『モンスターハンターライズ 魂の傷跡』   作:片貝有希

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第二章『君は何処へ』

 目が覚めて最初に飛び込んできたのは、端正に整った顔の作りをした青年が、自身の顔に触れている光景だった。

「あー……何やってる?」

 声を賭けたとたんに額の辺りに触れていた手がパッと離れて、青年は不貞腐れたようにそっぽを向いた。

「別に」

「別にって……」

 さらに問いかけようとすると、横目できつく睨めつけられ、これ以上は何も言うなと視線で制されたので小太郎は口を噤んだ。

 小太郎は眠っている間に、どうやらどこかの家屋へと連れ込まれたらしい。

 部屋は凸型の内装をしており、所々で岩を敷き詰めた土間と、土間から一段分の段差がある囲炉裏の置かれた木板、休憩を目的として造られたのであろう布団が畳んで置かれている畳みの床とで役割が分かれていた。

 土間側は、玄関と調理場、物置きなどとして使われているらしく、小太郎が座らされ、縛られている柱の周りは、米の入った紙製の袋が横に積み上げられて置かれていた。背後には、餅つきを永遠と繰り返している絡繰りが作動し続けているので、おそらく品種はもち米なのだろう。

 反対に木板の床は囲炉裏と座布団が置かれ、食事ができるようになっていた。その隣に位置する畳の部屋も眠ったり、寛いだりすることを視野に入れた休憩所のような造りとなっていた。

 青年の縄は、既に解かれている。

 服装も先ほど見たのような青蘭色のつなぎではなく、橙色の皮膚が特徴的なフロギィの革をあしらったマントと、無骨さは無いが細身の体格を隠すように全身を衣服や革で覆った『フロギィS』シリーズの装備を帽子以外は身に着けていた。

 頭は、亜麻色の髪を後頭部で纏めていて、木に吊るされている時よりもすっきりとした印象になっていた。

「ハンターになったのか」

 小太郎は青年に話しかけたが、言葉は返ってこなかった。

 青年は、心底うっとおしそうな顔をした後、囲炉裏の前にある座布団に小太郎に背を向ける形で座った。

 そして座布団のすぐ傍に置かれていた円形のお盆の上から茶碗を手に取って漬物の乗った白飯をかき込みはじめた。円形のお盆の上にはまだ、味噌汁と油の乗った大きな焼き魚が乗った皿が用意されており、木の上で縛られるような境遇をしているとは、考えにくい健康的な食事だった。

 立場は完全に逆転しており、現在は小太郎が柱に縛られる羽目になっている。装備も勝手に剥がされ、まとめて玄関に立てかけられて置かれていた。

 特に気になったのは、自身の足元だった。靴が勝手に脱がされているため、足首からつま先までが露になっている。装備を剥がすのは分かるが、靴を脱がせる理由が一体どこにあったのか。

 青年は、握り箸でお椀や皿に直接口をつけて、モンスターが水を飲むかのような仕草で食事をしている。

この辺りの行儀の悪さも思い出にある姿としっかり合致する。

「……なぁ、ちょっと頼みがあるんだけど」

「嫌だ」

 即答だった。

「今、食事中だから後にして」

 と言いつつも、青年は食事をする手を一旦止めて、横目でチラリとこちらを見た。

「いやいや、簡単なことだぜ? 縄を解いてくれるだけでいいんだって」

「それは、ダメ。勝手にやるなって言われている」

「昔のよしみじゃないか、頼むよ」

 小太郎がそう言うと、青年の表情がじわじわと曇り始め、数秒後には苦虫を嚙み締めたかのような顔をしてまたそっぽを向いてしまった。

「……昔のことなんて忘れたよ! この薄情者!」

「すげー覚えてるじゃねーか……あの時は、その……」

「五月蠅い! これ以上、僕に話しかけないで!」

 青年は、ガツガツとまた飯に齧り付き始めた。

 一瞬、こちらの話を聞く素振りもあったが、小太郎の言い方や言葉選びがまずかったのか気分を害したらしく、何度か話しかけたがその後、青年はこちらを振り返ることは食事中、一度も無かった。

