蒼天に雷鳴は走る    作:魚鷹0822

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空と海の雷

「はあ、はあ……」

 

 狭い操縦席の中、妖精は酸素マスクをはめ、上方の空を見続ける。

 マスク越しでも、等間隔で繰り返される呼吸によって、自身の吐きだす荒い吐息の音が異様に大きく耳に入り、静寂が満ちる操縦席内に木霊する。

「ま、まだ、なのか……」

 酸素マスクをつけても、高度が上がるにつれ空気は薄くなり、呼吸が難しくなる。

 与圧のされていない操縦席内は冷凍庫並みに凍えるほど冷え、操縦桿やスロットルレバーを握る手は手袋をつけていても震えが止まらず、いつもの感覚で操作ができない。

「……あ」

 雲一つない青く澄み渡った蒼天の空に、黒と鈍い銀色の入り混じった体表をもつ飛行機の姿をしたものが飛んでいるのが視界にはいる。

 その飛行機は一見旅客機にも見えるが、よく見つめると機首あたりに駆逐イ級が持っている目のような青い球体が2つ埋め込まれており、そこから深海棲艦がまとう炎のようなものが確認できる。

 旅客機ではない。あきらかに深海棲艦のものであるとわかる。主翼には計4つのエンジンが搭載され、胴体下部には開閉可能なハッチの存在が確認できる。

 爆撃機の類だと、妖精はすぐさま感じ取った。

「あれだ!見つけたぞ!」

 寒さに震える腕を動かし、失速しないよう緩やかに操縦桿で進路を調整。

「目標を確認!高度を上げ、目標の上方へ回り込む。いくぞ!」

 部下に指示を出し、スロットルレバーを押し込む。

 上へ上へ、高空へ上るのに必死になる中、標的は悠然と高高度を飛び、自分達の進路上を通過していった。

「まずい!逃げられる」

 ようやく標的のいる高度に達し、上方に回り込もうとした彼らを横目に、敵機は距離を離していく。スロットルレバーを押し込んでも、もう速度が上がらない。

「くそ、紫電でも、だめなのか……」

 彼らがいるのは、高度8000メートルもの高空。いかに2000馬力をほこる誉エンジンでも、吸気が不足して性能を発揮できない。

 迎撃に上がったものの、浮いているのがやっとという状態の紫電を置き去りに、敵機は町を目指して進んでいく。

 そのとき、下から雲を突き破り、敵機に向かって上昇していく紫電が目に入った。

 

「あれは、……隊長?」

 

 接近する敵機迎撃のため、次々部下が離陸していく中、隊長は先にいけと、遅れて飛ぶと言っていた。

 隊長の機体を凝視すると、妖精は目を見開いた。

 隊長の機体には、主翼にあるはずのガンポッドを含めた4丁の20mm機銃がない。

 加えて、速度が部下たちよりも早い。もしかしたら、燃料を減らし、防弾装備などを撤去して軽くしたのかもしれない。

 そんな状態の紫電にできることなど、1つしかない。

「……まさか!」

 隊長の駆る紫電は、深海棲艦の爆撃機を目指して突き進んでいく。

 

「隊長!何をするつもりですか!」

 

 その意味を察した副隊長は無線に向かって叫ぶ。

 

『この町を、この空を守ることが、我々の使命だ。私は、それを全うする』

 

「だからって、あなたがそんなことをする必要があるんですか!やめてください!」

『ほかに手がないんだ!』

 副隊長の制止を聞かず、隊長機は緩やかな曲線の軌道を描きながら、敵爆撃機の機首のそばを通り上昇。上空で宙返りし、機首をほぼ真下にむけた。

 

『よく見ておけ!今は、こんな手しかないんだということを!』

 

 隊長機はほぼ垂直に急降下を始めた。その先には、敵爆撃機の機首がある。

『だが、後を追おうなんて考えるな!あとは、頼んだぞ!』

 副隊長は速度を上げようとするが、機体は追いつくどころか、浮いているのが精いっぱいだった。

 

「やめてください!隊長!隊長!」

 

 隊長の乗る紫電は敵爆撃機に向かって突き進む。2つの機体が引く雲が重なった瞬間、敵機の機首と隊長機は、炎に包まれた。

 

 

 

 深海棲艦。

 

 

