にちかに美琴様だけは絶対に渡さん。   作:バナハロ

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頼りにされることに快感を覚える奴は心が広い。

 土日が学校休みというのは最高……でもない。ここ最近、青葉には迷いがあった。

 以前までは、バイトをする理由もグッズを貯める理由も、憧れのアイドルを少しでも身近に感じたいからだった。好きだから、そして応援したいから。

 勿論、アイドルである以前に、一人の女性。そのため、盗撮や盗聴などのストーカー行為は行わず、あくまでも法が許す範囲で。

 しかし……今の自分の生活は……。

 

「ごめんね、プロデューサーがどうしても休めって言うから、今日は部屋の掃除でもしようかなって」

「……いえ」

 

 そのアイドルの部屋で、一緒に部屋を徹底的に掃除していた。元々、家具が少ない部屋で、あのゴミ袋の山を一週間で破棄した事もあってそんなに苦労はしていない。

 だから本当なら手伝うこともないのだろうが……まぁ、約束だし、呼んでくれたのなら答えるだけ。

 掃除を手伝うことが不満なのではない。……単純に、少し距離が近すぎることが困ってしまっていた。

 わざわざグッズとか買わなくても、インターホンを押すだけで姿を見るどころか会話も出来る。

 わざわざ握手会のチケットとか狙わなくても、一緒に掃除をするなり料理をするなりすれば触れ合える。

 わざわざ……あ、いや、ライブは別。あの躍動感は隣人じゃ味わえない。

 いやそんなことよりも、だ。彼女のファンであることは揺るがないし今でも好きなのだが、このやりきれない感情はどこに向けたら良いのか。

 

「……ん?」

 

 掃除機をかけていると、ソファーの下に光るものが目に入る。拾い上げると、一円玉だった。

 

「えっ」

 

 お金が普通に落ちている、だと? とりあえず拾おうと屈むと、さらにその奥にも十円玉と五十円玉、そしてレシートが落ちているのが見えた。

 

「あの、美琴さん。お金落ちてますけど……」

「え? いくら?」

「61円」

「あー……あげる」

「は⁉︎」

「なんか……買った時のお釣りだと思うし、それくらいならお駄賃」

「いやダメですよ! なんですかお駄賃って⁉︎」

「や、なんだかんだでタダでお世話になっちゃってるし……それくらいはねぇ?」

「ねぇ? じゃない……というか、何にいくら使ったとか、ちゃんと家計簿つけてないんですか?」

「ないよ、そんなの」

「ええ〜……」

 

 一人暮らしの人、全員がつけているわけではないのだろうが、少なくとも青葉はつけている。基本的に生活費は親からもらっているわけだし、その辺はしっかりしないといけない。

 それが、家計簿どころか家事さえまともにしていない美琴であれば、お金の流れを把握していないどころか、通帳記帳もしていなさそうで少し不安になる。

 

「美琴さん、家計簿付けましょう」

「え〜……また面倒臭そうな……」

「自分が何にお金を使ったか、くらいは把握しておくべきです! いつの間に通帳からお金がなくなっていた、なんて事になったらどうするんですか!」

「たまにあるよ。そういうの」

「あるの⁉︎」

「後から冷静に思い返すと、レッスン用のシューズ代とかに消えてたわけだけど……」

「そういう時、通帳に記帳しておけば楽でしょう⁉︎」

「いやまぁないならないで仕方ない感あるし……」

「ありません!」

 

 本当に一人暮らししてきたのだろうか? もしかしたら、貯金ということもあんま考えていないのかもしれない。

 まぁ無理矢理やらせることでもないのだが、少しくらいキッチリさせた方が良いのは間違いない。

 こういう人にしっかりさせるには、メリットを提示するのが一番だ。

 

「美琴さん」

「何?」

「旅行とか、行きたいと思ったことは?」

「あんまないかな」

「ですよね。そ……え、ないの?」

「うん」

「……じゃあ……遊びに行きたいなーとか……」

「それも特に……」

 

 手強い……。仏教徒の無欲とは違う厄介さを感じる。

 いや、待て。自分の目線で言っているからダメなのだ。ここは一つ、女性が喜びそうなもので考えよう。

 一番、身近な女性……つまり、にちかが日頃、欲しがっているもの……美琴の写真やグッズ! 

