【RTA】呪術な世界を駆け抜けるレタス【Any%Glitch】 作:支部の々
「……てな感じになってると思うんだけど、笑えるよね。死んだことにされてるよ。そのあたり、どうです?しかも後回しにされてるしクッソウケる」
「え、」
上も下もないようなどこまでも続く黒色。単色で塗りつぶされたようなそこに、私は浮いていた。
「……え、とー……なんていうか。まず頭がついてきてないっていうか。ここ、どこかご存知ですかね。こんな、宇宙みたいなところに放り出される言われはないっていうか」
「うんうん、そうだよね。わかる。この感じ。ずっと待ってたんです、わたしたち。ずっと。だから僕的にはもうちょっと浸ってたいっていうか、一緒にいたいっていうか」
「やべえ、話が通じないよこいつ」
「でもでも、貴方がね、こんな暗いとこまっぴらごめんだって言うんならあたくしにだって考えがありますよ。……ほら!」
ぱ、と目の前の黒色が割れる。四角く切り取られた白色が目の前いっぱいに広がった。
あ、ごめん眩しかったよね。なんてそいつが言うとそのスクリーンに光が像を結ぶ。ひび割れた青空と、人影が二つ。音は聞こえなかったけれど、まるで映画でも見ているようだった。
「あ、」
「知ってる顔でしょう?」
「うん、これ、夏油傑と五条悟だ。片方前髪ないけど」
「そうそう」
「これ、状況的にエンディング後とか?空も割れてるし」
「うん」
「へえ。そんなの見れるんだ。……でも空とか地面とか、直らないの」
「そりゃあね、一回リセットして作り直さないと」
「彼らも?」
「もちろん」
「君も?」
「……当然」
黒い背景に溶けてしまう髪はぱさついて、やけに白い肌は乾いている。折れそうに細い首も、手足も、骨が浮いていた。神経質なまでに白いシャツの中ではきっと、骨の浮いた薄い身体が泳いでいるのだろう。そんなことはとうの昔に知っていた。
ガラスのような目がキラキラと光っている。
「……初めまして、さっきぶり。それから、お疲れ様。鏡を送ってきたのは、君かな」
「初めまして、かみさま。さっきぶり。鏡は……直接的には私じゃない、かな」
「そっか、」
そう言って息を吐いた。続けようと思った言葉が急になんだかわからなくなった。直接的に違うなら、間接的にはそうってことじゃあないか。なんてことすら。
ただ、こんな、スクリーンに映った二次元とは到底言い切れない人を見てそれとわかることも、目の前の人間を同定できることも、なんら違和感を覚えないことが夢のようだった。
まるで悪夢だ。
「……で、えっと、ここがどこで、なんでこんなところにいるのかって、説明してもらえたりするんですかね」
「必要なら、しますよ」
「そりゃあ……必要でしょうよ……」
「じゃあ説明させていただきますけれどね、あたしたち、貴方を助けたかったんです」
「それ、最初に言ってた死んでることにされてるよって話しと関係あるとか」
「あるんですよ。あのさ、鏡、届いたでしょ。あれの回収がもうすぐ来るんですね。あの鏡をさ、ただ使った人が望む幻を見せるだけの呪具だと思ってる奴が回収に来るなら、マ精々、呪いに触れた一般人ってことでカウンセリングとか?そのくらいで済むんだろうけどさあ……」
「待って待って、なんかその言い方だと呪いとか呪具とか、……呪術師とか、本当に居るみたいな、」
「え、まだ気づいてなかったんですか?ウケる」
「真顔じゃん……」
「ちなみに夏油傑とか、五条悟とか、そっちにオリジナルがいると思いますよ」
「まじかよ」
「ちなみにこのスクリーンの向こうは鏡の中なんだけどさ、そっちの世界を模した虚像っていうの?なんていうか、わかるかな」
「オカルトすぎてついていけないです」
そっかー、わかんないかー。なんてニコニコ笑うガラスの目のそいつは、
「……ねえ、曜ちゃん」
「……なんですか、かみさま」
「君がどうして助けてくれようとしたのとか、どうして話ができるのとか、かみさまじゃないんだけどとか、聞きたいけど聞かないけどさ、……あの、……」
「うん」
もしこの子がプレイアブルだというのならば、何回死んだだろう。
何回、殺しただろう。
息が詰まって言えなかった。正直、本当に呪いがあるとか、ないとか、そんなことは実感が湧かない。そんなことより、目の前のこの子どものことの方がずっと気にかかった。
