戦闘が開始されるその最中、偵察隊は高空で、驚くべき敵を発見する
が……。
『防1、まもなく敵機が見えてくるはずだ』
指揮所の電探担当の妖精から指示をうけ、防空隊第1戦隊の妖精たちは前方を注視する。
「……あれは」
先頭を行く隊長は、下方で何かが光ったのを見逃がさなかった。目を凝らすと、そこには矢尻のような黒い物体、深海棲艦の艦載機が向かってくるのが見えた。
爆弾を抱えているので、基地を爆撃する艦爆隊だろう。隊長は機上電話をとった。
「第1戦隊、前方下方に、敵艦爆隊を視認。数は12機」
距離が縮まり、その姿が次第に鮮明に見えてくる。
「2、3番機は続け。4,5,6番機は援護」
「「「了解!」」」
「全機増槽を投棄!いくぞ!」
第1戦隊、計6機の零戦は、胴体下に吊り下げた増槽を一斉に切り離す。隊長を含めた3機は速度をあげ、機首を下げて低高度を飛ぶ敵機へ向かって降下していく。
高度が見る見るうちに下がり、米粒ほどだった敵機が、目前に迫る。
隊長の零戦の7.7mm機銃が、火を噴いた。
銃弾を受けた敵機の1機は瞬く間に機体が穴だらけになり、火に包まれながら海面へ墜落していく。
次いで隊長は反転し、敵機の後方へまわる。爆弾を抱えて速度が出ない敵機が、増槽を捨てて身軽になった零戦から逃げられるはずもなく、次々餌食になっていく。
その後方に、雲に隠れていたのか敵戦闘機が現れる。
だが上空待機していた残り3機が急降下。すれ違いざまに機銃を撃ちこみ、叩き落していく。
「防空隊各隊、交戦開始しました」
電探上には、光点が入り乱れているのが映し出される。
「防空隊より連絡、敵艦載機一部、防空網を突破!」
「防空隊第7から10戦隊、緊急発進!」
待機させていた零戦32型の部隊を、提督は上空へ上げる。
防空隊が空戦を繰り広げる一方で、加賀たちは海上を進む。加賀と瑞鶴を中心に据え、周囲を雷、電、秋月、朧が囲む陣形で進む。
「偵察隊の報告だと、もうすぐ見えてくるはずよ」
日頃なら空母が偵察機を飛ばし索敵を行うが、今は基地の偵察航空隊が飛び立っているため、そちらから情報支援が受けられる。
「見えました!」
瑞鶴が指さす先には、遠くからでも見える異様な雰囲気を放つ群れ。黒や銀色の鈍い輝きの体表でおおわれた人型や異形のものたち。
「情報通り、ル級やヲ級がいるわ」
加賀と瑞鶴は矢筒から矢を抜き、弓に番える。
「いつものやり方でいくわ。上空は任せて」
「私は敵艦を、ですね」
加賀は弓の先端を上空へ、瑞鶴は水平に向ける。
「制空隊、発艦始め!」
「艦攻隊、艦爆隊、発艦開始!」
2人は矢を放った。それぞれの矢は間もなく燐光を放ち、それぞれ零戦、九七式艦攻、九九艦爆、彗星へと姿を変える。
艦載機の搭載量の多さを活かし、加賀は制空権の掌握。瑞鶴は加賀にある程度上空を任せ、敵艦へ攻撃というのがこの2人の戦い方だった。
加賀の零戦隊は敵艦隊から飛び立った敵戦闘機と交戦を開始。その間隙をついて、瑞鶴の艦攻隊は低空で魚雷を撃ちこみ、艦爆隊は上空から急降下し、爆弾を投下。
深海棲艦の艦隊の周りや中心で、いくつもの水柱があがる。
「イ級接近、なのです!」
艦載機の攻撃を潜り抜け、動きの速い駆逐イ級が迫る。
「電、お願い!」
「了解なのです!」
電は主砲をイ級へ向けて放つ。
砲撃に気付いたイ級は進路を変え、主砲弾を回避する。電の主砲弾はイ級の真横に着弾。大きな水柱をたてるが、イ級は気にせず電へ向かう。
その水柱を突き破り、雷がイ級の背後に現れた。
イ級は急いで口内の主砲を雷へ向けようと旋回する。
「もらったわ!」
瞬間、イ級は落雷でも落ちたような衝撃を受ける。落雷ではなく、雷が艤装にぶら下げている錨を力いっぱいイ級に振り下ろしたのだ。
イ級は頭部が大きくひしゃげ、その活動を停止した。
その後ろから、錨を抜こうと脚を止めている雷へ向かって、イ級3隻が口内の主砲を展開する。
だが、雷の横を何かが通り過ぎていく。
それは間もなくイ級たちにたどり着き、水中で爆発。3隻全てを海の底へと引きずりこんでいく。
「魚雷、命中なのです!」