 

「美琴さんのグッズとか欲しいとかは?」

「え、私が私のグッズ?」

「……なんでもないです」

 

 自分の中でもトップクラスのアホ解答だった。

 その青葉に、美琴は何一つ理解していない表情で尋ねてきた。

 

「なんで急にそんな事を? 旅行とか行きたいの?」

「そりゃ行きたいですよ。俺の場合はバイト代と家計は別にしてますけど……でも、そうやって文字に起こすことで、いくら使えるかとか早い段階で予定立てられるんですよ。今も、夏に向けてお金貯めてますし」

 

 美琴のライブへの旅費のためだが。

 

「うーん……でも、私の場合だと、急にトレーニング器具が壊れたりした時くらいしかお金使わないし……予定とか崩しちゃうことのが多いかも」

「そういうのをカバーする為に、修繕積立金とかあるんですよ」

「シューゼン……?」

「……」

 

 例えを作って教えた方が良いかもしれない。

 とりあえず、青葉は掃除中に発掘した紙とペンを借りて、円を描いた。

 

「見て下さい。美琴さん。これを、美琴さんのお給料……仮に、10万円としましょう」

「え、そんなんじゃこのマンションに住めないよ?」

「例えの話なんですみません」

「う、うん?」

 

 封殺してから、その円形の中心から少しずつ線を引いていく。

 

「ここからここまでが、食費。ここからここが水道光熱費、ここまでが家賃……こういう風に区切るんです。この辺は全て固定費。本来ならお店を経営する時に使われる費用ですが、ここでは『生きる上で必要な費用』という意味で使います」

「うん?」

「それに追加して、この余った部分。これが、美琴さんが自由に使えるお金、ということになりますよね?」

「……3万円だけ?」

「ですから、例えなので聞いてて下さい」

 

 再び封殺し、さらに線を引く。

 

「この3万円から、先ほど美琴さんが仰っていた『備品が壊れた際の修繕費』を区切るとします。……でも、例えばその備品が壊れたのが……給料日を毎月25日として、20日に壊れたとします。こうなったら、残り3万しか使えないわけですが、この3万円を他のことに使ってしまった。しかし、22日までには修理したい。……そういう時のために、さらに自由に使えるお金から『万が一の時の為』という事でキープしておく事を『修繕積立金』と言います」

「ふーん……」

 

 今は例えで「修繕」にしたが、それに限った話ではない。早い話が保険を自分の中で立てているだけである。

 

「なんだか……難しいね?」

「え、どの辺がですか?」

「でも……一人暮らしのエキスパートの一宮くんがやった方が良いって言うなら、私も倣った方が良いのかな?」

「え、エキスパート……うへへ」

 

 褒められた気がして、嬉しそうにはにかむ。まぁ、まだ一人暮らしを始めて四ヶ月だが。

 

「ちなみに、一宮くんは旅行、何処に行きたいの?」

「え⁉︎」

 

 油断した時にそんな質問をされてしまった。言えない、美琴のライブがある場所でついでに観光しているなんて言えない。

 なんかさっきの言い方だと、割と旅行慣れしているみたいだ。

 

「そ、そうですね……こ、今年は……海に行きたいです」

「……一人で?」

「えっ? あ、あー……」

 

 去年は、にちかと海に行った。二人で、とかじゃなくて家族で。

 というか、普通に考えて海に一人で行く奴はいない。バカヤロー! と叫びに行く熱血男くらいだろう。

 しかし、美琴に嘘をつくわけにもいかない。とりあえず、誤魔化すように目を逸らしながら返した。

 

「い、いや俺は海に行ったら、とにかく青い水面を眺めるのが好きなんです。なんか綺麗だし、自分の心に残った汚れが洗われるような気がして……なので、別に一人でも全然、いけます!」

 

 嘘ではない。外でのんびりするのも嫌いじゃないから。

 しかし、美琴は「ふぅーん……」と、声を漏らすと、ちょっとだけ残念そうに答えた。

 

「そっか……じゃあ、水に浸かるのは好きじゃないのかな?」

「い、いえそんな事ないですよ!」

「なら、行く? 二人で、海」

「行きます! いえダメです!」

「ど、どっち?」

「アイドルとファンが二人で海なんて許されません!」

「ううん。ユニットの子も合わせて三人で」

「もっとダメでしょ! あの男は一体誰なんだって、当然そうなりますよね⁉︎」

「身持ちが固いね」

「美琴さんはもう少し固めて下さい!」

 

 というか、憧れのアイドルと海なんて、ちょっと何をしでかすか分からない。いや流石に性犯罪になるような事にはならないと思うが、それだからこそ何をするのかわからないみたいなとこあった。

