シンボリルドルフとのトレーニングの日。二週するメニューの一週目が終わった休憩時間に、謎の子供ウマ娘が乗り込んできた!
「わぁ、うまむすめのお姉ちゃんがいっぱいいるー! ねぇねぇ、いっしょにはしろー!」
少し離れたコースに立つルドルフに、一生懸命叫ぶ幼児ウマ娘。どうやら現役のウマ娘と走りたい気持ちが逸って、トレセン学園の構内に隠れて入ってきてしまったようだった。
ルドルフがこちらの異変に気付いたのか、小走りで駆けてくる。しかし今にもどこかにすっ飛んでいってしまいそうなこの子を、俺がなんとか引き止めなければいけない!
「き、君! そっちに行ったら危ないよ!」
「……? お兄ちゃんだぁれ? うまむすめのお姉ちゃんどこー?」
子供をあやした経験なんてないので、どうすれば良いかわからない。ルドルフならもっと上手いお世話が出来るのだろう……こういう時、もっと親戚の集まりに顔を出しておけば良かったと後悔しがちである。
しかし、妙案を思いついた。この子が走りたいと言っているんだから、きっと素直に走らせてあげればよいのだ。腰を落として彼女と同じ目線になる。こうして近くで見ると流石ウマ娘と言ったところか、テレビに映る子役みたいな美少女だ。
「それじゃあさ、お兄ちゃんと一緒に走ろうか?」
「やだ! お兄ちゃんって男の人でしょ? 男の人って、足がおそいんだよ!」
「はは、それはどうかなぁ? お兄ちゃんな、実はウマ娘なんだ! ほら、あのお姉ちゃんより速いんだぞ~!」
そう言って、息を切らして近くに来たルドルフの方を見る。……ごめんルドルフ、そんな驚いた顔しないで。後で目いっぱい謝るから。
「え! じゃーはしる! ほらはしろ!」
「うん、じゃあコースに行こうか。よーし、位置について~……」
「よーいどん! うおおおおおー!」
足でレースをするウマ娘のトレーナーである以上、ある程度のやり方は心得ている。俺の全力は、幼女ウマ娘に匹敵した……!
「あははっ、どうしたどうした! お兄ちゃんの方が先に行っちゃうぞ~!」
「うううーー! なんで~!!」
どこまで走るか決めるのを忘れたので、この後あの子の体力が尽きるまで走る事になってしまった。正直言って死にかけたが、走っている間ふと担当ウマ娘の気苦労を理解したような気がして、ルドルフの方を振り返ると啞然として立ち尽くしていた。
♦
「ねぇママー。ママってさ。すっごく速いウマ娘なんでしょ?」
「え? あぁ……うん。ものすっごく速いぞ。今日乗った
「えー。へへ、それは言いすぎー!」
「ふふ、試してみようか?」
ウマ娘として生まれたばかりの一人の子供と、夫と私の三人で来たピクニック。季節は春でありながら、陽気は夏日と言って差し支えないぐらいの暖かい日照りの下で、私は彼女に提案した。他でもない走りに関することであるから、私もウマ娘である以上、少々大人げなくなってしまうというものだった。
「ほんとに? ……じゃあ、“ほんき”で走ってね?」
「本気、か。いいとも。あっちの原っぱに行こうか」
「え、いやちょっと待って二人とも! ……ルナ、本気で走ったら駄目だからな?」
夫が耳に顔を寄せてきて、私に提言する。大丈夫、それぐらいは弁えているからね。一応ウマ娘が全力で走っても違法ではない場所ではあるが、まだ生まれたばかりの娘を虐めてはいけない……。
「準備は良いかい? それでは、位置についてー。……よーい、どん!」
「ッ……! うああああッ!」
目を見張った。当然体の生育も、フォームなどの知識も備わっていない子だったのに、彼女は鬼の形相で走って見せた。小さな腕を思いっきり振って、泣くより大きい声で力いっぱい叫びながら。
「はぁ、はぁ! ままー、うそつきー! はぁ、ちゃんと、やって……!」
「え――あ、ああ。いや、本気……だったとも」
