にちかに美琴様だけは絶対に渡さん。   作:バナハロ

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一飯千金
身体は使い捨てには出来ない。


 最近、レッスンの調子がすこぶる良かった。毎日、ちゃんと朝飯も昼飯も夕食も手料理を食べているからだ。

 だから、以前よりも自主練に身が入るし、自主練でなくても最高の練習になっている気がする。

 まさか、食生活を少し整えるだけで、ここまで身体の調子が良くなると思わなかった。体重は少し増えたが、自分でも分かる。増えたのは脂肪ではなく筋肉だ。

 いつのまにか、美琴は自分から朝ご飯をねだる様になっていた。

 今日も、お隣のインターホンを押しに来た。

 

「おはようございます」

「おはよう。朝ご飯、良いかな?」

「はいはい……」

 

 出て来た青葉が、応答してくれる。一応、寝癖も整えられているし、顔も洗った後みたいだし、制服にも着替え終えていた。

 

「なんか……眠そう?」

「そんな事ないですよ。何が良いですか? 朝ご飯」

「色々買ってあるから、お任せで」

 

 話しながら、美琴は部屋の中に青葉を招き入れる。

 

「……」

「一宮くん?」

「なんですか?」

「いや、今日はちょっと口数少ないなって」

「そ、そうですか?」

「うん」

「あー……昨日、夜遅かったからかもしれませんね」

 

 右手でポリポリと頬をかきながら、何かをごまかすように笑みを浮かべている。

 ……遅かったのなら、仕方ないのかな? と、ちょっとだけ思いつつ、とりあえず朝ご飯を待つことにした。

 正直、美琴は一宮青葉という人間をあまり知らないし、興味も持たないようにしている。自分のファンである、という点はわかるが、それ故に「一宮くんのことをもっと知りたいな」なんて言えば「いいえ、ただの1ファンである俺なんかに興味持っちゃダメです」と怒られそうだ。

 ただ、恩人ではあるため、今もウィンウィンの関係を保つと言って、彼には家事をしてもらっている。本当のウィンウィンならばこちらも何かしら彼のためにしてあげたい所だが、彼がこのままの方が良いというのだから仕方ない。

 そう自分に言い聞かせ、改めて声をかけた。

 

「そっか。じゃあ、朝ご飯お願い」

「はい」

 

 ドライにそう言うと、とりあえず自分はシャワーを浴びることにした。

 実際、彼自身もあまり自分のことは喋らないし、自分の部屋に招くこともしない。本当に、ちゃんと一線引いてくれている感じだ。

 だからこそ、美琴も必要以上の干渉はしない。他人にあまり興味がない美琴にとって「持ちつ持たれつ」の関係は非常にありがたいものだから。

 

 ×××

 

 気付かれなかった、と少し青葉はホッと胸を撫で下ろしながら登校していた。

 実を言うと、昨日の昼頃から左手首……特に親指の付け根あたりの調子がおかしい。赤く腫れ上がってしまっていて、動かすと痛みが走る。

 全く使えないわけでも無いが、フライパンを持つことさえ厳しくて、今日の朝食は左手は使わずに右手だけでフレンチトーストを作って差し上げたほどだ。

 考えてみれば、単純に考えて二人分の食事を毎日、二回に分けて作っているわけだし、当然と言えば当然かもしれない。

 

「青葉ー、おはよ」

「おはよー、アオちゃん」

 

 そんな中、ふと後ろから声がかけられ、反射的に手首をポケットにしまう。立っていたのは、にちかとはづき。珍しく一緒のようだ。

 

「おはよう。二人一緒?」

「うん。お姉ちゃん、今日いつもよりゆっくりだから」

「いつも、にちかの面倒みてくれてありがとねー」

「いえ」

「ち、違うよお姉ちゃん! 私が青葉の面倒見てるの!」

「そういう台詞は一回でも俺を宿題で楽させてから言え」

「ほんとにー」

「ば、バイトでは私の方が仕事出来るし!」

「はぁー⁉︎ テメェより俺のが店長に褒められたんだろうが!」

「私の方が褒められないのは、店長が『にちかならできて当然』って思ってくれてるからだから!」

「二人ともー? 外で喧嘩しないー」

 