 

「でも……そっか。それなら、やっぱり私は家計簿はつけなくても良いかな」

「はい?」

「あまり趣味とかもないし、お金もトレーニングに使う分と洋服と……あと整髪料とか以外に使う事ないから。固定費以外が全部、修繕積立金になっちゃうかなって」

「……」

 

 そっか、と青葉は理解する。そういえば、元々の話はそこから来ているんだった。

 

「え、ていうか……趣味とか、無いんですか?」

「うん。……いや、強いて言うなら、作詞作曲とか」

「……あ、素敵な趣味があるじゃないですか」

「でも、最近はあまり出来てないかも」

 

 確かに、部屋の中に楽器はない。でも素敵な趣味だとは思う。結局、仕事な気がしないでもないが、趣味の範囲なのだろう。

 どんな曲を作ったのか聞きたかったので聞いてみた。

 

「楽器とか、持ってないんですか?」

「キーボードならあると思うけど……寝室に」

 

 寝室は、さすがに入っていないから見ていなかった。というか、なんにしてもマンションで作曲は無理だろう。

 結局……それって無趣味ってことなんじゃないの? なんて思ってしまった。

 

「さ、掃除しよっか」

「あ、そ、そうですね」

 

 そう言えば掃除中だった。あんまり長時間、美琴の部屋に居座るわけにもいかないので、さっさと掃除をしないといけない。

 とりあえず掃除を再開し、落ちているゴミを分別し、また落ちていた小銭は美琴に預けて……と、手を動かすこと20分。ようやく終わった。

 

「ふぅ、こんなものかな」

「お疲れ様です……」

「? どうしたの? 元気ない?」

「いえ……大丈夫です」

 

 なんか……掃除すればするほどお金とかゴミとか散らばっていて少し「なんでこの人、歌もダンスも完璧なのに私生活は出来ないんだろう」と思ってしまったり。家事なんて青葉でも出来ることなのに……。

 

「具合悪い?」

「だ、大丈夫ですよ?」

 

 いや……だめだ。心配かけさせては。こういう時こそポジティブだ。もし、家事スキルとか無かったら、こうして知り合えても無かったかもしれないから。

 元はと言えば、カレーを持って行ったあの時が全ての始まりだ。それがなければ、おそらく自分は今も臭い思いをして、ただただ美琴に対して失望感のみを抱いていたことだろう。

 

「じゃあ、俺は部屋に戻りますね」

「あれ、もう?」

「はい。ファンとアイドルの関係なので、必要以上に距離を縮めるわけにはいかないので」

「相変わらず真面目だね」

 

 そうじゃないと、理性が保てない。エッチな意味ではなく、色々と美琴とシたいことは多くあるのだ。

 それを我慢するためにも、一定の距離感は必要だ。

 

「真面目とかじゃないです。……では、失礼します。お昼ご飯食べる時にまた呼んでください」

「う、うん」

 

 それだけ挨拶して、足早に部屋を立ち去った。

 自室に戻ると、ホッと一息つく。やはり、生活感皆無と言っても、憧れの女性の部屋に入るのは、少し気疲れする。幸せな時間が疲れにならないわけでは無い。

 今日は一日、休みの美琴は、お昼と夕飯も全て自分にお願いして来るだろう。その時も可能な限り足早に去らなくては……と、思っている時だった。

 ピンポーン、とインターホンの音が鳴り、肩が震え上がった。

 

「っ……な、何……?」

 

 また美琴? 頼ってもらえるのは嬉しいけど、少し休ませて……と、思いながら応答すると、インターホンは玄関からではなく自動ドアからだった。

 

『青葉ー! 宿題助けてー!』

「……」

 

 にちかだった。少し、顔を見てほっとしてしまった。この間抜けヅラ……それこそ、整った顔ではあるのに、どこか馴染んだ顔を見ると、やたらと安心して力が抜ける。

 

「入……」

 

 ……れよ、と言おうとした時だ。待てよ? と、青葉の口が止まる。もし……にちかが隣の部屋からちょうど出てくる美琴と出会ったら……ホッとするどころか気が一時も抜けない時間になりかねない……! 