俯いても自分の足すら見えない暗闇の中で、四角く切り取られたスクリーンばかりが色を映していた。その中のひび割れたまま直らない空は結局のところ、自分の面白半分と怠慢によるものだと分かっていたから、それだって見ていられない。
「……ていうかさ、かみさまはどうしてわかったの?中ボスちゃん、ってずっと呼んでたくせに」
「いや、だって普通にシナリオ全回収チャート組もうとしたことあるし……」
「ああ、そういえばそんなこともあったっけ。ふふ、結局六割くらいで頓挫したんでしたっけ」
「そうそう。そのときはトリガー探しメインで六眼に無下限の組み合わせで汎用性狙ってさ」
懐かしい話だ。こうやって思い出を共有するたびに、この子こそ私がずっと操作していたプレイアブルだと思い知る。
「今まで言わなかったのは、そう、なんていうの、ネタバレ防止っていうの?あるじゃない、そういうの。ゲーム的に。……ていうかこの、鏡的に?どういう処理になってたのかは知らないけど、君が曜ちゃんで、プレイアブルでっていうのは……」
流石にわかるよ、何時間遊んだと思ってるの。口の中で言葉を転がした。
なんだかひどく、不思議な気持ちだった。
「ねえ曜ちゃん、なんか、どうせいろいろ話してもらったってわけわかんないだろうし、今起きてることだってなんにもわかんないし、きっとわかるようになることもないだろうから、ここで色々聞くようなことはしないからさ、」
透明な目が静かに瞬いた。先を促すように黙っている。
「まだ、戻れるかなあ?」
呪いとか、世界とか、そういうことは一つもわからなかった。だってあの漫画が、ゲームが、現実のものなんて思うはずもないじゃあないか。あんなのただの創作だ。こんなの、夢でお気に入りのキャラクターと戯れるような、曖昧で優しい妄想だ。
けれど、なにか不思議なことが自分の身に起きていることだけはわかっていた。そして、きっと完全に戻ることができないだろうことも、わかってしまった。だって、あの漫画では主要キャラも一般人も等しく死んで、等しく元の生活に戻れようもなかった。だから、縋るようなことを言ってしまう。嘘でもいいから大丈夫、と言ってほしかった。
「ごめんね、かみさま」
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「なんかよくわかんないんだけどさ、つまり何?あの鏡運んできたのって郵便局の人じゃないの?配送業者の人でもなく?」
「ないんだよねー。あれ、なんてったっけ。高専?そう、なんかそっちの方の人」
「レタ……私みたいな一般人にどうして……」
「都合が良かったからだろうねえ」
「都合」
「あれさあ、なんていうの。実際に内側に精度の高い現実に即した箱庭があるんだよ。で、ゲームはその末端。するとさあ、いくらでも用途があるじゃない」
「例えば?」
「現実で起こりうることのシミュレーション。簡易的な未来予知。呪力生産工場。パッと思いつくだけでもこのくらいはできる。……マ、その中で俺みたいなシステムの方に干渉するのが出てくるのは想定外だっただろうし、そもそも目的としてた使い方じゃあないんだけどね」
「バグじゃん……」
「バグじゃないやい。かみさまったらひどいわ」
「それで、なんで私に鏡が送られるような事態になったんですかね」
「だってかみさま、滅茶苦茶周回してたでしょ。あんなに試行重ねたら、そりゃ未来も収束するよ。しかも最後には新しい可能性を見出した。だから目ェつけられたんだぜ。しかもバグなんて使っちゃってさあ」
自滅かー、なんて言って転がる。もうこの暗いところに来てどのくらいになるのかもわからなかった。開き直ってしまえば案外この暗い場所も映画館みたいで過ごしやすいし、なんて思っていた。
スクリーンの中では忙しなく袈裟を着た男が動き回っている。黒い淵に手を翳したり差し込んだり、何やら楽しそうだと思った。
空の色は変わらない。
「だからね、そのまま回収して未来の予知とか、そっち方面に回される予定だったんですよ、本当は。人一人消すなんてそんな難しくない組織だし」
「待って?非術師を守るための組織じゃないの?」
「大のために小を切り捨てるのってよくあることだよね」
「しかも予定って、」
「つまりそういうことでここに引き摺り込んだんですよ。おわかりいただけたかしら?」
「ねえ?流しました?流しましたよね?」
どうやらカメラは彼に固定されているらしい。画面の中央で袈裟の黒い裾が翻る。フルカラーだなー、黒だけど。なんて、彼の手の中でガラスのかけらのような何かがきらりと光るのを見て、ふと思った。
