IS 死神と呼ばれた少女は無限の成層圏を見る 作:狩村 花蓮
ふと、目が覚める。懐かしい夢を見ていたようだ。
改めて周囲を見回す。そこはあの地獄のようなコックピットではなかった。当たり前である。ここはもうあの世界ではないのだから。
枕元の時計を見ると、時間は午前五時の数分前。いつもは五時に起きるので、目覚ましがなくとも習慣で起きる我にとってみれば当たり前の時刻だった。
(まだ・・・・・・・・未練が残っているのやもしれんな)
それは我が『岩上シノブ』という少女でなく、「シノブ」という男であった頃の夢。主観的な時間では、もう十五年も前のことだ。最初こそ驚いたものの、今はもう慣れた。
あの時の体の痛み、そして芯まで凍り付くような、感情の寒さを思い出し、身体が震える。ベッドから降り、隣のベッドで眠る最も付き合いの長い妹の髪を、起こさないようそっと梳いた。寝癖が付いていながらも柔らかな感触が我の心を落ち着かせ、震えを止めてくれた。
「・・・・・・・・はぁ」
今日の我は変だ、どう考えてもあの夢のせいだ。と我はそのもやもやとしたものを割り切り、洗面所へと向かう。その時に杖を忘れてはいけない。
ベッドの脇に立てかけてある、棒の先に小手のようなものがついた専用の杖を取ってゆっくりと立つ。我はある事故をきっかけに片足に麻痺が残った。
そのせいで専用の機器を付けねばしっかり歩けない状態に陥ってしまった。しかも、その機器はバッテリーの関係上30分しか持たず、学校につけていくわけにもいかぬため、こうして普通は杖を使って歩くことになっている
前世の体のようにGに耐えられるよう鍛え抜かれた屈強な体はなく、少女特有の華奢な肉体となっている。何とも頼りない体である。しかし、今日に至るまで外傷以外の不調を起こしたことがないため、見た目によらず頑丈なのであろう。
そして、前世でナノマシンによって極限まで鍛えられた意識と体のずれをゼロにするという技術は未だ衰えてはいない。つまり、今日も正常な体調だということだ。こんなので体調を見ても困るわけだが。
個人用のロッカーを開け、寝間着を脱ぎ、先日買った新品のジャージ(前のジャージは破れてしまった)を着ていく。そして、足に電極のようなものを張り付け、腰の部分に黒い箱のようなものを取り付け服の中を黒い線で通し、つなげる。
そしてスイッチを入れる。するとどうだろう?今まであった足の違和感がすっかりなくなり、普通に動くようになったではないか。これは医者曰く、最新型の局部型の運動補助装置なんだそうだ。まぁ仕組みに関しては壊滅的な我、そんな小難しい話をされても仕方ない。
ただ、足が動いて、鍛錬ができればそれでよいのだ。我は無駄な思考を停止させる。とにかく今日も今日とて日課を消化しなければ。我はロッカーの中に入っていた木刀入りの竹刀袋をてにとり、その脇に杖を入れ、入念に体操をして外に出る。時限性で動けるようになっただけなのだ。
1分でも時間が惜しい。
「シノブ。おはよう、今日も早いな」
「..........あぁ、一夏か。お前こそ今日も精が出るな」
竹刀袋を引っ提げて走り込みをしていると、同じく竹刀袋を引っ提げてこちらに走ってきた少年に話しかけられた。
彼の名は『織斑一夏』。我とはもう十年と少しの付き合いである。所謂幼馴染である。
「お前には負けられないからな」
「..........ふっ、そうか。ならばついてくるといい」
そう言って我は再び走り出す。そしてその後ろを一夏がついてくる。いつからであっただろう?こいつが我の鍛錬についてくるようになったのは。私がいつものように走っていると、いつの間にかこいつまで一緒に走るようになった。
無論我が誘ったわけではない。勝手についてきたのだ。でもまぁ、別に来るなというつもりはないし、嫌いという訳ではない。むしろ、女尊男卑で腐った今の世の中では珍しいまっすぐな心を持った少年だ。好感が持てる。それに、鍛錬に向ける思いは真摯なものである。
男らしい、本当にまっすぐな少年である。かつての我が忘れていたであろう清き心をもっているのだろう。ただ、苦手ではあるのだが。その原因はこいつの体質の様なものにあるのだ。
ーーーモテるのだ。元男の我から見ても、異常なほどに。それでいて等の本人は無自覚なのだからなおさらたちが悪い。