雷は深海棲艦の血のついた錨を手に、次の敵艦を求めて水上をかける。
「電、次行くわよ!」
「あ、雷ちゃんまつのです!」
2人の小さな雷は、次々とイ級を沈めていく。
高度6000メートルを飛行する百式司偵は、周囲を警戒しながら飛ぶ。眼下に敵艦隊はいないか、電探の漏れはないか。
味方の目となり、情報を届ける。
「海上に、敵影なし」
「周囲にも敵影は……」
ふと、後部席に座る偵察員の妖精は、上空を見上げる。太陽に目がくらむが、何かが見えた。
「どうした?」
「いや、上方に、鳥のような姿が……」
「鳥?」
今彼らがいるのは、高度6000メートルの高空。そんな寒く、酸素が薄くなる高空に鳥がこれるはずはない。
「高度を上げるぞ」
操縦員の妖精は、機首をあげ、上昇する。雲を突き破り、青に染まる蒼天が視界一杯に広がる。
その中に、巨大な鳥のような黒い影が4つ浮かんでいる。
「……あれは!」
操縦員と偵察員は、目を見開いた。
「高度を下げるぞ!」
操縦員は機首を下げ、高度を急いで下げ、雲に隠れる。気流が乱れ、機体が揺れる。その中で偵察員は基地へ向け、急いで無電をおくった。
指揮所に届いた無電は、担当の妖精が受け取り急いで大淀へ届けられる。
「無電ですか?偵察隊から?」
彼女は内容に目を通した。間もなく、彼女の目が見開かれ、驚愕の表情に変わる。
「提督!」
悲鳴にも近い彼女の声に、提督は目を細める。
「……内容は?」
彼女は答えることなく、無電の内容の書かれた紙を、提督に手渡す。彼は即座に目を通した。
『 偵察隊6番機
敵深海棲艦のものとおぼしき 超大型爆撃機4機を確認
基地へ向かって接近中
敵は 高度8000メートルを 飛行中 』
「深海棲艦の、超大型爆撃機……」
「……大淀!」
彼女は提督の声に、背筋を伸ばした。
「……雷電飛行隊の所属鎮守府へ、至急連絡を」
敵の爆撃機が迫っていることは、即座に総員に伝えられた。無論、雷電飛行隊にも。
「出撃命令は、まだなのか?」
『現在、あなたたちの鎮守府へ連絡しています。今、対応を検討中とのことで』
「敵は目の前に来ているんだ!そんな余裕はない!」
『ですが、あなたたちの指揮権は、鎮守府にあります。それに評価試験中なので、即実戦投入というわけには……』
「実戦に勝る評価試験はない!」
『とにかく、待っていてください!』
指揮所の大淀は、一方的に電話を切った。
「……くそ」
雷電飛行隊の隊長は、受話器を荒々しく戻した。
「出撃命令は?」
「……まだだ」
隊長の言葉に、部下の妖精たちは顔を見合わせる。敵の大型爆撃機が接近中。高度は8000メートル。
一刻も早く上がらなければ、迎撃が間に合わなくなる。高度8000メートルまで上昇するには、雷電でも10分前後はかかる。
早く上がらなければ、この基地が焼かれる。だが命令を無視して飛び立つことはできない。
「……もう少しまとう、じき出撃許可が下りる」
隊長は部下たちにそう言い聞かせ、出撃の命令を待ち続けた。
「大淀、彼らから返答は?」
「……まだです」
地下の指揮所で、司令官と大淀は目の前の画面とにらめっこしつつ、指揮命令に追われていた。
だが彼らがもっとも気にしているのは、雷電の所属鎮守府からの返答であった。
高度8000メートルを飛行して迫る敵爆撃機を迎え撃つには、現在この基地にある雷電が唯一の手段である。
零戦や隼ではそんな高空まで上昇するには時間がかかりすぎるし、もし間に合っても中低高度を想定している日本機の多くでは、浮いているのがやっとで攻撃どころか、置いていかれるのが関の山だ。
約1年半前、首都圏を襲った深海棲艦の爆撃機に対し、紫電の迎撃部隊が飛び立ったが、結局間に合わず、武装も防弾装備も全て取っ払った紫電が1機、敵爆撃機へ体当たりした。
それが唯一の攻撃だったらしいが、相手が落ちることなく、町は焼き払われた。
今この南方の左遷先に雷電があったのは幸運だが、彼らは評価試験で来ているので、即実戦投入というわけにはいかない。