 突如海に現れたこの謎の存在に、人類は制海権を喪失。奪われた海を取り戻すため、人類は唯一対抗できる存在、艦娘を生み出した。

 そして、今日も深海棲艦と艦娘との戦いが、この広い海原のどこかで、繰り広げられている。

 

 

 

 

 あたり一面に広がる大海原。その上に広がる同じ色の青い空。そんなさわやかそうな場所に、似つかわしくない爆音をたてる物体が2つ、宙を舞う。

 上空では、2機の零戦21型が、お互いの後方を取ろうと、いつ終わるとも知れぬ旋回戦を繰り広げている。

 相手の背後を取り合い、追いかけ続けるその様子は、さながら狂犬同士の戦いのようであった。

 2機の零戦21型には、それぞれ2本の識別帯が尾部に描かれている。片方は赤色、もう片方は白色に塗られている。

 赤色の識別帯の零戦に乗る妖精は旋回をやめ、離脱。それに白色の識別帯の零戦も追従する。

 十分に距離をつめ、背後を取った白色の識別帯の零戦の妖精は、機銃の引き金を引こうとする。

 だがその直前、前をいく赤色の識別帯の零戦は突如機首を持ち上げ、直後に左回りにロールし減速。

 後方についていた零戦に意図的に追い越させ、背後に回り込んだ。

 状況は逆転。即座に機銃の引き金を引く。機首の7.7mm機銃が火を噴き、銃弾が敵機に命中、したと思いきや、そこに敵機の白色の識別帯の零戦はすでにいない。

 敵機は、機首を下げて急降下に入っていた。妖精は急いで機首を下げて後を追う。

 すると、前を飛ぶ零戦は海面すれすれの低空を緩やかな旋回をしながら進んでいく。

 あとを追い、機銃を撃つ。だが真っすぐにしか飛ばない機銃弾は当たらない。

 かといって旋回半径を小さくしようにも、機体を横転させれば主翼が海面にぶつかる危険性がある。

「……くそ!」

 赤色の識別帯の描かれた零戦は上昇に転じた。それを待っていたように、白色の識別帯の零戦は、鎌首をもたげた蛇のように機首をあげて上昇し、前を飛ぶ零戦に襲い掛かった。

 機首の7.7mm機銃の銃弾が放たれる。前を飛ぶ零戦に命中し、機体に赤い染料がいくつも飛び散った。

 

「やったー!撃墜!」

 

 妖精たちの下方、海面に立つ2人の人影。その内の1人、緑色のツインテールを揺らしている人物が、両手を上げて喜びをあらわにしていた。

 

 

 海を人類から奪い取った深海棲艦と戦う艦娘、緑のツインテールを揺らす、少し幼さの残る顔つきの空母瑞鶴と、落ち着き払った表情で、髪をサイドテールにまとめた空母加賀は、海上で演習を行っていた。

 空母の最も大きな役割は、制空権の確保。そのために、敵深海棲艦の艦載機を落とすための訓練として、お互いに制空戦闘機である零戦の対戦演習を行っていた。

 使用する機銃弾は、実弾ではなく染料の入った銃弾で、当たっても染料がつくだけなので安心して撃てる。

 妖精たちから、対戦形式の演習がしたいという要望に応え、工廠の妖精たちが作ったものだった。

「やった!加賀さんに勝てた!」

「負けたわ」

 すると、負けた加賀は瑞鶴に近づき、頭に手をやさしく置き、撫でた。

 

「か、加賀さん!?」

 