 声をかけられ、二人はハッとする。周りの視線を思いっきり集めてしまっていた。

 

「はぁ……青葉の所為で朝から恥ずかしい思いした」

「こっちこそ朝からはっちゃんに恥ずかしいとこ見られた……」

「あんたの恥ずかしいとこなんて、お姉ちゃんは昔から見てるでしょ。一緒にお風呂とか入ってたし」

「今でも入りたい」

「アオちゃん?」

「何言わすんだにちかコラァッ!」

「勝手に言っただけじゃん今のは!」

「二人とも?」

「「ごめんなさい」」

 

 そんな話をしながら、三人で歩いていた時だ。ふと思ったようににちかが青葉に聞いた。

 

「ていうか、青葉。左手どうしたの?」

「えっ?」

 

 そんな言葉が聞こえ、思わず狼狽えたような反応を見せてしまう。

 

「な、何の話?」

「や、隠したじゃん。左手」

「隠してねーよ」

「昔からだよね。怪我、隠すの。親にも隠してたし」

「け、怪我って何⁉︎ てかいつ俺怪我すんの⁉︎」

「アオちゃん?」

 

 ビクッと肩が震え上がる。普段は寝てるかぼんやりしているかのはづきだが、怒った時は本当にヤバい。

 

「手、見せてー?」

「え、ど、どうしても?」

「……にちか」

「ラジャ!」

「あっ、てめっ……!」

 

 後ろからしがみつかれホールドされてしまう。

 

「柔らかくねえ胸が当たってんぞ! 恥ずかしくねえのか⁉︎」

「お姉ちゃん、絞めちゃダメ?」

「後にしてー」

「どうせならはっちゃんに拘束されたかったー!」

 

 なんてやっている間に、はづきは青葉のポケットの中にある左手首を掴み、引っ張り出した。

 朝、見た時より腫れ上がっているそれを見て、はづきとにちかは「うわっ……」と声を漏らし、青葉は目を逸らす。

 

「どうしたのこれ?」

「き、記憶にございません……」

「は?」

「や、ほんとに! なんか昨日くらいから変に腫れて来てて!」

「うわー……でも、キモいくらい腫れてんじゃん……」

「にちか、テメェ言い方!」

「アオちゃん」

 

 真剣な声音で声を掛けられる。左手首をぎゅっと握ったまま、はづきは聞かん坊を諭すような声で続ける。

 

「放課後、病院行きなさい」

「え……やだ」

「ダメですー」

「だ、大丈夫だよ。どうせ寝てる時に、腰の下に手を置き過ぎただけだって」

「ダウト。青葉、昔から寝相は良いから寝違えたこととか無いし」

「にちか、テメっ……!」

「……分かりました。じゃあ、私が放課後、迎えに行きますー」

「えっ、いやいいよ! そんな迷惑かけるくらいなら自分で……!」

「信用出来ません」

「こ、この前カレー作ってあげたんだし、それでチャラだ!」

「この前、カレー作ってくれたんだから、それくらいの世話は焼かせなさいー」

「……」

 

 何もかもが裏目に出ていた。もう逃げ道はない。にちかに頼っても多分、適当なことばかり言うだろうし……他の家に迷惑かけるくらいなら素直に行くって言えばよかったな……と、少し後悔しそうになったが、冷静に考えた。

 ……これはつまり、はづきとデートである。普段、美琴という理想の女性と近くにいながらも、決して二人きりで出かけることの出来ない関係に、少しだけ悶々としていた時に、このチャンス。別の女性とはいえ、逃す手はない……! 

