IS 死神と呼ばれた少女は無限の成層圏を見る   作:狩村 花蓮

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主人公期の専用機の設定がいまだに固まり切っていません。次回までには何とかします。前話の一夏サイドでの話を軽くしてから入学編です。よって今回の文章量は少ない、はず。


一夏視点:第1話 目覚めの時

―――ピピピピ。ピピピピ。ピピピピ。ピピピピ―――

 

「..............んう?」

 

ベッドの上、布団の中から手だけを伸ばした体勢で、もぞりと体を動かす。聞き慣れた電子音を発する目覚まし時計を手探りで見付け、その頭にあるボタンを軽く押した。

 

―――ピピピピ。ピピピピ。ピピカチッ。

 

「う、ふわぁぁぁぁ..............、もう朝か」

 

独り言を呟いて、ベッドから這い出る。まだ寝ぼけている脳を目覚めさせるために、大きく伸びをした。今日の天気はどうやら快晴のようだ。

 

まだ若干暗いが、カーテンの隙間から刺す太陽の光からすると、雲があるようには見えないくらい明るいのだろう。

 

「..............うっし」

 

手早くジャージに着替えると一階に降りて、ミネラルウォーターを一気に飲み干す。眠っている間に消費した水分を補給すると、玄関脇に置いてある竹刀袋を持ち上げた。ズシリとかなりの重さを感じるが、それも最近では気にならない。

 

―――よし。いい感じだ。

 

何気ない仕草に、違和感がない。いつも通りのことをいつも通りにできて、いつも通りに感じる。それはつまり、体調は万全ってことだ。

 

「..............うし、行くかっ」

 

準備体操を済ませると、竹刀袋を背負うように引っ掛けて、走り出す。始めはゆっくりと、次第にペースを上げて。

 

全身で感じる、朝の空気が心地良い。速くなっていく呼吸と鼓動を一定に保つように、歩調に合わせて息を吸い、吐き出す。

 

―――そうしてしばらく走っていると、長い茶髪を靡かせながら走る、新品のジャージを着た少女を見付けた。その細い背中に追い付いて、声を掛ける。

 

「シノブ。おはよう、今日も早いな」

 

「..........あぁ、一夏か。お前こそ今日も精が出るな」

 

今時珍しい、一人称が「我」で、俺と並走しているこの少女の名前は、岩上シノブ。シノブという名前は男でも女でも結構見かけるけど、人気なのか?

 

でも、本人は気に入ってるみたいだし、俺も似合ってると思う。見た目はもう束さんにそっくりなんだ。本人は誰それ?みたいなん感じなんだけどな。

 

束さんに似ているからなのかとっても頭が良くて、よく勉強も見てもらったりするんだ。それでいてぶっきらぼうな性格ってわけじゃない。言動こそ独特だが基本的に誰にでも分け隔てなく接するんだ。

 

面倒見も良くて、後輩から凄い人気なんだ。本人は知らん顔だけどな。勿論後輩だけじゃないぜ。同級生も、先生もシノブに助けられたってやつが多い。ちょっとうらやましいぜ。

 

でも負けたくないからこうして朝からシノブの鍛錬に同行させてもらっている。

 

「お前には負けられないからな」

 

「..........ふっ、そうか。ならばついてくるといい」

 

一見ぶっきらぼうに言ったように聞こえるけど、信頼してくれてるからこそこういう言い方なだけだ。全く不快感なんて感じない。

 

必要な時は、必要なことをバッサリと何に気負いもなく言い放つ、天才ではなく秀才、それが周りからのシノブの評価だ。運動能力もすさまじい。

 

この前も、杖を突いてたかと思ったらいきなり腰に黒い箱のようなもの(本人は補助装置のバッテリーと言ってた)を付けて動くようにしたかと思ったら、いきなりそばの公園にあるでかい木の方に行った。

 

そして何の気なしに、その木をパルクールみたいによじ登っていった。そしてしばらくしてシノブは何かを抱えて木から飛び降りて来た。その手に抱えられていたのは猫。しかも首輪付き、どこかの飼い猫だった。