 頬を赤く染め戸惑う瑞鶴に、彼女は柔らかく微笑む。

「よく、ここまで妖精たちを鍛え上げたわね」

 恥ずかしさで、瑞鶴は耳まで赤くなる。

「そ、それは……。加賀さんが、演習に付き合ってくれるから……」

「私が?」

「だって、強くなるには、強い人と戦うのが、一番だと、思って」

 上手く働かない頭をなんとか動かし、とぎれとぎれでも彼女は言葉を紡ぐ。

「そう。なら、私はすぐあなたを追い越してみせるわ」

「え!?」

「だって、強くなるには、自分より強い人と戦うのが一番なのでしょう?」

 加賀は瑞鶴から少し離れ、彼女の左手を握る。

「今の基地で一番強いあなたと戦えば、私はまた強くなれる」

「でも、そしたらまた私が加賀さんを抜いて。加賀さんが私を抜いての、繰り返しになりませんか?」

「あら?そうやって、お互いを高めていける関係、私は好きだけど?」

 加賀は柔らかな笑みを浮かべる。

「あなたは、嫌?」

 微笑みながら首を傾げ、問いかけてくる加賀。そんな顔で聞かれて、ダメ、などとは言えず。

「わたしも、好き、です」

 と瑞鶴は答えるしかなかった。

「よかったわ」

「あの、また演習に、付き合ってくれますか?」

 瑞鶴は、少し上目遣いで加賀を見つめる。その瑞鶴の様子を見て加賀は、少し頬を赤らめ、

「も、勿論、よ」

 といった。

 そうやってなんだかんだ、一緒の時間を過ごせるのは、2人とも嫌ではない様子である。

 

 2人は演習を終え妖精たちを収容すると、基地へ向かって航行を開始する。

「妖精たちも強くなってきたのだから、そろそろ機体を更新してあげたいのだけど……」

「う~ん。それはやまやまなんですけど、難しいんじゃないですかね?」

 彼女たちがいるのは、日本の最南端に存在する基地。艦娘の再訓練場という名の、最前線基地。

 新鋭機は本土防衛に優先して回されるため、こんなへき地には回してもらえない。

 今本土では零戦は52型まで配備が進み、それを上回る紫電という戦闘機さえ登場している中、この基地の空母の艦載機は、未だ零戦21型、九七式艦上攻撃機、九九式艦上爆撃機というありさまだった。

「今夕張さんと提督さんが、工廠の拡張を行っているようです。それがうまくいけば、艤装や航空機も自分達で製造できるようになるらしいです」

 再訓練場という名の最前線基地であるため、工廠の機能は入渠や補給、艦娘の強化、修理、装備品の限定的な開発にとどまっている。

 彼女たちが装備している艦載機は、その工廠で作られた彗星等が一部、多くは他の鎮守府などで古くなった装備品の押し付けで賄われている。

「……急いでもらいたいものね」

「駆逐艦の娘たちも資源集めに必死になっていますし、提督さんは、陸軍にも頼んで色々手を打っているみたいです」

 彼女たちの基地の提督は海軍軍人なのだが、陸軍とも協力し、基地の防空隊の創設や新鋭偵察機の配備、最新の地上設置型の電探を融通してもらうなど、なりふり構わず動いている。

 なので、海軍の士官たちにはいい顔はされないが、彼にそんなことを気にした様子はなかった。

「使えるものは何でも使う。そういう姿勢は、嫌いじゃないわ」

「いいんですか?一航戦の誇りは?」

「………今の情勢やあなたの辿った軌跡を知って、感じたのよ?」

 瑞鶴は首をかしげる。

「戦いの中では、誇りがどうなんて、言っていられないってことにね」

「……加賀さん、変わりましたね」

「……そうかもしれないわね」

 2人の間に、静寂が満ちる。そんな中、巨大な腹の虫が鳴いた。

 その発信源である加賀は、とっさにおなかを押さえたが後の祭り。瑞鶴の耳にはしっかり届いたようで、彼女は加賀の方向を向いた。

「まあ、おなかがすくのは自然なことです。速く基地に帰って、夕飯にしましょう」

「……そうね」

 そしてまた爆音が、2人の耳に届いた。彼女は、加賀と目を合わせる。

「わ、私じゃないわよ!?」

「いや、こんな甲高い爆音の腹の虫、あるわけないじゃないですか?」

 頬を赤く染める加賀から視線を離し、瑞鶴は空を見上げる。上空から、レシプロ戦闘機のエンジン音に似た音が響く。だがそれは零戦等にくらべ、金属がこすれるような甲高い音だった。

