『モンスターハンターライズ 魂の傷跡』   作:片貝有希

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『プロローグ』

 

 キャラベル船は、一思いに船が沈まない程度の性悪な波と荒れ狂う風によってじわじわと追い詰められていた。

 甲板には、破損して穴の空いた床板があちこちに出来上がっている。大、中、小と大きさの順番で三本立ったマストは全く同じ方向にそれぞれ傾いている。さらに舳先は波に叩きつけられて既に折れて無くなっていた。

 たった数時間でボロ船と化し、後は沈むだけの状態でしかないが、奇跡的に船は海の上に未だ浮かんでいた。

 南国に位置するチコ村を出発して順調な航海を早々に打ち切られた船を水夫のメラルーと助手のガルグがあっちこっちと走り回っては、焼け石に水程度にしかならない修復作業を試みている。

 二匹ともパニックに陥って手あたり次第に働くことしかできなくなっており、どこをどの順番で修復すべきかの判断すらついていなかった。目が付くところをとりあえず補強している。

 助かるわけがないという絶望感から逃げるための行動だった。

 船が波を乗り越えた反動で、大きく揺れてバランスを崩したガルグが足を滑らせる。踏ん張ろうと爪を床に立てるが、濡れた地面の上ではそれも難しい。

 船から投げ出される手前で、無骨な男の手がガルグの首根っこを引っ掴んだ。

「おいおい、どんくせぇ奴だな」

 ガルグは、男に振り返った。が、途端にぎょっとした後、そそくさと逃げ出してしまった。

「礼も言えねぇのか、やれやれ飼い主の躾がなってない犬っころだ」

 男はそう言って呆れた様子で肩を落とした。

 しかし、ガルグがあのような反応をするのも無理も無いことだった。

 男の顔左半分には、入れ墨で文様がと彫られており、髑髏のようにも見えた。多少芸術チックに描かれているとはいえ、まだ年若い男の顔にあることで異様な雰囲気を放っている。

 六四分けの髪型は、その目立つ顔立ちを隠す気が無いことを周囲に見せつけているようだった。

 斜め格子状の繊維を襟元と鳩尾より上の部位に鉄を使って固定した下着の上には、胸元と背中が大きく開いた長手甲を着用している。両肩には、風車と桜を合わせた様な家紋があり、それ以外は真っ赤に布地は染められていた。

 下半身には、右斜めからもだらりと垂らされ、ブルファンゴの皮が裾にあしらわれた腰巻をしている。白い二本の湾曲線と木瓜紋、裾部分の鋸の歯のような模様以外は、全て藍色だった。左右にある木瓜紋の上から切れ込みが入ってはいるが、袴と脚絆で露出部分は存在しておらず、上半身とは裏腹にかっちりと着こんでいた。

 腰には一本の脇差、背中には二対の『双剣』と呼ばれる装備が背負われている。殺し屋を思わせるような目元の鋭さと奇抜な服装が相まって、青年は堅気の人間には見えない風貌をしていた。

「小太郎さん! 寛いでいる場合かニャー!」

 メラルーが今にも倒れそうなマストを支えながら、叫ぶ。

「はぁ? 何言ってんだお前」

 小太郎と呼ばれた男は、心底面倒くさそうに言った。

 彼は甲板の中央に陣取り、胡坐をかいてドカッと音を立てて座った。

「船をなんて俺が動かせるわけないだろうが」

 小太郎は、そう吐き捨てるよう言って懐から瓢箪を取り出した。中身は、土産物屋で買った酒だった。

 栓を抜いて軽く振る。微かに水が揺れる感覚がしたのを確認して、小太郎は一気に中身を煽った。

「んっ……結構強い…………ほら、こうやって邪魔にならんよう、寒い中で暖を取って端に座ってやっている。ありがたく思えよ」

「さぼっているだけにしか見えないニャー!」

 急き立てるように波が次々と船に覆いかぶさってくる。甲板の上を海水が溢れて、荷物が次々と暗い海に放り込まれていく。

「ンニャーー!」

 ビュオッと船が傾きかける程の強い突風が吹き、一番小さなマストがついにメキッとへし折れてに振動を響かせながら船外に沈んだ。

「ハハハ、良い風だなぁ」

 瓢箪を持ったまま小太郎は、ニコニコと楽し気に笑った。既に顔は赤らんでいた。

「どこがだニャーー!! 他の船みたいになってもいいのかニャー?! 酔っぱらってる場合かニャー!!」

 数十分前まで周囲には、遊覧船や貨物船なども見受けられた。しかし、既に波に呑まれたのだろうか、今はその影すら見えない。ちっぽけな船だけがたった一艘取り残されていて、荒波に揉まれている。