 

「……待ってろ。迎えに行く」

『えー、開けてよー』

「俺が迎えに行けば、すぐにエレベーター乗れるだろ?」

『あ、そっか』

 

 よし、バカでよかった。結局、待ち時間は変わらないのに。

 ホッとしながら、すぐに部屋を出た。エレベーターに乗り込み、下に降りる。……さて、後は美琴が部屋から出てくるかどうか、そして出て来たとして、その時間とかち合わないかだが……基本的に自室にいることが少ない美琴なら、確実に部屋を出ることだろう。

 ……つまり、時間が被った際に自分が選択するべきルートは二択。階段か、エレベーターか。にちかにエレベーターって言っちゃったが、そんなことは知ったことではない。

 

「……いや」

 

 おそらく、エレベーターで正解だ。トレーニングバカの美琴なら、階段から移動する……! 

 そう確信し、エレベーターを使った。

 

「にちか」

「遅い! ていうか、結局エレベーターの待ち時間一緒だよね、これ?」

「騙されると思ってなかった」

「なっ、ぬ、ぬけぬけと……む、ムカつく……!」

「宿題、教えてもらいてーんだろ」

「っ……ち、違う……宿題全部やってもらいたいの、私は!」

「テメェ、余裕ある日くらい、自分でやりやがれ!」

 

 なんて話をしながら、エレベーターに乗り込んだ。

 

「んー、青葉の部屋、超久々」

「そういやそうか」

「ちゃんとコーラ用意してあるー?」

「ある」

「ポテチは?」

「昼前だろが」

「ホント、お母さんみたいな人」

「当たり前のこと言ってるだけだ」

 

 なんて話している間に、エレベーターは5階に到着する。降りた直後だ。ふと耳に入った、コツコツ、という階段を降りる音。

 

「……」

「青葉?」

 

 この足音……いつも、聞いている美琴の足音。後数秒早かったら、玄関前でしっかりと会っていた。

 

「部屋、開いてるよ」

「はいはい」

 

 中に入った。まぁ、気付かれずにすれ違ったのならありがたい。とりあえずホッとして良いかな、と思いながら、二人で部屋に入った。

 

 ×××

 

「はふぅ〜……終わったぁ……半分……!」

 

 そう後ろに大の字になりながら寝転がったにちかは、天井を見上げる。

 

「そう、まだ半分だからな?」

「分かってますよー。……はぁ、ていうか宿題出過ぎじゃないの?」

「ほとんど人の写してんだろ、出来る時くらい自分でやりやがれ」

「へいへーい……」

 

 まぁ、基本的ににちかなら明日の朝に「ホームルーム中に写させて!」とか抜かすはずなので、自分でやろうとしていること自体が珍しい。

 何かあったのかなーと思っても、まぁ特に茶々は入れなかった。

 そんな時だ。ぐうぅぅ……と、にちかのお腹から派手な音が鳴り響く。

 

「青葉ー、お腹減ったー」

「少しは恥ずかしそうにしろよ……JKだろ仮にも」

「今時、お腹鳴ったくらいで恥ずかしそうにするJKいないから」

 

 そうガハハと笑って寝転がったまま大口開けてあくびをする。これは、死んでも隣の部屋に美琴が住んでいるなんて言えやしない。自分もつい一週間くらい前は隣に美琴が住んでいるからと言って、おならやゲップをしたくなった時は外に行ってマンションから出て近くの公園まで我慢してかまして来たが、今ではもうそれもやめている。

 

「何食べたい?」

「うーん……ビーフシチュー」

「無理だわバカ」

「えー、じゃあ麻婆豆腐」

「なんで時間かかる上に割と出費が大きくなる奴ばっか選ぶんだよ……普通に炒め物で良いか?」

「仕方ないなぁ」

「そもそもここ俺の家だし、食費も俺が出してんだからな」

 

 文句を言われる筋合いはない。せめて美琴のように食材費はそっちが出しているなら分かるが……と、思っていると、眉間に皺を寄せた様子でにちかが青葉を見ていた。

 

「……青葉って、そういうの気にするタイプだっけ?」

「え? あ、あー……」

 

 そうだった。たまに飯食っていくときくらいで気にしなかった、昔は。しかし、今では隣にいる美琴のお金で買った食材で美琴のご飯を作るという改めて口にしてみてもよく分からない事をしているので、変なとこ敏感になってしまっている。

 

「いや、時間がかかって面倒だから……」

「時間なら平気ー。今日は宿題終わらせるまで帰らないってお姉ちゃんに言ってあるし」

「ふーん……何、はっちゃんと喧嘩でもしたか?」

「……してない」

「したのかよ……」

「してないし。……一方的に怒られたから」

「へぇー、ザマミ」

「言っとくけど、きっかけは青葉の宿題を丸写ししてるのバレた所為だから。お姉ちゃん、甘やかした青葉にも雷落とすみたいなこと言ってたから」

「なんで俺まで怒られんの⁉︎」

 

