【RTA】呪術な世界を駆け抜けるレタス【Any%Glitch】 作:支部の々
ソレは異様だった。
現れ方からして異常で、そのおかげで彼は自身の命が拾われたこともしばらく気付かないほどだった。
その後だってずっと可笑しかった。
一級に届きそうな呪霊が直撃するまで接近に気付かなかったことも。
相当な速度でぶつかったはずなのになんの異常も訴えないことも。
そして何より、歩くような速度で呪霊の攻撃を避け続けて、そして時折カウンターとばかりにどぎつい一撃をかますことが。まるで未来が見えているかのようなその動きは異様としか言いようがなく、しかも相手の攻撃を選んでカウンターをかましているようにも見えた。
その奇妙な生き物は相手の攻撃を返すほんの一瞬だけ呪力を溢す。
溢れんばかりのそれは陽炎じみた揺らぎを纏って透明なくせに質量すら伴っているように見えた。もし術式が見えたならソレはどんなふうに見えたのだろう、なんて彼は倒れ伏した神様だったものに目をやって、ぼんやり考えた。
彼らが一瞬、自らの命すら諦めた相手は空から降ってきた珍妙な生き物の2、3回の攻撃で動かなくなってしまった。
先ほどまで落ち着きなくゆらゆらと動いていた名前も知れないそいつもぴたりと動きを止めて、じぃ、と自らが屠った呪霊のいた場所を見つめている。魂が抜けてしまったようだった。
「……えっと、さ。君は、」
人間ですか。
「えと、」
少年とも少女ともつかないそれは動かない。
「名前を聞いても、いい?」
その瞬間、ぐるり、と回った顔と目が合う。
呪霊相手に立ち回っていた時よりよほど早い動きで問いかけてきた相手の手を取るとその手のひらに文字をひとつ書いた。
「……そっか。ねえ、助けてくれてありがとう、"曜"……君?ちゃん?」
またすぐに電源が切れたように動かなくなってしまったけれど、彼にとってはそいつが確かに自らの命を救ってくれたことに違いはなかった。
▽
ソレは異様だった。
色ガラス越しでもその可笑しさはよく分かった。
怖いもの見たさで持ち上げたサングラスの向こうでは混沌が渦を描いていた。人の形をした閉じた輪の中で行き場のない呪力がぐるぐると回っていた。押し込められた術式は一つ一つの線が分からないほどぐちゃぐちゃに絡み合って塒を巻いていた。
いっそ術式と呪力が人の形を取っているのだとまごうほどで、彼はソレが人だと一瞬理解できなかったくらいである。
こちらをじィ、と見る目が酷く冴え冴えとして、それでいて魚のソレのようにぬらりと光るものだから。
自らだって一般的な子供であったとは到底言えないけれど、それでも彼はどうしたらこんな、死んだ魚じみた目をした子供ができるものかと思わず考えてしまった。
だからといってそれをそのまま表に出すのはなんだか違う気がして、けれど彼はその時の感情を言語化できるほど自らの感情についてよく知っているわけではなかったから、思わず口を突いて出たのは憎まれ口だった。
「なにこれすっごい気持ち悪いね。どうして生きてるの?」
その小さな生き物は一瞥もくれなかったが。
ところでその愛想のかけらもない奇妙な子供を彼が愉快な生き物だと認識したのはその後の子守の時だった。
聞くところによるとソレは自らの後輩が手こずったらしい呪霊堕ちの産土神を下したらしい。マ、僕なら余裕だけど。と、彼は思うけれどそれが万人に可能ではないことくらい理解できる。だからこそその生き物の異様さは際立ったし、なんなら誇張した言い方とすら思っていた。
だからこそソレが本当に使える呪術師足り得るかを調べるべく廃ビルへ放り込んでやろうとしていた。
廃ビルなんて雑魚呪霊の溜まり場であるから彼は適当に見ているだけで安全に終わるだろう、と。まァどうしようもなく死にそうになったら助けてやってもいいけど、と彼は適当に考えていた。土地神崩れを倒せるならさして手間でもないだろう。どうせ四級、精々いいとこ三級までしか出ないだろうし。
「それでは帷を下ろします」
その子供は表情こそ動かさなかったものの何やら興味深そうに帷が下りる様を見ていた。透明な目がちょっと輝いて普通の子供に少し近く見えた。
「それじゃ、僕は見てるから。あ、よっぽど酷いヘマしたら助けてあげるよ」
帷を下ろす窓のことはキラキラした目で見ていたくせにこっちには目もくれない、と少しつまらない気持ちになった彼の目に映ったのはビルの入り口を潜った瞬間一歩下がった子供の姿だった。
「は?」
そのままソイツは軽やかに前後にステップを踏む。残像が見えそうなほど速いステップだった。
そしてソイツは何に満足したのか何事もなかったかのようにビルの中に消えていった。
「……は?」
その数秒後、彼の視界でぐにゃりとビルが歪んだ。
ぐるりと視界が回る。
世界がばらばらに解けて、
そうしてもう一度組み上がる。
途方もない呪いが渦巻いて、しかしそれは瞬き一つにも満たないほんの一瞬の出来事だった。
もう一度組み上がったビルは先ほどまでとは打って変わって酷く禍々しい雰囲気を漂わせている。サングラスをずらして見れば何やら怪しい、それこそ特級に届きそうな呪物の気配が二つ、そして屋上には一級には届かないものの二級は優に超えているであろう呪霊の気配。
間違いなく、あの小さい化け物は何かしらの方法でビルを入れ替えた。
それを理解した瞬間思わず彼は自らの口から笑い声が漏れたことに気付いた。
「あー、なにアレ意味分かんない。化け物じゃん」
そしてその声がどうしようもなく弾んでいて、どうしようもなく愉快な気持ちであったことを彼は後に認めている。
そのうちビルの呪霊は綺麗さっぱり祓われて、あの生き物が帰ってくるのを待つだけになった。どうせアレは怪我の一つもしないで自分を置いて行った時と全く同じ温度のない目をして帰ってくるのだろう、と彼には確信があった。世界すら組み替える化け物が特級にも届かない呪霊如きに傷をつけられるはずがない。
なんなら、高専に帰った後でも適当な武器を見繕ってやってもいい。だってアイツは今だって素手だろうから。
マ、そのとき僕の機嫌がよかったらね。なんて嘯いた。