょっ、大丈夫⁉︎」
「なんて事だ……この子は恋鐘と同じタイプなのかな?」
「当たったのは腰だったから、怪我は平気だと思うけど……」
「いや、平気です……もうこういうの慣れてるんで……」
起き上がりながら返事をする。
「あれー? ていうか、咲耶達?」
「おや……摩美々と恋鐘?」
「えっ?」
顔を上げると、またアイドル……というか、アンティーカが揃った。何なのだろうか、この街は? と、思わず眉間に皺を寄せる。
「……俺今日死ぬんかな」
「死なせないさ。その為に、私達が付き添っている」
いやそうじゃなくて、と思ったのも束の間、恋鐘が咲耶に尋ねた。
「こん子、知り合いと?」
「少しね。骨折してるのに、彼女の誕生日の為に飾りつけと手作りケーキを作ると聞かないものだから、手伝ってあげることにしたんだ」
「え……それ逆にまずくな」
「なるほど! じゃあ、うち達も手伝うばい!」
「バカじゃないのー?」
当然のツッコミが摩美々から炸裂するが、他のメンバーは聞いちゃいない。唯一、聞いていた結華が、摩美々に肩を組んだ。
「気持ちは分かるけど、やないとホント危ないんだよね。あの子、今日一日で二回転んで一回挟まってるから。放っておいたら死んじゃいそう」
「スペランカー?」
「うん、もうそれ」
「そ、そんな弱くないですよ俺!」
流石に黙っていられなくて声を上げるが、二人ともどこ吹く風。咲耶に立たせてもらってしまいながらも、とにかく言った。
「だ、大丈夫ですよ。そんなお手伝いなんて。三人も付き合って下さりますし……」
「いや、トドメはうちが刺したようなもんだし、手伝わせて欲しかね!」
「い、いえ……そんなに広い部屋でもないですし、そこに六人は窮屈……」
「うち、これでも料理作るとは得意やけん! ケーキ作りなら任せて欲しかね!」
「ただ挟めば良いってもんじゃないんですよ? 今みたいに」
「わ、分かっとーけん!」
断らせないつもりか、と視線をずらす。その先にいるのは結華。
「実際、料理は上手だよ?」
「……俺より?」
「男子高校生なんかに、うちは負けんばい!」
ほほう、と少し眉間に皺を寄せる。よりにもよって、自分にそれを言うとは、と少し笑みが溢れる。
「言うじゃないすか。じゃあ、来て下さい。その腕、見せてもらいますが……俺のレシピについてこれなかったら、カポエラ600回やってもらいますから」
「そっちこそ大したレシピじゃなかったら、ゲートが開くまで魔術ん練習してもらうけん!」
同レベルの約束をして、そのまま六人で一階の食品売り場に入った。
×××
さて、買い物を終えて飾り付けタイム。部屋に入って青葉の指示通りにみんな準備を手伝ってくれる。
「その風船、後2ミリ上」
「細かいんですけどー」
「ご、ごめんなさい……」
「……いや、別に良いけどー」
こうして手伝ってもらえるのは非常にありがたい。見ていて思うのは、意地悪な空気を作るだけ作って実は良い子なのが摩美々のようだ。ブツクサ言いながらも、仕事は人一倍丁寧だ。
「青葉、くす玉はどうしたら良い?」
「あ、それは自分が文字書いてからなんで大丈夫です」
「そうか……では、何したら良い?」
「では、幽谷さんと折り紙の鎖をお願いします」
「了解した」
咲耶は、進んで手伝いをしようとしてくれる。指示を仰いで、常に何か手伝おうとしてくれていた。積極的な姿勢はこちらも気兼ねしなくて済むから助かる。
「ふふ、折り紙さん……綺麗。青葉くんの配色、とっても素敵だね……」
「い、いえ……そんな。料理の盛り付けをする感覚で何となく並べてるだけですから……スミマセン、指示細かくて」
「ううん……彼女さんに、喜んでもらえると良いね……?」
「はい」
優しく微笑んでくれる霧子は、とても手際が良い。手先が器用というか何というか、鎖を作るのにサクサクとスナック感覚でこなしてくれる。
「おーい、アオっちー。生地こんな感じでオッケー?」
「あ、はい。上手ですね、ユイシス」
「まね。こがたんも見てくれてるし」