「目が覚めたのね」

 青年の食事が終わった頃、青年を縛り上げていた女が家屋に現れた。

 顔にかかっていたベールが外されている。少々吊り気味の大きな青い目は迫力があり、隠れている時と変わらない迫力と怪しさがそのまま残って露出していた。

「あ! てめぇ! いきなり襲いかかってきやがって!」

 女の独特の雰囲気から放たれる圧迫感に負けじと小太郎は、女に向かって激しく非難した。

「話は聞いたわ、貴方達は知り合いだったのね」

 しかし、女は小太郎の言葉をさらりと受け流して、笑みを浮かべた。

「そうだよ! ったく。早く縄を解きやがれ!」

 女は、背負っていたナイフを引き抜いてにじり寄るようにゆっくり近づいてきた。

 小太郎の体が反射的にビクッと震えたのを見て、女の口角が楽し気に上がる。

「さっさとしろよ!」

「はいはい」

 縄が切られて、ようやく自由の身となって小太郎は立ち上がってみた。

 毒がまだ体に残っているようで、足元がふらつく。脳を揺らす程ではないが、軽い眩暈もあった。

 女は、ナイフを再び背中の鞘に仕舞って小太郎に「良かったわね」と全く悪びれる様子はなく、ほほ笑んだ。

 この女に対して言いたいことは山ほどあった。しかし、それよりも先に言わなければいけないことがあり、彼はため息交じりに口を開いた。

「で、何で縛られてたのにお前は平然と食事をしているんだよ……」

 青年は、未だ黙々と食事をしている。小太郎からすれば、この状況は理解しがたかった。

 小太郎は、彼を助けるために体を張った。だというのに、その助けたかった相手は、縛られている彼を見捨てて食事の方に夢中になっているのだから。

「お前じゃない……んぐっ……蘭丸」

 聞いた事と、全く関係のない返答だった。

「蘭丸……名前、あったのか」

 小太郎は、蘭丸に呆然として言ったが、やはり問いに対する答えは返ってこなかった。蘭丸は、小太郎に対する興味よりも食事への欲求で兎角忙しいらしい。

「傍から聞いてて関係がよくわからないわ」

「そういうお前は、何なんだ」

「私はこの子を世話しているの。でも、手癖が悪くてちょっとお仕置きをしたってわけ」

 蘭丸では、話が進まないと判断したのだろう。女が端的にかなりかいつまんで状況の説明をした。

「お仕置きで縛るって……」

「よくあるよ」

 蘭丸が漬物を口に放り込むついでで、女に加勢する形でそう言った。

「……はぁ」

 どうやら、常人には理解しがたい、この二人だけの独特な関係性が既に築かれているらしい。

 よくよく思い出してみれば、蘭丸が木に縛られている時に見た村人の反応と比較して考えるに、全て事実なのだろう。

 骨折り損のくたびれ儲けとは、まさにこのことだった。

「蘭丸、ガルグのご飯を食べないでといつも言っているでしょう?」

「だってお腹空いたんだもの」

「あれは、犬用なのよ?」

 一連の会話が日常であるかのように流れているが、異常性の塊のような内容で眩暈がさらに酷くなった気さえした。

「……で、どういうご関係ですか? うちの子と」

「あ、あぁ……どうって……」

 急に話を振られて、小太郎はつい言い淀んでしまった。二人の打ち解けた雰囲気に気圧されてしまい、ずっと本題に入ることが躊躇われていたのだ。

 それに見たところ、蘭丸はこの里と、この人物にしっかり居着いてしまっている。嫌いだと言われなくとも否応無しに、蘭丸の心が完全に自分から離れて行っているのも感じ取れていた。