 

「分かった! 楽しみだな、病院!」

「お姉ちゃん。脳外にも連れてったら?」

「どんなに腕の良いお医者さんでも、匙投げると思うよー?」

「え、はっちゃんまで俺のことそんな風に思ってたの……?」

 

 少しショックを受けながら、とりあえず学校に向かった。

 

 ×××

 

 一度、美琴は事務所に戻って来た。お昼にお隣の男子高校生に作ってもらったの青葉特性弁当も食べ終えて、またレッスンに戻ってから、にちかが来る少し前くらいの時間までレッスンして、また戻って来たところだ。

 これから、にちかとユニットとしてのレッスン。それまで身体を休めないといけない。

 ラウンジ代わりのリビングのような場所の扉を開けようとすると、ちょうど良いタイミングで扉が開かれ、頭を衝突しそうになるが、それを寸前の所で避けた。やはり、身体の調子が良い。

 

「あ、すみません、美琴さん〜」

「はづきさん……お出掛けですか? 珍しいですね」

「知り合いの子の病院に付き添うんです〜」

「そうですか」

 

 病院に付き添う、ということは、近所の小学生とかだろうか? 逆に小学生以外だと、ちょっとその子の神経を疑うレベルである。隣に住む高校生なんて、一人暮らしどころか他所の家の自分の部屋の家事までしてくれるというのに。

 

「なので、すみません。失礼します〜……あ、電話」

 

 駆け足で廊下を歩きながら「ごめんねー、今仕事切りが良いとこまで終わったから……え、急がなくて良い? ダメだよー。急がないと病院閉まっちゃうかもだし……」なんて話しながら、事務所から出て行く。

 なんだか……仕事だけでなく、プライベートでも忙しそうな人だなぁ、なんて思いながら、扉の向こうに入って飲み物を飲んだ。

 

「ふぅ……」

 

 一息。ここ最近、この事務所のアイドル達をようやく覚えられるようになって来た。今更ながら、やはり可愛い子達が多い。しかも、どの子達も華がある。踊りも歌も両方、自分と同じレベルというつもりはないが、それでも応援したくなる子や、ファンが増えるのも頷けてしまう子達が多い。

 今いるのは、あの四人組だ。

 

「透せんぱーい、これ調理実習で作ったカップケーキ〜♡」

「美味しそうじゃん、くれるの?」

「あげる〜。小糸ちゃんも、はい」

「あ、ありがとう……!」

「円香先輩のは無いよ〜?」

「別にいらない」

「ひ、雛菜ちゃん……! 意地悪したらダメだよ……! 円香ちゃん、私の半分、あげるね……!」

「いい。小糸、全部食べな」

「で、でも……」

「私は食べて来たから。さっき」

 

 あの中で一番、最後に事務所に来た泣きぼくろの子がそう言うと、空気が冷たくなる。主に、一番爽やか……というより、何も考えてなさそうな子が「は?」と声を漏らす。

 

「誰と?」

「……なんでもない」

「日直って言ってなかった?」

「日直は日直」

 

 なんか……少しずつ、ギスってきたので、敢えて全員が座っているソファーの方へ歩いた。喋った事ない人が急に現れれば、まず黙るだろう。

 そう思い、飲み物のコップを持ってさりげなく四人の近くに座る。

 

「いや別に浅倉に隠してたわけじゃなくて」

「やば〜、円香先輩言い訳くさ〜い♡」

「雛菜もそう思う?」

「さ、三人とも、落ち着いて……!」

 

 ダメだった。この四人、マイペースにも程がある。

 もうこのまましれっと部屋から逃げることにして、とりあえず飲み物を持って廊下に出た時だ。

 ゴチン、と何かがぶつかる音。何かと思って覗き込むと、前にいたのはにちかだった。

 

「わっ、にちかちゃん。ごめん」

「痛た……み、美琴さん⁉︎ 大丈夫です、ご褒美です!」

「ご、ご褒美……?」

 

 いや、そんなことよりも、あの修羅場ににちかを放り込むわけにはいかない。

 

「にちかちゃん、レッスンまで少し時間あるし、カフェでも行かない?」

「えっ、み、美琴さんとですか⁉︎」

「ご馳走するよ」

「い、いえそんな悪いです!」

「気にしないで。行こう」

 

