翌日、青葉が目を覚ましたのは「ピンポーン」という呼び出し音が耳に響いたからだ。時刻は7時。いつも通りの時間だが、昨日の夜に「明日の朝は自分で用意するからいいよ」と美琴に言われたので、久しぶりにゆっくり寝ようと思っていたのだが、お陰で誰が来たのかすぐにわかった。
おそらく、にちかだろう。また宿題の救援要請だろうか? まぁ今回は青葉が腱鞘炎だし、代わりにやらされるようなことはない。
何にしても、にちかが相手なら別におしゃれする必要もない。寝癖も整えず、顔さえ洗う事なく扉を開けた。
「ふぁ〜い……」
「おはよう、一宮くん」
「あ、美琴さん。おは……は?」
「ふふ、寝起き?」
ドッと嫌な汗がイチゴの粒のように流れた。羞恥と普段のズボラな面がバレ、速攻で扉を閉めた。
「一宮くん?」
「待ってて下さい! 1分で戻ります!」
「う、うん?」
扉越しにそう言うと、すぐに準備に取り掛かった。まずは着替え。10秒で終わらせた。そして洗顔。これも10秒。その後に歯ブラシ。これは1分以内のどれだけの時間を使っても意味ないので、30秒で済ませた後に、ガムで誤魔化すことにした。
そして最後の10秒で髪を梳かす……と、思ったが、今日に限っていつもよりハードな寝癖がついてしまっていた。
「っ……!」
大慌てで髪をスプレーでシュッとやって櫛を通す……が、とても間に合いそうにない。
仕方ないので、近くにあった帽子を被って玄関に出た。ギリギリ1分である。
「っ、お、おまたせ……しました……!」
「……」
なんとか誤魔化せただろうか? んなわけあるか、とすぐに脳内で打ち消す。何せ、室内で何故か帽子をかぶって来たのだから。
隠しているのがバレバレだったのだろう。すぐにクスッとらしくなく意地悪い笑みを浮かべた美琴は、青葉の頭上に手を伸ばし、帽子を手に取った。
ピョコン、と突然生えた雑草が生えるように、寝癖が立っていくのが分かり、顔を赤くして両手で頭を覆った。
「っ、み、見ないでくださいよ……」
「君にも、そういう所があるんだね」
「い、いつもは違いますから! いつもはもっと最低限の身だしなみを……!」
「そっか」
「流さないで下さいよー!」
驚いた。意外と意地悪い……というか、昨日ちょっとファミレスで、いつもにちかとかはっちゃんに言うような生意気が漏れた時から、割とそんなやり取りが増えた気がする。
……でも、なんだろうか? こんな良い歳して寝癖まみれの自分を憧れの人に見られ、良いようにいじられ、恥ずかしいはずなのに。なぜか嫌と言えない何かが胸の奥にあった。
そんな青葉を見て、再びクスッと微笑んだ美琴は、青葉の頭に手を置いて撫でる。それにより、青葉の顔は真っ赤に染まる。
「っ、み、美琴しゃん……!」
口を開きかけた青葉の目線に合うように少しだけ屈むと、ウインクをしながら笑みを浮かべて告げた。
「一宮くん。寝癖、直したげようか?」
「っ……え、えっと……いえ、あの……」
「嫌?」
「嫌じゃないですけど……そういう話ではなく……」
「じゃあ、素直に従おうね」
素直に、と言われても心臓に悪過ぎる。というか、朝食をあやかりに来たわけではないのだろうか?