 納得いかない……と言わんばかりだが、前々から「にちかを甘やかさないで」とは言われていた。いつも喧嘩ばかりしていて甘やかしている自覚がない青葉が悪いのだろう。

 さて、とりあえず昼飯を作ろうと思った時だ。インターホンが鳴った。

 

「あれ、お客さん?」

「かも」

 

 とりあえず応答しようと玄関を開けて外を見た時だ。

 

「一宮くん、お昼ご飯作って」

 

 マラソン後で汗だくの美琴だった。

 

「ーっ……!」

「え、一宮く……!」

 

 思わず扉を閉めてしまった。そうだった、昼飯作るって言ってた。

 しかし、今部屋の中には自分と同じレベルの美琴狂いにちか……つまり、そんな生活感あふれる美琴がいるだけでも、青葉の生命の危機……! 

 それをさらに追い打ちかけるように、リビングの奥からにちかが顔を出す。

 

「どうしたの? なんかすごい勢いで玄関閉めた音聞こえたけど」

「いやちょっと、変な力入っちゃって。良いからちょっと部屋で待ってて。もうひとつ大問解いとけよ。俺、食材買ってくる」

「ええ……めんどくさい。てか何買うの?」

「あ、あー……牛肉」

「ビーフシチュー⁉︎」

「違う」

「えー……じゃあ今すぐご飯が良い」

「解いておいてくれれば、次の大問は俺がやってやる」

「任せて!」

 

 すぐにリビングに引っ込んだ。よし、やはりちょろい、と思ってから、改めて玄関から出た。外では、美琴がちゃんと待っている。

 

「どうしたの?」

「すみません……ちょっと客が来てまして」

「あ、ほんと? じゃあ、お昼今日は遠慮しようか?」

「何食べる気ですか?」

「ん、カロリーメイト」

「俺が作ります」

「え、いやいいよ。人来てるなら……」

「い、い、か、ら」

「う、うん……」

 

 美琴の食生活を正せるのは自分だけ、という確かな使命感はあった。

 そのまま一度、部屋を出て美琴の部屋に入った。さて……速攻で終わらせなければならない……! 

 すぐに部屋に入ると料理に取り掛かった。高速で下処理をする。卵を割ってかき混ぜると、その中にニンニクをすりおろし、鶏ガラスープの素、醤油を少量、加えて混ぜる。

 その後に、フライパンにごま油を敷いて、肉を炒めた後に卵を加えて米を入れて長ネギを入れ、最後に塩胡椒を加えて炒飯を完成させた。

 

「出来ました!」

「めっちゃ良い香り……ふふ、美味しそう」

「お待たせしました」

「じゃあ……これ、報酬」

「なんですか?」

 

 言いながら美琴が冷凍庫から出したのは、パ○コだった。一つで二人食べられるボトル状のアイスだ。

 

「え、い、良いんですか?」

「勿論」

「じ、じゃあ……いただきます!」

「それはこっちのセリフ」

 

 それはその通りかも、と思いつつも、アイスを貰って部屋に戻った。

 ただいまー、と部屋の中に入ると、にちかが顔を出した。

 

「おかえり……って、お肉は?」

「あっ」

 

 そうだ、買い物行くって言ってたんだった。

 

「あ、あー……面倒になって引き返してきた」

「え、何それ」

「代わりにアイス買って来たから、半分あげる」

「まぁ良いけど……」

「大問、終わった?」

「うん。簡単だった」

「なら、すぐ飯作っちゃうわ」

 

 言いながら、青葉は再び台所に立つ。さて、何を作るか……この短い時間で別の料理を連続で作るとか、ここは料理屋か? と思わず眉間にシワが寄せていると、その青葉ににちかが声をかける。

 

「ね、青葉」

「ん?」

「炒飯が良い」

「え……なんで?」

「隣から、ごま油とニンニクの香りが漂って来てて……青葉がいつも作る炒飯の匂いと一緒な気がして」

 

 ギクッ、と肩を震わせる。気がするんじゃない、全く同じだ。

 どうする、断るか? いや、不自然だ。さっきビーフシチューだのを断ったのは時間がかかる上に費用が嵩むからだが、炒飯はそのどちらも満たしていない。

 

「い、良いけど……」

「やった。青葉の炒飯、最近食べてないから嬉しい」

「っ……」

 

 それはつまり……自分の炒飯はたまに食べたくなる程度には美味しいということだろうか? 