 

辺りを見回すと、近くを親子が通りかかった。女の子とお母さんの二人で何かを探していたようだ。シノブはその親子に近づくと抱えてる猫を見せた。すると女の子の顔が見るからに眩しいぐらいの笑顔に変わった。

 

どうやらあの親子の飼い猫だったようだ。その親子はシノブにお礼を言って去っていった。そしてシノブはそのことを「我は当然のことをしたまでだ。安心こそすれ、誇ろうなぞ思っていない」と、先のことを自慢しようとしなかった。

 

補助装置を付けて、体が動くようになったシノブの身体能力は凄まじい。短距離の加速や飛ぶ距離だったら男のアスリートにだって勝るにも劣らない。温和で他人思いでみんなが自然と引かれていく性格の女の子。

 

束さん似の美人な顔に、太陽の日に照らされて、風になびかれながら輝くその腰辺りまで届く長い茶髪は、本人は邪魔に思っているが、彼女の妹達により、いまだに切られることなく良く手入れされている。

 

本人は髪については何もしないので、面倒を見るのが大変だと、楽しそうにボヤかれたことが何回かある。どこかほんわかとしているが、何かをするときのきりっとした表情がかっこよくて、男女関わらず人気で

 

ーーーどこか儚げで、浮世離れした少女。

 

彼女も相当モテるのであろうが、本人にも周りにもそんな噂は今日日聞かない。

 

「そう言えば俺もお前も受験だよな。俺は藍越学園を受けるつもりだけど、シノブはどうするつもりなんだ?」

 

「我はIS学園に行こうと思っている。院長や妹弟たちにもこれ以上迷惑はかけられないからな。せめて、いいところには入りたい」

 

正直答えが返ってくるとは思ってなかったが、答えの内容そのものはそれほど意外なものではない。IS学園は女子に非常に人気があり、剣や体術の技量はもう達人級であるシノブがそれを活かすためにIS操縦者を目指すのは自然な流れだろう。

 

「IS学園か、やっぱりすごいな、シノブは。剣の腕もすさまじいし、絶対受かると思うぜ」

 

「..........」

 

ーーシノブは強い

 

俺は小学生の時に学んでいた剣術を一旦は辞めたものの、中学生になってから改めて剣道部に入った。俺と千冬姉にはシノブとはまた違った事情で両親がいないが、第一回モンド・グロッソ優勝者である千冬姉のおかげで、経済的にはかなり恵まれている。

 

いずれ自分の力で金を稼げるようになるために卒業後の就職率が高い藍越学園を受験するが、今は自分の目的のために、千冬姉に甘えさせて貰って、竹刀や防具代なんかを出してもらっている。

 

人一倍鍛錬に打ち込んで来た自負はあるが、才能にも恵まれていたのだろう。去年と今年、剣道の全国大会で二連覇を果たし、高校生相手でもそうそう負けはしない。

 

だがそれでも、シノブのレベルには片足すらかけられてない。土俵にすら上がれていない。

 

でもいつかは土俵に立つ、そして、シノブに勝って見せる。それが、俺の目標。シノブは、千冬姉と同じ、俺が超えなきゃいけない高い壁だから........!

 

「そう言えばIS学園って結構人気あるよな。やっぱ女子ってみんなあそこを目指すもんなのか?」

 

 「..........そう、だろうな」

 

どこか思うところがあるのだろうか?どこか突っかかるような言い方をしたシノブは、アスリートもびっくりな速度で走っている。

 

その顔にはうっすらと汗をかいているが、息は少しも乱れていない。まったく、こんな細っこい体のどこにそんなスタミナがあるんだか。いつものことながら、呆れてしまう。

 

(しかし......IS学園、か......)