その状況下で今更、小太郎が里に来た理由や蘭丸との関係性を語ることに意味があるのか、甚だ疑問だった。

「ま、大方予想はつくけどね。元飼い主ってところかしら?」

 ズバリ思っていたことを言い当てられて小太郎は、思わず目を剥いた。

「……何故知っている?」

 動揺して、目が泳ぐ。顔色が変わったのも、おそらく相手に伝わっているだろうが、できるだけ平静を保って切り返した。

「だって、それもよくあることだもの」

 女は、あっけらかんとした様子で言った。

「さすが竜人族ね。長年、色々なところを渡り歩いていたみたいだから老若男女問わず、色々な人がここを訪れたわ。蘭丸に会いに、もしくは取り戻しにね」

 竜人族とは、人間に近い特徴を持った種族である。尖った耳、つま先のみの踵の無い纏足、四本しかない指などの違いはあれど、人と同じように生活し、共存をしている種だ。

 肉体的にはその程度の違いしかない。

 だが、寿命の点において竜人族は三百年を超える年月を生きると言われている。

 生き方は様々で、一つの村に何百年も留まる者もいれば、長寿を活かして様々な経験と知識を身に着け、ハンターを統括しているギルドの重鎮として働く者もいる。

 もちろん、拠点をあちこちに移して流れ続ける放浪の竜人族も存在する。

 女の話を信じるに蘭丸は後者で各地を巡っては、人々を知らず知らずのうちに魅了して回っていたらしい。

「身体的特徴も目立ったみたいで、みんなよく彼との思い出を覚えているわ」

 カレンは、蘭丸の尖った耳を指差す。そうしてついでとばかりに小太郎の足元にも視線を向けた。

 小太郎の足には、踵が無い。これは生まれつきでつま先だけが地面に着く典型的な纏足の形状をしていた。

 一目でわかる竜人族の血を引く者の証だった。遺伝によって様々だが、小太郎の足はアケノシルムを思わせるような鳥の足に、少々肉が付いたかのような質感をしていた。

「竜人族の亜麻色の髪色の、青年を探しているって。中には本当に目の色から、足の先まで特徴を話した者もいたわよ」

 カレンは、これまでの出来事をすらすらと流れる川のように、途中で詰まることなく朗々と語った。既に多くの人に話して聞かせてきた内容で、一字一句暗唱でもしているかのようだった。

「でも、私は全て断った。彼は、この里で二人しかいないハンターの一人だから。でも、中には強引な元飼い主さんもいてね。そういう時は……」

 女は、背中のナイフの柄に手をかけてみせた。

「これで大人しくして頂いているの」

「それで、俺に攻撃してきたのか」

「先に武器を抜いたのは私ではないはずよ」

 言われてみれば、確かにそうだった。

「あれは……不可抗力だ」

 あの時は、蘭丸が酷い目に合わされていたのを見て、助けなければいけないという使命感から武器を抜いた。

 事情など知ったこっちゃなかった。

「それで、あなたも他の飼い主同様、この子を連れて帰る気なのかしら?」

「絶っっっ対に……んぐっ……嫌だ!」

 白米をかきこみながら、蘭丸が声を荒げた。

「だそうだけど、どうするおつもりかしら?」

 お仕置きと称して木に吊るされて置かれながら、この懐きようは異常に見える。

 しかし、本人の意思を無視して無理に引き離すことも憚られた。

 それに、だ。

「連れて帰るなんて、俺は言ってないだろ。何て言ったらいいのか……会いに来たというか、顔を見に来たってだけで」

 連れて帰ろうとか、言いなりにしようなどというような思いは全く、小太郎には無かった。ただ、複雑な感情を引きずってでも会わなければという指名のような物に突き動かされた結果だった。