 そんな風に言われると、如何に相手がにちかでも……いや、ライバルであるにちかが相手だからこそ、やはり少し照れてしまうわけで。

 

「あ、もしかして今、照れた?」

「っ、て、照れてねーよ!」

「わっかりやすー。ていうか、しょっちゅうお姉ちゃんとかに褒められてんのに、何今更照れてんの?」

「照れてねえって言ってんだろ! そこまで照れてることにしたい理由を30字以内で述べよ!」

「いや、顔真っ赤にして怒鳴ってれば誰だって照れてるようにしか見えないと思うけど」

「これは怒りによるブーストだから!」

「いや知らない知らない。いいから作って」

「どの立ち位置から言ってんのお前⁉︎」

 

 ……話しながら、全く同じ料理を二度連続で作ることになった。

 同じように卵にニンニクと醤油と鶏ガラスープの素をぶち込み、ネギを刻み、肉だけハムに変えて炒めた。

 フライパンを振るうことで、米が宙を舞って大波のように一回転し、フライパンに着水。

 

「相変わらず、美味しい料理を美味しそうに作るよねー」

「カッコ良いからな」

「その発言がカッコ悪いから。モテたくて料理始めたみたい」

「……」

 

 モテたくて料理を始める、か……と、青葉は少し頭の中で嘲笑する。世の中の男……特に男子大学生はそれで料理を始める事も多いらしい。

 それは……ハッキリ言って大正解である。自分はそんなつもりで料理を覚えたわけでは無いが、その結果、料理が美味ければお隣の美人アイドルのお部屋にお邪魔し、家事を任される程度には気に入ってもらえている。

 

「……頑張れ、全国の男子……!」

「何言ってんの?」

「極めれば……それを活かす機会は必ず現れる!」

「たまに出るその独り言、怖いからやめた方が良いよ」

「……ごめん」

 

 いや、ホントたまに口から出てしまうこの癖は直したい。

 とにかく、さっさと仕事をしよう。炒飯を完成させて、机の上に置いた。

 

「はい、お待たせ」

「はい、よくできました」

「八つ裂きにすんぞコラ」

「約束だからね。次の大問やってね」

「おまえほんと、良い立ち位置にいやがんな……」

 

 甘え上手というかちゃっかりしているというか……まぁ、もうこういうのにも慣れたものだ。

 そのままスプーンを用意し「いただきます」と挨拶して食べ始めた。すると、ふと目に入ったのはにちか。炒飯を見下ろして、くんくんと鼻を鳴らす。

 

「毒の入った柿を見分けるゾウの真似事してる暇があったら、冷める前に食えや」

「いやそんな真似してないし……じゃなくて。やっぱお隣の炒飯みたいな匂いと似てるなーって」

 

 似てるというか一緒だ。まぁ、口が裂けても言えないが。

 

「偶々、同じレシピの人がいただけでしょ」

「え……そ、そんな事あるの?」

「あるわ。この匂い、ごま油とすりおろしニンニクだから。全然、あるから」

「う、うん?」

 

 勢いで押し切った。お隣に料理を作りに行ったのは百歩譲ってバレても良いが、お隣の表札が「緋田」なのは隠さなければならない。

 

「それより、さっさと食ってアイス食って宿題やって帰れ」

「ぶー、せっかく幼馴染が部屋まで遊びに来たのに、何その言い方ー」

「勉強しに来たんだろが。バカ言ってねーでさっさと食え」

「……あ、そうだ。青葉」

「何?」

「後で、美琴さんグッズ作るの手伝って」

「良いけど、お前一人で作れるだろ」

「いやほら、ちょっと色々……改めて手順とか細かいとこ確認したいというか……」

「あそう」

 

 まぁ良いけど、と思いながら、とりあえず食事を進めた。

 しかし、今回は何とかなったが、少し警戒しないといけない。最近、数は減っていたとはいえ、にちかが家に来ることはよくあることなのだ。

 今後は、なるべく鉢合わせしないように上手いこと調整しよう、そう思いながら、とりあえずその日は宿題を見た。

 

 ×××

 

「いやー、今日は頑張ったー!」

「毎日頑張っとけよ」

 

 なんとか宿題を終わらせ、にちかは再び大の字になって寝転がった。久しぶりに自分で宿題をやったこともあって、かなり体力を使った。

 