 足元一体に死がのさばっている中で僅かな糸のように垂れ下がった生に縋り付いているだけでしかないのだ。

「もうガルグもボクもヘトヘトで……手伝ってくれニャイかニャー……?」

「俺は、ハンターだから嵐は専門外だ」

「専門外でも力仕事ぐらいは、できるニャー!」

「ちっ……バレたか」

「厳つい顔している割りに! 全然頼りにならないニャッ!」

「そうだ、頼りになるわけがない。だからもっと頑張れ」

 空になった瓢箪を海に放り投げてから再び空を見上げ始めた。しかし、彼が眺めていた場所には、暗雲しか目視出来なかい。

 小太郎は目を細めて空一帯に視線を向けた。

 しばらくそうやっているうちに遠くの方に白い一筋の糸のような物が浮いているのが見えた。それがくねくねと動いてどんどん離れていく。ほうと小太郎は、感嘆の声を漏らした。

「この嵐、どうやらそろそろ収まるらしい」

「それは、あとどれくらいかニャー?!」

「言ってる間に……ほら」

 小太郎が天を指さすと同時に、雲間から一筋の光が漏れ出す。

「ハニャ……」

 急激に風が弱まっていく。波は、まだ反動があって揺れは大きいが、それでも津波と呼ぶには小さい。

 みるみるうちに雲間が広がって辺りが明るくなってくる。

 メラルーもガルグも走り回っていた反動で力が抜けて、小太郎の隣に尻もちをついた。

「な、何で晴れるって分かったのニャ?」

「アマツマガツチが去った。さっきまで真上でふわふわ浮いてやがったからな」

 メラルーもガルグも目を凝らすが、その姿は今やどこにも見受けられなかった。しかし、こう早く嵐が去ったことを考えるに、男の言うモンスターが近くにいたという情報は、間違いではない可能性が高かった。

「だから、ぼんやり空なんか見上げてたってことかニャ? 嵐が収まるって確信してたからかニャ?」

「まぁな。もうダメかとも思ったけど……でも、生き残った。生き残っちまった……あんなに酷ぇ嵐だったのに、だ」

「何で悪いことみたいに言うのかニャ?」

 メラルーは、首を傾げて尋ねる。命からがら助かった直後で、二匹とも疲れのせいで喜びよりは脱力感が強かったが、この男はその対象外のはずだった。なんせ働かなかったのだから。

「死ぬんだったら、古龍の観察でもしてやろうと思って上向いて覚悟決めてたんだよ。肩透かしになっちまった」

「縁起でもないニャ!」

「カリカリするなって。儲けたってことでいいじゃねーか」

「その割に言い方が、死んだって別にいいみたいに聞こえたニャ」

「…………」

 メラルーの言葉に小太郎は、図星を突かれた様子で口を噤んだ。

「どうなのかニャ? 自殺志願者をわざわざ遠い目的地まで運ぶ趣味は無いニャよ」

「そんなつもりは毛頭ない! 第一、お前らが一々気にすることじゃあ……」

 小太郎はそこまで言いかけて途中で不自然に目をかっ開いた。メラルー達は、訝し気に首を傾げて声をかけようとしたが、手で制止するように合図された。

 小太郎は、空になった瓢箪を床に置き、素早くほとんど音もなく立ち上がって、双剣の柄に手をかけた。

 船倉にぶつかった波飛沫がピチャンッと音を立てる。

 メラルーとガルグは徐々に戦々恐々と後ずる。最終的に二匹とも小太郎の背後で縮こまってぷるぷると震え始めた。

「任せろ……俺は、ハンターだ」

 メラルー達からの言葉は無かったが、ようやく尊敬の眼差しが小太郎に向けられる。

 命からがら嵐を抜けて疲労しきった二匹にとって、何と頼もしい背中だったことだろう。

「…………」

「…………」

 しかし、沈黙だった。

 船が破損した時にあちこちに飛び散った破片が勢いの弱まった風に揺らされて、地面をカラコロと転がる。糸が切れて今やただの旗と化したマストが気だるそうにバサッと翻る。そしてそれらのほんの些細な音が妙に大きく聞こえる。