こいつの毒牙(無自覚)の餌食になった少女は、我の通う学校だけでなく、周囲の学校にまで広がっている。そして何度も言うようだが、こいつはそのことに気づいていない。我と一夏共通の友人である五反田弾などは、一夏のことを朴念仁の神という皮肉を込めて
朴念神(決して誤字じゃない)と呼んだものだ。全く言い得て妙だと我は思う。
そんな一夏と行動を共にし『シノブ』と気軽に呼ばれる我にはほかの女子どもから痛い視線が刺さるのである。いうなれば針の筵状態なのだ。なにをどう説明しても手前には言い訳に聞こえるらしい。
刺さる視線は現在進行形で増え続ける一方だ。..........一度こいつを半殺しにでもすべきだろうか?いや、無理だ。そんなことをすれば余計に女子どもからの視線が刺さる。面倒ごとは我としてもごめん被る。
数か月前に母国に帰ってしまった幼馴染はうまく立ち回っていたようだが、その術を我にも教えてほしかったものだ。我では到底うまく真似できん。悔しいがな。
結果として我は、一夏を好きな少女達から理不尽な対応をされ、一夏がそれを庇い、我に対するヘイトが増えるという悪循環に陥ってるのだ。
そして当然というかなんと言うか、元凶たる一夏は全く気付いていない。全く、ふざけてるのか。こいつは。
だからこそ、こいつが一緒に鍛錬している姿を見られないため、早い時間に起き、鍛錬をしているのだが。見つかればまずもって面倒ごとは避けられないだろう。
何度も言うが、我は面倒ごとを進んで引き込むのが嫌いだ。最近はさらに走り込みの時間を早めるかどうか本気で検討している。そんなことを考えていると一夏が口を開く。
「そう言えば俺もお前も受験だよな。俺は藍越学園を受けるつもりだけど、シノブはどうするつもりなんだ?」
「我はIS学園に行こうと思っている。院長や妹弟たちにもこれ以上迷惑はかけられないからな。せめて、いいところには入りたい」
走りながらであるが、我は一夏の質問に素直に答えた。ここで無視してもこいつは何度でも聞き返してくるからだ。学校で聞かれてみろ。また少女達から針を飛ばされるぞ。
我は針山になる気は毛頭ない。周りに人がいないため、ここで聞かれたことは幸いと言える。
「IS学園か、やっぱりすごいな、シノブは。剣の腕もすさまじいし、絶対受かると思うぜ」
「..........」
その意味の分からん根拠はどこから出てくるんだ?我はそんな半ば呆れたという感情を含めた視線を送ってみる。が、気づいてる様子はなさそうだ。
それどころか謎に感心したようにしきりに頷きながら、なおも話し続ける。
「そう言えばIS学園って結構人気あるよな。やっぱ女子ってみんなあそこを目指すもんなのか?」
「..........そう、だろうな」
ISは、元々は宇宙開発を目的に開発された。その戦闘力の高さから軍事転用され、しかしあまりに強大過ぎるが故に、今ではスポーツとしての側面が強くなっている。核兵器と同じ、ある種の抑止力になっているのだ。
また、女性しか乗れないという特殊性、ISの世界大会である〔モンド・グロッソ〕の出場者達のほとんどが、実力だけでなく容姿にも優れていたことなどから、ISをファッションのように、IS操縦者をアイドルのように視る風潮は、次第に強くなっている。
それがIS学園の受験者の増加、ひいてはIS学園の生徒達の能力を更に高めることに繋がっているのも事実ではある。がしかし、どこまで行ってもISは兵器に成り下がってしまっている。怪我は付き物であるし、紛争地帯では”所属不明”のISがたびたび目撃されていると聞く。
よく考えてほしい。戦車や戦闘機をはるかに凌駕する戦闘能力を持った兵器が今や女性がファッションをするかの如く扱われているのだ。いまだISは開発者が行方不明なこともあり、その仕組みやアルゴリズム等の解析は全くと言っていいほどされていない。
そんな機体をそんな簡単に扱うことがいいとは我は思えない。そのためにIS学園があるのだろうが・・・・・・・・
それに、我がIS学園を目指す理由はそんな夢見る乙女的な思考からではない。もっと邪かつ実利的なものだ。
その理由は主に二つ。一つは一つは、IS学園で優秀な成績を収めれば、将来がほとんど約束されること。我は幼い頃に両親を失い、孤児院に引き取られて生活している。そのためほかの子供たちや院長に多大な迷惑をかけている。
一度アルバイトでその恩に報いようと、話をしてみたのだが..........