 それだけ声を掛けて、近くのカフェに入った。

 さて、まぁ別に緊張したわけでも無いが、勢いで言ってしまった。誘った以上、何か話さないといけない。

 飲み物を注文し、席に着く。すこし、にちかは緊張気味だ。というか、普通に考えたら急に呼び出されたみたいに感じで、怒られるかも、と思ってしまうだろう。

 

「あ、あの……美琴さん……」

「ごめんね、緊張させちゃって」

「いっ、いいいいえ! 緊張なんてしてないです! む、むしろ超リラクゼーションタイム入ってます!」

「そっか……なら良かった」

 

 嘘くさいが……こういう時の誤解の解き方が分からない。コミュニケーション能力の無さを少し痛感してしまった。

 どうしようか困ってしまったが……まぁ、考えてみれば、元々本当に説教のつもりでもなんでもない。適当に理由を話そう。

 

「ごめんね、急に。事務所で、ノクチルの子達がなんかギスギスしてたから、あそこにいづらいかなって」

「あ……そ、そうだったんですね……! あの子達、困りますよねー! いつもなんか四人で固まってて、話しかける隙も入る間も無いっていうかー」

「うん。神秘的というか……オーラがあるよね。四人とも」

「は、はい! カッコよくて、憧れの的と言いますか……!」

 

 自分には無いものを持っている……というのが、美琴には少し羨ましかった……が、今はそれよりも、にちかが気になる。なんか汗かいている。まだレッスンが始まってもいないのに。

 

「にちかちゃん……もしかして疲れてる?」

「えっ? い、いえ……まぁ、その……」

 

 あ、ほんとに疲れてるんだ、と思ってしまった。まぁでも、それならレッスンが始まる前に聞いてあげた方が良いかもしれない。

 

「実は……その、私の友達が……なんか、原因不明で手首が痛いって騒いでて……」

「手首?」

「親指の関節辺りが意味分かんないくらい痛いーって、ちょっと大袈裟なくらい。相手にしたくなかったんですけど『文字が書けねえ!』とか喚いて……仕方ないから、私が代わりにノート取ってあげたんです」

「そうだったんだ……ふふ、優しいんだね、にちかちゃんは」

 

 言うと、不意ににちかは顔を赤くしながら目を見開く。

 

「っ、そ、そんな事ないですよ! これくらい普通ですって! ……あとで甘いもの奢ってやろう」

「え?」

「い、いえ、何でもないです!」

 

 自分なら、そんな鬱陶しい奴に構う時間があったらレッスンに当てる。何があったか知らないが、怪我の原因の痛みの理由なんて99%自業自得だろうに……。

 すると、ヴーッヴーッとスマホが震える音。にちかのスマホだ。

 

「あ、すみません……お姉ちゃんからです」

「はづきさん?」

「お姉ちゃんが、そいつの病院に付き添ってあげてて」

 

 それでさっき出て行ったんだ、と理解する。というか、そのお友達はにちかだけでなくにちかの姉とも交友があるのが意外だった。

 

「うわっ……」

「どうかしたの?」

「腱鞘炎だそうです。手首の使い過ぎ……らしくて」

「ふーん……その子、何してる子なの?」

「帰宅部ですよ。……まったく、何したんだか」

 

 帰宅部でケ、けん……拳闘炎? なんて、確かによくわからない。というか、その拳闘炎がよく分からない。そもそも、使いすぎということは、何かの練習であったとしてもオーバーワークであることは否めない。

 つまり、自業自得である。

 そんな中、ハッとしたようににちかが顔を上げた。

 

「あっ……す、すみません、美琴さん。変な話しちゃって……」

「ううん。たまには、愚痴くらい付き合うよ」

「い、いえ……もう、大丈夫です!」

「そっか……なら、良いけど」

 

 まぁ、彼女がそう言うのなら良いのだろう。そう思うことにして、しばらく二人で色々と話してから、レッスンに向かった。

 

 ×××

 

「はぁ……腱鞘炎かぁ……」

「もぉ〜……何したのー?」

 