そんな自分の心の中の疑問も無視して、美琴は青葉の両肩に手を置いて、部屋の中に入ってくる。
マズイ、と青葉は冷や汗を流した。部屋の中ならまだ良いが、自室に入れるわけにはいかない。あそこには……美琴グッズが大量に眠っている。
それを……見られたら流石に引かれるかもしれない。自作までしているレベルだ。
「洗面所は……ここ?」
「あ、はい」
「うちと一緒だ」
間取りが一緒だから、すぐに理解したらしい。マンションの便利な所だろう。
そのまま連行され、洗面所へ。元々、美琴の方が背が高いので、もう普通に鏡の前で髪を梳かしてくれる。
あの憧れの美琴が、自分の髪を……と、胸の奥がドキッと跳ね上がる。
「ふふ、肩の力抜いて。全部、私に任せてくれて良いよ。……アイドルだからね、この手のルーティンは一宮くんより得意だと思うよ?」
「っ……は、はひ……」
何故、この女は色っぽい声で、別に色っぽくないことを、色っぽく言うのだろうか? おかげで、力は抜けるどころか全身が強張ってきた。
その間にも、美琴の寝癖直しは進む。サッ、サッと櫛を通され、プシュッとスプレーを軽く吹きかけられ、指を通しながらまた櫛で梳かされていく。
「サラサラな髪だね。もしかして、結構気を使ってる?」
「い、いえ……シャンプーとリンスくらいですけど……」
「じゃあ、地が良いのかな。羨ましいな」
「お、俺なんかより美琴さんの方が……!」
「私はもう24だから、ケアは色々してるんだよ?」
「だから、素敵なんですね……!」
「ありがとう」
「……」
なんだこれ。何今のやりとり、と頭の中で悩ませる。なんか……なんか恥ずかしい。髪型のことは「握手会に行けた時、言おうと思っていた言葉ランキング7位」だったが、予想以上に気恥ずかしさが優った。
「すみません……」
「本当に嬉しいよ。気にしないで。……整髪料とかつけてる?」
「あ、いえ、そういうのは大学生になってからかなって……高校じゃ禁止されてるので」
「そっか……じゃあ、一足先に大人になってみよっか」
「……へ?」
どういう意味? と思ったのも束の間、美琴はわざわざ部屋から持参して来てくれていたワックスを手に出し始めた。
「えっ……い、いえそんな美琴様の手を俺の髪の毛なんかのことで汚すなんて……!」
「気にしない。様もやめる」
「っ……は、はひ……」
キリッとしているのに色っぽい声で耳元で囁かれ、また頬が赤く染まる。
モサッ、と髪が軽く持ち上げられ、鏡の中の自分の髪がイジられていく。あまりにも、なんか情けない顔をしていて、見ていられなくなった。
逃げるように視線を逸らし、しばらく俯く。
「はい、出来上がり」
言われて肩をぽんっと叩かれる。顔を上げると、立っていたのはクラスのリア充がよくしているネオウルフと呼ばれる髪型だった。少しボサボサに見えて、でもどこかシュッと整っている。
「これが……俺?」
「男の子の髪をいじるのは初めてだから慣れなかったけど……うん。やっぱり、雰囲気変わるね」
「……」
M・A・J・I・K・A、と変な反応が漏れる。今まで、自分のおしゃれにお金をかけたことなんてなかった。恋人が仕事、と言う人のように、恋人はサブカルだったからだ。
……けど、なんかちょっとだけカッコ良くなった自分を見て、オシャレをする男の人の気持ちがわかってしまった。
「ふふ……自分でセッティングしたのにいうのもなんだけど、似合ってるよ」
「っ、ゃっ……ぇっ……あっ、ありがとう、ございます……」
もう「この人急にどうしたんだろう」と思うこともできなかった。
その放心状態に近い青葉に、美琴は笑みを浮かべたまま続けて言った。
「今日はこの後どうするの?」
「え……あ、えっと……IK○A、いこうかなと……」
「じゃあ、ついて行くね? その手だと大変だと思うし」
「ぁ……は、はい……」