 待てど暮らせど、僅かな雑音のみが耳に入るばかりだった。

 そろりそろりとメラルーが立ち上がって、小太郎の足間から顔を出す。

 「何にも、いない……ニャ?」

 ガルグは、訝し気に小太郎を見上げて、くんくんと鼻を動かす。どうやら彼もメラルーと同意見らしい。波も静かになって大きな生物の気配などは、全く感知できなった。

「……ふ、ふふふっ」

 小太郎は不敵な笑みを浮かべながらも、双剣を背中に収めた。

「行ったか……」

「いや、何もいなかっ「いた!」

 メラルーの言葉を遮って小太郎は、慌てた様子で弁解した。それがまた、嘘臭さに拍車をかける。

「……い、いたが俺の迫力に恐れて奴は逃げた」

 ガルグとメラルーが顔を見合わせる。

 そして二匹して鼻で馬鹿にしたように笑った。

「絶対いないニャ、かっこつけただけニャ?」

 わふっとガルグも賛同した。

「て、てめぇらは、鍛練が足りなかった……」

「暴論過ぎるニャァ」

 二匹共完全に呆れ返って、ため息まで吐いている。

 が、小太郎は自分の過ちを認めようとはせず、さらに息巻いた。

「弱っちぃから感じ取れないんだ!」

 メラルー達は、呆れ帰ってため息を吐いている。どんな弁明も言い訳にしか聞こえないのだろう。

「……そんなんだから、長旅に出るってだけでオトモにお暇されちゃうんだニャ」

「違う! あれは奴らが俺の魅力に気づけなかったからだ!」

「あー、もうそれは乗船一日目の絡み酒で夜通し聞き飽きたニャー」

 小太郎がギャイギャイ騒ぐが、二匹はもはや相手にしていない。最初は、彼を怖がっていたガルグでさえ耳を逸らして出来る限り音を拾わないようにしている始末だ。

 嵐が去るとこれまでのことが全て嘘だったかのように、穏やかな船旅が戻っていた。

 また大きな嵐が来たら……とメラルーやガルグ達は、時折不安がっていたが、小太郎は以外にも飄々としていて微塵も恐れている様子などは無かった。

 メラルーとガルグが船を進め、小太郎は飯を食って、酒を呑んでゴロゴロしようとしていた。が、そんなことは到底許されず、ほぼ強制的に船の動かし方と雑用を手伝わされる事となっていた。

『なんで俺がこんなことをしなきゃならねーんだ!』『金だけじゃ満足しなかったのか? がめついぞお前ら……』

 など、ぶつぶつと文句を言っていたのは、最初だけで意外と途中からは楽しくなってきたのかのめり込んで船を動かす手伝いをしていた。

『ここはどうするんだ?』『傷んでいる場所があったが、俺が修復した……どうだ、完ぺきだ!』

 彼は、非常にのせられやすかった。褒められるとなお調子づいて、様々な雑用を手伝うようになり、目的地の『ポッケ村』付近の港に到着する頃には、立派な船員としての働きが一通り出来るようになっていた。

 そうして南国のチコ村から北上して進んだ船は数週間の旅を要し、フラヒヤ山脈近くの雪山に位置するポッケ村に到着した。

 船から降りる時、寒さに震えながらも小太郎はメラルーとガルグにゼニーを渡した。

 それはとんでもない大金だった。二匹で山分けしたとしても一生食って繋いでいけるだけの額だった。

「はい、まいどニャ」

「……おう」

 短い返答だった。

 小太郎の歯がガチガチと鳴っている。寒すぎてそれ以上の言葉を紡げなかったらしかった。

「そんな薄着じゃ、風邪を引くニャ……」

 メラルーは渋々ガルグに指示を出して、船の中から綿のいっぱい詰まった、温かそうな白い上着とズボン、帽子、瓶に入れられた度数の高い酒を持って来させた。

 この服装は、ポッケ村の文化と気候に合わせて作られた『チコ村』の村長から小太郎に贈られた品だった。

 小太郎はそれらを受け取って無言で腰巻を外した。衣服を順々に着用する。瓶の蓋を外して、一口液体を口に含んだ。

「っ……くそまずい味の飲み物だなぁ、おい」

「ホットドリンクだニャ。味は言いっこなしニャ。でも、そのうち体は温まってくるニャ」

「……世話になった」

 しばし、沈黙して思い出したように小太郎は、ぽつりと呟いた。

「まったく本当に! ……でも、楽しかったニャ。顔程、悪い人じゃなくて良かったって思ってるニャ」

 少々、棘を孕んでいた感想だったが、小太郎も怒ることなく少し笑って頷いた。

「ここは、住むには向かない村ニャ。南国育ちならなおのこと……小太郎さん、どうしてこんなところに来たのかニャ?」

小太郎は、神妙な顔をして目を逸らした。

 村に到着が近づくにつれて時折、本当に短い時間だけだったが、彼はこのような表情をするようになっていった。二匹はそれを気にかけているのだ。

 まるで村に着くことを、旅が終わることを恐れているように見えていたのだ。

「何かあるのかニャ?」

 再度、問いかけられて小太郎の視線が揺れた。

「俺は…………」

 顔面の半分に彫られた入れ墨に手が宛がわれる。目を瞑って覚悟を決めるように、深い呼吸をする。

「俺は、俺の呪いを解きに来た」 

 

 

 

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