 病院から移動し、薬と湿布をもらって帰宅していた。途中まで同じ方向なので、はづきと青葉は二人一緒に、である。

 何したのか、なんて聞かれても、特に思い当たることはなかった。

 

「特に何も……あっ」

「?」

 

 嘘だった。そういえば、ここ最近は何度もフライパンやら何やらの調理器具を振るっている。

 朝、美琴の朝飯とお弁当の分と、夜に自分の晩飯と美琴の晩飯。おかげで自分の朝食は毎朝、パン一枚になってしまっていたのも良くなかったのかもしれない。

 

「何か心当たりでもあるのー?」

「や、心当たりというか……まぁ、ある」

「何ー?」

「教えなーい」

「ダメ。高校生で一人暮らししてて、私達もアオちゃんの事、心配してるんだからねー」

「……」

 

 そうだ、あんまりはづきに気苦労かけてはいけない。とりあえず、言うべきところは言っておこう。

 

「まぁ、ちょっと最近、料理に凝ってて……その練習をやり過ぎた感じ」

「……美琴さんグッズをバカみたいに作り過ぎたとかじゃないんだー?」

「え? あ……」

 

 そっちのが良かったかも、と思ったが、とりあえずそのまま料理にすることにした。

 

「じゃあ、しばらく……治るまでの2〜3週間は料理は禁止します」

「えっ……な、なんで?」

「当たり前でしょー? 腱鞘炎の人に包丁なんて使わせられませんー」

「っ……」

 

 それはその通り……や、料理をするときのみ両利きになるし、料理を練習するときに何度も指を切って来たので、今更恐れることはない。

 従って、今後も美琴の料理を作ることは難しくないだろう。

 

「よかったー、両利きで」

「言っとくけど、逆の手で料理するのもダメだからねー」

「えっ、な、なんで……?」

「当たり前でしょー」

「や、なんで分かるの……?」

「アオちゃんの考えてることなんてお見通しですー」

 

 怒られ、思わず黙り込んでしまう。……まぁ、別に同居しているわけでもないし、こっそり料理したってバレないか……なんて思っている時だ。

 

「にちかなら毎日、アオちゃんの小さい変化に気づくし、しばらく観察をお願いしちゃおっかなー?」

「……」

 

 こっそり料理するのも諦めた。にちかセンサーは恐ろしいもので、青葉の都合が悪い情報だけを読み取る力は誰よりも上だ。本当に性格が悪い。

 そのまま、二人で駅に到着した。

 

「ありがとう、はっちゃん。わざわざ付き添ってくれて」

「気にしないでー? そう思うなら、完治までちゃんと大人しくしててねー?」

 

 致し方ないか……と、ため息をつき、渋々ながら従う事にした。

 さて、そのまま帰宅し始めた。もう夕方……ただでさえ忙しいだろうに、わざわざ付き合わせてしまって申し訳ない。

 

「はぁ……あっ」

 

 そこで、ハッとした。美琴のご飯、どうしよう、と。包丁も握れなければフライパンも持たない。このままでは、彼女の役には立てない……。

 焦りが脳内を包み込む。そうなれば、おそらく彼女にとって都合が良いだけの自分は、せっかく隣に住んでいるのにこの2〜3週間、干渉出来なくなる、

 

「っ……いや、諦めるのは……」

 

 まだ早い。ここ最近の調理器具は便利なものが多いのだ。ならば、明日はちょうど休みだし、IK○Aあたりで買い物した方が良いかもしれない。

 そう決めて、とりあえず今晩の晩御飯を考え始めた。

 

 ×××

 

 包丁が使えない青葉は、どうしたものか顎に手を当てる。ネギを刻むくらいなら許してもらえれば、うどんや蕎麦で済む。

 しかし、それが美琴の栄養になるかは分からない。ここ最近は暑いのでたまには良いのかもしれないが……。

 

「はぁ……どうしよ」

 