「うう……ぐすッ……まけたぁ……」
普段は大人しく、人見知りな娘。同年代の友達と駆けっこしている時も、これほど悔しさや闘志をむき出しにしたことはなかった。それとも私が見ていないだけで、学校では勝負事に熱心なのか。なんにせよ私は……冗談だろうと思う人もいるかもしれないが、自分の娘の、まだ雛鳥かと思っていた彼女の本気の闘魂を前にして、感化……されそうになった。
「よーし。それじゃ今度は、パパが相手だ!」
「……え?」
私が足を震わせて、現役時代のように血の蒸気を出してしまいそうになった瞬間。遠くで見ていた夫が娘に駆けよっていった。ジーンズのポケットから緑色のハンカチを取り出し、涙を拭ってあげている。
「……ぐすっ……ぅぅ……」
「ああ、鼻水が垂れちゃって。それにしても、気付かないうちにすぐ速くなっちゃうんだな! びっくりしたよ。でもパパもレースには自信があるんだ。簡単には負けないぞ?」
「……パパはウマ娘じゃないもん。負ける訳ないもん」
「ふっ、人間だってやる時はやれるんだ! それじゃあ、あのでっかいクスノキまで競争だからな。‘'本気’’で行くぞ! よーいどん!」
夫の走る姿は、私が現役の頃に見た事があった。ふざけてウマ娘の私と、併走してくれた事があったのだ。……あの時も、落ち込んでいた私を励ます為に。
彼のあの、一見不細工とも思えるような素振りが——
「えええ!!! パパ、はやーい!!!」
「はぁ、はぁ! やばっ、久々に走ったら腰が!」
あんなにも、幼いウマ娘を笑顔にするではないか。そしてそれは私も同じ。現役の頃からずっと、彼はそうだった……私は童心に帰った気になって、ゴールのクスノキの麓まであっという間に詰め寄る。
そこには仰向けに倒れ込んで、胸をポンプみたいに膨らませたり萎ませたりする夫と、先程の泣き顔が嘘のように、眩しい笑顔の我が娘。
「ぜぇ……ぜぇ……流石に、ウマ娘だ…………! もうダメ……」
「パパ、パパ! ねえどうやって走ったの! 私の友達で、一番速い子と同じぐらいだよー!!」
「…………では、次の相手は私だな?」
「え、えええ! ちょ、‘‘ルドルフ’’! そんな顔現役の時以来見てないって!」
「ふふふっ……! こんなレースを見せられて我慢しろだなんて、それは無理な相談だよ……な、‘‘トレーナー君’’? 強敵登場とあらば、打ち破らねば——!」
♦︎
「ッ……!」
「……ドルフ、ルドルフ! 大丈夫か? なんかぼーっとしてたけど」
「あ、ああ。それよりさっきの子はどうなった?」
元気いっぱいの幼女ウマ娘と一世一代の真剣勝負をした後、たずなさんが冷や汗をかきながら迎えに来た事をルドルフに伝えた。どうやら親御さん目を盗んで、トレセンの前を通りかかった時にいなくなってしまったらしい。その子が構内に入ってきてからはさっきの通りだ。それでなんとか親御さんの元に帰す事が出来たと。俺とのレースで疲れて、親御さんに会う時には眠ってしまっていたらしい。
「……そうか。いや、驚いたよトレーナー君」
「……? あの子の勢いにか? あの様子じゃ、あの子もレースの世界を目指すかもな」
「それもそうだが。……以前、私の事を『ルドルフは優しいお母さんになりそうだな!』って言ってくれた事があっただろう」
「え、ああ。確かにあったような……なんでそんなに笑ってるんだ?」
「ふふっ……いいや。なんでもないよ、トレーナー君」
「……???」
本気のトレーニングの直後で、ひどく疲れているだろうルドルフだが、何故か異様にニコニコしていた。君の笑顔の方が、やっぱりママっぽいよ……なんて思っていたが言わなかった。ルドルフが口を濁すなんて結構珍しい。
シンボリルドルフが自分がお母さんになった想像をした時、隣にトレーナー君がいたのかいなかったのか気になって夜も眠れません!!