『君は随分と大人染みたことを言うんだね?でも、君が気にする必要はないんだ。これはあまり言えたものではないが、私はこれを生業としている。つまり君たちを保護して自分を満足させているんだよ。だから君たちはそんなことを気にする必要はないんだ。
それに、君たちはまだ子供だ。今しかできないことが山ほどある。君たちはいましかできないことをやるんだ。それを支えるのが大人って言うものなんだね』
と、言いくるめられてしまった。前世でも我は交渉事はできてこそいたが、あまり得意ではなかった。が、こうも言いくるめられるとは思わなかった。こうなってしまえば勝ち筋が見えなくなるのは必然だろう。
それに今の我の年齢では、保護者の同意なしでそのようなことは一切できない。まさに八方塞がりの状態だった。こうなってしまった以上、我はこの案を早々に諦めた。
そこで私が次の策として目を付けたのがISだった。ISの操縦者になれば一般人では到底考えられないような大金が手に入るし、おまけで名誉もついてくる。
こんな事を言うのはあれだが、頑張りさえすれば簡単に富が得られる。それに、モンド・グロッゾで優勝すれば更なるものが手に入るだろう。勿論道のりは険しいものであり、我とて己の力を過信しているわけではない。
が、我のようなただ力で持って戦うことしか能がないものの頭で考えられるのはこれで精いっぱいだった。
二つ目は、万が一のための力である。
なにかしらの問題があったとして、暴力でもってその対処にあたるのは愚の骨頂である。暴力は問題の根本的な解決は出来ず、それどころかさらなる問題を生み出す要因となる可能性が極めて高いからだ。それを我は身をもって思い知った。
―――だが、暴力に対抗できるのは、暴力だけだ。力無き者がいくら声を上げようと意味はない。暴力でもって我欲を満たそうとする者から大切なものを守るためには、相手を超える暴力が必要となる。
そしてこの世界における最大の暴力は、言うまでもなくISである。死神とまで呼ばれたが、最後の最後まで仲間..........家族を守れずに死んでしまった我が言うのも烏滸がましいが、無力でいるというのは我に許されることではない。
我は、この織斑一夏という少年を、その身その命をもって守るとある人物に誓ったのだ。そのためには「力」が必要となる。
そしてその力をISに頼ることにした一番の訳が、今の足ともう一つあった。
我は一緒に走っている一夏に気づかれないようにそっと視線を落とす。そこにあるのは走る際の振動によるリズムに合わせて揺れるジャージの左腕。そしてその状況が示すものは明白だろう。そう、そこに本来あるべきものがないのである。
(..........このような矮小な体で、どこまで守り切れるのだろうか)
何の皮肉か、前世の機体と同じ腕を我はなくしている。そして必ずと言っていいほど、一夏はこの話題が出ると露骨に元気をなくすのだ。これは我がこの身に余る行為を、無茶をしたツケだというのに、一夏はまるで自分のことのように悲しむ。
気に病む必要はない。これは我が勝手にやったことだと繰り返し言い伝えておいたが果たしてどれほど効果があったのだろうか?そもそもそんな言葉に納得できるような輩であれば罪悪感謎とうの昔に捨てられている。
(やはり我には力が足りん。今は、この無力な己が憎たらしく思えてならん!)
思えば、剣道を学んでいる一夏が稽古に一層熱を入れ始めたのも、我が左腕を失った頃だ。まるで自らを罰するかのように稽古に打ち込む姿には鬼気迫るものがあり、剣の腕も異常な速度で上達している。
普段は普通にしているが、見えないところでどれだけ無茶な鍛錬をしているか、分かったものではない。
―――その証明とも言える言葉を、我は一夏から聞いている。
『俺、強くなるから。シノブのことも、千冬姉のことも、みんなのことも守れるくらいに、強くなるから』
病院のベッドに臥せる我の隣で、懺悔するように紡がれた、誓いの言葉。一夏が我の鍛錬に付いて来るのは、己を守るには己よりも強くならなくてはいけないと思っているからなのかもしれない。
純粋で優しい、この少年らしい想いではあるが、我にはどうしても、懸念が残ってしょうがない。
(その、皆とはいったいどれくらいを指すのだろうか?そして、その中にお前自身は含まれているのか?)
