【RTA】呪術な世界を駆け抜けるレタス【Any%Glitch】 作:支部の々
次は、というとき人は何かを期待している。それは大抵以前あった出来事と比較して口に出る言葉であって、大概後悔とか失望とか、そういう感情と結びついている。
だから五条悟が"次は"と言ったとき、彼はおや、と思った。
確かに彼の名前は広く知られていて、その術式と目の特異性からこの界隈での知名度は留まるところを知らない。知らない者の方が少ないことは確かだ。また彼はそのことに対して酷く自覚的であるし、他者が自分を知っていて当然という態度で生きている。
彼は傍若無人で横暴だけれども、だからと言って嫌味ったらしく自らを知らないと言った相手に対して"次は"などとは言わない。知らないことは喋れないことを彼は理解している。そもそも彼自身名前を覚える気もしないような有象無象が彼の名前を知っていようがいまいがどうだっていいのだ。
いわば彼の根底にあるのは他者への期待値の低さと才能ゆえの孤独と、なにより図り知れない無関心である。
だからこそ"次は"という言葉が彼の口から出てきたとき、他者への期待が透けて見える言葉が聞こえたとき、どうしようもなく気になったのだ。
「ねえ悟、どうしてさっき"次は"なんて言ったんだい」
「あれ、そんなこと言ったっけ」
悟は首を傾げる。
「そもそもなんであいつ僕の名前知らなかったんだろう」
「そりゃあ、……知らなかったから知らなかったんだろうよ」
「そんなこと言ったらお前はどうなんだよ」
「私かい」
「どうしてあのとき、おかえりなんて言った?」
ほんの数日前のことが彼の頭をよぎった。彼は確かにあのとき、初めましての代わりにおかえりと言葉を投げた。奇妙な既視感があって、けれど見覚えのない顔で。おかえり、と言った瞬間あの暗く沈んだ目に光が灯ったから、その時ばかりは自分が選んだ言葉が正しかったのだと安堵したのだけれど。
「……どうしてだろうね」
先ほどアレが意識を失ったまま連れてこられたときはなんとも思わなかったのに。まあアレの目が覚めて、あのぬらりとした金魚の目と目があったときには既に胸を掻きむしりたくなるような焦燥感が居座っていたのだが。
「ただ、そうだなあ、」
既視感。
安堵、
焦燥感。
記憶を遡ったところであの子供に辿り着くはずがないとどこかで理解していた。
「多分、あの子供に必要な言葉だったんだと思うよ」
なんだ、僕と一緒だね。
その言葉を聞いた彼はそれだけ言った。
▽
『どんな女が好みかな』
そう言って図々しく隣に腰掛けた女と話していた。
思い出していたのは何も知らない顔で拍手をする人間の姿。他人の死を喜んで、自分が守られていることも知らないで、あるいは知っていながらそれを当然と享受する傲慢な生き物の姿。生きたいと言った少女を踏み躙るような笑顔。
同じ生き物などとは一つも、思いたくなかった。
その瞬間、背中に軽い衝撃。そのままぐちゃり、と臓腑を掻き混ぜるような不快感が肚を起点に回りだす。視界が歪んで倒れ込みそうになった瞬間、ぱ、と頭が冴えた。
顔を上げれば見慣れた山と鳥居があった。隣には少し前に灰原が拾ってきた子供が憮然とした顔で立っている。どうしてお前がいるんだ、そう言いたげな表情だった。そしてす、とその子供は踵を返すとついてこないのか、と言いたげな顔でこちらを振り返った。
慌てて追いかけて、言いたいことが沢山あって、けれど一つも声にならなかった。喉に何かが絡みつくようだった。あるいは、肺腑を満たしていた空気に重さがあると知ったような。そんな思いでようやっと声になったのは自分の名前を告げる言葉だったのに、ソイツはついに頭でもおかしくなったかと言わんばかりの表情で誠に遺憾である。
数歩も行かないうちに嫌な予感がした。
高専近くによく似た鳥居、階段、誰かが戦う音。嫌な符号が揃っている。
そうして、その予感は的中した。
ちょうど、五条悟の首に鉾が刺さったところだった。
息を呑む。思わず声が、出なかった。