 悩みながら、とりあえず自分の晩飯はカップ麺で済ませた。明日、便利器具を買うまでカップ麺か外食しかない。

 悩みながら、とりあえず宿題をやることにした。机に座ってノートと教科書を広げる……が、そこで問題発生。授業中もそうだったのを忘れていた。文字が書きにくい。

 にちかに「もう少し綺麗な字で書けよ! 読めねえ!」「はぁ⁉︎ 読めるでしょ!」「読みづれえんだよ! これ6?」「0」「これは9?」「y」「これ7?」「1」「こういうことになんだろうが!」「代わりに書いてもらってるだけでもありがたく思ったら⁉︎」「いつもお前が見せてもらってる宿題は誰の分だ⁉︎」「おい、聞き捨てならねーな。宿題写してるって?」と、先生に連行されながらも、写してもらったが、今はそのにちかがいない。

 

「どうすっかな……」

 

 このままじゃ何も出来ない……あれ? もしかして、手を封じられると人間って何も出来ない? と、悩んでしまっている時だ。ピンポーンとインターホンが鳴り響く。

 よりにもよって、いつもより早い。とりあえず応答するため、玄関を開けた。

 

「はーい」

「こんばんは、一宮くん。ご飯……良いかな?」

「あ、はい。今行きます」

 

 話しながら、ポケットに左手を隠しつつ、サンダルを履いて部屋を出た。

 今更ながら思ったのは、美琴の部屋にうどんか蕎麦があるのか。なかったら作れない。

 

「美琴さん、うどんか蕎麦かそーめんあります?」

「そーめんならあるよ。最近、暑いもんね」

「良かった。今日……それでも良いですか?」

「良いけど……珍しいね。『そんなの夏を乗り越える体力を作れません!』とか言うかと……」

「あ、あー……た、たまには良いかなって……」

「……うん。まぁ良いけど」

 

 なるべく心配かけさせたくないし、どうせ今日と明日の朝飯だけの間だ。明日の朝は……カルボナーラトーストでも作ろう。

 そう思いながら、とりあえず台所に立ち、手首からサポーターを外して手を洗う。料理の基本である。

 その直後だった。

 

「そうだ、一宮くん。そーめんなんだけど……え」

「あっ」

「どうしたの、その手」

 

 自分、隠し事が下手すぎる……と、ため息が漏れた。

 仕方ないので、事情を説明する。美琴に嘘はつきたくないから。すると、美琴は顎に手を当てて少し悩ましそうにつぶやく。

 

「そっか……一宮くんも腱鞘炎なんだ」

「も?」

「あ、うん。事務所の子の友達も腱鞘炎らしくて。大変みたい」

「い、いえそんなことありませんよ。ちょっと片腕が使えなくなる程度です」

「でも、その子、学校で板書も出来ないって言ってたし……一宮くんも大変でしょ? 料理とか出来る?」

「そ、そーめんくらいなら出来ますよ。明日には、片手が使えなくても料理できる調理器具買いに行きますし、今日の所はそーめんで……」

「……」

 

 だが、美琴は意味深に黙り込む。思わず、青葉は緊張してしまう。もしかしたら、本当に切られてしまうかもしれない……と、寂しく思える。なんだかんだ好きなアイドルに自分の手料理を食べてもらえるのは嬉しかったのだ。

 何とかしてもう少し関係を続けてもらうために何か言わなきゃと思って脳内を考え込んでいると、美琴が「じゃあ……」と声を漏らし、口から心臓が飛び出そうになる。

 そんな青葉に構わず、美琴は続けた。

 

「食べに行こっか。たまには」

「……ヒょえ?」

「いつものお礼に、ご馳走するから」

 

 つまり……二人で、外出? と思うと、少し顔が赤くなる。

 

「だっ……だだっ、ダメです! そんな一人のファンとお出掛けなんて……!」

「ご飯食べるだけだから。それなら、いつもしてる事でしょ?」

「い、いつも一緒に食べてないでしょ! 作るだけ作って退散してるんですから……それに、俺が飯を作るのは美琴さんのアイドル活動を応援するためなんです! アイドルとしてやっていくには、健康な食生活は絶対条件だから、微力ながらお力添えしているわけでして……!」

 

