【RTA】呪術な世界を駆け抜けるレタス【Any%Glitch】 作:支部の々
「えっと、それはどういう……」
「私もね、呪われるんです。さっき見たでしょ。あの子、曜ちゃんっていうの。んふふ、かわいいでしょ」
「……」
「あ、ごめん。乙骨憂太くんには折本里香ちゃんがいるもんね。そりゃよその子に間違っても可愛いなんて言えないか」
「あなたはどうして……そんなふうに受け入れていられるんですか。僕よりずっと最近だってききましたけど」
「受け入れてなんかないよ」
「え?」
「んー、その点はやっぱ違うんだな。選ばれた側と選んだ側と、呪った側と呪われた側と……」
ぴ、とその人は指を立てた。
「愛していたいこと」
運動不足からなる不健康さだろう、その人の白さは。そう気づいたとき、乙骨憂太はその人のことなんてよく知らなかったけれど、よく知っているような気さえした。出会い方が違えばきっと挨拶すらしなかったであろう、住む世界が違うその人のことを、何十年も前から知っていたような気がした。
誰にも似ている平均的に整えられた顔はひどく端正で、その人が曜ちゃんと呼ぶ子供によく似ていた。
誰にでも似ているその顔は誰にも似ていなくて、透明な眼差しは鏡に似ていた。
「失ったもの」
自慢げは声は、寂しげだ。
「失ったこと、気づいてはいるんです。でも何を失くしたのか私は知らない。知ってはいけない。きっとこれがね、愛ってやつさ」
きゃっ。なんてわざとらしく照れてみせられても。
「でもまあ君に私が愛を語るってのも解釈違いってやつですけどね」
きっと、彼は憂太を見ていない。
凡百
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レタスを名乗る他称神様が自らの唯一の信者たる曜ちゃんにお説教をしていた頃、切り飛ばされたというより元々なかったかのような消え方をした自らの前髪を思う男が一人。彼は地面に倒れ伏して動かない少女を見ていた。
「これで本当にちゃんと訓練してるのかい?もしかして体術サボってたんじゃないだろうね。だめだよ真希、君にはそれしかないんだから」
「うるせえ……手ェ抜きやがって」
「そりゃね、いくら虫の居所が悪くたって自分の生徒を殺すわけにはいかないだろう」
「私は、てめえの生徒じゃねえ……」
「覇気がないね」
石畳の冷たさを頬で感じながら真希は思った。
なんかこいつ、違うな、と。
だってそうでもないとおかしいじゃないか。つい先日まで真希を禪院家のおちこぼれと嗤って、私の世界にはいらないだのなんだの高尚たれてたやつだぞ。普通に殺されていたって不思議じゃない。少なくとももっとボロ雑巾みたいにされて然るべきだ。そうなりたいかは別として。
でも真希は生きている。骨は折れたかもしれないし擦り傷もある。けれどそんな訓練でもしていれば普通にあるような程度だ。
つまり真希は死ぬほど丁寧に手加減されている。
それはたいそう彼女の自尊心を傷つけた。こんな屈辱的なことがあっていいのだろうか。
「ということで私の話も聞いてほしいんだけど」
「……」
「今ちょっと人を探していてね。朝から探しているんだが見つからない。何せ東京は広いからね。区を跨いでの移動なんてしてこなかったっていうのがよくわかる。仕方がないから高専まで行こうにも向こうとはちょっと勝手が違ってさ。だからこんなに時間がかかってしまった」
「憂太か?」
「ユウタ……、乙骨憂太のことかな」
「お前新宿と京都で百鬼夜行やってんじゃねぇの」
「ひゃっきやこう……?」
「……お前本当に夏油傑か?」
「失礼なこと言わないでくれるかい。生まれたときから夏油傑だが?」
「で?誰を探してるって?」
「それがわからないんだ」
「は?」
「顔も名前も知らない。性別も、声も、正直本当に生きてるのかもよくわからない。多分人間だとは思うんだけど……」
「おまえ……ふざけてるのか?」
「失礼な。いたって真剣だよ」
おそらく連れがいるはずだ、連れの方は容姿が変わっていなければ黒髪で……。黒髪の人間が東京に何人いると思ってんだ。折れそうなくらい痩せてて不健康まっしぐらって感じ。まさかてめえ私に探すの手伝えっていうんじゃないだろうな。おや、ずいぶん物分かりが悪い。最初からずっとそう言ってるだろう。
なんて、いっそ軽口にも似た言葉のキャッチボール。それは壁を突き破ってパンダと狗巻棘が現れても続いた。
なお突然現れたパンダと棘のことも、夏油は分け隔てなく丁寧に
「いったい私が何をしたって言うんだ。手塩にかけた生徒たちに殺されそうだなんて、私は悲しいよ。そうは思わないかい」
「私はテメェの生徒になった記憶はねぇし、そもそもテメェ呪詛師だろうが」
「失礼だなぁ。私はただ人を……人、ひと?まぁあれだ、探しものがあるだけだっていうのに」
もしかしたら人じゃないかもしれない。そういえばずっとかみさまって呼ばれていたな、夏油はふと思い出した。