それに司令官には、雷電飛行隊への実戦での指揮権はない。あくまで、今の雷電飛行隊の指揮権は、所属鎮守府にあるままになっている。
「大淀、敵爆撃機がこの基地を攻撃するまで、あとどれくらいだ?」
「少々お待ちを……」
大淀は電探でとらえている敵爆撃機の位置と、この基地との距離、速度等から時間を割り出した。
「およそ……、30分です」
「それが処刑までに残された時間か」
大淀は俯いた。
「先方の答えは?」
「まだ、です……」
今頃、鎮守府ではこの想定外の事態に緊急会議が開かれていることだろう。
この左遷先という基地を助けるのか、独力でなんとかさせるのか、試験評価の終わっていない雷電で本当に迎撃可能なのか、もし失敗したら誰が責任をとるのか。それとも雷電だけ脱出させるのか。
今頃もめているころ合いだろう。
「……提督」
大淀の声に震えが混じっている。
「このままでは、爆撃機がこの基地を攻撃します。今の内に脱出の用意を……」
「……どこに逃げろっていうのかな?」
今彼らのいる基地は、日本の最南端の孤島にある基地。沖縄本島からも離れている文字通りのへき地。
逃げ場などない。広い海に漕ぎ出しても、深海棲艦に沈められるがオチである。
「……仕方がない」
司令官は立ち上がり、格納庫への直通回線の受話器をとった。
「どうされるおつもりですか?」
「裏道を使う」
「……まだ、なのか」
先の連絡から時間が経過するも、一向に雷電飛行隊に出撃命令が来ていない。操縦員たちは皆椅子に腰かけてひたすら待っている。
待つのも操縦員の仕事だ、というが、今格納庫の外へ出れば上空では防空隊が、海では艦娘たちが戦っている。そんな中、自分達にだけ出撃命令が来ていないことに、飛行隊の妖精たちはいらだっていた。
まして、敵の大型爆撃機が迫ってきているのだ。雷電にとっては、これ以上ない晴れ舞台、作られ、部隊が創設された存在理由なのだ。
なのにこのままでは、爆撃機によって破壊される未来しかない。
「鎮守府からの許可がおりないのかな?」
「そんなバカな……」
「上は何を考えているんだ」
「今上がらなくて何のための雷電なんだ……」
妖精たちも焦れてきている。隊長は椅子から勢いよく立ち上がり、機体へ歩き出した。
「隊長!何をするつもりですか!?」
隊長を、副隊長の妖精が引き留めた。
「命令無視は覚悟の上、出るぞ!」
「待ってください!」
我慢しきれなくなった隊長を、副隊長はしがみついて引き留める。
「私たちだけで上がっても、今の敵の位置がわかりません。指揮所や電探担当からの誘導がないと、私たちだけで迎撃は無理です!」
隊長はハッとした。いかに大型の爆撃機でも、この広い空では米粒ほどでしかない、そんな小さな標的を見つけるには、電探の力を借りなければならない。
敵の位置は常に、電探を使って指揮所が監視している。指揮所の誘導なしでは、戦うことはおろか会敵さえできない。
爆撃機迎撃戦における大事なことを失念していたことを隊長は、息を大きく吐き出し、肩を落とした。
「……そう、だな」
隊長はおぼつかない足取りで戻り、椅子に腰かけた。
そのとき、指揮所との直通回線の呼び鈴がなった。全員が振り向く中、1人の妖精が出た。
遂に出撃命令か、皆期待に胸を膨らませる。
「整備班長!司令官からです!」
だがその期待は瞬く間に裏切られ、再び皆うつむいた。呼ばれた整備班長が出る。
「……まだ、なのか」
「もう、間に合わない……」
妖精たちの中には、震えるものも出てきた。
このままでは全員が爆撃され、死の未来しかない。
隊長は1年半前の、紫電で出撃した迎撃戦を思い出す。
―――何をしているんだ。早く上がらないと、もう間に合わなくなる。
「整備状況?ああ、午前一杯その予定だったからか」
―――あの時、隊長が犠牲になっても、敵を止めることができなかった。
―――高空から、赤く燃える町を見ているしかなかった。
―――だから、雷電飛行隊に移籍したのに……。
「全機完了している。燃料も弾も満載だ!」
―――また、繰り返す、のか。隊長の仇も取れず。また、黙ってみているしか。
―――ダメだ、それだけは!