「あれは……」

 その音の発信源は、細身の零戦に比べ中心が太く、先に行くほど細くなる紡錘形のような胴体に、短い主翼がついた飛行機だった。

 細身の零戦に比べ太って見えるが、見た目に反して速度は速く、瑞鶴と加賀をあっという間に追い越し、零戦を越える速度で基地へ向かって飛び去って行った。

「あれ確か、今評価試験のために基地に来ている……」

「局地戦闘機、雷電、だったかしら。随分太った見た目をしているわね」

「でも、それも可愛いと思いません?瑞鳳がよく言っていってますよ。九九艦爆は足が可愛いって。太った見た目も、チャームポイントじゃありませんか?」

 一瞬、加賀は瑞鶴をジト目で見つめる。

「なんですか?」

「……なんでもないわ」

 2人の大事な時間に、他の艦娘の名前を出され、加賀は少しむっとする。

 そんな彼女の気持ちなど知る由もなく、瑞鶴は首をかしげる。

「さ、早く帰って夕食にしましょう」

「はい!」

 2人は母港への進路をとる。

 同じ場所へ向かって、雷電たちは飛び去っていった。

 

 

 

 

 雷電の妖精たちは基地の滑走路に着陸すると、格納庫に機体を収め、整備を整備妖精たちに任せ、機体から下りた。

「ふう……」

 操縦席から下りた妖精たちは、緊張する着陸を終えほっと一息つく。

 

「雷電の妖精さんたち~、お疲れ様~」

 

 格納庫の扉をあけて入ってきたのは、セーラー服を着た、駆逐艦くらいの背丈の、笑顔のまぶしい艦娘だった。

 

「雷ちゃん、走ったら危ないのです」

 

 遅れて、似た容姿の艦娘が入ってきた。

「さあみんな、夕飯の時間よ」

 この2人は、雷電の妖精たちの日常の世話を手伝うように言われた艦娘、駆逐艦雷と電、略して雷電姉妹である。

 雷は雷電の妖精たちを腕に抱え、妖精用の食堂へと歩いていき、食事が用意されている一角へと彼らを座らせた。

「いつもありがとうございます」

 雷電の妖精は、いつも世話を焼いてくれる雷に感謝を示す。局地戦闘機という性質上、艦上機たちとはあまりなじみがない雷電の妖精たち。

 その彼らが評価試験で滞在する間の、日々の世話を焼いてくれているのは、この雷電姉妹である。

「遠慮しなくていいのよ!さあ、沢山食べてね~」

 雷は、満面の笑みを浮かべていった。

「ああ、もし疲れていたら遠慮なくいってね、食べさせてあげるから!」

「いえ、そこまでしてもらうわけには……」

「遠慮なんてしなくていいのよ!」

 彼女は、心底嬉しそうに言う。

「私のこと、頼っていいのよ!」

 ここまで言うあたり、余程の世話好きのようだ。流石ダメ提督製造機。雷電の妖精たちは、雷にその片鱗を見た。

「お夕飯が終わったら、お風呂の用意もできているからね~」

「い、雷ちゃん、そんな次々言ったら、妖精さんたちが戸惑っているのです」

 どこまでも世話をやく雷を止めるのは、妹の電。

 彼女は妖精たちが次々空にする食器に次々おかわりを入れては素早く渡していく。電の本気なのだろうか。

「だって、みんな可愛んだもの~。お世話したくなるわよ~」 

「お二人はやさしいんですね」

「そ、そうなの、ですか?」

「あら、ありがとう!」

 照れる電、嬉しそうな雷。2人ともとても世話焼きで、やさしい艦娘である。

 当初は提督の、名前が似ているからすぐなじめるだろう、という適当な思いつきで世話役に任命されたらしいが、結果として彼の人選は間違ってはいなかったのだろう。

 ある日突然やってきた雷電の妖精たちを、2人は温かく受け入れてくれた。雷、電、という怖いものの代名詞といわれる名前がかすんでしまうほどに。

 その後妖精たちは、おいしい夕食をおなか一杯食べ、お風呂で疲れを癒し、寝床についた。全員眠るまで、雷と電は、彼らを見守っていた。

 

 

 