「君たちも知らない?多分二人組だと思うんだけど。片方は骸骨に皮を被せたみたいな痩せぎすの子でね、君たちと同い年くらいだと思う。このクソ寒い中でも多分白シャツ一枚で彷徨いてるんじゃないかな。目はガラスに似てる。……あ、そういえば曜は?あの子はこっちでは、」
「曜……ちゃんさん?」
「ああ、憂太も来たのか。……そう、あの子はどうしてる?ちゃんとご飯は食べてるかな。仲良くしてくれてるかい。あの子は無口だろう。必要なことも言わないから勘違いされやすいけど、」
「待ってください、それ、誰の話をしてるんですか?」
「……?誰って、君の同級生の話だけど」
「僕の同級生はこの三人だけです」
「は、」
「曜ちゃんさんは今朝、はじめて観測された人型かつ受肉した術式ですよ」
見た目は今あなたがあげた通り、痩せぎすで目はガラスみたいで、こんな季節なのに白シャツ一枚で……でも僕が見た時は上着着てました。あと、びっくりするくらいでおしゃべりで、口調がぐちゃぐちゃで……。つらつらと流れる言葉を、夏油は理解できなかった。意味はわかっていて、けれど理解したくなくて、音がただ耳を掠めて上滑りするばかり。
だってそれはおかしいじゃないか。
十年。夏油はあの子供を思った。親友と同じくらい長い時間を過ごした子供を思った。時を逆行し、世界すら書き換える時忘れの子供。折れそうなほど細い手足のガラスの目の子供。適当な言葉で彼を散々煙に巻いたアレと同じ顔をした子供。最後は彼自身が殺した子供を。
けれど、あれは、まごうことなく、彼にとって救いのかたちをしていた。はずなのに。
痩せぎすで、痩せた身体を既製品のシャツの中で泳がせて、おしゃべりで、ガラスの目玉。それは夏油の知る"曜"と呼ばれたあの子供ではない。それは、結局彼が名前すら知ることはできなかったアイツだ。
確かに夏油はアレを追って淵に飛び込んだ。"曜"と"アレ"が言うかみさまとやらを一目見てやろうと思った。
けれどそれは、"アレ"が"曜"の席を乗っ取ったことに納得できる理由たりえることはない。
だって夏油はアレの名前を呼ぶことすらできないのに。同じ顔に同じ名前で振る舞えばアレの名前はどこへ行くだろう。誰にも知られることなくそこに存在したことすら消えてしまう。そうなれば、彼は一体アレをなんと呼べばいい。
君の中で、何者でもないままにさよならしようね。
もうほとんど思い出せない声で誰かが言った拒絶を思い出す。
そうして、
「何やら面白そうな話をしてるじゃないか。私も混ぜてくれるかな?」
三十年近く聞き続けた、それこそ聞き飽きた自分の声が、した。
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「つまり、×××××の体に術式は一切刻まれてないってこと」
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そこらじゅうに撒き散らされた天逆鉾とかいうやべぇ呪具を曜ちゃんがかき集めて片付け終わる頃には私も動けるようになっていた。
逃げてもいいんだよ、助けてあげるよ。曜ちゃんはそう言ったけど私とてそこまで無責任にはなれない。いや、レタスに追うべき責任なんて本当は一つもないんですけど。
ゲームや漫画の主人公に成り代わったような高揚感が過ぎ去ってとうに数時間。今あるのは虚しさと面倒くささとささやかな緊張感、それから申し訳程度の恐怖。その恐怖だって、命を狙われたにしては他人事だ。
どうしたって他人事なのだ。
だからこうやって惰性で夏油傑を追える。
「ねえ曜ちゃん、あのどったんばったん大騒ぎしてるとこに多分夏油傑いるよね」
「どっちの夏油傑がいるかはわからないけどなァ」
「どっちもいたりして」
「そりゃいい」
「0巻みたいに乙骨憂太が覚醒したりして」
「そうしたらリアルで『純愛だよ』が聞けるわけでしょう、レタス的には?」
「名言だもんね、聞きたい気持ちはあるよ。でもあんな人外大戦争に混ざりたくはない。私みたいな一般人は普通に巻き込まれて死ぬ」
「マジじゃん」
「漫画であんなになってるんだよ、平成生まれの平和主義かつ運動不足なレタスじゃ三秒もたないね」
「さもありなん」
「ところで曜ちゃんはんてんしゅつしき?で人の治療ってできるの?」
「できるよお、かみさまが願うなら、なんだって!」
「んじゃ、治したげて。呪力持ってっていいからさ」
「はぁい!」
「ということで、こっちのことは気にしないでどんぱちやってていいからさ」
ひらりと手を振る。やだあ、そんな顔で見ないでよ、と茶化したいくらい空気が凍っている。誰も彼も信じられない、みたいな顔して動きを止めていて。……これは多分、何かを間違えたらしい。
現状、倒れた男女が一組、それから白黒の獣も倒れてる。曜ちゃんはその子たちに手をかざしてる。それっぽい顔はしてるけど多分あれ適当だ。それっぽい雰囲気を醸し出してそれっぽいことをこなしちゃう曜ちゃんの才能たるや。