生返事に近い形になってしまったが、頷いてしまった。
×××
朝食は、いつものように青葉が準備した。しかし、いつもより放心状態であった為、バターを乗せたパンを焼いただけと言うシンプルなもの。
そのまま、美琴はほとんど介護をしている気分で外出した。実際、介護のようなつもりではいる。彼の手を怪我させてしまったのは自分だし。
今朝の短い時間で、何となく彼の事が少し分かった気がした。彼は、思ったより完璧じゃない。勝手に、家事もできて高校生で一人暮らしして、バイト出来る程度には成績にも余裕があり、身嗜みにも気を遣っているものだと思っていた。
しかし、まぁ本当の所は、家事や成績はともかく、自身の身嗜みに関してはまだまだ。整髪料は大学生になってから、と言うように、まったく興味がないわけではないのだろう。
自分の前では完璧な所しか見せていないが、完璧に見せているだけで完璧ではない。
その気持ちが、少しだけ分かる。自分もライブで完璧な踊りと歌を披露しているが、常日頃からそれに近づこうとしているから。
「……はっ、俺は一体、何を……⁉︎」
「あ、戻った」
正気に戻ったようで、いきなり声を上げた。しかし、既にタクシーの中である。
「えっ、た、タクシー? なんでー……?」
「覚えてない? 一緒にIK○Aに行くって言ってた話」
「一緒にって……誰と誰が?」
「私と、一宮くん」
「なんで⁉︎」
「ついて行くって言ったら『はい』って言ってたよ?」
「えっ⁉︎」
嘘ではない。正気ではなかったとはいえ。
「そ、そんな俺がそんな有り得ないそんな……!」
「そんなって言い過ぎだよ。……まぁ、もう来ちゃったから。諦めてね」
「い、いや諦めるって……仮にも、一ファ……むぎゅっ!」
「……ファンって言葉を使っちゃうと、アイドルがお忍びでファンと買い物に来てる事、バレちゃうよ?」
こそっと耳打ちするように言う。理由は分からないが、耳元で囁くと彼はやたらと顔を赤くする。もしかしたら、たまに聞く「耳が弱い」という奴なのかもしれない。
またフラフラし始める。まだ記憶は消える前だろうか? 何にしても、今のうちに確認をとっておきたい。
耳元で、再び囁いた。
「ちなみに……一宮くんは、ファンとしての矜持のために、一緒にわざわざ付き添ったアイドルを家に追い返すような事、する子なのかな?」
「っ、ぃ、ぃぇ……」
「じゃあ、今日は1日、一宮くんに付き合っても良い?」
「ど、どうぞ……」
「決まり」
よし、と大人ながらに汚く約束を取り付けさせ、そのままタクシーの中で到着を待った。
×××
さて、なんやかんやで目的地に到着。二人でIK○Aの中に入り、中を見て回る……のだが、青葉はやたらと緊張してしまっていた。
冷静に考えると、やはり現状はデート中の男女……それも、自分が美琴に髪型と私服のコーディネートを受け、その美琴もサングラスと帽子を装備している事もあって、完全にアイドルのお忍びデートだ。
「……」
いや、どちらかというとアイドルやってる姉と弟、と言った方がしっくり来るかもしれないが……とにかく、緊張していた。
そんな緊張は完全に美琴には伝わっていない様子で、辺りをキョロキョロと見回しながら呟いた。
「インテリアショップか……久しぶりだな。来るの」
「っ、そ、そうなんですか……?」
「うん。あんまり家具とか買わないし」
思い返してみれば、部屋に家具は少なかった。フライパンも重たくて初心者に扱いにくい鉄製だし、本当にここに来ることはなかったのだろう。
「み、美琴さんは……インテリアとか、興味無いんですか……?」
「うん。あんま家にいる事ないし」
それは逆に「なんで今日に限ってうちに来たんだろう」という疑問を産ませたが、まぁ今は置いといて話を進める。
「でも……せっかく良い部屋なのに……観葉植物とか置いてみたりは?」
「うーん……お世話するの面倒だから」
