トレーナー♂×ルドルフ短編集(雑)   作:えいじあ

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寝不足で、暁を覚えず

 時たまに、恐ろしい夢を見ることがある。

 ある時はターフの上での光景——目標としていたレースで、皆に皇帝たる威光を示せない……愚かな失敗を繰り返して、勝利も栄光も得られないままに終わる夢。またある時は、生徒会長としての失敗。かつてのファン感謝祭で味わったあの時の様な、己が不甲斐なさに押しつぶされるかの如し幻……。

 いずれもきっと、高く掲げた目標への恐れに由来するものだ。私は皆の役に立てていないのではないか……『皇帝』として、人々に頂いた名誉と称号に見合った働きが成せていないのではないか……。私はそういう時こそ、駄洒落の事を考えて落ち着きを取り戻したりする。しかしそれだけでは逃れられるはずもない、私の双肩にのしかかった責任と重圧から……。

 今日も、ひどく疲れた。柔らかな布団に入って瞼を閉じる。窓際のカーテンの隙間から射しかかった月明かりが、薄皮越しにぼんやりして視界に広がる。

 悪い夢を見るとわかっていながら寝るのは辛い。見たくないと願っても、かかってこいと強気に挑んでも関係なく無慈悲であるのは、ウマ娘たちがレースに賭ける、違う意味の『夢』と同じだな——

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 私は、トレーナー君が好きだ。共に同じ道を志す同志、相棒やパートナーとしての彼を心より敬愛しているが、それと同じくらい……彼の一生の相手としても、側にいたいと思っている。

 ウマ娘シンボリルドルフは、生まれてこの方、恋愛というものに馴染みがなかった。ゴールドシチーなどの様に特別美形でもなければ、上に立つ者としての自覚が強い私はむしろ、自ずから待ち人を遠ざける性質であるとすら言えるだろう。興味がない訳ではなかったが……かつての私は、自分の幸福は二の次であるとも考えがちであったから、特に彼——トレーナー君に出会うまでは、その様な機会が私に巡ってくるなど全く想像だにしていなかった。

 だから、トレーナー君はずるい。おそらく先に好きになったのは私の方なのに、いつまで経っても「俺はルドルフが好きだけど、ルドルフは違うよな……」みたいな顔と態度を向けてくるんだ。私には君の気持ちがなんとなくわかってしまうのに、私の気持ちは敢えて言葉にする必要性があるなんて、アンフェアにも程があるだろう?

 ちなみに……トレーナー君は本当にわかりやすい性格だから、私の自意識過剰ではないと思いたいがどうだろう。例を紹介するとなると沢山ある。

 まず、私が彼のパーソナルスペース——まぁ、大体半径三メートルぐらいだろうか——に近付くと、彼は途端にソワソワ震え出すのだ。目線を逸らして、決して私の焦点と合致しない彼の焦点。声も心なしかうわずっておかしくなる。舌ったらずになって、手持ち無沙汰そうに腕を前か後ろで必ず組む。……メディアや観衆の前であんなにガチガチに緊張しているところ、私は見たことないよトレーナー君。おかげで私すらも君の近くに寄るのに抵抗を覚えるじゃないか。まぁ、君の心に踏み入ってる感じがしてゾクゾクしなくもないが。少しだけな。

 この現象に気が付いたのは、彼と一緒にトゥインクルシリーズにデビューしてすぐの事だった。私自身、そのつもりでなくとも眼前の相手を威圧してしまっていると気付く瞬間は何度もあるから、初めはトレーナー君もその類かと思っていた。

 しかし……なんだ、ある日、彼は他のウマ娘と仲睦まじいといった風体で、ニコニコ楽しそうに談笑しているじゃないか。今思えばあの頃から、その様子に微妙な胸の引っ掛かりを感じていたのだが……それは本題ではなく。彼と話していたそのウマ娘は、彼のパーソナルスペースに足を踏み入れていた。彼女は日頃より、積極的にスキンシップを行う子という訳でもないにも関わらず、だ。

 その日のうちにでも、私は私の推論を確信にしようと企んでみた。

 

 「あっ、おいトレーナー君! ……鼻毛が出ているぞ」

 「え!?」

 

 なんて、適当な言葉で彼に詰め寄った。鼻毛なんて出ていなかったよトレーナー君。でも君のそのあたふたする姿、とってもウズウズするからいっぱい見せてくれ。

 

 「あっはは。これからメディア関係者が学園内に入る予定となっているから、君も装いを整えておくんだぞ? ……皇帝の隣に立っていては、いつだって目を引く存在となり得るのだから」

 「あ、あぁ……気をつけるよ。ってルドルフ……!」

 「む……ここ、随分と汚れているな……」

 