―――でも、このままでは……。
「いつでも飛べるぞ!」
隊長が過去を振り返る一方、整備班長は司令とのやり取りを交わす。
「隊長さん!司令官からだ!」
隊長は駆け足で向かい、整備班長から受話器を受け取る。
「……出撃命令が出たんですか?」
『いや、まだ鎮守府は対応を協議中だ』
隊長は奥歯をかみしめた。
『だが、このままでは君たちも爆撃される。そこでだ……』
隊長は司令官の声に耳を傾ける。
『君たちを、空中退避という名目で空に上げる』
空中退避。要するに避難だ。
このままでは評価試験で訪れている雷電が、爆撃で失われてしまう。それは誰も望むところではない。
この基地の司令官だけではなく、雷電が所属する鎮守府の司令官も同じこと。何もせず評価中の新鋭機がみすみす失われたとあっては、流石に面子にかかわる。
『そして、自衛の目的で攻撃を許可する』
深海棲艦の艦載機が襲来している今、新鋭機を守るには逃がすだけでなく、自衛も必要になる。それなら敵が撃てる。
これならあとで司令官が追求されても、新鋭機を守るために上空に上げ、敵機が迫ってきたから攻撃許可を出したに過ぎない、と一応の言い訳ができるし、新鋭機を守れれば、敵機が迫る中協議中だった所属鎮守府の司令官も文句は言えない。
『目標は、高度8000メートルを飛んで襲来する敵爆撃機4機。今から上がっても間に合うかギリギリ。……やれるか?』
隊長は即座に答えた。
「やります!やらせてください!」
『敵の位置までは指揮所が誘導する。君たちは準備ができ次第、直ちに出撃!』
「はい!」
隊長は話を終え、受話器を戻す。そして隊員たちに振り返ると、いつの間にか部下たちが全員整列していた。
隊長は一言だけ言い放った。
「総員かかれ!」
その一声で操縦員たちと整備員たちは、それぞれの機体へ向かって駆けだした。
「始動準備!」
隊長の合図で機体下面にいる整備員の妖精は、機体に差し込んだイナーシャハンドルを回す。
「点火!」
合図で隊長はエンジンを始動させる。目の前の4枚羽のプロペラが回りだし、同時に推力式単排気管が排気を勢いよく噴き出す。
間もなく、雷電の火星エンジンとプロペラ軸上に設けられた、強制冷却ファンが回転する甲高い爆音が、格納庫内の空気を震わせる。
暖気をまつ間、隊長は計器類や動翼に異常がないことを確認。そして今回は初めから高高度迎撃が目的のため、酸素マスクを装着する。
格納庫のシャッターが開けられ、暗い格納庫内の9機の雷電が、明るい日の光に照らされる。
突然ではあったが、局地戦闘機雷電がその真価を発揮するときがやってきた。
高高度を飛ぶ敵爆撃機を撃墜し、艦娘や司令官たちのいる基地を守る。雷電飛行隊にとっては、これ以上ない晴れ舞台だ。
隊長は部下の様子を見て、全機の出撃準備が整ったことを確認すると、手を振って車輪止めを外させる。
そして整備員の妖精の誘導に従い、ブレーキから足を離し、機体を滑走させ、格納庫から雷電を出す。
「がんばれよー!」
「機体ともども、無事でな!」
「頼むぞ!」
整備員の妖精たちに見送られ、9機の雷電は格納庫から滑走路へ向かう。
『指揮所より雷電。方位〇四〇、上昇高度8000、滑走路1で離陸』
指揮所から会敵するための方位や上昇高度が伝えられる。
「こちら雷電。方位〇四〇。上昇高度8000、滑走路1で離陸」
『こちら指揮所、その通り』
確認を終え、雷電は滑走路へ向かう。まだ評価試験中だったため、雷電飛行隊の格納庫は滑走路から最も遠い位置だった。
早く離陸しなければ、敵に攻撃される。雷電の妖精たちははやる気持ちを抑え、愛機を誘導していく。
「雷電飛行隊、滑走路へ向かいます」
「防空隊と第3艦隊に伝達、敵の艦爆、艦攻を優先して撃破するように」
「了解」
「それから第1、第2艦隊にも通達。雷電が離陸するまでの間、敵の戦艦と空母に攻撃を集中。できるだけ時間を稼ぐんだ」