そういえば、家にあんまりいないんだっけ、と思い出す。
「家だとトレーニングも激しく出来ないし、プロデューサーに『休め!』って言われないと休まないから……」
「……それ、大丈夫なんですか?」
「何が?」
「あんまり頑張り過ぎても、身体壊しちゃうんじゃ……」
「……一宮くんに言われてもなぁ……」
「うぐっ……」
それはその通りだろう。手首を壊してしまったのだから。
「べ、別に無理をしたつもりは……」
「自覚がない方が良くないんじゃない? こういうのの場合」
「うぐっ……」
割と口では歯が立たなかった。少しだけ凹んでしまった青葉に、ちょっとだけ思うところがあったのか、クスッと微笑んだ。
「それに、私は大丈夫。……いつも、何処かの誰かさんが美味しいもの、食べさせてくれるから」
「っ……〜〜〜っっ!」
嬉しさのあまり、また頬が赤く染まってしまう。本当にこんな感じでたまに褒めてくれるから、今後も頑張ろうと思えてしまう。
やはり、料理は今後も作るしかない。怪我してるとか関係ない。いや、あるけど、ここで便利なものを購入してしまえば、その心配もなくなる。
「よし、掘り出し物、掘り出すぞ!」
「う、うん?」
そう気合を入れながら、ようやく調理器具が売っている場所に到着した。
こうして見て回っていると、やはりこのお店の商品は面白い。発想力もさる事ながら、何より実際にそれが置いてあった時のシチュエーションを想像出来るくらいシンプルだ。
料理下手でも、簡単に素早く微塵切りが出来るものや、ハンドルを回すだけで皮剥きができるものなど、様々である。
まぁ、青葉にはどれも必要ないものだが。意外と腱鞘炎も馬鹿にできない症状で、ハンドルを回すのも何回もやっていると悪化しかねない。
……というか、今更ながら思った。腱鞘炎で料理とか基本、無理じゃない? と。
いや、ダメだ。諦めては。まだ何かあるはず……。
「そ、そういえば、美琴さんは料理とか全く出来ないんですか?」
なんか考えるのが怖くなって、誤魔化すように聞いてしまった。後になってから「あれ、これ出来るって答えられたら俺は尚更何のために料理を……」となって焦ったが、そんなの関係ない美琴は答える。
「ん? んー……まぁ、出来なくはないよ?」
「えっ……」
ヒヤッとした……が、すぐにホッとすることを言ってくれる。
「でも、自分で作るより食べに行ったりとかした方が美味しいし……そもそも、作ったり食べに行ってる時間が勿体無いし」
どこまで切り詰めた生活をしているのか……と思ったが、よくよく思い返してみれば、自分が料理している間、美琴は雑誌をよく読んでいる。あれもおそらく、以前まで自分とユニットを組んでいた子達の情報収集だろう。
ライバルとしてなのか、それとも単純に気にかけているのかは分からないが、きれいに時間を有効利用されている。
そんなことよりも、だ。それはつまり……。
「俺の料理は……お店より美味しい、って事ですか……?」
「うん。ファミレスとかコンビニよりも全然」
「……」
それは褒めているつもりなのだろうか? 冷凍レトルトレンチンと比べられても……と、落胆しかけたが、とりあえず褒め言葉として受け取っておく。何にしても、ゼリーやカロリーメ○トと比べれば食事の速度は落ちるわけだが、それでも自分に料理させてくれていると言うことは「速度を落としてでも食べたくなる味」というふうに捉えた方が賢明だ。
「人生、ポジティブに生きないとなぁ……」
「一宮くん、たまに関係ないこと漏らすのは何なの?」
「あ、す、すみません……」
「いやいいけど。……それで、何か良いのあった?」
「あ、いえ……」
面白いものはあったが、今使えそうなものは、今のところ見当たらない。もう少し力を使わないで使えるものあれば……と、思っていると、美琴が顎に手を当てたまま聞いて来た。