結華は結華で料理を代わりにしてくれているが、元々知り合いだった事もあってとても素直に聞いてくれる。この人がいなかったら、自分は協力自体してもらえなかっただろう。
そして何より、だ。この人との出会いが一番大きい。
「むむむ、なるほど。ここでシークワーサーば入るるったい」
「それで少し酸っぱさ加えてるんですよ」
「ほへー、最近ん男子高校生からは、スイーツ作りん勉強が出来て嬉しかね」
「いえいえ、こちらこそちゃんぽんについてとても詳しく知れたので良かったです。本当に料理上手なんですね」
「そりゃ勿論ばい。特に長崎ん名産やったら任せといて!」
すごく勉強になった。もう変に競っていたことなど忘れて。九州には行ったことないから、母親に教わったことくらいしか知らないし、本当に嬉しい。これで美琴に食べさせてあげられる料理にもさらにバリエーションが増える。
「じゃあ俺、あれ知りたいんですけど! 皿うどん!」
「あーあれ?」
「なーんか俺が作ると麺がシナシナになるの早い気がするんですよね」
「あれにも実はコツんごたーもんがちゃんとあって……」
なんて少し夢中になり始めた時だ。後ろから両肩に手が置かれる。結華だった。
「はーい、アオっちー? いいからまず準備をするー」
「え? あ、は、はい?」
「……ダメでしょ。三峰、こういうパターン知ってるから。何故か急にタイミング悪く仕事を早めに切り上げた彼女さんが帰って来ちゃって、それで修羅場んなる奴」
「いやー、それはないでしょ。だってみっちゃん、仕事一筋だし」
「「「「みっちゃん?」」」」
「あーいや、彼女のあだ名」
お相手を知らない四人が顔を上げてしまったので、慌てて目を逸らす。危ない危ない、つい美琴のことを言う所だった。
まぁとにかく、美琴はまずアイドル、自分は二の次だし、早めに帰ってくることなんてない。ただでさえ今日は誕生日、祝ってくれる相手はにちかを筆頭に何人もいるだろうし、流石に早退なんてことは……と、思いながらなんとなくスマホを見たときだ。
「……あっ」
めっちゃチェイン来ていた。合計で94件。全部美琴。ていうか、今も着信来ている。
「やばっ……ごめんなさい、電話出ます!」
慌ててスマホを取り出して、玄関から出ながら応答した。
「はい、もしも……」
『なんで出ないの?』
「……ごめんなさい」
声が……病んでる。疲れている時の元気がない感じと、この前の病院で心配された時の声が混ざってる感じ。
『謝罪はいいから。なんで出なかったのか言って』
「ち、ちょっと忙しくて……」
『なんで?』
「そ、そのー……ゲームしてて……」
『片手で?』
「スマホの」
『スマホ見てたならなんで一回くらい返事くれないの? 私よりゲームが大事?』
「あ、あーうそうそ! ゲーセンのクレーンゲーム……」
『は? 外出てるの? 怪我してるのに? 何してるの?』
「じゃなくて、パソコン! 最近のオンラインクレーンゲームを!」
『……何隠してるの?』
まずい、怪我してるって結構、言い訳の時に困る。どうしよう、と何か頭で考えていると、後ろから部屋の扉が開く音がした。
「青葉ー! ケーキんパイ生地ん事なんやけど……」
「あ……」
『……は?』
最悪のタイミング……と、青葉は大量に冷や汗を流す。その様子を見て、恋鐘は一発でやらかしたと……理解しなかった。
「? 誰かと電話中?」
「あ……い、いや……」
『女の人と、一緒にいるんだ……』
「いや、これは……」
『代わって』
「え?」
『一緒にいる人と代わって』
まずい、思った以上に切込隊長だった。まさかの浮気(だと思っている)相手に説き伏せに行くとは。
「ち、違うって! これはホント手伝ってもらってるだけで……!」
『だから何を? 怪我してるくせにバイト行ってるの?』
「そ、それは……サプライズ……」
『……バカにしてる?』
「ち、違う違う! え、えっと……あの」
今言ったら嘘くさいだろうか? しかし、やはりそれしか思いつかない。事が拗れたら正直に言った方が良い。
……一応、粘ってみようか?
