やっとこさ”メイクデビュー”当日。筆と絵の具、そしてキャンバスを持って向かったのはターフだ。今日は快晴、芝が細波のように揺れる最高の絵描き日和だ。準備をしていると沖野さんが勝手にパレットに絵の具を出し始める。
「…何やってるんですか、勝手に出されても困りますよ。」
そう言っても沖野さんはパレットに出すのをやめない。
「今のお前に必要な色はこれで十分だ。」
パレットに出されたのは深海のような藍色と太陽の光のような白に近い黄色、吹雪のような白だけだった。これらは自尊心と自惚心だけ膨れ上がった傲慢な僕が特注したものでその一本しか存在しない。出した以上それは使わなければ勿体無いものだ。
「はぁ、画家をなんだと思ってるんですか。…わかりました、それも使いますよ。」
「何もわかってないな。よし、お前がそれを書き終えるまでこいつらは預かっておこう。じゃあな。」
ちょっと、引き止める前に彼は行ってしまった。何がわかってないだ。あの人に何がわかるっていうんだ。でも取られてしまったものはしょうがない。どれだけ僕を馬鹿にしているかわからないけれど受けて立とうじゃないか。そうだ、沖野さんをギャフンと言わせたらまたあそこで食べさせてもらおう。
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ファンファーレが鳴る。事前に見せて貰ったスピカのメンバーの中に(仮)として紹介されたキタサンブラックのことを思い出す。よし、その子でも描いてやろう。
一斉に走り出して一番最初に前に出たのはやはりキタサンブラック、ぐんぐんと後ろのウマ娘たちを抜かしていく。後に続いてまばらに続いていくウマ娘の中にはまだ半分も走っていないのに走り方が崩れてきているものもいる。
描くのに困り果てているともう最終コーナー。未だにキタサンブラックは先頭にいる。”つまらない” 天才的な彼女の独壇場で競争相手らも諦めかけている子がほとんど。こんな王道なスポーツ漫画の展開の一つじゃ面白くも何もない。
「これじゃあ描く気にもならな──」
一閃。一瞬、2番目のやつの顔が見えた。笑っている、こんなに差が開いているのに。何故にそこまで燃えられる。何故にここで笑っていられる。
ああ、これだ。これが見たかったんだ。努力で抗ってどんな時でも天才への敵意を忘れずなんとか食らいつこうとする、その姿勢は1着が決まった瞬間に輝く。
『1着はキタサンブラック、2着はデュオペルテ‼︎』
雌雄を決して、結果に喜びながらも何処か苦い表情をする灰色の彼女を確認して僕は筆を動かし始めた。
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「おい、あんな大差で勝ったんだ、なんでキタサンブラックを描かな勝ったんだ。」
そう言って完成した青と白のキャンバスを腕を組んで見つめる。
そこには2人のウマ娘の後ろ姿があり、下の方には白で薄めに薄めた紺色の髪の彼女が大きく写り、上の方には彼女に追いかけられるようにキタサンブラックが光を目指して走っている、そんな絵だ。
「あれを描いて何になるんでしょう。決まりきったこと、どこかの誰かが写真にでも収めてると思いますよ。僕はね、注目されていない光を書きたかったんです。」
そうか、と沖野さんは何処かしっくり来ないような返事をして去っていく。すると、筆やパレットを仕舞っていると後ろから話しかけられる。
「描けたんですね。」
そうですね。
そう言って僕はたづなさんにキャンバスを渡しこの学園を去ることとした、永遠に此処に来ないことを誓って。