連絡を受けた加賀と瑞鶴は、目の前の深海棲艦の群れに視線を向ける。
奥にいるル級の砲身が、ゆっくりと基地へ向けられる。
「やらせない!」
瑞鶴は妖精に命じた。直後、上空から雲を突き破って艦上爆撃機彗星が急降下。爆弾倉内の250kg爆弾をル級に向けて投下した。
狙いすましたように、爆弾はル級の腕に命中。主砲の砲身の先がそれる。その隙に九七式艦攻が魚雷を投下。
ル級の足元から大きな水柱が上がり、海中に引きずりこんでいった。
ル級が沈みゆく一方、ヲ級は頭上の艤装から艦載機を飛ばす。
「やらせません!」
加賀は零戦隊に命じ、爆弾を積んだ艦爆や艦攻を優先して落とさせる。ヲ級は空母2人を邪魔と感じたのか、2人へ攻撃対象を変更。基地と目の前の艦娘たち双方へ行かせる。
加賀はさらに零戦隊を上空に上げる。瑞鶴に敵艦の攻撃に専念させ、その間加賀は艦載機搭載数の多さを活かし、制空権を確保し続ける。
加賀の放った零戦隊は、深海棲艦の艦戦、艦攻、艦爆を手あたり次第に落としていく。
その隙に、秋月と朧の援護を受けながら瑞鶴は艦攻、艦爆で敵艦に損害を与えていく。
だが、その間にも防ぎきれなかった敵艦載機が魚雷や爆弾を投下してくる。
妖精たちに命じながら、発艦に着艦を繰り返しながら、彼女たちは回避行動をとる。
「私を忘れるなんて、ひどいじゃない!」
ヲ級は足元を見る。そこには、艦載機の攻撃をかいくぐり、錨を構えた雷がいた。
雷は錨を振りかぶり、ヲ級の頭部目掛けて振り下ろす。
頭部の艤装が大きくひしゃげ、ヲ級は海面に倒れこむ。
その隙を逃さず、瑞鶴の艦攻が魚雷を投下。とどめを刺した。
「さあ、次いくわよ!」
基地防空隊が上空で奮戦し、基地の対空機銃が絶え間なく弾幕を張り続ける中、雷電飛行隊は滑走路の端にようやく到着する。
『指揮所より雷電飛行隊、離陸を許可する!作戦の成功を祈る!』
「まかせろ!」
滑走路端で止まることなく、隊長はスロットルレバーを押し込む。プロペラの回転が速さを増し、雷電の速度が上がっていく。
ある程度加速したところで操縦桿を前に倒し、尾部を持ち上げる。操縦桿を水平に戻し、さらに加速すると小さめの主翼が揚力を得て、着陸脚が地面から浮かび上がる。
隊長は急いで脚を収納すると風防を閉める。そして操縦桿を引いて機首を上げる。
速度を増し、機首を上げた雷電は零戦や隼をしのぐ速度で高度を上げていく。
味方に送り出された雷電は全機速度を上げて雲を突き破り、高度8000メートルの高空を目指し、空を駆け上がっていった。
「雷電全機、離陸を確認」
報告を聞いた司令官はほっとするが、それも一瞬のこと。大変なのは、むしろこれからだ。
深海棲艦の本命は、上空の大型爆撃機だ。本命から目をそらすために、この基地を取り囲むように航空隊と艦隊を派遣したのだろう。
本命がわかってはいるものの、雷電を上げて終わりではない。
上空8000メートルへ上昇するまで、雷電でも10分前後はかかる。加えて、目的は敵爆撃機の撃墜だ。
上空まで上がり、敵を落とす。基地へ爆弾が投下される前にできなければ、司令官たちは焼かれ、艦娘たちは帰る場所を失う。
でも、司令官に何ができるわけでもない。こういうとき、彼は己の非力さを実感する。
部下を信じるのも上官の仕事だというが、今はまさに信じるしかない。
「……頼むぞ」
司令官は小声で、そうつぶやいた。
高度が上がるにつれ、与圧の施されていない雷電の操縦席は気温がどんどん下がり、操縦桿やスロットルレバーを握る手がかじかみ、いうことを聞かない。
いくら高い馬力を誇る火星エンジンでも、高度が上がるにつれて吸気が不足し始め、動作が安定しない。
さらに、高高度になるにつれ空気が薄くなり、加速や舵の効きが鈍くなる。
全身を刺すような寒さ、酸素マスクをつけなければ呼吸もできない環境の中、妖精たちは愛機を信じ、上空を見つめ続ける。
―――頑張れ。頑張るんだ雷電!