「帰って来たら絶対ちゃんと話すから」
『やだ。今』
「っ……あー」
どうしよう、と汗を流すしかない。こうなったら、もう正直に話すしかないか……と、諦めかけた時だ。
「もしかして、浮気と間違われとー?」
「え? あ、ま、まぁ……」
『ちょっと、私と話してるんだけど』
「じゃあ、うちがビシーッと言うちゃるけん! 変わって!」
「えっ」
『ほら、言われてるじゃん』
電話越しに声を聞かれるほど大きな声で、何故か自信満々な声で手を差し出されてしまった。
「いやあの……それはちょっと……」
「よかけん貸して!」
「あっ」
スマホを取られてしまった。
「もしもし、青葉の友達の……え? 違う違う、浮気やなかばい。ほんなこて。飾り付けんお手伝い……あ、これ言うちゃつまらん奴? ええい、背に腹は変えられんし、とにかく青葉ば信じんねえ!」
すごく力説してくれるのはとてもありがたい……けど、果たしてそれに対して美琴はどんな反応をするのか……というか、そもそもこれ美琴と恋鐘はお互いのことわかっているのだろうか?
なんかいろんな不安が胸の中を渦巻いていると、恋鐘がズイっとスマホを手渡してきた。
「っ、は、はい」
「話、まとまったけん。ちゃんと謝らんねえ」
「す、すみません……」
飾り付けの手伝いとか言いかけていたし、もしかしたら察されているのかもしれない……とりあえず、応答した。
「も、もしもし……」
『……帰ったら説明してもらうから』
「は、はい……」
怒ってはいるみたいだけど、落ち着いていた。恋鐘のゴリ押しの強さにビックリした。これくらいアグレッシブでないと、アイドルは務まらないということだろうか?
『じゃあ、また後で』
「あ……ま、待って」
『何? レッスンの途中なんだけど』
いやそっちから連絡して来たくせに、というのは置いといて、だ。仮にも恋人として言うべきことは言わないと。
そう思い、少し頬を赤ながらも言った。
「お、俺はちゃんと……みっちゃんのこと……ぁ、愛してりゅから……」
『……』
「……」
やっぱり、日本人ってそもそも恋愛に向いていないんじゃないだろうか? 海外映画のように「I love you」なんてサラッと言えない。てか、英語はずるい。だって「アイラブユー」だろうと「アイラビュー」噛んでもそれっぽく聞こえるし。
案の定、電話の奥から「くすっ」と微笑むような声が聞こえる。
『私もだよ』
「っ……そ、そう……」
『でもだからこそ後でちゃんと説明してもらうから』
「は、はい……」
まぁ、そうですよね……と、変に納得しながらも、とりあえず電話を切ろうと思い、別れの挨拶をしようとしたときだ。
「青葉、飾り付けそろそろ終わるよ」
「青葉ー、一度バランス見てー」
「アオっちー、チーズケーキもう良いのー?」
「あ、青葉くん……鎖も完成したよ……?」
『……何人いるの?』
「……」
『うん、何にしても問い詰めるから。覚悟しておいて』
……手伝ってもらっている立場で申し訳ないが……まずはそろそろ帰ってもらった方が良いのかもしれない。
神様による怪我人にも容赦ない壁を前に、なんかもう色々と泣きそうになってしまっていた。
×××
さて、誕生日会の飾り付けが終わった。それに伴い、アンティーカの皆さんをマンションの前まで見送った。
「すみません、皆さん……貴重な休日に、顔も知らない俺の彼女のために」
「構わないさ、楽しかったからね」
「全くなんですけどー。ほんと疲れたー」
「まみみん、そういう心に少ししかないこと言わない」
「ふふ……私も、楽しかったよ……?」
「スイーツ作りんコツも教わったし、充実出来たけん! 霧子、次ん誕生日、楽しみにしとってよ?」
みんなそう言ってはくれるが、何となく気を遣われているのもわかる。予定外なのは間違いないし、何よりアイドルユニット丸々、無償で手伝ってもらって良いわけがない。せめて誕生日パーティーに参加してもらいたいところだが、彼女とのパーティーでそれは無理だ。というか、そもそも彼女が誰か知られるわけにもいかないし。
つまり、ギャラを用意しなければわからないわけだが……金なんて渡してそれが広まれば、それこそアウトだ。
青葉にだけ出来る、青葉らしい御礼でなくてはならない。