「……どんなのが欲しいの?」
「え?」
「こう……必要最低限のものとか。料理する過程で」
言われて、顎に手を当てる。そういえば、考えていなかった。パッと思いつく感じで必要なものを上げていく。
「長ネギを刻む奴……ですね。味噌汁とかソーメンとか、片手で作れる料理に使えますから。あとは、お刺身切れる奴とか。いやあればですけど……あとは、というかボタン一個で食品を角切りにできるモノがあれば……」
「流石にないんじゃないかな……」
「ですよね……」
やはり、必然的に無理という判断が出てしまった。
「ま、まぁでも大丈夫ですよ。俺も、料理上手なんで。あ、あとあれだ。揚げ物関係の何かがあれば……アジとかキノコとかの天ぷらなら、包丁なくても作れるし……」
「揚げ物……分かった。じゃあ、探して来るね」
「え、あ、はい」
そう言うと、美琴は別行動を始めてしまう。いや、別に全然寂しくなんかない。寂しくなんかないけど、ちょっとだけ残念に思えてしまった。
まぁ、でも効率的ではあるし、その方が気も楽だ。何せ、他の人にバレる心配はないから。
なので、ホッとしながら自分も買うものを探し始めた時だ。
「あれ、アオちゃん〜?」
「ワホギャホバホ⁉︎」
聞き馴染みのある声が聞こえ、背筋が伸びてしまった。恐る恐る振り返ると、そこにいたのは七草はづき。
「あ、は、はっちゃん⁉︎ なんでここに……!」
「作り置きに使うタッパー買いに来たんだけどー……なんでそんなに驚いてるの?」
「え? あ、あー……いや、まぁ……」
……言い訳を考えると……やはり、料理器具を買いにきた、と言うべきだろう。事実だし。驚いている本当の理由は美琴と一緒なのがバレたかと思いそうだったからだが、それは言わない方が良い。
「そ、その……調理器具を買いに」
「ん?」
「違うんです聞いてください!」
目の下の影が濃くなったので、慌てて敬語で弁解した。
「はっちゃんが危ないからダメだって言うなら、危なくない調理器具を買えば良いかなと思って……」
「むー……まぁ、そういうことならー……いや、フライパン使っちゃ結局、手首に負担かかるよ?」
「鍋使うんです! 揚げ物の時とか!」
「ふぅ〜ん……アオちゃんがちゃんと自分の身体のことも考えてるなら良いけどー……」
「俺だってバカじゃないから。ちゃんと、考えてるから」
ふんすっ、と胸を張ると、はづきは笑顔で「はいはい」と流す。実際、成績はそこそこ良いのだからバカではない。日常生活に生かされているかは疑問だが。
とりあえず、コソコソ料理するハメにならなかったことにホッとしつつ、続いて聞いてみた。
「一人で買い物?」
「ううん。あとにちかも一緒だよー」
「げっ……あいつもいんのかよ……」
厄介なことになりそうな気がした。というか、普通に危険だ。美琴とにちか、そしてはづきが同じ空間にいるのはどう考えても危険だ。
「で、どんなの探してるのー?」
「揚げ物関係。天ぷらとかなら、包丁使わなくてもいけるでしょ」
「あー……なるほどねー。……あ、それなら、面白いのがあったよー?」
「え、どれ?」
「こっちおいでー」
言われるがまま、はづきの後をついて行った。
×××
「揚げ物、か……」
美琴は顎に手を当てて、店内を見て回る。正直、料理をしない美琴にとって揚げ物なんて面倒なものはもってのほか。
従って、どんなものが便利かはイマイチわからない。なので、とりあえず揚げ物関連って書かれているものを見て回っていた。
そんな中「あっ」と見覚えのある緑色のショートヘアが視界に入った。
「にちかちゃん?」
「え? ……ぁっ、み、美琴さん……⁉︎」
「どうしたの? こんな所で……」
「わ、私のセリフですよ! ここに家で出来るトレーニング器具はないと思いますよ?」
「そうなんだ……それは残念」