 翌朝、飛び立っていく味方を横目に、雷電の妖精たちは機体の収められた格納庫の壁にもたれかかっていた。

「評価試験は、順調だな」

 雷電飛行隊の隊長妖精は、部下たちから提出された報告書に目を通し終え、スケジュール表とにらめっこする。

「今日は午後から試験なんですか?」

「整備妖精たちが、午前一杯は整備をしたいそうだ」

 雷電はまだ評価中の機体であるため、整備に慣れている妖精は少ない。その少ない人数で9機の機体を整備するのだから、時間もかかる。

「それにしても、なんでこんな南端の島で試験を?」

「ここなら、どれだけぶん回しても、迷惑をかける町がないからだそうだ」

 もともと、雷電は本土防空のために作られた機体である。

 しかし、本土の鎮守府の周辺には町が多く、もし機体が民家に墜落しようものなら、提督たちの首が飛びかねない。

 そのため、周辺に民間人が住んでいない、この孤島の基地へ雷電を派遣したのだった。

 機体特性が、零戦たちとは異なる局地戦闘機であるが故の用心である。

「鎮守府では散々な評判でしたね。ごくつぶしだとか、機体を殺人機って」

 雷電は、高々度から迫る敵爆撃機を撃ち落すために作られた機体。

 なので他の飛行隊に比べ出撃の機会は少なく、戦果もないためにそんなことが言われる。

 おまけに操縦桿が重めで、着陸速度が速く難しいことから、殺人機、などといわれてしまっている。散々な評判である。

「そういえば、隊長は以前、紫電の部隊にいたんでしたっけ?」

「ああ」

 隊長は書類から目を離さないまま応える。紫電といえば、まだ首都圏近くの鎮守府にしか配備されていない最新鋭の迎撃機、という名の制空戦闘機である。

 今戦闘機の妖精たちは、誰もがその機体に乗りたがっている。

「なんで雷電に機種転換したんですか?」

 隊長は黙り込み、言葉を選ぶ。

「……紫電では、私のしたいことができないから、かな」

「……したいこと?」

 隊長は頷く。

 

 約1年半前、首都近くの鎮守府に属していたとき、深海棲艦の爆撃機が襲来し、紫電で迎撃に上がった。

 だが、高空を飛ぶ敵爆撃機を前に追いつけず、銃弾の一発も撃ちこめないまま、敵は自分達の前を、悠然と横切って行った。

 あの爆撃機に有効打を浴びせたのは、当時の隊長の体当たり戦法だけだった。でも、その甲斐もむなしく、爆撃機は町へ爆弾を投下した。

 燃える町を、当時の妖精たちは、高空から黙って眺めるより、他なかった。

 その後、敵爆撃機を迎え撃つ飛行隊が編成されるという噂を聞きつけた当時の副隊長だった妖精は、それを行う機体、雷電へと機首転換を希望したのだった。

 亡き隊長の仇を、うつために。

 

 

 でも、所属していた鎮守府の提督は、迎撃戦闘機の価値を理解しているとはいいがたく、深海棲艦の艦載機を落とすための制空戦闘機は沢山増産しても、あの一件があったにも関わらず、雷電の試験のこぎつけたのは、襲来から1年以上経過してからだった。

 やっと部隊が編制されたと思ったら、今度はろくに飛行訓練さえもさせてもらえない。

 そして、着陸で何度も雷電が事故を起こしたのを理由に、この南端の孤島の基地へと、彼らを送ったのだった。

 その提督たちの行動で、隊長は悟った。

 あの一件があったから、一応部隊は創設する。でも、期待はしないぞ。

 そんな無言の意志を、隊長は感じ取っていた。

 あくまで現在の主役は、敵深海棲艦の艦隊と戦える艦戦、艦攻、艦爆なのだぞ、と。

 

「それをするためにも、この試験をきっちりこなして、雷電の有効性を、証明しなければならない」

「……そうですね」

「隊長、やってやりましょう!」

 雷電飛行隊の妖精たちは、やる気に満ちている。

 その時だった。

 基地内にけたたましいサイレンが、鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 基地の地下へ、白い軍装に身を包んだ男性が、足早に階段を駆け下りていく。

 突き当りの鉄扉を開け放つと、中に座っていた艦娘、大淀が椅子から立とうとするが彼は手を振ってそれを制する。

「敵の接近か?」

「はい。この島を囲うようにして、敵艦載機と思われる機影が近づいています」

 彼らの視線の先には、基地周辺に設置された電探が察知した情報が表示されている。基地のある島を囲うように、6方向から影が迫ってきている。

「反応は高速で接近中。距離、約300キロ」

「基地防空隊に通達。第1から第6戦隊まで緊急発進、次いで、偵察隊にも発進命令」

「了解!」

 

 

 