それから前ちょっと話した乙骨憂太。多分、もしかして、いや結構確定で折本里香の完全体呼んだところでは?やばいタイミングで水を差した感が否めない。本当に私のことは気にしないでほしい……。
「……あの、ほんと、レタスたちのことは気にしないでください。そっちの前髪がない方の夏油傑だけこっちに寄越してくれれば……」
「かみさま、こっち終わったよ」
この空気どうしてくれよう。
六対十二の目が睨むように、値踏みするように、疑念を孕んで私たちを見ている。私は一方的に彼らの生い立ちも思想も知った上で彼らに手を差し伸べたり、差し伸べなかったりするけど、それは彼らの知ったことではないだろうし。だから私がいくら彼らを知ってようと彼らは私なんて知らないんだ。こんな目で見られたって私に何か言う権利はない。ただ勝手に寂しく思うことすらお門違いなんだろう。悲しいなあ。
マ、敵にも味方にもなれない、なったところでそう見てもらうことすらできない端役の葉野菜ですからさっさと仕事を終わらせちゃおう。終わらせて、曜ちゃんと一緒に高跳びしようかな。
ちょっと夏油傑が二人いるけど問題なし。里香ちゃんも完全に出てきてていよいよ0巻も大詰めって感じじゃあないか。ここらでささっと余分な夏油傑を回収してやればうまい具合に原作に戻るでしょ。そうしたらレタスは一番前の特等席で「純愛だよ」って言葉を聞くんだ。それをちゃんとこの耳で聞けたら、ようやく私はこれが本当なんだって認められるはずだから。
きっとそうだ。きっとそれで、全部うまくいく。
「ということで、夏油傑。探したんですよ!こんなにレタスの手を煩わせた
わざとらしい声で言った。軽妙軽薄はレタスの動画の代名詞。人の目を引くためだけに誂えた空気を読まない言葉を。
「とりあえず、はじめましてって言っときましょう。レタスは夏油傑のこと、多分夏油傑よりよく知ってると思いますけどこうして顔合わせるのは……何回目だっけ、曜ちゃん。ざっと百回目くらい?」
「百飛んで三回目だよ、かみさまが彼と会うところまで到達したのは」
「そそ。百三回目にしてはじめて顔合わせますからね。……ってなかんじで、はじめまして夏油傑!今回のRTAの走者兼解説、ついでに動画の編集等々行っております、ふわふわレタスです!呼ぶときは親しみを込めてレタスって呼んでください」
笑顔を浮かべて挨拶を。
動画を上げるたびに吹き込んだ挨拶だ。もしかしたら本名より口に出しているかもしれない。でもこの舌に馴染んだ挨拶を人に向かって投げたことはなかったな、レタスは顔出ししてないタイプの実況者であるからして。
「……これは、どうも。はじめまして、夏油傑です。そこの"曜"さんとやらから話をきいて、ずっとお会いしたいと思ってたんです」
対して夏油傑もわざとらしいほど胡散臭い笑顔でそう答えた。着物の合わせは左が上で、ああそうだ、これは死者の装いで、そして鏡に映った虚像の証だ。前髪があればきっと、それも逆さになっていたのだろう。
お聞きしたいことがあるんです、彼はそう言った。
「私に、私の
ねえ、"かみさま"。
「はい、ストップ。ごめんね夏油傑。うちのかみさまお触り厳禁なんです。握手したかったら物販でグッツ買ってきてちょーだいね?」
「これは手厳しい」
「んふふ、ぼくさまちゃん今、史上サイコーにゼッコーチョーなんで?」
「……相変わらずだね」
「テメェは随分日和ったな」
眼前に伸びた節くれだった大きな手が、私の頭を掴む直前で止まっている。曜ちゃんは表情ひとつ浮かべないで、どこに隠し持っていたのか、さっき全部呪力に還元したはずの鉾を夏油傑の喉元に突きつけている。ちなみに私はそのどっちの動きにも対応できてない。なんてったって一般人なので。
えー、すっごい殺伐としてる……。
あ、もしかしてレタス今結構危機一髪だったのかな。もしかしてアイアンクローで頭潰されるところだったとか?りんごみたいに。こんな動きゲームじゃ出てこなかったからね、知らないモーションには対応できません。
は〜リアルにじゅじゅつなキャラクターと知り合うってリスク高過ぎんだよな。
「あのさあ、」
「……かみさま?」
「君がレタスになに期待してたのかわかんないけど」
「ちょっと待ってかみさま、さっき自滅したの忘れてないよね?あと今頭リンゴみたく潰されかけたのもしかして気づいてない??」
「あ、やっぱそうだったんだ」
「気づいてんなら口に出す前に一回言葉は頭の中で考えよう。なんならオレに相談してくれたって構わねぇ。だから待って、ねえ待って、嫌な予感がする」
「君は私のなに?どうして私にかけた期待が叶うと思ったんですか」
あとは任せたぞ、曜ちゃん。私は戦闘要員じゃないからね。
「私は君の神様じゃあ、ないよ」
勝手に願われて失望されても困るんだよね。