あったら良いな、とは思っていたので、ちょっとだけショックだった。まぁ別にそれが目的ではなかったので別に構わないが。
「私はお姉ちゃんの買い物の付き添いです。……うち、ご飯は作り置きが多いので、そのタッパーとか。……まぁ、幼馴染がたまに晩ご飯、お裾分けとかしに来てくれるんですけど」
「へぇ〜……」
もしかして、この前の腱鞘炎の子だろうか? 最近、高校生の間では料理と腱鞘炎が流行っているのかもしれない。
「にちかちゃんは料理とかしないの?」
「え、わ、私もしなくはないですけど……でも、幼馴染のアホタレがやたらと上手で……男の癖に……ちょっと、やる気失せました」
訂正、高校生ではなく男子高校生の間だけのようだ。
そんな中、おそらくトレーニング器具を本気で買いに来たと思われたのだろう。その後「しめた!」と言わんばかりににちかは目をキラキラと輝かせて言った。
「そ、そうだ。美琴さん! 私と一緒に回りませんか? 良かったら、おすすめの家具とか紹介しますよ!」
家具には興味なく、揚げ物で使うものを見に来た……のけど、まぁ見て回るくらい良いだろう。
「分かった。その前に、私も見るものがあるから、とりあえずそれを見てからでも良い?」
「も、勿論です! ……え、ですから筋トレ用品はありませんよ?」
「分かってるよ。揚げ物の調理器具欲しいなって」
「揚げ物……そういえば、美琴さん料理も得意でしたもんね!」
「え? ……あーうん」
そうだった。普段、持って行っていたお弁当、全部自分が作ってることにしてるんだった。
思い出したので、とりあえず話を合わせておく。
「まぁね」
「じ、じゃあ……先にそっちから見ましょう!」
「うん」
話しながら、元々探す予定だったものを探しに行った。
歩き回りつつ、そういえば、と思った美琴がにちかに聞いた。
「はづきさんは一緒じゃないの?」
「あ、はい。別で買うもの探してます。私は私で欲しいものがあったりするので」
「どんなの?」
「え、えーっと……小物を作る小道具に使えそうなものとか、ですかね?」
そういえばグッズを作れるんだっけ、と今更になって思い出す。教わる、と約束をしている事も思い出した。
「そっか。じゃあ、そっちも私一緒に見ようかな」
「ぜ、是非お願いします!」
グッズ作り……正直、面倒臭そうだし興味もないが、お世話になっている青葉のためだ。頑張るしかない。
ま、それより先に今は青葉に料理を作ってもらうためのグッズだ。ちょうどその場所に到着したので、見て回ることにした。
ふと目に入ったのは、おたまだった。しかし、底が網状になっている。
「ねぇ、これ何に使うの?」
「ん? それは……え、えーっと……あ、お姉ちゃんが似たような奴使ってました。多分、揚げた揚げ物の油を切るためのものだと思います」
「へぇ〜……油切らないとダメなんだ」
「へ? そ、それはまぁ洗い物大変になると思いますし……え、ていうか、美琴さんは切らないんですか? いつも」
しまった、と美琴は内心でドキッと胸を高鳴らせる。料理の味と知識が比例していないのは致命的だ。
「あ、ああ……お母さんがやってたのってそういう意味だったんだ……いや、私もやってたけど、あまり興味なかったから真似だけしてた」
「あ、な、なるほど! 分かります、私も意味はよく分からないけど数学とか勉強してますからねー」
「ふふ……面白いこと言うね」
「えっ、そ、そうですかっ?」
言い得て妙、なんて笑顔で思いながらも……今はこれがプレゼントに適しているかどうかだ。
「こういうの……みんな持ってるのかな?」
「さぁ……お姉ちゃんは持ってるので何とも……」
「……」
持ってて当たり前……いや、判断を急ぐ必要はない。だって別に美琴が買うわけでもないから。後から彼に教えてあげれば良い。
そう思いながら、もう少し見て回っている時だった。ふと顔を向けると、青葉の姿が視界に入った。