雲が少ない、一面空色が広がる高空に、黒い小さな鳥が4匹、彼らの進路上を飛んでいくのが目に入る。
―――あれか!
雷電とはくらべものにならないほどの大きさの、空を飛ぶ要塞。そう形容するしかないほど巨大な機体が、上空を飛んでいる。
深海棲艦特有の金属のような鈍い輝きを放つ黒や銀の光沢。そして、主翼にはエンジンらしくものが片側に2基ずつ。
―――どんなに大きくても、飛行機に違いはない。
妖精たちは爆撃機の高度を追い越し、さらに高度を上げる。上空9000メートル。無理な機動をすれば、瞬く間に高度を失う。
雷電たちはゆっくりと水平飛行に移る。
「全機!前方に敵深海棲艦の大型爆撃機を確認!」
隊長は命じた。
「行くぞ!」
操縦桿を前にゆっくり倒し、雷電たちは高空から下方を飛ぶ爆撃機に迫る。
「全機、攻撃開始!」
雷電の主翼に搭載された、4丁の20mm機銃が、一斉に咆哮を上げた。
放たれた20mm機銃の大口径弾が大型爆撃機に命中。所々に穴があき火を噴き始める。
雷電たちは旋回半径を大きくとり、爆撃機の背後からしかける。
すると、敵機の胴体上部や側面から突き出た針のようなものが、こちらを向いた。
「全機、離れろ!」
急いで舵を切ってはなれる。直後、機銃の弾が放たれる。
「銃座がついている!全機注意!」
銃座からの弾をよけつつ、彼らは機銃を撃つ。狙いは主翼の付け根やエンジンらしき箇所。
9機の雷電は牛に群がるハエのように攻撃を続け、一番後方の1機が火を噴いた。
右主翼が根元から折れ、墜落していく。
「まず1機!」
次に、左前の2機目に向かう。
隊長を含め3機の雷電は、爆撃機の銃座を破壊。続く6機が主翼付け根に攻撃を集中する。
左主翼付け根が折れ、2機目が落ちていく。
「残り2機!」
『隊長!前を!』
副隊長からの声で、隊長は前方をむく。
そこに、先ほどまでいた2機がいない。
下を見ると、2機は高度を下げつつ、加速していた。
『こちら指揮所!敵爆撃機が基地に到達するまで、残り約8分!』
雷電たちはスロットルレバーを開き、速度を増す。
「だめだ!おいつけない!」
敵爆撃機も加速しているのか差が縮まらない。
「全機、高度を下げつつ加速!敵機の前に回り込む!」
雷電たちは機首を下げつつ加速。爆撃機との距離を詰めていく。
降下で速度を稼ぎつつ、先頭を進む機の右後ろの機体を追い越す。
敵機を追い越した雷電たちは、大きく旋回しながら、敵機と向かい合う。
正面から会敵した場合、お互いの速度で攻撃時間は短い。だが、エンジン正面には防弾を施せない。
雷電たちは右主翼のエンジン2基に攻撃を集中。爆撃機のエンジンが火を噴き、大きな爆発を起こした。
「残り1機!」
隊長は最後の機体へ目を向ける。その瞬間、目を見開いた。
爆撃機は機体下面、爆弾倉の扉を開けた。
『こちら指揮所!敵が到達するまで、のこり4分!』
隊長は機首を最後の機体に向け、スロットルレバーを開く。
敵機は爆撃進路に入っている。進路を急激に変える心配はないが、懸念がある。
20mm機銃の残弾が、どの機体もおそらく少ない。
9機という少ない数で爆撃機4機を相手にするには、雷電の20mm機銃の弾数は十分とは言えない。その上に、残り時間も少ない。
短時間でしとめなければ、基地が焼かれる。
主翼付け根、エンジン。どちらも1撃で敵機を落とすには決定打がない。
そのとき、隊長はあの紫電で敵機に突撃した、かつての隊長を思い出す。
―――そうだ!