「よし、じゃあその日までに腕直して、俺が幽谷さんのケーキを作りますよ!」
「ふーん」
「「「「「あっ」」」」」
「え?」
グワシッ、と肩を掴まれた。なんかやたらと冷たい声が聞こえて、ギッギッギッ……と、振り返ると、殺意の波動を目から漏らした美琴が自分を睨み散らしている。
「本当に尻軽だよね、青葉は」
「え……や……あの……」
「え、待って……彼女って……」
「ちょっ……え? 高校生と……?」
「美琴さんが? ……え、美琴さんが?」
「ほえ〜〜〜⁉︎ 美琴、彼氏おったと⁉︎」
「「「「そこ?」」」」
一人だけ何もわかってない奴がいたが、それを気にしている場合ではない。肩がミシミシいってるし。
「……五人も連れ込んでたんだ、私に黙って」
「皆さん進んで協力してくださったんです!」
なんて騒がしくなって来る。どうしよう、と焦っていると、恋鐘が間に入った。
「まぁまぁ、とりあえず落ち着かんねえ!」
「……何?」
「美琴ん誕生日ば祝いとうして、ばってん怪我しとーけん誰かん力ば借ったくて盛大に準備したっさ。そがん美琴ば愛しとー男が、浮気なんて卑怯な真似するわけなかやろ!」
「……口ではどうとでも言えるから。青葉、年上のお姉さんが好きだから」
「じゃあ、美琴は人ば巻き込んでまで準備ばしてくれた青葉ん気持ちば無下にする気?」
「っ……そ、それは……」
すごい、と青葉は目を丸くする。あの頭が弱いのに圧が強くて理屈の外から青葉をレスバで完封する美琴を、圧と気持ちでさらに打ち勝っていた。
感心していると、ジロリと恋鐘は青葉にも目を向ける。
「青葉!」
「っ、は、はい!」
「男やったらシャキッとせろ! 悪かことは何もしとらんやけん、堂々とあったこと話せば良かと!」
「す、すみません⁉︎」
「分かったら、後は若い二人でイチャイチャせんね!」
なんかついでに怒られてしまったが……でもその通りかも……と、美琴と青葉は顔を見合わせる。
「ごめんね、青葉」
「い、いえ……俺の方こそ……」
「あの、ほんと皆さん……お手伝いありがとうございました。今度、お礼をしに参ります」
「気にしないで」
「お土産話は隣の彼女に聞くからー」
「……」
あ、これ後日、色々と被害受けるの美琴の方だ、と理解したが、とりあえず見送った。
さて、そんなわけで、部屋に戻った。正直……予想より早かったな、と思わないでもないが、それを聞けば「何? 都合悪かったわけ?」となる気がしないでもないので、余計なことは言わない。
部屋の中に入ってから、先に靴を脱いで言った。
「ちょっと待ってて!」
「なんで?」
「用意するから!」
「……んっ」
よし、と中に入り、クラッカーを手に持つ。が、当たり前のことながら、片手でクラッカーは鳴らせない。
どうしたものか、と思ったのも束の間、口で良い。手で持ち、紐を咥え、首を横に振って鳴らす……完璧だ。
「良いよー!」
「はーい」
返事が聞こえたので待機。数秒後、部屋のドアノブが下がったのを見計らい……一気に鳴らした。首を横に逸らし、紐を思いっきり引く。
「ハッフィーぶぁっ⁉︎」
「ありが……え」
当然のことながら、爆音が耳に直撃した。パンっ、という可愛い銃声も、耳元で聞けば普通の銃声であって。
キーンと脳にまで響いて後ろにひっくり返ってしまった。
「み、みみが……」
「ミミガー? 美味しいよね」
「……そうね」
投げた。
耳がいまいち回復しない中、美琴が周囲を見回しながらつぶやいた。
「すごいね……随分、綺麗に飾り付けてくれたんだ」
「あー……う、うん……と言うより、やってもらったんだけど……俺は指示させてもらっただけ」
「じゃあ、やっぱ青葉デザインだね。嬉しいな」
「っ……う、うん……」
まぁそうだけど……なんかやたらと恥ずかしくて頬が赤く染まる。あまりその手のデザインをした事があるわけではないから、褒められると少し嬉し……いや、あるにはあった。店の棚のデザインとか。
「け、ケーキ食べよっか」
「うん。……あ、晩御飯は?」
「あ……食べてくると思って用意してない……」
「え、なんで?」
「にちかとかに祝ってもらう、みたいな話は……」
「あ、断って来ちゃった。青葉が浮気してると思ったから」