 流石にわざとらしかっただろうか、私は彼に密着して彼の服を整え始めた。トレーナーは常にウマ娘と共にある者……故に、別に衣服が砂で汚れていようと誰も恥ずかしい格好だとは思わない。トレーニング後のウマ娘が汗と泥に塗れていても、何らおかしい様子ではないだろう? その隣に立つトレーナーも然りだ。私の取材が目的でない報道陣がたまたま私を捉えたとて、‘‘偶然''なのだから変じゃない。よってトレーナー君も流石に違和感を覚えたかな、とその時の私は頭の片隅で考えていたが……まぁ、結論から言えば彼は極度の鈍感という事が判明しただけだったよ。

 

 「ほら、ネクタイも曲がっているぞ。襟も、左右で均等に……」

 「あの、ルドルフ……? 多分カメラ、映ってるんだけど……」

 「ん……? 君、ボタンが一つ無いじゃないか。全く、こういう事は気をつけて貰わないとな……」

 

 背後で複数の大人たちがザワザワしているのを、ウマ娘である私の聴覚は捉えていた。……テレビで、流れたりはしたのだろうか。

 トレーナー君はただ、あせあせとたじろぐばかりで。おそらく制御できていなかった、私の耳の動きや尻尾の激しく揺れる様子にも気付かない。ちょっとした苛立ちと、胸の底から沸き立つ興奮。だって目の前のパートナーが、私が近付くと頬を赤らめる様な人物だとわかって……その上で他の子と戯れているなんて、‘‘目移り''しているやもと思うだろう。我ながら子供っぽい独占欲だなとは思ったが、担当ウマ娘の気持ちもわからない君が悪いんだぞ。

 他の例で言えば、後は駿大祭の時かな。あの瞬間は本当に可愛らしかった……。

 「射的がしたい!」なんて、君が溌剌に言ったのを覚えている。普段は教えを乞いている私が、逆にお祭りの楽しみ方を彼に伝授する……確かそんな試みの中で、だったか。私はかねてより射撃の心得があったし、初心者がどうすれば最適かという事も身をもって知っていたから……多少‘‘他の事''に気を回しても、のうのうと出来たという訳で。

 彼が、レプリカの銃を熱心に構える。別に人間の力でもってしても大した重さではないのに……何ともまぁ、一生懸命に的に目を凝らすものだと思った。——トレーナー君の頬から流れる夏の(なごり)や、夜の喧騒の中で煌々(こうこう)となる赤、黄色、橙の灯りに照らされる彼の姿……その横顔を見て、私はとてもじゃないが、ドキドキして。イルミネーションの光に照らされると、普段の数倍、パートナーの姿に心ときめかされると言うだろう? お祭りもそれと同じ。鮮やかで暖かい提灯の点在する様が、真っ暗な夜空と対照的になって目立ち、もっと熱を増して……。冷静沈着たる皇帝の心も、レースの熱さとは違った形で……紅潮する。

 だから、ちょっとだけ魔が射して……私は、意地悪してみたくなった。

 彼の横顔に、自分の横顔をゆらりと近付ける。私の茶色い横髪が、彼の左肩に優しく触れた。これほど近くに寄ったのは初めてで、彼の穏やかな吐息とか、頬から漏れ出る体温などが……私のものと混ざり合う。本当に、頰と頬が触れ合う数ミリ前後の至近距離だった。私が敢えて、そこまで近付いたんだ……勇気を出してね。

 ところが……ふふ。当然と言えば当然なんだが、彼の呼吸が乱れてしまったのを肌で感じ取って。私は私で、心臓の音がひどくうるさくなっている。でもそれはもしかしたら、彼の鼓動を自分のと勘違いしたのかもしれなかったので……それぐらい、一緒になっていたので。私は嬉しくも、名残惜しくもなり、「すまない、近すぎたね」と呟いた。そのおかげでか、ほんの少し鼓動が落ち着く。——まぁ、離れるとは言っていないんだが。ふふっ……。

 そのまま、私は彼に指示をした。もう少し下、左、弾道を考えて……など、彼の左耳に一つづつ落としていく様に。そんな突然のアプローチを、彼はどう思ったのだろうか? 緊張か、愛情か……はたまた銃を構えるのに必死で、ほとんど聴こえていなかったのか。他人の気持ちはてんでわからないのが世の常だが、私が耳元で囁くたびにビクビク揺れるトレーナー君のその仕草が、私には愛おしくて堪らなかった。