隊長はスロットルレバーを開き、同時に高度を少しずつ下げ、敵機の下方に回り込む。
『隊長!何をする気ですか!』
焦った副隊長の無線が耳に入る。
「敵を落とすには、これが一番なんだ!」
隊長機は敵機の下方に潜り込むと上昇して高度をとる。そして反転。限りなく垂直に近い角度で爆撃機へ向けて降下を始めた。
敵機を落とすには、機首を狙うのが最善。だが垂直に降下しつつ、機銃が同じく真下を向いていては、動いている敵機に対して着弾位置がずれてしまう。
だが雷電ならその心配はない。この機体の機銃には仰角がつけられており、降下の最中でも機首にあてることができる。
地表に向けて落ちる雷のごとく、隊長の雷電は垂直に爆撃機目指して降下。
機銃の引き金を引き、残された機銃弾全てを叩き込む。
20mm機銃の弾が爆撃機の機首、本来なら操縦席がある位置へと命中していく。
―――落ちろ……。
―――落ちろ!
敵機が爆弾を落とすまで、あと、僅か。
―――落ちてくれ!
銃撃が止んだ。
「弾切れ!」
弾切れの雷電にできることなど、1つしかない。
あの時の隊長の行動が、一瞬妖精の頭をよぎる。
『後を追おうなんて考えるな!』
幻聴か、かつての隊長の言葉が脳に直接響いた。
『隊長!回避を!』
仲間に言われ、隊長は急いで舵を切って敵機との衝突コースから外れる。
上空を見ると、部下たちの雷電が爆撃機の上空から、隊長と同じ戦法で襲い掛かった。
幾度も20mm機銃の雨を浴びた爆撃機の機首は、ついに爆発をおこした。
制御を失った深海棲艦の爆撃機は機首をさげ、爆弾を抱えたまま海へと突っ込んでいった。
「……はあ」
その光景を見た隊長は、胸をなでおろす。
『こちら指揮所。敵爆撃機のレーダーからの消失を確認』
雷電たちは基地上空を通過する。地上で奮闘していた妖精たちが皆、手を振っていた。
『雷電飛行隊、そして全艦娘、全妖精たちへ。皆の奮闘に、感謝する』
司令官からの言葉に、雷電の妖精たちは胸にこみあげてくるものを感じていた。
雷電により爆撃機は全機撃墜。艦娘や防空隊、妖精たちにより、基地は全滅の危機を免れた。
今度は、皆の帰る場所を、守ることができたのだった。
あの爆撃機襲来から間もなく、雷電飛行隊は試験期間を延長し、対爆撃機の戦法の研究などが本格的に行われることになった。
司令官は試験中の雷電を実戦で使ったことで少し呼ばれたらしいが、所属鎮守府や関係者が集まっていながら結論をださなかった上に、雷電全機が無事だったこと、敵爆撃機を殲滅したことで、小言を言われただけで済んだようだ。
「じゃあみんな、いってらっしゃい!」
「気を付けてください、なのです!」
雷電の妖精たちは、手を振ってくれる雷電姉妹に、微笑みを向けてくれる加賀、瑞鶴に手を振りながら格納庫をでる。
今日は、高度8000メートルまでの到達時間の計測を行う。
隊長たちは今日も、愛機で上空に上がる。
機体を滑走させ、浮き上がったら着陸脚をしまう。
そのとき、隣に一瞬紫電の影を見たような気がした。
かつて紫電に乗っていた時の、今は亡き隊長の姿を。
隊長の最期の行動を覚えていたことで、爆撃機を相手にしたときの戦法を思いつくことが、仲間の帰る場所を守ることができた。
―――ありがとうございました、隊長。
今回の雷電飛行隊の戦果を見て、各地に防空隊が創設される話が、本格的に動き出した。雷電の量産の話も。
もう、燃え上がる町を見なくて済むように、味方が突っ込む姿を見なくてすむように、これからも隊長たちは飛び続ける。
―――行ってきます。
隊長は風防を閉め、操縦桿を引き、スロットルレバーを開く。雷電飛行隊は今日も高空を目指し、空を駆け上がっていった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
勢いで書いた話なので荒削り、未熟な表現の文章ですが、
楽しんでいただけたら幸いです。
また投稿の機会がありましたらよろしくお願いします。