……ごめん、にちか、と割とマジで謝る……。明日は青葉の方から美琴に言っておこう、と強く決めながらも、とりあえずそうなれば何かを用意しなければならない。
「じゃあ……ピザでも取ろうか」
「珍しい。青葉が言うなんて」
「そんなことないよ」
「そんなことしかないよ」
「……そうかも」
確かにあまり外食とかしない。自分で作った方が美味いし金も掛からないし健康にも良い。外食に負けている所なんて何一つないが……でも、だからこそこうなってみると、外食の重要度を理解してしまう。
「みっちゃんの部屋、チラシとかある?」
「あー、あるよ。揚げ物の時のために取っとけって青葉が言ってたし」
「偉い偉い。じゃあ、それ出して」
「偉い? じゃあ、やる事は?」
「……はいはい」
そういえば、今日はまだ一回も撫でてあげていなかった。わざわざ向かい側の席に座っていたのに歩いて自分の隣に来て肩の上に頭を置いて来た。本当に24歳の貫禄がない彼女である。禿げるほど可愛い。
「良い子良い子」
「んっ……」
「何か食べたい味とかある?」
「え……なんでも良い」
「ハーフアンドハーフ?」
「何それ?」
「別の味がピザに半分ずつついてるの」
「じゃあそれで」
なんかあんまりこだわりがない様子……というより、ピザより頭ナデナデということだろうか? それなら……まぁ、早めに食事にした方が良いだろうし、スマホで注文しよう。チラシをとっておいてくれたことを誉めた意味がない。
「……うーん」
久々に宅配ピザを見るけど、なかなか面白い発想をしたものが多い。自分ならピザに照り焼きなんてかけたくないが、それを期間限定などではなく当たり前みたいに載せているあたり、もうずっと前からある発想なのだろう。
「ふーん……ね、みっちゃん。どんなのが良い?」
「んー……あ、スマホでも買えるんだ」
「うん」
「じゃあ……二人で一種類ずつ選ぼっか」
「みっちゃんが好きなの選んでよ。みっちゃんの誕生日なんだから」
「二人で選びたい」
「……わかったよ」
まぁ、二人で選んだ方が楽しいというアレなのかもしれない。せっかくなので美琴の要望通りにしよう、と思いスマホの画面を一緒に見ることにした。
「……はい、これ」
「ありがと。……この四種のチーズって何? なんでチーズそんなに乗せるの?」
「チーズにも種類があるからだよ」
「そっか……じゃあ、私それで」
「え、これ?」
意外なチョイスを……と、思いつつも、四種のチーズは自分も大好きだ。正直、これを選ぼうと思っていたほど。
でも、せっかくだしもう片面は別のに……と、思った。
「ね、青葉」
「ん?」
「四種のチーズって何入ってるの? 裂ける奴とかキリ?」
「いやそういうんじゃなくて。てか、ピザ屋のチーズにそんなの入ってたらガッカリだよ」
「じゃあ……粉チーズとか?」
「いやそういうんじゃなくて。店にもよるけど……ここのは、レッドチェダー、クリーム、カマンベール、パルミジャーノらしい」
「レッド……? ウタ?」
「違くて」
ていうかウタ知ってるんだ、と思ったが、まぁ流行の曲を抑えていてもおかしくないし、気にしない。
「レッドチェダー。結構そのまま食べられる事もある奴だよ。あとは、溶かしてフライドポテトの上に乗せたり、グラタンにぶち込んだらとか色々。てか、スーパーにも普通に売ってると思う」
「ふーん……じゃあ、カマンベールは?」
「それもスーパーによくある奴。白カビの。クリーミーで熟成させると濃厚になるやつ」
「へぇ〜……色々あるんだね、チーズも……」
「意味もなくカッコ良い名前ついてるわけじゃないよ」
ゴルゴンゾーラとか、絶対目を見てはいけない化け物みたいな名前だし……なんて思いながら、チーズを眺める。
「俺はモッツァレラで良いかな」
「どれ? ……あ、良いね。美味しそう」
「じゃあ、注文するね」
「ん」
今時、電話でなくてもスマホで注文できてしまうのは、良いとこなのかそうでもないのか。
なんにしても、しばらく待機する。割と待たないといけないわけだが、まぁその間に出来ることはしてしまおう。
「……あ、そうだ。みっちゃん、お風呂沸かしてくるね」
「ん……まだ早くない?」