全てを守れるなぞ、空想上の話にしか過ぎない。某パンの戦士だろうが伝説の中で称えられた聖剣を引き抜いた王だろうが、すべてを守れたわけじゃない。
我の大切な仲間も、我を倒したあの弟子も、そして我すらも「
どれほど力を付けようと、技を磨こうと、信念を貫き通そうとしても、すべてを守り切るなどということは不可能だ。だがあいつは、一夏は本気でその先の見えない地獄を目指している。
そして、愚かにもその道をたどったものの末路を我は知っている
『ーーー幸運があらん事ーーー』
『ーーー絶対守るーーー』
『ーーー変えてくれーーー』
『ーーーつなぎますーーー』
「ーーーブ!おい、シノブ!!」
「っ!?」
焦ったような声と、体を後ろに引かれる感覚で、意識を現実へと引き戻される。そして我の目の前をトラックが通過した。後ろを振り向くと、心配そうにこちらを見る幼馴染の顔。
「バカ!おまえ、もう少しで車に轢かれるところだったんだぞ!..........それに、なんかお前今日変だぞ?大丈夫か?顔色も悪そうに見えるし、俺が院長に電話するから今日はもう切り上げようーーー」
「心配は無用だ。これくらいでへこたれるのも癪に障るしな..........」
ーーーーなんて情けない。
一夏に我の呆けた面を拝まれたこと、ではない。
我は今、我を信じてくれた「あいつら」のことを・・・・・・・・・・・
「くそっ!」
頭を振り、先ほどの思考を強引に追いやる。
..........我の、「あいつら」に対する思いは今でも、微塵も薄れてはいない。あの頃と何一つとして変わらない。我は「あいつら」の思いを受け継ぎ、「あいつら」の背中を追いかけ続けている。
銃弾やVOS、レーザーが飛び交う戦場を我らは時には盾、時には銃、時には剣でもってともにかけた。己の魂に従い世界に拒まれようと戦い続けた。時代錯誤と言われようと自分の
時代遅れの炸薬式のライフルを使い続けた女がいた。旧式かつ使い方が想定されていないにもかかわらず盾でもって敵を鏖殺した女がいた。自分の剣が折れても、敵の剣を奪い、剣だのみで戦い、我に勝利した弟子がいた。
そんな「あいつら」の信念と覚悟、魂に憧れ、我は今でも剣をふるい、体を鍛えている。しかし、死神と謳われても、五体満足でもあいつらにかなわなかった我が、片腕で、片足が碌に動かない体で「あいつら」に追いつくことができるのか?
そんな体たらくではただの侮辱にしかならないのではないか?そんな不安が我の思考を呼び起こしたのだ。
(..........たわけ。何をいまさら考えている)
左腕のことは、この体のことは後悔していないなどと言いながら、こんなにも未練があるではないか。
そんなものは何の役にも立たない。悩む暇があるのなら、失った左腕を補うだけの鍛錬をしなければならないというのに。プライドのようなものがまだ残っているのか。そんなものは道端の犬にでも食わせておくに限る。
(我は弱いのだ。それがなんだ。だからこそ修練を重ねているのだろう?前に進むために!)
かつて自分達が駆ったものとは似て非なる未知の兵器に片腕で挑むことが、そんなにも恐ろしいか。嵐の様な銃撃にも臆することなくその身を投じた我がいまさらその程度で歩みを止めるのか。前世のような屈強な体もない
その上精神まで腐らせたら他には何が残るのだろうか?答えは無だ。何も残らない。
あの時の、満足した気持ちになっていた我の最期を見たせいで思考がどんどんネガティヴになっていく。
ーーーこういう時は、何も考えずに走るに限る
「一夏!競争だ!」
「はっ?って、おいちょっと待てこらいきなりは卑怯だぞシノブ―!」
目的地はいつも素振りをしている公園。自らを律するために、いまだ心配そうな顔を浮かべる一夏を置き去りにして我は走る。この足が動かなくなる前に、全力疾走することにした。
次回は多分IS学園の入試あたりかなぁ