「晩飯食ってくか?」

「んー……いいや。私だけ美味しいもの食べるの、お姉ちゃん達に悪いし」

「なら、カレーでも作るから持って帰れよ」

「……良いの?」

「良いって。ピリ辛カレー研究中だから、それで良いならだけど」

「仕方ないなぁ、そんなに食べてほしいなら食べてあげる」

「分かった。綺麗に一人分だけ足りなくしてやる」

「わ、わー! 嘘嘘! 正直、私ピリ辛のが好きだから、青葉のカレー食べたいです!」

「じゃ、も少し待ってて」

「部屋見てても良い?」

「どんぞ」

 

 それだけ言って、にちかは青葉の部屋に入る。割とこの部屋は好きだ。漫画、ゲーム、フィギュア、美琴グッズなど、どれを見ていても飽きないから。特に、美琴関連のものは。

 こんな風に退屈しない部屋に、自分の部屋もしたいところだ。

 漫画を読む……前に、姉に電話しないといけない。今日の晩御飯、青葉がくれるという話だ。

 スマホを手に取り、電話を掛ける。

 

「もしもし、お姉ちゃん?」

『にちか、どうしたのー?』

「青葉がカレー作ってくれたんだけど……もうご飯の準備とかしちゃった?」

『まだだけどー……もー、また勝手によそのお宅のお世話になってー……』

「じゃあお姉ちゃんだけ食べないのね?」

『そうは言ってないでしょー? もー……アオちゃんいる?』

「いるよ」

『替わってくれる?』

「はーい」

 

 仕方ないので、スマホを台所まで持って行く。

 

「青葉、お姉ちゃんから電話」

「え、なんで?」

「いいから、はい」

 

 言われるがまま、青葉はスマホを受け取った。

 

「もしもし……あ、うん。いや俺もカレーの気分だったから、ついでだから。そんな気にしないで。次、そっち行った時にはっちゃんがご飯作ってくれれば全然……うん。え、いや違くて。全然、宿題の件で媚び売ってるとかじゃなくて。うん……はい、はーい……分かってる、もう甘やかさないから。じゃあ、替わるね」

 

 なんとなくイヤな予感がする会話を耳にしながら、スマホを受け取った。そういえば、宿題の件で怒られていたことをすっかり忘れていた。

 

「もしもし?」

『じゃあ……もうみんなアオちゃんのカレー、楽しみにしちゃってるから、早めに帰ってくるようにねー?』

「はーい」

『次からは、もう少し遠慮するように。親しき仲にも礼儀アリだから』

「大丈夫、親しくないから」

『またそういう事ー……ていうか、そういう問題じゃないのー』

「分かってるって。じゃ、後でね」

『うんー』

 

 それだけ話して、電話は切れた。

 

「じゃ、青葉。美味しい奴、よろしく」

「うるせーよ」

 

 にひっと冗談めかしていいながら、青葉の部屋に向かった。ウキウキしながら部屋の中を見て回っていると、漫画が目に入った。

 

「あ、この漫画懐かし……」

 

 そんな事を呟きながらしばらく漫画を読んでいると、青葉の寝室にまでカレーの良い香りが漂ってくる。

 この香りを嗅ぐとお腹が空いてくるのは本当に不思議だが、それほどまでに香ばしいのだから仕方ない。

 本当なら今すぐいただきたい所だが、姉妹達の為にも持って帰らなければならない。

 

「おーい、出来たぞー」

「はーい」

 

 普段なら「これ読み終わるまで待ってー」なんて言ってしまうところだが、この香りには抗えない。

 部屋を出ると、いくつかのタッパーに小分けにされたカレーをリュックに入れた青葉が目に入る。

 

「……ウ○バーイーツ?」

「金もらってねーけどな、俺」

「欲しいの?」

「お前の分だけ有料にしてやろうか」

 

 なんて話しながら、にちかがリュックを背負う。そこで、青葉はハッとしたように固まった。

 どうしたのだろうか? さっきもインターホンで喋っている時、急に口を止めたこともあった気がする。

 やがて、何を思ったのか、すぐに提案して来た。

 

「にちか、何で来た?」

「歩きー。自転車、下の子が使っちゃってて」

「なら、送って行くよ。チャリの後ろに乗せて」

「え、良いの?」

「はっちゃんに挨拶もしたいし」

 