「いや、先に入っちゃった方が良いかなって」
「大丈夫」
「うん……えっ? 何が?」
「後で入るから、今はゆっくりしたい」
「……そっか」
ここぞとばかりに甘えてくれているのかもしれない。なら、今はとりあえず自分ものんびりすることにした。
それからしばらくして、インターホンが鳴り響く音。それに伴い、立ち上がって受け取りに向か……おうとしたが、美琴がそれを止めた。
「私が行くよ。怪我してるんだから」
「すみません……あ、これ俺の財布です。せめて出させて下さい」
「……ありがとう」
それだけ言って、美琴にピザをとりに行ってもらった。戻ってきた美琴は、机の上にビザの箱を乗せた。
「では、開けます」
「うん」
美琴が開けると、香ばしい匂いが一気に部屋の中へ充満する。これなのだ、ピザの醍醐味は。チーズと生地から発生する香ばしさのハーモニー……一気にお腹が空いてしまう。
「食べよっか」
「うん。あ、いやその前に取り皿だけ取ってくるよ」
「待って。私が行く」
一々、変わってもらってしまうのは少し申し訳ないけど、でも任せる他ない。自分が動こうとすると怒られると思うから。
そのままお皿を持ってきてくれて、今度こそ食べることにした……が、その前に。部屋の電気にかけてある紐を手にした。
「じゃあ、みっちゃん」
「ん?」
「誕生日おめでとう!」
キュッ、と紐を引くと……小さなくす玉が割れた。パカァっと割れて出て来たのは、青葉が筆で書いた「みっちゃん、誕生日おめでとう」の文字。
「お……すごい」
「ふっふー、すごいっしょ? ドンキで買った」
「へ〜。色々売ってるんだ、ドンキ」
「え、行ったことないの?」
「うん。欲しい物なかったから」
変わった人だ……と、思いつつも、まぁあそこに美琴が興味出そうなものはないし、仕方ない。
「くす玉ってもっと大きいのだと思ってたけど、ちょうど良いサイズのもあるんだね」
「いろいろあるから今度見てみたら、ドンキ」
「青葉も一緒なら」
「え……ドンキデートって新しいな……」
「嫌?」
「……分かった。それより、食べよう」
話しながら、ビザを手に持つ。もうすでに切り込みが入れられていて食べやすくなっている。
まずはモッツァレラから……と、齧ってにゅーんと引き伸ばす。モッツァレラのピザの楽しみは、丸くて白い部分を齧って引き伸ばすに限る。
「あ……美味い……!」
「ホントだ……四種のチーズ、思ったよりチーズだね。色んな」
「う、うん?」
自分とは違って四種のチーズから手をつけた美琴が呟く。
なんでそんなに可愛い語彙力なのか分からないが、とにかく可愛い24歳。まぁ、四種のチーズの感想言うの難しい気持ちは分かるので何も言わないが。
「俺もそっち食べて良い?」
「うん。私もそっち食べたい」
よっしゃ、と手を四種のチーズの方へ伸ばすために、一旦手元のピザを取り皿の上に置いた直後だ。青葉の口に美琴が、自分の食べかけのピザを突っ込んできた。
「むぎゅっ⁉︎」
「美味しい?」
「お、おいひいへほ……!」
まさかの間接キスかよ、と不意打ちは勘弁してほしかった。普通に気恥ずかしい。
「も、もう……いきなりは、やめてよ……」
「じゃあ、青葉のも一口ちょうだい?」
「あ、うん」
「いや、新品じゃなくてそっち」
「……う、うん……え? なんで?」
「いいじゃん。あーん」
「まぁ良いけど……」
仕方なく口元まで運ぶ。すると、美琴はあむっと齧った。……なんでこの人にあーんで食べさせてあげると餌付けしている気分になるのか。
「ん、美味しい」
「今度は俺がもっと美味しいの作るから」
「待ってる」
「じゃあ、今度まずはイタリアにでも行かないと……」
「やっぱりダメ」
「えっ」
ダメなんかい、と思ったが、まぁ自分みたいな弱キャラがヨーロッパに行けば、確実に歩く財布と思われてカツアゲ恐喝のオンパレードだろう。やめておこう。
そのまま、二人でチーズだらけのピザを食べていく。しかし、誤算だったのは思ったより早く食べ終わってしまったことだ。
「あれ……もうないの?」
「一枚って割と小さいんだね……俺はお腹いっぱいだけど」
ケーキは別腹で。次からは二枚頼んだ方が良いかもしれない。