そしてそのまま傷が増えて、頭に穴が空いて、適当に投げ捨てられた親友の姿を見て何も思わないはずがない。
嗚呼、彼は今までちゃんと人間だったのに。
彼が動けないでいるうちに隣の子供がふらりと歩き出して親友を屠った男の方へ歩きだす。止めようと手を伸ばして、
ぬるり。
手が滑った。
見れば手は真っ赤で、歩いてきた道にも転々と同じ色が残っていて、その子供はいやに白い。そして子供は手に握った血塗れの小さなかけらを構えてふらりと、倒れ込むように縋り付くように、彼のトラウマである男の肚を抉った。
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体感にして数秒。すぱんと男の腕が舞って、それが消えて、子供に蹴り飛ばされて星になるまではそう長い時間ではなかったのだろう。は、と息を吐いた。自分の隣にいる親友によく似た男、いや親友なのだろう、そいつも、は、と息を吐いた。
子供は所在なさげに茫、と立っている。ゆら、ゆらと居心地が悪そうに揺れていた。
近くまで寄れば子供はこちらを見上げて手を掴んで引いた。
赤い血がべったりとついて思わず足を止めてしまう。子供の失血量はどのくらいまで許されたものか。そんなことを考えたら歩かせていてはいけない気がした。彼は術師は非術師のために身を賭すべきという考えと非術師は猿でいう考えとの間で彷徨っていたけれど、ちょっとそれどころじゃない。早く硝子に見せないと。子供が死んでしまう。私は反転術式を他人には使えないから。そんな考えが回って子供を抱き上げた。ゾッとするほど軽かった。
恐らく校舎にはいるだろう、早く。と急ぐ。ところを、子供は彼の髪を引いて止めた。布の切れ端で止血された手はいやに冷たい。
血の気の引いた顔が向いている方にはいつかの自分が守れなかった星漿体の少女を庇うように立つ自分がいた。訳が分からなかった。ただ、この不安になるほど軽い子供が得体の知れない技で何やら途方もないことを成し遂げたらしいことだけは分かった。
おろせ、と子供が言外に主張する。その手には少しヒビの入った鏡のかけら。強く握っているのかまた血が出ている。
子供は夏油の手を引いて少女を庇うもう一人の方へ歩いて、
内角低めに抉るようにそいつの腹を刺した。
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「……、これらはただの思考された可能性だ。どちらを」
「は?」
「うん?何か気に触ることを言ったかな」
「あ、いえ。えっと、いいえ」
ぱちん、と泡が弾けるように世界が回り出す。空が青くて、雲が白い。自動販売機が低く稼働音を鳴らしていた。隣の特級呪術師の女はそうかい?なんて言って言葉を続けた。
何もおかしいことなどなかった。そうだ。さっきからずっと、そう、この女が現れたときからずっと、私は彼女と会話していた。きっと私は夢を見ていたのだろう。思い出していたのだろう。私の後悔の原点。なのにどうしてか違和感が拭えない。
ゆらゆらと揺れる足が見えた。
白い顔をした子供がつまらなそうに足を揺らしている。
ゆらゆら。
その手に巻かれた白かったであろう布を見て、
「星漿体のあの子は、死にましたよね?」
「[[rb:いいや> ・・・]]?君と五条悟が守り抜いただろう」
何をおかしなことを言っているんだ。彼女は今中学生だろう、お望みの通り、ね。
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「悪いね、私は君のことは知らないよ」
「……」
「ところでこれは個人的な質問なんだが」
「君はどう思う」
「呪霊を狩るんじゃなくて呪霊の生まれない世界をつくろうよってこと」
「君なら、どうする」
「……」
「ま、そうだよね、君は答えないだろうね」
「あなたのしこうにいみはないすべてふようであるなぜならばすべてのにんげんをころすことができないとせんたくしたじてんでこのもんどうはむだでありそのためにわたしたちがいるから、」
ぐるり、
「そのせかいはじつげんする」