 外しても仕様がないと、私は思っていた。これだけ意地悪をして、指導すると言っておきながら、敢えて失敗させる様な妨害行為まで行って。なんなら一度込めた弾を使い切って、何度でもこう出来れば良いとまで思っていたのだろう。きっと彼は……私の指導が正しいと証明するまで、何度でも挑み続けるだろうから。私がレースで、今までそうしてきたともしらずにね? ふふ、本当に仕方ないトレーナー君だ——

 パンッ、と爆ける音が鳴った。彼の放ったおもちゃの弾丸が、狙いのお菓子を打ち抜いた。

 私は数秒、目を見張って……何だか少し、嬉しいより悔しいが勝った気がして。いっそこのまま頬に口づけでもしてしまおうとか思ったりして、やっぱりやめた。そこでやっと、私の方が恥ずかしがっていたと理解した。

 

 「おめでとう、トレーナー君……」

 

 顔を離して、普通に立ち直る。この時……私が一瞬で、赤らんだ顔を一生懸命元に戻したと……彼は当然の様に気付かない。だけども心から嬉しそうに跳ねるトレーナー君の姿を見て、そういえば私は指導していたのだと思い出していた。

 

 「ルドルフのおかげだなっ、教え方完璧だった……!」

 

 ああー……、悔しい。でもそういう言葉が飛び出ると言う事は、私がレースで勝った時、同じ気持ちを抱いている事……そんな私の想いだけは、何となくだが伝わっているのかもしれない。

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 「おはよう、ルドルフ……ってすごい欠伸だな?」

 「んむ……おはよう、トレーナー君。すまない……十分ほど遅れたかな……?」

 

 「これくらい大丈夫だよ!」と、朗らかに笑う好青年。この朝早くからこんなに明るいのは、少しばかり妹のそれに似ている。

 以前、私は朝のトレーニングに大きく寝坊した事がある。確か一時間ほどだったか……危うく生徒会の業務にまで支障が出るところで、エアグルーヴにも大層心配されたものだった。

 その原因は、悪い夢。長く寝過ぎたから夢を見るのだ、と言われたらそれまでなのだが……情けなくも、時々長くうなされて起きれない。夢の中で、自分から先を見ることを望んでしまうのだ。この失敗の先に何が待っているのか、何故ウマ娘たちが悲しんでいるのか気になって。部屋の天井まで透けて見えて、半覚醒状態になっているにも関わらず夢が続く。暗くてどんよりした、気持ちの悪い夢を。

 そんな私の生活の一幕は、誰にも話した事がなかった。家族にはバレているかもしれないが、自ずから打ち明けた事はない。そんな秘密を——何故か彼には、ぽつりと零した。つい数日前の話だ。……まあ何故かって、答えはわかりきっている訳だが。

 それでトレーナー君は、寝坊した私に気遣いを見せる。

 

 「……もしかして、また夢か?」

 

 とはいえ、今の私はそれほど浮かない顔という訳でもないだろうから、彼もなんとなく別の要因だとわかってくれているだろう。今朝はどちらかと言うと心地よい。弱々しい朝の日差しも暖かくなってきて、恐らく練習コースの状態も良好なはずだ。

 

 「いや……そうだな。確かにここ最近、夢を見る事が増えた気がするよ」

 「……? でも、何だか今日のルドルフは元気そうだ」

 「うん、どうやら克服しかけている様だ。おかげさまでね?」

 

 私は彼に、そう言って笑いかける。正直予定を遅らせて貰っていて、こんな態度は言語道断と——以前の私なら、今の私を叱るだろう。

 彼と出会い、心に隙間が沢山増えた。私は以前より感傷的になり、心の面では厳格さが薄れて、ある意味でシンボリルドルフは‘‘弱くなった’’のかもしれない。しかし、同時に余裕も生まれた訳で……。

 夢を見る事は増えたよ。それで寝坊する機会も、これからポツポツと増える可能性がある。……まぁそれはどうにかして直さねばならない問題だが、とどのつまりは、‘‘心地よい夢もあるという事を知れた’’という、成長の一種だ。

 

 「うーん、ルドルフは自分の問題を独力で正せてすごいよなぁ……」

 

 そんな事を言って、いつもの愛しい横顔を見せるトレーナー君のその姿。おかげさまと言ったろうに、やっぱり自分の功績だとは気付かない。しかしそんな君だからこそ、いつかは気付いて欲しい……否、気付かせてやるぞっ、なんて気分にさせるのだからわからない。君がいてくれて本当に……本当に心から助かっているよ、私だけのトレーナー君?

 さぁ、トレーニングの時間だ。あまり睡眠時間は取れなかったが、元気溌剌。今日の私は一段と冴えている。

 




体力が30回復した
やる気が上がった
「切れ者」になった
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