「まぁ、今日はこれだけじゃないから。ケーキも、みんなに協力してもらった」
「そうなんだ。それは楽しみだな」
「じゃあ今用意するね」
「いや、それは私がするから。場所教えて?」
「……冷蔵庫です」
……なんか、違う。誕生日をお祝いする側なのに、なんでもやってもらってしまって……いや、無理に「いや俺がやります」なんて言えば怒られるのは目に見えているので致し方ないのだが……。
何にしても、決心した。
「みっちゃん」
「な、何?」
「俺、来年は怪我しないでお祝いするから」
「う、うん?」
心に決めた。
さて、ケーキタイム。正直、青葉も味見をしたわけではない。というか、もし味見をして「ここもう少しこうしてください」なんて点を見つけたら、それは作り直しを意味する。手伝ってもらっている手前、そんな無礼は出来なかった。
だから、ちょっと自分が想定している味になっているかソワソワしながら、用意されたチーズタルトを披露した。
「じゃん! チーズタルト! ……あっ」
「え、またチーズ?」
「……」
そうだった。完全に油断した。今日は割と頭が回らない日らしい。
「ご、ごめん……」
「いや、大丈夫だよ。嬉しいから」
「……そう言ってくれるのも嬉しいけど……」
料理人の息子で料理が趣味でこのザマは流石に死ねる。
「はぁ……まぁ、美味いと思うから食べて」
「うん。じゃあ切るね」
「うん……え?」
切るって……美琴が包丁を使う、という事だろうか?
「いやいいよ、俺がやる」
「え、どうして?」
「不安で仕方ないから」
「……私だってこの前、料理したんだけど」
「だから余計に心配」
「む、バカにし過ぎじゃない? 切るだけでしょ?」
「そのちょっとこ慣れた中級者感出そうとしている感じがより一層の不安を掻き立てます」
「なんで説明口調?」
とはいえ、本当に不安……よりにもよってタルトにしてしまった物だから、割と切るの難しいのだ。
……あ、そうだ、とそこで知将青葉、閃く。そうだ、ちょうど自分も怪我しているし……ここは手伝って貰えば良い。
「じゃあ、二人で切ろっか」
「え」
「?」
「……二人で、ケーキを?」
「うん? ケーキっていうかタルトだけど」
え、何かダメだろうか? と、青葉は小首を傾げる。これなら、青葉が無理することも美琴がグチャグチャにする事もなくチーズタルトを切れる。
「よし、決まり」
「ふふ……うん、決まりね」
「うん。じゃあ……」
「ケーキ入刀みたいだね」
「……いぇへ?」
……そういえば、確かに二人でケーキを切ると言われれば……。
さっきの戸惑いはそういうことか、と理解するのと、今の美琴がやたらとニヨニヨしているのに気付くのが同時だった。
「や、違っ……!」
「気が早いんだね、青葉。まだ結婚できる年じゃないのに予行練習なんて」
「違うって! そんなつもりじゃな……」
「照れなくて良いんだよ?」
「照れてるけど図星のそれじゃないから!」
「ふふ、ほら……早く切っちゃおう」
完全に弄ばれていた。割と青葉に対しては意地悪なとこがある美琴は、それはもう楽しそうに笑みを浮かべながら告げた。
「ちなみに……私は、練習のつもりでやらせてもらうからね」
「〜〜〜っ!」
それ将来、結婚するつもりがあるって意味か……! と、頬が真っ赤に染まり、集中出来ない。
包丁を握る手を包み込むように美琴の手が添えられる。おかげで緊張が大きく高まった。
包丁の先端をタルトにつけると、少しずつ差し込む……が、プルプルと震えてしまっていた。
……ダメだ、このままだと作ってもらったケーキがぐちゃぐちゃになる……そう判断した青葉は、瞳を閉じると同時に、口を機械的に動かした。
「? 青……」
「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌……」
「え、な、何……怖っ」
そのまましばらく詠唱して気を落ち着かせる。心頭滅却、拳禅一如、明鏡止水、精神一到……料理、それ即ち死した生物で作り上げる、生命活動の源也。他の生物の命を喰らい、自身の生命期間を増幅させる儀式……。
故に、調理に邪心も煩悩も不純もあってはならない。そこにあるべきは、只ひたすらなる生への感謝と敬意のみ……!