 室内に指令室との直通回線のベルが鳴り響く。受話器を妖精はとり、要件を聞き取る。

「緊急発進!」

 操縦員と整備の妖精たちは、手にしていた新聞やコップを手放し、駆け足で扉を開け放ち、格納庫内に並べられた零戦21型に駆け寄る。

 操縦員の妖精は操縦席に滑り込み、エンジンの始動準備にかかる。

「始動準備!」

 機体下に潜り込んでいた整備員の妖精がイナーシャハンドルを回し、エンジンの始動準備にかかる。

「点火!!」

 整備員の合図で、操縦員はエンジンを始動。目の前の3枚羽のプロペラが回りだす。

 暖気が終わるまでに操縦員は、水平尾翼、主翼、垂直尾翼の動翼、各計器、プロペラピッチ等チェック項目を急いで消化。暖気の終了を待つ。

 暖気が終わると同時に、格納庫のシャッターが開ききる。

 手を振って車輪止めを外させる。

 基地防空隊第1戦隊、全6機の出撃準備が整ったことを確認し、隊長の妖精はブレーキから脚を離して滑走を開始。零戦を格納庫から出す。

 防空隊は、孤島に築かれた基地が防衛を目的に創設した飛行隊。緊急発進時には、滑走路を優先して進み、最優先で離陸する。

 格納庫も滑走路端に最も近い。

 隊長が滑走路や周辺を眺めると、他の格納庫からも機体が姿を見せている。

 同じ防空隊の零戦21型、陸軍から来た隼1型。さらに防空隊のほかに、偵察航空隊の百式司偵、彩雲、二式艦偵全機も出撃準備を行っている。

 その全力出撃の様子に、防空隊の妖精たちはただならぬものを感じた。

 機上電話からノイズが入り、次いで声が入る。

『指揮所より防1(基地防空隊第1戦隊)、方位〇三〇、高度3000、滑走路1(で離陸)』

「防1了解。方位〇三〇、高度3000、滑走路1」

『防1、その通り!』

 基地内の滑走路は2本ある。そのうちで、もっとも近い位置にある第1滑走路にたどり着くと、零戦の妖精はスロットルレバーを押し込む。

 機体が徐々に速度を増していく。操縦桿を前に倒し、尾部を持ち上げる。尾部が浮き上がったところで、操縦桿を水平に戻す。

 速度を増し、翼が揚力を得て、零戦の着陸脚が地面から浮かび上がる。着陸脚をしまうと、機首をあげ、方位を指示された方向に合わせ、高度3000メートルに向け上昇していく。

 他の防空隊も次々飛び立ち、6方向の敵に相対するように飛んでいく。

『指揮所より偵1(偵察航空隊1番機)、方位〇二〇、高度6000、滑走路2』

『偵1了解。方位〇二〇、高度6000、滑走路2』

「偵1、その通り!」

 防空隊についで、敵艦隊の情報を得るための偵察機たちが飛び立っていく。

 

 

 

「防空隊、偵察隊、離陸完了」

 提督は電探のモニターに映し出される光点を見つめる。深海棲艦の艦載機たちは、孤島に作られたこの基地を囲むように迫ってきている。

「数は、40機前後……」

 これが全てとは考えにくいが、基地を攻め落とすには明らかに数が少ない。水上電探上では、敵艦隊が迫っているのが映し出される。

「大淀、第1から第3艦隊。出撃準備。対空機銃を忘れないように」

「了解」

 大淀が連絡を入れている間、提督は電探の画面を見つめ、何かを考えていた。

 

 

 

「第1艦隊、出撃準備。対空機銃を忘れないように」

「「「はい!」」」

 旗艦の加賀は、随伴の駆逐艦雷、電、秋月、朧たちに対空兵装を乗せるよう伝える。

「まだ出航はしないんですか?」

 矢筒や艤装を身に着けつつ、瑞鶴は問いかける。

「さっき偵察隊が飛び立ったそうだから、まもなく情報が入るわ。その後と思うけど……」

 格納庫内部に、サイレンが響き渡る。

『こちら指揮所。敵艦隊発見。南東より接近中。艦隊は3つ。空母ヲ級2隻、ル級2隻を含む』

「……さっそく来たわね」

『第1から第2艦隊は、至急出撃しこれを迎撃。第3艦隊は、基地の防衛に回って下さい』

「いきましょう!」

「はい!」

 加賀や瑞鶴たちは艤装を身に着け、海原へと漕ぎ出していった。

 

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