「おいカレンチャン。私とタイマンしろ」
ノックをするなり寮室にナリタブライアンが入ってくる。一緒に子犬の動画を見ていたカレンさんが目をぱちぱちさせた。
「たいまん……ですか? 併走ならお付き合いしてもいいですけど、理由を聞いても構いません?」
「併走じゃない。お前、合気道の有段者らしいな。ウマ娘の力で使う合気というのがどんなものか試してみたい」
カレンさんの表情が、珍しく笑顔のまま固まった。
「……うーん、どこでそんなお話を? 何かの間違いじゃありませんか?」
「私が見たのはトレセン学園に保管しているお前の履歴書だ。それが間違っているのならお前が嘘を書いたことになるな」
ブライアンさんは生徒会副会長だ。生徒の履歴書を見る機会があっても不思議じゃない。
問題は、カレンさんは秘密主義なところがあるので自分が武術の有段者であることは知られたくなかったこと。少し、ほんの少しだけどカレンさんの表情に苦いものが混じった。
「わかりました。ただ、代わりにこのことは──」
「……待って。履歴書に書いてあったってことは個人情報でしょ。それを私的に利用するのは職権乱用じゃないかしら」
「なに?」
「アヤベさん……?」
カレンさんの言葉を遮り、ブライアンさんをまっすぐ見つめる。
「書類を勝手に使ったわけでもなし、一度タイマンするくらいカレンチャンに不都合があるわけでもないだろう?」
「カレンさんに不都合があるかは知らないけど、少なくとも私は合気道のことは知らなかったわ。情報漏洩よね」
「それで、だからなんだ?」
「今回の話はなかったことにして帰ってくれないかしら。もちろん、口外はしないで」
「……お前にそこまで言われる覚えはないな。私の気も収まらない」
私の言っていることは正しいと思ったのだろう。ブライアンさんは少し目をそらしながら反論する。
「合気道の有段者に挑むってことは、痛い目に遭いたいんでしょう。だったら私が叶えてあげるわ。幸い、魔を避ける指環の力を持っているもの」
「……は?」
ブライアンさんの表情が虚を突かれたようにぽかんとした。しかしそのあとすぐ耳をふさいで顔をしかめることになる。何故なら──
「おいブライアンッ! 勝手に生徒会業務を放り出して何をしている、たわけ!」
同じ生徒会のエアグルーヴがブライアンさんを怒鳴りつけたからだ。
「妹が何か騒ぎを起こしているというから来てみれば……普段親交のない相手にケンカを持ちかけるとは感心しないな、ブライアン」
「あ、姉貴まで……おい、やってくれたな」
ブライアンさんは私を睨むが、すぐにエアグルーヴさんに生徒会室に引っ張られていった。
「二人とも、妹が迷惑をかけたようですまない。私からも注意しておくから、どうか許してやってほしい」
ハヤヒデさんが私とカレンさんに頭を下げる。妹を大事に思っているからこそ真剣に謝っているのが伝わってきた。
「迷惑だなんてそんな! カレン、ちょっとびっくりしちゃっただけですから気にしないでください」
「わざわざ呼びつけて悪かったわ。手のかかる妹がいるっていうのも大変ね」
「なに、いつものことだ。それに、珍しくアヤベ君からの頼みだ。では失礼するよ」
ハヤヒデさんも去っていき、寮室が私とカレンさんの二人だけに戻る。
エアグルーヴさんとハヤヒデさんは私が呼んだ。二人ともクラスメイトなのでラインで繋がっているのが幸いだった。
問題は、余計なお世話ではなかったか。カレンさんなら自分で解決した方が丸く収まったような気もする。
「アヤベさん……」
「ごめんなさい。かえって騒ぎを大きくして。ハヤヒデさんにも今回のことは秘密にしておくよう頼むから──」
「ありがとうございます! カレン、ブライアンさんに睨まれてとっても怖かったんですよ~!」
「そう……ってちょっと、抱き着かないで!」
カレンさんはカワイらしく瞳に涙を浮かべてすり寄ってくる。私がやめてといってもしばらくハグをやめてくれなかった。
「それに、きっと自力でもなんとかできたでしょう?」
「まあ、だと思いますけど~。ホントに嬉しいんです。アヤベさんにあんなにかっこよく助けてもらえるなんて」
「……あなたには、借りがありすぎるもの」
メイクデビューからシニアの三年間、突き放そうとする私を何度も助けてくれた。壊れる運命だったこの足を繋ぎ止めてくれたのは、彼女のおかげでもあると思うから。
「これで、合気道のことはカレンとアヤベさんだけのヒミツ。そのことも嬉しいです」
「やっぱり、他の人には言っていないのね。あなたらしいわ」
暗に絶対口外してほしくないという念押しでもあるのだろうけど。私だけが知っているカレンさんのヒミツというのも確かに悪くない。
「あ、そういえばさっきの魔を避ける指環の力~って、オペラオーさんみたいでした!」
「ウソでしょ……」
思わず呟いたこの言葉も、いつの間にかよく一緒に走るようになったスズカさんに似ているような気がして。
本当に、変わらずにはいられないんだと思う一日だった。