「顔を見にわざわざこんな山奥の里まで? 随分、ご足労痛み入るわ」

「と、とにかく! 無理に連れて行くなんて気はない!」

 空になった茶碗がお盆の上に乱暴に置かれて、耳障りの悪い音が鳴った。

「じゃあ、何で来たの?」

 先ほどまで、食事に夢中だった蘭丸がまだ焼き魚が皿の上で丸々残っているというのに、投げるような手つきで雑に箸をお盆の上に置いて言った。

 背ばかり向けていた蘭丸が正面に向き直っている。嫌悪と拒絶、そして憎悪の混じったアイスブルーの目が厳しく小太郎を責め立てていた。

「何でって……」

「置いて行った癖に……今度は顔を見にって……意味が分からない。捨てて行った癖に!」

「あれは、あの時は……」

 小太郎は、言いかけてからどのようにしても弁明できないこと気が付いて、黙り込んでしまった。

 決して違うとは言い切れなかった。

 当時の蘭丸からして見れば、そうとして考えられない状態だったからだ。

 蘭丸が怒りに体をぶるぶると震わせている。口を噤んだ小太郎に対して激しく苛立っている様子だった。

「置いて行ったのは……悪かったと思っている。でも、あの時は……色々と事情があって……」

 途端に耐えかねて蘭丸はすくっと立ち上がった。

「バカ! 裏切りもの! お前なんかもう知らない!」

 叫んだ直後に、彼は靴も履かずに裸足で土間に降り立つと玄関の方に向かっていく。

「ま、待ってくれ!」

 小太郎が話を聞いてくれと制止をかけるが、横目で振り返った蘭丸はそのまま勢いをつけ、玄関を出るなり走り出して行ってしまった。

 追いかけようとした小太郎の着物の裾がぐいっと引っ張られる。

 裾を持っていたのは、あの女だった。

「覆水盆に返らず、ね」

「くっ……!」

 実によく的をえた諺だった。

「まだ全部話せていないんだ……行かせてくれ」

「だ、め」

「なぜだ!」

「あなたが今頃になって現れたことに、蘭丸はかなり動揺しているわ。話をしようとしても、ああやって逃げ出すのがオチでしょうね」

 女は、小太郎の着物の裾を手放してから、彼の頬に手を伸ばした。

「無駄足だということよ」

 顔の文様に手が這う。

「これ、竜の紋章なのね」

「……!!」

 驚く小太郎に女は、口元だけで弧を描いた。

 蘭丸からある程度聞いて、知識があるのだろう。何でもお見通しだとばかりの嫌な笑みだと思いながら小太郎は、女の手を払い退けた。

 この文様に触れられるのは、昔からあまり好きではなかった。

 小太郎は、女の忠告を無視して玄関のほうに向かった。

「行ったって無駄」

さらに追い打ちがかかる。

「無駄かどうかは、やってみてからだ」

 小太郎は、そのために来たのだからこればかりはそれが正論だったとしても決して譲れなかった。

「熱いのね……あなた、そういえば名前は何というの?」

唐突な質問に彼は、立ち止まって訝し気に女を見た。今、思い当たったとばかりの言い草が妙に嘘くさかったが。

「……小太郎だ」

 彼女と蘭丸の関係を思うと、今後何かと話す羽目になるだろうと踏んで、小太郎は自分の名前を口にした。

「幼名のような名前ね」

 この女は、本当に人の弱み祟り目を見つけるのが好きだなと小太郎は思った。

「悪いかよ」

「いいえ、ちっとも」

不貞腐れたように言い返せば、さらりと躱された。実に気に食わなかったが、今はカレンのたわごとに付き合っている時間は無い。蘭丸を見つけ出して、少し落ち着いたタイミングで事情を聞いてもらわなければならなかった。

「私は、カレンよ。覚えてね」

「そうかよ」

 小太郎は心の底から興味無さげに言って、装備を身に着け、靴を履いてから家を出て行った。

 途端に燻製の良い香りが鼻をつく。ハンターの家というだけあって、庭に竹で作られた物干しが置かれており、そこに肉が縄で縛られてぶら下がっていた。

 正面には、栗屋、魚屋、おにぎり屋と腹ごなしには、困らない店が揃っている。

 この家は食べ物に囲まれているようだ。いかにも蘭丸が好きそうな配置だった。

 しかし、食べ物屋がこんなにも揃っているというのに、そこに蘭丸の姿は無かった。

 どこに行ってしまったのだろうか。里の地理に詳しくない小太郎には、とんと見当が付かなかった。

 この付近以外で蘭丸が行きそうな場所を考えながら、小太郎はとぼとぼと周囲を見ながら歩き始める。

 加工屋、道具屋、たたらば、りんご飴屋が視界を流れていったが、そのどこにも蘭丸の姿を見つけることができなかった。

そうして最後にたどり着いたのは、団子屋の前だった。

 団子屋は、桜の木の下に位置していて伸びた木の根の上に板を置き、テーブルとして使用していた。

 切り株の椅子が並んでいる中、隅のほうの席でぽつんと亜麻色の髪が春風に揺られているのを見つけた。

 横顔は、憂いに満ちており、今にもため息が零れそうな顔つきだった。声をかけるべきか、逡巡した。

 この表情も、落ち込んだかのように下がった眉も、原因は自分自身だったからだ。

 それでも、小太郎は思い切って彼の隣の席に腰を下すことを決断した。

 蘭丸は、人の気配に振り返って小太郎を見ると、ぎょっとした様子で目を見開く。

「た、た、大変だよーー!!」

 しかし、そこから小太郎が話し出すまでの時間は無く、団子屋の向こう側から走っていた若緑の着物を来たお団子頭の少女の叫びで全てがかき消された。

「ま、マガイマガドとジンオウガが村の近くに出たよー!」

 

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