「ねえ、曜ちゃん。もし彼があのまま黒いところに飛び込んだらどうなるの?」
「えー……何もしなければ普通にどこにもいけないで気が狂っておしまいじゃないですか…………え、あ、ちょっと待って。全部回収したはずなのに」
隣でぼんやりスクリーンを眺めていたそいつは急に立ち上がった。
「え、なに」
「彼、鏡の外に出ちゃうかも」
「鏡の外って」
「かみさまがいた世界だよ!」
「……それって、やばくない?」
「とんでもなく。それこそ、夏油傑なんて影響力の強いキャラクターが二人いることになったら……」
「またあいつがチャートをズタボロにするって?」
「いや、かみさまのシナリオを今回崩したのは私たちなんだけど……そうじゃなくって!ど、うしますかかみさま!いや、まだあっちに行くって決まったわけじゃないんだけど。……ああ、ちょ、飛び込んだんだけど!」
「あー……回収に行ったほうがいいのかなあ。レタス的にもチャートめちゃくちゃにしやがってっていう恨みもありますか、一発引っ叩きたいところではあるし……でも外にはやばい人いるらしいしなによりめんど、……あ、」
「どうしたんです、かみさま」
「今日ってさあ、クリスマスイブなんですよ」
「そうですね、それがどうかし……あ、」
2017年12月24日と夏油傑の組み合わせほど悪辣なものはない。一応、日没後に事件が起きるのはあくまでも確率の高い予測でしかないことはもう知っているけれど、それの精度については語るに及ばないので。
「……あの、実際に呪術な都合とかよく知らないんで聞いておきますけど、今までの未来予知の精度ってどんなもんなんですかね」
「あのですね、ぼくさまちゃん的にも外の方に詳しいわけじゃないんですけど……多分かみさまが思ってる通りだと思いますよ、はい」
「……ダブル夏油傑顔合わせたらやばくないですか」
「……それは、もう」
ふ、と顔を見合わせた。案外鏡で見る自分の顔に似ていると思った。流石にもっと健康的だし、そもそも平均的に整った顔なら誰にでも似ていて然るべきだ。
いや、そんなことを思っている場合ではない。
追うべき人間のいなくなった画面が虚しくひび割れた空を映している。
「曜ちゃん的素敵パワーで彼をここに引き込んだりって、できない?」
「えと、今やってみ……あ、無理っすね。もう表に出ちゃったっぽい」
「……えー、と……」
いや、別に彼を放っておいてほとぼりが覚めた頃にふんわり表に戻って何食わぬ顔で生きていけばなんら問題はないのだけれど。
でもどうせなら最後まで走ってみたい気持ちも少しはあるわけなので。あと、覚える必要なんて本当はなかった、ほんの少しの責任感。だからわざと戯けて、馬鹿みたいに言った。
「……曜ちゃんはさ、覚えていないかもしれないんですけど、一応、私RTAを走ってまして。あと、レタスはエンディングの途中で引き込まれてタイマー止めてないので実はまだゲームの途中だと思うんですよね?」
「……続けて?」
「あと一応ゲーマーですから!やるなら最後まで見届けたいんですよ。最後の最後で緊急クエストなんて燃えるでしょ?だからさ、」
目を合わせる。透き通った目が真っ直ぐ見つめていた。微かな期待がその奥にチリチリと燃えていると思うのはこちらの願望だろうか。
「目標は前髪が切れてる方の夏油傑!目標は誰かにバレる前に回収!最低条件は日没の事件に巻き込まれないようにすること!これでどうでしょう」
マ、私は一般人ですから何ができるってわけじゃないんですけど、と続けて、
「だから助けてください曜ちゃん!」
「……うん。えっと……そうだね、うん。そうだ」
「いや、あの、ほんとお願いするしかできないから情けない話なんだけども」
「ううん、貴方はきっと、それでいいんです。それが、いいんです。……んふふ、なんか、正面切ってお願いされるってとっても素敵。ええ、そうだ。だって、」
火花が散るようだと思った。ちりちりと揺れていた光がはぜて、瞳の奥を埋め尽くす。こんな、眩しいほどキラキラした目を死んでいると称する人なんてきっといないだろう。そうしてふと、ときにガラスの方が宝石よりずっとよく光るのだと、いつか聞いたことを思い出した。
「だって、わたしはあなたのプレイアブルだもの!」
「必要とされる」
「意味をなす」
「それってとっても素敵なことじゃない?」