 一緒に外食なんて、料理を作ったのが自分じゃない以上は不要なファンサービスとなってしまう。いや、行きたいのは山々だが。

 すると、美琴はそれを理解したのか、クスッと笑みを浮かべて次の一手を打った。

 

「うーん……じゃあ、一緒に行ってくれないなら、私今日はご飯食べない」

「ふぁっ⁉︎」

「あーあ、明日大変だろうな。晩御飯も朝ご飯も食べないで一日は。でも、一宮くんが来てくれないって言うなら、仕方ないね」

「……」

 

 き、汚ぇ……! と、思わず唖然としてしまう。この人、なんでそこまでするのか不思議なものだ。

 しかし、そんな風に言われては仕方ない。何かあっても困るし、一緒に行かざるを得ない。

 

「わ、分かりましたよ……」

 

 カップ麺は食べた後だが、育ち盛りの男子高校生だからまだまだ全然、食べられる。

 その上で、少しだけ青葉はやはり嬉しかった。何せ……憧れのアイドルと、二人きりでお食事に行けるのだから。

 

「じゃあ、待っててね。今、準備しちゃうから」

「は、はい……」

 

 ソワソワしたまま、とりあえず外で待つ事にした。

 

 ×××

 

 変装した美琴は、青葉を連れて出掛けた。ファミレスまで歩くと、適当な席に座ってメニューを見る。割と時間も時間なので、人がいないのは幸いだった。

 

「何食べる?」

「ふぁっ……え、えと……」

 

 ガチガチに緊張されている。既視感があるのは、自分のユニットメンバーとそっくりだからだろう。もしかして、自分のファンってこういう子達が多いのかと思ってしまう。

 

「ふふ、そんなに緊張しないで。取って食べるわけじゃないから」

「美琴さんになら食べられても……あ、いえなんでもないです」

 

 なんかよく分からないが、同じようなことを言われた気がする。

 まぁそんな事はさておき、とりあえず何を食べるか、である。適当に二人でメニューを眺めつつ、とりあえず青葉が選びやすいように美琴から食べ物を決めた。

 

「じゃあ……私は、これにしようかな。オムライスのビーフシチューソース」

「……好きなんですか?」

「ん、んー……何となく。一宮くんも、好きなの頼んで」

「は、はい……す、好きなもの……好きなもの……」

「遠慮しなくて良いから」

「……」

 

 釘を刺しておいた。彼の事だ。どうせ遠慮して唐揚げ三つとかにしかねない。

 彼が望むなら、本当はなるべく干渉しないように……そう思っていた。それが正解なのかもしれないし、青葉もその方が精神的に助かるのかもしれない。

 しかし、彼が片手が使えなくなったと聞いて、やはりちょっとだけ心配だった。

 何せ、今日まで調子が良かったのは、もしかしたら彼の食事があってのことかもしれないから。

 ならば、少しでも早く手首を治してもらい、また料理を作れるようになってもらいたい。その為にも、まずは必要以上に無理するのは回避してもらわねば。

 後は……自分に料理を作ってもらったお陰で怪我したのかも……と、少なからず責任は感じている。

 ……何より、それに関する文句を何一つ、自分に言う様子を見せないのが、ちょっとだけ怖かった。

 自分の生活を心配してくれているが、美琴だって青葉の事は少し心配なのだ。

 自分でも、彼にそんな感情を芽生えさせていることが意外だと感じている。

 

「一宮くん」

「っ、な、なんですか?」

「私、一応大人だからね?」

「わ、分かってますが?」

「……なら、少しは甘えてね?」

「え、家事何も出来ない人に何を……や、はい。お気持ちだけいただきます」

 

 おそらく、二人でのお出かけでいまだに頭が回っていなかったのだろう。ポロッと言っちゃいけない言葉が漏れた。そこで訂正しても、もう遅い。

 おかげで、美琴の中にあったプライドが久し振りにアイドル関連以外で顔を出した。

 ちょうど明日、お休みだ。目にもの見せてやる……と、強く闘志を煮えたぎらせ、とりあえずその日はフォークで難なく食べられるパスタをご馳走した。

 

 

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