 

俺の目標であり、憧れでもあるシノブが、世界最強の兵器であるISを学ぶため、IS学園を受験する。

 

嬉しくないわけではない。シノブが自分の望みを話してくれることなど、滅多にないのだから。

 

―――だが。

 

(どんどん遠くに行っちまうなぁ)

 

ISは、どういうわけか女性にしか反応しない。男である俺には、どう足掻いたところで動かせはしない。

 

世界を変えるほどの最強の力、それを俺は、決して手に出来ないのだ。

 

(シノブを守りたいって思ってるのに、情けねぇなぁ......俺)

 

追い続けた目標が、絶対に手の届かないモノとなった。目標は高い方が良いとは言うが、何事にも限度ってものがある。

 

だがそれでも、諦めるつもりはない。シノブがIS学園を目指すのは、予想していなかったわけではないし、なによりも―――

 

―――その程度で折れるほど、柔な決意をしたつもりもない。

 

(......どっちにしろ、まずは剣で追い付かなきゃ話にならない。ISがどうとか悩んでたら、足元がお留守になっちまう)

 

俺は俺にやれることをやるだけだ、その内希望も見えてくるさ、と、自分でも楽天的と思うことを考えていたら、ふと、シノブが何やら上の空になっているのに気が付いた。心なし、表情もいつもより険しい。

 

1ミリ未満の、本当に僅かな変化なんだが、十年も付き合いがあればそれくらいは分かるようになる。そして、その先に近づいてきたのは、トラックだった。シノブは全く気付いていなかった。

 

視線はそっちに行っているはずなのに上の空になっているせいで、認識できていなかったのだ。俺はとっさにシノブの右腕を引いた。

 

「シノブ!おい、シノブ!!」

 

「っ!?」

 

心配になって顔を覗き込むと、珍しく驚いたようなするシノブ。

 

―――ちょっと可愛い、と思ったのは秘密だ。基本大人しいんだが、あんまり弄り過ぎると静かにキレるからな、こいつは。そして本気で怒ると、千冬姉よりもコワイのだ。

 

まあそんなことは置いといて。シノブが鍛錬に集中してないなんて珍しい。もしかしたら、どこか体の調子が悪いのかもしれない。それに危ないとこだったしここはびしっと言っておかないとな

 

「バカ!おまえ、もう少しで車に轢かれるところだったんだぞ!..........それに、なんかお前今日変だぞ?大丈夫か?顔色も悪そうに見えるし、俺が院長に電話するから今日はもう切り上げようーーー」

 

「心配は無用だ。これくらいでへこたれるのも癪に障るしな..........」

 

やっぱり何かおかしい、普段はこんな言い回しはしない。というか、どこか後悔しているような感じがした。でも、心配いらないと本人が言った。なら大丈夫なんだろう。

 

とにかく、ふるふると頭を振ってから顔を上げると、すうっ、とシノブの意識が走ることに向けられた。いつもの様子に戻ったシノブは姿勢を少しだけ、低くする。

 

「一夏!競争だ!」

 

と言うと、突然ダッシュを開始する。

 

「はっ?って、おいちょっと待てこらいきなりは卑怯だぞシノブ―!」

 

とんでもない加速で一気にトップスピードに達したシノブは、減速せずに角を曲がって行った。目的地はおそらく、いつもの公園だろう。そこで素振りをしてから再び走って帰る、というのが、いつもの朝の流れである。

 

若干フライング気味に走りだしたシノブを慌てて追い掛けながら、俺の顔は自然と笑っていた。

 

―――剣の技量では足下にも及ばないが、純粋な体力勝負で女の子に負けるなど、男の意地が許さない。

 

(絶対に、勝つ!!)

 

いいぜ、面白い。受けて立ってやる。体も大分温まって来た、ここはひとつ、全力勝負といこうじゃないか―――!

 


 

(498、499、500、501、502、......)