「南無阿弥陀仏!」
「えっ」
青葉とそれを握る美琴の手が消えた。無音が部屋の中を支配したのも束の間、遅れて風を切り刻むような音が響き渡った。気が付けば、ケーキは6等分に切れていた。そこには、一ミリの凹凸もない。
「よし、切れた」
「や、今……何したの?」
「切っただけだよ?」
「うん、聞かないことにするね。あとそれ本番でやったらその場で離婚するから」
「う、うん?」
と、いうわけで、ケーキの実食に入った。切ったものを皿の上に乗せてから食べてみる。一口……と、先端をフォークで切って食べてみると……。
「ーっ! 美味!」
「ホント……美味しいね」
自分が予想した通りの味になっていた。ここまで再現度を高くしてくれるとは……と、驚いてしまう。
「すごいな……」
「青葉のレシピなんでしょ?」
「うん。でも、ここまで再現されるとは……月岡さんすごいな……」
「今度、お礼しないとね」
「うん」
そして、そのためにもまずは怪我を治さないといけない。本当に今日からはしばらく安静にしないと、と改めて決めた。
……さて、そろそろ良い頃だろうか? 本日、最後のメインイベントに入る。
「じゃあ、みっちゃん」
「? 何?」
「これ……俺一人で選んだわけじゃないけど……」
鞄の中から、綺麗にラッピングされた袋を取り出す。そして、美琴に手渡した。
「誕生日プレゼント」
「ありがとう……あけて良い?」
「もちろん」
アドバイスをもらって選んだわけだけど、やっぱり喜んで欲しかったから高いのにした。具体的には、バイト代一ヶ月分くらい。
とはいえ、値段自慢はダサいのでわざわざ言わないけど。
「え……ていうかこれ、G○CCiの袋じゃん」
「え、知ってんの?」
「知らない女の人はいないと思うけど。高かったんじゃないのこれ」
「そ、そんな事ないから!」
……今思えば結華も賛成していた割に苦笑いしていたけど、もしかしてこれ有名なブランドのものなのだろうか?
少し肝を冷やしている間に、美琴は中を開けた。
「わ……コート?」
「う、うん。姉ちゃんが『冬の運動は汗で風邪引くこともある』って言ってたの思い出したから……その、レッスンとかライブの合間とかに着れるかなって……」
いや、正直どんな現場で歌って踊るのか想定出来ていないから、机上の空論感は否めないが……でも、そうでなくてもこれから冬、プレゼントはこれからの季節に使えるものが良いって結華が言っていた。
だからまぁ、実用性とプレゼント性を兼ね備えた上で、デザインも優れたものにした。そこは結華と一緒に選んだ。マジで。
でも……美琴が気にいるかどうかは定かじゃないわけで……。
「ど、どうかな……?」
「着てみても良い?」
「あ、うん、どうぞ」
白いけどシンプルなコートだ。雪合戦でもしない限り、雪に降られても目立たないだろうし、何より美琴くらい中身も真っ白に綺麗な人なら、きっと似合ってくれる……と、思う。
そんな風に思いながら、美琴がコートを羽織るのを眺めた。
身に纏ったその姿は……素人の自分が選んだにも関わらず、雑誌に載っていても遜色ないくらいとても似合っていて。
「どう、かな?」
「とても……似合ってると思う」
「……ふふ、ありがと。大事にするね」
これは、来年の美琴の誕生日にも気合い入ったものをあげないと、と強く決めた。
×××
パーティの後は、当然ながら後片付け……だけど、今日は美琴の部屋で寝ることになった。
で、お風呂。美琴が「頑張って準備してくれたんだから、先にお風呂入って」と半ば強引に自分を風呂に入れてので、骨折用のギプスにカバーを巻いてお風呂に入る。
片手で頭と体と顔を洗い終えて、湯船に浸かる。
「ふぅ……」
喜んでもらえてよかったな、とホッとする。自分がプレゼントするには背伸びしすぎた自覚はあるけど、でも初心者家事セットよりは確実に良かった。
とりあえず、明日も休みだし、にちかを呼んで今日やるはずだったパーティーでも開こうかな……ていうか、なんなら自分は出掛けようかな、なんて思いながら作戦を立てている時だった。
風呂の扉が開いた。
「……は?」
あまりにも自然に開き過ぎて、一瞬飲み込みかけてしまったほどさりげなく開かれた。
そして……バスルームに入ってきたのは……美琴しかいない。
「青葉」
「ちょおっ……⁉︎ な、何してん……!」
「入るよ。お風呂」
「は……⁉︎」
普通に全裸だし……え、なんで? と、パニックになる中、美琴は普通に身体を流し始めた。