 まぁ、そう言うなら特に断る理由もない。楽出来るし。

 青葉と一緒に部屋を出て、靴を履いた。しかし……まぁ昔からだが、なんだかんだ面倒見は良い男だ。はづきには「甘やかしすぎ」と昔から言われていたが、それが別に悪いわけではないと、にちかは思ったりする。だって、自分は少なくとも助かっているし。

 とにかく、もう少しこの甘いままの青葉と一緒にいられると嬉しいなーなんて思いながら、エレベーターに乗ろうとした時だ。玄関の扉が開く音。青葉のお隣の部屋だ。

 そういえばどんな人が住んでるんだろ、と思いつつ、後ろを振り向いた時だ。

 過去にない反応速度で青葉が隣から消え去って、その人の上半身に飛びついた。

 

「青葉⁉︎」

 

 思わず声を上げてしまう。何をいきなりしているのか? どこかで見たことある体型な気がするが、何にしても女性相手であることは顔を見なくても分かった。

 

「何してんの⁉︎」

「す、すまん……ちょっと、コアラ病が」

「コアラ病って何⁉︎」

 

 ツッコミを入れているが、背中にカレーを背負っているので止めることはできない。飛びついた青葉が飛びつかれた方に何か話している。

 

「……な、なんで今急に出てくるんですか……!」

「い、いやこっちのセリフ……」

「あ、あいつ……美琴さんのファンなんですよ……! バレたら俺殺されちゃうから、すみませんが部屋に戻って下さい……!」

「で、でも……私の晩御飯は?」

「……もうお腹すいちゃったんですか? いつもより時間早いですけど……」

「うん……カレーの良い匂いがして……」

「っ……わ、分かりました……50分後に伺いますので、それまで待ってて下さい」

「そんなに?」

「今からあいつ家に送って来ないとなんで……」

「仕方ないね……」

「すみません……ん? 俺が謝る立場なのか?」

「待っててあげるから、行ってらっしゃい」

「では……とりあえずこのまま部屋に戻って下さい……」

「うん」

 

 何を話していたのか知らないが、まとまったみたいでコアラ病のまま部屋に戻り、ほんの数秒後に青葉が出て来た。

 

「……お待たせ」

「セクハラ男……」

「はぁ? 何処が」

「全部でしょ! 急になんで飛びついてんの⁉︎ あの人女の人でしょ⁉︎」

「飛びついて……あっ」

 

 そっか、と今更、自覚したように顔を赤くする。そして……何を思ったのかその場で膝から崩れ落ち、両手を床につく。

 

「俺は……あのお方に対してなんてはしたない真似を……」

「……そんなつもりじゃなかったのは分かったし、セクハラって言ったのは謝るから早く立ってくれない?」

 

 流石にあれが美琴なら耳からカレーを飲ませても済まさなかったが、そうでない青葉の好きそうな美人さんなら別になんでも良い。二人でよろしくやってくれ、という感じだ。……いや、付き合われるとご飯作ってくれなくなるかもしれないので困るが。

 

「本当に許してくれるの?」

「うん。だから早くして」

「よっしゃ、もう撤回は無しだからな!」

「はいはい」

 

 そこまで喜ぶことでも無いだろうに……と、思いつつも、もしかすると青葉ってにちかが思っている以上ににちかのことが好きなのかも、と思い、少しニヤつきながらエレベーターに乗った。

 さて、そのまま下に降りて、青葉が自転車を取りに行く。戻って来たので、後ろのお尻が痛くなる所にお尻を乗せた。

 

「よーし、じゃあ出航ー!」

「部屋でワンピース読んでたろ?」

 

 声の割に、大人しく背中にしがみついた。昔、にちかだけ自転車を持っていなくて、一緒に遊んでいた同級生はみんな自転車を持っていた頃。自分を後ろの席に乗せてくれたのは、いつも青葉だった。

 今日一日一緒にいた上に、昔のシチュエーションを不意に思い出し、少しテンションが上がってしまう。

 

「青葉ー! 飛ばせぇ〜!」

「やだよ、カレーの蓋、開いたらどうすんだ」

「いけいけー!」

「あれ、お前暴走族志望だった?」

 

 今はまだアイドルやってて、相方が美琴だなんて言う勇気はないけど、いつかは言わなくてはいけない事だ。

 その時は……もしかしたら許してくれるかも、なんて今は思えてしまったりした。

 そんな風に思いながら、とりあえずギュッと背中にしがみついた。

 

「やっぱりお前、胸82もないよな」

「事故起こしたい?」

「嘘嘘嘘」

 

 でも逆の立場なら許さない、とも心に決めた。

 

 

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