 

シノブとの競争のゴール、名前も知らない小さな公園に着いた俺達は、それぞれが背負っていた竹刀袋から木刀を取り出し、素振りを始めた。

 

先ほどの競争は、僅差でシノブが勝った。シノブはフライングしたからな、同時に走り出してれば俺が勝ってた、と男らしくない言い訳はしない。しないったらしない。

 

 

 

(......562......イカンイカン、余計なことを考えるな。集中だ、集中)

 

切れかけた集中を繋ぎ留め、手の中の木の感触に意識を向ける。

 

俺が使っている素振り用の木刀は特注品で、長いうえに芯に鉛が仕込んであり、かなり重い。これを使い始めたころはふらついていたが、慣れた今は普通に振れるようになった。......部活の仲間が俺を化け物でも見るような目で見るようにもなった。

 

俺はふと気になってシノブの方を見る。シノブの木刀は普通の市販品のやつだ。だがそれでも、女子の細腕、しかも片腕では十分重いはずだ。そのはずなのにその切っ先には微塵もブレはなく、見事な剣閃を描いている。

 

対して俺の木刀は、ほんの少しではあるが、切っ先が揺れている。相手を「倒す」ことが目的じゃない剣道の試合では、これでもどうにか通用するだろう。

 

だが真剣を扱った時、この僅かな切っ先の揺れが、切れ味を大きく鈍らせる。木刀であっても、相手の身体の芯まで衝撃を通すには、刀身に込めた力を真っ直ぐに打ち込まなければならないのだ。それが、俺には出来ていない。

 

素振り一つとってみても、技量の違いがこれほどはっきり出る。シノブに追いつくのはまだまだ追い付くのは、まだ遥か先のことになるだろう。

 

(704、705、706、707、708、......)

 

木刀を握る掌に汗をかき、柄を滑らせる。

 

だが、問題ない。正しく握り正しく振れば、手に握る力を入れるのは一瞬だけでいい。むしろこの汗のおかげで、正しい握りと振り、そして力を入れるべき一瞬が分かりやすくなった。

 

―――失敗してれば、木刀はとうにすっぽ抜けてる。そうなってないってことは、今のところ上手くいってるってことだ。後はこの感覚を身体に刻み付けるために、ただひたすら繰り返すだけだ。

 

(......800、801、802、803、804、......)

 

一振りごとに鋭く息を吐き出し、必殺の意思を込める。

 

素振りをする際には剣の軌跡や足運びだけでなく、一振りに込める気迫こそが重要だ。どんなに上手いフェイントも、そこに殺気がなければ達人相手には容易く見切られる。

 

『命のやり取りをする場合、敢えて殺気を隠さずに攻撃することこそがフェイントにつながる』というのがシノブの受け売りである。

 

(908、909、910、911、912、......)

 

両腕はもうパンパンで、握力も限界が近い。歯を食いしばりながら素振りをする俺とは対照的に、シノブは一切表情を変えずに無心で剣を振っている。

 

その姿はとてもきれいで、思わず見とれそうになった。駄目だ駄目だ、集中力が切れてしまう。そんなことをすればシノブがどんなペナルティを課してくるか分からない。

 

「..........1000!よっし、シノブ!言われた通り千回振ったぞ!」

 

「そうか、よくやった。では次のステップだ。2千回振れ。すぐでなくてもいい、まずは千回をばてることなく振れるようになってから、二千に挑戦してみろ」

 

「とてもスパルタですねシノブさん!」

 

ちなみにこの特注の木刀を千回振れとか言い出したのはシノブである。片手で軽く振って感触を確かめた後、俺に投げ渡してきて

 

「お前はこれで千回素振りしろ。そうすればお前の剣の腕は少しは良くなるだろう」

 

とか言ってきたのである。そこからの日々はまじで地獄だった......、毎日振ってるもんだから慣れないうちは毎日両腕が筋肉痛でしんどかった。

 

まぁそのおかげか、今となっては余裕で振れるようになってきたんだがな。そしてついに今日、目標達成したんだが、やっぱり更なる課題を出してきやがった。

 

(これ下手すると1万回振れとか言い出すんじゃなかろうか?)

 

やりかねないから怖いのだ。でも精神論者というよりは経験者のように語るからあまりいやとは思わない。

 

「そろそろ時間だ。俺はこれから朝飯作らないといけないし、今日はもう切り上げようぜ」

 

「そうするか」

 

俺達は朝の鍛錬で使ったものをせっせと片付け、帰路につく。今日もまた、何気ない一日が幕を開けるのだった。




次回より入学してからの話になります。
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